檻の中の少女

    作者:聖山葵

    「やれーっ、そこだーっ!」
    「いいぞー」
     場外から聞こえてくる声に少女は笑みを深くした。
    「いいねぇ、この歓声最高だよっ」
     拳は血にまみれ、金網で囲まれた檻の中には何人もの男が横たわっている。
    「次は誰が相手をしてくれるのかなぁ?」
     この場所に放り込まれた時の怯えた表情はもはやどこにもなくて、相手を求める飢えた瞳は、対戦相手を吐き出すであろう扉に注がれていた。
    「なるほど」
     だが、次に対戦する相手はおそらく、少女には荷が勝ちすぎた。
    「声に酔い、人の為に拳固める雑魚ですか……」
    「なっ」
     だが、道着姿の女性が口にした言葉は、聞き捨てならなくて。
    「あたしは最強なんだ、後悔させてあげるよっ」
    「勝負と言うことですね、良いでしょう」
     きっと睨む少女を前に、葛折・つつじはぺこりと一礼すると。
    「参ります」
    「っ」 
     少女が反応した頃には既に地を蹴っていた。
     



    「こんな事になるんじゃないかとは思っていました」
     腕を組んだ座本・はるひ(高校生エクスブレイン・dn0088)を横に、口を開いたのは星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)だった。
    「一般人が闇堕ちしてダークネスになる事件が起きようとしている」
     続けてはるひの語った事件だけならば綾の言も、ああ誰かが闇堕ちするのを見つけたんだな、で済んだかもしれないのだが。
    「しかも、あの葛折・つつじがその闇堕ちしかけた一般人の元を訪れようとしているのだよ」
     そう、件の一般人が堕ちかけているダークネスは、アンブレイカブル。
    「ただのアンブレイカブルならそのままつつじに任せておけば連れ帰ってくれるのだろうが」
     問題の少女は、人間としての意識を残しており、ダークネスの力を持ちつつもダークネスになりきっていない状態なのだ。
    「現状の少女をつつじに委ねてしまえば、灼滅者の素質を持っていても救うことは出来ない」
     以前つつじと接触した時の流れから鑑みるに、業大老門下の完全なアンブレイカブルとなってしまうことだろう。
    「よって、今回頼みたいのは少女の救出だ」
     この介入でつつじが気を悪くするのは間違いないが、少女が灼滅者の素質を持つかもしれない以上、話の持っていき方次第ではつつじを納得させられるかもしれない。

    「闇堕ちしかけている少女の名は、刈谷・沙樹(かりや・さき)。地下で違法に行われている格闘場の闘士として掠われてきた後、強いられた戦いに精神を削られた結果が、先程語った未来だな」
     問題の闘技場はとある駅の地下、避難用の扉に偽装された入り口の奥にその施設は存在すると言う。
    「掠われてくる者の他にもファイトマネー目当てで自分から参加してくる者も居る。よって、侵入するのは容易だ」
     闘士か観客もしくはその身内を装えば、あっさり入ることが出来るだろう。小学生は目立つかもしれないが。
    「幼い子供に社会の暗部を見せるのは心苦しいが……話を戻そう」
     灼滅者達がつつじのもつバベルの鎖に捕まらず、少女と接触出来るのは、つつじが闘技場に現れる十分前。
    「これ以上前のタイミングではつつじに予知される」
     察知されず戦える時間を短くすることは可能だが、不利になるだけでこれには何の意味もない。
    「故に君達が少女と接触するのは、試合の開始直後になるな」
     つまり、少女と戦う相手としてフェンスの中に送り込まれるということで。
    「当然フェンスの外には観客やこの闘技場の関係者が居る。直接戦闘の邪魔にはならないだろうが、説得の邪魔に感じるなら人よけの手段は用意しておくことを薦める」
     闇堕ちした一般人を救うには戦ってKOする必要があるが、人間の心に語りかけることで戦闘力を半減させることも出来る。
    「つつじがくるまでにカタを付ける必要がある、ならば沙樹には弱体化して貰っていた方が良いだろう」
     少女自身を内なる闇から救い出すにも。
    「この少女は『強いられる戦い』を『他者を己が拳で傷つけること』を心のどこかで拒絶していた」
     怯えていたといっても間違いではないその感情こそが、沙樹の人としての心を支えているのだとはるひは言う。
    「おそらく、どこかで救いを求めている筈だ。私に救う術はないが、君達であれば――」
     救うことは不可能ではない。
    「戦いになれば、沙樹はストリートファイターのサイキック及びバトルオーラのサイキックに似た技で反撃してくるだろう」
     堕ちかけとはいえ、その威力はあなどれない。
    「だが、君達であるからこそ、私はあまり心配はせんよ」
     それは、灼滅者を信頼しているからか。
    「だからこそ、問題はつつじだ。彼女がやって来た時の対応次第で、先の交渉が水泡に帰しかねない」
     少女を救い、後にやって来るであろうつつじを説得するなり論破する。
    「難題を押しつけて申し訳ないが、よろしく頼むよ」
     頭を下げたはるひに見送られ、灼滅者は教室を後にした。
     


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)
    鈴鳴・梓(修羅の花嫁・d00515)
    久遠・翔(いちたりない・d00621)
    斉藤・歩(劫火顕爛・d08996)
    中神・通(柔の道を歩む者・d09148)
    戯・久遠(暁の探究者・d12214)
    クリミネル・イェーガー(笑わぬ笑顔の掃除屋・d14977)
    ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)

    ■リプレイ

    ●いざ、檻へ
    「傷つけることを恐れる女の子と純粋すぎる武を求める女、か」
     コンクリートの無機質な通路に反響するのは、斉藤・歩(劫火顕爛・d08996)の呟きと闘士の入場を待ちきれないらしい観客の声。
    (「うむ、いよいよだな」)
     仲間と共に戦いの檻へ向かう中神・通(柔の道を歩む者・d09148)にとって、歩の言う純粋すぎる武を求める女の生き方は、好ましく思えた。
    (「だが、こちらにも譲れない道がある」)
     もっとも、だからといって闇堕ちしかけている少女を放置するという気も通にはない。
    「何にせよ、堕ちる者を見過ごせん」
     戯・久遠(暁の探究者・d12214)の言へ無言で頷いたように。
    「もう少し色々聞けたら良かったのだけれど」
     と漏らしたのは、鈴鳴・梓(修羅の花嫁・d00515)。
    「あぁ、色々あったからな」
     灼滅者達の選手登録時にはある意味カオスな光景が広がっていたのだ。
    「そんな感じデ、登録名は『格闘家集団MSS』としてくだサイ」
    「ひょっとしてその集団というのには私も入っているのか?」
     ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)が仲間達をひとくくりで登録しようとしたり。
    「お、落ち着いてください。場外での乱闘はちょっと……」
    「ヒトの胸をヤラしい目で見たんやで?」
     サラシで固定した豊かな胸を気にしつつ、クリミネル・イェーガー(笑わぬ笑顔の掃除屋・d14977)が実力行使に出ようとして関係者に制止されていたり。
    「あまり騒いでエクスブレインの予知を逸脱するのもな」
    「そうね、簡単に聞き込んだだけで得られる情報なら最初からエクスブレインが語ってくれたはずだものね」
     闇堕ちからの救出対象にボコボコにされるはずだった一般人闘士達がどうなったかは敢えて伏せ、微妙に遠い目をした加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)は梓の同意を受けると視線を閉ざされた扉へと向ける。
    「歓声か、場所が場所だけにあまり気持ちいいものでもないな」
     雄叫びめいた声や足を踏みならすような音の位置からして、扉の向こうはすぐに戦いの場なのだろう。
    「さぁ、新顔達の登場だぁっ!」
     スピーカーから聞こえるアナウンスと共に扉が開き始め。
    「どーもどーも」
     歓声に歩が愛想良く応じたかと思えば、ローゼマリーは何処で調達したのか鉄パイプを引き摺りながら檻への入り口をくぐると手にしていたソレで檻を叩き。
    「この闘技場もこんなものか」
    「えーと、舞台を傷つけるのは止めて下さい」
     どことなく引きつった顔をした司会者らしき男の声に会場からどっと笑い声が上がる。本気での注意でないのは、何らかのパフォーマンスだと運営側も見ているのだろう。
    「数分後のお前の姿だ」
     実際、鉄パイプはローゼマリーによってぐにゃりと曲げられ、一人の少女の前に放り出されたのだから、あながち間違いではない。
    「こう、か?」
    「うわぁぁぁっ、いいぞーっ、姉ちゃーん!」
    「おおっ、ラブフェロモンの効果は絶大だな」
     ESPの行使と同時にポーズを取っただけにもかかわらず蝶胡蘭にもローゼマリーに劣らぬレベルの歓声が押し寄せて。
    「むうっ、この歓声はあたしだけのものなのに」
     歩のウィンクに気をとられていた少女こと刈谷・沙樹は、自分以外に向けられた観客の反応に頬を膨らませると、鍛え抜かれた拳の一撃で足下の鉄パイプを粉砕した。

    ●闘技の時間
    「……うぉぉぉっ?!」
     一瞬の沈黙と、それに続く歓声。
    「そうっ、これがなきゃね」
    「……闇にまみれ恐怖を失くして慢心した拳は一番弱いウチも殺せん♪ ……それを教えたる」
     求めていたものに表情を緩めたに歩み寄り、クリミネルは言葉と共に豹変し、久遠・翔(いちたりない・d00621)は無言のままかけていた眼鏡を外すと。
    「今のお前は場の熱気に浮かされている」
     久遠がサウンドシャッターによって檻の外へ漏れる音を遮断しようと試みつつ、口を開く。
    「よくわからないけれど、それって挑発のつもり?」
     幾人かの雰囲気の変化を感じ取ったのだろう、良いわよと拳を握り闘気を纏った沙樹へ。
    「OK、ここから先はこっちで語ろうか!」
     歩は即座に応じて見せ、戦いは始まる。
    「じゃあ、遠慮無くっ」
    「ぐっ」
     最初に動いたのが沙樹だったのは、ローゼマリーが沙樹の前に進み出て殴ってこいとアピールをしたからで。
    「効かん」
    「へぇ、今ので壊れないなんて凄い」
     それなりに受けたダメージを押し隠し、まるで効いていないと主張するローゼマリーの態度に沙樹は笑みを浮かべる。
    「おい」
    「なんだこれ?」
     内部の音が遮断され、客席がざわめき出したことにまだ気づかずに。
    「その力を制御する手伝いがしたい」
    「っ、急に何を」
     組み付いてきたローゼマリーを振り払う。
    「沙樹、誰かを自分の拳で傷つけることが怖いんだって? お前は優しいな」
    「あぁ、他者を傷つける事を恐怖する刈谷さんは優しい人だな。そして、他者の歓声に、期待に応えようとする貴方の心もまた優しすぎた」
     挑発したかと思えば直後に謎の申し入れ、胡散臭そうに見やる沙樹の反応も無理はなかった、歩と蝶胡蘭が声をかけなければ。
    「なっ」
     驚きに目を見張ったのは、初対面の相手に心を見透かされたからか、動きが止まった所に蝶胡蘭はシールドを構えて地面を蹴る。
    「その優しさはこんな場所ですり減らしていてはダメだ」
    「うっ、優し……さ」
     盾を叩き付けられた衝撃以外の何かで、少女の顔が歪む。
    「今日までよく頑張った。お前は傷つけるんじゃなくて、誰かを守っていける拳になれる信じてる」
     動揺を見せつつも闘士として戦ってきた性か、握り拳を作って応戦の構えを見せる沙樹へ歩も握り拳を作りながら懐へと飛び込み、殴りつけた。
    「くあっ、違う。今日までじゃない……あたしは最強なんだ。最強で居続けなきゃ」
    「最強か……この檻の中での意味か? それともこの場所の中での意味か?」
     うわごとのように口にする言葉へ、翔は疑問を投げかけながら拳へオーラを集中させる。
    「勝ち続けなきゃ、帰れ、ないん、だよっ!」
     繰り出される拳の嵐を相殺すべく拳を繰り出しながら少女が口にしたそれは、久遠が問いかけようとしたものの答え。
    「お前は何故拳を振った? 最初に何を望んだ」
     沙樹の言から推測される答えは、おそらく自由。
    「止めてみせる。攻撃も、悲しみも」
     白銀の毛並みをした霊犬に目線で合図を送りつつ、久遠は傷ついたローゼマリーへ向け掌をかざした。
    「我流・瑞風」
     癒しの力に変換された紺青のオーラは傷を癒し。
    「……押し通る……」
    「っ、やって見せてよっ!」
     霊犬の風雪と二人がかりの治療に支えられ戦線に戻るローゼマリーが見たのは、拳をぶつけ合うクリミネルと沙樹。
    「通くん」
    「おおっ」
     そこに梓と通が同時に割り込む。
    「ちょっ」
    『このままじゃ貴女の拳が多く人を傷つけてしまう』
    「え」
     襲い来る拳が倍加したことで面を食らった少女は、ぶつかる拳から伝わってきた言葉にほんの僅かだけ呆ける。
    「って、あたしらしくも――」
     だが対面している相手がだけではないことを思い出し、咄嗟に通へ向けて牽制の突きを放ったのだが、これが拙かった。
    「しまっ」
     通は、自分に向けられた沙樹の腕をかわしながら掴み、もう片方の腕で脇を差す。
    「ッしゃあッッ!」
    「あぁぁぁ」
     跳腰一閃、沙樹の投げ飛ばされた先にはフェンスの支柱と剥き出しになったアスファルトの床があり。
    「ぐあっ」
    「ゆくぞ」
     叩き付けられて息が詰まったところで、再び組み付くべく、ローゼマリーが飛び出した。

    ●檻からの開放
    「どちらにしろお前さんは強迫観念に囚われ拳を振っているに過ぎない……迷いのある拳では何も掴めない……俺のようにな」
     翔の指摘は、正しい。結局の所、強いられて他者に拳を振るっていた少女の戦意は。
    「貴方の優しさは、力は、誰でもない貴方のために使うんだ。もう無理はしないでくれ」
    「うぐっ、うるさい、五月蠅い五月蠅いっ!」
     蝶胡蘭の説得にわめきちらして見せながらも、既に大きく削がれていた。サウンドシャッターが外への音漏れを封じたのが良かったのだろう。観客達は、檻の中で説得が行われているとは思わず、説得に対してヤジが飛んでくることもない。
    「いいぞーっ、もっとやれーっ!」
     口の動きから何かを話していることは察しても口撃やパフォーマンスか何かだと思っているのか、観客席から届くのは歓声のみ。
    「とは言っても、このままじゃいけねぇよな?」
     外野はまだ健在なのだから。
    「……同感」
     クリミネルは周囲を囲む檻へと殲術道具を向け。
    「おっ」
    「何だ、急に中の音が……って、ちょっと待てどっち向いて攻げ」
     檻越しに試合を眺めていた観戦者達がパニックに陥ったのは、言うまでもない。無論、クリミネル達の動作に驚いてと言う訳ではなく、併用したパニックテレパスの効果だった。
    「早く消えないとぶっ――」
    「ひぃぃっ」
     大混乱に陥った観客席にローゼマリーが罵詈雑言を浴びせれば、客は指向性を得て観客席の入り口へ我先にと走り出す。
    「とりあえず、これで一つは片づいたな」
     後は残された少女を救い、そして――。「どうして、……何を?」
    「お前を縛っている楔をぶちせば……もう誰もお前が『最強』になれとはいわねぇ」
     灼滅者達の見せた予想外の行動に少女は呆け、独言のような問いへと最初に答えたのは、翔。
    「お前を縛るモノはなくなる。これからの戦いは自分の意志が決めるんだ!」
     振り向いた通は呆然としたままの沙樹に、語りかける。
    「そっか、こんな力があるのに逃げ出すなんて考えたこともなかった」
     少女にとっては目から鱗だったのだろう。ダークネスの力を使える今なら逃げ出すことなど容易であったはずなのに、追い込まれ止まってしまった思考ではそんなことにさえ気づけなかったのだ。
    「まぁ、本当にぶち壊してしまったら予知を大きく逸脱してしまうかもしれんからな、豪快にぶち壊せれば良かったが」
     などとカミングアウトする気は、灼滅者達にはない。
    「お前の拳で掴みたいものはなんだ……? もしわからないってんなら俺が……俺達が一緒に探してやる」
    「今度はお前一人じゃねぇ俺達が付いてる。檻なんて何度でも壊す! ピンチにはヒーロー顔負けの勢いで駆けつける! だから俺達と戦友になろうぜ、沙樹」
     かわりに翔と歩が言葉を投げ、床を蹴って。
    「だからその深き闇の底から戻ってこい! 俺がお前を救ってやるっ!!」
    「きゃぁっ」
     説得のさなかの戦いでそれなりに消耗していたのだろう。後でつつじが来ることを知っていた灼滅者達は回復を控えめにしてでも火力に重きを置いていた。ましてや、説得によって戦意と戦闘力を削がれた今の沙樹に言葉と共に振るわれた斬撃をかわす余裕はなく。
    「うっ、あたしは……あたしは……」
    (「私の拳は誰かを助けられるようなものじゃないけど……貴女が手を伸ばせるならつかむくらいはしてみせるわ」)
     蹌踉めきつつ膝を突いた少女へ向けて梓は拳を握り、飛ぶ。
    『手を伸ばして、私が掴んであげるから』
    「あ……」
     拳にのせた思いが届いたのか、梓に向けて手を伸ばしながら、少女は倒れ込む。戦いは、終わったのだ。

    ●出口に待つもの
    「あたし……もう、いいのかな?」
    「あぁ、もうあなたを縛るものはない」
     意識を取り戻した少女に向けて、ローゼマリーはそう言い。
    「……アンタが得たいんは何や? ……分からんならウチと探そか?!」
     クリミネルは手を差し伸べる。ただ、沙樹を助けるだけであれば、後は帰路に着くだけだった。
    「邪魔しないと言った筈では?」
     檻の出口に道着姿の女性が佇んでいなければ。
    「初めまして、葛折さん。またか、とお思いでしょうが、今回は引く訳にはいきませんでした」
    「初めまして。ご存じのようですが、葛折・つつじと申します」
     最初に応対した通へ友好的とはほど遠い雰囲気ながらもつつじはしっかり挨拶を返し、次の言葉を待つ。言い分があれば聞くと言うことらしい。
    「葛折さん。あなたが刈谷を連れ帰るという事はここにいる刈谷を殺すという事。堕ちたならもう別人です。それはあなたも分かっている事でしょう」
     ただ。
    「それはあなた方の理屈です。そちらの方が真の武人に目覚めかけたのは、私が働きかけた訳ではありませんし、あなた方が手を出さなければごく自然に覚醒していたでしょう」
     通の言葉でつつじを納得させることは能わなかった。実際、少女が闇堕ちしかけた原因はつつじになく、つつじは堕ちた沙樹を連れ帰ろうとしただけなのだ。
    「私の方からすればその別人こそあるべき姿なのです。お節介な性分の人であれば真の自分に目覚めて貰おうなどと考えるかもしれませんが、そこまで行けば先日の約束に反しますから、私もそれをする気はありません」
     まさに、立場と認識の違い。つつじとしても約束はきちんと守ろうと考えていたのだろう。
    「強いられて拳を振う者を連れて行く必要はない」
    「確かにやる気のない者を連れ帰ったところで逃げ出すだけでしょうが、それはそちらの方が真の武人になり損なってしまったからですよ」
     翔の言へ暗に邪魔をされなければそんな事態に陥ることもなかったと述べて。
    「アンタは静か過ぎる。実力差はアンタが一番理解してるにしてもだ」
     癪だがとは流石に歩も続けなかったが、つつじも何も言わなかった。静かに見えても道を示すのを邪魔されたという苛立ちは完全に隠しきれず。
    「それも一般人に危害を加えていたので倒したのだが」
    「双方納得しての試合上のことでしょう。まして真の武人に目覚めかけているのを止める理由など私は持ちません」
     そもそも堕ちかけという状況は両者から見てのグレーゾーンが大きい。
    「お前が探しているのは、完全なアンブレイカブルか? それとも、可能性のある存在か?」
    「そのままあれば、他者に屠られてしまうような弱者です」
     久遠の問いに答えたのは、少なくとも先日取り交わした約束に関わっているからだろう。
    (「直接関係ない質問を出来る空気ではないか」)
     歩は喉元まで出かかった問いを止め、平行線を辿る仲間達とつつじとのやりとりを見守る。
    「このコはウチ等の仲間になるんや。少なくとも今はアンブレイカブルや無いなぁ?」
     そんな膠着状態を打ち砕いたのは、クリミネルの言葉だった。
    「仲間、ですか。なるほど」
     今の沙樹は灼滅者であり、拳鬼でないことは明白なのだから。
    「不本意ですが、今日の所は帰りましょう。状況が変わればそれへの構えは不可欠、対策を練らねばなりません」
    「あっ」
    「では失礼」
     頭を下げ去って行く背中は、とても個人的な用件の為に呼び止められるようなものではない。
    「力、武、強さ……似てる、俺達はどこか……だけど、どこかで相容れねぇっす」
     つつじが完全に姿を消した出口から己の拳に目をやって歩は呟いた。
     

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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