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闇の中に鎮座する風化した墓石群。
青白い、妖しげな篝火が、ちろちろと揺らめいていた。
墓石の間を縫うように、数体のアンデッドが徘徊していた。その姿は、落ち武者を連想させた。墓石の間を徘徊する彼らは、まるで墓守のような印象を受ける。
甲冑が擦れる乾いた音共に、ずるずるという足を引き摺る音が、そこかしこから響いてくる。
音が反響しているのだ。
天を見上げれば、瞬いているはずの星は見えず、底知れぬ闇が広がっているばかり。周囲を見渡すと、頼りない篝火に照らされ、ゴツゴツとした岩肌が見え隠れしていた。
罅の入った墓石の上に、炯々と光る2つの目があった。好奇心旺盛の狸が、どこからか迷い込んできたらしい。
墓守のアンデッドが、狸の存在に気付いた。じりじりと距離を詰めてくる。
怯えているのか、狸は墓石の上から動けない。
無造作に、アンデッドが狸の首を鷲掴む。
「!」
力を込めると鈍い音が響き、狸の四肢はだらんと垂れ下がった。
●
「よいしょっと」
教室に集められた灼滅者達の前に立つ為に、木佐貫・みもざ(中学生エクスブレイン・dn0082)は教壇へとあがる。
タブレット端末の画面を指先で次々とスライドさせ、情報を再確認すると、みもざは顔を上げた。
「不死王戦争のとき、コルベインさんの水晶城にノーライフキングがいたと思うけど、その一部の人達が動き出したみたいなの」
『水晶城』の春の宮にいた『成長途中の多数のノーライフキング』達だ。水晶城の崩壊に巻き込まれた彼らは、水晶城と現実世界が重なり合っている場所のあちこちに転移してしまったらしい。
「成長途中とは言っても、一応コルベインさんの勢力の教育を受けていたから、ノーライフキングとして正しく振る舞う術を身につけていたみたい。なので、突然転移したノーライフキングのみんなが行ったことは、『自分の身を守る為の迷宮の作成』だったみたいなの」
水晶城から転移した彼らは、その混乱から事件を起こすような真似はせずに、先ずは自分自身の身の安全を確保する為の行動を取ったということのようだ。
「転移したノーライフキングの人達は、コルベインさんの所持していたアンデッドの一部を利用して、迷宮を作り始めているみたいなの。ノーライフキングの迷宮は、時間が経てば経つほど強力になっていくんで、早めに対応する必要があるのよね」
学園からの資料にそう書いてあると、あっけらからんとみもざは付け加える。
「特に、水晶城のノーライフキング達は、コルベインさんの遺産であるアンデッドを使用する事ができるらしく、放置すれば、第二第三のコルベインとなるかもしれないんだって」
グッと拳を握り締めて力説した。これも資料にそう書いてあったらしい。
「迷宮の入り口は、人里離れた山奥にある忘れられた墓地。墓地の奥に防空壕があるんだけど、そこから迷宮に入れるみたいよ」
みもざは、墓地の位置を記した地図を皆に渡した。
「ええと、次ぎに迷宮にいると思われるアンデッドの種類と数だけど……」
みもざはタブレット端末から情報を呼び出す。
「落ち武者のような姿をしたアンデッドが4体、鎌や鍬を持ったお百姓さんみたいなアンデッドが6体。それと、巫女さんのような格好をしたアンデッドが3体いるみたい。数は多いけど、1体1体はそれ程強くないみたいよ。一番強いのが実は巫女さんで、落ち武者、お百姓さんの順で弱くなってる感じかな。ただ、何せ迷宮なんで、この他にも2~3体はどこかに潜んでるかもしれないの。さっき教えた数を倒しきったからといって、油断しちゃダメだよ?」
迷宮にはどんな危険が待ち受けているか分からない。不測の事態にも対処できるように、万が一に備えた準備や心構えが必要だということだ。
「あと、アンデッドは一箇所に固まっているわけじゃないからね。迷宮を探索している時に、どこからともなく突然襲い掛かってくるかもだから、充分に注意してよね」
迷宮を突破して、玉座のままでたどりついたら、迷宮の主であるノーライフキングと対決する事になるようだ。
「ごめんね。どんなノーライフキングが迷宮の主なのか分かんないの。迷宮の中にお墓作っちゃうなんて、どんな性格してるんだろうね。感性疑っちゃう」
みもざは、ちょっと身震いして見せた。
「まずは、迷宮を突破するが大事だからね。迷宮を突破して玉座に辿り着いたときのみんなの状態によって、そのままノーライフキングと戦うか、それとも撤退するか、迷宮突入前に考えておいてね。充分な休憩は取れないから、消耗した状態で戦うことになるの。戦うのは難しいくらいに消耗していたら、無理をしないで帰還してね」
撤退することは、決して不名誉なことではない。時には勇気ある撤退も必要だ。生き残る為には、時には決断しなければならない時もある。
「まずは迷宮突破! 頑張ってきてね」
みもざは力一杯、灼滅者達を激励するのだった。
参加者 | |
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鴻上・巧(灰塵となりし夢と欲望・d02823) |
神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337) |
星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321) |
多々良・鞴(ぼんやりぼんぼやーじ・d05061) |
野神・友馬(はプラス補正のつく装備が好き・d05641) |
白波瀬・雅(あだ名マスター・d11197) |
狼幻・隼人(紅超特急・d11438) |
渡辺・綱姫(渡辺源次綱・d12954) |
●
人里から離れた山奥に、こぢんまりとした墓地があった。
数年前までは近くに村落があったのだろうが、今はその村も廃村となり、墓地を管理する者もいない。
風化し、荒れ放題に荒れた墓地の奥が斜面になっていて、そこに戦時中に作られた防空壕が残っていた。
夜も更け、間もなく日付が変わろうかという時間に、灼滅者達はこの墓地に到着した。
目指すは防空壕の奥。そこに、成長途中であるノーライフキングの「迷宮」がある。
(「墓場に、和物のアンデット、いや、あえて亡霊と言っておこう。ノーライフキングに縁でもあるのか? いや、考えるのは後だな」)
防空壕の中は、ひんやりとした冷たい空気が漂っていた。鴻上・巧(灰塵となりし夢と欲望・d02823)は、体に付けた灯りで周囲を確認し、慎重に歩を進めた。
防空壕の中は狭かったが、まだここは「迷宮」ではない。灼滅者達は、一列になって人の手による横穴を奥へと進んでいく。
不意に雰囲気が変わった。通路も広くなる。どうやら、「迷宮」内に足を踏み入れたようだ。
ちろちろと頼りない灯りを灯している篝火の炎は青白く、闇の中に揺らめく様は人魂のようにも見える。
まるで、彼らを誘っているかのように、手招きでもしているようだ。
星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321)が、「迷宮」の入り口付近に、チョークで目印を付けている。スーパーGPSを作動させた多々良・鞴(ぼんやりぼんぼやーじ・d05061)が、優輝を見て大きく肯いた。
「不死王の影響がこんなところまで……」
鞴が「迷宮」の奥に視線を向ける。
「落ち着いて、確実に攻略しましょう」
「不死王戦争での生き残りがこんなことをしてるなんてな……」
野神・友馬(はプラス補正のつく装備が好き・d05641)は、周囲を見回しながら呟く。今はまだ弱小の存在かもしれないが、放置しておけば確実に力を付けていくだろう。強大な力を付ける前に、叩き潰しておかねばならない。
「まずはこの迷宮を攻略し、新人屍王とやらにご対面しに行こうじゃないか」
友馬は仲間達を振り返る。仲間達は。無言のまま肯き返してくれた。
「ノーライフキング、の迷宮…。迷わないと、いい、のですけれ、ど…」
不安そうに言葉を漏らす神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)。だが、仲間達の為にも、自分がしっかりしなければならない。自分の「アリアドネの糸」が今回の作戦のおいて重要なのは、自分自身がよく分かっているつもりだった。念の為、灯りも余分に用意していた。
「多い方が、安心、するかも、ですし…」
灯りを持参していない者に、そう言いながら手渡した。人工的な灯りの方が、自然の灯りよりも何故か安心感があった。
「ミッション・スタート!」
優輝が人差し指と中指でカードを挟み、くるりと回転させカードの表面が見えるようにすると、そのまま掲げて宣言した。
陣形はダイアモンド型だ。白波瀬・雅(あだ名マスター・d11197)は、敵の罠や奇襲から仲間を守る為に、側面に付いた。
「おーダンジョンアタックッ! なんかゲームみたいやな」
迷宮を奥へと進むに連れ、狼幻・隼人(紅超特急・d11438)のテンションの上がっていく。
「まずは……突撃っ!!! うおっ!?」
まるで無警戒に先頭を突き進んだ隼人の姿が、突然視界から消えた。
「あんじょう進みや」
落とし穴を覗き込む渡辺・綱姫(渡辺源次綱・d12954)。入り口付近に仕掛けられていた最も初歩的な罠に、隼人はものの見事に引っかかったらしい。巧と優輝が苦笑いしている。
「……ま、まぁ漢探知は伝統的な罠破りの手段やなっ! この調子でどんどん行ったろか!」
ぜんぜん懲りてないらしい。でも、そのくらいの気概は必要かもしれない。
●
途中、鎌を手にした百姓のアンデッドを2体撃破していた。
通路の分岐では、進む道は基本的に優輝が決定した。これまで通過してきた道は、鞴が正確にマッピングしていた。蒼のアリアドネの糸も機能している。ESPを無力化するような高度なトラップは、仕掛けられていないということだ。
「迷宮」内の通路には、ところどころ青白く妖しげな篝火が焚かれていた。闇の中に浮かび上がる青白い炎は、かなり不気味だった。
「ひっ」
蒼が小さな悲鳴を上げた。雅の髪が、彼女の頬を撫でたらしい。少々怯えたように、蒼は身を縮めた。
「百姓が3体いるっす」
枝分かれしている通路の先を確認した雅が、優輝の判断を仰ぐ。消耗を避ける為に、戦闘はできるかぎり回避する方針だった。
優輝は足下を確認する。少し先の地面に、チョークで書かれた印がある。
「そっちは一度通っている。アンデッドは回避して、こちらへ行こう」
「この進み方は、トレモー・アルゴリズムと言うんですね」
感心したように、鞴が肯いた。19世紀のフランスの数学者によって紹介された迷路の解決法の一つである。優輝はこの「迷宮」に挑む際、この手法を用いることにしたのだ。
「また、分岐どすなァ」
義兄であるビハインドの雷鋼と並び、先頭を歩いていた綱姫が立ち止まった。
「足跡とか見て、アンデッドの行き来は分かるんやろか?」
隼人が地面を見下ろした。チョークによる印がないということは、この場所には始めてきたということになる。
「って、なんや引き摺ったような跡が残ってんな」
「…です、ね」
蒼が覗き込む。
「あっちに向かってるな」
巧が左奥を指し示した。
「これがアンデッドの残したものだとすると、この先にアンデッドがいる可能性が高いってことですよね」
「でも、逆に右側を進んだら正面からコンニチハって可能性もあるっす」
鞴の考えを受け、雅も自分の意見を口にする。どちらを進むにせよ、リスクはありそうだ。
熟慮した結果、左へ進むことにした。地面に印を付ける。
「けっこう奥まで来たような気がするけど、この『迷宮』はどこまで続くんだろうね」
友馬がポツリと呟いた。進めど進めど、終わりが見える気配がない。
「墓地から直線距離にして300メートルくらいの場所にいるな」
隼人が、彼独自のセンスで描いた地図と睨めっこしている。
「うちには何かの記号にしか見えへんけど?」
地図を覗き込んだ綱姫が、不思議そうに首を傾げた。雷鋼義兄さまもお手上げのようである。大きく肩を竦めている。
「でもさっきこっちの地図と照合したら、気持ち悪いくらい合致してましたよ?」
鞴が自分の持つ地図を指し示した。スーパーGPSを用いた地図と、独自の感覚で描かれた地図が合致するというのは驚きだ。隼人は、さも当然という顔をしている。伊達に美術の成績が17点だったわけではないらしい。隼人は絵心が全く無いだけで、感性は優れている……のかもしれない。
灼滅者達は「迷宮」を更に進む。
エクスブレインからの情報では、迷宮にいるアンデッドの数は最低でも13体。これまでに撃退した数は僅かに2体だ。比較的レベルの低いアンデッドではあったが、残りの11体ほどに集団で襲撃されると、こちらも無傷ではすまないだろう。そう考えると、数を減らすという意味では、撃退できる場面では撃退しておいた方が、後々の展開が有利になったかもしれない。
見過ごしてきたことが吉と出るか凶と出るかは、まだ奥へと進んでみなければ分からないことだった。
T字路を左に折れた先に、アンデッドが1体だけぽつんと突っ立っていた。鍬を持ったアンデッドだ。これまでの遭遇したアンデッドとは違い、移動せずにその場に留まっている。この通路がどこかに別の通路に繋がっているのか、それても行き止まりになっているのかは、この位置からでは判断ができない。
ここでも灼滅者達は、戦闘を回避して通路を戻ることにした。T字路まで戻ると、今度はそのまま直進する。
「鴻上先輩!」
「くっ」
頼りない青白い光に照らされて、何かの影が確認できた。鞴が声を上げると、巧は体を捻り、鎌による攻撃を寸前で躱した。
「ひっ!?」
不意に飛び出してきたアンデッドに驚き、雅が思わず雷鋼に抱き付いた。
「ひょお??」
抱き付いた相手がビハインドだったと分かるや、雅は変な声を上げながら仰け反って離れた。どうやら、雅はその手の類が苦手だったらしい。
「!!」
短い気合いとともに、巧は「重衝粉砕牙 鬼蜘蛛」を突き出しアンデッドの体を串刺しにする。
「剣で槍技ってのも、ありなんだよ」
剣を引き抜くと、アンデッドはよろよろとその場でよろめく。
友馬の螺穿槍が直撃し、それがトドメとなった。
「他にはいないみたいっす」
周囲を確認した雅が言った。
「…奥に、何かあります」
蒼が前方を指差した。これまでよりも多くの篝火が見える。
手招きしているかのように、ゆらり、ゆらりと揺らめいていた。
「空洞のようだ。……墓石群も見える」
優輝が言った。
「何か聞こえる」
友馬だ。耳を澄ますと、確かに何かを引き摺っているような音が聞こえた。
「巫女が2体に落ち武者2体。百姓が3体ってところだな」
アンデッドの数を巧が確認した。
この墓石群の奥に、ノーライフキングがいる。
確証はなかったが、誰もがそう感じていた。
この戦いだけは、避けるわけにはいかないようだ。
●
「システム同調、正常動作確認」
巧が駆けた。しかし、風化した墓石群が行く手を阻み、一息でアンデッドに迫ることができなかった。
突っこんできた巧に、アンデッド達が群がる。
「雷鋼義兄さま!」
綱姫の指示を背中に聞き、雷鋼がアンデッドの群れの中に飛び込んだ。
一方、綱姫は墓石を踏み台にして跳躍し、空中から天羅斬魔刀『鬼王丸』を振り下ろす。
「これが魔を断ち、妖を祓う一撃やァ!」
鎌を持った百姓アンデッドの右肩が、ぐしゃりと音を立てて潰れた。すかさず雷鋼が霊撃を叩き込み、アンデッドにトドメを刺す。見事な連携だ。
「巫女さん見っけ!」
機敏な動きで、雅が巫女のアンデッドに肉薄する。そうとう鬱憤が堪っていたのか、攻撃に容赦がない。巫女の胸にガトリングガンを押し当てると、
ズゴゴゴゴ……!!
トリガーを引き絞って連射する。あまりの威力に、巫女の体が1メートル程後ろに押し戻された。隼人の赤き逆十字が、それを追撃する。
もう1体の巫女には鞴の神薙刃が襲い掛かっていた。巫女が手にしているのは護符だ。優先的に撃破しなければ、長期戦に持ち込まれてしまう虞がある。
それが分かっているから、優輝も妖冷弾で援護する。
友馬は落ち武者と対峙していた。振り下ろされた日本刀を槍の切っ先で弾くと、そのまま螺旋の如き捻りを加えて、落ち武者の胸を貫いた。
「壮麗なる白の、旋律」
蒼が天使の歌声で巧の傷を癒す。
いきなりアンデッドに群がられた巧だったが、
「イクスプロージョン。はじけろ!」
フォースブレイクを叩き込んで、百姓アンデッドを葬り去った。
●
想定に反して乱戦模様となったが、程なくして、この空洞にいた7体のアンデッドは一掃された。
「まだ動くか! こいつめっ」
虫の息だった落ち武者に、雅が手近な墓石を持ち上げて、その体の上に叩き付けた。
「…ちょっと怖い」
墓石の上に立ち、高笑いしている雅の姿を見て、蒼は小さく身震いした。
どうやら、増援は現れないらしい。
撃退したアンデッドの数は10体だ。少なくともまだ3体がどこかに潜んでいると思われる。
「あそこから奥に行けそうだ」
隼人が奥を示した。奥へと続く通路が見える。青白い炎がちろちろと揺らめく。
ひんやりとした空気が、奥から流れてくる。
味方に負傷者はいない。ならば、戻るという選択はなかった。
優輝が足下にチョークで印を付けた。このような空洞が一つだけとは限らない。万全を期すためにも、どんな状況においても目印は残しておく。
「それじゃ、行こうぜ」
巧が先に立つ。綱姫と雷鋼が続く。
「打ち漏らしたやつ、大丈夫っすかね」
「どうにかなるんじゃないの?」
雅の懸念に、友馬は軽く応じた。
アンデッド達の魂が正しく天に召される為に祈りを捧げると、鞴も仲間達に続いた。
蒼が立ち止まり、鞴を待っていた。
迷うことなく、灼滅者達は奥へと歩を進めた。
青白い篝火は彼らの道を示し、仄かな光を放っていた。
作者:日向環 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年5月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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