●住宅街
「にょわにょわ……」
ブロック塀に手がかけられ、黒曜石の角が生えた頭がヌッとブロック塀の内側を覗くように顔を出す。
「うっきゃー! かわいいワンちゃんがいるにぃ☆」
犬小屋に繋がれた飼い犬を見つけた角の生えた少女が、興奮した様子で手をかけたブロック塀をガラガラと崩しながら、住宅の庭に侵入した。
「ワン! ワンワンっ!」
飼い犬は侵入者に対して吠えるが、その声には少しの怯えがあった。
角の生えた少女、綺羅星・ひかりの背丈は高く、平均的な成人男性より頭二つ分は高い。
「にゃっほーい! はぐはぐするにぃ☆」
そんな大柄な少女が、羅刹になりかけている少女が、純粋無垢な少女のような無邪気さで飼い犬に駆け寄った。
暗転。
「……ほえ?」
しゃがみ込んだひかりの視線の先に、飼い犬の姿はなかった。
視線の定まらないひかりの服には、直前までなかった大量の返り血がついている。
「ねえねえ、ひかりん。あっちで迷子が泣いてるゆ!」
「にょわー、それは大変だにぃ。ひかりが助けてあげて、ハピハピにしてあげるにぃ!」
ひかりの三人の友達が、迷子を発見してひかりに知らせに来た。
彼女達もバレーボール選手並のひかりほどではないが、女子としてはモデル並に背が高い。
「迷子ちゃん、ひかりんが来たからには、もう安心だにぃ。たかいたかーい!」
ひかりは迷子をあやそうと高い高いするが、迷子は余計に激しく泣き喚いた。
ひかりが高い高いすると視線の高さは2メートルを超えるので無理もない。
「うぇへへ、迷子ちゃん、嬉しくて泣いてるにぃ。ひかりもハピハピだにぃ。はぐーっ☆」
迷子はグチャリとうめく暇もなく、ひかりの腕の中で潰れて息絶えた。
「……にょわ、迷子ちゃん、どこにいったにぃ?」
飼い犬の時と同様に、ひかりもその友人達も、数瞬固まった後に、目の前で起こったことを、まるで無かったことのように振る舞い出す。
そうして四人は同じようにかわいい物を探して住宅街を徘徊し続けるのだった。
●姫子さんの未来予測教室出張版
「ふふ、皆さん揃ってますね? では説明を始めます」
都内のとある住宅街に灼滅者達を呼び出した五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が、灼滅者達を確認して未来予測の説明を開始した。
「一般人の女の子が闇堕ちしてダークネスになってしまいそうになっています。彼女はダークネスの力を使えるようになりつつありますが、まだ人間としての意識をある程度残しているようです」
少女の名前は綺羅星・ひかり、高校2年生で趣味はかわいい物を集めること。
背の高い男子より高い背と、力加減が下手な以外は普通の少女であった。
最初はかわいいキーホルダーやストラップを潰してしまった。
一緒に抱いて寝ていたぬいぐるみをボロボロに引き裂いてしまった。
ひかりの部屋には集めたかわいい物で溢れていたが、そうして長く残っているものはひとつもない。
ある日ひかりは自分がかわいい物を壊してしまうことに気づく。
それはストレスとなってしだいに彼女の心を蝕んでいった。
そうして徐々にダークネスの力が使えるようになっていく中で、ひかりは自分がかわいい物を壊してしまうことを再び忘れる。
ひかりは趣味のかわいい物集め友達を強化一般人として従えると、かわいい物を求めて町を歩き回り始めた。
「このとおりにすれば、彼女のバベルの鎖に引っ掛かることなく接触することができます」
そう言って姫子は灼滅者達にチェックと時刻らしい数字の書かれた周辺の地図を手渡す。
「ひかりさんに残っている人間の心に呼びかけることができれば、ダークネスの力は弱まりますし、ひかりさんを救出することができれば、彼女のお友達も元に戻るでしょう」
またもしひかりを灼滅することになってしまっても、強化一般人達は元に戻るだろう。
「完全に闇堕ちしてしまえばひかりさんを灼滅するしかなくなってしまいます。彼女に人間の心が残っている内に、どうか皆さんの力で助けてあげて下さい」
参加者 | |
---|---|
鳳凰院・那波(朧月姫・d00379) |
九条・茜(夢幻泡影・d01834) |
海老塚・藍(エターナルエイティーン・d02826) |
戸森・若葉(のんびり戦巫女・d06049) |
村本・寛子(可憐なる桜の舞姫・d12998) |
天城・翡桜(碧色奇術・d15645) |
真田・真心(遺零者・d16332) |
鯉幟・あゆ(高校生ファイアブラッド・d16604) |
●
「これ以上被害者が増える前に何とかしないとね。ひかり先輩を灼滅者に引き入れられたらいいんだけど」
九条・茜(夢幻泡影・d01834)は未来予測で指示された路地で待機しながら、殲術道具の手入れをしつつ、ひかり達がやって来るはずの路地の曲がり角を見張っていた。
「寛子もかわいいのが大好きだし、ひかりんちゃんの気持ちはわかるの~。ひかりんちゃんに希望、持たせてあげたいな……ここは可愛いの代表なアイドルとして、根性見せるの!」
「うん、寛子ちゃん、がんばろうね!」
囮を買って出た村本・寛子(可憐なる桜の舞姫・d12998)と海老塚・藍(エターナルエイティーン・d02826)が拳を握り締めて気合いを入れる。
「可愛い物が好きなのに、自分で壊してしまうなんて、すごくお辛かったでしょうにねぇ~」
自分も可愛いものが好きな戸森・若葉(のんびり戦巫女・d06049)は、ひかりが闇堕ちしてしまいそうになるほどの辛い気持ちを想像して、胸を痛めていた。
「好きなものってのはそれぞれにあるもんじゃと思うが、大事なものを壊してしまう辛さはわかるつもりじゃ。必ず助けてみせるのじゃ!」
優雅な立ち姿ではあるが、鳳凰院・那波(朧月姫・d00379)の瞳には、ひかりを救出しようという強い意志の光が灯っていた。
「殺界形成を張って来たっすよ」
ライドキャリバーのチャクラバルティンに乗って戦場となる路地を走っていた真田・真心(遺零者・d16332)は仲間の灼滅者達のところに戻って来ると人払いが完了したことを報告する。
ズシン……ズシン……!
そこへ舗装された道路を揺るがす複数の足音が近づいてきて、遂には路地の曲がり角にその姿を現した。
●
「でか……」
鯉幟・あゆ(高校生ファイアブラッド・d16604)は思わず目を見張った。
未来予測で背が高いとは聞いていたが、ひかりの身長は仲間達で一番背が高い真心と同じくらいある。
ひかりの友人達もあゆと同じくらいあるが、真心とあゆが男子であるのに対して、ひかり達は女子である。
これだけ背の高い女子が住宅街に集まっているというだけで非日常的な光景だ。
「にょわーっ! かわいい子がいっぱいいるにぃ!」
ひかりは灼滅者達を指差すと、目を輝かせながら獲物を見つけた肉食獣のように駆け出す。
一歩一歩コンクリートに亀裂が入り、小さなクレーターが穿たれる。
「寛子、アイドルやってるから可愛さには自信があるんだけど、どうかな?」
突進してくるひかりの前に、寛子が一歩前に踏み出した。
「寛子ちゃん、アイドルだにぃ? うっきゃー、キラキラしてるにぃ!」
ひかりは両腕を異形化すると低空タックルの姿勢に入り、そのまま寛子を巻き込んで灼滅者達の間を走り抜けていく。
「…………」
寛子を抱きしめているひかりの服の裾を藍が掴みながら、うるうるした瞳で上目遣いに見つめた。
ひかりの攻撃を受ける覚悟で待ち受けていた寛子は、一撃で体力の半分くらいを持っていかれている。
「や、優しくしてね?」
「にょわー、こっちの子もちっちゃくてかわいいにぃ! はぐーっ☆」
ひかりの目には、自分の腕が触れたものを傷つけずにはいられない鬼の爪と化していることが映ってはいないのか、そのまま藍のことを掻き抱いた。
「そんなに激しくしたら壊れちゃう……っ」
ひかりがギリギリと万力のように絞めつけるので、藍は頬を紅潮させながら呻く。
何かを勘違いしてしまいそうな光景に見える。
だが藍は男だ。
「可愛いものが好きな気持ちはとても分かります……だからこそ、絶対に助けます……」
物陰に隠れていた天城・翡桜(碧色奇術・d15645)が姿を現すと、ディーヴァズメロディで、ひかりと藍のところに向かおうとしていた強化一般人の一人を攻撃する。
「行かせないよ!」
茜は翡桜の攻撃に合わせて強化一般人に接近すると、跳躍から咎人の大鎌の石突きで背後から頚椎を打ち抜いた。
その一撃でゴスロリパンク風の衣装を着た強化一般人が、顔面から地面に突っ伏す。
「村本さんと海老塚くんを支援しますよ。蒼炎、お願いしますね」
霊犬の蒼炎が斬魔刀で立ち上がろうとする強化一般人を追撃し、そうしてできた隙間を通すように、若葉が祭霊光を囮役の二人に向かって飛ばした。
「手加減して気絶させるつもりじゃったが、存外に丈夫じゃのぅ」
まだ立ち上がろうとする強化一般人を、那波は鬼神変で思い切り殴り倒すが、まだ意識を刈り取れたという感触はない。
「にょわにょわ~」
ひかりの方に向かっていたメイド風ウェイトレス衣装の強化一般人が戻ってきて、ゴスロリパンク風の強化一般人に集気法を使った。
「ありがとにぃ。おっすおっすばっちし!」
メイド風ウェイトレスの回復を受けてゴスロリパンクはクラウチングスタートのような体勢で起き上がり、カタパルトで射出されたような速度で寛子と藍の方へと走り出す。
●
「寛子は壊れないし、ひかりんちゃんも壊れさせない……約束するの!」
再び藍に襲い掛かろうとしたひかりの攻撃を肩代わりして、寛子がひかりのハグ攻撃を受けた。
「寛子ちゃんは壊れないにぃ……かわいい物、壊れない……?」
「村本さん、大丈夫っすか?」
寛子の言葉に反応して、ひかりの腕が緩んだ隙にライドキャリバーで突撃してきた真心が、寛子を回収しつつ闇の契約で傷を癒す。
「ひかりんはまだ力加減が苦手なだけなんだ。壊れたものは直したらいい。でも今のままじゃどうしても壊しちゃう。だからその力に身を委ねたらだめだよ」
あゆはひかりの闇を祓おうと、言葉をかけながら、ひかりを彗星撃ちで狙撃した。
矢はひかりの後頭部に直撃し、倒れることはないものの、頭をグラグラと揺らす。
「こっちの人は、さっきの人ほど硬くない?」
茜は手近なメイド風ウェイトレスの延髄を、咎人の大鎌の柄で遠心力を乗せて叩くと、先ほどのゴスロリパンクより派手に吹き飛んだ。
「こやつは回復手だったようじゃな」
うつ伏せに倒れたメイド風ウェイトレスの首筋に、那波が緋色のオーラを纏った無敵斬艦刀をギロチンのように振り下ろすと、メイド風ウェイトレスはぐったりと気絶した。
「ちょっとの事じゃ壊れないから好きにしていいよ」
藍はひかりに証明するように、強化一般人達の攻撃を耐える。
強化一般人の攻撃は、ひかりのものに比べると弱いものの、ひかりの一撃が藍の体力をごっそりと奪っており、気丈に振る舞ってはいるものの、自身とナノナノの回復では間に合わず、あと一発ひかりの攻撃を受ければ危ない状態であった。
「蒼炎は海老塚くんの方をお願いします!」
若葉は蒼炎と手分けして必死に回復を続けるが、囮役の寛子と藍は、ひかりの攻撃にもう耐えられないほど消耗している。
「忘れちゃだめです。確かに可愛いものを壊しちゃうのは辛いですが……でも、闇堕ちするのは早いですよ……壊れない可愛いものや人だって、沢山いるんです」
翡桜はビハインドの唯織と協力しながら、影業で藍から強化一般人を引き剥がしつつ、ひかりに語りかけた。
「でもにぃ。かわいい物、いっぱい壊れちゃったにぃ。こんな風に……ひかりん、びーむ!」
そう言ってひかりは両手にオーラを集束させ、立っているのもやっとな藍に向かって放出する。
避けることもできない藍にオーラキャノンが命中する直前に、藍のナノナノが間に入って藍の代わりに攻撃を受けた。
「ひかりちゃん、大丈夫だよ。壊れないかわいいものも、あるんだよ」
ダメージで少し焦げているものの、オーラキャノンを正面から受けたナノナノは藍の前をふわふわと浮いている。
●
「うっきゃー! かわいい物、壊れない。なんでなんだにぃ? うっきゃー!」
ひかりの瞳にかかっていた暗さは薄まったようだが、別のスイッチが入ったように、ナノナノに向かって駆け出した。
「む、唯織さんお願いします」
翡桜の指示を受けてビハインドの唯織がひかりの突進を受け止める。
ここでナノナノがひかりの攻撃を受けて消滅してしまうのはまずい。
「鬼神変!」
茜の走り込みながらの鬼神変がゴスロリパンクに直撃して道路に沈めた。
「ひかりの力が弱まったのか、こやつらも弱体化しとるのぅ」
那波の鬼神変による延髄への手刀で、最後に残った強化一般人の少女も意識を失う。
「綺羅星さん、武蔵坂学園の灼滅者にならないっすか? ナノナノや霊犬みたいな可愛い相棒もできるっすよ!」
真心はライドキャリバーでひかりの周りを回りながら、矢継ぎ早に言葉をかけた。
その合間にちゃっかりと仲間への回復を飛ばすことも忘れない。
「『すれいやー』ってなんだにぃ?」
元々悪意や敵意などはなかったが、真心の言葉に興味深そうにひかりは耳を傾けた。
「説明の前に君の闇を祓わないといけないんだ。ごめんね」
死角に回り込んだあゆがバイオレンスギターで、ひかりの首筋を一閃すると、叩き出されるように、ひかりに残った闇の気配が抜けていく。
「ひかりちゃん、大丈夫?」
藍は自分もボロボロなのに、ナノナノを抱きかかえながら、KOされたひかりを心配そうに覗き込みつつ、手を差し伸べた。
「いたたたぁ……にょわー、でも何だかすっきりしてるにぃ」
生来頑丈なのか、KOされて間もないのに、ひかりの調子は割とはっきりしたものである。
灼滅者達はしばらくひかりに武蔵坂学園と灼滅者について説明した。
「武蔵坂学園には可愛い人やものが一杯だよ! ひかりんちゃんもおいでよ!」
寛子は改めて手を差し出す。
「おっすおっすひかりんも灼滅者になゆ!」
ひかりは寛子の手を握り返すと嬉しそうにブンブンと上下に振った。
寛子が宙に浮いたり振り回されたりしたのはご愛嬌だろうか。
「ナノナノみたいなかわいいものが一杯だよ。ひかり先輩もきっと気に入ると思うよ」
「ナノナノかわいいにぃ。はぐはぐするとハピハピだにぃ☆」
茜の言葉に頷きながら、ひかりは藍から借りたナノナノを抱きしめる。
まだ急には力加減が上手くいくわけではないようで、ナノナノは若干ぐったりしているが、サーヴァントであるナノナノが潰れてしまうことはない。
「灼滅者になると、こういう可愛い子ともお友達になれますよぉ~♪」
若葉も霊犬の蒼炎を抱き上げながら、嬉しそうにひかりに見せる。
「サーヴァントを相棒にすれば、可愛い相棒といつでも一緒で可愛がり放題っすよ。最高っすよ? 胸張って好きな事すんのは」
そう言って真心はひかりに笑いかけた。
「さっきはごめんな。痛かっただろう? それと、おかえり」
あゆは若干照れた様子で手作りの兎のストラップをひかりに手渡す。
「にょわー! うさぎさんのストラップ、かわいいにぃーっ! ……あや」
受け取った端からストラップの金具がバチーンと弾け飛んだ。
「壊れたら直すから安心してね」
こうなることを予想していたあゆは苦笑しながら、ひかりの目の前でストラップを元通りに直してあげる。
「皆、あなたのことを歓迎しますよ」
翡桜も手品で出したウサギのぬいぐるみをひかりに手渡す。
「うさぎさんがいっぱい、ハピハピだにぃ……」
身長こそ真心と同じくらいあってインパクトが大きいが、ウサギのぬいぐるみに喜ぶ姿は、可愛い物好きの普通の女の子の所作である。
「ひかりよ、お主の好きなかわいいもの、それらを含めて妾たちと守っていかぬか?」
最後に那波が改めてひかりに問いかける。
「うん、みんな、よろしくだにぃ♪」
それにひかりは満面の笑みで答えるのだった。
作者:刀道信三 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年5月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 8
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