高槇咲子の絶体弾劾裁判

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     ――咲子さん。
     恐怖の滲む声を震わせ、己の名を呼ぶ少女へ、高槇咲子は淑やかにほほ笑んだ。
    「被告人、上野さん。どうしてここに立たされたのか、貴女はおわかりかしら」
     校舎の端にあるその教室は、使われなくなって久しい。
     教卓や机も倉庫へ移され、ここはもぬけの空になっていた筈だ。
     いま、壁沿いに整然と並ぶのは、古びた机と椅子。座る多数の生徒。
     出入り口である扉の前には、長柄の槌を手にした大柄な男子が立ち塞がっていた。皆、覆面で顔は見えない。
     そして教卓に佇む咲子。
     すべては中央の『被告人』上野亜樹をぐるりと囲み、無言の威圧感を放っている。

     幾らか前、転校生として学園にやってきた高槇咲子。
     品行方正、才色兼備な彼女は誰からも憧れられ、しかしどこか近寄り難い。
     学園に奇妙な噂が流れ始めたのは、丁度その頃のことだ。
     放課後、何処かの教室で謎の『学園裁判』が行われている。
     訴えられた者は二度と学園に戻ってはこれないのだ、と。

     真面目で潔白な生徒である亜樹は、心当たりがないと首を振るう。
     咲子は口元に手を翳す。そうよね、と品良く笑った。
    「貴女は学級委員の名の下に、他の生徒達を正しく秩序にはめているわね。責任感が強いのは結構だけれど、とても罪なこと」
    「……なぜ?」
    「私に、そして皆にとって邪魔だからよ」
     瞳をわななかせる亜樹へにこりと笑むと、咲子はぽんと掌を打ち鳴らし、覆面で顔を隠した聴衆へ語りかける。
    「皆さん。どうして、人を殺してはいけないの? 親に言われたから? そうと決まっているから? 痛いから? 悲しむ人がいるから? 考えれば考えるほど、どれも薄っぺらく感じないかしら」
     大仰に両手を広げ、愚劣にも美しい彼女は語る。
    「答えがわからないなら、一度その手を血に染めてみればいい。死んでくれたら、私、誰だって許せるし、愛せるって気付いたわ。どんな悪人も血は平等にきれいで、美味しいもの」
     甘く軽やかに綴られる詭弁は、聴くものの心を堕落へと傾けていく。
    「……私、高槇咲子はここに上野亜樹を断罪します。『追放』。判決に異論は?」
     ――有罪! 有罪! 有罪!!
    「ちょ、ちょっと待って、咲子さ――!」
     判決の槌が打ち下ろされる。
     
     戻ってこれないって、こういう意味なのよ。
     血塗られた槌を撫で、咲子はとても満足そうに、綺麗に笑った。
     
    ●warning
    「お察しの所だろうが、このふざけた女が一般人の筈がない」
     鷹神・豊(高校生エクスブレイン・dn0052)は、高槇咲子についてそう語った。
    「高槇咲子は、ヴァンパイア学園が全国に放っている刺客の一人。困ったものだが、いまあの組織と敵対すると最高に分が悪い。出来れば戦闘は避けるのが得策だ」
     件の学園へ潜入し、出来る限り穏便に事件を解決することが今回の依頼の目標だと彼は言う。
     
     ヴァンパイアの狙いは、転校先の学園の秩序を乱し、裏から支配すること。
     咲子は、上野亜樹のように目障りな生徒や教師に目をつけると、呼び出し、あるいは配下の強化一般人に拉致させ、『裁判』にかけている。
     聴衆は、咲子の行いに賛同する一般生徒や教師たち。
     例えば、日頃優秀な者へ劣等感を抱いていたり、不真面目で注意や罰を受けていたりする者たちだ。
     彼らの手で有罪に祭り上げられた『被告人』は、『追放』という名の処刑を受ける。
     死体は秘密裏に処理され、見つかることはない。
    「支配にも様々なやり方があるだろうに、随分悪趣味で残忍な手口を使う。……察しのいい女と思われる。事前工作が通用し難い相手だ」
     よって、上野亜樹の『裁判』が始まった後に乱入するのがいいだろう。
     通りすがりの一般生徒のふりをして、解決できれば一番いい。
     そのため、制服と、年齢によってはESPエイティーンが必須との事だ。
    「聴衆は、全て高槇の熱狂的な支持者。彼らを味方につけねば、上野さんは処刑されてしまう。各種のESPが簡単に効くとは……俺は考えていない」
    「つまり?」
    「わけのわからない主張には君達も主張で勝負しろ、ということだ」
     鷹神には簡単なのだろうが、無茶を言う。
     だが内容、演出、その他もろもろ考えてみるといいだろう。
     咲子の言葉に答えてもいいし、全く別の方面から攻めても構わない。
     一般人の心を掴むことが出来たなら、咲子は 『こいつらを実力で排除したところで、もう作戦は失敗する』と考え、帰るだろうという。
     戦闘で咲子を追い込むことでも、学園から撤退はさせられる。
     だが、何が起きるかはわからない。
     やむを得ず戦闘になってしまっても、灼滅を狙う事は避けてもらいたいのだと、エクスブレインは丁寧に頭を下げた。
    「高槇咲子か……この女が一体何を考えているのかは闇の中だが、邪悪である事だけは確かだ。忠告というほどでもないが、あまり本気で相手をしすぎるなよ」
     一寸先の闇の中は、案外空洞ということもある。
     そう言う鷹神はどこか心配そうでもあった。


    参加者
    東雲・夜好(ホワイトエンジェル・d00152)
    苑城寺・蛍(月光シンドローム・d01663)
    篠原・小鳩(ピジョンブラッド・d01768)
    八絡・リコ(火眼幼虎の葬刃爪牙・d02738)
    レイン・ウォーカー(隻眼の復讐者・d03000)
    螢光院・奏流(ヴィルゴラ・d03300)
    樫尾・織子(回る道化師・d13226)

    ■リプレイ

    ●1
    「どうして、人を殺してはいけないの?」
     そう、高槇咲子の語る言葉は詭弁ばかりだ。
     彼女の口からつらつら滑り落ちる演説を、上野亜樹は身の凍る思いで聞いていた。
    「――、『追放』。判決に異論は?」
     無責任な有罪コールを送る聴衆の中には、亜樹の知人もいるかもしれない。それに気を向ける余裕もなかった。
    「待って、咲子さ」
     ――そのとき。

    「異議あり!!」

     しゅぱーんと音を立て『法廷』の扉が開いた。
     見張りの男子生徒達を押しのけ、八人の生徒達が瞬く間に教室へ押し入る。素顔を晒したままの彼らを見やり、咲子はひどく上品に首を傾げた。
    「まあ、どなた?」
    「この学園の生徒ですが?」
     アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(ガブがぶ・d08003)がそっけなく答える。
     彼ら八人の乱入者の正体は、咲子を追放しにきた武蔵坂学園の灼滅者だ。
     だが、誰もそんな事を知る由もない。一行も、一般人として事件を解決すると決めている。
     扉を開け、異議を唱えた張本人である篠原・小鳩(ピジョンブラッド・d01768)は不敵に肩を張って言った。
    「弁護団を待たずに開廷するとはどういう事ですか、裁判長? こんな理不尽でいい加減な裁判、見過ごせません。私たちは、被告人・亜樹さんの無罪を主張します!」
     小鳩が咲子にびしりと指を突きつけると、聴衆の間にどよめきが起こった。
     それを見た樫尾・織子(回る道化師・d13226)が、胸に手をあて大仰に礼をする。
    「やあやあ、善良なる生徒諸君。突然の闖入失礼。だが、これが裁判ならば弁護人の言い分は聞くものじゃあないかね諸君!」
     きっちりと背筋を伸ばし、胸を張って呼びかける。制服の上から男物のベストを着て紳士然とした長髪の少女は、おどけた所作も相まって聴衆の注目を集めた。
     なりきりを楽しんでいるふしすらある彼女らの堂々たる振る舞いに、内心緊張していた螢光院・奏流(ヴィルゴラ・d03300)も勇気づけられる。
    「何故人を殺してはいけないか……それは倫理と道徳に反するからです」
     聴衆をぐるりと見回し、柔かな声音で語りかけながら、奏流は中央の舞台へと歩み出る。
    「神は人を殺すなかれと言っています。陳腐な教義と思われますか?」
     胸の十字架を握り、神の言葉を待つように奏流は窓の外の天を仰ぐ。殉教者のように清廉な雰囲気に吞まれ、ざわめきが段々と鎮まっていく。
     それを見計らって、彼は咲子を向き直った。
    「これは、長い思索の末に出された『答え』でもあります。欲望に身を任せる前に、果たして如何程考えましたか?」
    「……興味深い意見ね」
     咲子はくすくすと笑むと、同じように窓の外の空を見た。
    「考えたことがないわ。だって、私には分からないもの」
    「……。では、こちらの異議を認めるのですか?」
     反論を予期し身構えていた奏流は、内心肩透かしを食らった気分だった。だが、心の機微を悟られぬよう、あくまで凛然と返す。
    「ええ、勿論よ。異議を認めます。……それでは弁護人達の主張を聞きましょうか、皆さん」
     再びどよめいていた聴衆が、咲子の一言で静まり返る。
     漆のように真っ黒な眸は、何かへの好奇心に輝いているようにも見えた。

    ●2
     咲子が反論を許した。
     それは、願ってもない好機であった。
     堂々と中央へ歩いていく一行を、聴衆は訝しむように見る。八絡・リコ(火眼幼虎の葬刃爪牙・d02738)など興味無さげに菓子を貪っているのに、何故つまみ出さない、といった雰囲気だ。
     中でも、着崩したミニスカートにルーズソックス、金髪にピアスといった派手な容姿の苑城寺・蛍(月光シンドローム・d01663)には刺すような目線が集まっている。
    「えっ、何っ……」
     蛍は亜樹の肩をがっと掴む。怯えた目を向ける彼女の耳元へ唇を寄せ、小さく囁いた。
    「あたし達は味方だから安心して。あんたは何も悪くない」
     亜樹は驚いて一行を見回す。確かに、彼らは亜樹を守るように取り囲んで立っていた。
    「さあ、ショウタイムですね」
     竜騎兵宛らに堂々と勇ましく、そして優雅に。握る剣を言葉に換え、論理の鞭でこの戦場を勝ち抜く。
     アルベルティーヌはどこか愉しむように唇を舐め、囁いた。
     そして咲子への返答という形で、東雲・夜好(ホワイトエンジェル・d00152)が口火を切る。
    「何故殺さないかって、誰もが本能的に学ぶ、わざわざ口に出すのも馬カバ鹿しいぐらいの常識を、言わなきゃ判らない?」
     背まで伸びる金の髪に上品な佇まい。普段と違う今の彼は、咲子と同年代の西洋美少女に見える。
     同じくエイティーンを使用したリコや織子と共に、特に見咎められる事は無かった。
    「下らない理由で殺されたくないから、自分も殺しや人を害する事はしないの。良い子ちゃんでもなんでもないわ、『互いの防衛線』を張ってるだけ」
    「下らないだと!? ふざけるな!」
    「咲子さんは苦しんでいる私達の味方よ!!」
    「はい。皆さん、静粛に」
     咲子がぽんと手を叩く。
    「殺されたくない。わかるわ。殺されたくないなら、人より強くなればいいだけよ」
     刹那、見張りの男子生徒が槌を振り下ろし、床を撃ちつけた。
     足元から突き上げる振動が、びりびりと教室中の空気を、人の身体を震わせる。突然の衝撃に静まり返る部屋を見回し、咲子は超然と微笑んだ。
    「……ね? 私はその方法を知っているわ」
     咲子の指す所はつまり――強化一般人、ひいてはダークネスになってしまえというのだ。
     それは恐らく、彼女の為すべき任務の一つに違いない。

     灼滅者たちは戦慄する。
     不利を覆すばかりか、すぐさま己の利益に繋げてみせるそのしたたかさに。
     レイン・ウォーカー(隻眼の復讐者・d03000)は、不快感も露わに咲子を強く睨んだ。
     咲子の言葉は短絡的に過ぎ、それゆえ明快だ。物事の本質をうやむやに歪め、己の望む方向へ導く悪魔の囁きだ。
     レインは、それを『ふざけた演説』と評した。こんなものに敗れるわけにはいかない。
    「残念だけど、あなたの言ってることには少しも共感できそうもないわね」
     感情的にならぬよう、左眼を細め、吐き捨てる。その目線は聴衆へと移された。
    「気に入らない人を自分の手を汚さずに殺して、今はそれで良いかもしれない」
     咲子への嫌悪感が内に秘めた激情を煽る。鮮烈な血の紅に彩られた眸に気圧され、聴衆は彼女の言を聞かざるを得なかった。
    「でも、このまま裁判を続けて気に入らない人を排除し続ければ、いずれは自分も誰かの気に入らない人として排除されることになるかもしれない。あなた達はそれを受け入れられるの?」
     更に、アルベルティーヌと小鳩が畳みかけるように叫ぶ。
    「人を殺しても良いとするならば、それは自分も殺されても構わないということ。よもや自分は殺されない、なんて思ってるわけではないのでしょうね?」
    「自分で実際に手を汚したり、自分が排除対象になるかもしれないって考えたこと、ありますか? こんなふざけた裁判です、どんな言いがかりで次の標的にされるか分かりません!」
     ばしん、と小鳩に目の前の机を叩かれた女子生徒がびくりと肩を震わせた。心が揺らいでいると感じた奏流は笑顔を見せながら歩み寄ると、目線を合わせ真っ直ぐに語りかける。
    「貴方の名前を教えて下さい」
    「…………」
    「ならば、貴方か裁きたい方の名前は? どんな方ですか?」
    「…………」
    「本当にそれが望みですか。実行は、出来ますか」
    「や、やめてっ!」
     覆面を脱がせようとする指を払いのけ、少女は床へ崩れ落ちた。
    「お、お願い……懺悔なら幾らでもします。でもこれだけは……」
     気怠げな眸で周囲を見ていた蛍の眉が僅かにひきつる。奏流の言葉でようやく個を意識しても、匿名性だけは死守したがる無責任ぶりに吐き気を覚えた。
    「うわ。超ウケるよね」
     亜樹にだけ聞こえる声でぽつりと零すと、彼女も同じ気持ちだったのか躊躇がちに頷く。
    「成程。弁護人の主張は『他人を勝手な理由で断罪すれば、また己も身勝手に断罪されうる』という事でよろしいかしら」
     黙って聞いていた咲子が、一段落したのを見て口を挟む。
    「ええ。上野様を追放したければ、どうぞご自由に。ですが! それは貴方がたも追放されても良い! ということをお忘れ無きよう」
     冷たく言い捨てるアルベルティーヌに対し、咲子は動じずやはり笑んでいた。
    「そう。では、反論させて頂くわね」

    ●3
     あっさり言い放った咲子を、灼滅者たちは茫然と見る。
    「簡単よ。私は皆さんが秩序を押し付ける方々から解放され、自由な毎日を過ごすお手伝いをしているだけ。ここに集まってくれた皆さんを処罰する理由がないわ」
     咲子の支持者は『日頃優秀な者へ劣等感を抱いていたり、不真面目で注意や罰を受けている者』で、けして亜樹のように彼らに妬まれる優等生ではないだろう。その証拠に、殆どの聴衆は動じていないようだった。
    「『今は』でしょ。学校に貴女がいる限り、何時どんな理由でこの場に引き摺り出されて意味不明な理由で追放されるかわからない!」
     巻き起こる罵声の中、流れを引き寄せようと夜好が更に反論する。
     慈愛すら感じる穏やかさで悠然と笑む咲子の頬に、突如異物が当たった。
    「あれあれ、どうして、人に物をぶつけてはいけないの? 親に言われたから? そうと決まってるから? 汚いから? 嫌がる人が居るから? まさかワルい事はいけませんって?」
     咲子は頬を撫で、指に何か白いものが絡むのを確認し、床に落ちた物体を見る。
     リコが、食べていたシュークリームを投げたのだ。
    「キミは殺してスッとするし、ボクはぶつけてスッとする。ほら問題ない。ダメ? じゃ、代わりに人を殺そうか。キミがいい」
     勝気に微笑むリコは、咲子に勝るとも劣らぬ狂気を纏う。その迫力に聴衆も一瞬気圧されるが、程なくして悲鳴や怒声が響き渡る。
    「キミだけ特別? ゆーあー女王様? 殺すのはキミが決めた人だけ、自分に歯向かうのは許さない? くだらない。ねえ教えて? 人を殺していいんだよね?」
     聴衆を見回し、咲子の顔を見て、虚無的な笑みで問う。
     ――なら、どうしてあなたをころしてはいけないの?
    「ふふ。差し入れを有難う。素敵な事を仰るのね」
     指に絡んだクリームを舐め、咲子は淑やかに笑んだ。
    「勿論、私を殺してはいけない理由は無いわよ。殺されたくないのは私の勝手。そして先程も申し上げた通り『殺されたくないなら、人より強くなればいい』……」
     咲子は『追放』用の槌をずどんと振り下ろす。
    「私、きちんと弁えて勝手をしているわ」

     冷や汗が皆の背を伝う。
     強敵であるヴァンパイアと戦い、撤退に追い込めるだけの作戦を用意出来ているのか?
     それは己自身が一番知るところであった。
     まして、その状態で力加減を計りながら戦える相手ではない。
     戦ったとて勝ち目はなく、味方や一般人に被害を出すばかりか、最悪落命の危険があった。

     更なる計算違いは、挑発が咲子本人より聴衆の怒りを招いた事。
    「咲子さんによくも!」
    「最低!」
     これ以上の挑発は危険と悟りリコは口を噤む。
     どんどん悪化する心証を挽回出来ぬかと、小鳩は考えを巡らせた。
     集団心理を利用し、周囲を巻き込んで利用する。そのやり方を悪とは思うが、鮮烈な打開の名案などこの土壇場では浮かばない。
    「はい、静粛に。弁護人の意見は以上ですか?」
    「はーい、まだ言いたい事ありま~す」
     問う咲子に対し、怠そうに手を挙げたのは蛍だった。
    「アキさんの罪は『正しい秩序にはめようとしたこと』だっけ? でもそれ、あんたの作った新しい秩序にはめなおすだけじゃない?」
     その意見に、ほんの少し空気が変わった。
    「超不自由~あたしだったら超嫌~。つーか『みんなにとって~』とか言って、他人を理由に使うのウケる~」
     緩く笑む表情とは裏腹に、蛍の言葉は別角度から明確な矛盾を指摘する。
     そう、憎むべき被告人よりむしろ聴衆に近い服装、そして立ち位置を心掛けた蛍が与える影響力は、けして少なくない。だから彼女は最初から注目を集めていた。
     突破口を見出した織子は勝負をかける。
    (「――演じてみせよう! この大舞台! 私はいつだって本気だ!」)
     弾は出尽くし、これが最後の反撃だ。プレッシャーを跳ね除け、道化を演じてみせる。
    「やれやれ。皆の者忘れているのではないか? ここで誰かを追放という名で殺してしまえば更に大きな警察に生涯追われる事になるのだぞ?」
     織子の大仰なため息、そして虚構から現実に叩き落とす一言に、一部の聴衆がはっと我に返る気配があった。その一人一人に目をやり、勝気に笑むと、ぴょんと近くの机へ飛び乗る。
    「オモシロくないじゃあないか? お前たちは自由が欲しいのではないのか? 自由とは何か? そう、自分で決めるという事だ!」
     この空気から全てを覆すのは厳しい。だが、二人の言葉は咲子の詭弁に確かな一矢を報いた。
     教室のざわめきの質が変わっている。迷うようなひそひそ話が所々で起きていた。
    「……咲子さんの言ってること、おかしいと、思う」
     そんな中、立ち上がったのは先程奏流が語りかけていた少女だった。覆面を捨てた彼女の顔を見て、亜樹が愕然とした顔をする。その示すところは明白だった。
    「上野ちゃん、マジ、ごめん……」
     涙を流す少女に感化され、次々と覆面を捨てる者が現れる。そうだ咲子はおかしい、いや正しいと、そこかしこで喧嘩が始まり、創り上げられた厳格な『法廷』は騒然となった。
    「……静粛に。静粛に!」
    「それでいい。決めてご覧。捕まえてご覧。自分の自由を!」
     咲子が槌を打っても、怒りに震える聴衆はなかなか鎮まらない。織子は机の上で笑う。皮肉な事に、今聴衆は咲子という偶像を通し、初めて己の意見を戦わせているのだった。
     どさくさでアルベルティーヌや奏流に近づいている者はラブフェロモンにやられたようだ。名前やメルアドの質問を躱しつつ、彼らは仲間へ目配せを送る。
     完全勝利とは言えない。だが首の皮一枚繋がった事実に心底安堵しつつ、小鳩は少女をあやす亜樹の背を見る。彼女なら、めげずにこれからも正しい心で頑張ってくれる――そう思った。
    「咲子ちゃん、そろそろ貴女自身が追放されたらいいんじゃない?」
     夜好が意地悪く言うと、咲子はそうねぇ、と案外あっけなく応じた。そして実に楽しそうにくすくす笑う。
    「ああ、貴方たち、本当にめんどう。でも好きよ」
    「……私は、大嫌いよ。あなたみたいなクズがどうなろうとまったく愛おしくなんて思えないし、血が綺麗だなんて思えた事もないわ」
     ぎり、と歯を食いしばり、レインは噛み殺してきた感情を吐露する。
     その言葉に少し首を傾げ、咲子は教室の窓を割った。
     意味不明な言葉を零し、人ならざる女は窓から空へ消える。
    「ご存知かしら。『智』は平等にきれいで、美味しいのよ」

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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