雨夜の危機~赤鬼襲来

    作者:泰月

    ●予兆
     群馬県沼田市の市街地に、とある定食屋がある。
     店主のおじさんは無口だが料理の腕が良く、実は思いやりがあることは、常連の多くが知っている事だ。
     世話好きできっぷの良い女将さんも常連に好かれている。地元では知られた店だ。
     店の看板娘と評判だった2人の一人娘が嫁いで以来、2人で切り盛りしていたのだが。
     最近、店にとある変化が起きた。
    「どうだい、仕事には慣れたかい?」
    「そうですね。少しは」
     女将さんの声に答えたのは、空いたテーブルを拭いていた長い黒髪の少女だった。
    「おばちゃん、ご馳走様」
    「はいよ、また来ておくれ」
    「その娘、新しい看板娘かい? 親戚かなにか?」
    「まあ、そんなところだね」
     顔馴染みの言葉に、笑って曖昧に答えるおばさん。
     やがて1人また1人と帰っていき、店内に客の姿がなくなる。
    「……今日はそろそろ店終いだな」
    「なら、暖簾下ろしてきますね」
     厨房からぼそりと聞こえたおじさんの言葉に反応して、少女が店の外に出て行く。
     女将さんは先ほど曖昧に誤魔化したが、少女と夫婦は親戚でもなんでもない。
     娘も嫁いだし、そろそろ看板を下ろすか――なんて事を考え出した頃だ。店主夫婦が怪我を負った少女と出会ったのは。
     何か事情はありそうだったが、今では住み込みのアルバイトに収まっている。
    「雨が降りそうですよ」
     降ろした暖簾を手に、少女が戻ってきた。
    「……嫌な風だな」
     窓から顔を覗かせ、店主がぽつりと呟いた。

    ●異変
    「ふん、この辺りにいる筈だが……上手く潜んだか」
     定食屋が暖簾を下ろした頃、町外れに現れた9つの人影。
     どこかの青年団だろうか。まあ青年と言っても30歳はゆうに超えていそうだが、田舎の青年団では割とある事だ。
    「おい、お前たち!」
     その中でも一際大きな体躯の男が、低い凶暴な声で他の男に告げる。
    「この街の人間共を全て殺したって構わねぇ。虱潰しに探して来い!」
     その物騒な発言に周りの男は顔を見合わせ、少し躊躇う様な素振りを見せる。
    「さっさと行かねえか!」
     ほとんど恫喝するような乱暴な物言いに、慌てて2人組になって散っていく。
     すぐに、街のあちこちから悲鳴や破壊音が聞こえ出した。
     そんな中、残った巨漢は1人、悠然と街を闊歩し、やがて一軒の建物に目をつける。
     男が強靭な足で蹴破ろうとしているのは、暖簾を下ろしたばかりの定食屋だった。
     街頭に照らされた男の額には、黒い角が生えていた。

    「集まってくれてありがとう。緊急事態ってやつよ」
     夏月・柊子(中学生エクスブレイン・dn0090)が集まった灼滅者に告げる。
    「羅刹が9人。今夜、集団で群馬の街を襲うわ」
    「なっ!」
     羅刹が9人。この場に集まった灼滅者よりも1人多い。
    「向こうに予知されない為に、これ以上人数を増やせないのよ」
     ダークネスもバベルの鎖を持っている。大人数で向かえば、察知されるという訳だ。
    「9人とまともに戦ったら全員闇堕ちしても勝率は5割あるかどうか。でも、付け入る隙はあるわ」
     柊子の見た予知の中で、羅刹達は何かを捜している様子だった。何を捜しているのかまでは、判らなかったが。
    「そのおかげで羅刹は散らばってるわ。だから、皆が狙うのはリーダー格の羅刹がが1人になった所よ」
     集団の頭を狙うのは古い手だが、だからこそ有効だ。
    「それに、どうもリーダー格が他の羅刹に命令を無理やり聞かせてるみたい。リーダーさえ倒せば、それを知った他の羅刹は撤退していくのは判っているわ」
     とは言え、狙える時間はあまり長くないだろう。タイミングを誤れば、逆に袋叩きに合いかねない。
     だが、羅刹から街を守る為に他に手はない。
    「リーダー格の羅刹に仕掛けるのは、1人になってしばらく移動してから。目につけた……定食屋さんだったと思う。そこを襲う直前がベストよ」
     早すぎては他の羅刹に気づかれるかも知れない。遅くなれば、狙われた家はただでは済むまい。
    「性格は粗暴で好戦的。且つ、自信過剰で短絡的よ。武器を持って皆が仕掛ければ、気を引くのは簡単よ」
     単騎で動いているのも、恐らく自信の表れ。
    「姿は2mを超える褐色の大男。角は5本で、武器は長い柄の先に鋭い突起のついた鉄の棒ね」
     文字通り鬼に金棒と言ったところか。
    「後は、神薙使いと同じく、鬼神変。風も操るけど、風の刃どころか、竜巻になるから注意してね」
     武器も凶悪だが、強靭な体躯も負けずに凶悪だ。
     なお、他の羅刹は武器を持たず、神薙使いと同じサイキックを使うだけだと言う。
    「強敵だけど、放っておいたら街も人も酷い事になる。止められるのは、皆しかいない。……無理しないで。気をつけて行ってきてね」


    参加者
    夕永・緋織(風晶琳・d02007)
    李白・御理(外殻修繕者・d02346)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    刻野・渡里(高校生殺人鬼・d02814)
    謝華・星瞑(紅蓮童子・d03075)
    浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403)
    マリーゴールド・スクラロース(小学生ファイアブラッド・d04680)
    丹下・小次郎(人力風起こし・d15614)

    ■リプレイ

    ●介入
     雨の降る中、赤みがかった褐色の巨漢が傘もささずに夜の街を往く。
     男は忙しなく周囲に視線を巡らせ、何かを探して歩いているようだ。
    「取り敢えず、あれから始めるか」
     やがて一件の建物に目を留める。
     歯を剥き出し獰猛な笑みを浮かべ、剣呑な闘気を纏って男が迫ったその時。
    「待てい!」
     声がして謝華・星瞑(紅蓮童子・d03075)が脱ぎ捨てた合羽が男の前に広がる。
    「お店はもう閉まってる、羅刹が何の用?」
     次いで近くの建物の隙間から飛び出したマリーゴールド・スクラロース(小学生ファイアブラッド・d04680)が男を問い詰める。
    「ナノ!」
     その相棒、菜々花も後ろから問い詰めるように一声鳴いた。
    「あ?」
     男と建物の間に飛び出した8人の灼滅者達。夜に目立たない色の合羽やレインコートを纏い、待ち伏せしていたのだ。
     既に全員武装完了済みである。男が状況を理解するよりも早く、灼滅者達は布陣を完成させる。
     ライトやランタンの明かりが男を照らし、背負った巨大な金棒が照らされて鈍く光る。
    「今、羅刹っつったなぁ……俺を羅刹と知ってて武器を向けるってのか!」
     ナノナノと霊犬も合わせれば、計10の視線を受けて、それでもなお。男――羅刹の赤羅は笑みを浮かべる余裕を見せる。
    「手当たり次第に押し入るつもりか? 頭の悪い探し方だな」
     そんな赤羅を、刻野・渡里(高校生殺人鬼・d02814)の藍色の瞳が、侮蔑の色を込めて見据える。
    「なに?」
    「頭の悪い探し方だと言ったんだ、脳筋」
    「おもしれェ。ガキどもが。誰に喧嘩売ったのか、思い知らせてやらァ!」
     赤羅は渡里の挑発に容易く乗り、踏み込もうとしていた建物から灼滅者達へ向き直る。
    「誰かを傷つけるために力を使うなら、こうして止めるしかないの」
     戦うしかない事を心の中で詫びながら、浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403)が、これから始まる戦いの音を外に伝えぬ為の力を展開した。

    ●開戦
    「まずは小手調べだ。耐えろよガキども!」
     叫んで、赤羅が何も持っていない左腕を振るう。それだけで、風が渦を巻き竜巻となって、雨粒を跳ね飛ばして灼滅者達を飲み込んで行く。
     防具を裂かれながらも、風が収まりきらない内に夕永・緋織(風晶琳・d02007)が飛び出した。
     そのまま間合いを詰めると展開したシールドで赤羅の顎を打ち据える。同時に、赤羅の肩を鋭い氷が貫いた。
     赤羅が視線を向ければ、風が収まったそこに、冷気の残滓を残した槍を構える結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)の姿。
    「やるじゃ……おおっ?」
     先手を取られた灼滅者達だが、ならばこそ反撃は続く。
    「星瞑君、今です」
    「おう、貰ったぁ!」
     丹下・小次郎(人力風起こし・d15614)の足元の影が伸びて赤羅に絡みつき、その背中から飛び出した星瞑が捻りを咥えた槍の一撃を見舞う。
    「続け、サフィア」
     敵の起こした風を利用し、赤羅の死角に回り込んでいた渡里の鋼糸が赤羅の足を裂き、霊犬が咥えた刃で更に斬りつける。
    「私は菜々花に回復して貰うから、2人を」
    「緋織先輩は、ぼくが。菜月先輩は――」
    「小次郎さんだね」
    「ナノ!」
     マリーゴールドも風に飲み込まれたが、爆炎の弾丸を大量に撃ち込みながら後ろの2人に声をかける。
     李白・御理(外殻修繕者・d02346)が分裂させた光輪を飛ばし、菜月が月の描かれた群青の符を飛ばす。
     互いに声を掛け合い、癒し手2人が分担して傷を負った仲間を癒していく。マリーゴールドの傷は菜々花が癒した
     静菜と星瞑も風に飲み込まれたが、それぞれ緋織と小次郎が咄嗟に庇った事で無傷だ。
     赤羅の初撃の被害をほぼ最小限に抑えたと言っていいだろう。
    「やるじゃねえか、ガキども」
     体を伝う雨水に混じる朱を見下ろして、赤羅が楽しそうにニヤリと笑う。
    「何故こんな事を? 何を捜しているんです?」
     効いていない訳ではないだろうに、それでも笑う赤羅を油断なく見据えながら、小次郎が目的を探ろうと問いかける。
    「捜してるんだろう? なんで此処だって判ったんだ?」
     星瞑もそこに合わせて探りを入れる。
    「手前ェら……なんで知ってやがる」
    「さてな? 捜し物は俺達が知ってるかも知れんぞ」
     訝しむ様子の赤羅に、渡里がまた挑発するような物言いで、ハッタリをかける。
    「ちっ……面倒くせえガキどもだ」
     敵の目的を探る為の3人の駆け引きだったが、返って来たのは苛立ち。赤羅の声に込められた凶暴性が、纏う気配が、より攻撃的になっていく。粗暴で短絡的、そういう事だ。
    「半殺しにしてから聞き出してやらぁっ!」
     吠えて赤羅がアスファルトを蹴る。巨体に似合わぬ速さで一瞬で間合いを詰める。
     両腕で轟と振り抜かれた巨大な金棒が、緋織の細い体を軽々と吹き飛ばした。

    ●暴鬼
     ばしゃんっ。
     空中で態勢を整えた緋織が、水溜りの上に着地する。着地の瞬間によろけて膝をついたが、まだ倒れない。
     倒れなかったのを見て、後ろから御理が小光輪を飛ばして盾とする。
    「緋織さん、大丈夫?」
    「ちょっとキツいかな。でも大丈夫よ」
     案ずる菜月の声に、肩で息しながらも慌てずに返す緋織。
    「殺したつもりだったが、今のも耐えんのかよ」
     その様子に、赤羅も僅かに驚嘆の声を上げる。
     だが、実の所は一瞬意識が飛んでいた。魂が肉体を凌駕していなかったら、立ち上がる事は叶わなかっただろう。
     先の竜巻を受けた分の癒しきれないダメージがあったとは言え、まだ余裕のあった緋織の体力を上回って根こそぎ持っていく程の威力。
     目の前の敵がどれほどの力を持っているかを如実に示す一撃だった。
     だが、相手の力がどうであれ、灼滅者達に臆する様子はない。配下の羅刹が合流する前に倒す、その方針は揺らがない。
    「時間はかけられませんね。畳み掛けましょう」
     言葉と同時に、静菜の影が伸びて赤羅に絡み、締め付ける。
     ガキンッ!
     響く重たい金属同士の衝突音。マリーゴールドがガトリングガンの銃身に炎をを纏わせ殴りつけるも、赤羅の金棒に阻まれて届かない。
     だが、その隙に渡里が張り巡らせた糸が赤羅の全身に絡みつかせ身を斬る結界と為せば、反対側から小次郎が噴射の勢いを乗せたハンマーを叩き付ける。
     攻撃自体の威力に加え、炎に氷をはじめとした幾つかの異常が赤羅を蝕みその力を徐々に削いでいく。
    「くたばれや!」
     負けじと、赤羅も金棒を引き裂くように水平に薙ぎ払う。
     相殺しようとした小次郎のハンマーを弾いて、前に飛び出したマリーゴールドの障壁の一部を砕いて、やはり体を跳ね飛ばす。
    「痛いじゃない!」
     だが、防具を金棒の棘で大きく裂かれ、一部が赤く染まながらも、マリーゴールドもまた既の所で耐えた。
     立ち上がり、シールドをより強固に張り直す。
     更に菜月と御理は、それぞれ群青の符と光輪を飛ばし、回復に専念していた。倒れないのならば、癒しきれる傷は確実に2人が癒していく。
    「これでも喰らっとけ!」
     攻撃後の隙をついて、星瞑の槍の穂先に集った冷気が氷となり、赤羅を貫き凍らせる。
    「妖冷弾とかが効きやすそうだ!」
     これまでの攻防から見極めた情報を、大声で伝える星瞑。
     そこに続けて静菜が槍に螺旋の捻りを乗せて貫き、渡里が高速で操る糸が赤羅の傷口を更に斬り刻む。
    「ガキどもがァ!」
     所詮ガキ、と見ていた相手が、どうだ。追い込んではいるものの、まだ誰も倒れていないではないか。
     明らかに自分が押されていると言うその事実が、赤羅を苛立たせる。次第にその声から余裕の色が失われていた。
    「半殺しにするんじゃないの?」
     緋織が障壁で殴りつけ、金の瞳で赤羅を見据える。その明らかな挑発に、赤羅は乗った。
    「舐めるなッ!」
     左腕を変異させ、異形の赤い拳を振りかぶる。羅刹が最も得意だとされる、鬼神の名を持つ一撃。
     雨音に混じって、カラン、と乾いた音を立てて、緋織の手から白亜の弓が滑り落ちる。少し遅れて、雨の中に倒れる水音が響く。
    「手こずらせや――っ」
     その言葉を遮って、御理の影が赤羅を縛り、菜月の放った風が複雑な軌道を描いて赤羅を斬り裂く。
     1人倒れたが、それによって回復に専念していた2人が攻撃に転ずる事が出来たのだ。
    「サフィア」
    「菜々花!」
     渡里とマリーゴールドがそれぞれの相棒を呼ぶ。
     死角から放たれた細い鋼の糸が赤羅の膝を断ち、斬魔の刃が更に斬り裂く。
     無数に放たれた弾丸が咲かせた爆炎の花と、風の渦が赤羅を飲み込む。
    「シーサーキィィィィック!」
     沖縄の力を込めて、高く高く跳び上がった星瞑の踵が叩き込まれる。
     鞘走った小次郎の黒塗りの刃が赤羅の凍った部位を斬り砕き、静菜が放った氷が牙となり赤羅を貫く。
     ほんの数秒に同時に叩き込まれた連携攻撃。。
    「ちっ……こんなガキどもにやられるたぁ、ヤキが回ったか」
     小次郎が、投げ上げていた番傘を受け取め開くと同時に。
     赤羅も雨に濡れる路上に倒れると、二度と起き上がる事はなかった。
    (「ごめんね……」)
     己より他者を優先する菜月は、倒すしかない敵の死にも両手を組んで祈る。その頬を、雨とは違う水滴が伝う。
     そこに、バシャバシャと雨水の中を走る足音が近づいてきた。

    ●提案
     現れた足音の主は、2人の羅刹だ。
    「せ、赤羅さん……!」
     灼滅され消えゆく赤羅をみとめ、驚き立ち尽くす。
    「探す手間が省けましたね。赤羅さんは灼滅しました。どうかお引き取り願います」
     進み出た御理が告げれば、顔を見合わせる羅刹達。
    「……どうする?」
    「どうって赤羅さんがいないなら……」
     短いやり取りの後、またバシャバシャと雨水を跳ね上げて羅刹達は去って行った。
     その音が充分に離れたのを確認して、全員が武装を解除する。
    「立てそうですか?」
    「あはは。まだちょっと無理そう」
     静菜の問いに明るく返す緋織だが、意識は戻ったもののとても戦える様子ではない。
     もし先の連携攻撃で赤羅を倒しきれず、あの2人が加わっていれば。戦いはどうなっていたか判らない。
    「取り敢えず、そこを訪ねましょう。気になる事もあるし」
     小次郎の言う『そこ』とは赤羅が狙っていた建物だ。定食屋、と聞いている。
     しかし、扉をノックするよりも早く内から開いた。中から長い黒髪の少女が現れる。
    「君達が戦ってたのは、私の追手よ」
    「え?」
     出てくるなり少女が言った一言に、呆気にとられる8人。
     赤羅が狙いをつけたこの定食屋にいる少女が何者か。そこを探るつもりでいたのに答えは本人からあっさりと告げられた。
    「あなたが彼が探していた人……羅刹なの?」
     菜月が問いかければ、少女は首肯する。
    「僕達のこと、気づいてたの?」
    「声聞こえたのと、それ。こんな時間なのにお店の外が明るくなってるから」
     星瞑が見上げて問えば、静菜や御理が用意したランタンを指差し、さらりと返された。
     夜間の戦闘に視界を確保する為の光源は必須だが、ESPで音は遮断できても光は遮断出来ない。そこで気づかれたのは、やむを得ない事だろう。
    「ねぇ、少しだけでも事情を話して貰えません?」
     少女の表情を伺いながら、マリーゴールドが問いかける。
    「リーダーの羅刹は倒したけど、街は襲われたんだし」
    「追手を倒してくれたのは感謝するよ。街にも、これ以上迷惑かける気はないわ」
    「どう言う事?」
    「この街を出て行くから。君達が邪魔するなら……」
    「え? わ! ちょっと待って!」
     その言葉と同時に、少女の表情と気配が変わったのを見て慌てるマリーゴールド。
    「私達、話をしたいだけですよ。これ以上戦える状態じゃないし」
     同時に、少女の足元に何かが落ちる。
    「……え?」
    「俺の武器はそいつだけ。これで俺は完全に丸腰」
     落ちた物は、渡里が投げ捨てた鋼糸だ。渡里自身は開いた両手も挙げて、何も持っていない事をアピールする。
    「あなたに手を上げるつもりはありません。仲間も休ませたいです。中でお話しませんか?」
     静菜が穏やかに告げる。
     背丈の近い菜月の肩を貸りて立っている緋織が、少し決まりが悪そうな笑みを見せた。
     今度は少女が呆気に取られる番だった。
     恐らく、羅刹の追手とは別の勢力がいると気づいて、いざとなれば押し通るつもりで自ら出て来たのだろう。
     そこに武器まで投げ捨てられ、完全に予想外と言った様子だ。
     足元の渡里の武器、8人の顔、店の扉、と順番に視線を送ってしばし逡巡。
    「……静かにね」
     小声で言うと、少女は自ら中へと入っていった。顔を見合わせ、順番に後に続く。
     店内は少女の他に誰もおらず、最低限の照明だけついている状態だった。
    「ご夫婦は?」
    「朝が早いから、もう寝てるの」
     静かに、はそう言う理由らしい。
     音を立てないように椅子に座る8人。少女を囲まないよう、位置にも気をつけた。
    「私達は『灼滅者の組織』の者よ」
     何も言わない少女に、一人一人、順に名乗ってから緋織が告げる。
    「灼滅者? ……確か前にも」
    「路地裏であなたと会ったのも同じ組織の仲間です。すみませんでした。8人でも、ダークネスと対するのは怖いものですから」
     その場にいたわけではないが、静菜が過日を詫びる。もっとも、少女があの時の事をそこまで気にした様子はない。
    「それで、その灼滅者がなぜ私の事を聞こうとするの? これは私の事情だよ」
    「お姉さん、追われてたんですよね?」
    「そうね。だから、もうこの街にはいられない」
     マリーゴールドの言葉に頷いて、街を去る意志を告げる少女。
    「そう思うんだったら……私達と一緒にきてみないかな?」
     菜月から告げられた提案は、羅刹の少女の目を丸くさせた。
    「俺達が協力は出来ませんか?」
     さらに続けて小次郎が提案する。2人に異を唱える者はいない。
    「なんで……?」
    「困ってる人は、羅刹でも助けたいと思うのは自然だと思います」
     さも当然と言った風に告げる御理。言われた少女は、沈黙したままだ。明らかに迷っているのが判る。
     そこに、渡里が携帯電話が差し出した。
    「予備。不要なら誰かに連絡を取って壊せばいい」
    「それに僕ら8人の連絡先入ってるから」
     星瞑と渡里の言葉は、答えを急がなくてもいいと言う事になる。
    「ぼくたちは行きましょう。街を見回らないと」
     医者を目指す御理としては、街に怪我人がいるかもしれない状況は放っておけないか。
     仲間達も頷いて、音を立てずに席を立つ。
    「赤羅の手下が帰ったのを確認して、私達はお暇します。まだしばらく此処にいて下さい」
    「出て行く時は、どうか夫婦さんに挨拶はして行ってあげて」
     2人の言葉に、俯いたままだった少女がはっと顔を上げた。何も言わずに出て行くつもりがあったか。
     それ以上何も言わず、8人は御理と小次郎が先行する形で街へと向かう。
    「……信じてもいいのかな?」
     8人が去った後も、羅刹の少女は、携帯電話を手に取りじっと見つめていた。

    作者:泰月 重傷:夕永・緋織(風晶琳・d02007) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 33/感動した 2/素敵だった 22/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ