殺意が向く先

    作者:聖山葵

    「はぁっ、はぁ、はぁ……」
     呼吸を乱しながら、少女は刃を持つ手を震わせた。
    「駄目……」
     頭を振ってみるが足は止まらず、遠くへ逃げることもままならぬ哀れな生き物がいる場所へと徐々に近づいて行く。
    「……ごめん、ごめんね」
     この生き物の頭ではこれから何が行われるかなど理解も出来なかっただろう――殺人衝動を押さえ込む為の犠牲となることなど。
    「ああ……っ」
     葛藤も虚しく少女は水槽に手を突っ込むと、捕まえられたことでようやく暴れ出したそれを取り出し、押さえつけて。
    「っ」
     照明のに照り返る刃を深く突き刺した。
     
    「その後、彼女は死んだ魚を三枚におろしてしまうのデス」
     何と痛マシい、と顔を手で覆いながらエクスブレインの少年は語った。
    「おっと、説明を少々すっ飛ばしてしまいまシタ、すみまセン。実は、一般人が闇堕ちしてダークネスになる事件が起ころうとしているのデス」
     通常なら、闇堕ちすればダークネスの意識が現れて人間の意識はかき消えてしまう。
    「デスが、彼女は人間としての意識を残していマシて、ダークネスの力を持ちながらもダークネスになりきっていないのデス」
     現在の少女は六六六人衆と言うダークネスとしての殺人衝動を父親が趣味で釣ってきた魚へ向かわせることでかろうじて押さえ込んでいる。
    「もシ、彼女が灼滅者の素質を持つのであれば闇堕ちから救い出して下サイ」
     残念ながら完全なダークネスになってしまうようであれば、その前に灼滅をお願いしマス、と少年は頭を下げた。
     
    「それデ、問題の少女デスが、既にけっこう危うい均衡の上に居マス」
     何かのはずみで押さえ込んでいた衝動が家族に向くやも知れず、事態は急を要するらしい。
    「故に接触すれば高い確率で戦闘になりマス。マァ、闇堕ちした一般人を闇堕ちから救うには一度戦闘してKOする必要があるノデ」
     どのみち戦闘は避けられない、と言うことらしいが。
    「タダ、彼女と戦うにしテモ、人間の心に呼びかけることで弱体化させることはできマス」
     どこまで弱らせることが出来るかはわからないが、試してみても損はない。
    「人に手を下すことを嫌イ、抗おうとしたお嬢さんデス。きっと皆さんの呼びかけに何らかの反応は見せてくれるでショウ」
     あとは、戦闘力の落ちた彼女をKOすればいい。
    「もっとモ、ダークネスになりかけている彼女は灼滅者一人二人では太刀打ちできないぐらいに強いデス」
     包丁を殺意のオーラでコーティングしHPを吸収する技を「斬撃・乱舞技・投擲」と状況に応じて使い分ける攻撃と回復を兼用した戦闘スタイルを持つ。
    「なかなか厄介ですが皆さんなら大丈夫でショウ」
     ちなみに、彼女との接触は彼女の自宅で両親が仕事に出かけ少女が登校準備をしている朝の八時頃を推奨しマスとエクスブレインの少年は勧める。
    「戦闘ハ、玄関をすすんで右手側の居間で行われることになるカト」
     その時間帯、少女は着替えながらテレビをつけて天気予報を見ている可能性が高い。
    「テレビの音が少し外に漏れているノデ、天気予報をやっていれば間違いなく彼女は居間に居マス」
     確認せずに突入してキッチンで食事中だった場合、そこは彼女にとって武器化できるものの宝庫だ。普段持ち歩いている小型の包丁より大きく危険な包丁を持ち出してくる可能性がある。
    「そうソウ、彼女が着替え中でモ、それは事故デス。むしろ彼女を救う為なのデ、気にしてはいけませンヨ」
     ちなみに少女の名前は、調坂・恵理。着やせするタイプで、スタイルは良い。趣味は料理だとか。
    「おっト、よけいな情報が混じりまシタ」
     微妙に確信犯っぽい気もするが、灼滅者達のすべきことは変わらない。
    「私から説明できることはそんなところデス」
     では皆様お気をつけテと言葉を続けつつ、少年は灼滅者達を送り出した。
     


    参加者
    黒瀬・凌真(痛歎のレガリア・d00071)
    雪待・連理(中学生殺人鬼・d00179)
    黒洲・智慧(九十六種外道・d00816)
    風間・司(中学生殺人鬼・d01403)
    天野・白夜(無音殺(サイレントキリング)・d02425)
    速水・志輝(高校生殺人鬼・d03666)
    小谷・リン(毒を食み氷纏う蝶・d04621)
    不破・咬壱朗(高校生殺人鬼・d05441)

    ■リプレイ

    ●朝
    (「……殺意を魚で紛らわすとは、珍妙な殺意衝動だな」)
     殺意が無ければ、料理屋にでもなれただろうか、と少女の代償行為を聞いた時天野・白夜(無音殺(サイレントキリング)・d02425)は思った。
    (「……いや……これからそうなるようにするのが、俺らの役目か」)
     結論は自ずと出て、物陰で通り過ぎるサラリーマンをやり過ごしつつ時を待つ。
    「闇堕ちしかけ、か」
     黒瀬・凌真(痛歎のレガリア・d00071)の瞳に映るのは、周囲と変わらぬごく普通の住宅で。
    「調坂さん、待っててや! 必ず助けるで!」
    「完全になる前に、助けなければな」
    (「殺人衝動を家族に向けない様に耐えているようだが、いつ限界が来るやもしれん。早く元に戻してやらなければ」)
     口をついて出た風間・司(中学生殺人鬼・d01403)の声へ速水・志輝(高校生殺人鬼・d03666)は頷き、不破・咬壱朗(高校生殺人鬼・d05441)も同意する。
    「戻れるものなら、戻ったほうがいいに決まってるよな」
     その先に果てのない殺し合いしかないのなら。だからこそ凌真達は足を運んだのであり。
    「生死はどうでも良いが」
     と言うスタンスを見せる雪待・連理(中学生殺人鬼・d00179)も仲間の意図を汲むつもりはある。
    「助けたい奴がいるなら協力しよう」
     冷静とも冷淡ともとれそうな態度の内側で「初めて」にビクビクしていることを知るのは、当の連理のみ。
    「……時間だ」
     闇纏いで身を隠したまま、時計に目を落とす速水・志輝(高校生殺人鬼・d03666)は短く用件だけを告げ。
    「ぬ……もうかえ? ほぅ……確かに。し-えむの後、予報に移ると言うておるわ」
    「その様ですね」
     庭木の上で家の中から漏れてくる音を拾っていた小谷・リン(毒を食み氷纏う蝶・d04621)はするすると木を降り始め、下でテレビの音を聞いていた黒洲・智慧(九十六種外道・d00816)と合流する。
    「CM開けです、では参りましょうか」
     天気予報が始まるのを待って動き出した二人が一般人の目に留まることはない。闇纏いと旅人の外套によって。
    「鍵は掛かっていない様だ」
     あっさりと玄関の戸は開き、咬壱朗達の視線が自然と集中する右手の奥にはテレビの音が漏れてくるドアがあった。
    「左手が台所みたいやね」
     戸のない入り口に布製ののれんを見つけた司がポツリと呟き。
    (「着替え中に忍びこむことになるか……いや、着替え中なら眼福だけどそれはそれだよな」)
     凌真は居心地悪げにドアから一瞬視線を逸らしつつも再び前を見て。
    「行くぞ」
     お邪魔します、とは流石に誰も言わない。
    「初めまして、智慧といいます。恵理さんを一旦KOして、殺人衝動を抑えるためにやってきた三枚おろしのマイスター兼、ハーレム思想な人です」
     突入するなりジェスチャーを交えつつ自己紹介を始めた智慧の前で。
    「……っきゃぁぁぁぁ!」
     上半身下着姿の少女は呆然とした表情から我に返ると、両腕で胸を隠しながら悲鳴を上げる。
    「ふぅ……サウンドシャッター、何とか間に合ったぜ」
     少女の悲鳴を防音効果で外に漏らさないとか犯罪臭がしそうなのだが、額を拭う凌真は構わない。
    「……す、すまん」
    「……着替え中だったか、すまん」
    「案外着痩せするんだな。うん。ええもん見せてもらった」
     むしろ、咄嗟に謝った白夜や志輝と違って妙に嬉しそうだった。

    ●着替えも辞して
    「なに、見られても減るものではなかろう?」
     リンは言うが、そう言う問題だろうか。
    「……先に着替えを終えたらどうだ」
     と志輝が提案して見るも、着替え姿を見られた少女はいつの間にか沈黙していて。
    「変態なら殺しても良いよね。ふふふふふ……」
     変貌は一瞬、少女の表情は急に笑みへと代わり、くるんだ布を解きながら拾い上げた包丁に殺気のオーラを纏わせる。
    「……血化粧纏いて、死路に誘うは黒太刀の死神、起きろ……『斬鬼』」
     一概に言いがかりとは言えない状況下、白夜はスレイヤーカードの封印を解いて。
    「やれ、良い子、良い子」
     リンも己が影を撫でつつ少女を見やる。
    「ふふふ」
     直後に繰り出された刃は、当然の様に一人の灼滅者を狙う。
    「その先は果てのない修羅の道だ。……それ以外は何もなくなってしまう」
     少女が着替え中だったのも事故であり、戦うことになるのは確定事項だった。だから、日本刀で振るわれる刃を身に受けながら凌真は斬り込みつつ言葉をぶつけた。
    「うふふふふ」
    「……耐えるのも、辛かろうて。家族を下さぬうちに……我ら相手にその衝動を吐き出すと良い」
     壊れたように笑んだままの少女を眺め、リンが床を蹴る。
    (「負ける気は、ないがのぅ」)
    「ふふっ」
     死角からの急所を狙った斬撃と包丁がぶつかり影と殺気が擦れて金属のような悲鳴が上がった。
    「良い反応だ」
     連理の初めては情けない獲物ではなく、明らかな格上。放とうとした風の刃にさえ既に反応しかけている。
    「調坂恵理、お前は人を殺したいと、そう思っているだろう?」
    「うふふ」
     笑むだけで、志輝の向けた言葉へ恵理からの答えはない。
    「だが本当にそうか?」
     続けた言葉にも表情を変えず笑っていただけに見えた少女は――伸びる影の触手を回避しそこね左足を捉えられる。
    「あら?」
    「好機だ」
     短く呟いた咬壱朗は魔力を宿した霧を広げ。
    「お前の両親は生きている。殺していないのは、嫌だからだろう?」
    「調坂さんの言い様の無い感情分かるで! うちらもそやったもん」
     志輝の呼びかけに続く形で、司が語りかける。
    「でも自分に負けたらあかん!」
     ただ語りかけるだけではない。
    「暫くの間、痛いけど堪忍やで」
    「っあ……」
     死角に回り込みつつ放った司の一撃は少女のスカートに大きなスリットを作り出し。
    (「ナイスだ」)
     凌真は密かに胸中で喝采しつつ心のフォトグラフへその光景を焼き付ける。
    「さて、そこの人はさて置き。貴方を『助けて、向かい』に来たのですよ。恵理さんを」
     影縛りが生じさせたチャンスを狙い、高速で少女へ肉薄した智慧も司同様身を守るものごと相手を斬り裂く態勢を作り、嗜虐な笑みのを浮かべて襲いかかる。
    「うふふ、出来るかしら?」
     間違うことなき殺し合いの空間で少女は包丁を握ったまま舞おうとし。
    「……その包丁で人を捌くな、料理ぐらいにしておけ」
    「料……理?」
     一つのキーワードが動きを鈍らせた。
    「……斬!」
    「っきゃあ」
     一瞬の停止が致命的な隙へと変わり、少女は徐々に追いつめられゆく。
    「……っ」
     傷つきゆく少女の姿をリンはただじっと見つめ。
    「小谷は何か言わないのか?」
    「ぬ、……主には関係なかろう? 我は、調坂のことなど……」
     問われて視線を逸らすリンの反応は、内心気にかけていたと語るに落ちているようでもあった。

    ●刃と言葉
    「……喪った後に、取留めのない平凡な日々が掛け替えのないものだと気づくことになるんだ。今までの日々は楽しくなかったか?」
     少女の太刀筋が鈍るの感じながら凌真は尚も説得を続ける。
    「調坂さんは優しい子だって知っとる! だから辛いんやろ?」
    「……今まで耐えられたのなら、これぐらいのことで負けるわけないだろう?」
     凌真だけではない、司も、白夜も刃と言葉で少女へ語りかける。
    「料理の得意な女性は素敵ですよ」
     約一名、口説いているように見えるのはたぶん、気のせいだろう。
    「俺も同じ衝動に抗う者だ。殺しを嫌と思うなら抗え。その衝動に負けるな。抗うなら……手伝ってやる」
     ボディスーツ状に身体を覆っていた志輝の影が触手と化して少女に襲いかかり。
    「うふふふふ」
    「っ」
     絡み付いてくる影が気に触ったのか投擲された包丁を視認して志輝が身構えれば。
    「っ……一応は大事な仲間だ。守れる限り守るさ」
     自ら包丁へ当たりに行くように盾になった連理が、傷を晒したまま獰猛に笑う。
    「さぁ、もっともっとだ! まだ戦える! 楽しいな! 戦おう! 私にぶつけて発散してしまえ!」
     これぐらい何でもないというように叫び、戦いは続く。
    「痛みの感情忘れるんやないで! これが生きるって事や! 忘れたら……生きる屍やで!」
     短期決着には至らなかったものの、説得と毒や身体の動きを阻害する触手が少女の力を弱め、動きの鈍った少女へ追い討つような攻撃が更に力を削ぐという循環。
    「主の……霊は、傾く、か?」
    「あああっ」
     言葉と共に撃ち出された漆黒の弾丸が少女の肩を貫き。
    「これは雲耀剣も用意してくるべきでしたか」
     肩を押さえた少女の手が握る包丁を見て、智慧は首を傾げた。
    「では、これで」
     代わりに繰り出したのは、納刀状態から繰り出す居合いの一撃。
    「あ……」
    「……一刀一閃……、終わりだ!」
     少女が傾いだところで、白夜は黒の刀身を抜き放ち斬撃は黒曜石に似た煌めきを残して鞘に消える。
    「く……」
     少女の身体は更に傾き。
    「ふふふ、まだ終わってあげない」
     片膝をついたまま包丁を振るい。
    「いや、終わりだ」
     腹へ横一文字の傷を受けつつも、咬壱朗は龍の骨をも叩き斬る一撃を繰り出して。
    「うふふふふ……残、念」
     今度こそ崩れ落ちた少女が起きあがることはなかった。

    ●残っていた問題
    「さて、後片付けしますか。暴れた後は綺麗に!」
     大仰な仕草で仲間達を智慧が促す中。少女は、調坂・恵理はまだ意識を取り戻さない。
    「KOしたが、生きているか?」
    「問題ない」
     手を当ててみれば心臓はしっかり動いており、呼吸も落ち着いてきている。
    「今まで、よう耐えたわ」
     リンはその一言だけを呟いて、戦いの後始末に加わるべく少女の元を去り。
    (「……我は、慰めの言葉を……知らぬ故」)
    「不器用なものだな」
     ポツリともらした咬壱朗は仲間の背中から床に落ちていた「元・スカートの一部」へ目をやって。
    「むしろ問題は、こっちか」
     無惨な布きれを拾い上げる。
    「だな」
     少女は、攻撃によってスカートがボロボロになっているだけでなく上は下着姿だったのだ。志輝も自分の上着を渡すぐらいのことは考えていたが、直接渡す訳にも行かない。
    「今の内に置いておくか」
     少女が意識を取り戻すのは、この数分後。
    「……うぅん、あれ? 私……」
    「気分はどうだ? すっきりしたか?」
    「っきゃぁぁぁぁ!」
     目を覚ました少女に問うたが同性だったのは幸いだった。でなければ、平手打ちの一発でも食らっていたかもしれない。
    「どうした?」
     無事戦いを勝利で終えられた安堵で一杯で考えが至らないのか、普段から抜けているところがあるからか、少女が小さなパニック状態にある理由を連理は思いつかず。
    「服、服、私の服!」
    「落ち着いてく」
    「きゃぁぁぁっ、変態っ!」
     灼滅者達が事情説明へ至るのには、更に数分を要した。
    「と、言う訳なのですよ」
    「そんなことが……」
    「君のその力は人を助ける事の出来る力だ。俺たちの学園に来れば、上手い使い方を教えてやれると思う」
     説明自体は上手く言ったと思う。
    「……学園?」
     少女は一つのキーワードに興味でも覚えたのか反芻していて。
    「学校。今日、登校日なのよ」
    「「は?」」
     言われてみれば、少女は学生で天気予報を見て着替えていたのだ。
    「今日は自主休校するわ」
    「すまん」
     制服がボロボロでは仕方ない。
    「それで、話の続きだけど」
     開き直った少女は、転入について考えておくと告げ。
    「そや。調坂さん、今度うちに料理教えてーな。うち、それ系統はからっきしやねん。な? 良いか?」
    「勿論よ。私で良いなら喜んで」
     思い出したように手を打ち、自身を片手で拝む司へ微笑みかけながら頷いた。
     

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 17
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