【Dungeon & Undeads】アンダーグラウンドの境界線

    作者:宮橋輝


     休日には家族連れで賑わう地下街も、ひとたび奥に足を踏み入れるとまったく別の顔を見せる。
     老朽化を理由に、現在は封鎖されている一角――そこに、迷宮の入口があった。

     今日の糧を求めて彷徨う鼠が、するりと中に滑り込む。
     一見すると、周囲の様子は迷宮の外と何も変わることはない。
     ただ、半開きになったシャッターの隙間から、蠢く影が見えた。

     這い出た人影が、哀れな鼠を無造作に踏み潰す。
     光無き瞳で小さな侵入者の残骸を見下ろしたのは、今にも腐り落ちそうな生ける屍だった。

     明と暗。光と闇。生と死。

     この迷宮は、果たして何の境界か――。
     

    「こないだの不死王戦争のこと、覚えてるかな」
     教室に集まった灼滅者たちに挨拶を終えた後、伊縫・功紀(小学生エクスブレイン・dn0051)はそう言って依頼の説明を始めた。
    「コルベインの水晶城に、ノーライフキングがいたと思うんだけど。どうも、その一部が動き出したみたいなんだよね」
     彼らは、コルベインの支配下におかれていたアンデッドの一部を利用し、迷宮を作り始めているらしい。
    「ノーライフキングの迷宮って、時間が経てば経つほど強力になっちゃうから。早めに何とかしないと、面倒なことになると思う」
     特に、今回のノーライフキングはコルベインの遺産ともいえるアンデッドを使役している。このまま放っておけば、第二第三のコルベインにもなりかねない。
    「だから、皆には迷宮の攻略をお願いしたいんだ」
     迷宮の入口は、封鎖された地下街の一角にある。
     内部も一見すると寂れた地下街のように思えるが、やはりノーライフキングの迷宮ということで『侵入者を迷わせる』ための構造になっているらしい。
    「かなり暗いところもあるから、ライトとかも必要になると思う」
     そう言った後、功紀は敵の説明に移った。
    「アンデッドは最低でも10体以上。多分、15体くらいじゃないかなと思うんだけど……」
     仮にもノーライフキングの迷宮である以上は、まだ危険が潜んでいるかもしれない。充分に、注意する必要があるだろう。
     迷宮を突破して、『玉座の間』まで辿り着くことが出来れば、いよいよノーライフキングと対決だ。
    「……だけど、とりあえずは迷宮の攻略に全力を尽くしてね。分かってるとは思うけど、ノーライフキングは強力なダークネスだから。皆の怪我が酷くなったら、無理しないで戻ってきて」
     念を押した後、功紀は灼滅者たちの顔を見る。
    「皆なら、きっと出来るって信じてるから。どうかお願いね」
     学園で待ってる――と、エクスブレインは言った。


    参加者
    斑目・立夏(双頭の烏・d01190)
    四条・貴久(サディスティックな執事見習い・d04002)
    多和々・日和(ソレイユ・d05559)
    四津辺・捨六(伏魔・d05578)
    坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)
    サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)
    物部・七星(一霊四魂・d11941)
    草薙・結(安寧を抱く守人・d17306)

    ■リプレイ


     空気が、変わった気がした。
     一見すると、先程までと何も変わらない――寂れた地下街のように思えるのに。
     この、不気味な違和感はどうしたことだろう。
    「お化け屋敷、とはこういう所、言うのでしょか」
     おっかなびっくり周囲を見回すサフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)に、草薙・結(安寧を抱く守人・d17306)が頷きを返した。
    「少し明るいけど、雰囲気とかは近いかも……」
     シャッターが閉まった店舗に油断無く視線を走らせ、坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)が口を開く。
    「確かに地下街は地下迷宮って呼べるような所が多いが……現代日本でまさかのDungeonAttack、か」
    「秘密基地とかダンジョンってなんか無闇に心惹かれるよな?」
     四津辺・捨六(伏魔・d05578)がカラースプレーを軽く振りながら答えるも、仲間から同意の声は上がらなかった。『難攻不落の城塞を築いて敵を待ち構える』という図式は確かに一種のロマンではあるが、それを実行するのが強力なダークネス――ノーライフキングであることを考えると、灼滅者としては素直に喜べない者も多いだろう。
    「ちゅうか、ほんま厄介なモンつくってくれるいうか……」
     思わず嘆息した斑目・立夏(双頭の烏・d01190)の隣で、四条・貴久(サディスティックな執事見習い・d04002)が眼鏡の位置を直す。
    「敗残兵はさっさと帰るなり消えるなりすればいいものを」
     先の戦争の後始末と思えばいささか面倒だが、時間が経てばより厄介な事態を招くことは明白なので、放っておくわけにもいかない。
    「……必ず親玉見つけて引っ張り出してやるで」
     立夏の呟きは、灼滅者たち全員の決意でもあった。

     未来が、入口を起点にアリアドネの赤い糸を紡ぐ。
    「退路の確保は重要だから、な」
     ここから糸を伸ばしていけば、入口まで戻るのは容易い筈だ。無論、物理的に道が断たれた場合はその限りではないが。
    「迷わないよう、気を付けましょ」
     仲間達の後について、サフィが恐る恐る足を踏み出す。同行者は、頼もしいお兄さんお姉さんばかりだ。大丈夫、きっと大丈夫――。
     マッピングを担当する多和々・日和(ソレイユ・d05559)が方眼紙にペンを走らせる傍らで、彼女の霊犬『知和々』が警戒にあたる。黒豆柴の耳元に咲いた花飾りが愛らしい。
     最初の曲がり角にさしかかった時、捨六がカラースプレーで『1』と壁に書いた。こうやって順番に目印を残しておけば、既に通った道かどうか悩むことはないだろう。
     足音を立てないよう慎重に進む立夏の後方で、緊張した面持ちの結が来た道を振り返る。敵がどこから出てくるかわからない以上、一瞬たりとも油断できない。
     結にとっては、今回が学園で初めての依頼だ。皆の足を引っ張るような真似はできないと、自然と肩に力が入る。
     僅かに開いたシャッターの隙間を注視していた物部・七星(一霊四魂・d11941)が、暗がりから這い出る2体のアンデッドを認めた。
    「来たようですわ」
     控えめに告げられた彼女の声を聞き、全員が無言で臨戦態勢をとる。
     迷宮の戦いは、静かに――どこまでも静かに幕を開けた。


     双頭の鴉を模った黒き霧が、生ける屍を頭から呑み込んでいく。
     トラウマを発現させたアンデッドは凄まじい絶叫を響かせたが、ESPのシャッターで音を遮断しているため、それが戦場の外に漏れることはない。
     2体目の敵が力尽きて崩れ落ちた時、立夏は軽く息を吐いた。周囲に視線を巡らせるも、特に増援が現れる気配はない。たかが2体のアンデッド相手に苦戦することは殆どあり得ないが、物音を聞きつけて他の連中が集まってくるなら話は別だ。目的が迷宮の突破であり、敵の全滅ではない以上、戦闘は最低限に留めたいところである。何しろ、この先には強敵との対決が控えているのだから。

     日和が手書きのマップを広げ、サフィが念のため現在位置を確かめる。通常であれば戦いの間に道が変わるということはありえないが、生憎ここは普通の場所ではない。ノーライフキングの迷宮である以上、何が起こっても不思議ではないのだ。
    「角にあるお店の看板、入口の近くで同じものを見かけたような……?」
     ペンを手にした日和が、前方の古びた看板を見て首を傾げる。マーキングが無いためまだ通っていない場所だと判るが、それが無ければ似たような景色に混乱していたかもしれない。
     丁寧に地図を描き加えていく彼女の手元を、結が興味津々といった様子で覗き込む。その視線に気付いて、日和が顔を上げた。
    「余裕があったら、後で教えてもらおうと思って……」
     屈託無く言う結に、日和が朗らかな笑みを浮かべる。
    「わたしも、まだまだ不慣れですけれども。それでもよろしければ喜んでっ」
     少し雰囲気が和やかになったところで、灼滅者は探索を再開した。
    「映画の場合、こういうホラー系だと天井に灰ついてたりするもんだけど、さて?」
     左右が分かれ道になった行き止まりの壁にスプレーを噴きつけつつ、捨六が頭上を見上げる。その時、後方から小さな悲鳴が聞こえた。
    「ひゃっ」
     咄嗟に振り向くと、サフィが霊犬の『エル』に飛びつかれている。元気なヨークシャー・テリアが主人にじゃれている様は、微笑ましいと言えば微笑ましいのだが。あまり動物が得意ではない彼女にとっては、それどころではないようで。
    「――エ、エル、めっ、めっです」
     慌てふためきつつ、必死にエルを宥めている。場所が場所なので、彼女が焦るのも無理からぬことだろう。幸い、近くに敵は居なかったらしく、アンデッドの群れに襲われるような事態にはならなかったが。

     そんな一幕を挟みつつ、迷宮の奥を目指す一行。
     歩けど歩けど、同じような地下街の光景ばかりが続いている。
    「つか、ほんま広いなあ」
     罠を警戒しながら進む立夏が、思わず零した。日和のマッピングとサフィのGPS、捨六のマーキングに未来が紡ぐアリアドネの糸――これだけの対策を講じていなければ、道に迷うのは避けられなかっただろう。
    「今のところ、糸は繋がっているようだな」
     服の裾から伸びる赤い糸を視線で追いながら、未来が呟く。つまり、退路は依然として確保されているということだ。仮に壁が動くなどして道が塞がれていれば、その時点で糸は消える筈である。
    「迷宮を突破してDungeonMasterを撃破するのが第一目標。そのために余計な消耗は控えたい所だが……さて」
     この先には、果たして何が待ち受けているやら――。
     曲がり角の先は、やけに薄暗い通路だった。ランプで進路を照らしながら、貴久が五感を研ぎ澄ませる。
    「腐臭で居場所がわかれば楽なんですがね」
     直後、頭上でごとりと音がした。即座に身構えた灼滅者たちの眼前に、4体のアンデッドが降ってくる。どうやら、天井裏に隠れていたらしい。
     誰よりも早く動いた捨六が、WOKシールドで敵の横っ面を強かに殴りつける。両目を糸の如く細めたまま、七星が『天沼矛』を構えた。
    「では参りましょうか」
     槍の穂先から生じた聖とも邪ともつかぬ気が、鋭い氷柱と化してアンデッドを貫く。別の1体が彼女目掛けて日本刀を振り下ろそうとした時、日和が己の身を割り込ませた。
    「わたしがお相手しますッ」
     攻撃を受け止めた彼女の背に、結が光輪の盾を飛ばす。目を開いた貴久が、今にも腐り落ちそうなアンデッドたちを眺めて辛辣な言葉を紡いだ。
    「嫌ですねぇ、死しても尚醜悪に生に執着するのは」
     蒼く透き通った刃をもつ蛇腹剣――『サーペントテール』を操り、鞭の如くしなった刀身を巻きつけて動きを縛る。貴久のライドキャリバー『疾風』が主に続き、アンデッドの足元に向けて機銃を掃射した。


     十字と『Rest In peace』の一文が刻まれた刀身が、駆動音とともに激しく唸る。
     身に纏うシスター服の裾がふわりと翻った瞬間、未来は二丁のチェーンソー剣でアンデッドを両断してのけた。
    「……ESPの関係で仕方無いとはいえ……今のあたしの状況って大概、だよな……」
     ふと自らの格好を見下ろし、行動とのギャップを嘆く未来。大丈夫、この世界ではよくあることです。無問題。
     情熱の舞を踊る七星が、国産みの矛を鮮やかに繰り出し敵を貫く。そこに肉迫した知和々が斬魔の刀で一太刀を浴びせると、すかさず日和が床を蹴った。相棒であると同時に姉妹のようでもある彼女らの呼吸は、ぴたりと合っている。獣の前足を模した縛霊手『ゐぬ神』が振るわれた瞬間、小柄な体格にそぐわぬ重い打撃が最後の1体に叩き込まれた。
    「どうか……眠ってください」
     二度目の死を迎えた敵手に向かって、日和は丁重に囁きかける。屍が地に伏すと、再び静寂が戻った。

     現時点で、倒したアンデッドは6体。総数は15体前後であると推測されるため、あと1回は戦闘をこなす必要があるか。
     近くに敵が居ないことを確認してから、七星が全員を振り返る。
    「ここで休憩にしては如何でしょう。お疲れの方も多いと思いますわ」
     戦いにおける各自の役割が上手く機能していることもあり、全体のダメージは思ったよりも少なく抑えられているが、敵が潜んでいる迷宮を歩き回るのは心身に対する負担が大きい。休める時に休んでおいた方が良いだろう。
     仲間から同意を得た後、七星はESPで糸を紡いで『巣』を作り上げる。捨六が、足元から伸びる『壱影』を椅子の形にして腰を下ろした。
     振舞われた水や菓子類で疲労を癒しつつ、結はふと物思いに耽る。この迷宮を作ったノーライフキングは、先の不死王戦争でコルベインの水晶城にいた者の1人であるらしい。『春の宮』に集められていた彼らの教育はまだ完全ではなかったようだから、彼女の一族を滅ぼした仇とは別人なのだろうけれど。それでも、死者の安寧を冒涜する『屍王』には違いなく。墓守の末裔としては、やはり平常心ではいられない。
     冷静になれと己に言い聞かせ、黙って首を横に振る。気を落ち着かせるため、結はゆっくりと息を吸い込んだ。

     束の間の急速を終えた後、灼滅者は再び歩き始める。
     しかし、迷宮は不気味なほど静まり返っており、敵の気配をまるで感じさせない。少なくとも、あと10体近くはいる筈なのだが。
    「突破目前で再度探索になったら、私、がっかりですよ……」
     サフィが、ごく小さな声で囁く。戦わずに済むならそれに越したことはないのだが、アンデッドの大半を迷宮に残したままノーライフキングと対峙するのも怖い。
     この状況で玉座の間を発見した場合、突入前に未踏破エリアの探索を行い、敵の数を減らす必要がある。ちょっとした物音にもびくついてしまうサフィとしては、その前に敵に出て来てほしいような、ずっと隠れていてほしいような、複雑な心境だった。
     しばらくして、角の向こうから4体のアンデッドが姿を現す。双頭の鴉を彫刻したハルバード『Heart of Mammon 』を構えて、立夏が喜色を露にした。
    「――退屈しとったんや! 遊んでや!」
     言うが早いが、その身に螺旋の力を纏って敵に突撃する。ハルバードの穂先がアンデッドを捉えた瞬間、鴉の左胸に嵌った大粒のルビーが輝いた。
    「態々二度死ぬことも無いでしょうに」
     舌鋒鋭く、貴久は生ける屍に向かって己の影を伸ばす。漆黒の刃が腐肉を切り裂いた時、彼は声を響かせた。
    「疾風!」
     主の命に従い、疾風がその名の如く翔ける。鋼鉄の突撃がアンデッドの傷をさらに広げた直後、捨六が絶妙のタイミングでシールドの一撃を見舞った。


     ここに居る敵を倒しきってしまえば、サーチ・アンド・デストロイは必要ない。
     勢い良く冷気の氷柱を撃ち出す七星に続いて、未来が舞い踊るように二丁のチェーンソー剣を振るう。アンデッドの攻撃で傷ついた仲間は、サフィが光輪の盾で癒した。
     主の呼ぶ声に応え、エルが六文銭を連射する。死体は墓穴にお帰りください――と告げて、貴久が蒼き蛇の牙で1体を屠った。
     残るアンデッドは、たった1体。仲間の援護を受けて、立夏が矢のように駆ける。
    「これで終いや!」
     刃に変じた漆黒の闇が、永劫に明けぬ夜の訪れを屍人に告げた。

     灼滅者の他に動く者が居なくなった戦場で、未来がチェーンソー剣の血を払う。
    「Rest in Peace,Watchdogs.――御主人様もすぐ眠らせてやる、さ」
     彼女に倣ってしばし死者の冥福を祈った後、結は全員の怪我を診て回った。連戦で癒しきれない傷が積み重なってはいるが、心霊手術を要するメンバーはそう多くない。これなら、ノーライフキングとも充分に渡り合えるだろう。
     見張りを立てて負傷者の手当てを行った後、灼滅者はマップを広げた。サフィのGPSで現在位置のマーカーが表示されているということは、マップが正確であることを意味している。日和の努力が実ったということだろう。
    「この先は行き止まりですから、玉座の間はこちらでしょうか」
     マップの1点を指した日和の言葉に、捨六が頷きを返した。
    「間違いなさそうですね」
     消去法で考えると、目的地は自ずと絞られる。誰かが、ごくりと息を呑んだ。
     立ち上がった灼滅者たちは、一路、玉座の間を目指す――。

    作者:宮橋輝 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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