わがまま姫のお気に入り

    作者:春風わかな

     それはとある晴れた日の午後の出来事だった。
     中庭の片隅にあるドーム型の小さな建物。中を覗き込むと色鮮やかな花々に囲まれた中央に白い華奢なテーブルと揃いの椅子が1つだけ置かれていた。
     その時、温室の扉が1開き、制服姿の3人の少女が室内へと入ってきた。
    「やっぱりここが一番落ち着くわね」
     にこやかに笑みを浮かべ、栗色のロングヘアの少女がゆっくりと椅子に腰かける。他の2人の少女は彼女を守るようにその後ろに無言で立っている。
     栗色の髪を静かに揺らし、少女はテーブルに置かれた金色の小さなベルを手に取り静かに鳴らす。
     すると温室の奥から一人の男子生徒が慌てて彼女の側へと駆け寄ってきた。
    「茉莉花様。お呼びでございますか」
     しかし、少女――茉莉花は頬を膨らませ、少年をキっと睨みつける。
    「おっそーい! 私を10秒も待たせるなんて!! 貴方、もういらないわ」
    「!? そ、そんな……!!」
     パチン、と指を鳴らすと同時、どこからともなく現れた数人の生徒達が困惑を隠せない男子生徒をどこかへと連れ去って行く。
    「もう、気の利かない人間ばっかり。これだから人間ってイヤだわ」
     ぷぃと口を尖らせる茉莉花だったが。
    「……やだ! 今日のお茶とケーキ、まだ用意されてないじゃない!」
     彼女は再び、チリンチリンとベルを鳴らすのだった。

    「ヴァンパイア学園が、動き出した、みたい」
     教室に灼滅者達が集まったことを確認すると、久椚・來未(中学生エクスブレイン・dn0054)はいつもと変わらぬ様子で淡々と語り始めた。
     ヴァンパイア達の学園である朱雀門高校の生徒達が、各地の高校に転校しその学園の支配に乗り出しはじめている。
     ヴァンパイア達の目的は『学校の秩序や風紀を乱す』こと。
     それにより一般人の闇堕ちを誘発することを目論んでいるようだが、強力なダークネスであるヴァンパイアと現時点で完全に敵対することは自殺行為と言わざるをえない。
    「今回の依頼の目的は、ヴァンパイアの学園支配を、防ぐこと、だから」
     このまま多くの学校がヴァンパイアに支配されることを見過ごすことは出来ない。だから、転校先の学校でのトラブルを装いこの事件を処理してほしいと來未は告げた。そして、戦わずに学園支配の意思を砕くことができれば、最良の結果となるとも。
    「潜入先について、説明するから、聞いて」
     來未は手元のノートに視線を落とし、相変わらず抑揚のない声で静かに話を続ける。
     今回の舞台となるのは都内にある私立高校だ。この高校――習学館学園高校はその進学率の高さから学力の高い生徒が多く、自然と学内では成績優秀な者が重んじられる雰囲気にあった。
     そんな習学館学園へやってきたのがヴァンパイアの華山院・茉莉花(かざんいん・まりか)。
     才色兼備の彼女は転校後、あっという間に学園一の人気者となり、今や男女問わず多くの生徒達の憧れの的といっても過言ではない。
     茉莉花は学園内で一番のお気に入りの場所である中庭の温室で午後のティータイムを楽しむのが日課であり、楽しみだった。
     その際、無作為に選んだ一般生徒にメイドや執事めいたことをやらせ、彼女が気に入れば合格、気に入らなければ不合格と評価を下す。合格した生徒は、その後、茉莉花のお気に入りとして寵愛を受けることができるが、気分屋の彼女に気に入られる人間は残念ながらごくわずか。一方、不合格の烙印を押された多くの人間達の姿をその後見たものはいない。

     茉莉花と接触が出来るタイミングは『彼女が二度目のベルを鳴らした時』になる。
     現在、温室には茉莉花と2名の配下しかおらず、一般人はいない。
     茉莉花は自分の作戦を邪魔するものがいると気づけば襲ってくる。こうなれば戦闘を避けることは出来ないだろう。戦闘時には、彼女だけでなく配下の強化一般人2名も参戦する。
     しかし、『このまま戦えば、自分が倒される』と茉莉花が判断した場合、彼女は撤退を選択する。
     また、『灼滅者達を倒しても作戦は継続できない』ことを茉莉花に納得させた場合も彼女は撤退する。
     この場合は戦闘が発生しないため理想的な解決法といえるが、その具体的な方法は來未にも視えないと言う。 
     ここまで話すと來未はゆっくりと顔をあげた。
    「ヴァンパイアは、強敵だから。大変だけど、学園を守って」
     そして、教室を後にする灼滅者達を静かに見送るのだった。


    参加者
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    虹燕・ツバサ(紅焔翼・d00240)
    竜胆・きらら(ハラペコ怪獣きららん☆ミ・d02856)
    東風庵・夕香(黄昏トラグージ・d03092)
    天瀬・一子(Panta rhei・d04508)
    近衛・一樹(紅血氷晶・d10268)
    伊織・順花(追憶の吸血姫・d14310)
    藤野・都(黒水蓮の魔女・d15952)

    ■リプレイ

    ●お茶の時間
     ――チリンチリン。
     澄んだベルの音が温室に鳴り響いたのを合図に伊織・順花(追憶の吸血姫・d14310)はゆっくりと温室の扉を開けた。
     近衛・一樹(紅血氷晶・d10268)は茉莉花が座っている横へ進むと恭しく一礼をしてから口を開く。
    「お呼びでしょうか、茉莉花様」
     ご用はお茶の支度でよろしいでしょうか――。
     茉莉花の答えを聞くよりも先に一樹は後ろを振り返り合図を送る。
     ケーキやティーセットの乗ったワゴンを押して温室へ入ってきた順花と虹燕・ツバサ(紅焔翼・d00240)は、手早くお茶の準備を整え始めた。
     順花は用意していたケーキを一つずつ丁寧に皿に載せ見た目も綺麗に盛り付ける。
     一方、ツバサはあらかじめ温めておいたカップとポットを取り出し丁寧に茶葉を量るとお湯を注ぎティーコージーをそっと被せた。
    「しばしお待ちください」
     紅茶が蒸らされるのを待ちつつ、ツバサはすっと後ろへ下がる。
     代わって前に進み出たのは順花だ。
    「お待たせしました、茉莉花様。ケーキの準備が整いました」
     順花が示すワゴンには多数のケーキがずらりと並んでいる。
    「ケーキ1種類じゃないのね」
     ふぅん、と頷く茉莉花の視線はケーキに向けられていたが何気ない呟きを一樹は聞き逃さない。
    「……今日の人間達は悪くないわね」
    「茉莉花様、よろしければ本日のケーキについてご説明いたしますね」
     一樹はにこりと笑顔を浮かべ一つずつケーキの説明を始めるのだった。

     茉莉花が紅茶に口をつけようとしたとき、背後から遠慮がちに声をかけられた。
    「茉莉花様、御寛ぎの時間に失礼致します」
     温室の扉を開けて入ってきたのは東風庵・夕香(黄昏トラグージ・d03092)。
    「少々、花の手入れをする事をお許し下さいませんでしょうか」
    「構わないわ。好きになさい」
     茉莉花の許可を得ることに成功し、夕香に続いて3人の少女が温室へと入ってくる。制服に作業用のエプロンをつけた女生徒達は皆、静かに温室の花の手入れを始めた。
     最後に温室へ入ってきた竜胆・きらら(ハラペコ怪獣きららん☆ミ・d02856)は退路確保のために入り口の近くで作業を始める。
     パチン、パチン。
     藤野・都(黒水蓮の魔女・d15952)が動かす鋏の音が温室に響く。花の剪定をする都の鼻をくすぐる甘い香りは、花だけでなく美味しそうなケーキの香りも。
    (「美味しそうだな……」)
     ちらちらっとケーキに向けられる恨めしそうな視線は気のせいではないようだ。
     一方、にこにこと笑顔を浮かべて作業をしている黒髪の少女は天瀬・一子(Panta rhei・d04508)だ。綺麗に咲いたバラを鋏で切り、一輪挿しに差す。そして、お茶を愉しんでいる茉莉花のテーブルにそっと置いた。
    「ありがと。……綺麗なバラね」
     嬉しそうに目を細める茉莉花にきららが無邪気に話しかける。
    「ここの温室のお花、綺麗で手入れが行き届いてるね」
     きららの言葉に頷き、六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)もたおやかな笑みを浮かべ茉莉花に話しかけた。
    「勉強ばかりで風紀など気にしなかったこの学園が良い方向に来たのも、茉莉花さんのお蔭ですね」
    「あら、本当にそう思う?」
     思いがけず茉莉花に問われ、静香は慎重に言葉を選ぶ。
    「ええ、気の利く人間が増え、皆、気配りを大切にしてますし……」
    「以前に比べればね。だって気の利かない人間は殺しちゃってるし」
     静香の言葉を遮るように、さらりと茉莉花は言い放った。
     気の利かない人間は殺される。生き残るには気が利く人間にならなければいけない。成績が落ちぬよう勉学に励み、死への恐怖に怯えながら茉莉花に気を遣い、見せかけの気配りが広まる。……知らず知らずのうちにこの学園の秩序は乱されていくだろう。
    (「――これが、茉莉花の計画なのか」)
     ツバサは戦闘を挑めない苛立ちを隠し、手を出さぬよう必死に堪えていた。

    ●交渉の時間
    「あの、ちょっとよろしいでしょうか」
     茉莉花が二つ目のケーキに手を付けた頃、作業の手を休めて都が声をかけた。
    「茉莉花さんは今のこの状況に不満は感じられてはいないのですよね?」
    「当然じゃない。綺麗な花に囲まれ、美味しい紅茶にケーキ。どこに不満があるっていうの?」
     都の意図とは違う返事ではあったが、彼女の機嫌は悪くないと思える。
     灼滅者達は茉莉花に気付かれぬよう視線を交わすと、代表をして夕香がゆっくりと話を切り出した。
    「茉莉花様は朱雀門高校から転校されたとか。朱雀門には不思議な力を持つ生徒がいる、という噂を聞きまして……」
    「え? どこでそれを聞いたの?」
     鋭い声で茉莉花が夕香の声を遮った。カチャン、と乱暴にカップをソーサーに置く姿は彼女らしくないように見える。
     思いがけない茉莉花の反応に戸惑う夕香に代わり、静香がにこりと笑顔を浮かべ「噂ですよ」と受け流す。
     コホン、と小さく咳払いをして仕切り直し。夕香は茉莉花の反応を見逃さないように気を付けながら本題を告げた。
    「あの、実は私達も不思議な力を持っているんです」
     値踏みをするかのような視線を向けた茉莉花は小首を傾げながら独りごちた。
    「ダークネス……とは思えないわね。貴方達、灼滅者ってやつ?」
     茉莉花の言葉に反応をするものはいなかったが、彼女は無言を肯定と受け取ったようだ。
    「茉莉花様。私達に戦う意思はありません」
     茉莉花の身に危険が及ぶ可能性があるならば、バベルの鎖で気づくはずである。
     だが、静香の言葉を聞いた茉莉花はつまらなそうに肩をすくめた。
    「バベルの鎖が反応してないってことは私の身に危険が及ばないってことだけでしょ」
     一蹴する茉莉花に順花が苦笑いを浮かべた。
    「戦闘になればこの綺麗な温室が荒れてしまいますよね。それは俺も悲しいし、嫌です」
     だから、話し合いをしませんか。
     順花の提案にきららも大きく頷いた。
    「私たちは、話し合いに来たんだよ」
     ――しかし。
    「貴方達、何を言っているの? 誰と誰が話し合うっていうのかしら」
     順花ときららに向けられた茉莉花の視線はぞっとするほど冷たい。
     予期せぬ茉莉花の反応に、きららのアホ毛がピンと跳ね上がった。
     余計なことを言わぬようにお口チャックを貫く一子もまたにこにこと笑顔を絶やさずに頑張っていた。
    (「そろそろ頬がつりそうだよ……っ!?」)
     ピクピクと痙攣する頬に我慢をしつつ、必死に笑顔を浮かべる一子の努力に微塵も気付いていない茉莉花のヒステリックな声が響く。
    「私が、なぜ灼滅者ごときと対等に話す必要があるの? バカにされたものだわ。貴方達がすべきことは『話し合い』じゃなくて『お願い』でしょ!」
     苛立ちを隠さず、一気にまくしたてる茉莉花。このまま戦闘になってしまうことを誰もが覚悟した、が――。
    「よろしいのですか、茉莉花様。この温室で戦うということがどのような結果になるか。貴女ならおわかりになりますよね」
     一樹の指摘で茉莉花は冷静さを取り戻したようだ。ほっとしたきららのアホ毛も緊張が解けてヘニョンと垂れる。
    「そうだよ、ダメだよ。ここで暴れたら、綺麗な温室がメチャクチャになっちゃうよ!」
     わかっているわよ! ときららを一瞥した茉莉花は後ろに控えていた配下達に中庭へ出るように指示を出す。
    「二人と勝負しなさい。灼滅者とやらの実力を見せてもらおうかしら」
    「二人に勝てたら、話し合いに応じてくれるのか?」
     思わず順花は身を乗り出す。それを見た茉莉花は呆れたように肩をすくめた。
    「……仕方がないわね。話くらいは聞いてあげるわ」

    ●戦いの時間
     一番入り口に近かったきららを先頭に灼滅者達は温室を出た。
     そして、茉莉花の指示を受けた撫子、鈴蘭と対峙する。
    「茉莉花様のお望みやしな……ええで、そんなら相手したるわ」
     さっきまでの穏やかな口調とは一転、眼鏡を外した一樹が好戦的な口調で呟いたのを合図に滅者達は次々に解除コードを唱える。
    「ウェイクアップ!」
     最後に解除コードを唱えたツバサに龍のような翼が生え、両手でしっかりと握った巨大な刃を振りかざした。
    「……もう我慢しなくていいか」
     刹那、ツバサが斬艦刀を大きく振るいあげ、その鉄の塊を勢いよく鈴蘭に向かって叩きつける。――天地咆哮斬。
     全てを粉砕せんとばかりの重い衝撃を妖の槍で受け止めた鈴蘭だったが、死角に回りこんでいた静香には気づかない。
    「ぐっ……」
     【血染刀・散華】を振るう静香の陰から黒い羽のような夕香の影が伸び、容赦なく鈴蘭を切り裂いた。
     ジャラ~ン♪
     斧みたいな形のギター【フォートレス】を鳴らし、一子はパチっとウィンクを一つ。……ちょっと弾きづらそうなのはご愛嬌だ。
    「らぶりんさまばりのギター捌き、とくと見よ♪」
     そして、巧みなギターテクニックを駆使し、皆の視線を集める中で思い切りギターで鈴蘭を殴りつけた!
     だが、鈴蘭も黙って殴られているばかりではない。魔槍を回転させると前衛に向かい突進。5人を蹴散らさんばかりの勢いで一気に駆け抜ける。
     その間に撫子は鈴蘭に向かって癒しの矢を放ち、きららもまた癒しの風を起こして仲間達の傷を癒すのだった。

     緋色のオーラを纏った刀が鈴蘭に斬り付けられる。と、同時に順花は自身の体力が回復するのを感じた。
     冷気と妖気を纏った長槍【冷妖槍‐氷茜‐】を持ち直し、一樹もまた鈴蘭に向かって一気走り込む。何度も旋風輪で蹴散らされた鈴蘭の瞳には一樹への怒りが宿っているのがわかる。
     怒りに任せ一樹に向かって槍を振るう鈴蘭だったが一子が身を挺して庇う。
     間に割り込んできた邪魔者に鈴蘭の意識が向いている隙に都の指輪から放たれた魔法弾がその身を貫いた。
    「『家族』を平気で壊す奴は不倶戴天だ」
     ツバサの脳裏を『あの日』がよぎる。……そういえば、あの時のヴァンパイアも気まぐれだった。無意識のうちに舌打ちを一つ。炎を纏った龍の爪の如き巨大な刀を振り上げる。
    「焼き尽くせ、龍刃炎武」
    「……っ」
     炎に包まれて倒れる仲間を目の当たりにした撫子は焦りを隠せない。悔しそうに噛んだ唇に赤い血が滲んだ。

     配下を一人倒し、勢いに乗った灼滅者達を止められる者はいない。
     夕焼け色のオーラを拳に集め、静香が【黄昏光・舞椿】で撫子を連打する。その容赦のない攻撃に撫子がバランスを崩したところを都が石化の呪いで包み込む。
     悔しそうな表情を浮かべた撫子は矢をつがえ、きららに狙いを定める。放たれた矢はキラキラと輝き流星の様にまっすぐと狙い通りの場所を射抜く――はず、だった。
    「こっち来ると思ったで」
     残念やったなぁ。不敵な笑みを浮かべた一樹が矢の軌道を読みその背できららを庇う。
    「ありがとう」
     会釈するきららと一緒にアホ毛も一緒にピョコンと動く。お礼とばかりに癒しの矢で一樹の傷を回復した。
     ドゥォンッ!
     大きな音と共に夕香のガトリングガンが炎の雨を降らせ、撫子が怯んだ隙に一樹が槍を十字に振るう。
     温室から見守る茉莉花にちらりと視線を向け、順花は悲しそうな表情を浮かべた。
     ――まだ戦いを続けなければいけないのか。
    (「……俺は少しはわかりあえると信じたいんだ」)
     影で出来た触手を撫子に向かって伸ばす。泣きそうになるのを必死に堪えるその表情は辛そうだった。
    「もう一度言う……不倶戴天だ」
     影の触手から逃れようともがく撫子をツバサの斬艦刀が叩き斬る。
     と同時、一子が【Rook’s Pawn】で思い切り撫子の頭を殴りつけた。クラシカルな黒いロッドから流れ込んだ魔力に撫子は耐え切れずに膝をつく。
    「そこまで!」
     いつの間に中庭へ出てきていたのか。茉莉花の鋭い声が戦いの終わりを告げた。

    ●お願いの時間
     戦いを終えた灼滅者達は茉莉花に促されるままに温室へと入って行った。
     一子とツバサは少し離れた場所に立ち、話し合いの成り行きを見守ることにする。
    「約束は守るわ。話しなさい」
     では、とおもむろに夕香が口を開いた。
    「率直に申し上げます。これ以上この学園での支配は難しいのではないでしょうか」
    「どうして?」
     間髪入れずに茉莉花は灼滅者達に問いかける。
    「今後、第二・三の刺客が来る可能性があり、成果を上げるのは難しくなるだろう」
     ――なぜなら、茉莉花の存在はすでに認知されているから。
     淡々と説明をする都だったが、茉莉花はおかしそうにくすりと笑う。
    「まるで、貴方達を倒しても終わらないとでも言いたそうね。仲間でもいるの? 例えば、何か組織に所属しているとか」
     組んだ両手に顎を乗せ、茉莉花は灼滅者達の返事を待つ。
     茉莉花の問いには答えず、都は敢えて話を進める。
    「……仮に両陣営が争う場合、互いの戦力が不明瞭でリスクが高く被害も少なくないだろうことはわかると思うが」
    「もちろん。でもそれは、貴方達の組織とやらが私達に対抗しうる存在であることが証明出来た時の話。何か証拠はあるの?」
     楽しそうに語る茉莉花を前に、灼滅者達は顔を見合わせ必死に考える。証拠……。
     一方、茉莉花も灼滅者達の様子を観察しながら考えを巡らせていた。
     証拠がない以上単なるはったりだと考えているが、もしも、彼らの自信を裏付けるものがあるなら……。
     その時、静かに時が流れる空間に一人の少女の声が響いた。
    「――場所を変えられるのが良いかと思いますがいかがでしょうか」
     唐突な静香の申し出に茉莉花は露骨に眉根を寄せた。
    「俺、考えたんですけど……」
     遠慮がちに順花は茉莉花に説明する。
     都が言ったように、次の刺客が現れ本格的に戦闘にでもなれば今度こそこの温室にも被害が出るのではないか。温室を守るために、茉莉花は一度この学園を離れた方が良いのではないか。
    「茉莉花様、どうか今回は大人しく手を引いてくださいませんか」
     眼鏡をかけた一樹が静かに告げた。先程までの好戦的な態度は微塵も感じられない。
    「……」
     茉莉花は灼滅者達を見回し、大きく息を吸うとゆっくりと口を開いた。
    「わかったわ」
    「それじゃ、帰ってくれるの?」
    「――ええ」
     嬉しそうに声を弾ませるきららに向かって茉莉花は優雅に頷いた。

     計画を邪魔するイレギュラーな存在。たかが灼滅者と思っていたが、組織に所属していることを匂わせている。何よりも、茉莉花が朱雀門高校から転校してきたことを知っていた。
     習学館学園を後にした茉莉花は帰路に着きながら一人静かに考える。
    (「……一度戻って計画を見直すべきだわ」)

    「あー! やっと喋れるー!!」
     茉莉花の姿が見えなくなったことを確認し、一子は大声をあげた。ずっと我慢していた反動なのだろう。一子は仲間達を前に喋り続けている。
     ――この学園を守ることができてよかった。
     ほっと胸を撫で下ろす灼滅者達を心地よい花々の香りが優しく包み込むのだった。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 16
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