我が名は仲裁マン

    「ちょっと待ってよ! なんで謝ってくれないの!?」
    「それは俺の台詞だ! しつっこいんだよ!」
     寂れた神社の一角にそぐわぬ若い男女の怒鳴り声。驚いた猫がピンと背筋を伸ばし、2人をじっと見つめていた。
    「アンタって昔からそう! あの時だって私のことプールに突き落として笑ってたでしょ!」
    「いつの話だ!」
    「いつかなんて関係ないでしょ!」
     競うように怒声を張り上げ、わなわなと肩を震わせ、2人が睨み合っていたその時だった。
    「待てーぇい!!」
     こもった声と共に木の陰からそっと、小柄な男がお面を被った顔を覗かせた。
    「……喧嘩はよくない! えっと、ほら、俺! 仲裁マンだから!」
     男がお面の額に書かれた「仲」の字を指差す。
     時間が停止したかのように微動だにしない2人が、やっとの事で声を絞り出した。
    「……は?」
    「……何?」
    「怒ったときはスキップしてみるといい! ほーら! 怒りながらスキップなんかできないからな!」 そう言いながら楽しげに下手糞なスキップをする仲裁マン。
     2人の怒りの矛先が自然と、目の前で鼻歌交じりにスキップする得体の知れぬお面男へと向かう。
    「馬鹿にしてるの!?」
    「誰なんだよお前!」
     突然両サイドから怒鳴りつけられ、仲裁マンはびくっと震えてスキップを止めた。
    「……喧嘩、やめないのか?」
     仲裁マンは肩を落とし、ゆっくりとお面の紐に手を添えた。
    「引っ込んでろ!」
    「関係ないでしょ!」
     怒声の中、そっと外したお面の陰から、もう1つのお面が顔を覗かせる。
    「……喧嘩は、よくない」
     額には「裁」の文字が刻まれていた。
     
    「巷に流れている噂の1つに、とある神社に現れる『仲裁マン』なる謎の男があるそうだ」
     科崎・リオン(高校生エクスブレイン・dn0075)は灼滅者達を向かい合う形で、椅子へと腰を下ろした。
    「その男は痴話喧嘩、兄弟喧嘩、親子喧嘩……とにかく喧嘩でさえあれば境内のどこからともなく現れ、仲裁しようとあの手この手を尽くすらしい」
     ここまでであれば、都市伝説……サイキックエナジーの暴走体とはいえ急を要するほどの問題では無い。問題は、仲裁マンのもう1つの顔にある。
    「仲裁マンが平和的な手段での仲裁に失敗した場合、実力行使での仲裁に入ることがわかっている。今のところは死者が出るには至ってはいないようだが、それも時間の問題だろう」
     
     仲裁マンの能力や性格は「仲」のお面と「裁」のお面によってそれ相応に変化する。
     「仲」のお面を被ってる間は比較的理性的、特に攻撃するような意思も無く、この姿で仲裁が成功するとそのまま大人しく去ってゆく。しかし喧嘩が治まらない、もしくは矛先が仲裁マンに向かってしまった場合、仲裁マンは「仲」のお面を脱いで「裁」のお面を晒す。
    「一度戦闘体勢に入った仲裁マンは全員が誠意を込めて『ごめんなさい』や『もうしません』などと謝罪しない限り攻撃の手を緩めることは無い。逆に言ってしまえば全員で謝れば攻撃は止まり、元のお面に戻るのだが……一応、いざというときには使える手には違いない」
     但し「仲」の状態は非常にタフなうえ、放置すると一気に体力が回復してゆく。「裁」の状態ではダークネスにすら近い攻撃能力を誇る反面、防御行動や回復に関しては皆無に等しい。
     今後の被害を抑えるためには撃退ではなく灼滅する必要があるため、戦闘を避けることはできない。
     
     広げた資料を整理しながら、ふと思い出したようにリオンは顔を上げる。
    「仲裁マンに襲われた男女の喧嘩のきっかけは『納豆のカラシ』だそうだ。人にはそれぞれ譲れないものがあるのだな。ちなみに私は、『砂糖』を入れる派だ」
     そう言い残してリオンは教室を去った。


    参加者
    竜胆・藍蘭(青薔薇の眠り姫・d00645)
    浅葱・カイ(高校生ダンピール・d01956)
    村雨・嘉市(村時雨・d03146)
    蒼崎・鶫(結晶の魔女・d03901)
    源・頼仁(伊予守ライジン・d07983)
    樹・由乃(草思草愛・d12219)
    刄・才蔵(陰灯篭・d15909)
    黒水・薫(浮雲・d16812)

    ■リプレイ

    ●目玉焼き論争~硬さ編
    「なーなー、皆は目玉焼きに何かけて食べる?」
     源・頼仁(伊予守ライジン・d07983)が神社の境内に集まった灼滅者達をくるりと見回した。
    「俺はー、半熟の黄身をちょっと割って醤油を混ぜて食べるのが一番うまいと思うんだけど」
    「頼仁、よく言った! あのとろとろ加減に醤油がうまいこと絡み合っていい味が出るんだぜ!」
     村雨・嘉市(村時雨・d03146)がバンバンと頼仁の背をたたく。
    「うーん、僕は完熟に塩かなあ。だって半熟だと箸で食べづら――」
    「僕は半熟に塩コショウですね。シンプルに卵本来の味を楽しむ、それがベストです」
     浅葱・カイ(高校生ダンピール・d01956)が言い終わる前に竜胆・藍蘭(青薔薇の眠り姫・d00645)が言葉を被せる。カイが少しムッとして藍蘭へと顔を向けた。微妙に険悪な空気が流れた。
    「私は半熟にケチャップこそ至高だと考えます。ベーコンエッグの黄身を割ってケチャップを混ぜ込み、トーストに乗せてかじるのが一番です」
    「ベーコン、おいしそうね」
     かぷり、とトーストをかじる素振りをする樹・由乃(草思草愛・d12219)の主張に、ぴくりと反応した蒼崎・鶫(結晶の魔女・d03901)がうなずく。
    「あら、もしかして完熟派は少ない感じ?」
     黒水・薫(浮雲・d16812)が少しばかり首をかしげる。
    「だって完熟なんて、もそもそしますし」
     由乃がやや投げ遣り気味に答えた。
    「私は完熟が、というよりも加工過熱された卵自体が苦手で。半熟なら食べられるのですけど」
     刄・才蔵(陰灯篭・d15909)が申し訳なさそうに頬を掻く。各々の意見を聞きながら考え込んでいた薫がポン、と手を叩いた。
    「うーん、それでも私はやっぱり、完熟が一番だと思うわ」
    「こ、こんきょをのべたまえ!」
     焦り気味に、頼仁が薫の前へずいと顔を出す。微妙に呂律が回っていない。
    「根拠、ねえ……」
     薫がうーん、と唸って空を見上げた。
    「だって半熟だと箸で食べづら――」
     そう言い掛けたカイの言葉を嘉市が遮った。
    「卵の持ち味を殺してしまうなんてとんでもない!」
     キッ、と薫が嘉市を睨み付ける。思わず嘉市が言葉を詰まらせた。
    「その言い草、聞き捨てならないわね」
     完熟派と半熟派の間に緊張した沈黙が訪れようとしていた、その時だった。
    「待ちたまえ君た――」
    「半熟には半熟の、完熟には完熟の持ち味があると思うわ」
     鶫がサラッと言ってのけた。

    ●目玉焼き論争~味付け編
    「完熟派の肩を持つのですか? そういえば、鶫さんの好みを聞いていませんでしたね」
     藍蘭が首をかしげる。
    「うん、ちなみに私は……えっと……」
     言いかけて、鶫はふとどうやって説明したものかと言葉を詰まらせた。
    「頭に血が上ったときはこう! スキップをしてみたまえ! みるみる怒りが静まっていくぞ!」
     いつから居たのか、額に「仲」の字を刻んだお面男がたどたどしく跳ねている。
    「そんな事よりも! 塩だのケチャップだのってなんだ! 日本人なら醤油だろ! 卵かけご飯だって醤油かけるだろ! つまり、卵には醤油がベストマッチなんだよ!」
     闖入者など気にもかけずに熱弁を振るう頼仁。お面の男はなんともバツが悪そうな様子で灼滅者達の顔を窺うものの、対する灼滅者達は一貫して無視をし続けていた。
    「俺はキツイ味付けが好きじゃないんだよなあ」
    「お醤油ってパンに合わないんですよね」
     由乃のため息混じりな一言に嘉市がすかさず噛み付く。
    「日本人なら白米だろ!」
    「ほ、ほーら! スキップ! スキップ!」
    「パンも捨てがたい」
     少し横道にそれたまま白熱する議論の最中、薫が不敵な笑みを浮かべる。
    「ふふふ……あまい、あまいわみんな! 目玉焼きはポン酢、ポン酢よ!」
    「いいえ、ベストは塩コショウです。そこは譲れません」
     藍蘭が頑として言い放つ。
    「……そろそろ、ケリをつける必要がありそうだね」
     カイがくい、とメガネを上げた。
     鶫がお守りの宝石をその手に握り、そっと目を閉じる。
    「ええ、そのようですね」
     互いに頷き、静かに息を整える灼滅者達。そして、最初に口を開いたのは嘉市だった。
    「醤油!」
     その声に続けてそれぞれの主張を口にする灼滅者達。
    「塩コショウ」
    「ケチャップ」
    「塩です!」
    「ポン酢!!」
    「いややっぱり一蹴して醤油!」
    「スキーップ!!」
     至極ナチュラルに妙な声が混じる。
     直後、間に割って入ったお面の男、仲裁マンに殲術道具が一斉に突きつけられた。
     自身に向けられた武器の数々、冷ややかな視線に思わず仲裁マンがたじろぐ。
    「……な、何だこの流れは――」
    「――オッサンは引っ込んでろ!!」
     ごすっ。
     燃え盛るマテリアルロッドが、お面の真正面から叩きつけられる。
    「あべし!!」
    「鬱陶しい!」
    「スキップができないって、ある意味才能ですね」
     くるくると宙を舞った仲裁マンに、容赦ない追い討ちが次から次へと襲い掛かった。

    ●恐るべきおしおきタイム
     砂の味に仲裁マンが顔を歪ませた……ような気がする。
    「貴様ら……揃いも揃って、さすがの私もトサカに来たぞ!」
    「随分古風な言い回しですね」
    「トサカ無いだろオッサン」
    「メスかもしれない」
    「メスだったんですか」
     絶え間なく続く灼滅者達の非道なまでに容赦のない追い討ち。
    「何を言っているのだ! そういう事もよくないぞ! 不和を招く行為だ!」
     おそらく涙混じりに拳を握り締める仲裁マンへ、由乃がガンナイフの銃口を向ける。
    「意見のぶつかり合わない世の中なんて退屈そのものです。そうは思わないのですか?」
    「仲良くする気が無いのならば……致し方無い!」
     すぱーん、と「仲」の字の刻まれたお面を脱ぎ捨てる仲裁マン。
     仲裁マンの額に「裁」の文字が赤く輝いたのとほぼ同時、頼仁がスレイヤーカードを高く掲げた。
    「ついに来たな! この伊予守ライジンが相手だ! かかってこい!」
    「喧嘩はごめんなさいするまでオール成敗と相場が決まっている! とうっ!」
     地を蹴り、天高く舞う仲裁マン。先程までされるがままだったとは思えぬ、完璧な跳躍。くるくると回る姿が太陽に映える。
    「君達が! ごめんなさいするまで! しばくのをやめないッ!」
    「どこかで聞いたことあるぞそれ!」
     仲裁マンのアクロバティックな乱打を掻い潜り、嘉市が頬を拭う。
    「問答無用――うッ!?」
    「少し、煩いわよ」
     鶫のマジックミサイルが仲裁マンのみぞおちを無慈悲に抉る。
    「危ない危ない、こっちのペースに戻しておかないとね」
     カイが黒い殺気のオーラを巻き上げて塵殺領域を広げてゆく。
    「うおおーッ!」
     塵殺領域を突っ切り、頼仁の槍が悶える仲裁マンを穿つ。
    「僕の歌声を、その身に受けるといいです」
    「……何をッ……!」
     藍蘭のディーヴァズメロディを避けて退いた仲裁マンの後頭部に由乃のガンナイフが突きつけられた。ついでに刺さった。
    「畳み掛けますよ」
    「無粋な輩にはご退場願わないとね!」
     才蔵の鬼神変、薫のDESアシッドが立て続けに仲裁マンを襲う。少ない服が鬼の腕に裂かれ、そして酸が無残にもボロボロに溶かしてゆく。
    「これで、トドメだよ!」
     そしてカイが刀を振り下ろそうとしたその時、仲裁マンの目がキラリと輝く。
     まばゆい光が周囲に満ちた次の瞬間、カイの日本刀の刀身は仲裁マンの手の中にあった。
    「――そんな!?」
     渾身の一刀を白刃取りした仲裁マンが不敵に笑い、破けかけていた服がハラリと落ちる。
    「おしおきタイムは……これからだ!」
     カイの刀を引き、そして仲裁マンがカイの腕を捉える。
    「……ま、まさか! いや、それだけは!」
    「さあ! 大人しく尻を叩かれろ!」
     カイへと組み付こうとする仲裁マン、そしてその魔の手から逃れようとするカイが暑苦しい悲鳴を上げる。
    「や、やめてくれえええええ!!」
    「ええい、無駄な抵抗は――うぐッ!」
     むき出しのふとももに突き立つ霊犬、ヴェインの斬魔刀。
     ほんの一瞬、仲裁マンの怯んだ隙に鶫の影が絡み付いてゆく。
    「……させない」
    「小癪な……この程度でこの私を止められるとでも……ッ!」
     影を引きちぎり、仲裁マンが高く手を振り上げた。その時だった。
    「カイを、離せー!!」
     仲裁マンのお面に直撃する頼仁の見事なまでのドロップキックもといご当地キック。
     ――ピシッ。
     仲裁マンのお面に、瞬く間にヒビが走った。
    「ぬおお……ッ!!?」
     ――パリィン!!
     木っ端微塵に砕けるお面。その瞬間、仲裁マンの体が霧散して弾け飛んだ。
     途端、地面に転がるカイ。
    「た……助かったのか!?」
     彼は、半ベソだった。
     
    ●真・目玉焼き談義
    「……怪人をおびき出すためとはいえ、目玉焼きの話ばっかしてたら腹減って来たぞ……」
    「目玉焼きパーティとか、してみたいね」
     そう言いながら、カイが目に滲んでいた涙を袖で拭った。
    「いいと思うわ」
    「ええ、私も賛成です」
     鶫と藍蘭がコクリと頷く。
    「どこでやりましょうか、ぱーてぃ」
    「少なくとも、ここはまずいわよね」
     うーん、と腕を組む一同。嘉市がぐにぐにと頭をこね回した。そして、ふと口を開く。
    「……やっぱ、学校だな」
    「そうですね、ほかに良さそうな場所も思い浮かばないですし」
     由乃が一同の顔をぐるりと見回す。カイがぱん、と手を叩いた。
    「そうと決まれば、卵を買いに行かないとね」
    「あとは塩とコショウ、ポン酢に醤油にケチャップに……」
     藍蘭の言葉に鶫が続ける。
    「私も色々用意しないと。私の好みの食べ方、ちゃんと言えなかったから。みんなにご馳走したいのだけれど」
    「ホントか!? やったー!!」
     頼仁が飛び跳ねて喜んだ。
    「まあ私、目玉焼きにはそんなにこだわりないから、なんでも美味しくいただけるわ」
    「ぶっちゃけたなオイ」
     楽しげな笑い声が境内に響く。
    「楽しみ、ですね」
     由乃が少し、頬を緩ませた。
     灼滅者達は皆、目玉焼き談義の続きをしながら神社を後にした。

     ……しかし一体、鶫以外の誰が予想できたであろうか。
     極彩色の目玉焼きが食卓に並ぶ珍妙なる光景を。

    作者:Nantetu 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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