【正ねじれ双五角錐が未来を決める】屍の群れを踏み越えろ

    作者:波多野志郎

     その廃ビルの地下室へ踏み入ると――そこには石造りの道張り巡らされていた。
     決して複雑過ぎず。かと言って単純ではない組み合わされた道と部屋。そこには計算された配置がある。
     例えば行き止まりは必ず曲がり角の向こうにある。先に進むための道は三つの扉のどれかしかない。そこには人を迷わせる創意工夫があった。
    『…………』
     その中を徘徊するのはアンデッドである。あるモノはただ道を歩き。あるモノは行き止まりに立ち尽くし。あるモノは部屋の片隅で体育座りしていた。
     迷わすための建造物。配置されたエネミー。その光景はまさに迷宮――そう呼ぶのにふさわしいものだった。

    「ゲームであれば、最初のダンジョンって感じっすよね」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)の表現はそれはそれで的を得たものだった。
    「コルベインの水晶城に居たノーライフキングの一部に動きがあったみたいっす」
     ノーライフキング達はコルベインの所持していたアンデッドの一部を利用して迷宮を作り始めているという。
     ノーライフキングの迷宮は時間がたてばたつほど強力なものになっていく――素早い対応が必要となる。
    「あれっすね、水晶城のノーライフキング達はコルベインの遺産のアンデッドを使えるみたいなんすよ。使用条件のある二週目、みたいな感じなんすかね? 放置して成長されると第二第三のコルベイン爆誕ってな感じになりかねないんす」
     だからこそ、この状況で打ち倒すべきっす――そう翠織は念を押した。
     迷宮に徘徊するアンデッドは十五体ほど。それぞれ戦闘能力は高くはない。問題は迷宮の方だろう。
    「そこまで複雑でない癖に、迷わせる仕掛けはきちんとしてるっす。石造りなんで戦いやすいんすけどね」
     迷宮の組み合わせとアンデッドはそこそこ厄介だ。これも全部が読み取れる訳ではない、重要なのはどういう状況に置かれても対処できるように警戒しながら進む事だろう。
    「本当、何があるかわからないっすからね。基本は警戒行動でお願いするっす」
     ノーライフキングと対決するためには迷宮を突破し、王座までたどりつく必要がある。そのため、重要なのはまず迷宮を突破する事だ、これに全力を尽くすべきだろう。
    「でも、結果としてノーライフキングと戦うのが難しいくらいに消耗したら、無理はせずに帰還して欲しいっす」
     ノーライフキングは非常に強力なダークネスだ、慎重に慎重を重ねるぐらいがちょうどいいだとう。
    「ええ、こう棒で床を突っついて進むぐらいの用心深さで。みんな、頑張って欲しいっす」
     翠織は真剣な表情でそう締めくくった。


    参加者
    ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)
    玖・空哉(妄幻壁・d01114)
    本山・葵(緑色の香辛料・d02310)
    上代・椿(焔血・d02387)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    宇佐見・悠(淡い残影・d07809)
    回道・暦(中学生ダンピール・d08038)

    ■リプレイ


     廃ビルの地下室へと続く階段は、深い闇に包まれていた。それを覗き込み、しみじみと回道・暦(中学生ダンピール・d08038)が呟いた。
    「東京の地下には迷宮があってーなんて都市伝説、どこかで聞いた事あるきがしますけど」
    「ダンジョンですよダンジョン。方眼用紙に、10面ダイス、お菓子にジュースは用意しましたか?」
     リーファ・エア(夢追い人・d07755)はそうこぼす。それに本山・葵(緑色の香辛料・d02310)が答えた。
    「おう、方眼紙なら持って来たぞ」
    「……なんて、冗談ですよ、と言いたかったのですが」
     リーファの苦笑に葵も笑みを見せる。決してネタとして用意したものではないのだ。
    「おーい、みんな。忘れものとかねぇだろうな?」
    「ああ、問題ない」
     葵の最終確認にクラリス・ブランシュフォール(青騎士・d11726)が静かにうなずく。玖・空哉(妄幻壁・d01114)も軽い調子でライドキャリバーの剛転号を前へと進め言ってのけた。
    「そんじゃあ、行くとしますか」
    「そうだね」
     空哉の言葉に、宇佐見・悠(淡い残影・d07809)も答えその場に赤い糸を落とす。空哉の服の裾口からも同じように赤い糸が落ちた――ESP、アリアドネの糸だ。
    「風よ此処に」
     小さく解除コードを唱えるその横でミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)も両手にその武器を引き抜いた。
    「迷宮探索には似つかわしくない格好だけどね」
     でも気にしない、と呟きミルドレッドは右手にチェーンソー剣を左手に咎人の大鎌を構える。その動きは流れるように滑らかで長さや重さをまったく感じさせないものだった。
     準備は万端だ。剛転号と暦のライドキャリバーが並んで先行していく――その後に続き、上代・椿(焔血・d02387)が言った。
    「さて、このダンジョンの難易度はどんなものかね?」


     廃ビルの地下室に踏み込むと、そこは石造りのダンジョンが広がっていた。歩く足から伝わるその感触は硬い。その光景には趣きがある――まさに古きよきファンタジー、その光景を見た悠がしみじみと呟いた。
    「迷宮といえば歴史と浪漫、と言いたいところだけど、作って日が浅いのがわかっちゃってるとね」
     箒に乗って宙に浮かびながら悠は苦笑する。見つかる財宝は、戦果か情報か、ってところかな、そうこぼす悠に、椿がふとこぼした。
    「コルベイン配下のノーライフキングって事は、あの時消えていった奴らの事だよな」
    「ああ、そうだな」
     あの時――その言葉が指す意味をすぐに空哉は思い至る。忘れるはずがない、不死王戦争の事を。
    「…確かあの中にはコルベインには劣るが強力な力を持った奴も居たはずだよな。アグリッパと桜崎小夜子って名前だったっけ? 普通の奴でも十分に強いのにこいつらに当たったら流石に厳しいかもなぁ」
    「この奥にいるのが、どんな奴かはわからないけどね」
     ミルドレッドが無表情にそう返すのに、椿は小さく肩をすくめた。
    「普通の奴でも十分に強いのにそいつらに当たったら流石に厳しいかもなぁって話だよ。でも、逆にそいつらの方が燃えるってのも道理だよなぁ」
    「その前にこのダンジョンを――」
     攻略しねぇとじゃん、と言おうとした葵の言葉が途中で遮られる。バン! という爆発音と共に二台のライドキャリバーが爆発に巻き込まれたのだ。
    「いきなりですか!?」
     長めの棒でコツンコツンと床を叩いていたリーファが目を丸くする。間違いなくトラップの類だ――その直後、通路の物陰から飛び出して来た二体のアンデッドが剛転号とライドキャリバーへと襲い掛かった。
    『ア、アア、ア……!』
     その豪快に薙ぎ払う爪の一撃が、二台の装甲を深く削る。
    「現れたな!」
     それを見たクラリスが屠竜剣アスカロンを掲げるように構え踏み込み、その隣でミルドレッドが同時に跳びこんだ。
    「フォローします」
     暦のヴァンパイアミストがダンジョンの通路を魔力の霧で満たす――そこを突き抜け、クラリスは大上段からアスカロンを振り下ろし、タイミングをずらしたミルドレッドの横回転からの咎人の大鎌が死を宿す刃を薙ぎ払った。
     縦と横の斬撃がアンデッドを切り裂く。よろけるアンデッドへ葵がロケットハンマーを肩に担ぐように構え、吼えた。
    「潰れろぉ!」
    『――ッ』
     ゴォ! とロケット噴射によって加速したハンマーの一撃が真上からアンデッドを強打する。アンデッドはすかさず両腕を頭上に構え、そのロケットスマッシュを受け止めようとするが、葵はその両腕のガードをものともせずにアンデッドへハンマーを振り抜いた。
     そして、下からライドキャリバーがそのアンデッドへかち上げるように突撃した。下に叩きつけられそうになっていたアンデッドの体が宙に浮く――そこを椿が振り払ったマテリアルロッドで胸部を殴打する!
    「よいしょっと」
     軽い口調と裏腹に思い打撃音が鳴り響き、アンデッドの体が吹き飛ばされる――そこへ箒の上から悠がその影を走らせた。
     箒に吊るしたランプが作る影が、ダンジョンの壁を伝い走り抜けていく。その影の刃が地面を転がったアンデッドを串刺しにし、切り刻んだ。
    『ア……』
     一体が速やかに破壊された、それを見たアンデッドが唸る。その直後、リーファがEquilibriumを構え、その大振りのナイフでアンデッドの胴を切り裂いた。
    「っと」
     リーファが大型のガンナイフを振るった勢いを利用して横にステップ、それに合わせるように剛転号のキャリバー突撃がそのアンデッドを襲う。
     ミシリ、と体を軋ませアンデッドが身をのけぞらせた。そこへ空哉が真っ直ぐに突っ込む。
    「食らっとけ」
     ギシリ、と強く握り締めた拳が繰り出される。普段通りの口調で、いつもよりも強く想いをこめた空哉の鋼鉄拳がアンデッドの顔面を捉えた。



     剛転号とライドキャリバーが止まったのを見て、ミルドレッドは慎重にその曲がり角から奥を覗いた。
    「……行き止まりだね」
    「……そうか」
     ミルドレッドと答える葵の表情は渋い。コンパスで方角を確認しながら、方眼紙の上に鉛筆を走らせて葵がしみじみと呟いた。
    「あ~、かったるいぜ。ゲームのオートマッピングって、すげぇありがたい機能だったんだなぁ」
    「ダンジョン探索とか、まさか現実でやることになるとは思わなかったけど……ゲームとかではよくある状況だけど、実際にやると勝手が難しい……」
     ミルドレッドのこぼした言葉は、そこにいた多くの者の代弁だった。
    「こうも迷宮が続くと本当に正しく進んでいるか不安になるな。地図の保険ではあるが、こんなものでも用意して正解だったか」
     クラリスは引き返す道、分かれ道に自分で張った数字の書かれたカードを見てこぼす。そのカードの数字は、葵がマッピングする上でも役に立っていた。
    「……しかし、何時もとは勝手が違うか。くっ、こんなところで消耗している場合ではないというのに」
     クラリスの言葉には、小さくても確実な苛立ちがある。敵がその剣で切り裂けるのなら問題はない――だが、灼滅者達をもっとも疲弊させていたのは、このダンジョンそのものなのだ。
    (「ダンジョンなんだね、本当に」)
     悠は内心でそう呟く。その服から伸びる赤い糸は切れていない、葵のESPであるスーパーGPSも正確に作動していた。警戒していたループなどは存在しなかったが、だからこそ厄介なダンジョンだった。
     ダンジョンとは踏み入る者を拒み、迷わせ、撃退するためのものだ。そういう意味ではこのダンジョンは迷わせるという意味で恐るべき効果を発揮していた。
    「さっき、行き止まりにアンデッドが配置されてたのが効いたね」
     携帯食料は必要ですよね、と齧りながらリーファは呟く。このダンジョンの嫌らしい点は常に緊張を強いる点だ。
     このダンジョンでは行き止まりは必ず曲がり角の向こうにある。だからこそその行き止まりを確認するためには必ず覗き込まなくてはいけないのだが、そこにアンデッドが隠れていたのだ。
     こうなると疑ってしまうのが人間だ。そして、その疑念が徒労だとわかった時の精神的疲労は緊張を強いられる分大きかった。
     だが、リーファは表情こそ真面目だがその内面は心躍っていた。思わず鼻歌がこぼれてしまう程度には。
    (「いいですね、殺意のあるダンジョンではないですか」)
     十フィート棒を手にリーファは楽しんでいた。もちろん、油断はないが。
    「くっそ、何だ? これ」
     リーファは葵の声に視線を向けた。それは横に並ぶ三つのドアの一つだ。しかし、開けたその先にあったのは壁だったのだ。
    「もしかして、正解は一つってオチかな?」
    「へっ、ダンジョンか。まったく、マジでRPGみてーだな」
     椿がこぼすと空哉が冗談交じりにそう吐き捨てた。空哉が隣の扉のノブに触れようとした、その時だ。
    「あ、待ってください」
     リーファがそれを止める。ノブを確認して、苦笑してリーファが言った。
    「……うん、トラップですね。ドアを開けたらドカンです」
     解除しますね、と言うリーファを見る空哉の肩を叩く者がいた、椿だ。
    「大丈夫ですか?」
     無言で笑う椿の代わりに、暦がそう問いかける。空哉は息を飲んだ。
    「……大丈夫、キレてねーよ。落ち着いてる……はず、だ」
     それは自分に言い聞かせるような言葉だった。
     空哉は不死王戦争で知人をノーライフキングの眷属に殺されていた。その復讐心が少なくともあるのは、無視出来ない。
     普段通りの軽口や冗談で誤魔化はしたものの、確かな苛立ちがあったのも事実だ。
    「最後尾、代わっていただいていいですか?」
    「ああ、お疲れさん。あとの護りは任されたぜ」
     暦の肩を叩き、空哉は立ち位置を交換する。その心遣いに、心の中で感謝しながら。
    「……よし、OKですよ」
     リーファがトラップを解除し、扉を開ける。その先には道が続いていた。それを見て椿が首の後ろを撫で、その傷の感触を確かめながら言う。
    「何にせよこのまま放って置いたら間違いなく一般人の犠牲が出るのは目に見えてるからな」
     だから、灼滅するしかない――灼滅者達は迷わず先へと進んだ。


    「残りのアンデッドは四体か、結構倒したぜ」
     葵が小さく呟いた。灼滅者達は細い道を進んでいくと広い部屋へと出た。
    「そういう仕掛けか」
    「え?」
     そう、箒で宙に浮いていた悠だけがその仕掛けにいち早く気付いたのだ。
     ――それは、灼滅者達が侵入してきた方の壁側に体育座りをした四体のアンデッドだった。
    「座って低く身を隠す……普通だったら死角になってたんだろうけどね」
     だが、宙に浮いて上から視線を下に向けていた悠には逆に見つけやすかったのだ。
    『ア――!』
     立ち上がり灼滅者達へ襲い掛かるアンデッド達の目の前に五芒星型に周囲に放たれた符が起動、攻性防壁がアンデッド達に叩きつけられた――空哉の五星結界符だ。
    「さぁ、前座はお前達で終わりだぜ?」
     その言葉と同時、剛転号の機銃が掃射された。
    (「もうすぐだ」)
     クラリスがそうアスカロンを握る手に力を込めて胸中でこぼす。ここまでの道のりでクラリスのシャウトと椿の闇の契約が心霊手術によって破壊されていた。決して楽な道のりではなかった――だからこそ、灼滅者達を振り絞った。
     このアンデッド達さえ倒せば終わりは近い――誰もがそう確信したからだ。
     灼滅者達は全力でアンデッド達を追い込んでいった。
    「速攻で行くぜ!」
     葵の下から突き上げた雷の宿る拳がアンデッドの顎を強打、宙に浮かせる。そこへクラリスが魔杖剣ミョルグレスを横一閃に叩き込んだ。
    「残り、二!」
     衝撃に四散したアンデッドから次の獲物へ視線を向けてクラリスが言い放つ。そのアンデッドへとリーファがオーラを集中させたその拳を連打した。ドドドドドドドドドドゥッ! と鈍い打撃音と共にリーファの閃光百裂拳がアンデッドを捉えた。
    「よろしくお願いします!」
    「お任せ」
     椿の足元から影が伸びる。音もなく影がアンデッドを縛り上げる――そこへミルドレッドが跳びこんだ。
     舞うように緋色に染まるチェーンソー剣と咎人の大鎌が振るわれる。紅蓮斬に切り刻まれ、アンデッドはその場に崩れ落ちた。
    「残り、一ね」
     その直後、ミルドレッドへとアンデッドが襲い掛かる。その腕を容赦なく振り下ろす――だが、その間に剛転号が割り込み、石畳の床へ転がった。
    「よくやったぜ、相棒!」
     空哉の鋼鉄拳がアンデッドの顔面を捉える。そのまま吹き飛ばされたアンデッドへ無数の影が迫った――悠だ。
    「トラップ返し、なんてね」
     アンデッドに影が突き刺さっていく――そこへライドキャリバーが突撃した。
     アンデッドの体が壁に叩きつけられる。そして、緋色のオーラに包まれた影がアンデッドを切り裂いた。
    「これで終わりです」
     暦が静かに言い捨てる。十五体目、このダンジョンに配置された最後のアンデッドが倒れ伏した。
     それはまさに象徴的な光景だ。灼滅者達が、このダンジョンの仕掛けを踏破した――その瞬間だった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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