君を待つ色

    作者:

    ●試し人
    「敬礼!」
     早朝のグラウンド。整列した500名ほどの警官が、一斉に上官へ敬礼をする。
    「……そろそろいいかなぁ?」
     そこへ、猫耳フードを目深に被った少年が舞い降りた。
    「な、何だ!?」
     上官が驚いたのも無理は無い。彼はグラウンドの隣、3階建ての宿舎の上から現れたのだ。
     黒基調、パンク系の出で立ちの彼は、腰に括り付けた鞭状の武器を取り外す。
     しゃらり、と節の撓る音の直後、一瞬で少年は視界から消えた。
     ――違う。瞳が、何も映さなくなっただけだ。
    「うわぁぁあああ!」
     2つに分かれた上官の胴体。目前の圧倒的な力に、警官たちは恐怖し、叫び、逃げ惑う。
    「この程度なの? 張り合いないなぁ」
     ぱさりとフードが落ちる。
     覗いた無垢な瞳は、惨劇の予感に笑んでいた。
     
    ●その名、シア・クリーク
    「闇堕ちしたシアくんの消息が掴めたわ!」
     教室に駆け込んだ唯月・姫凜(中学生エクスブレイン・dn0070)は、慌しく灼滅者達に呼び掛けた。
     シア・クリーク(知識探求者・d10947)。それは、先日六六六人衆との戦いに於いて闇堕ちし消息を断った、武蔵坂学園の生徒だ。
    「シアくんの闇堕ち後の足取りそのものは全く解らないけど――彼らしきダークネスの動きを察知したの。直ぐに向かって頂戴」
     そのダークネスは、警察学校に現れる。
    「武器を使用した独自の体術を試すために、彼は少しでも腕立つ訓練者の居る施設を探していたみたい。警官達がグラウンドに揃う朝礼時の襲撃を狙っているの」
     警官とて一般人。強さはあくまで一般領域であり、ダークネスの足元にも及ばない。放置すれば一方的な虐殺が起こるだけ。
     だが、そこに灼滅者が居るとなれば話は変わる。
    「六六六人衆。殺人術向上に余念が無いダークネスの性質は、勿論彼も例外じゃないわ。殺人術の向上のために、より強い相手を求めてる」
     接触条件は、朝礼の始まる1時間ほど前にグラウンドに立ち、スレイヤーカードを開放すること。
     武器を持つ強い人間が現れれば、警官達が集まるのを何処かで見守るシアは自ずから姿を現す、と姫凜は言う。
    「流石と言うべきか、殺人術に長けているわ。それから、多節の鞭みたいな形状の武器を使ってる。性質は妖の槍や鋼糸のサイキックに近い様ね」
     撓りを生かした鋼糸様の攻撃と思えば、節を瞬時に固定し槍様の攻撃が飛び出したり――状況に応じて武器の特性を変え使いこなす、巧みな戦術を得意とするダークネス・シア。
    「1つ、言っておくわ。攻撃することを躊躇う様では、致命的な隙になる。外見や口調が元のシアくんそのままでも、そこに居るのはシアくんじゃない、ダークネスなの。……だから、向かうなら覚悟して」
     覚悟。その言葉の意味を、灼滅者達は知っている。
     戦わずに、言葉だけでどうにかなるならどれ程良かったか。油断できぬ強さでありながら、救えなければ灼滅するしかない。
     救えなければ、恐らく彼はもう帰っては来ないのだ。
    「それでも救えると思うのは――まだ、彼の心が見えるから」
     彼の装いを見れば、浮いてすら感じられる簡素なアンクレット。感傷になど縁が無いダークネスであるにも関わらず、それは彼の足元を飾っている。
     ――彼の母が遺した、柔らかく光る桃色の石。
    「シアくんは、必ず帰って来るわ。……そうでしょう?」
     待つ少女は、願う。
     どうか掴み取って欲しい。青透く髪の少年が、闇の侵食を逃れる最後のチャンスを。


    参加者
    桜埜・由衣(桜霞・d00094)
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    花城・依鈴(ブラストディーヴァ・d01123)
    東谷・円(乙女座の漢・d02468)
    高倉・奏(拳で語る元シスター・d10164)
    レイン・ティエラ(フローズヴィトニル・d10887)
    桃山・弥生(まだ幼き毒・d12709)
    マキシミン・リフクネ(龍泉の福の神・d15501)

    ■リプレイ

    ●思慕
    「……シア!」
     静寂を割った声が、行き先を探して平坦なグラウンドを駆け抜ける。
     呼ぶ声、風宮・壱(ブザービーター・d00909)の鳶色の瞳は、あの日抱いた悔しさを決して忘れない。
     『あの日』。少年・シア・クリーク(知識探求者・d10947)は自分達を背に負い闇へと堕ちた。
     共に在った桜埜・由衣(桜霞・d00094)にも、その記憶は未だ心悲しく、ありありと思い起こされる。
    (「貴方は私たちのことをたった一人で守ってくれました」)
     身を投げ出して守ってくれた優しき少年が、今日対峙するダークネス。日を追う毎守りたかった悔念は渦巻き、戦う現実は辛くとも、心は今日を待ちわびた。
     必ず、シアを助けるのだと。
    「こんにちは~。あ、おはようございます、かなぁ?」
     例えるなら、桜の花弁。そんな軽やかさで、宿舎の屋上から灼滅者が待ち受けるグラウンドにふわりと、1人の少年が舞い降りた。
     目深に被ったフードに遮られ、その表情は見えない。全身黒基調のやや過多な装飾に身を包んだシアは、声色こそ元のままでも、包む空気は殺気を帯び重苦しい。
    (「母の形見のアンクレット、ね……。執着する心が、まだ残っているという事か……?」)
     エクスブレインの情報を1つ1つ確かめ、東谷・円(乙女座の漢・d02468)はシアのダークネス化について考察する。
     眼光鋭い黒の瞳で見つめるは、シアの足元。闇堕ちて尚、彼の足を飾る桃の石は一体何を意味するのか。
     考えても、はっきりと答えは出ない。
     悲しそうな瞳の霊犬・ギンを前に、硬い表情でレイン・ティエラ(フローズヴィトニル・d10887)は腕に揺れるブレスレットに触れた。
     ただ1人の家族。失うことを恐れる心は今、目の前に立つシアを追い、これから起こる戦いを否定しようともする。
    「……助けます。嫌がろうが暴れようが、絶対に助けて連れて帰ります」
     沈みかける思考の中、不意に横からそっと腕に手が触れる。心震わす声と肌の温もりにレインが顔を上げれば、高倉・奏(拳で語る元シスター・d10164)の柔らかく微笑む横顔が在った。
     真っ直ぐにシアを見つめる視線。ぎゅう、と力入ったその手から同じ気持ちが伝わってきて、レインも瞳伏せ笑んだ。
     必ず助け出す。その為には、戦わなければ。
    「シアを――たった1人の弟を、返して貰うよ」
     心深くから、声は真っ直ぐ、ダークネスへと送られた。
     殺界形成。サウンドシャッター。レインとマキシミン・リフクネ(龍泉の福の神・d15501)によって、戦闘に他者を巻き込まない為の策は既に講じてある。
     この上は、目前に対峙するシアを、戦いながらにして救出しなければならない。
    (「どのような結末であれ、ここで終わらせる」)
     シアを前に、桃山・弥生(まだ幼き毒・d12709)は思案する。
     外見がどうあろうと、ダークネスであるシアに油断や手加減が許される筈は無い。薄情と取られるかもしれないが、例え殺めることになっても彼を止めなければならないことを、弥生はこの場の誰より理解していた。
     既に場の全員のスレイヤーカードは解放されている。
     満たされた戦闘条件。一度封を解いたら最後、もう後戻りはできない。
     戦いが、始まるのだ。
    「死んだらごめんなさい」
     薄情なりに、情はある。シアに助かって欲しいと願うから――お互いが生きている内に、笑顔で弥生はそう告げる。
     弥生の言葉と託されたシアの命が、戦いを前に重く重く、灼滅者達に圧し掛かった。

    ●感傷
    「初めまして、だね」
     花城・依鈴(ブラストディーヴァ・d01123)の小さな呟きがぽつりと落ちた。
    「シアさん」
    「そうだねぇ。そしてさよならだねっ!」
     無垢なまでに明るい声と同時、じゃら、と腰から鞭状の武器が延び、後列に並ぶ依鈴、マキシミン、円へと迫る。
    「鈴!」
     咄嗟に飛び出した壱が、依鈴の代わりに撓りの一撃を身に負った。鮮血舞う直後、壱はずしりと身の竦む様な強烈な威圧感を自覚する。
     ただの一撃でいつになく体が軋む、この感じ―――ジャマーだ。
    「……流石、体術試すって言うだけあって強いねぇ」
    「大丈夫です、……癒します!」
     同じ攻撃を受けた円の炎翼が後列、かわしたマキシミンの夜霧が前列の仲間を包み込む。
    「おはようございます。いつぞやのキュア☆ブルーをお迎えに上がりましたよ?」
     霧と炎が捌けるのを待たず、弥生が瞬時にシアの懐へと飛び込んだ。
    「あなたがみんなを守るのでしょう? ヒーローは倒れても立ち上がるのがお約束です、その惨状は何ですか」
     チェーンソー剣に纏わすは、身に宿る炎・レーヴァテイン。
     シアと同じくジャマーに位置する少女の炎は、より広く激しくシアの身を包み込んだ。
    「へぇ、やるねぇ~」
     一方で、炎撒かれてもくすくす、と笑み浮かべるシアは余裕。
     戦いはあくまで序盤だ。今後もその余裕が続くかは、戦ってみなければ解らない。
     桜の名を冠する武器を手に、由衣が怯まず前へと駆けた。
    「今度は私が貴方を守ります。……一緒に学園に帰りましょう?」
     先に得た破壊の力を乗せた杖『桜輝』が、力強き魔力に輝く。
     眩い光がシアの左腹を打った直後、激しく爆ぜた。
    「!」
     ひらり戦場に舞う桜と同じ色の髪が、爆風に流れ揺れる。少し驚いた表情のシアへ、傷癒えても未だ残る威圧感を振り切り、壱が一歩を踏み出した。
    「……あの時『またね』って言ってくれたから、会いに来たよ」
     一言に集約させる、長かった今日までの思い。
     あの日を夢に見る度心は奮え、爪立つ程握り込んだ手は赤く染まった。あの日以来、壱の戦いは未だ終わりを迎えてはいない。
    「皆無事だったのはシアのおかげだよ。本当にありがとう。……でも、シアがいないままなんてイヤなんだ」
     感謝と切なる願い乗せ、敵意集める盾の衝撃がシアを右側面から捉えた。
    「……っ、痛いなぁ、もう!」
     左側面からも同様に打ちつけたレインの盾の衝撃に、直後フードの奥に潜むシアの瞳に怒りが宿る。
     瞬時に組み替えた一本槍の捻りを帯びた攻撃が、下がる直前のレインの腹部を急襲し、貫いた。
    「……っ」
     直ぐ真横で、愛しい人から溢れた鮮血。瞬間生じた駆け寄りたい衝動にも、信じているから奏は耐えて、笑顔でシアへと間合いを詰めた。
    「お久しぶりです、シア・クリークさん。あなたを迎えに来ました」
     笑顔は、絶やすまいと決めている。どれ程苦しくても、痛くても――怒っていたら、シアも出るに出られないと思うから。
     手に持つのは『とある男の一生』――使い古された金属バット様の、マテリアルロッドだ。
    「貴方の体術は、人を殺めるためにあるものではないでしょう? 力なき人たちを守る為の、様々な人との絆を守る為のものの筈です」
     どうか、思い出して――奏のフォースブレイクが狙うは、シアの右足。
     優しき桃色の光が揺れる足へと。
    「――!」
     刹那、シアがアンクレットを庇う様に動いたのを、円は見逃さなかった。
     ほんの一瞬だ。未だシアの心は表面上は覗えず、掛ける言葉は届いているのか、それすら判断するには至らない。
     しかし、完全なるダークネスだとするならば――死者の形見になど、目をくれる筈は無い。
    「上等だ……サツの代わりに、最後まで俺らが相手するぜ!」
     円が微かに見出した希望は、確実に灼滅者達へと歩み寄ろうとしていた。

    ●待つ色
    「お前には切磋琢磨し合う仲間がいる。お前の帰りを待ってる奴が学園にも沢山いる」
     『Mistilteinn』を限界まで引き絞り、力強く放たれた円の癒しの矢がレインの傷をたちまちに塞いで行く。
     確かに感じたシアの気配を追い、灼滅者達の力と心を賭した戦いは続いていた。
    「だから戻ってこい! シア!」
    「――俺はあなたを大切に想う人を知っています! あなたの帰りを待っている人がいるんです!」
     そう叫ぶマキシミンも円も、この戦い、一度たりともシアを傷付けてはいない。
     無論、作戦上の行動である。『攻撃することを躊躇う様では、致命的な隙になる』――エクスブレインの言葉を、2人は決して忘れてはいない。
     ただ、相手がジャマーと知れた以上、それに応じた戦い方が在るというだけだ。1対8の攻防に於いて、状態異常手段に優れた敵を相手に回復が常に行き渡ること。
     攻防共に仲間を救う癒し手の配置に人員を2人割いたことは、状態異常への対応という点で非常に大きな意味を持っていた。
    「戻ってきてください、シアさん!」
    「……こんなことをやっている場合ではないでしょう?」
     マキシミンから継いだ言葉は、凜と響く。桜纏う髪を揺らし、オーラに輝く由衣の拳が閃くと、その衝撃にぐらりと傾いだシアのフードがぱさりと落ちた。
     春色の瞳に映る青。あの日を最後に見失い、追い続けた、青透く髪の――。
    「……貴方には大切な方がたくさんいらしたはずです。その大切な方たちも、貴方のことが大切なんです」
     傷付く仲間を守り抜いた少年の優しさを、由衣は知っている。
     理不尽な殺意を撒き散らすダークネスの所業に、少年が心を痛めない筈は無いから――少し悲しげに揺れた春を湛える瞳の懸命さに、ずっと黙っていた依鈴がゆっくりと口を開いた。
    「……桜埜さんと、同じ。あなたが居なくなって、すごくすごく落ち込んでた人、知ってるよ」
     悔しくて苦しくて、ずっとシアの無事を祈っていた人。苦しい背中が悲しくて、無理に笑う鳶色の瞳が痛くて、見ている依鈴も苦しかった。
     だから、此処へ来た。面識など無い、シアとは初対面の依鈴が彼へと掛けられる言葉は、仲間と比べれば多くは無いかもしれないけれど。
     どうか無事に戻ってと、そう願わずにはいられなかったから。
    「忘れちゃ駄目だよ……思い出して、優しい色」
     依鈴の指が、幾度と奏でたバイオレンスギターの弦を離れ、指し示す。
     足元に輝く、暖かな―――。
    「……うるさい。うるさいうるさい! うるさいんだよもうっ!」
     連なる灼滅者達の言葉に、両の手で耳を覆い首を振るシアは明らかに動揺していた。
     雑音を掻き消す様に叫び、どす黒い殺気が前列に並ぶ灼滅者達へ放たれる。しかし半数が回避できたその攻撃が、シアの変化を明確に示していた。
     ――明らかに攻撃精度が落ちている。
    「レインさん!」
    「……ギン!」
     奏の声に頷き、傷付いた仲間を癒すべく霊犬ギンへ呼び掛けたレインは、同時に今この機を逃すまいと前へ駆けた。
     ギンの浄霊眼が由衣を癒した時、死角から斬りかかったレインにシアが反応し、輝くオーラと多節の鞭、2つの力がギリギリと拮抗する。
    「シア……学園で過ごした日々を、忘れてないだろう?」
     陰と陽が混在する己がオーラ『夜光相剋』越しにシアと向き合うレインが発する声は、平時と違わぬ優しく穏やかな兄のもの。
     険しき表情のシアに対しても、レインは決して揺るがない。
     きっとこの場の誰より辛かった。でも、ずっと柔らかな桃色にシアの心を感じていた。
     闇の中で1人懸命に戦っている筈の大切な弟に、足として今出来ることはただ1つ。
     帰る場所を、示すこと。
    「早く帰っておいで。ひとりの時間は、寂しい。……まだまだ、お前とやりたいこと、たくさんあるんだから」
     此処へ至れなかった友人達や、仲間達の思いを乗せて。そして何よりも、共に在りたいと願う自分自身の為に、レインは更に強く一歩を踏み込んだ。
    「帰っておいで、シア」
    「――っ!」
     しゃらり、レインの腕に揺れたブレスレットをシアの視線が捉えた時、何かに気付いたかの様に、シアの瞳が大きく見開かれた。
     シアの体が、力を失い後ろへと傾く。押し込んで抵抗が無いのを確かめたレインは、足取り鈍らす殺人者の技巧をオーラに乗せ、光の刃を振りぬいた。
     ゴールの見えなかった戦い。遂に均衡が、崩れた。

    ●お帰り
    「シアさんっ……!」
     背から倒れるシアへと、マキシミンが呼び掛ける。
    「帰りましょう! あなたが、本当に在るべき場所へ!」
     絆を大切にする人だと、そう聞いて自分なりに考えたアンクレットの意味。
     彼は死しても尚母を思い、母と繋がっている。それほどまでに、人との縁を大切にする少年なのだと。
    「絆を大切に想うなら! あなたの力は、それを守るためのものではないのですか!」
     見開かれたままのシアの瞳が、レインが斬り付けた傷によって舞った赤い飛沫を映した。
     藍の瞳が赤く染まるけれど――その鮮やかな色の中一滴、シアの瞳から零れた小さな光に気付いて、弥生は御霊祀る巨腕をぐっと構える。
     無色。とてもとても淡く、ともすれば見落としてしまいかねない極小さな粒だ。しかし、何よりも温かなその正体を弥生は確かに知っていた。
     だから、捕まえるべく前へと飛んだ。
     シアのこれからを共に並び行く灼滅者達が、ずっとずっと待ちわびた色。
     絶望的な闇の中に遂に引き出した、シアの、心の―――。
    「あなたを待っている弱者は、まだまだたくさんいるのです。弱くなくても待っている学友も、ね」
     弥生の繰り出す巨腕が、倒れ込む直前のシアの体を捕縛する。
     救いたいのに傷付ける葛藤は、それでも救う決意の下に、今最高の結果で終わりを迎えようとしている。
     癒し続けた円が番えた光り輝く矢が、円のこの戦い唯一にして最後の一手となった。
    「おかえり、だな」
     笑顔で呟く言葉に、シアの瞳がゆっくりと閉じられる。
     彗星の如く眩く輝く円の一矢がシアの胸を貫いた時、温かな少年の涙が、微笑みの中にもう一滴零れ落ちた。

    「良かったです、本当に……!」
     どさっとマキシミンがその場に座り込む。
     横たわるシアと、その傍らに添うレインと奏。その暖かな光景は、マキシミンに目標を最高の形で達したと教えてくれる。
     シアは暫く安静にすればじきに目を覚ますだろう。共に帰れる喜びを、マキシミンは穏やかな微笑みで噛み締めた。
    「……鈴」
     同様に戦い終えるなり地面に身をごろりと横たえた壱の隣。ただ添う様に座っていた依鈴の手を、不意に大きな温もりが包んだ。
     それが目を閉じ横になったままの壱の手だと知った時、不意に優しく耳を撫でた言葉に、依鈴の瞳が大きく見開かれる。
    「ゴメン鈴。……ありがと」
     口には出さなかった。でも、空元気な壱のことを、依鈴はずっと心配していた。
     伝わっていたのが嬉しくて――少し照れくさそうに閉じられたままの壱の瞳に、依鈴も思わず微笑んだ。

     地に背を預け眠るシアを、レインがそっと覗き込む。
     呼吸は正常。幸せそうに微笑むシアのあどけない寝顔に、奏がほっと息を落とししゃがみこんだ。
    「……シア」
     隣のレインがそっと、シアの頬に触れる。
     温かい。確かめて込み上げた幸せな感情に、レインはそのままそっとシアを抱き締める。
    「……帰ったらお菓子パーティしましょう!」
     再会した兄弟に笑んだ奏が明るく上げた声は、爽やかな春の朝空に、溶けるように消えていった。

    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 16/キャラが大事にされていた 0
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