肆の月の花の海 ~いなわしろの菜の花子太郎~

    作者:矢野梓

     福島県猪苗代市――広さ第4位の湖を抱えるこの地にも春は確実にやってくる。南の果てから北上を続けてきた菜の花前線も卯月の終わりになれば東北の地へやってくる。
    『いぶすきに続いてぼうそうが逝ったぞ』
     一面に広がる菜の花畑を前にして、すらりと背の高い青年が言った。
    『……こうるせぇの、消えただけでしょい』
     菜の花連合といっても南の連中はね――応答する少女の声はどこかけだるげで、眠そうで。
    『いいのか、このままで』
     世界征服の一番槍は俺がいただいちまうぞ――青年は再び少女を見たが彼女はやはり力なくあくびを1つ。
    『おらのとご、まだ咲いでねぇかんなぁ。こいじゃ~』
     まあ好きにしな――掌を振りながら去ってゆく少女の背に、青年の目がきらりと光った。
    『ふっ、力が出ないならそれでもいい。なら俺が世界征服をしてしまうまで』
     青年は菜の花ヘルメットを目深にかぶる。金色の菜の花で目一杯飾られたヘルメットはさながら菜の花アフロ。常識的に見ればせっかくのイケメンが台無しになってしまうのだが、彼にはまるでそれを気にした風がない。
    『手始めは……そうだな。純粋な手下を作ることか』
     見れば幸い、遠足に来たらしい子どもたちの声が近づいてくる。
    『ふはははっ、皆の者よく聞け! わたしの名前は菜の花子太郎!!』
     この地球に菜の花と平和を約束する者だ――青年の声は朗々と。その目の前ではいたいけな子どもたちがあんぐりと口をあけて、突如現れた災厄を見上げていた。

    「あ~、悪いけど事件なんでぇ……す」
     灼滅者達が教室の扉を開けると、そこには水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)が待ち構えていた。ボードに貼ってあるのは大判の写真。いちめんの菜の花が春の陽射しに輝く様が、彼らの目に飛び込んでくる。
    「今度は『いなわしろ』だとさ」
     もうすでに何がといわない辺りが、慎也のうんざりっぷり(?)を物語っていた。
    「……菜の花怪人か」
     灼滅者の1人が呟くと、教室中にため息が漏れた。ご当地怪人というものは郷土愛に溢れ、時に執拗な自己主張をするものだけれども、勿論菜の花怪人達も例外ではなかった。ならば恐らく今度の怪人も同じなのだろう。
    「なーんか奇妙な縁で、今回も見つけちまったんだよな」
     ため息をつきつつも慎也はきちんと整理された情報の披露を始める。今度の怪人は見た目もイケメンの成人男性。その名も『いなわしろの菜の花子太郎』。ネーミングセンスは今までの菜の花怪人達の中でも最低をいくらしい。
    「けど、さすがに男は体力あるし、無茶ぶりもするから……」
     なんとしても灼滅をお願いしたい、と慎也は灼滅者達を見渡した。

     菜の花子太郎が出現するのは磐梯山のふもと、猪苗代湖を望める場所に作られた観光農園。菜の花畑だけでなく沢山の種類のハーブなども植えられているのだが。
    「菜の花子太郎にはそれが気に入らないらしい」
     青い地球を金の花で――というわけで、この星を菜の花一色に染め上げたいらしい。別に菜の花の偏愛は目くじら立てるほどのことでもないのだろうが、問題なのは今回は子ども達が強化されているということ。
    「幼稚園くらいの子どもたちが遠足に来てたのを10人ばかり……」
     手先にしてしまっているのだという。
    「まだ手先になったばかりだし、子どもたちの攻撃は取るに足りないものだけど……」
     戦い初めはいわば子どもたちが盾のような状態になっている。
    「その状態でビームとか喰らうと、ちょっと……ですね」
     だからまずは子どもたちを無力化して、害が及ばないところへ。その後で菜の花子太郎を倒せば子供達は何とか元の生活に戻ってゆくことができるだろう。
    「けど、菜の花子太郎って強いかんな」
     技はいわゆるご当地ヒーローのものだけれどと、慎也はシステム手帳のリーフを灼滅者達に示した。曰く、


     金花玉条 → ご当地ビームらしきもの。
     菜種脚烈 → ご当地キックなんだと思う。
     金腕鉄拳 → たぶんご当地ダイナミック。

     今度の菜の花子ちゃん――否、菜の花子太郎君は漢字をいじくり倒すのが趣味らしい。
    「みんなにも言いたいことはたくさんあるだろうけけどさ……」
     技名を叫ぶくらいはさせてやっとけ――菜の花怪人についてはすっかり諦観の境地に達したらしい慎也。一番言いたいことがあるのは彼ではないかと、灼滅者達は思うけれどそこはそれ、武士の情けを以ってツッコミはせず。

    「なんか口ぶりから察するに菜の花怪人はまだいるっぽ……いるようですが」
     慎也は微妙な具合に語尾を訂正しつつ、すっと背筋を伸ばした。菜の花怪人たちの自己主張っぷりは慎也よりも灼滅者達の方が良く知っていることだろう。ならばこの上の説明は不要である。
    「個性というのも認めてやりたいところですけれどね」
     過ぎたるは尚及ばざるがごとし――何事も程々にという教訓は菜の花子太郎殿にもぜひ垂れて来てほしいもの。
    「疲れる相手なんだろうけどさ……よろしくお願いします」
     慎也は深く頭を下げて、灼滅者達を見送った。


    参加者
    結音・由生(夜無き夜・d01606)
    石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)
    狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)
    三上・チモシー(牧草金魚・d03809)
    住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)
    海音・こすず(蕪島ヒロイン・d04678)
    刀鳴・りりん(透徹ナル誅殺人形・d05507)
    宇南山・千華(白鳥仮面スーパースワン・d14062)

    ■リプレイ

    ●花と湖の国へ
     北は磐梯、南は湖水。春の中の春を迎えたこの地には風さえさやか。新緑の山肌が逆さまに映りこむ湖面をかすめて小鳥が1羽飛び過ぎていく――それは宇南山・千華(白鳥仮面スーパースワン・d14062)にとっては懐かしくも見慣れた風景。ここは彼女の故郷。そこが菜の花怪人の襲撃を受けると知った時には全身から血の気が引いた。そんな彼女の肩を狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)はとんと叩く。言葉には出さないまでも思いはきっと変わらない。目の前に広がるハーブ園。菜の花の海が風に形に揺れている。長閑という字を風景にすればきっとこんな絵に仕上がるのだろう。そこに『殺』『滅』だのといった字を持ち込む自分はどれだけ生臭い存在か――。
    「おお~♪ ほんとにいちめんの菜の花~」
     マイナスの坂を転がろうとした伏姫の思考は、三上・チモシー(牧草金魚・d03809)の感嘆によってかき消される。目一杯見開かれた紫の瞳の中には確かに金色の花の海。彼にとって菜の花といえば道路脇にちょこちょこ咲いているだけのものだったのだ。
    「……かくれんぼとかできるのかなぁ」
     思わず呟けば、
    「きっとできますみゃっ」
     海音・こすず(蕪島ヒロイン・d04678)がぴょんと飛び上がる。湖から吹き上げてくる風は懐かしい北の匂い。菜の花前線もようやくここまできたのだ。
    「なら、満喫するためにも、菜の花子太郎にはさっさと退場してもらいたいね」
     チモシーの言葉に結音・由生(夜無き夜・d01606)もくすりと笑った。確かにこんな綺麗な場所にはいかなる怪人も相応しくはない。それにしても『イナワシロノナノハナコタロウ』とはまた何とも……。
    「長い、長すぎるぞ、この名前は!」
     名乗りを聞いているだけでいらいらしそうではないか――刀鳴・りりん(透徹ナル誅殺人形・d05507)の断言に由生は再びくすり。
    「略して子太郎さん、でいいでしょうか」
     笑いを抑えて提案すれば、
    「いな子でよいじゃろう」
     頭文字を適当にとって――りりんの返しは電光石火。
    「……まあ、個性あふれるお名前ですからね」
     石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)も微かな笑みを浮かべて応じた。『花子さん』なのか、それとも『太郎さん』なのかは何とも曖昧なところではあるけれど、どこか憎めないような気がすることも事実。
    「菜の花子太郎ねえ……てっきり女子ばっかりかと」
     逆にほうっと大きく息をついたのは、住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)。今回のメンバーの中で最も菜の花怪人と縁のある御仁である。
    「花にこだわってたからなあ」
     まさかここで出てくるのが太郎だとは――とはいえ、灼滅することに変わりがあるわけではなし。一行は足を速めてハーブ園の奥深くへと急いだ。

    ●名前の長い似非ヒーロー
    『……やあ。お前達か』
     菜の花怪人は既に子供達の盾を完成させていた。聞こえる声は明朗闊達。素早く陣を整える灼滅者達にも少しも慌てた風を見せずに、彼は笑んだ。
    『よく来たなっ、邪魔者ども!』
     確認するようなその響き。それに応えるよりも早くチモシーは強烈な精神波を放つ。遠くのんびりと花を眺めていた人影が急にあたふたとし始めた。
    (「一般人は大丈夫そうですね」)
     同じく人払いの為の殺気を放ちながら騰蛇は周囲に目を走らせた。まるで動く気配を見せないのは菜の花怪人の前にわらわらといる園児達だけ。戦いの舞台は既に整っているようだ。
    『行け、一番槍は俺達のものだ!』
     指揮刀代わりの菜の花がさっと空を切る。子供達の目がギラリと底光りするその刹那、金色の海に白い鳥が舞い降りる。
    「そうはさせないぞ!」
     ひらりと風をはらむのは純白の翼。
    「『白鳥舞い降りる天の水鏡』猪苗代湖の使者、白鳥仮面スーパー☆スワン参上!」
     指先まで決めたポーズに春の陽は燦々と。
    『小賢しいっ。我こそは愛と正義の使者、いなわしろの菜の花子太郎!!』
     当然菜の花子太郎も黙ってはいない。
    「ちょっと、それは私の台詞ですみゃっ」
     菜の花子太郎が叫ぶや否や、白鳥マントのこすずとナノナノが割って入った。曰く、『愛と正義は八戸から!』という訳で。
    「海と蕪島の使者、ウミネコ・スズ! 見参!」
     『使者』だらけの名乗り合戦。子供達は大喜びで拍手喝采、慧樹は一瞬空を仰いだ。今回は敵も味方も主張好きが揃っているらしい。ともあれ名乗り合戦ごときに精神力を消耗している暇はない。伏姫がガトリングガンを肩に構えれば、忠実な霊犬八房は主の命じるままにスナイパーの位置へとひらり。
    「いたいけな子達に何するんですかみゃっ」
     壁並べて自分は後ろからとかイケメン頭脳派が聞いて呆れます――こすずの声は甲高く、
    「不埒な野望を抱く怪人め、我われが成敗してくれよう!」
     千華の宣言は堂々と。こうして菜の花畑の決戦の火ぶたは切って落とされた。怪人の戦法が潔いか否かは全く別の問題として――。

    ●壁に挑み
     嵐のような弾丸が壁と化した子供達の前で爆ぜた。思ったような効果をあげられなかった伏姫は軽く眉を寄せる。範囲攻撃一発でどうにかなるなどとは元より考えていないが、この子供達の行動は……。
    「すまぬの。退いてもらうためじゃ」
     りりんの手加減攻撃が最も怪我が深いと思われる子供に狙いをつける。だが彼女が狙った茶髪の少年の前に三つ編みの少女が割り込んで。
    「ディフェンダー、なんですね」
     それも菜の花怪人の指示をとてもよく聞く――由生の呟きには哀しみの響き。深く頷いた慧樹も苦々しげな表情を浮かべている。指宿の手下は罪もないご老人達だったことが不意に思い出された。怪人とはやはり弱き者を手下にせずにはおかないものなのか。
    「にーちゃん達がすぐに解放してやるからな!」
     慧樹の言葉に真っ先に応えたのはこすずのバトルオーラ。両掌に生まれた煌めきはすぐさま光の帯になり。
    「なるべくはすぱっと終らせてあげますから眠ってて下さいみゃっ」
     子供達の壁の向こうには金色のビームで灼滅者を射抜く菜の花怪人。その狙いはどうやら正確無比であるようだが、彼を狙おうにも子供達が枷になる。物理的にも勿論のことだが、戦わされる子供、傷ついても訳もわからず戦おうとする子供は正直直視に耐えない。
    (「これもこの子達を救うため」)
     半ば視線をそらすようにどす黒い殺気を騰蛇が覆いかぶせれば、その闇の上に由生の槍が光の輪を描きだす。すかさず力萎えた1人の襟首を千華がつかみあげ、高々と投げようとすれば、両足のそれぞれに子供達が絡みつく。
    「ちょっと……」
     無下に蹴り倒すことも叶わず体勢を崩せば、今度は別の子供が殴りかかってくる。力弱きといえども複数に仕掛けられれば、千華とて無事ではいられない。味方の不利を見て取るやチモシーはすぐさま指輪の力を癒しに変える。初のメディック担当に緊張がないとは言えないけれど、こうして戦場を見つめ、援護のタイミングを計る戦いも戦士の血は同じようにたぎる。
    「キリがないの……」
     伏姫はぐいっと汗を拭いた。ディフェンダーの子供達――言葉にしてしまえばただそれだけのことなのにその数は多い。そこへ後方からの菜の花子太郎の攻撃が加われば、事態を簡単に片づけることはできない――とにかく最初の1人を……にわか作りの壁ならば必ず自ずから崩れ落ちるはず。灼滅者達は気を取り直して、不運を小さな体一杯に背負ってしまった子供達へと向き直る。

    ●壁を越えて
    「猪苗代って菜の花有名でしたっけ? 指宿や房総半島に比べると見劣りしますよね」
     仲間達の懸命な攻撃が続く中、由生と菜の花子太郎の視線が火花を散らせて絡み合う。
    『見劣り……だと?!』
     ご当地キック――菜種脚烈の足が止まる。アフロもどきの菜の花ヘルメットの下で菜の花子太郎の眉が逆八文字に上がった。
    「おお、一応誇りはあるのか、いな子!」
     反応ありと見るやりりんも言葉を添え。いな子が自分の呼び名であると理解した時の菜の花子太郎の反応は劇的だった。リトマス試験紙でもよもやこうまではっきりとは青くなるまい。
    「それとも子太郎さんとお呼びしましょうか」
     ギラリと光る目線が今度は由生を射抜く。
    「わっしが今決めたと言っておるのじゃ。いな子」
     りりんの断言など、勿論菜の花子太郎の受け入れるところではない。
    『俺はいなわしろの菜の花子太郎。よっく覚えておけーーっ』
     怪人はくるりと回転してポーズを決める。ヘルメットには春の陽射し、高々と掲げた菜の花は青空をさし――。菜の花子太郎は気が付いていなかった。由生のりりん、2人を相手どっているその間にも子供達への攻撃は続けられていたことを。それは同時に彼の攻撃の手が止まっていたことを意味するのだが。
    「「…………」」
     慧樹とこすずは黙って互いを見やった。本当に菜の花怪人というものはよくしゃべる。それが時に大変な不幸に繋がることなど露ほども思わずに。――最初の子供があえなくKO状態に陥ったのはそれから間もなくのことである。
     どんな堤防も崩れる時は蟻の一穴から。1人が崩れた子供の壁は時を追うごとに加速度的に崩壊のスピードをましていった。
    (「灼滅対象といえど、悪い人ではなさそうなのだけどなぁ……」)
     弾丸や爆風の中で猪苗代地方の菜の花畑を、世界を金に染める夢を語り続ける菜の花怪人を横目に、騰蛇は子供達を抱え上げては戦場外までつれていく。援護するのは伏姫とこすずのガトリングガンからの射撃。爆炎の弾丸が爆ぜる中、菜の花怪人の壁は確実に薄くなっていった。

    ●花に平和と安穏を
     子供達の盾がなくなれば灼滅者達に最早憂いは一片もない。慧樹は改めて菜の花子太郎の前に仁王立ち。
    「菜の花ブレイカー・スミケイ!」
     この間の名乗りとは少し違うような気がしても、そこは眼前の菜の花子太郎には関係ない。ふーんと聞き流されてしまったこともまあご愛嬌。少なくとも菜の花連合に親密な情報共有はないらしい。
    「まあ、ここまで来たら遠慮なく」
     チモシーが攻撃に転じれば、
    「手加減なしに思いっきり……な」
     そのへんてこな黄色いアフロごと――りりんも勇ましい。飛びゆく弾丸は漆黒と真紅。慧樹の槍も今は紅蓮の炎に包まれてそのわき腹を抉る。
    『き、きんかぎょくじょうーっ』
     対する菜の花子太郎も負けてはいない。やはりスナイパーの腕前は大したもの。その狙いは寸分違わず千華へ。
    (「きんかぎょくじょう……って読ませるんですねぇ」)
     一瞬体勢を崩した彼に代わり由生が拳の連打を浴びせれば、こすずも後ろからガトリングガンを連射。
    「東北の仲間でしょう! 全く何て真似を……ですみゃっ!」
     南と北とで距離があるとはいっても青森・福島は同じ東北。ピクリと形の良い眉を跳ねあげた菜の花子太郎は叫び返す。
    『それを言うなら、そっちこそ福島もんだろうがっ』
     猪苗代発世界征服を阻むのか――視線の先で千華がにっと笑った。確かに同郷者に特有の匂いは感じる。だが灼滅者とご当地怪人では、同じ天を戴けぬが道理。返事の代わりに走ったのは猪苗代湖の冬の名物。『天神しぶき氷ビーム』といわれれば無論菜の花子太郎の理解は早い。
    『……これが、返事か』
     菜の花アフロのヘルメットがごとりと落ちた。
    「そういうことでしょうね」
     騰蛇も攻撃をためらわず、チモシーも指輪をくるりと一撫でし。指輪から放たれる魔法の光線は時にある種の制約を科す。それが菜の花子太郎に何をもたらすことになるのか今はまだわからないけれども。
    『金腕鉄拳!!』
     きんわんてっけん――慧樹を投げつけんとする菜の花子太郎の声は既に裏声。痛々しい――我知らず呟いたチモシーにりりんは僅かに肩を竦めてみせた。
    「ひとつ言ってよいかの?」
     さらりと菜の花子太郎に向かって居住まいをただし、最大の爆弾を涼しい顔で。曰く、
    「おぬしの行動、菜の花のイメージダウンになっておると思うが、いかがじゃろうか?」
     その瞬間の菜の花怪人の顔を由生は多分一生忘れまい。致命的な計算ミスを突きつけられた子供のようなその顔を。
    「子太郎さん、あなたには世界を金色に染めることはできません。なぜなら全世界に一度に春は来ないからです」
     散っちゃってる間どーすんですか――その追い討ちが彼の心に大きなひびを入れたのは言うまでもない。
    『ぐぐ……っ、俺の……完璧な菜の花の春が……』
     いったいどこをどう落ち込む必要があるものか騰蛇や慧樹には全く判らないことだったが、敵が精神的打撃を受けているならば今が好機。
    「菜の花や――」
     伏姫のジャンプキックは鮮やかに菜の花子太郎の延髄を直撃。青年の体が菜の花畑にどさりと落ちた。
    『……月は東に……日は……』
     藁をもつかむ風情の菜の花子太郎の手が泳ぐ。
    「ふむ、教養はまああるのじゃの」
     伏姫が呟く傍らで、こすずが最後の抵抗の芽を摘んだ。せめてここは同じ東北のご当地技で見送ってやりたいところではあったけれども。

    ●春は逝く
    「灼滅前に今回こそは吐いてもらうぜ、菜の花連合とは何かを!」
     なんとか起き上がった菜の花子太郎に慧樹が詰め寄る。皮肉な笑みを怪人は浮かべた。
    「菜の花連合とは最強の仲間にして最高のライバル」
     時に世界征服を競い合い、時に花を愛で――。
    『菜種脚烈(なたねれっきゃく)!!』
     青年の足が風を切った。灼滅者達の包囲網が僅かに開く。だがそれは本当に僅かなことだった。鞘走った騰蛇の日本刀は銀月の如く、チモシーの漆黒の弾丸は至近から。菜の花子太郎の体が大きく弾んだ。
    『……覚えて……ろ』
     吐く台詞までがお約束とこすずが憐憫さえも抱く中、伏姫は問う。
    「いずれ連合が仇討か? ちなみに東北あたりかの?」
    『……よこ……は……がふっ』
     吐きだした血が菜の花の金色を染め上げる。だが彼はそれでも戦い続ける意思を示した。それが一度は世界征服を目指した者のなれの果てならば――。
    「花は散るさだめ。おぬしもここで散れ!」
     振り下ろされたのはりりんのロッド。流し込まれる魔術の渦はやがて彼の体を内側から破壊していくだろう。それを合図に灼滅者達の攻撃が重なる。漆黒にそして小さな光の輪の中に。菜の花怪人の翻弄は灼滅者達のはなむけ。
    「逝く前に――」
     その難しい技の読み方とセンス教えていってください――由生のその問いに答える声は最早ない。何かを求めるように空へと高くのばされた手を千華はしっかりと取った。
    「磐梯山ドライバー」
     デスバレーボム――死の谷落としは文字通り、菜の花子太郎をあちらへ送る大技となる。灼滅者達は消えゆく怪人に祈るように目を閉じた。

     戦い果てた菜の花畑に夕暮れを告げる風が吹く。今宵の月はどの方向に出るものか。せめてはそれが逝く者の慰めとなるように。灼滅者達は揺れる金色の花の香を深くふかく吸い込んだ。

    作者:矢野梓 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 10
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