出る杭は打たれる

    作者:君島世界

    「ええと、貴方が、学園トップの……そう、なおゆきさん、でしたわね?」
     一語一語を区切るように、その女子生徒は丁寧な物腰で男子生徒――直行に話しかける。時は放課後、日も沈み、直行が見回りの教師に帰宅を促されてから出た廊下での、突然の出会いであった。
    「トップというのは、学業でのことか」
    「ええ、もちろん。他に何か、得手がありまして?」
    「いや、愚問だった。僕は他に取り柄がないからな。……それで」
    「それで?」
     直行の言葉に、女子生徒は首をかしげるようなしぐさで応える。女子生徒の長い緑髪がその白い首筋にさらりと垂れかかり、直行は柄にもなく少しどきりとした。
    「……僕に何の用事なのか、失礼だが手短にお教え願いたい。この時間まで待ってくれたのはありがたいが、正直僕には時間が足りなくてね」
    「いえ、単純なお願いですのよ。実は私、転校してきたばかりでして。それで誰から仕事を始めようかと、いろいろ探しておりましたら、貴方が適任という事になりましたの。
     ですので、はい。ここでリタイアしていただこうかと、そういう次第なのでして」
    「リタイア? って、どういう」
    「こういうことですの」
     とん、と、そのコンタクトは軽く胸を押されたようにしか思えない。だが次の瞬間、直行の全身に原因不明の衝撃が走り、彼は疑問を浮かべた表情のままで、そのまま冷たい床にくずおれた。
    「努力は無駄なのだと……いえ、人間の言葉に、『出る杭は打たれる』という金言がありましたわね。それをこの学園の皆様方に思い出していただくため、まずは貴方から、ということですの」
     月光射す廊下に、彼女の――ヴァンパイア転校生の微笑む牙があらわになる。
     
    「来てくれてありがとうね。今回は、ヴァンパイアたちの学園『朱雀門高校』の生徒による学園支配の阻止をみんなにお願いするよ」
     灼滅者たちを教室に集めた須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は、挨拶もそこそこに事件のあらましの解説を始めた。
    「朱雀門高校の生徒たちが、ここのところ各地の高校に転校して、その学園を支配しようと暗躍する事件が多発してるの。ヴァンパイアはとても強力なダークネスだから、今の時点で完全に敵対するのは自殺行為と言ってもいいんだけど、このままたくさんの学校がヴァンパイアに支配されるなんて事態を、見過ごすことはできないよね」
     と、ここでまりんは一旦黒板に向き直り、大きく灼滅の二文字を書いた――が、それは即座に二本線で打ち消される。
    「ということをふまえて、今回の依頼はヴァンパイアを撃退、もしくは灼滅することを目的にはしないよ。あくまで、ヴァンパイアの学園支配を防ぐこと、これをみんなにお願いしたいんだ。転校先でのトラブルという程度なら、朱雀門学園との、あるいはヴァンパイア勢力との戦争ということにはならないはずだから、『戦わずに学園支配の意思を砕く』ことができれば、それが一番だね」
     とはいえ、作戦が邪魔されていると知られれば、ヴァンパイアはこちらに接触し、展開によってはそのまま襲い掛かってくることもあるだろう。結局のところ、ある程度の戦闘は不可避なのだ。
    「そのヴァンパイアは、『イメルダ・サイサリス』という名前を使って、神奈川県内のある高校に転校したの。そこは中間・期末の試験のほかにも定期的に全校小テストをやっていて、結果が常に職員室前の掲示板に張り出されているんだけど、イメルダはその成績優秀者を狙って襲撃し、重傷を負わせているみたい。事態を知ることのできる生徒たちの中には、そのことに感づいて勉強を止めちゃったり、あるいは授業をさぼったりしてる人も結構いるようだね……。
     そうやって学園の秩序を乱して、生徒たちの闇堕ちをうながすのがイメルダの狙いだよ。みんなには、なんとかしてその状況を打ち破ってもらいたいんだ」
     イメルダは『この灼滅者たちを倒しても自分の作戦を続行できない』と納得するか、あるいは『このまま戦えば自分が倒されるだろう』と感じれば、作戦を中止して撤退する。転校先でのトラブルの範疇におさめるために、できるだけイメルダを灼滅しないようにして、事件を解決することが望ましい。
     また、この学園でヴァンパイアとして動いているのはイメルダ一人だが、眷属として強化された狼を三匹呼び出すことができる。イメルダはダンピール+妖の槍、狼の眷属は霊犬相当のサイキックを用いる。
    「ただ、正面からぶつかって戦闘だけで撤退させるっていうのは、正直に言って難しいと思う。イメルダの野望をどうやって砕くかが今回の作戦の鍵だから、できれば現場に向かう前に打ち合わせとかして、作戦を練っておいて欲しいな。
     だいじょうぶ! みんなならきっと上手くやってくれるって、私が信じてるんだから!」


    参加者
    風嶺・龍夜(闇守の影・d00517)
    十七夜・奏(吊るし人・d00869)
    水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010)
    沢崎・虎次郎(衝天突破・d01361)
    烏丸・織絵(黒曜の鴉・d03318)
    硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)
    赭嶺・桜(黒染めの桜・d03741)
    鴇・千慶(ガラスの瞳に映る炎と海・d15001)

    ■リプレイ

    ●『工作』
    「直行か? 見舞いに来たのだが、入らせてもらうぞ」
     襲われた生徒が入院している病室に、風嶺・龍夜(闇守の影・d00517)がノックを送る。走り梅雨の暗い日差しの中、扉を開けた龍夜がまず見つけたのは、引き裂かれ散乱した教科書であった。
    「……誰だか知らんが、帰りたまえ」
     ベッドの上、閉じたカーテンの手前から、直行はこちらを睨んでくる。龍夜は破れた教科書を一通り集めると、ベッドサイドの椅子に座った。
    「お前の事情は知っている。だが、暴力に屈してはならんぞ。勇気を持って前に進み続けるのだ。互いに励まし合って努力しようではないか、な?」
    「はは、笑える冗談だ――」
     直行がそうあざ笑ったのは、龍夜が口にした励ましの言葉ではなかった。
    「――なんだね、その格好は」
    「ああ、これはゴージャスモードというものだが」
     その話題をとっかかりに、二人は会話を続ける――。

     ――同時刻、潜入先の学園にて。
    「水無月さん、ちょっと相談があるんだけど」
    「おう、何だ? って、恋愛の相談か。そういうのもいいが、学生の本分はあくまで勉強だぞ?」
     ……なんて、私が言うのもなんだがなと、水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010)は内心の言葉を飲み込んで続ける。持ち前の快活さとその姉御肌から、弥咲は編入から間を置かずクラスの相談役として頼りにされていた。
    「でも最近、ねえ。みんな、あまり成績で目立たないほうがいいかもって」
    「なあに、不穏な動きなんて長続きはしないさ。恋も勉強も、気にせず勇往邁進すべし!」
    「んー……そっか。そうだよね! ありがと、水無月さん!」
     弥咲と話をしていた生徒が、鞄を持って教室を後にする。と、廊下に出たところで、彼女はある長髪の女子生徒とすれ違った。
    「おっとと……、あなたも今から帰り?」
    「ええ。湿気の多い時期ですから、廊下は気をつけて歩いてくださいましね」
     髪を払い、優雅に受け答えをする女子生徒――エイティーンを使い、すらりと四肢の伸びた18歳の姿の烏丸・織絵(黒曜の鴉・d03318)は、去り行く知人の背を見送ると、弥咲のいる席に近づいていく。
    「……ふう。この姿に合わせたとはいえ、お嬢様キャラは窮屈だ。やれやれだよ」
    「割と様になってるではないか、織絵。……で、書いてきたのか?」
    「ああ。いわゆる学校裏サイトはないようだから、学内ネットのBBSにな」
     織絵が取り出したスマートフォンの画面を見て、弥咲は深く頷いた。

     学園に潜入した彼ら灼滅者の作戦は、大きく分けて三つに分かれている。
     一つ目は、龍夜が担当している被害者のケアや、勉学に励む姿勢を見せることによる『学園の雰囲気の改善』。二つ目は『吸血鬼イメルダ・サイサリスに関する噂を流す』ことだが、こちらは現状、イメルダと同じクラスに潜入した灼滅者の報告待ちといったところが大きい。
     彼らが大きな手応えを感じているのは、三つ目の作戦『成績上位者の張り出し阻止』であった。今も沢崎・虎次郎(衝天突破・d01361)が同志を連れ、職員室前で教師に直談判を続けている。
    「成績による厳然な上下関係、その順位に囚われすぎて、暴力を振るう輩が居る! こんなシステムは学園から撤廃すべきっす!」
     虎次郎の熱弁に、そーだそーだと外野の応援が飛んだ。つい今しがた結果を張り出したばかりの教師は、わけもわからずながらも真摯に対応してくれる。
    「ああもう、わかったから……今日は解散しなさい。それ以上何かあるなら、生徒総会を通してくれれば職員会議に議題として提出してあげるから」
     さすがに一朝一夕で学園のシステムを変更させることはできない。が、道筋ができたという事は、張り出し中止が叶う日が来るかもしれないということなのだ。

    ●『交錯』
     翌日の放課後も、雨が降っていた。はきなれないスカートと湿った床、そういった足元の覚束なさに気を向けながら、鴇・千慶(ガラスの瞳に映る炎と海・d15001)は主にラブフェロモンで集めた生徒たちと会話をしている。
    「――それでねっ、俺、いろいろ皆から噂を聞いたんだけど、犯人像がすこし見えてきたんだよね」
     千慶を取り巻く人垣から、驚きと困惑の声が上がった。ざわめく教室の中心で、千慶は続ける。
    「犯人らしき者を見たって噂に、『見たことのない生徒、転校生かもしれない』、それと『緑色の髪だった』ってのがあるんだよ。……なあ、ここだけの話、何か思い当たる人物いない?」
    「転校生って、なあ……。別のクラスの話だとわかんねえな」
    「あ、千慶ちゃんは転校生だけど赤髪だよね。それなら千慶ちゃんは――」
    「――あら、なんの話ですの?」
     と、教室の扉から声が聞こえた。どきりと脈打つ心臓に、冷たい針を差し込んでくるような威圧感……。
    「お話のお邪魔でしたらごめんなさいね。どうぞ、わたしは気にせずお続けくださいな、せんけいさん?」
    (「あれが、イメルダ・サイサリス――!」)
     長い緑髪をするりと払い、何事もないように歩いてくるイメルダを前にして、しかし千慶は態度を崩さない。不自然にならない程度の視線を送っていると、イメルダは自分の席に戻り、手にしたハードカバーを開いた。
     そのまさに隣の席に、十七夜・奏(吊るし人・d00869)がいる。
    「……サイサリスさん、この時間までどちらに」
    「図書室ですわ。少し暇ができましたので、本を借りてそれまで読書でも、と」
    「……そう、ですか」
     奏はあごを机に乗せた体勢でイメルダに話しかけていた。全身を意識して弛緩させ、その奥の本心を活動させまいとする。
    「……サイサリス――ホオズキでしょうか。……その花言葉は偽り。……正体を隠すあなたに相応しい名前です」
     奏の言葉に、イメルダは頬にかすかな紅をさした。
    「そう仰るかなでさんこそ、欠けていくさだめの名ですわね。新月の夜は、ええ、歓迎いたしますわ」
     言い残して、イメルダは読みかけの本を置いて席を立つ。その何気ない行動に奏は大きな反応を見せることはできず、代わりに別の灼滅者――教室の後ろに座っていた硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)が行動を始めた。
     その手始めに、響斗は携帯電話から通話を発信する。ひとりごとのように呟きながら、その実仲間たちに情報を送っているのだ。
    「さて、どこに行こうかなー。誰かが悪い事をしようとしているなら、止めないと、だねー」
     響斗はこっそりとイメルダの後を追う。が、どのような手段を使ったのか、ある瞬間にイメルダは忽然と姿を消していた。
    「……えーと。もう二階には誰もいないねー。仕方ない、今日は戸締りに気をつけて帰るとしようかなー」
    「了解しました。二階の戸締り、ですね」
     電話口の向こうで、赭嶺・桜(黒染めの桜・d03741)が静かに返答する。二階に急行した桜は深呼吸をすると、残っていた成績優秀者に接近、即座に話しかけた。
    「あ、あのっ、急ですみません! どうしても教えてもらいたいことがあって!」
    「え、な、なに?」
     突然の来訪者にうろたえる生徒。その奥、夕闇がわだかまり始めた廊下の影に、すた、と、小さな足音が響いた。
    「――!」
     桜の全身が総毛だつ。冷たい汗と、裏腹の緊張が走る桜のもとに、しかし足音はそれ以上近づくことはなく、逆方向に遠ざかっていった。
    (「……行っ、た?」)
     安堵を悟られないように、桜は深い息を吐く。

    ●『呼出』
     それから数日後。緊急の生徒総会も無事終了し、学園内の雰囲気も前向きなものと変化していった矢先のことだ。
     掲示板に一つの返信があった。イメルダの噂を流していたそのスレッドは、自動削除防止の為に灼滅者が定期的な書き込みをする以外は、全く閑散としていたのだが。
     内容は単純。屋上へ、という短い伝言に、狼――おそらく眷属だろう――が無人の教室に伏しているという写真が添えられていた。
     無視することもできず、灼滅者たちは揃って屋上へ向かう。はたしてそこには、小雨に構わず、長い緑髪を結って纏めたイメルダがいた。
    「では、打ち合わせどおりの態度でお願いしますねー。特に、武蔵坂や朱雀門の名を出さないようにー」
     と、響斗が小声で皆に伝える。動きのない頷きを確認し、一同は傘も差さずに佇むイメルダの前に並んだ。
     対峙した瞬間、龍夜がその口を開く。
    「イメルダよ、希望の芽は摘まれても再び芽吹くものだ。暴力だけでは人を絶望させる事は出来んぞ」
    「……ふうん、いきなりのご指導、感謝いたしますわ。わたしにとってはその程度、復習に他なりませんが」
     イメルダの見せた反応は、龍夜が予想していたものとは微妙に異なっていた。何か、食い違いがあるように思える。
    「手練手管といえば、先の生徒総会。裏で糸を引いていたのは、ここにいらっしゃる内のどなたか、なのでしょう?」
     自分だ、と素直に答えることにメリットはないが、面は割れているかもしれない。考えた末に、虎次郎はこう答える。
    「これも自然な流れっすよ。いちいち成績が公表されたら、雰囲気がギスギスするっすからねー」
    「ええ、私にもそう思えますわ。だからこそ、こうはさせたくはなかったのですが」
     周囲の温度が下がった。知らず鳥肌を立てる灼滅者たちに、感情を押し殺したイメルダの声が届く。
    「余程、この学園が大事なようですわね」
    「ああ、大事だ」
     弥咲は即答した。
    「さてイメルダよ。諦めると言うのなら、これ以上は何もしないぞ。なに、嘘はつかぬ」
    「ですが、あなたがこの学園にとっての害悪であり続けるのなら、遠慮も容赦もしません。――殺します」
     反抗するように、イメルダへ冷たい視線を返す桜。合わせて剣呑さを増す一行の雰囲気を、しかしイメルダはものともせず、笑った。
    「うふふ、なぁるほど。こうして直接あなた方の話を伺ってみますと、まるで――」
     ――まるで。
    「灼滅者のような物言いをしますのね」
    「っ!」
     瞬間、織絵は悟る。
    (「先の違和感、こういうことだったか!」)
     イメルダは、おそらくこちらを灼滅者だと確信できていない。所属を明かさず、サイキックとバベルの鎖を活用していれば、こういう事もあるか。
    「桜、それに皆……動揺するな。イメルダは鎌を掛けにきているだけだ」
    「大丈夫、わかってるよ、俺。へーきへーき!」
     と、千慶は努めて明るく答えた。その威勢のまま、妖艶に微笑むイメルダに向き直る。
    「イメルダ、俺たちはあなたと戦いたいわけじゃないの! でもあなたが引かない限り、俺たちもここから絶対引かない、あきらめない!」
     相手の発言の前後で態度を変えるのは、得策とは言えない。また、こちらを学園に固執するダークネスと誤解してくれるのなら、それでも構わないのだ。
    「わたしがこうやって頼んでも、ですの?」
     イメルダはゆっくりと半身になると、周囲に狼の眷属を召喚した。奏はそれに対して、体の影から取り出した解体ナイフを、ゆっくりと相手の正中線に向ける。
    「……どうやら、衝突は免れないようですね」
     そして双方は同時に踵を蹴り、瞬発した。

    ●『翻弄』
     嵐のように襲い掛かる狼の爪を、奏は最短の動きでかわしていく。屋上の床を削る刃先から、奏は黒い一閃を放った。
    「……出る杭は打たれる。……私達という杭を打てるか、それとも逆に、あなたの胸に打ち込まれるか」
     狙う先は、イメルダではなく眷属だ。光刃の手ごたえは、しかし実感を残せずに消え去ってしまう。
    「諦めるな! 一撃で通らなければ、さらに二発、三発だ!」
     という龍夜の激励が、給水塔の方向から聞こえた。反応して視線を向けた眷属は、次の瞬間、背後からの殺意に晒される。
    「悪夢よ、来たれ……!」
     死角を縫うように走る龍夜の鏖殺領域は、退いたイメルダ以外の敵を包み込んだ。晴れない霧を割く様に、織絵とライドキャリバーが駆け上がっていく。
    「貼り付け、キャリバー!」
     息のあったコンビネーションで、主従は接近戦からの弾幕を浴びせかけた。左右の前脚を同時に狙い、動きが止まったところに眉間めがけ射線を持ち上げていく。
    「まずは一匹ッ――」
    「――あまり、うちの子を虐めないでくださる?」
     織絵の目と鼻の先に、イメルダが肉薄していた。視界を奪うように突き出される手刀はフェイク、姿勢を立て直した時には既に、眷属はイメルダの魔力で狂化させられている。
    「ウウゥ、グルルル……!」
     目を血走らせ、涎を垂らす狼の群れを眺めて、虎次郎はとっさの指示を飛ばした。
    「こちらも体勢を整えるっす! 突出を避け、集団行動っすよ!」
     虎次郎は最前に立つ織絵にシールドリングを飛ばすと、メディックの自分も攻撃に参加することを考え、サイキックソードの握りを確かめる。
    「イメルダの魔力強化は、外しておかないと厄介っすかね……」
    「虎次郎くん虎次郎くん、でもあのサイキックは、防御強化ではなさそうだよね?」
     同じくメディックとして動く響斗は、同列の虎次郎に盾の守りを分け与えた。共にこの戦線を支える要として、彼の無事もまた必須だからだ。
    「僕は予定通りに、回復に主眼を置いて行動するよ。オフェンスは、基本みんなに任せよう」
     その言葉を聞いた弥咲が、嬉しそうに笑う。
    「ははっ、期待されちゃあしょうがないな……! 本気で行くよ!」
     弥咲の指先で勢いよく回るのは、いわく『ビームの撃てる鈍器』、バスターライフルだ。銃口から漏れる残光の円輪が、直後、射出の直線へと切り替わる。
    「フフフハハハっ! 撃ち砕けぇっ!」
    「グウォオオオオ!」
     直撃を受けた狼は、どうと倒れ動かなくなる。イメルダはしかし、眉一つ動かすことはなく――宣告した。
    「ふふ、うふふふ……。殺界形成解除、残った狼たちは、屋上のドアを破りなさい」
    「っ!? イメルダ、どういうつもり!?」
     千慶の必死の問いに、イメルダは余裕の微笑を崩さず、また答えない。そうこうしている内にも、狼はドアへと、生徒であふれた校内へと殺到していく。
    「ああもうっ、問答している場合じゃないか……!」
     千慶は仕方なくイメルダに背を向けると、狼に影縛りを飛ばした。他の灼滅者も眷属へと急行する中、唯一人、紅のオーラを纏ってイメルダへと突き進む者がいる。
     激情を隠せない、桜だ。
    「あなたは……あなたはあああっ!」
     渾身の一刀を、イメルダは涼しい顔でいなす。桜の掌がイメルダの冷たい指先に包まれると、その握りの内側に何かを滑り込まされる。
    「まあ、ここはわたしが退きますわ。ですからこれ、代わりに提出しておいてくださるかしら、さくらさん?」
     イメルダは桜を軽く突き飛ばすと、追いつく間もなく屋上のフェンスから外に飛び出していった。桜の手元に残されていたのは、
    「イメルダの、退学届――」
     くしゃりと、薄っぺらな紙が握りつぶされる。

     ――そして姿を消したイメルダは、二度と学園に姿を見せることはなかった。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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