クロキバからの報せ

    作者:御剣鋼

    ●石板に記された、報せ
    「皆様に集まって頂きましたのは、他でもございません」
     里中・清政(中学生エクスブレイン・dn0122)が指し示したのは、ぶ厚い石板だった。
     机の上に納まらず、壁に立てかけられていたソレには、文字がずっしり刻まれている。
     近付いてみると硫黄の匂いがふわりと香り、端にはススのようなものも付いていて……?
    「これは、箱根のイフリート『クロキバ』から送られてきた『手紙』でございます」
    「「──!!!」」
     一拍。灼滅者達の間に緊張が奔る!
     イフリート勢力は、武蔵坂学園の所在地等を、把握していないはずなのに……!
     しかし、その懸念は、目の前の執事エクスブレインの微笑みによって、打ち消された。
    「石板もとい手紙は、箱根の温泉街にどどーんと置かれていたとのことで、ございます♪」
    「「なんだってえええええー!!!」」
     一気に拍子抜けする、一同。
     ガク〜ンと肩を落とす者がいれば、遠い眼差しを浮かべる者もいたりして。
    「一見すると意味不明な代物ですが、流石は灼滅者様方でございます!」
     ぶわっと感涙する執事エクスブレインを無視して、灼滅者達の視線が再度石板に集まる。
     現地を警戒していた灼滅者達が見つけて持ち運んで来たという、石板の冒頭には。
     ──スレイヤータチヘ、と記されていたのだった。

    ●反逆の炎虎
    「石板の内容をお話しする前に、箱根のイフリートについて、少し補足させて頂きます」
     箱根のイフリート達は、鶴見岳の戦いで敗走してきたイフリート勢力の情報を受け、各地の源泉などに別れて、静かに身を潜めることを選択したこと。
     また、鶴見岳の残存勢力を加えたことによって、うかつに手を出せない規模になっていることが、学園の報告書にも記されている。
    「現時点で、彼等を統率しているのが『クロキバ』という、イフリートでございます」
     執事エクスブレインは石板に歩み寄ると、一同が分かり易いよう文面を読み上げていく。

     ──灼滅者達へ、クロキバが記す。
     鶴見岳から来訪したイフリートの1体が方針に逆らい、鶴見岳に舞い戻ったようだ。
     彼奴は血気盛んであるが、1体でガイオウガ様を復活させるなどは、到底不可能である。
     彼奴の望みは、ガイオウガ様のお膝元で、イフリートが本能に赴くまま、死ぬまで暴虐の限りを尽くすということなのだ。
     このままでは、鶴見岳の周囲に大きな被害が出てしまうだろう。

     なお、そちらで灼滅しないというのならば、我々で対応する。
     なので、彼奴を放置しても被害等は殆ど皆無と思われることを、付け加えておく。
     ──箱根の『クロキバ』より。
     
     一旦言葉を置く、執事エクスブレイン。
     同時に。灼滅者達の間にも、戸惑いに似たざわめきが、波紋のように広がっていく。
    「コチラを警戒してるせいかもしれないが、これまた丁寧に教えてくれるとはな……」
     ワタル・ブレイド(小学生魔法使い・dn0008)も驚いたように、目を見開いていて。
     困惑の色を隠せずにいたのは少年も同じ。執事エクスブレインも神妙な面持ちで頷いた。
    「被害等は殆ど皆無になると記されてますが、あくまでダークネス視点の話でございます」
     ダークネス同士が戦った場合、どのくらいの規模の被害が出るかは分からない。
     また、討伐担当のイフリートが箱根から鶴見岳に向かい、再び箱根に戻る間にも、何か問題が起きるかもしれない。
    「わたくしの方でも解析を行いましたが、クロキバの報せに嘘偽りはございませんでした」
     陽が高く昇る、正午。
     鶴見岳に到着した虎にも似た勇猛なイフリートは、手始めに火口近辺にいる観光客の血肉をガイオウガに捧げようと、殺戮を繰り返す。
     気候も穏やかな今、火口近辺を訪れる観光客は、決して少なくはないだろう……。
    「火口近辺の人々を殺戮し終えたイフリートは、更に行動範囲を広げようと致しますが」
     けれど、イフリートのバベルの鎖に察知されず、事件を避ける方法があるという。
     ──それは。
    「事件前に人払いをして、代わりにオレ達が火口近辺に陣取って、迎え撃つことだな?」
     淡々と。しかし自信満々に応えたワタルに、執事エクスブレインも2つ返事を返す。
    「このイフリートは、ファイアブラッドと影業に似たサイキックを使ってきます」
     敵は弱くはないけれど1体のみ。地の利は灼滅者達の方にある。
     また、今の力量なら優勢な状況で迎え撃つことが可能と、エクスブレインは付け加えて。
    「今回の事件は、イレギュラーなものでございます」
     ……最後に、1つ。
     と、執事エクスブレインは前置きすると、灼滅者達の顔を1人1人見回す。
    「この事件はイフリート勢力に踏み込む、何らかの手掛かりになるかもしれませんね」
     イフリートの本質は、破壊と殺戮欲に駆られ、死ぬまで暴虐を尽くすというもの。
     クロキバの統率がどこまで強固なものか分からない今、同じような事件が今後も起こらないとは限らないし、それ以上の規模の事件が起こる可能性もある。
     イフリートを灼滅するだけではなく、今後につながる何かを得られれば……。
    「皆様次第となりますが、何らかの進展を得られますと、より嬉しゅうございます」
     幸いにも、時間はある。
     僅かではあるけれど、考えることが出来る、時間が──。
    「不肖里中、皆様のご健闘をお祈りすることしか出来ませんが」
     ──いってらっしゃいませ。
     執事エクスブレインは微笑を浮かべると、優雅に深々と頭を下げる。
     行く末を案じながらも、全面的な信頼を預けるかのように──。


    参加者
    山城・竹緒(ゆるふわ高校生・d00763)
    蒼月・杏(蒼い月の下、気高き獣は跳躍す・d00820)
    真榮城・結弦(中学生ファイアブラッド・d01731)
    刻野・晶(高校生サウンドソルジャー・d02884)
    嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)
    暁・鈴葉(烈火散華・d03126)
    咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)
    守咲・神楽(地獄の番犬・d09482)

    ■リプレイ

    ●箱根にて
     ──鶴見岳火口に辿り着く、数時間前。
     先に箱根に寄りたいという希望も多く、一行は箱根温泉街に足を踏み入れていた。

    「オレみたいな小学生に、重い石版を担がせないっていうのは粋だよな」
    「作った方の身にもなって欲しいけれど?」
     ワタル・ブレイド(小学生魔法使い・dn0008)が大きく背を伸ばすと、刻野・晶(高校生サウンドソルジャー・d02884)も「ちょっと肩がこった」と、小さな笑みを洩らす。
     けれど、その笑みは直ぐに消えた。
    「簡単な地図も刻んで置きたかったけどね、子供のお使い程度の……」
     晶は、クロキバ側が送って来た石版と、同素材の石に刻まれた返事に目を留める。
     肝心の置く場所を決めてなかったことに視線を下げると藍色の髪が動作に沿って揺れた。
    「あとはあれだ。日時の詳細もだな」
     直接話し合えることが出来ればと、嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)も呟く。
     要所を山々に囲まれている箱根は観光地を避けると、自然や閑散とした所が意外に多い。
    「イフリート相手なら十分だと思う、信頼はきっと絆を結んでくれるから」
     返事には学園が対応すること、交渉の用意があることを記した簡易な文が刻まれている。
     ただ素直に、クロキバという存在に興味を持った、真榮城・結弦(中学生ファイアブラッド・d01731)の凛とした柔らかい立ち振る舞いには、相手を疑ってない節があったが。
    (「頭が回るだけの悪党か、己が野心がため牙を研ぐ者か……」)
     ──人が畏敬でなく、尊敬すべき種が存在するのだろうか。
     暁・鈴葉(烈火散華・d03126)の視線も、自然に石版へと注がれていて。
     討伐する虎型イフリートは忌むべきもの、アカハガネの性質も虎型に近いかもしれない。
     ゆえに、それを抱き込んだクロキバを見極めようと、鈴葉は口元を強く硬く結んだ。
    「支障なく自己解決できる問題を、私たちに依頼したのは何故かな?」
     マイペースに進んでいた山城・竹緒(ゆるふわ高校生・d00763)も、少し思いに耽る。
     自分達がダークネスの依頼を受け得る存在か。あるいは依頼をするに足りる実力の持ち主なのかを、見定めるためなのか。
     ──それとも。
    「もうちょっと目立たない場所を選んで……ん?」
     初夏を迎えた箱根の温泉街は諸外国の人々も訪れており、雑多な賑わいを見せている。
     守咲・神楽(地獄の番犬・d09482)が、石板があった場所に視線を移した時だった。
     そこに佇んでいた先客に、一行の瞳が大きく見開いたのは。
    「武蔵坂学園の関係者かな?」
     一見。人と代わりない男は、偵察中の灼滅者かもしれない。
     けれど、咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)は、妙な違和感を感じていて。
    「あなたは?」
     例えダークネスだったとしても、即戦闘になるとは限らない。
     固唾を飲む中、蒼月・杏(蒼い月の下、気高き獣は跳躍す・d00820)が声を掛ける。
     振り向いた男の双眸が灯された炎のように揺らめき、獣の唸り声に似た声色で応えた。
    『クロキバ、トイウ』

    ●箱根のクロキバ
     伝承の幻獣種を束ねる者を前にして憧憬の念がないと言えば、ウソになる。
     鈴葉は男を見据えると同時に、己にも眠る闇の力に高揚と落胆を感じていて。
    「本当にクロキバかね」
    『ソウダ』
     松庵の問いに静かに頷く男──クロキバに、竹緒も黒目がちな瞳をキラキラと輝かせる。
    『ソチラのコトだ。ナニカシラのヘンジを、シテクルとはオモッタ』
     灼滅者達が聞き取れやすいようにか、クロキバは人に近い言葉を選ぶように話していく。
     しかし、相手は曲がりなりにもダークネス。灼滅者に配慮しているとは言い難い。
     ……恐らく、聞き間違いを避けるのが本音だろうと、神楽と晶は視線だけを交わした。
    「僕達は、手紙の依頼に応えに来たものです」
     予期せぬ事態に、しかし結弦は柔らかで冷静で、協力的な態度を持って自己紹介をする。
     千尋も情報をくれたことに礼を述べると、簡潔に方針を伝えていく。

     ──現段階では、こちらからクロキバ一派に戦いは仕掛けない。
     ──一般人に危害を加えるイフリートは、これまで通り灼滅する、と。

    「今回の事が今後も起こりうるのであれば、協力はします」
     その代わりに一派のことを教えて欲しいと続ける結弦に、クロキバは静かに頷いた。
    『ワレワレにツイテは、シバラクカツドウするヨテイはナイコトを、ツタエテオコウ』
    「虎型の望みが手紙にあった通りなら、クロキバは違うのか?」
     クロキバの特徴を把握することに注視していた鈴葉が、ふと訪ねる。
     クロキバは、ゆっくり首を横に振って否定した。
    『ワレワレのノゾミはオナジ。トラはマツコトにイヤケがサシた、ソレダケのチガイだ』
    「他の地区のイフリートも同じ方針か? ほかの火山とかさ……あっ」
     すぐに敵にまわらないのであれば、質問をする余地があるかもしれない。
     杏が矢継ぎ早に言葉を投げたその時だった、用件は済んだとクロキバが踵を返したのは。
    「直ぐ帰るんか……まずは腹ごしらえせん?」
     食事をしながら話をした方が、少しは打ち解けれるかもしれない。
     また、確認のために別府に来て欲しいと続けた神楽に、しかしクロキバは断りを入れた。
    『カクニンはフヨウ、ソチラにオマカセする』
    「折角の機会だ、そちらのたまり場の近くで一度話し合わないかね?」
    「この後、また同じことが起きた時にどうするか、もう少し話がしたいな」
     日時や場所は追って連絡すると松庵が提案すると、晶もすかさず銘菓を差し出す。
    「学園とイフリートが交流を持てればいいっち思う。此処で交流の場とか作れんの?」
     神楽は自分の携帯アドレスを教えようとしたけど、クロキバは興味を示さず背を向けた。
    『スレイヤーがウケオウなら、ワレワレがウゴくヒツヨウはナイダロウ」
     ──暴れる者がいても我々には特に断りを入れず、そちらの都合で灼滅して構わない。
    (「クロキバは、自ら俺達と方針を確かめようと、足を運んだのかもしれないな」)
     けれど、その背中は『それ以上の馴れ合いは不要』と言っているようだと、松庵は思う。
    「もし私たちへ頼み事があるなら、遠慮なくお話を聞かせてください」
     人を積極的に害せず沈黙を決めたクロキバに、竹緒は畏れ過ぎす礼節を持って告げる。
     少しでも力になれないだろうかと丁寧に言葉を重ねる竹緒に、クロキバは足を止めた。
    『ナニかアレば、ソノトキはタヨラせてモラオウ』
    「あんたはよいリーダーか?」
     すかさず言葉を挟んだ千尋に、クロキバの口元が僅かに弛む。
    『カンガエルのをマカサレテいるダケだ』
     雑用が仕事だと苦笑した男は、観光客に紛れるように姿を消した。

    「敵対するこちら側に依頼する意図も訊いてみたかったな」
     他のダークネスに勘付かれたくないからか、灼滅者という組織に何かを感じたからか。
     それでも、クロキバを知る貴重な機会を得ることができた結弦達は、箱根を後にした。

    ●鶴見岳、再び
    「あとは、鶴見岳に現れるイフリートを倒すだけかね」
     鶴見岳に辿り着いた一行は、火口のガス濃度増加に伴う調査を装い人を払っていく。
     松庵の足元の影が薄れながら広がっていき、一般人を遠ざける殺意を帯びた結界になる。
    「正午から火口の安全調査を行います! 火口付近は立ち入り禁止でーす」
     プラチナチケットと拡声器の合わせ技をもって人払いをしていたのは、千尋。
     数名の有志の助力もあり、火口を含めた山頂の広範囲に渡って人払いが行われていた。
    「向こうの景色も良さそうですね、良かったらご一緒しませんか?」
     火口付近を訪れている観光客に溶け込んだロザリアは、ラブフェロモンで誘導していく。
     神華もクラスメイトの神楽の助けになろうと、張り切って駆け回っていた。
    「偵察者は来ていないようだな」
     周囲を警戒していた杏はクロキバ派らしきイフリートが来ていないか気配を探っていて。
     迎撃の邪魔にならないように人払いに専念する優志、周囲の観察には昴が徹していた。
     不測な事態が起きても大丈夫そうだと判断した杏は、闘いの音を遮断する帳を下ろす。
    「追跡されている様子もないかな」
     鶴見山上駅から火口を中心に人払いをしていた鈴葉も、注意深く周囲を見回していて。
     人の気がなくなった火口は、不気味なまでの静寂に満ちている……。
    (「しかし、危なかったな」)
     クロキバとの直談が叶ったことで、返信用の石版を返す必要はなくなった。
     いやむしろ、記された一文に血の気が引いていた千尋は安堵の溜息をそっと風に流した。
    「虎型が来たみたいだね、迎撃態勢に移ろう」
     陣形を整えた結弦は、もう一度地形の確認をしようと周囲に視線を配らせる。
     風は穏やかで煙が視界を防ぐこともない。晶と松庵の後方には更に有志達が控えていた。
    「俺の影……目覚めてここに力を!」
     杏の掛け声と執念に、スレイヤーカードが鳴動する。
     イフリートはファイアブラッドと紙一重、自分のことは自分が一番よく知っている。
     今も、可能性を感じながら戦いの日々を送ってきた杏は、人一倍の執念を燃やしていて。
     ──と、同時に。
    「チェーンジ、ケルベロース!!」
     説明しよう、神楽は別府のご当地ヒーロー『ケルベロス』であるッ!
     その身体が紅く染まる時、全身に地獄の炎『血の池地獄』の力を纏って──以下略ッ!!
    「どういう理由でも、人間を生け贄にするなんて考えてるなら、力ずくで止めてみせるからね!」
     最前衛に着いた竹緒が迎撃の準備を整えたその時だった、周囲の空気が張り詰めたのは!

    ●反逆の炎虎
     荒々しく炎を纏った炎虎は火口に陣取る一行に狙いを定めると、大きく後ろ足を蹴る。
     獲物を葬らんと勢い良く爪を振わんとした刹那、オーラを纏った竹緒が受け止めた。
    『キサマラ、スレイヤーカ!』
    「残念やったね。お前を狩る準備は、とっくにできてる!」
     竹緒と炎虎が鍔競り合う中、ライドキャリバーに騎乗した千尋が颯爽と駆け出す。
     すれ違い様に見舞った血の如く鮮やかな赤い輝きの一閃が、炎虎を傷つけ体力を奪った。
    「どうして一人で? 他に頼れる人はいなかったの?」
    「奴が気に入らないなら、クロキバ以外に頼ろうとしなかったのか?」
     爪を弾き返した竹緒は炎虎を見据え、槍先に螺旋の如く捻りを入れていく。
     杏も、直接聞くより違う質問を投げようと、炎と言葉を重ねる、が!
    『オレハ、コシヌケデハ、ナイカラダ!』
     炎虎の口から激しい炎の奔流が解き放たれ、業火が前衛を焼き払わんと渦巻く。
     その奔流は炎虎の怒りを体現したかの如く、身に纏っていた守りの力を相殺した。
    「優しき夜霧よ、私の仲間の姿を包み隠せ」
     傷ついた仲間を守ろうと妨害能力を高める夜霧を最前列に展開するのは、晶。
     延焼が残る結弦の前には、晶のビハインドの仮面が攻撃を惹き付けるように立ち阻む。
    「離脱した理由は何ですか? ガイオウガがそれを望んでいるのですか?」
    「こんな事でガイオウガが復活するん?」
     虎との会話が決裂していることを感じた結弦は、桜の紋様の入った刀の鯉口に触れる。
     神楽がシールドを広げて味方の防御と耐性を高めようとした刹那、炎虎が咆哮する。
    『オレガアバレテモ、ガイオウガサマハ、フッカツシナイ!』
     嘆きの咆哮が。灼熱が。初夏を色濃くした大地と空気を包み込む。
     けれど、闘いの剣戟が、癒しが、生命の息吹は絶えることはなく──!
    「ここからだと俺の攻撃は届かない、その分支援に専念しようかね」
     眼前に在る炎の顕現は、本能のままに暴れ狂う獣(ケモノ)に過ぎない。
     松庵は影が腕を覆ったような縛霊手を振う変わりに、耐性を高める符を神楽に飛ばした。
    「クロキバとは違い、理性的ではないな」
     鈴葉も闘いの鯉口を切らんと、勢い良く斬艦刀を構え直す。
     髪と肌を紅く染め上げる炎の照り返しに口元を弛ませた鈴葉は、武芸者そのもので。
    『コノママ、ズットカクレツヅケル、クライナラ──!』
     炎虎の身体を覆う漆黒の縞が、影業のように大きく伸びる。
     息継ぐ間もない猛攻に杏もシールドの力を近くの味方に与え、守りを固め直していて。
    『オレハ、アバレテ、シヌ!!』

    ●只、本能のままに
    「なら、あたし達もただ、走るだけだな」
     怯むことなく疾走するライドキャリバーに合わせて、千尋の影が大きく膨らむ。
     千尋の影から現れた無数の蝙蝠に襲われ、トラウマを刻まれた虎は怒りの咆哮を上げた。
    「ワタルくん、頑張ってこうな~」
    「後ろは気にせず、貴方達のすべきことを成してくださいですね」
     ワタルが攻撃に集中できるように回復と支援に回った織兎が、前線の護りを高めていて。
     璃理が後背と退路の死守に勤め、殊亜が不測の事態に備えて周囲の警戒に徹している。
     クロキバ一派のことを多く知らない中、彼等の支援は迎撃に挑む味方を勇気づけていた。
    「油断せずにいこう」
    「ああ、クロキバに示しがつかなくなる」
     万が一に備えて余力を残していた鈴葉も、今は確実に攻撃を当てることを優先する。
     相手は決して弱くはない。けれど強ければ強いほど、鈴葉は楽しそうに笑みを深めて。
     警戒に気を配っていた杏も一転し、ダメージと状態異常を重ねようと、攻撃に転じた。
    「本当の地獄っちゆうん、見せちゃんよ!」
     八重歯を光らせた神楽は素早く距離を詰め、炎を纏ったシールドを勢い良く叩きつける。
     返す刃の如く炎虎も炎を帯びた爪を千尋に剥けるが、松庵の霊力が即座に炎を浄化した。
    「はぐれダークネスを、切り裂き刈り取ってあげる」
     後方にも行き届いてきた炎を、晶は見の丈以上の大鎌を高速に旋回させて受け流す。
     治癒が重複しないように松庵に声を掛け合い、天上の歌声で味方の背を後押しした。
    「この調子で追い詰めて行こう!」
     見切り対策に冷気の弾を織り交ぜていた竹緒の艶やかな黒髪がオーラを受けて靡く。
     槍の妖気を氷に変換すると見せ掛け、爆炎の魔力を込めた大量の弾丸を連射した。
    「今だ、走って!」
     仲間の攻撃を通さんと鈴葉が狙い撃った彗星のような矢が、炎虎の態勢を一瞬、崩す。
     その刹那。キャスターに布陣して前衛の疲労度を伺っていた結弦が声を上げた。
    「炎の対決、受けてもらおうか!」
     結弦の声に応えた杏が素早く距離を詰め、竹緒が畳み掛けるように炎を解き放つ──!
     結弦の帽子についた桜モチーフの銀細工が炎の照り返しを受け、煌めいた。

    「このまま殲滅されるか、ガイオウガ復活を大人しく待つか選べ」
     満身創痍の炎虎を眼前にしてもなお、晶は警戒を解かない。
     鼻先に武器を突きつけ、高らかと声を張りあげた晶に、炎虎が吠える。
    『オレハ、ゾンブンニ、アバレルコトガデキ、タ……ダカラ』
     今際の際に立った炎虎の言葉は細く。けれど最後は……はっきり聞こえた。

     ──コロセ。

     それが、反逆を翻した孤高のイフリートの、最後だった。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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