渓谷バーベキュー~May day~

    作者:麻人

     メーデー、メーデー。
     夏の訪れ、晴れ渡った青空の休日。
     少しずつ暖かい日が増えて、緑は陽にまぶしく、爽やかな初夏の風が吹くようになるとこんな欲求がむくむくふくれあがる――外で遊びたい!
     
    「……そして、おいしいお肉も食べられましたなら、恐悦至極」
     一色・リュリュ(高校生ダンピール・dn0032)もまた、そわそわと夏が高まる日差しに心を躍らせる一人だった。

     外+夏+肉=バーベキュー。
     
     いささか食欲の先行した選択だが、みんなで好きな食材を持ち寄ってわいわいと焼いて、食べて、焼いて、食べるのは楽しそうな気がした。
     秋には紅葉でしっとりと色合いを変える渓谷も、初夏には青々と茂る木々が力強く枝葉を伸ばしている。
     涼やかな川の流れと緑を背景に、河原でバーベキュー。
     野外炉や鉄板、金網、アルミ鍋、包丁などが現地でレンタルできるので、肉や野菜を串に刺して焼くほか、飯盒炊爨やカレーなどちょっとしたキャンプと同じような調理もできる。
     ちなみに直火(たき火)も可。石焼きいもや鮎の塩焼きみたいなこともできる。
     近くに売店もあってそちらで食材を揃えることもできるが、包丁と野外炉以外は持ち込めるので、これだけは譲れないといった独自の食材を持参することも可能。もちろん、食い足りなかったらそちらで補充すればいい。川の流れは緩やかで水遊びも楽しめる。
     泳ぐにはまだ早いけれど、沢蟹や小魚、貝などと戯れる子供たちの歓声が今にも聞こえてきそうな、初夏の渓谷――。

    「切って焼くだけなら、私でもできそうな……」
     不器用なリュリュはひとりごちる。
     そう、バーベキューとは究極的に言えば、切って焼いて、食べるだけ。
     メーデー、メーデー。
     レッツゴーレッツゴーバーベキュー。


    ■リプレイ

    「はい、おにぎり。焼いて欲しい人はそこに並べて」
     玄冬は鉄板を熱しながら【ふたりごと】の面子に尋ねる。ジュースを注いでいるのがアイラ、デザートを準備する蘭丸に智優利は「あーん」をねだった。
    「おい、それまだ生……。ったく、食べるならこれ、ほら」
     学子の差し出した皿をランジュは遠慮がちに受け取った。まだ打ち解けていないのか顔色をうかがうような仕草を見せるが、肉を焼く作業を引き受けた千秋から次々と料理を渡されて今は食べるのに忙しい。
    「ふん、なんで俺がこんなことを……」
    「せんぱい、そんなこと言わずにぃー。これも焼いてください」
     まるで仲の良い兄弟のようにレンと織音がじゃれあっていたが、ふとおかしなことに気づいて首を傾げた。
    「ん? このきのこは一体?」
    「皆までいうな、俺が取ってきた」
     犯人――業慧は鉄板の上に色とりどりのきのこをまくが、これらは果たして食べられるものなのだろうか?

     緑一色に染まる渓谷は当然、野草の類も豊富である。
    「それ、食べられますの?」
     白い絆創膏だらけの指先で藤乃は白い花をつけた草をくるくると回した。
    「軽くゆでたら結構いけるよ」
     手際よくパンを切り分ける允はともかく、供助がテキパキと材料を焼いては仕切っている姿は外見から受ける印象とは裏腹なものがある。まるでお母さんだ、と本人が聞いたらデコピンを食らいそうな感想を抱いてしまう允だ。
    「ほい、魚にきのこにソーセージ……そっちの串肉も寄越してくれー」
    「はーい!」
    「希沙、指はもう大丈夫?」
    「へへ、手当ありがとでした。あっ、炭が足らんとちゃう? これから爺ちゃん差し入れの海老がご登場やのに、もー。ふじ、火の番おねがいねー!」
    「はい、希沙ちゃん、お気をつけて!」
     もらってくるわ、と駈け出す希沙の分まで一生懸命火を見つめ続ける藤乃。火の通ったニンニクとトマトの香ばしい匂いが漂ってきて――思わずくぅ、とお腹が鳴った。

     【刺繍倶楽部】のみならず、河原のバーベキュー場には部活や学級の仲間同士で舌鼓を打つ学生たちの姿が目撃されている。
     とりわけ異色なのは高級いちごを鉄板の犠牲にしようとしている【†月灯†】とトマト入りカレーを煮込む【あかいくま】、そしてバームクーヘンの実演に勤しむ【宵空】といったところ。
    「えっと1粒2000円の苺を焼くのはいつがいいでしょうか?」
    「やりたい人がいればどうぞ。ちゃんと味見はさせていただきますよ。まあ、普通のフレッシュなイチゴもちゃんと持ってきてありますが。っと、こっちもう焼けましたよ。次は焼鳥に焼きそば、と」
     七波にあしらわれたディアスは反省するどころか五パックもあるいちごを両手に捧げて不吉な笑みを浮かべる。周りがざわりとするなか、睦月だけはトングで肉をひっくり返すのに夢中で気づかない。
    「ん、しょ、っと。できた! ちゃんとひっくり返せましたよ!」
    「うまいじゃない。そうだ、食後のお茶とデザートを用意してきたから楽しみにしていてね」
    「わあ、楽しみです!」
     無邪気な笑顔が見れるのなら主催の姫恋としても嬉しい。と、隣からはややスパイシーな香りが漂ってくるではないか。
    「えっ、カレーにトマト入ってたんですか!?」
     司の驚愕も当然で、彼が飯盒炊爨に勤しむ間に煮込まれたカレーにはトマトの形も色も見えない。
    「で、でもめちゃ美味しい……」
    「ふぁーむから持参した野菜ですからねぇ。他にもじゃがいも、人参、玉葱、南瓜。はい、平坂さんもどうぞ」
     甘めを意識した嘉月の配合は成功を収めたらしく、一口頬張った月夜はみるみるうちに顔をほころばせた。
    「にゅ、サラダもカレーも美味しいのですー♪」
    「それはよかった。平坂さんが手伝ってくれたおかげですよ」
    「あ、サラダ食べるならドレッシングあるよ! 和風、シーザー、ごまどれがいい?」
     とき手製のサラダは新玉ねぎとカイワレ大根にハムを和えた初夏の味覚。だが、美沙はセンスの先で皿をぐいと押しやった。
    「じゃから、肉だけあればよいというておるではないか! って、うぉい、こっちも野菜が肉と一緒に串に刺しておるとは……! そなたら、BBQを何だと心得ておる!?」
    「えーと……何でも好きなものを焼いて食べちゃえるパーティー料理?」
     どうぞ、と春陽にすすめられたものを前に美沙は首を傾げる。
    「なんじゃこれは?」
    「炙ったマシュマロをビスケットに挟んだの」
    「まあ、素敵ですわ」
     横合いから手を伸ばしてきたのは妹の慧瑠で、彼女は姉の手にそっと肉と野菜が交互に刺された串を渡した。放っておけば肉食動物よろしく暴走するであろう彼女の手綱を引き締めるのは慧瑠の役目である。
     一方、【宵空】では不測の事態が発生していた。
    「お、おもいです……!」
    「由愛、こっちに渡してほら、早く。あっ……」
     葵の応援むなしく、こんもりとまるで漫画肉のように膨れ上がったバームクーヘンが真ん中あたりでポキリと折れて鉄板の上に落ちてゆく――否、落ちた。
    「あー……」
     隣で焼きそばをかき回していた臣がのんびりとした声をあげ、バーベキューらしからぬ豚串にせっせとねぎと豚肉を刺していた司はその瞬間を見逃した。
    「リリース、OK」
     向かいで野菜や肉の焼き加減を確かめていたイヅルがとっさに救出を試みる。裏面が見事に焼け焦げたバームクーヘンを串の先でつついていた嵐は、「食ってくれー」というバームクーヘンの言葉を聞いたとか聞かなかったとかでひとくち味見してから、指先で丸を作った。
    「……いける」
    「あーん、失敗してしまいました!」
    「大丈夫大丈夫。杠もああ言ってることだし、切り分けてもらって皆で食べよう」
    「では、このスパークリングでショコラ的な飲み物の出番ですね」
    「あ、あたしは茶でいい。ジュースもあんよ」
    「……じゃあ小鳥遊先輩……」
    「佐藤先輩、醤油ならここに」
    「あ、どうもお母さん。んー、このゲソの歯ごたえたまんねーなー」
    「誰がお母さんだ。……って、由愛、こぼしてる。焼けたのとってあげようか?」
    「こっちのエビも焼けたよ。剥ける?」
    「…………」
    「おや、どうしました? 今なら焼きそばセットがお得ですよ」
    「わ♪ おいくらですかぁ~?」
    「なんと無料です」
    「…………」
     
     部活動ごとに特色ある料理(と飲料)が次々と登場する中、【ルーシリア魔術師団】のアンカーは顔を真っ赤にして姉を『悪魔』と罵った。
    「わ、私ごときには高嶺の花ですとも!」
     子供扱いするだけならともかく、『そこ』は触れられたくないアンカーの弱味である。
    「ありがとう、理翠さん」
    「熱くなかったですか? 次はどれをあーんしましょうか。アンカーさんのドイツソーセージ、美味しそうですよね」
     と、理翠の目がアンカーをとらえた。
    「どうかなさいました? お顔が赤いような……」
    「いえ、これはその、……ああもう、全部ステラお姉様が悪いのですよ!」
    「あら、聞き捨てならないわね。はっきりしない貴方がいけないのよ」
     まるで本当の姉のように従弟の口を拭いてやりながら、ステラ曰く――「アンカー、貴方はどっち(辻郷様と小柏様)が本命なの?」
     経緯を知らない理翠はきょとんと首を傾げていたが、大体を把握した奈々は普段とは違うアンカーの慌てぶりを存分に堪能した挙句、「今日は両手に花どころか花束ですね、アンカーさん」などとからかう余裕を見せつけた。
     一方、色気より食い気としか言いようのない者たちも存在する。【沈黙】の面々が取り囲むテーブルの上には肉塊改め肉山が調理の時を待って鎮座していた。
    「ふっ、今月のバイト代全てをつぎ込んだ勇姿を見よ」
     ぱちぱちぱちとあがる拍手、賛歌の効果音。
     無論、対象はそれをもたらした者ではなくて物ソノモノへの期待である。肉が肉として目の前にある以上、「円理先輩のバイト代」は単なる前世の名称でしかなかった。
    「しかし、主役は肉だけではないの、よ……?」
    「む、こら。野菜帝国の侵略など俺の目の黒いうちは許さんぞ。秋乃、加勢を頼む」
    「なるほど、陣地取り合戦ですか。バランスは大切です……が、BBQは弱肉強食。ごめんあそばせ、千花さん」
    「あ、う、う……」
     信はたおやかな笑顔とは裏腹に容赦のない箸捌きで肉を並べてゆく。
     ならば、と千花の取り出したる最終兵器――岩塩とバターで完全武装されたじゃがいもは円理の苦悶をそそるに充分過ぎた。その後の事はもはや、語るに落ちる。

     【F・H】における御目付け役と言えば彩花をおいて他にない。
    「サボッてる人はお水を汲んできて下さいね。薪にも火をつけなきゃいけませんし、ほら、そこも!」
    「あうー、私あの、基本的に食べる人なのでー」
     焼けごろの肉に箸を伸ばすフィズィの手を彩花がペシっと叩き落とした。
    「私は焼きそばつくりますね。食べ盛りですし炭水化物もがっつり取らないと」
     言うが早いか、梓は昌利のこしらえたかまどに鉄板を乗せて瞬く間に焼きそばを作り上げてしまう。焼き奉行を引き受けた久遠はと言えば、フェイント成功と肉を頬張るフィズィの皿にいつの間にか野菜を乗せたり、言われるまでもなく『平等』に箸を進める昌利の返り討ちを受けたりと忙しない活躍を見せた。
     だが、それ以上にもう一人の焼き役である彦姫が肉を配りまくる。
    「肉はちゃんと食わないとダメダメ!」
    「ですよねー」
    「はい。野菜はピーマンじゃなくてたまねぎで勘弁して頂けると助かります」
    「好き嫌いはいけないっすよ。あ、後片付けは自分とそこの拳法家さんに任せて下さい」
     乾杯、と6人はジンジャーエールの注がれたコップを掲げた。その頃、【吉祥寺高1-2】の4人はまだ材料を切り終えたばかりである。なにしろ、陽丞はこうした調理自体がはじめて。リンは逆手に持った包丁で野菜だろうが肉だろうが海鮮だろうがひたすらブツ切りにするという有様だった。
    「……貸せ。いいから貸せ」
     バーベキューなど素人でも失敗するような料理じゃないだろう、という昴の予想は見事に裏切られた。
    「へえ、上手だね」
    「お前らが下手過ぎんだよ。んな抑え方だと指切るぞ……」
    「こう?」
     昴の手つきを真似て陽丞はゆっくりと肉を切り分ける。
     最後の一人、煉はマイペースにつまみ食いをしながら不気味な赤いものの入った(タマゴダケというらしい)オムレツを作製している。
    「おお、見事に、じゅうじゅう、焼けた、な」
     リクエストのおにぎりを片手にリンはご満悦。散々仲間の世話を焼いた昴は食事が終わる頃には疲れて座り込んでしまったのだが、一人で休憩など煉が許さなかった。
    「折角此処まで来たんだ、楽しまないと嘘って奴だ……」
     ぞ、と言い終わる前に後ろから水をかけられる。
    「わっ」
     リンの次なる標的にされた陽丞は素足で川辺を逃げ惑った。木漏れ日が眩しい、まだ少し冷たい水が肌に染みる。
    「………………」
    「………………」
     全身ずぶ濡れになって霧の上に倒れ込んだ神流は、柔らかい感触に言葉を失った。食後の腹ごなしに川で遊んでいるうちに足を滑らせて、その先に気の合う男友達の――男友達のはずだった――霧がいたのが事の発端。
    「……神流、早くどけ。重い。それに不可抗力とはいえ、いつまで触っている」
    「……霧君、もしかして男の子じゃなかったとか?」
    「……お前、鈍いとよく言われないか……?」
     盛大なため息が初夏の渓流に産み落とされた。

    「見て見て克彦、むこうに魚いるよ!」
    「はぁ!? 獲れってか?」
    「あっ、カニ発見。ホラかわいー、アンタ飼えばぁ?」
    「今度は飼えってか……」
     世の中には苦労性というか、トラブルメイカーに好かれる男というのが一定確率で存在する。しかも、彼を振り回している鶴一は見た目こそ和風美人と男冥利に尽きるがその実体は――。
    「……まあイイや。すっげよくないかもしんねぇけど、肉食えりゃイイよ」
    「アハハ、肉おいし? なんか珍しい顔してる」
    「どんなだ、そりゃ」
     ま、天気もいいしたまにはこういうのも悪くない。
    「ここは自然が綺麗で、空気もお肉も美味しいです」
    「お野菜も、食べなくちゃ、だよ! 奏ちゃん、細いから、おねーちゃんは、心配、なのです、よ」
     恋と奏の仲睦まじい義姉妹は楽しそうに談笑を交わし、梓は明に微笑みかける。
    「……俺の前でくらい、『明』として居てくれるのは構わないんだがな?」
    「そう……でしょうか?」
     戸惑いながらも、裸足で浅瀬を歩く明は梓の目にまぶしく映った。
    「それでは、いただきます」
     神妙に両手を合わせるリュリュの前には湯気を立てるプーアル茶と分厚いステーキ肉を乗せた皿。両方ともそつのないアシェリーの仕業で、流希は焼きあがったラム肉と焼きりんごを振る舞う。
    「北海道に行った際に購入しておいたのですよ。少々癖がございますがおいしいですよ……よかったらアシェリーさんもどうぞ」
     そしてささやかな昼食会が始まるかと思いきや――。
    「一色ちゃん、一色ちゃん。お肉ならこっちにもあるよ」
     耳元で囁くのは怠惰と酷薄の申し子のような雰囲気を持つ密。この時彼が盗んだ肉の持ち主ならぬ焼き主はどこからどう見てもアメリカンでスキンヘッドなキィンだったわけで、そんな外見の相手から肉を掠め取るとは……度胸がいいと言うか、手癖の悪さにも程がある。
    「なっ、んだテメェ! 俺の肉を攫うな!?」
     噛みつくような一喝にも白い奴は悪びれない。
    「ン、ふふっ。もう食べちゃったもんねーぇ。みすみすコゲ山になるトコ助けてあげたんだからむしろ感謝されるべき? っと、ほらこれでも食って落ち着いて」
    「玉葱いらねーよ!」
    「あんま怒ると将来ハゲ……うわ、もう手遅れ……」
     ……コキ、と。
     指を鳴らす音に固唾を飲む音。
     そして、リュリュが2本目の肉串をふぅふぅと冷ます息が肉の焼ける香ばしい音に交じってキィンと密の間に流れた。
    「……何これドッキリ?」
     本日、狭霧は二度驚いた。
     一度目はクリスマスも顔負けの巨大ローストチキンのご登場。二度目は、……なくならないのだ。
     食べても食べても、皿に盛られた料理が減らないのである。
    「こうすると食欲が増すかと思ったんだけど……」
     コップに茶をつぎ足しながら、紗響は首を傾げてみせた。
    「食べきれない?」
    「というか、しづきちゃんが入れ過ぎなんだってば! メインが食べられなくなっちゃうよーっ」
     静樹の切り分けるローストチキンは見た目も匂いも絶品で、中に詰められた野菜の緑と鶏肉の色が何とも言えない調和を醸している。
    「気合い入れ過ぎちまったかな? でも、中の野菜に鶏肉の旨味が染み渡って良い感じだぜ」
    「くそーっ、こうなったら意地でも食ってやるんだから!」
     彼が静樹の挑戦に勝ち紗響の淹れたお茶で一息つけたのは、周りが既に片付けを終えて川で遊び始めた後のこと。
     
     やがて渓谷は黄昏に染まる。
     川のせせらぎが微かな涼音を紡ぎ、一日の終わりを名残惜しむかのようだった。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月22日
    難度:簡単
    参加:63人
    結果:成功!
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