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スクリーンに映し出されていたのは、在りし日の夫の姿だった。
粗いモノクロ映像の中で、飛行服を着て笑っている。
次に写されたのは、ジャングルの木にくくりつけられた夫が、原住民に槍で貫かれる場面。
「ひっ」
トヨ婆さんが悲鳴を上げた。哀しみと怒りが体中からあふれ出し、小さかったトヨ婆さんは、みるみるうちに蒼く膨れあがっていった。
「グオォォーッ!」
トヨ婆さんが、前の客席に拳を振り下ろした。
「うわぁぁぁっ」
周囲の観客達が悲鳴を上げた。
トヨ婆さんの前に座っていた人が、座席ごと潰されている。
映画館は、突如現われたデモノイドによって、阿鼻叫喚の地獄と化した。
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「ふふ、皆さん揃ってますね? では説明を始めます」
姫子がふわりと微笑んだ。
街の小さな映画館で、お婆さんがデモノイドになる事件が発生します。デモノイドとなったお婆さんは感情にまかせて暴れ回り、周囲の観客達を殺してしまいます。被害を未然に防ぐためにも、このデモノイドを灼滅して下さい。
皆さんには、お婆さんがデモノイドとなった直後に映画館に突入して頂きます。お婆さんはデモノイドになったばかりの状態なので、人間の心が残っているかもしれません。その心に訴える事ができれば、動きを少しだけ止められるかもしれません。
残念ですが、お婆さんがデモノイドヒューマンになることはありません。私たちに出来る事は、安らかな眠りを与える事だけです。
お婆さんは映画館の最後列の中央に座っています。皆さんが突入するタイミングでデモノイド化するので、すぐに戦闘を開始してください。
客席は二百席ほどで、その半分ほどの席が観客で埋まっています。二階席はありません。出入り口はスクリーンの正面に三つと、スクリーンの両脇に一つずつあります。スクリーン正面中央の出入り口から入れば、デモノイドの後ろ姿が目に入るでしょう。
デモノイドはデモノイドヒューマン相当のサイキックで攻撃してきます。とても攻撃力が高いので注意してくださいね。
難しい状況での戦いになりますが、皆さんの活躍を祈っています。
どうか、よろしくお願いします。
参加者 | |
---|---|
紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358) |
神楽・希(シンクオブソード・d02373) |
水瀬・瑞樹(マリクの娘・d02532) |
朝間・春翔(プルガトリオ・d02994) |
天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450) |
東屋・紫王(風見の獣・d12878) |
由比・要(迷いなき迷子・d14600) |
御剣・譲治(デモニックストレンジャー・d16808) |
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上映されているモノクロ映像に音声はなく、客席は静かだった。
スクリーンの中では、ジャングルの木にくくりつけられた飛行士が、原住民相手に何かを必死に訴えている。
だが、その訴えは通じなかった。
「ひっ」
トヨ婆さんが悲鳴を上げた。その一方で、あちこちからクスクスと笑う声も聞こえた。
その時、館内に非常ベルが鳴り響いた。
客席がざわめき、皆キョロキョロと辺りを見渡す。トヨ婆さんの前に座っていたOLもまた、非常ベルの理由を探ろうと腰を浮かせて首を振った。後ろからバキバキと椅子の壊れるような音がして、バッと振り返る。
そこに、巨大な化け物が居た。
「グオォォーッ!」
蒼く膨れあがったトヨ婆さん――いや、デモノイドが、叫びながらOLに拳を振り下ろす。
「きゃああっ」
OLは頭を抱えて目を閉じた。
ガシッと音がして、OLは恐る恐る目を開いた。ピンク髪の少女が座席の背もたれに立って、その拳を受け止めている。
神楽・希(シンクオブソード・d02373)だ。男だが、外見はどう見ても女の子である。
「やめろ婆さん、人殺しになるつもりか!」
希が叫んだ。
「ガアアアアァァッ!」
デモノイドは受け止められた拳を力任せに押し下げた。希の足元の座席が、バキバキと押し潰されていく。
「トヨ婆さん、駄目だ!」
真紅のライドキャリバー『ディープファイア』にまたがった紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)が、背中からデモノイドの肩に手を回した。デモノイドをOLから引き離そうと、キャリバーのアクセルを全開にする。しかし、キャリバーのタイヤが空転した。
デモノイドはなおも巨大化を続け、殊亜をキャリバーごと持ち上げたのだ。
OLは腰を抜かし、へたり込んだ。そこに、東屋・紫王(風見の獣・d12878)が駆けつけた。
「あっ」
紫王に抱きかかえられ、OLが声を上げた。紫王はOLを抱えて壁際まで走った。
「もう大丈夫。あそこから逃げて」
紫王はOLを降ろすと、スクリーン右脇の出入り口を指さした。そこには、この騒ぎでパニックに陥った観客達と、それをなだめる由比・要(迷いなき迷子・d14600)の姿があった。
「慌てないで、大丈夫ですから……」
左脇の出入り口でも同じように、雪椿・鵺白(ブランシュネージュ・d10204)と綾峰・セイナ(元箱入りお嬢様・d04572)が観客の避難を誘導している。
「あわてないで順番に、ゆっくりね!」
セイナが、狭い出入り口でひしめき合う人々に叫んだ。
「化け物だあああああっ!」
「どけよ馬鹿!」
「痛ってーな、押すな!」
だが、観客達の理性は吹き飛んでいる。逃げたい一心で殺気立ち、小競り合いが発生していた。
一方デモノイドは、希と殊亜をはね除け、スクリーンへと前進を始めていた。
その前に、朝間・春翔(プルガトリオ・d02994)が立ちはだかる。
「愛する者を奪われる映像を見たのだろう? 貴女が暴れれば、此処に居る者達は貴女と同じ、目の前で大切な者を奪われる事になる」
言いながら、春翔は日本刀でデモノイドの左肩から斜めに斬った。
「ギャァァァッ」
デモノイドは血しぶきを上げながらのけぞった。
「気を強く持ってくれ。同じ想いをする者を増やさない為にも」
春翔は言葉を続けたが、デモノイドはそれに構わず拳を振りかぶった。
そこに、天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450)が割り込む。
「ガアアアアーッ!」
デモノイドの重い拳が炸裂し、梗鼓は座席を三列ぶち抜いて吹っ飛んだ。
「けほっ……」
膝をついて立ち上がる梗鼓。口の端から血がしたたり落ちた。
「愛した人にせっかく逢えたのに、つらい映像だったね……」
それでも梗鼓は、優しい声でデモノイドに呼びかけた。
「やるせない話、だ」
梗鼓の前に立ってデモノイドを見つめながら、御剣・譲治(デモニックストレンジャー・d16808)がバベルの鎖を瞳に集中させた。その手に構えられた妖の槍を見て、デモノイドが吠えた。デモノイドの手の平から放たれた酸性の液体が、譲治に降りかかる。
そのまま突進しようとするデモノイドの肩口に、解体ナイフが突き立った。見れば、水瀬・瑞樹(マリクの娘・d02532)がデモノイドの肩で倒立している。
「ガアアアッ!」
デモノイドが身をよじった。瑞樹はナイフを引き抜くと、回転しながら着地した。
「私が貴女を殺します。きっと伴侶の元に送ります。だからせめて人であって」
瑞樹の祈るような眼差しが、デモノイドを捉えた。
●
避難整理に紫王も加わった事で観客達は徐々に落ち着きを取り戻し、なんとか避難を完了させた。怪我人は出たが、すぐに要や鵺白が治療したので、事なきを得た。
最後の観客が出たのを確認すると、鵺白が検討を祈るかのように振り返った。鵺白とセイナと薄井・ほのか(小学生シャドウハンター・dn0095)は、観客達が外へ出るまで付いていくつもりだ。
「後は頼んだよ、ほのか」
「うん」
ほのかに声をかけると、要は共にデモノイドと戦う仲間を見た。
要は育ての親である『師匠』と生き別れている。だから、老婆の気持ちはよく分かった。そのせいで暴走して誰かを傷つける気持ちも経験から良く知っている。
――だから、精一杯がんばらなくちゃ。
要は、胸に決意を秘めつつ、紫王と共に仲間の元へと駆けだした。
「破壊力が凄いから、何度も受けられない――速攻をかける」
譲治が手をかざすとデモノイドの周囲の温度が一気に下がり、デモノイドが凍り付いた。
そこに、ディープファイアの機銃が火を噴いた。銃弾が凍り付いた右足を貫き、デモノイドが膝をつく。
「旦那さんのことを思い出して。そして自分が誰か思いだして」
ディープファイアにまたがった殊亜が、炎を宿したサイキックソード『真光の剣』で斬りかかった。同時に、春翔がデモノイドの背中に日本刀を振り下ろす。
「ギャギィィィッ」
腹を一文字に、そして、背中を斜めに斬られたデモノイドが悲鳴を上げた。
殊亜の剣に宿っていた炎がデモノイドの腹に延焼している。
デモノイドは怒りに震えながら、拳をぶん回した。狙ったのは背後の春翔だ。そこに、梗鼓の霊犬『きょし』が割って入った。
「キャンッ」
裏拳をモロに食らい、きょしは吹っ飛んで壁に叩きつけられた。
「痛くしちゃうけど、ごめんね」
梗鼓はデモノイドに声をかけながら、傷ついたきょしを癒やした。デモノイドは梗鼓の声に反応しない。ただ、ひたすらスクリーンに向かって前進しようとしていた。
灼滅者達は、強力なデモノイド相手に優位な戦いを演じていた。殊亜、ディープファイア、梗鼓、きょしのディフェンダー陣が代わる代わる攻撃を受け止め、それを要がシールドリングで癒やし、守りを固めた。紫王が前衛陣に防護符をばらまいたおかげで状態異常からはすぐに回復できた。譲治がフリージングデスとDESアシッドでダメージを与えやすくしたところに、春翔、瑞樹、そしてディフェンダーからポジションチェンジした希のクラッシャー陣が攻撃を重ね、デモノイドの体力をどんどん奪っていった。
「ガアアアアアッ!」
デモノイドの巨大な拳が、殊亜をディープファイアごと吹き飛ばす。
「がふっ」
殊亜は壁に打ち付けられて血を吐いて倒れた。身を挺して仲間達を庇ってきたので、殺傷ダメージがかなり蓄積している。他のディフェンダーも同様だ。限界は近い。
「心をしっかり持て! 貴女のWrath、今打ち砕く!」
希の足元の影から五匹の蛇が鎌首をもたげたかと思うと、それらは五本の剣となってデモノイドに襲いかかった。
「ギャァァッ!」
両肩と両膝を貫かれ、デモノイドが膝をついた。その土手っ腹に、紫王のブレイジングバーストが炸裂する。爆炎の魔力を秘めた無数の弾丸が蒼い肉体を削り、殊亜の炎と重ねてデモノイドを焼いた。
デモノイドの上げる炎が、暗い館内を明るくしていた。その火を消そうと激しく身を振るデモノイドの胸に、燃えるナイフが突き立つ。瑞樹のレーヴァテインだ。炎はさらに重なり、天井に届きそうなほど高く燃え立った。
「ア……ア……ア……」
デモノイドが、両手を差し出し、座席を踏みつぶしながら、前に歩いた。その胸に魔法の矢が突き刺さる。要のマジックミサイルだ。
デモノイドは低く呻くと、受け身も取らずに前のめりに倒れた。
蒼い肉体が徐々にしぼんでいく。
デモノイドの灼滅が始まっていた。
●
希は、ポケットからトランプを取り出すと、一枚抜いて破り捨てた。
バラバラになって舞い落ちたのは、スペードの3。意味は哀しみ。
(「あの世にいるであろう爺さんよ、婆さんのこと、よろしくな」)
希は、哀しみが少しでも癒やされる事を願った。
「本当は残りの人生を穏やかに過ごして欲しかったな」
消えゆくデモノイドを見つめながら、紫王がため息をついた。
「……助けられなくてごめんなさい」
殊亜も涙を堪えつつ、呟いた。
(「きっと旦那さんが待ってるよ。心だけは、どうか人間のままで再会できますように」)
殊亜は、心の中でそう願った。
春翔は、ただ静かに、黙祷して見送った。
要もまた、静かに見送った。
「旦那さんの所へ、行けたかな」
譲治が呟いた。
(「そうあってほしい。お婆さんには何の落ち度もないはずだから」)
梗鼓は、トヨ婆さんが天国で旦那さんと幸せになれる事を祈り、手を合わせた。
「旦那さん、迎えに来てくれたらいいな……」
ふと、スクリーンに映る映像を見て、梗鼓は絶句した。
「な、なんなの、この映画……!」
鬼が、原住民の四肢をつかみ、引きちぎっている。その足元には、血まみれになって地を這う原住民達の姿があった。
「え? 羅刹?」
要がスクリーンに吸い込まれるように歩み寄った。
「もしかして、これ、爺さん、なのか……」
希が呟いた。
「こんなものを流すなんて、何を考えているのかしら、これを見せると決めた人は」
瑞樹が怒気を含んだ声で言った。
「この映画自体が、ソロモンの悪魔が仕組んだのではないか」
春翔が腕組みしながら言った。
「この映画の事、調べていきたい」
譲治が皆に言った。
皆が頷く。と同時に、映像がぷつりと消えた。
灼滅者達は映画館を見て回ったが、この映画について知る事は出来なかった。タイトルすら分からない。本来上映されるはずだったのは世界的に有名な時代劇であり、あの映画ではなかったからだ。さらに、映写機は炎に包まれ、フィルムはすべて燃えカスになっていた。
一般人に被害を出す事なく、デモノイドを灼滅することは出来た。だが、どこか釈然としない気持ちのまま、灼滅者達は映画館を後にしたのだった。
作者:本山創助 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年5月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 7
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