連休が明け、これから続く学業の日々を疎ましく思いながらも、いつも通り定期券を改札に通してホームで電車を待つ。試験や進路など考えなくてはいけないことはいろいろあるが、いつも通りの毎日が続くと思っていた。
アナウンスに続いて、電車がホームに入ってくる。今日も通勤途中のサラリーマンにもまれて一時間過ごすのかとため息をついたその時――トン、と誰かに背中を押された。
視界が反転し、電車が迫る。普段は一瞬の時間が、遅く感じられた。自分の体が宙にはね上げられたのが分かった。そして、自分の中から生まれた何かが、薄れゆく自分を塗りつぶした。
「グオオオオッ!」
――蒼き魔獣の産声が、日常を切り裂いた。
●
冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)は教室に集まった灼滅者たちの顔を見回すと、湯呑みを傍らに置き、説明を始める。
「コルベインを倒した影響か、日本全国でデモノイドが発生していることはご存知の方も多いと思います。今回予知したのは、とある少年のデモノイド化です。皆さんはこのデモノイドによる被害を防いでください」
彼の名前は周藤・顕(すとう・あきら)。高校二年生だ。
「おそらく事故でしょう、駅のホームで電車を待っていた周藤さんは、背中を押されて線路に落ち、電車にはねられてデモノイドに闇堕ちします。デモノイドが暴れ出す直前に割り込んでください」
ホームや車両内には客が大勢いる。犠牲者を出したくなければ、何か策を講じる必要があるだろう。なお、ここで顕がデモノイドにならないと予知外のタイミングでデモノイド化してしまい、被害を防ぐことができなくなる。顕がデモノイドになる前に行動を起こすのは避けた方がいいだろう。
「デモノイドは基本戦闘術のシャウトに加え、腕を刃にしての斬撃、口から魔力の弾丸を放って攻撃します。攻撃力が高く、目に映るもの全てを力任せに破壊しようとするので、注意してください」
蕗子は茶を一口含み、喉を潤してから説明を再開する。
「周藤さんをデモノイドヒューマンとして救うことは可能です。ただし、それには条件があります」
まずデモノイドを倒すこと。そして倒されたデモノイドが人間の心を強く残していて、かつ人間に戻りたいと思うことだ。
「彼を救うか、どんな手段をとるかは皆さんにお任せします。もちろん、一般人の安全を優先して灼滅するということもありうるでしょう」
淡々とした口調で説明が続き、一通り終わったところで蕗子は湯呑みの茶を空にする。
「周藤さんの人柄ですが、少々ずぼらなところはあれど、普通の善良な男子高校生です。それでは、よろしくお願いします」
蕗子はそこまで言うと、自分の仕事は終わったとばかりに黙々と茶を淹れ直しはじめた。
参加者 | |
---|---|
風巻・涼花(ガーベラの花言葉・d01935) |
黒山・明雄(狩人・d02111) |
天羽・桔平(信州の悠閑神風・d03549) |
太治・陽己(薄暮を行く・d09343) |
神孫子・桐(放浪小学生・d13376) |
ヴィルヘルム・ギュンター(悪食外道・d14899) |
御印・裏ツ花(望郷・d16914) |
ポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263) |
●覚醒
東京のような都会ほどではないものの、それでも朝のホームには電車を待つ大勢の人がいた。エクスブレインの予知によれば、この中に顕がいる。
(……普通の日常に生きてたのに……不幸としか言いようが無いわ……。必ず救ってあげなきゃ……)
同じくデモノイドを身に宿すポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)にとって、顕は同胞といえるかもしれない。悲劇を回避するため、全力を傾ける決意をする。
灼滅者たちは顕がデモノイドになったらすぐに飛び出せるよう、ホームの先でその瞬間を待つ。
(き、緊張してきた……)
内心はらはらしながら、風巻・涼花(ガーベラの花言葉・d01935)は線路を眺めていた。エクスブレインには待てと言われたものの、もしもはねられたまま死んでしまったらどうしようと考えてしまう。
「突然終わりが来るなんて嫌だ」
神孫子・桐(放浪小学生・d13376)は、顕に起きることを自分に置き換えて考えてみたのだが、思ったことがつい口に出てしまった。でもおかげで嫌だとはっきりわかった。だから、終わらせない。
待っていた時が訪れた。線路に落下する人影。キキィィと鳴る甲高いブレーキの音。響く悲鳴。重いものがぶつかり合う鈍い音。
「グオオオオッ!」
そして、日常を蹂躙する蒼の魔獣が誕生した。
現れたデモノイドに対して、灼滅者たちは迅速に対応する。涼花が殺界形成を使い、太治・陽己(薄暮を行く・d09343)がパニックテレパスで一般人を混乱させる。
「駅舎に逃げろ!」
陽巳の呼びかけによって、客たちは我先にと駅舎内へと走っていく。
「駅舎へ避難してください!」
黒山・明雄(狩人・d02111)の誘導に従い、客たちが避難する。客たちから駅員に見えているかは定かではないが、少なくとも指示は聞いてくれているようだ。
「紅桔梗、天の羽と参上~☆」
スレイヤーカードから殲術道具を解放しながら、天羽・桔平(信州の悠閑神風・d03549)が駆け付けた。ヒーローの矜持をかけて、何があっても諦めずに顕を救うと心に決めている。
「グァアアア!」
デモノイドは叫びを上げると、魔力を凝縮させ口腔内に青い砲弾を生み出した。破壊の本能に従い、逃げ惑う人々目掛けて弾を放つ。
「くっ!」
だがそれは、御印・裏ツ花(望郷・d16914)が受け止めた。防御に徹していても、そのダメージは小さくない。まとうオーラの力ですかさず傷を癒す。
「……エンピレオ……お願い」
ポルターのナノナノ、エンピレオも回復に加わってようやく持ち直した。
「絶対に取り戻してあげる!」
かけがえのない日常を失わせはしないと、涼花は顕の心に向かって全力で叫び、炎の弾丸を撃ち出した。
●魔獣
ヴィルヘルム・ギュンター(悪食外道・d14899)は攻撃を見切られないよう緩急をつけながら、デモノイドに高速で接近する。
(さて、無事に戦力として迎え入れられるといいが)
冷静に死角に回ると、日本刀を抜き放ち、胴を一閃した。
「ガアアアッ!」
痛みに悶えているのか、デモノイドは首を振り回しながら叫び散らす。訳も分からず、刃と化した腕を力任せに振り下ろした。
「ねえ、貴方。自身が制御出来なくて困っていらっしゃる? 混乱しているのね」
デモノイドの刃をギリギリのところでかわして、裏ツ花は顕に問いかけた。
「貴方はまだ死んでおりません。『生きたい』と強く願うなら戻って来られますわ」
返す刀を影の触手で受けながら呼びかける。闇に囚われる苦しみを、痛みを、裏ツ花は知っている。顕の苦しみを理解できずとも、受け止めることはできるはずだ。
「毎日同じことの繰り返しだったり、ちょっと憂鬱なこともあったりするけど、あきらくんの日常をこんなところで終わらせちゃ駄目なんだ」
人々の悲鳴とデモノイドの叫びに紛れないよう声を張り上げながら、けれど優しく語りかけるように、桔平は顕に訴える。
陽巳が最後に残っていた運転手を避難させようとした時、青い光が迫った。とっさに涼花が割って入る。
「誰も傷つけないで、一緒に元の生活に帰ろうよ!」
砲撃を正面から食らい、吹き飛ばされそうになるが踏ん張って耐えた。大きなダメージを受けながらも痛みを顔に出さず、顕に届くように声を上げる。
「君はまだ、心無い異形から人間へと引き返せる位置に立っている。君には人としての心が残っている筈だ」
内なる激情を抑えつつ、明雄は闇に沈みゆく顕の魂を呼び起こそうと拳でデモノイドの体を叩いた。
「家族にも、友人にもまだ言い足りない事があるだろう。伝えるためにも死ぬんじゃない」
刀を携え、戦列に加わる陽巳。投げ捨てた鞘は、決して退かないという意志の表れ。殺人衝動を抱え、何も言わないまま家を飛び出した自分のようにはなってほしくないと願って呼びかける。
「……そこで動かないで……これ以上破壊はさせたくない」
ポルターは蛇のようにうねる刀身をデモノイドに伸ばし、巻きつけながら斬撃を浴びせた。
「ガアア! ガゥアア!」
デモノイドの破壊は止まらない。言葉が届いているのか、灼滅者たちには判らない。
「桐は顕を知らない、だからこれから知り合うんだ! 顕は頑張ってるんだ! 桐達も頑張らないと!」
けれど届くと、届いていると信じて、桐は叫ぶ。ここで終わらせないように、癒しの光で仲間を照らした。
●交差
「グルゥアアア!」
デモノイドの咆哮とともに青い光がエンピレオを呑み込み、一瞬で消滅させた。灼滅者たちのダメージも大きい。だが、灼滅者たちは退かない。
「このまま獣として死ぬか? それが嫌なら抗ってみせろ」
ヴィルヘルムはデモノイドに肉薄すると、光をまとった拳で連撃を見舞った。手ごたえを感じると素早く間合いを開き、黒く輝く刀を構えなおす。
「……私……大して人生のことは分からない。……でも」
刃に身を切られながらも、ポルターはデモノイドに呼びかけ続ける。
「……同じモノを宿してるから……分かる……ここで負けたら駄目……あなたの日常を……未来の為に……」
人間に戻ってくれることを信じて、蒼の魔獣を狙い撃った。
「今一度、気を強く持ちなさい。わたくし達は貴方を助けに来たのです。同じように、闇を御す術を身につけられる貴方。わたくし達の、大切な仲間」
そっと慈しむように、裏ツ花は話しかけた。今傍らに居てくれる人のように、最後まで諦めはしない。
「今、苦しいと思う。痛いと思う。だが、人である事を諦めるな」
杖を振るって魔力を流し込みながら、陽巳は力強い言葉で顕に呼びかける。
「これからの希望を、思い浮かべて? これから何がしたい? 何が好き? どう生きて行きたい? 僕は全力であきらくんの力になるよ!」
デモノイドの前で受け入れるように両手を広げ、桔平は人の心を取り戻せるよう優しく問いかけた。
「グゥ、グルル……」
灼滅者たちの言葉が届いたのか、デモノイドの動きが一瞬鈍った。灼滅者たちの消耗は激しく、デモノイドもまた傷ついていた。これ以上は灼滅者の体力も、顕の気力も持たないだろう。
「まだいつもの日常に戻れる! 桐達は顕を消させたりしない!」
早急に決着をつけるべく、回復役だった桐も拳を異形に変え、強烈な一撃を叩きつけた。
「少しの間、我慢して?」
「ごめん!」
桔平と涼花の撃ち出した弾丸の雨を浴び、デモノイドの全身に小さな炎が無数に燃える。続いて、ヴィルヘルムが日本刀を真っ直ぐ振り下ろして追撃した。
「いいか、周藤顕。俺の声が届いているのなら抗え。人間で在りたいと願うのなら――」
ラストチャンス。そう判断した明雄は、大きく踏み込んで一気に距離を縮める。全身を包むオーラが集約するように、緋色の炎を右足にまとう。
「闇に呑まれるな!」
一足の間合いまで近づくと、叫びとともに炎の剣と化した右足を振るった。
「グルアアアッ!」
明雄の渾身の一撃を受けて、蒼の魔獣は絶叫しながら、瓦礫と化したホームに沈んだ。
●目覚め
顕が目を覚ました。ぱちぱちと瞬きして、上体を起こす。当然のことながら、何が起こったのか分からないようで、きょろきょろと視線を迷わせている。
「これから戸惑うことが増えるだろうが、とりあえずよろしくな」
「お、おう……よろしく」
ヴィルヘルムの言葉にさっそく戸惑う顕。
「こっち側に戻ってきてくれて、ありがとう!」
「こ、こちらこそ」
困惑する顕に、桔平は満面の笑みで手を差し伸べた。顕は差し出された手を取って立ち上がる。
「どうなってるんだ? 俺、死んだんじゃ……?」
灼滅者たちは顕に事情を説明した。ダークネスのこと、闇堕ちのこと、灼滅者のこと、そして武蔵坂学園のこと。
「つまり、アンタたちはその武蔵坂の『すれいやー』ってヤツなのか」
「そうだ。そして君も灼滅者の一人だ。力の制御を学びたいなら学園に来るといい」
明雄はそれだけ言うと、秘めた熱を冷ますように、足早に立ち去ってしまった。
「俺も、灼滅者……」
「ある意味、命を拾ったんだ。これを幸運に出来るかはお前次第だ」
理解はできても気持ちがついていかない。そんな様子の顕に、陽巳が言葉をかける。デモノイドになっていなければ落としていた命。どう受け止め、どう使っていくかは顕にかかっている。
「お帰りなさい、顕。これから色々あるけど、日常に戻ろう」
桐は笑顔で顕を迎えた。顕の日常が、終わらなくて良かった。心からそう思う。
「学園にいらしては如何? わたくしが学園の先輩として、色々と教えて差し上げても良くってよ?」
「あ、ありがとう」
顕を救うことができて、いつもの高飛車なお嬢様に戻った裏ツ花。顕は裏ツ花の態度に戸惑ってか、どう答えていいか分からないようだ。
「疲れちゃったかもしれないから、皆でご飯食べに行こう! もちろん顕先輩も一緒にね! すず、美味しいところ知ってるからラーメンでも……ってまだ早いよね」
時刻は朝八時前。この時間で開いている店なら、ファミリーレストランが手頃だろうか。涼花の提案に、桔平や桐が賛同する。
「……いや、悪いけど俺はやめとくよ」
「……都合……悪い?」
しかし、肝心の顕は首を縦に振らなかった。ポルターの問いに顕は苦笑して、通学鞄を見せながら答える。
「ほら、学校あるし。もし転校したら、友達とか先生とか会えなくなると思ったらさ、今日は学校行きたい気分になって」
歩いて行けるかな、とぼやきながらもその表情はどこか明るかった。
「学校、行ってらっしゃい!」
「じゃ、またな」
桔平が手を振って顕を見送ると、顕も手を振って応えた。
作者:邦見健吾 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年5月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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