【回帰ディストピア】哭き、そして

    作者:中川沙智

    ●昏き静寂
    「なに、しに……来たの……」
     迷宮を攻略する者達の存在は、自然と作り手である主――ノーライフキングの『渕上・笙子』にも伝わってくる。足元まで届くばかりに長い長い黒髪を持つ少女は、蔦で覆われた王座とも言えぬ椅子に、膝を抱えて座っていた。
     髪は無造作に、大きな三つ編みにされている。その髪を受け止める華奢な肩と片腕は、水晶の煌きを宿している。
     彼女は不快感を隠しきれていない。初めて作った迷宮、まだ作ったばかりだというのに。やっと手に入れた安寧の地であるこの場所を、踏み躙られる事に嫌悪を覚える。知らず眉間に皺が寄る。
     指先だけでアンデッドの幾らかを増援へ送り出す。窪んだ眼窩の奥に、いのちの豊かさを持たぬ緑の瞳がある。
     扉の向こうを睨み付ける。
     帰れ還れ。元居た場所へ、朽ち果てた地の底へ。
    「……目障りに、耳障りになるのなら容赦しないわ。緑へと還るといいのよ」
     誰であっても。
     そう呟く彼女の声は無垢であるが故の残酷さに満ちている。
     この小さな箱庭を再び静かで安らかなものにするためならば、どんな手段でも講じよう。そしてゆくゆくは静謐な地下の世界を広げ、アンデッドを送り込みすべてを闇で覆ってしまおう。
     眩しい光も雑音も必要ない。
    「邪魔は、させない」
     静寂に。
     響く声。
     
    ●それは終わりへとつながる、
    「王座の間なんて作っちゃって」
     嘆息気味に零すのはジンジャー・ノックス(十戒・d11800)。
    「魔王様を気取るつもりなら、私達は勇者様ご一行」
     私はプリーストってところかしら、と微笑む面持ちには自負がある。負ける事などない。すべての始末は、ここでつけるという決意。
     彼女の振る舞いに触発されたのか、科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)も力強く頷く。闇を抜けた先、文字通り屍を越えた先にもうすぐ辿り着くのだ。
     棲天・チセ(ハルニレ・d01450)は親しんでいた自然とは違う緑が這う扉を眺め、蒼穹の瞳を眇める。改めて気を引き締めようと心に決める。
     それは奏森・あさひ(騒ぐ陽光・d13355)も同様だ。迷宮踏破時のように、明るく楽しい気持ちは忘れはしない。だがその中に確かな真剣さを据えるのだ。
     まずは突破する事を第一に考えようと、鬼無・かえで(風華星霜・d00744)は考えていた。そして仲間達は誰一人欠けることなく、王座の間の扉の前に立っている。
     この先に待つのは迷宮の主ノーライフキング。
     怖さはない。むしろ気分は高揚する。
    「この先に強い敵がいたらいい。それと全力で戦えたらいい」
     扉の向こうを見据える二夕月・海月(くらげ娘・d01805)の短い夜色の髪が、さらりと揺れた。仲間達の背を守る結城・桐人(静かなる律動・d03367)の眼差しにも、揺るぎはない。
    「行こうぜ、大将の面拝みに」
     暗い雰囲気を払拭するかのように、原坂・将平(ガントレット・d12232)が不敵な笑みで扉に手をかける。

     その瞬間、響き渡る声。
     はっきりと込められた拒絶の意思。
    「――還れ!!」


    参加者
    科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)
    鬼無・かえで(風華星霜・d00744)
    棲天・チセ(ハルニレ・d01450)
    二夕月・海月(くらげ娘・d01805)
    結城・桐人(静かなる律動・d03367)
    ジンジャー・ノックス(十戒・d11800)
    原坂・将平(ガントレット・d12232)
    奏森・あさひ(騒ぐ陽光・d13355)

    ■リプレイ

    ●終わりの、はじまり
     空気を割るが如き幼い声。
     だが、灼滅者達は誰一人として退く事はなかった。
     原坂・将平(ガントレット・d12232)は少女の拒絶に怯まない。扉を勢いよく開け放つと、派手な音を立てて道が開かれる。
     終末の名を冠したモーターガンの先端、明かりに照らされ浮かび上がるのは少女の姿。
     艶のある黒髪は若葉のよう。憎々しげに灼滅者達を見遣る眼は緑。しかし水晶と化した片腕が、彼女が他ならぬノーライフキング、この迷宮の主であることを知らしめる。
    「あんたで十七人目だ」
     先に倒した十六体、否、十六人のアンデッドを想う。もう一人、屍と化すべき相手がいる事を心に刻む。
    「蔦の扉守る迷宮の主さん、お邪魔させてもらってるんよ。あのね、……ここまで来たからには還れないんよ」
     昏い色彩で満ちる空間に、棲天・チセ(ハルニレ・d01450)の東雲色の髪が揺れる。迷宮の最奥、ようやく対面した主。響いた声は何かに怯えて虚勢を張る子供のようだ。光届かぬ暗い場所は主の心とひどく似ている。
     ジンジャー・ノックス(十戒・d11800)も目を瞬く。迷宮の主がこんな小さな子だとは思いもよらなかった。
    「勝手に入ったのは謝るわ。だって、ほら……呼び鈴がなかったから」
     少し眉を下げる。けれど胸に息衝く感情は抑えられない。
     コルベイン派によって引き起こされた阿佐ヶ谷の悲劇をジンジャーは知っている。手加減なんて、出来ない。歯の奥を噛み締める。
    「出会ったんだ。名を問いたい」
     朴訥とした声で問うたのは結城・桐人(静かなる律動・d03367)だ。怪訝な表情を浮かべる少女に、桐人は続ける。
    「俺も名乗ろう。結城・桐人だ。君は」
    「……渕上・笙子。でも、なぜそんな事を訊くの。還ってくれもしないくせに」
     還るつもりなどない。それは全員の共通認識だ。二夕月・海月(くらげ娘・d01805)も様子を窺うように桐人の顔を見る。
     桐人自身、語調がぶっきらぼうな自覚はある。戦闘に入るまでという前提でだが、極力丁寧に言葉を紡ぐ。
    「語る猶予が、あるならと思った。……還れ、とはどこへ? 笙子、君はどうしたい?」
     苦い顔。喩えるならばそんな表情で、笙子は嫌悪感も露わに肩を掻き抱く。
    「随分ね。わたしはただ静かに過ごしていたかった。蹂躙したのはそっちじゃない……!」
     幼い子供が癇癪を起こしたような叫び声。
     立ち上る気配は確かに屍王と呼ばれるにふさわしい、強大なもの。
    「帰れ、元居た場所へ。還れ、朽ち果てた地の底へ!」
     これ以上会話を続けるのは難しいだろう。桐人は微かに首を横に振る。
    「……還るのは俺達じゃない、君だ」
     緊張が走る。各々が殲術道具を構える。
     進む前に呼吸をひとつ。視線を上げ、鬼無・かえで(風華星霜・d00744)は着実に一歩を踏み出す。
     後は迷宮の主を倒すのみ。とはいえ慎重に確実に事にあたらなければならない。培ってきた気合と集中力は、そのために抱いているのだと再認識する。後方支援に努めると決めた奏森・あさひ(騒ぐ陽光・d13355)もそれは同じ。明るく楽しく真剣にというスタンスは、ずっと彼女が保ち抱き続けてきたもの。
     これから臨む戦いにおいても、それは変わらない。軽くステップを踏めば、脈動が自分に力を与えてくれる。
     科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)は灰色の瞳で、強く強く、少女を見据える。
    「――絶対ェ全員で、太陽の下に戻るからな」
     それは決意。
     屍王の少女を倒し、灼滅者達が勝利を掴むための。

    ●緑の黒髪
     部屋の隅、最大出力に設定された照明が部屋を煌々と照らす。
    「かくれんぼはお終いだ!」
     床を蹴り、いち早く笙子に接敵したのは海月だ。エネルギー障壁の盾で力づくで殴りつける。有無を言わせる隙など与えはしない。
     さあ手合せ願おうか。屍の兵隊はもう倒してしまった、残るは主ただ一人。海月の気概は昏い迷宮を抜けた後でさえ、幾許も緩んではいない。
     続いた将平も一気に肉薄し、拳に稲光を纏わせる。周囲を見渡せば彼女が築いた王国がある。大切な箱庭かもしれない、けれど。
    「ここで終わりにしようぜ」
     呟きと共に拳を突き上げる。体重を乗せた重い一撃を、笙子は水晶の腕を盾にする事で軽減させる。いのちが宿らぬその姿、将平は逡巡する感情に蓋をする。
     間髪入れず霊光を放ったのは日方、狙いを定めた鋭い一閃が笙子を穿つ。
     迷宮を突破する時と同じ。短期決戦を目指し、攻撃に徹する面々の先制を存分に叩き込んだ――はずだった。
    「この程度でわたしに先んじたと思ってるの」
     見くびらないで――そう笙子の唇が模った事を、認識出来た者は存在したか。
     昏い気配の中迸るスペクトル。その形が十字架となった瞬間には前列に構えた灼滅者すべてを鋭く打ち抜く。無数の光線を避ける術など、ない。
     幾人かの武器に蔦が這い戒める。抑制こそ逃れた仲間もいるが傷は浅くない。それぞれが地に足を踏みしめどうにか堪える。
     前のめりの前傾姿勢で臨んだ灼滅者達だったが、それは格上の敵の攻撃を多人数が被る可能性があるという事だ。ジンジャーは内心舌を巻く。
    「見くびらないでもらいたいのはこっちよ」
     海月と同様少しでも笙子の攻撃を惹き付けられるよう、躊躇いもなく接敵する。ジンジャーがシールドを振り翳せば、傷口を抑えた笙子の手が怒りで震える。
     その華奢な肢体。チセの視界で笙子の姿が揺れる。
     ごめんやけど、手合わせよろしくね。口中で呟いたチセが霊犬のシキテと視線を交わし頷き合う。シキテを撫で前を任せると、送り出された霊犬は浄化の霊光を瞳に宿し、耐え切るべく自らの傷を癒していく。
     恨みはない。けれど放っておけば誰かが犠牲になる。アンデッドが増えるだけ。その現実をチセは正確に理解していた。
    「だから、せめて全力で戦うんよ!」
     意気込みが雷電へと変換される。敵前へ躍り出て拳を振るうと、チセの身体をも雷光が包み、彼女を護る力になる。
     攻撃手達の心意気に応えようと目配せしたのは、桐人とあさひの回復手達だ。
    「迷宮の奥に引きこもった王女様には負けないよ!」
     炎を模したギターを熱意と共にかき鳴らせば、前衛陣に再び戦うための力が蘇ってくる。浄化の音色は蔦の制約すら解き放った。
    「さぁ、皆! このリズムに乗って立ち上がれー!」
     彼女の明るさに触発されたのか、更に守りを固めるべく桐人も力を揮う。エネルギー障壁を広範囲に展開する。耐性をも付与し、皆が立ち続ける力となるよう。
    「ここまで来たんだ。誰かの膝を折らせて、たまるか」
     端的な言葉に潜む決意に、かえでは頷く。螺旋の如き捻りを槍に添え、笙子を大きく穿った。
     三つ編みに結っていた笙子の髪がはらりと解け、風に舞う。
     生きる力を瞳に秘めて、かえでは冷徹に事実を突きつける。
    「君の世界を壊しに来たよ」

    ●闇の水晶
    「元がどんな人間で何があったのか、教えてはくれないよな」
     序盤の桐人と笙子の会話を思い返す。日方は一瞬考えに耽ったのち、即座に殲術道具を構え直した。
     どちらにしろできるのは倒す事だけ。道は一筋で、分岐点は存在しない。
    「ありったけ叩きこめ!」
    「ああ、行くぞ!!」
     将平の声を受け連携すれば、波状攻撃となり屍王を襲う。高速の動きで背後に回り込むとナイフで服ごと袈裟切りにする。大きく背を反らせた笙子の隙をつき、将平は回転による威力を上乗せした一突きを見舞う。
     こんな庭園迷宮だから、主は老人だと思っていた。幼い女の子という事を意外だと思わなかったと言えば嘘になる。
    (「でも君はもう戻れないダークネスなんだね」)
     だったら。
    「……ごめんね、ちゃんと倒してあげる」
     きっと話し合いは出来ないだろう。その分かえでは拳で己が信念を貫くと決めている。破壊力を上乗せした大量の弾丸を連射すれば、笙子の周りに炎の灯りがちらつく。苛立っている事がわかる。
     魂の奥底に眠る闇を引き出し、笙子が自らの傷を塞いでいく。その身に術力も蓄えられていく姿を見過ごさず、ジンジャーは叱りつけるように言い放つ。
    「諦めたらどうなのよ。……わからない子ねッ!」
     超硬度の拳を振り抜けば笙子に宿った魔力が破裂する。憎々しげな表情の笙子に、ジンジャーは問うた。
    「ひとつ聞かせて」
     気になっていた事がある。この迷宮が生まれた発端ともいうべき、出来事。
    「貴女は不死王戦争を知っているのよね。あの阿佐ヶ谷地獄をどう思った?」
     阿佐ヶ谷地獄、まさに生き地獄としか言えぬ凄惨な事件。引き金となったのがコルベイン一派であることは、灼滅者達も知るところとなっている。
    「……何を言っているの」
    「え?」
     怪訝な顔をするジンジャーに、笙子は癇癪をぶつけるように怒鳴りつけた。
    「わたしはずっと『水晶城』の内部、春の宮にいたのよ。不死王戦争は知ってる、そう、……今みたいに貴方達灼滅者が静寂を壊しに来た!!」
     ジンジャーは弾けるように理解する。目の前の少女は阿佐ヶ谷地獄を知らない。
     春の宮で教育を受けていたところ、不死王戦争で灼滅者達の侵入を許すに至り、初めて出撃することを余儀なくされたのだ――彼女達は。
     そして水晶城が崩壊し、身を護るための迷宮作りを余儀なくされた。
     そして。
    「もう二度と踏み躙らせたりしない!」
     声と共に放たれたのは呪い。すかさず前に滑り出て庇ったのは海月だった。彼女の足先が徐々に石化していく様子に、咄嗟に桐人は朗々と歌声を響かせる。更にあさひが小さな光輪を生み出し盾と成せば、海月を蝕む石は剥がれ傷も見る間に回復していく。
    「燃えてくるね! それじゃ、もっと激しく、いっくよーっ!」
     あさひが声も高らかに宣言する。
     負けたりしない、士気は高まり、退くつもりなんて毛頭ない。何度でも立ち向かうだけの熱意と気力を、彼女の支えによって培われる。
    「……えと、大丈夫?」
     先程の会話を気にしているのか様子を窺うチセに、ジンジャーは口の端を上げ不敵に笑んでみせる。
    「やることは変わらないわ。そうでしょ?」
     彼女の言葉に頷いたのは桐人だ。
     深い深い深淵を覗き、それでも目は逸らさない。
    「さぁ、還ろう。暗い迷宮の奥から解き放たれよう」
     それは誰に宛てた言葉だったか。

    ●はじまりの、終わり
     役割分担を明確化し攻撃を優先させた灼滅者達の作戦は功を奏した。目の前の屍王から徐々に余裕が消えていくのがわかる。
     だが癒しの術を持ち確かな力量を備えたノーライフキングとの戦いは、灼滅者達にも決して浅からぬ傷を植え付けている。制約を解除すべく動いても、また別の制約を孕む攻撃が織り交ぜられる。コルベイン一派の『教育』の賜物だろうか。
     呼吸が荒い。己の傷が癒しきれぬと悟った日方は、回復の音色を紡ごうとしたあさひを手で制止する。
    「え、でも」
    「いいから! 他の奴を優先してくれ」
     だがただで倒れてやるつもりなど毛頭ない。喰らいつく。この手にしかと手応えを残すのだ。そして、陽のあたる場所に帰ってもそれをずっと憶えている。ナイフを握りしめると、その重さに改めて胸の奥が詰まる思いがした。
     多分、いや間違いなく相容れない。還るならこんな所じゃなくて――歯の奥を強く噛み締め、日方は顔を上げた。
     闇に呑まれたくない。生きて太陽の下に還りたいと、こんなに強く願ったのは初めてかもしれない。
     地面を蹴る。即座に笙子の足元に滑り込んだ日方は刃を振るう。脚の腱を斬られ叫びを上げた少女に、声が降りた。
    「あんた、渕上・笙子っていったな」
     噛み締めるように呟いた将平に、笙子は瞠目する。
    「言ったでしょう……なぜ、そんな事を訊くの。わからない」
    「それでも、覚えておきたいんだ」
     王座の間を見渡す。昏い箱庭。緑と闇、静寂に満ちた場所。ダークネスとて元は人間、堕ちる理由もあったのだろう。
     重いが、自分達も戦いを選んでここに居る。この王国のバベルの鎖が世界を闇で覆うなら壊す、片をつける覚悟がある。
     だから尚も、将平は口を開いた。
    「……暗くて、静か過ぎるのは寂しいだろ。必要ないなんて言うなよ」
    「そんな事ない。光なんていらない。音なんていらない」
     将平の言葉に笙子は頭を振る。僅かに垣間見える、幼い少女の表情。
    「静かで安らかで、穏やかであればそれでいい。それでよかったのに。どうして邪魔をするの。どうして……!」
     暗黒郷。人としての尊厳や人間性を否定する、そんな世界が誰かの脳裏をよぎる。
     窪んだ眼窩の奥、緑の瞳は一体何を見ていたのか。知る由もない。
     だが相手はダークネス。ノーライフキング。その相容れぬ存在に一瞬眉を顰め、海月は毅然と口を開く。
    「眠っているだけなら見逃せた。でもそれだけのハズがない。そうだろ?」
     日月を経る度に強力になるノーライフキングの迷宮、そして屍王自身。いずれ闇を広げようとする若芽を、見過ごすわけにはいかないのだ。
     摘み取らねばならない。だから退かないし負けない。凛と伸ばされた背筋は迷わない。
     海月がクー、とくらげの形の影業を呼んだのが最後の合図。霊光を宿した影業は一分の狂いもなく連打を繰り返す。暗闇に閃光が唸る。
     鳩尾に入った一撃が止めとなった。笙子は慟哭にも似た叫びを上げ、水晶の腕に亀裂が入る。
     そして――罅割れ、崩れて、塵となる。
     壊れた砂時計のように、地に還った。

     静謐が支配する世界。
     自然と灼滅者達も言葉少なになる。迷宮を完全踏破したという達成感はある。帰り道に何か情報を得られないかと算段し、仲間内で幾らかの会話を交わした後。
     それでも侵しがたい沈黙が、横たわる。
     長かった一人の時間はお終い。亡骸も残さずに消滅した少女の面影を胸に抱き、チセは目を伏せた。
    「チー、戦えて、楽しかったよ。おやすみなさい」
    「今度は日の当たる世界で会えるといいね」
     かえでの呟きが緑に触れる。微風がそっと、白く短い髪を揺らす。ジンジャーは己が母親役を担う子と、少女の年頃がほぼ同じであった事を改めて思い返す。
     僅かに震える空気に浸り、桐人は瞑目する。
     冥福を、祈る。
    「……回帰するその先は、もうディストピアじゃない、はずだから」
     脳裏にすべてを焼き付けるかのように、将平も瞼を閉じる。
     もはや誰もいない箱庭と、十七人目の少女を想う。

     ただ、静かに。
     静かに。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 4/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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