ライドキャリバーGP 2013

    作者:西灰三

    ●魔人生徒会
     武蔵坂学園学園には魔人生徒会なる謎の組織がある。所属している者は学園の生徒であること以外は不明であり、学園内の各種催し事を操っていると噂されている。そしてそれは事実である。
    「……一つ、ネタがある」
     書記の席に座った小柄な影が呟いた、口ぶりこそ男のそれだが声質は女子だろう。辛うじて影の中でも伺えるのは微かな光を跳ね返す額くらいだろうか。
    「ライドキャリバーだ」
     ざわりと部屋にいた者達が動く。もう一度書記の少女は言う。
    「ライドキャリバーだ、コイツでレースをする」

     現魔人生徒会がライドキャリバーでレースを行うそうです。五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)がそう口にした。
    「その際に人を集めて欲しいとお願いされて、いまお手伝いしている所なんです。よろしければあなたも参加してみませんか?」
     姫子は手にしたリーフレットを君に渡して説明をしていく。どうやら参加の仕方もいろいろあるらしい。
    「まずは今回の中心のライドキャリバーに乗ってレースに参加する選手の方。いろいろな障害物や罠の張り巡らされたコースを駆け抜ける花型です。優勝者の方には『ちょおかっこういい』ヘルメットが賞品として贈られるそうです」
     もちろんサーヴァントとしてライドキャリバーを持っていなければ選手として参加することはできないらしいが。
    「ライドキャリバーを持っていないけれどレースには関わりたい方は当日選手が走るコース作成のお手伝いも募集しています。コース上の障害物や罠、仕掛けも自由にしていいそうです。バベルの鎖があるからどんなに派手でもきっと大丈夫でしょうし」
     なお仕掛けられた種々のオブジェクトには作成者が名前を付けてもいいらしい。
    「もちろんサポーター……観客の方もお待ちしています。レースを純粋に楽しみたい人や、誰かを応援したい人も。声援が選手の力になることもあるでしょう」
     姫子は一通りの説明を終えると微笑みとともに会釈をして離れていく。はてさてこの企画どうしようか――。


    ■リプレイ


     爽やかに吹き抜ける空、その下には特設コースとそれに挑むライドキャリバーとその相棒が集っている。それを見に来ようと沢山のサポーターとスタッフもまた大勢おり会場は今か今かとレース開始を待っている。
    「五月晴れの風吹き抜ける中、やって来ましたライドキャリバーGP2013! レース開始を今や遅しとキャリバー達がドゥルンドゥルンと唸りを上げる! 観客席の熱気は真夏日のようだぁッ!」
    「実況は結城・雅臣。解説は俺、なか……ミスター銀が送るぜ」
     席に座った二人がそのざわめく風景を前にする。コース上には既に多くの選手たちが準備を整えてシグナルが青になるのを待っている。彼らの後方には送り出すためのファンファーレを鳴らそうとファルケがスタンバイしている。
     シグナルの光が動く。各選手一気に集中して手足に力を込める。
     3、2、1……0!
     ファルケのギターが鳴き各車一斉にスタートする。果たして栄冠を掴むのはどのコンビか。


    「放送席。こちら現場の桜沢です。いよいよ開催されましたライドキャリバーGP2013! 先頭集団がまず最初の難関に入ろうとしています」
     空を飛ぶ飛良の眼下には多くの選手がひしめきあっている。ここには第一の難関『油は後で再利用しますね……』が仕掛けられている。何に再利用するんだ。その名の通りここにはコース上に油を使ったトラップが多く仕掛けられている。
    「……仕掛けてくるとしたら地雷原だと思ってたけど」
     葵が目の前で起きている惨状を見やって呟く。真っ先にトップに躍り出た白兎・ベヒーモス組があっさりと足元を取られてすっ飛んでいく。いわゆる出落ちである。
    「だが俺達には『引く、媚びる、省みる』なんて言葉は無い!」
    「この程度でっ! 止められねえぞ、今日の俺達は!」
     勇飛・龍星号組と紫廉・カゲロウ組は果敢にも速度を落とさずに駆けていく。めったに無いこんな日なのだ、最序盤で落とされるわけには行かない。
    「道はやよいの前にあるのではない! 後ろにできるのだー!」
    「ちまちました走りはしたくないってこいつも言ってるしな」
     本人の、あるいは相方の気性も相まってかやよい・テツ組と鏡組はただまっすぐに。多少のロスは勢いでカバーだ。
    「へへっ、足場が悪いのは全然平気だぜ!」
    「さあ、私達の走りをこれを作ったヤツに見せてやるわよ!」
     虎狼・イリス組と明日香組はテクニカルにハンドリングして抜けていく。彼らを筆頭に後続も続いていく。
    「……あ、着ぐるみキャリバーとナノナノがいたっす」
     そんな風に直哉と瑞葵を見て壮大にすっ転んだレミがいたりしたが。ちなみに直哉と転んだのは同タイミング。レース中によそ見をしてはいけない。


     直線コースではある。足元がでこぼこでなければ。もはやオフロードと言って差し支えないくらいのコンディションの地面が選手たちを待ち受ける。
    「スタンダードといえばスタンダートだけど」
     このよう な地形は慣れているといえば慣れている。自然の中では近いのはある。実里がゴーグルの奥から地面を観察していると同じクラスのゆりあと亮、そして末未が同じパーカーを来て応援しに来ていたのを発見する。
    「頑張れ実里ー!」
     亮が応援する隣でゆりあが末未を促す。末未の方は恥ずかしそうだが意を決してゆりあと声を揃える。
    「「ゴー! ファイトッ! ウィンー♪」」
     実里は三人にサムズアップを掲げる。彼女らの応援が最高のものだったというように。
    「わわわ!? サイクロン!?」
     桜花はサイクロンのハンドルにしがみついている。サイクロンのペースは自由気ままに進むものだからあちこちのトラップに引っかかりちょっとボロボロである。あ、今度は落とし穴に落ちた。
    「っと、コイツは誰かを盾にとはいかねえか」
     源氏星は黒麒麟と共にいち早くここを抜けようと速度を上げる。跳ねる車体を上手くいなして平坦なコースに出たところで速度を戻す
    「……疾風。もっとコースの端へ」
     チアガールのフレナディアの応援を受け、少し頑張ろうかと貴久は疾風を走らせてコース脇の縁石の上を走る。これならば地面のコンディションは関係ない。
    「ペレト……さっきから俺の身にもなってくれないか。張り切っているのは分かっているから」
     晴臣の体はペレトの頑張りに引きずられて地味にキツイ。レースを完走した時にどれだけ自分の体に疲れが溜まっているのかちょっと考えたくない。
    「よいつ、見えますか?」
     ひふみがよいつの車体を叩くと、応えるようにエンジン音を鳴らす。【T★】の仲間が横断幕を広げている。イヅナと深愛謹製のねこまみれの横断幕を持ちながら深愛とイヅルが話してる。よいつが不憫だとかそうじゃないとか。
    「格好良い所も見せないといけませんね」
     イヅナ達はひふみとよいつの活躍を確信している、それに応えるようにレースに集中する。
     ツェツィーリアが荒れた路面に苦戦してる頃、殊亜が後ろから追いついてくる。
    「負けてやんねーからな」
    「俺だってライドキャリバークラブ部長として負けられないな!」
     お互いに一歩も譲らない二人。だが二人はバランスを崩し倒れそうになる。それは彼らに向けられた応援に寄るものであった。殊亜の彼女の紫がレースクイーン姿、これはいい。毬藻が同じくレースクイーン姿、これもいい。だが何故一番目立つ場所に男の右九兵衛がレースクイーン姿で立っているのか、これがわからない。果たして一番のトラップは彼ではないかと二人は思いながらも態勢を立て直し再びレースへと望む。


     コース上になんだか丸っこい物体が多数転がっている。何かと思えば風船らしい、ただの風船で選手たちの妨害を出来るわけが無いのできっと何かが入っているのだろう。なにせ『きまぐれビックリ風船爆弾』だし。選手達は互いの様子をうかがいながら走っていく。
    「こんなに大勢で走る機会はないよね。頑張ろうか、ピーク」
     選手と選手そして風船の間を滑らかなハンドリングで抜けていくのは祢々だ。ピークとともにそつなく越えていくのは普段から乗りなれている故か。友人の真夜がその姿に見とれているが、ちょっぴりウサギの絵の描かれた風船にも目を奪われていたり。
    「あのような感じか……神風」
     光影がその動きを見て同じような挙動を神風にもさせる。何気なく越えていく彼らに負けじと司・フェンリル組も息の合ったテクニカルな操縦で同じようにレース展開をする。
    「俺達のツーカーの仲ならこんなもの!」
     次々と軽快に越えていく他の選手達の動きを見て朱毘は唸る。
    「灼滅者でこれですか……、もう少し罠も考えたほうが……」
     イチマルの上で何か物騒な事を言っている、レースに集中したほうがいいのでないだろうか。
    「うっわ!?」
     強引にここを抜けようとしたみるひとぴろうげが粉まみれに成る。踏んだ風船の中に仕込んであったようだ。大して物理的ダメージは無いものの精神的にはそうではない。
    「成程この勝負……最後まで走っていたものの勝ちと見た!」
     矩子は布都御霊強襲突撃仕様で果敢に挑む、中に油が入っていたせいで大きくスリップしていたが。
    「いろんなライドキャリバーがいるんですね~」
     その脇を走り抜けテイル・ミニュモン組はマイペースで行く。この先でも多くのライドキャリバーと出会えるはずだ、そう考えたテイルは少しだけペースを上げていく。


     次に選手達の前に立ちはだかるのは『乱打夢カタパルト』。カタパルトって響きだけで危険な香りがする。そんなものがわざとらしくコースに設置されているものだから自ずと皆避け始めライン取りが限られてくる。
    「むふふ~♪ 悪いね♪」
    「お、おわっ!?」
     駆・ケンちゃん組にはじかれるようにしてミラージュ・ラディ組がカタパルトの上にタイヤを踏み入れる。刹那、ミラージュ達の体が前方に勢い良く打ち出される。明らかなショートカットになる彼女を見て近くの選手達がざわめく。
    「……だけど無理はしない。抜けるよ、ジオット」
     イグニド・ジオット組の様に無理せず抜ける組もあれば、勢い良く飛び込む選手もちらほら。
    「行け黄哉! チャレンジだ!」
     空を駆けるように飛んでいく宮古・黄哉組。その姿に声援が飛ぶ。
    「宮古ー! 黄哉ー! 思いっきり楽しんでこぉーい!!」
    「頑張れ、宮古ー! フルスロットルだー!!」
     朱那、弥咲、夜斗に見送られて彼女は行く。【空部】に所属する彼女らしい背中を見送ったあと彼らはゴールの方へと向かう。無論他にも挑戦者はいるわけで、前のめりに行く風・サラマンダー組は少しでも早くとカタパルトに乗る。
    「げ!?」
     だがカタパルトは明後日の方向を向く、そしてそちらにズドン。
    「罠えげつないなァ……! 流石うちの学園、容赦しないねェ」
     これが乱打夢たる所以なのだろう、雷は口笛を吹いた。風が吹き飛ばされた辺りを、同じく吹き飛ばされたと思わしきカンナ・ハヤテ組が走る。奏流・セグ組ににフォローされたからか立ち直りは早そうだ。通り抜ける寸前、カンナは風に一つの言葉だけを残し走り抜けていく。
    「まだ散るのには早すぎるわよね?」
     風はニヤリと笑い、サラマンダーと共に再び走りはじめた。


     序盤も終わりに差し掛かった所で未だにレースの推移は定まらない。三桁を超す選手たちと多数の罠で順位が容易に変動する。もっともサイキックの使用で他の選手を妨害しようとした選手が魔人生徒会に連行されたり、彼を狙っていた蛍が残念そうな顔をしたり、それを目の当たりにしたリリシアが本気で魔人生徒会を恐れてたり。閑話休題。
     小さなトラブルはありながらも、トラップをくぐり抜けて選手達は走り抜ける。基本的にバベルの鎖があるゆえに見た目のダメージは帯びてもそれだけで走行不能になることは無さそうだ。無論その分だけ対処できなければタイムに多少なりとも支障が現れ、レースでのそれは大きな差となって現れる。ここ、円形のスペース『気まぐれ魔王の晩餐会』もナイフとフォークが虎視眈々と選手たちを狙っている。きっとあれが撃ちだされて来るのだろうと目算を付けつつ選手たちは出口の方へと相棒と共に向かう。
    「ぶっ飛ばすぞ!」
     アクセルをぐっと踏み、千尋は手早く速度を上げる。晶の声援は周りに鳴る轟音や金属音より大きい。振り切るように走る者もいればハンドリングで回避していく兎・赤兎組のような者もいる。
    「赤兎、とことん楽しもう」
     唸りながら軽い足回りでよけていく。だがここに仕掛けられたのは飛び交うものだけではない。
    「……地雷か! 卑劣な!」
     イルル・ティアマット組が爆風にあおられ揺れる。けれど彼女らの絆はそれごときで吹き飛ばない。正々堂々とした走りを貫き彼女らは行く。
    「よし、大丈夫だなミーシャ。まだまだこれからも頼む」
     吹き上がる爆風の中からモーガン・ミーシャ組がこの程度の衝撃がなんでもないと現れる。スピードを落とさないまま走り抜けていく。
    「派手に、といって限度があるねえ」
     暁・テオ組は背後の音を聞きながら走る。はたして最後まで愛用のプレゼントを汚さずにいられるのだろうか。
    「本当にめちゃくちゃやるね。……競技が終わったら、ちゃんと綺麗にしてあげるからね」
     直は震電にささやいて、華麗に罠を避けていく。
    「まだまだこういうのあるんやろうなあ……」
     大和・カイザーサイクル組はこの先の事を考えてため息を付く。中々最高速出させてはもらえないようだ。
    「貴様らなどに……私の武士道は絶対に負けぬ!」
     罠を仕掛けた者に対してか咲楽が怒気を発する、それに応じるようにマスラオもエンジン音を鳴らす。
    「……あ、ふっとんだ」
     何故か一輪車の既濁の応援していた相手のように吹っ飛んだ者もいたが。隣で緋色が「いっちげきーひっさーつ……」と呟いた気もする。ふわふわと応援のメッセージが込められた落下傘だけが降りてきた。


     コース設営スタッフの中には常軌を逸したセンスの持ち主もいたもので。『下着林』なんて読んで字のごとく。誰が引っかかると言うのか、これ。
    「今日の僕こんな罠で止められると思うなー!?」
     あ、亘がちょっとだけ反応した。他の選手はスルーなのに。まあそんな彼にも結構な応援が付いていた。
    「フレーフレー、ワ・タ・ル!」
     丈介が力いっぱい旗を振り瑠羽がレースクイーン姿でパラソルを回す。
    「あ、みんなーがんばるよー」
     ふらふらと応援する同級生の元へ行く亘。
    「……あっ、危ないッ! ワタル、右に」
     理央が言う前に彼の体は宙に舞った。レースの途中で歩くのはやめましょう。
     気を取りなおして、この大会ではスタッフも多く参加している。その中でも多いのはレースクイーンである。特定の選手の応援としての者もいるが、大会そのもののサポーターとして参加している碧たちのような者もいる。碧は熱戦を繰り広げる選手たちにフラッグを振りながら微笑みで見送り、葉月は元気良くエールを送る。
    「選手の皆さん、ファイトです!」
     内心、ライドキャリバーに憧れる彼女のようなスタッフは多い。そんな眼差しを向ける者がいる一方、由良のように同じレースクイーンに視線を向ける者もいる。決して自分の体型と比べて悔しがっているわけではない。
     そんな彼女らも見えなくなるのが次なる罠のトンネルである。ここまで来た選手達ならこのあらかさまな罠の塊である。ただ近くに魔人生徒会に連行されていく三人がいた、きっと公序良俗に反する何かで引っかかったのだろう。多分連帯責任で。だからといって自動発動系のトラップは残されたままだし、中は暗い。単純だが危険なトラップだろう。
    「いい調子だね、相棒。けどこれだけじゃなさそうだ」
     闇の中を悠歩の雪風が走る。デザインの青白い線がほのかに光る。彼らの後ろの方で何かが落ちるような音が聞こえる。
    「うわあああっ!? しかもくっつくー!?」
     参三が泣くような声で叫ぶ。どうやら落とし穴があってしかもトリモチらしきものまで埋めてあるらしい。所詮灼滅者が本気になればどうとでもなるようなものだが焦る彼女にとっては簡単にはいかないらしい。
    「……あの、イドさん怒ってらっしゃいます?」
     ナディアが相方に向かって聞く。どうも怒ってるらしい、しかし彼の怒りに任せたら例の組織に連行されてしまうだろう。果たして彼らは完走できるのだろうか。
    「罠が大分えげつねぇ、が……」
     落ち着いた様子で多岐は周りをうかがいながら進んでいく、ジュリエッタをエスコートするように。
    「……星屑、気張んなさいよ!」
     穴にはまったジェーン・星屑組は固まっていた。ジェーンの脳裏にうっすらと見捨てていく選択肢が浮かんだが、とりあえず星屑は自力で脱出した。頑張れ星屑。
    「まったく……中が見えないと思ったらこれか」
     常識はどこ行ったのかと、スレイの上で鏡花はつぶやく。それでもレースはまだ先がある。落ち着いたペースでトンネルの最後を目指す。
    「む、あれは!」
     獅子が暗闇にも目が慣れたのか路上にある何かを鎖分銅で叩く。そこからは白い煙が立ち上る。……いったい何が仕込んであったのか。
    「他にどんな障害物が……」
     眉を潜めて獅子はハナちゃんと共に行く。そんな彼らをトンネルの最後で待ち受けていたのは強烈な照明だった。
    「……無茶苦茶ですね」
     光には慣れている葉蘭がそこを超えてから呟く。回復サイキックは用意してはいるが。まあ何が来ても大丈夫だろう。


     次に待ち構えるは大きなカーブである。無論ただのカーブではなく沼地のように泥が張ってある。今までのものに比べれば派手さは無いが選手たちのテクニックを試す罠だろう。
    「おおっと!?」
     道家がMT5と共に大きくバランスを崩して泥の中に突っ込み派手に転ぶ。すぐさまにピエロのようにおどけた風に泥を振り払って手を振りながらレースへと戻る。
    「ライちゃん、どうしようか?」
     梔子はライに語りかける、未だ先頭集団には辿りつけてはいないし、罠も数多くあるだろう。彼女らは無理せずに浅いラインを走っていく。
    「私たちも、そういたしましょう。シャリオ、お願いします」
     全てのコースを走り抜けるのが礼儀と暦・シャリオ組はやはり安全策を取る。先はまだ長いのだ。
    「……本当にいくらあるんだろうな」
     罠を確実に抜けなながら大牙・疾風迅雷組は行く。視界にレース前にいろいろしてくれた【むーみん】の面々がレースクイーン姿で写真会をしていた。何故か自分の時よりも楽しそうな風に見えなくもないが。近くに魔人生徒会らしき姿もあったような気もするが気にしないようにした。
     リスクを回避していく者がいるのと同時にここをチャンスと速度を上げる月子とその相棒は一気に速度を上げてごぼう抜きしていく。
    「女一代、大爆走! いざ!」
     泥を吹き飛ばしながら進む彼女達をキヨジは遠目に見ていた。
    「……三波! ……ウワまじ一瞬だな……」
     すぐに視界から消えていく彼女を追うように彼もゴール付近を目指していく。
    「俺達は俺達のペースで行こうぜ。……そっちだ」
     舜は未だ名も無き相棒に指示を出してライン取りをする、レースが終わったら決めてやらないとと考えながら彼はペダルを踏む。
    (「この子はどんな名前の持ち主なんでしょうね?」)
     数多くの選手がライドキャリバーの名を知っている。なら空鐘の乗る彼はどんな名を持っているのだろうか。このレースの先に、それはあるような気がすると彼もまた地を駆ける。
    「慎重なだけではいけません、ね。ぜんじろうさんなら、きっと、やってくれますよね」
     真衣がぜんじろうに微笑むとぜんじろうは安定しつつ最高速を狙えるコースを取る。
     それぞれがそれぞれの戦術を取り進む中、荒い走りをする芥・ファルコン組がいた。
    「GO! GO! 斎賀!! 行け! 行け! 斎賀!!」
     明の声援を背に接触すれすれのレース運びをする彼、今近くにいるのはジアン・コムンマル。そのぎギリギリの状況を【箱庭の蝶】の選手を応援しに来ていたオンニこと優奈が固唾を飲んで見守っていた。
    「相手のペースに乗っちゃ駄目、怪我しちゃうから。安全に、でも早くゴールできるように頑張ろう」
     芥の煽りをスルーし自らのペースで走り直す、ジアン達。心配そうにこちらを見る優奈に心配ないと手を振って彼女はアクセルを踏んだ。


     選手達の視界に何かの群れが現れる。それは無数のナノナノだ、普通のナノナノもいればライドキャリバーの大会に恨みでもあるのかえらく暗い表情のナノナノがいたりする。よく見ればそれはただ板に書かれただけのイラストであると分かる。『ライフペインターズ号』と名付けられたナノナノたちは純粋な障害物となって選手たちの道行を阻む。
    「話によれば当たりがあるらしいですが……」
     霧緒が事前にした雑談の内容を思い返す。詳しくは聞けなかったがきっとろくでもないことに違いない。
    「こんだけ障害物があるとトライアル競技つった方が近いのぉ」
     甲斐とその相棒がナノナノの間を大きく縫うように走り、ショーとしての走りを見せる。ちらりと裏側を見てから何も言わずに抜けていく。どちらかといえば小回りの勝負であるこの場所を選手たちはテクニックを生かし挑んでいく。
    「こういうのは俺達向きだな、行くぜ、ガゼル!」
     高明とガゼルはその名の動物のような走りを見せる。ここが草原であればどこまでも駆けて行きそうだ。
    「レーサーがレースクイーンってどういうことだよ……」
     央がポニーテールを揺らしながら走るシュネーの姿を見て呟く。とりあえず他人に見られるのは嫌だ。そんな男子の気持ちはつゆ知らず、シュネーはブリッツェンの思うがままに走らせている。彼女はちょっとだけ央に手を振るとすぐに小さくなっていく。その後姿を秀憲は見送る。
    「いろんなライドキャリバーがいるもんなんだな……。お」
     視線を戻すと見知った姿、マキナが視界に入る。絶賛ナノナノと格闘中だ。
    「うわこれ絶対なにか仕込んでるよね……って!?」
     突如ダートがこの状況で加速する。そのままどこに行こうかとすると先に行っていたソフィ・ブランメテオール組に追いつく。
    「あ……どうも……」
     どうやらブランメテオールの白くて可愛らしいデザインに惹かれたらしい。そういうことってあるらしい、ナノナノに突っ込まなくてよかったね。
    「……っとアブねえ」
     恋也がブラックなナノナノを蹴飛ばして無理やり回避する。同時に崩れる積まれた缶。勢いで抜けようとしたらそれなりに手間取ることになるだろう。紅花號のタイヤは本当にオンロード用で良かったのかと考えながら接触しない様に恋也は行く。
     散乱した桃缶を蹴散らしながらデッドヒートを繰り広げるのは透と火花。お互いにまともに勝負出来る状況では無いのだが、こんな所で出会ってしまったのだから仕方がない。トラップをくぐり抜け先に頭一つ抜けだしたのは透。
    「お先!」
    「負けるかぁー!」
     今のところは透が優勢だが、まだまだわからないだろう。
    「さて、我らが有斗君はというと……」
     空中で二つの箒が飛んでいる。有人と瑠璃羽は並んでマイクを持っている。そして彼らの眼下にいるのは見知った選手の有斗・アング・ロクエン組。どんな罠をも真っ直ぐぶつかる所存の彼は性格の悪そうなナノナノを突き破る。瞬間。
    「おーっと! 有斗選手! 花火に巻き込まれました! これはスゥイーツバイキング確定かー!?」
     派手に打ち上げられた花火が当たりだった事を示す。これが武蔵坂学園クオリティというやつだろう。


     『急がば回れ』そういう言葉がある。そう言う名の障害物もある。選手達はこのポイントに置いて選択を迫られていた。
    「危険回避? ハ! 最速を目指すのならこっちに決まってんだろ!」
     空哉が迷うこと無く最短ルートを選ぶ。その姿を見、煌介は改めて日常を感じる。灼滅者らしい日常だけれど。隣で大声で叫ぶウルスラに合わせて鳴り物を鳴らす。
    「フレー、フレー、クック! フレー、フレー、クック!」
     流砂に抗う剛転号と彼に声援がかけられる。
    「頑張ってくださいませー! 負けたら承知しませんわよーっ!」
     由良の声援を受けると同時に空哉達は流砂を脱出する。彼は飢えた狼のごとく困難を乗り越えていく。
    「ハチ、こっちだ!」
     遊・ハチのコンビはやはり短いルートを選ぶ。息のあった彼らのコンビネーションならばそちらのルートを抜けることも困難ではないだろう。
    「一体このコースはどういう作りをしているのでしょうか」
     総一朗は迂回コースを選択する、スピードさえ落とさなければ必ず良いタイムを出せるはずだ。リーシャもまた同じく考えたのだろう、鳥のようなアクアと共に軽やかに走る。
    「………」
     竜姫の表情に悩みの色が出る。コースの上は各種の障害物で順位が安定しない。最短ルートを行こうにも、このような選択肢が待ち構えている。そんな彼女にドラグシルバーが雄々しく吠える。
    「そうね、迷ってる時間が惜しい、こっちへ!」
     行先を定めて彼女たちは行く。
    「こくり、ちょっとここで急いでみようか。帰ったらいつもより入念に整備するから」
     唯とこくりは迂回コースへ入った途端に一気に加速する。
    「ラフィカ、俺達も行こうぜ。風みたいにさ」
     いつもと違う姿、あるいは本当の彼をフルフェイスの中に隠したニコが相棒に語りかける。ラフィカはそんな彼の期待に答えようとエンジンを震わせて速度を上げる。
    「ノイジー、僕らも速度を上げていこう。ここから華麗に抜き去ってやろう。勝つのは僕達さ」
     摩那斗は安定なコースに入り徐々に速度を上げていく。果たして勝負の行方は未だ決まらない。


     【戦技研】の用意したものはまさに障害物と言った風体のものだ。鉄骨やらコンクリート塊で構成されたそれはライドキャリバー相手ではなくもっと別の何かを連想させる。一応狭いながらも回避できる道はある。
     どかーん。
     その道を通ろうとした月彦が爆発物に巻き込まれる。要するにそこまで誘導する類の罠らしい。
    「……危なかった、ですね」
     葵とシェリーが進路を無理に変えて障害物側を行く、ライドキャリバーと灼滅者ならそれなりに時間はかかるが超えられないことは無いだろう。
    「いいところを見せないとね、クオリア」
     軽やかに越えていくのは玉とクオリア組だ。ジャンプなどを駆使して狭い足場をするすると登っていく。
    「行けーっ タマちゃん! 追い抜け~!
     とりあえず賑やかな希紗の応援は見なかったふりをした。ずっとタマちゃんと連呼されていましたが。旗にまで書いてありました。
    「僕らも一気にここを超えるよ! 天駆、行こう!」
     果敢に障害物に挑む龍輝を一子と智巳の【月光樹応援団】が見守る。掲げた旗と彼女らの姿はきっと彼にも見えたはずだ。
    「うーん……」
     阿韻はねんねと共に少し速度を落とす、果たしてどう超えればいいのか。そんな彼の脇から真心が両腕を構えて障害物へと近づいていく。ひょいひょいと障害物を掴んでは端に追いやりながら道を作っていく。邪魔者は片付ける所存らしい。そんな意図せず彼の作った道に感謝し阿韻は再びねんねと走りだした。世の中にはいろんなライドキャリバーだけでなく色んな乗り手もいるらしい。


     ジャンプ台。選手たちを待ち受けていたのはそれであった。中間には輪が吊るされている。……きっとこれだけじゃないだろう。だってタイトルが『爆風☆流れ星くん』だから。
    「なにこれ……」
     名草が想像もしていなかった罠を前に途方に暮れる、飛べというのだろうか。優衣に磨かれてピカピカの轟天号がやる気を見せるように唸りを上げる。その彼に従うように一気に加速してジャンプ台を踏み切る。
    「危なーい!」
     応援していた桐人の声は爆発音にかき消される。きっと彼は今だけ目立ってる。ちょっと焦げたけれど。
    「なるほどこいつぁ楽しまなきゃな……!」
     伴は面白そうにジャンプ台を見る、彼と同じようにこの関門に心が燃え立つものは多数いるようだ。
    「イィィヤッハァァァァァァァッ!!!!」
     火の輪と爆風を超えてソラと共に彼は宙を舞う。彼の背を追うように他の選手もこのジャンプ台に挑む。
    「……飛ぶで、富士鷹ァ!」
     智・富士鷹の体は今だけ地を走るものではなく空を駆けるものとなる。
    「『スキップジャック』……その名を汚すわけには行かぬよな」
     アレクサンダーは相方の光る車体をひと目見てから大きく加速する。彼らの姿は陽の光を跳ね返し、きらりと輝いた。
    「一発逆転や! 行くで!」
     仁來は全力で踏み切った、爆発も超え手前側に隠されていたトランポリンも超え、そして……一輪と共に池ぽちゃ。飛びすぎると、池に落ちるらしい。
    「てへへ……」
     やっぱり勢いをつけすぎて池に落ちたゆうが、はにかみながらフーリエを連れて出てくる。すぐさま彼に乗りレースに復帰する彼女を錠と葉が見送る。
    「飛んでる時のゆう、眩しかったな」
    「楽しそうだったよな、本当に」
     彼女なら、ゆうなら、きっとどんなコースでも疾風の様に笑いながら駆け抜けていくだろう。


     『綱渡りくらいよくあること』と名付けられた罠がある。ありていに言えば綱渡りなのだが。同じような仕掛けを他に二人作っているとは誰が予想しただろうか。『これくらいよくあること』とは良く言ったものである。そしてここが多くの選手にとって鬼門となる、同時に走れる選手は少なく、落ちたら最初からやり直し。おそらくは仕掛けとして最大の難所だろう。
    「ふふふ、予想通りっすよ! みんな手間取ってるッスね!」
     兆夢があまりにもフラグな言葉を残した。むろん、しばらくしてから泥だらけの彼は再びここに来るハメになっていたが。
    「ちょっと無理するわ。お願いね」
     リサは縄の上を相棒とともにゆっくり走る。いろいろなものが揺れているが気にしてはいけない。
    「なーにチンタラ走ってんだ! おーいシキ! テメー余裕ぶっこいてんじゃねえぞ!」
     治胡の罵声が飛ぶ。見れば分かるがかなり慎重にやらなければいけないのだが、隣の綴が凄い嫌そうな顔をしている。空気が険悪そのものである。
    (「……テイコと綴は何をしているんだ……?」)
     車体制御に集中する詞貴は目だけを動かしている、言われなくとも彼はここを抜けたら飛ばすつもりである。
    「十二月一日とラヴァ、応援に来たよ! 完走目指して頑張ってね!」
    「頑張ってくださいー穂布留さん」
     潤子と真琴の声援を受けた穂布留は丸太の上で不気味な笑い声を発していた。
    「うふふふふふふふ。恋路に比べたら楽な道ですう。小手調べにがんばるですよぅ♪」
     ラヴァを駆る穂布留の恋路の難易度は恐ろしく高いらしい。愛ってなんだっけ。
    「神威、無理するなよ。まだ走れる所はあるからな」
     瞬は神威に語りかける。自由にとは程遠いが、超えるべきものは多い。自由ってそういうものなのかもしれない。
     レースクイーン姿の凪の声援を受けて走る涼にサイキックらしき黒い弾丸が襲いかかる。ギリギリで身を引いて彼が避けると同時に下の方から悲鳴が上がる。訝しげな表情を浮かべてからレースを再開した。
    「群馬にもこんな所はありませんね」
     榛名の目論見はあっさりと崩れた。コース設営の者達は最初からクライマックスだった、隙はそうそう簡単に見いだせないようだ。それでも行くしか無い、優勝は前にしかないのだから。
    「落ちたらメンテ確実だよねえ……」
     眼下には泥が敷き詰められている、カッチは同意するようにそろそろと細い道の上を進んでいく。微かに「やっぱりろくな事しかしない」と思ったのは秘密だ。
     皆が恐る恐る進む中、大胆にも大きな動きでここを軽やかに抜けていく者もいた。
    「悪いな。今日に限っては、この罠にかかってやるわけにはいかんのだ」
     筋肉ムキムキの女性用の和装をした業慧が空中で跳躍を重ねて細い道を越えていく。目立ては応援している智優利と共に営業しているコスプレ喫茶で『ちょおかっこういいヘルメット』を使うため。何を言っているのかよくわからない。それでも実力は確かなものでいともたやすくこの難所を突破する。
    「さあ、行こうか空我!」
     細い道を華麗に走り抜ける選手もいる。達人と空我のコンビはそれで、細いロープの上でアクションも交えながら越えていく。決して速さだけではない動きを観客に魅せつけて会場を沸かせていった。


     最後の直線コース、いよいよここで優勝者が決まる。
    「ここからは本当に何もない直線か……。ようし、エアここからは思い切り行けるよ。遠慮無くぶっ飛ばせ!」
     由布とエアがここに来て速度を上げていく。彼女達だけではない、前半で力を温存していた者達が一気に速度を上げ先行していた選手達を追い抜きにかかる。
    「頑張れゆみかちゃん! 後もう少しだよ!」
     寛子の声援を受けてグングンと加速する。この多数の選手の中で同じように考えて行動していたものは多い、多くの選手が塊となりお互いに牽制状態となって前に抜けるのが難しい状況となっている。その中からいち早く飛び出したのは惡人、このような状況を見越してライン取りまでしていたらしい。一気に加速してトップに踊り出る。そして白と黒の旗の洗礼を受け、停車し振り返る。
    「ぁ? 勝ちゃなんでもいいんだよ」
    「ほう、本当に勝ったと思っているのか?」
    「……え?」
     振られていたのはチェッカーフラッグではない。白と黒のタイガーストライプがその招待だ。要するに偽物、慌てて再始動するものの先頭集団にはもう追いつけない。そうこうしている間にもトップ争いは数えるほどに人数が絞られてきていた。
    「ヤキマ、行くっす! ここがタイミングっすよ!」
     千珠とヤキマがギリギリのタイミングを見計らって追い込んでくる。その前を行くのは三組。後ろに3番手に都香・ハーレイ組、2番手に鷹秋・クリアレッド組、そしてトップに悠太郎・雷轟組だ。逃げる悠太郎に後ろ二人が追いついた状況だ、千珠は届かないか。
    「貴方の名前は心無い赤ではないわ。私を映す鏡のようなものよ。さあ、今こそ貴方に生命を吹き込んであげるわ!」
     都香がハーレイの最後の力を引き出そうとする。彼女の意志に応えるようにハーレイもまた速度を上げる。
    「貴方のオイルに私の血潮が流れ込む……そう、私たちは二人で一つのヴァーミリオンハートよ!」
     前を気にしていた鷹秋は後ろから迫ってくる圧力に気づく。このままでは食うどころか食われかねない。観客席にいる鋼がレースクイーン姿になってまで応援してくれているのだ。。
    「勝利の女神がついてくれるんだ、天辺をプレゼントしねーと格好つかねーよな、クリアレッド」
     彼らもまた力を振り絞り速度を上げていく。ジリジリと迫る二人の選手、悠太郎と雷轟は沈黙を保ったまま前だけを見ている。
    「櫓木サンゴールまであと少しだ、雷轟ゴールまで櫓木サン連れてきて」
    「がんばって」
     啓とならかがそっと彼らだけに聞こえる言葉を届ける。悠太郎達はそれを静かに聞き入れると真っ直ぐに前を見る。チェッカーフラッグはすぐそこに、それを一番に受けたのは――。


     悠太郎が商品のヘルメットを被りウィニングランを走る。勝者は悠太郎で最後のポイントはその順位のままそれぞれがフィニッシュを決めた。その後続々と選手達がゴールをこえて、それぞれの応援してくれた者達に笑顔で出迎えられていた。
     次々と選手が帰ってくる、その時まで宗汰はこのレースを見守っていた。無心でゴールを目指す彼らを最後まで彼は見つめていた。最後の選手がゴールすると同時に熱気を拭うような爽やかな風が吹き抜けていった。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月25日
    難度:簡単
    参加:197人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 45/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 17
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