世界が消えた日

    作者:なかなお

    ●この問いに答えをくれるなら
     ――ずっと一緒にいようねって言ったんだ。
    「な、んで……なんで、なんでだよっ……」
     まるで砂漠に放置されたと錯覚するほどの枯渇感。喉が渇いて、水を飲んだって一向に満たされやしない。
    「ずっとって言ったのに……なんで俺だけおいてっちまったんだよ、なあ!」
     夜の公園にしゃがみ込み、時おり通る人間を捕まえては牙を立て。
     それでも少年の頭を支配しているのは、自分の身体の異変などではなかった。
    「お土産、買ってくるって……楽しみにしててって、言ったじゃねぇか……!」
     近所に住んでいた、同い年の朗らかな姉と天真爛漫な弟の姉弟。幼馴染で、いつも一緒にいた。
     ついこの間まで、ここで笑い合っていたのだ。
    「なあ、応えろよっ……ミフナ、ハルヤ……ッ」

     灼滅者達が集まったことを確認すると、園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は早速資料を広げて話を始めた。
    「油川・昌……それが、今回皆さんに止めて頂きたい少年の名前です」
     現在小学四年生の彼には、近所に住む幼馴染の姉弟がいた。そしてその姉・ミフナがヴァンパイアへと闇堕ちしたことをきっかけに、昌までもが同じ道を辿ろうとしているのだ。
    「このご姉弟の父親が海外でのボランティア活動を熱心になさる方で……ミフナさんとハルヤさんも、ついて行ったのだそうです。そこで……」
     ハルヤが消えた。現地の人間に誘拐されたのか、はたまた自ら好奇心に負けて外に出た先で何かあったのか。詳しいことは分からないが、十日たって見つかったころには、変わり果てた姿となっていたという。
     その事実に耐えきれず、姉・ミフナは異国の地でヴァンパイアへと堕ちた。彼女を救うことは、もうできない。
    「ですが、昌さんはまだ人の心を残しています。彼を灼滅者として救い出すことも、できるかもしれない」
     しかし、昌は無自覚にミフナとハルヤについて行きたい、同じ場所に行きたいと願っている。もし彼に生きたいという気持ちが残っていないのであれば、完全なダークネスとなる前に彼の息の根を止めるしか術はない。
    「昌さんは……他者の血を吸うご自分の身体の異変にも、もちろん気が付いています。ですがそれより、消えてしまったご妹弟のことが頭から離れないようで……辛い話になるでしょうが、説得するのであれば、やはり彼に現状を説明する必要があるでしょう……」
     未だ残っている昌の心に響く言葉をかけることが出きれば、彼のヴァンパイアとしての力を弱体化させることもできる。
     あくまで彼の心に語りかけ続けるか、それともある程度で見切りをつけて灼滅の道を選ぶか。それは一任する、と槙奈は言った。
    「相手はなりかけとはいえヴァンパイアだということだけ、頭に入れておいてください……言うまでもないでしょうが、油断は禁物です。使用するのは、ダンピールの皆さんと同じサイキックですね……」
     接触は、彼が吸血行動をする夜更け。いつも三人で遊んでいた小さな公園で、昌が来るのを待ち伏せればいい。
    「彼は自分だけ置いて行かれたと思っているのでしょうが……どこへでもついて行くのが絆というわけではありません……。それでは皆さん、お気をつけて」


    参加者
    村上・光琉(白金の光・d01678)
    枷々・戦(左頬を隠す少年・d02124)
    杜羽子・殊(偽色・d03083)
    瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192)
    佐藤・志織(高校生魔法使い・d03621)
    霜月・薙乃(ウォータークラウンの憂鬱・d04674)
    柏葉・宗佑(灰葬・d08995)
    クリス・レクター(ブロッケン・d14308)

    ■リプレイ

    ●真実
     公園に吹く風は、まるでこれから起こる出来事を理解しているかのように穏やかで、そして冷たい。
    (「分かるよ」)
     そよぐ木々の音を目を瞑って聴きながら、杜羽子・殊(偽色・d03083)は口の中だけで呟いた。大切な人を、世界を失う痛み。決して同じではないだろうが、――よく、とてもよく知っている。
    「迷子だっていうなら、ボク達が道しるべにならないとね」
     続いた殊の言葉に、ドーム型の滑り台の陰からに通りを眺めていた佐藤・志織(高校生魔法使い・d03621)が、くしゃりと顔を歪めた。
    「出来ることなら、ミフナさんも救いたかった……でも、昌君はまだ間に合う。絶対間に合わせます」
     決意を秘めた声音に、霜月・薙乃(ウォータークラウンの憂鬱・d04674)がこっくりと頷く。
    「絶対、に。他の誰かを、傷つけさせたりしない」
     強く哀しげな瞳で彼女が見つめるのは、遠い日の自分だ。
     苦しかった。怖かった。痛かった。――そんな恐怖が、今小学四年生の小さな体と心にのしかかっているのだ。どんなに辛く、不安なことだろう。
     だからこそ、これから出会う少年には決して闇に堕ちてほしくなどなかった。
    「来たぞ」
     各々の思いを抱えた面々に、瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192)の固い囁き声が飛んだ。ぶおんと膨らんだ空気の流れが、公園一帯を包んで周囲から戦場内の音を切り離す。
     公園の入り口から覚束ない足取りで歩いてくる少年に、クリス・レクター(ブロッケン・d14308)が静かに声をかけた。
    「君がユガワ・マサだネ」
    「っ!」
    「おっと、待った! 俺達、お前と話をしに来たんだ」
     突然の出来事に思わず身を翻そうとした昌の腕を、枷々・戦(左頬を隠す少年・d02124) が咄嗟に掴んで止める。びくりと震えた体に、戦は怖がらせないようにとすぐにその手を離した。
     代わりに、柏葉・宗佑(灰葬・d08995)が昌の前にかがみこんで目線を合わせる。
    「ミフナちゃんとハルヤくんのこと……それと、きみ自身のこと。少し、俺達と話をしてくれないかな」
     ミフナとハルヤ。二人の名前に、ぴくりと昌の瞼が震えた。勢いよく持ち上がった両手が、目の前にあった宗佑の胸元を引っ掴む。
    「あんた……っ二人のこと知ってんのか!? 父さんも母さんも……おばさんたちだって分からないしか言ってくんなくてっ俺、も……っもう、二人に会えないなんてことないよな?! どっかにいるんだろ? なあ!」
     途端に饒舌になった昌の叫びを、灼滅者達は静かに受け止めた。そうして昌が言いたいことを言い終えてぐっと唇を噛みしめるところまで待って、宗佑がそっと昌の手を掴んで離させる。
     昌の斜め後ろにいた村上・光琉(白金の光・d01678)は昌の必死さに胸を痛めながらも、
    「俺達が知ってることは、全部教えるよ」
     と告げた。
     例えそれが、昌にとって知りたくないような真実でしかないとしても。その真実から逃れては前に進めないということを、灼滅者達は身をもって知っていた。

    ●拒絶
     灼滅者達の話に静かに耳を傾けていた昌は、途中から目を見開いて体を強張らせ、最後にはかたかたと身を震わせていた。
    「じゃ、あ……ハルヤは本当にし、しんじゃ、って……ミフナは化け物になったって……そういうのかよ? そんな話を信じろってのかッ!!」
    「ああ、そうだヨ」
     声を荒らげる昌に、あくまで落ち着いているクリスの声が応える。
    「マサ、君は分かってルはずダ。少なくとモ君が言うバケモノ……ヴァンパイアの存在は、否定出来ナイはずだヨ」
     諭す様にゆっくりと続けられる声に、昌の顔がだんだんとうつむいていく。
     暫くして、そうだよ、と力のない呟きが地へと落ちた。
    「俺はおかしい。のどが渇いて仕方ないんだ……でも、これってミフナのせいってことなんだろ? 俺が、このままでいれば」
     ――ミフナと同じところに行けるってことなんだろ?
     そう言って前へと向けられた瞳は、仄暗い光を宿していた。まずい、と光琉が首を振って否定する。
    「でも、その時きみは、今のきみではいられない。ここで昌君が闇に堕ちる事なんて、ハルヤ君やミフナさんも望んでいないはずだ」
     しかし、そんな光琉の言葉も、今の昌には届かない。
    「でもッ!!」
     八対に瞳を振り切るようにして放たれた声が、赤い涙に濡れた。
    「このままでいたって二人が戻ってこないならっ俺だけが今のままでいる意味なんてねぇじゃねぇか!!」
    「昌君っ」
     昌の体が、緋色のオーラに包まれる。漏れ出すその闘気に、宗佑が仕方ないと殺界形成を行った。
    「ボクがボクであるために」
     握りしめたナイフを額に当てた殊が、祈るように目を閉じて解除コードを唱える。
     殴りかかってくる紅い拳を、志織は妖の槍で受け止めた。小さな拳には到底ふさわしくないその重みに、両の肩が悲鳴を上げる。
    「強い……攻撃、です。これはきっと君の心の痛み、心の叫び。……でも、そんなものに負けて良いのですか。誰にでも、抗い続け血反吐を吐いても譲れない物がある。私にとっては共に戦う仲間と、灼滅者としての矜持。君にとっては――」
    「うるせぇッ!!」
     何も言うな、と激昂した昌が、掌を突き出してどす黒い赤の十字を放つ。
     大きく揺れるその瞳を見て、戦はああ迷子だな、と思った。行先を見失って、それでもこの先にあるはずだと信じて進むしかない、無力な子ども。
     大事な人を突然失った時、人はきっと誰もがこうして途方にくれるのだ。
    (「俺も、そうだった」)
     じくりと、左頬の火傷の痕が疼く。それをガーゼの上から抑え付けて、戦は昌! と声を張り上げた。
    「二人が大好きだったなら分かるよな? ミフナとハルヤがお前をどれだけ大事にしてたか、どれだけ大切に思ってたか!」
     昌の身体が震えるのに合わせて、緋色のオーラが大きくぶれる。
    「昌くんの二人を大事にする気持ちは、誰かを傷つけるものにはならないはずだよ!」
    「抗ってくれ、昌……! 人であることを諦めたらだめだ」
     畳み掛けるように続ける薙乃と恢の言葉に、昌はわなわなと唇を震わせた。ぶわ、と昌のまとうオーラが膨らむ。
    「あいつらが、俺の世界だったんだ……俺の世界は、もう終わったんだ!」
     重い責苦の乗せられた十字が、薙乃の体を切り裂いた。

    ●揺蕩
     光琉の放った温かな光が、昌の攻撃に耐え続ける灼滅者達を癒す。何度拳を振られようと、八人は語りかける声を途切れさせはしなかった。
     志織の影が、昌の体を包み込むようにして縛る。それでも尚暴れようとする昌の腕を、恢が捕えた。
    「昌、聞いてくれ。俺も昔、両親を失った」
     決して同情を誘う様な声ではない。ただ真摯に語りかけてくるその強い瞳に、昌が僅かに力を緩める。
    「俺の世界も、あの時に一度終わってしまった。何度か死のうと思ったけれど、誰かが生きろと言ってくれた。……だから、昌。きみが世界のすべてを失ったなら、俺たちがきみに新しい世界を見せたい」
     もう、誰かが絶望して闇に落ちる姿は見たくない。ぐっと拳を握りしめる恢に、薙乃が眉を下げて微笑みながら続いた。
    「わたしも、ヴァンパイアになりそうになったよ。その時はやっぱり怖かったし、混乱した。一杯悲しい想いもあった。でも、今は良かったって思ってる。同じような悲しい気持ちをしている人を、助けられる――この力はそう使うって、決めたから」
     ふる、と震える昌から、しかし緋色のオーラは消えない。うあう、と呻くような声と共に、昌は志織の影からもがき出た。
     我武者羅に投げ出された拳を、クリスが避けることなく鬼神変で受け止める。
    「っ、今のままでハ、思い出の中のミフネとハルヤにも二度トあえなくなるガ……それでいいのかイ」
     時おりちらつく『迷い』に問いかけるように、拳を合わせたままゆっくりと問う。昌の瞳が、はっと見開かれた。
     弾かれたように身を退いた昌の背中を、宗佑の槍から放たれた冷気のつららが貫く。
    「が、は……ッ!」
     バランスを崩した体を、宗佑の霊犬・豆助が抑え込んだ。
    「二人はもういない。別れはいつだって辛い。それが理不尽なものなら尚更。だけど、昌くんが何もかも諦めてしまったら。ふたりは心の底から笑ってくれる?」
    「……あいつらは、もういないんだろ! もうほっといてくれよ! あんたらには関係ないだろ!」
    「確かに二人はもういない。失った世界はさ、戻せないんだよ。それどころか、このままだと油川は油川のままではいられない。二人が大好きでいてくれた自分を、油川はそんなに簡単に捨ててしまうの?」
     暴れて跳ね起きる昌に、ジグザグに変形した刃を振りかざす殊が続く。どこか自らにも言い聞かせるような二人の言葉は、昌に重くのしかかった。
     力なく左右に振られた昌の頭は、拒絶を表しているのか、それとも――
    「大切な人に置いて行かれたっていうのも、闇の底までもついていきたいと思ってしまうのも解る。でもそれじゃいけないんだよ。押し付けかもしれないけど、つらくても踏ん張らなくちゃ」
     昔の僕がそうだったように。そう言って瞬く光琉の裁きの光条が、昌を貫いてきらきらと輝く。
     傍らに立つ木へと叩きつけられた昌に、すでに闘志はなかった。途方に暮れた様な目が、それでも確かに助けて欲しいという意思をもって八人へと向けられる。
    「俺……も、わかんねぇよ……っ」
     ぽた、と頬を伝う涙に、灼滅者達はああ、と安堵のため息を吐いた。
     大丈夫だ。この子は、もう大丈夫。――そんな確信が、八人の心に宿る。
    「一人はさみしいってわかるから……ボク達が傍いるよ」
     殊が目を細め、優しく言う。
    「きみの世界を紡ぎ直すお手伝いをさせてくれないかな」
     穏やかな表情を崩さない宗佑が、促す様に微笑む。
     それだけで、昌は不思議なほどに安心していた。くたりと木に身を預ける昌の身体から、全てを吐き出す様な赤が溢れだす。
    「心配するな、その闇、俺たちが砕く。俺たち――灼滅者が」
     言葉と共に恢の影がむくりと起き上がり、戯画化された悪魔の形をとる。恢が悪魔の手を取り引きちぎると、手の形をした影は捩れて槍へと姿を変えた。
     昌の闇を貫くような一撃が、赤いオーラの中に一点の穴を開ける。
    「戻って来い昌!! 一緒に居るだけが全部じゃない!」
    「ミフナさんの心を救えるのは昌君だけなのです! どうか、闇に負けないで……!」
     戦のフォースブレイクと志織の螺穿槍が、昌の闇を撃ち砕いた。

    ●昇華
     気を失った昌の体を清めの風で癒してベンチに寝かせておいたクリスは、視界の隅でぴくりと動いた指先にくるりと体ごと振り返った。
    「オハヨウ、気分はどウ?」
     まるで先ほどまでの戦闘の激しさなど感じさせない落ち着き払った声に、昌はぱちくりと瞬きをした。そしてゆっくり身を起こし、辺りを見回す。
    「……あ、おれ……」
    「固いことは言いっこなしだぞ」
     すぐに眉を下げて謝り出しそうな顔になった昌を、戦の明るい声が止めた。ぽん、と昌の頭に置かれた手が、わしゃわしゃとその髪をかき混ぜる。
    「辛かったろ、よく踏みとどまったな」
     じんわりと胸の内まで届くような声音に、昌はぐっと唇を噛みしめた。
    「あ、あんたらさ! けっきょく、なにもんなわけ? 正義の味方ってやつ?」
     その瞳を湿らせるものをごまかす様に、へらっと笑って問う。恢は正義の味方か、と苦笑した。
    「残念ながら、そんなたいそうなもんじゃないな」
    「灼滅者っていうんですよ」
     先にしたヴァンパイア、闇堕ちの説明とつながるように、志織が丁寧に説明をする。
     ベンチに座ったまま話を聞き終えた昌は、期待と不安を半分ずつ抱え込んでいるような変な顔をしていた。
    「何より大切なものがあるのだから、きっと誰より強くなれます。学園に来ませんか?」
     そんな不安を振り払えればいいと、志織が微笑んで手を差し伸べる。昌はちらりと差し出された手を見、志織の顔を見、くるりと他の七人を見回した。
     宗佑の霊犬・豆助が、昌の足元にたた、と近づいてわん! と元気づけるように一声鳴く。
    「でも、俺、めいわく……」
    「あー! だからそういうのなしだって」
     ためらう昌の頭を、戦が上に置いたままの手でぐらぐらと揺らした。
    「僕達が君を引き留めたんだ。二人の代わりになんてなれやしないけど、一人ぼっちになんてさせないよ」
    「別の新しい世界、一緒に探して欲しいな。ボク達と友達になってくれない?」
     光琉と殊が、笑いながら続く。
    「ね、昌くん」
     ぽん、と宗佑が昌の肩を叩いた。
     ゆるゆると持ち上がった手が、ようやっと志織の手を取る。
    「よ、よろしく……」
     へこ、と下げられた頭に、薙乃は両手でガッツポーズをつくって笑った。
    「偉そうなこと言ったけどわたしも妁滅者としては全然まだまだなんだ。だから、一緒に頑張っていこうね」

     なあ、聴こえるか。
     お前らが、俺の世界の全てだった。そんな俺の世界を、広げてくれた奴らがいるんだ。
     もしお前らがここにいたら、早く行けって、笑ってくれるよな?
     なあ――ミフナ、ハルヤ。

    作者:なかなお 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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