運動会~目指せ王者!クラス対抗800mリレー

    作者:日暮ひかり

    ●運動会
     時は5月。
     近頃は五月晴れの日々が続き、柔らかい春の日射しと心地よい風が、東京の街を過ごしやすい気候で包んでいる。
     その中にあって、武蔵坂学園ではある一大イベントの決行が発表されたのである。

     5月26日、日曜日。
     運動会、開催。
     今こそ組連合の力を結集し、頂点を目指して走りぬけ、灼滅者たちよ!
     
    ●warning――クラス対抗800mリレー
    「それじゃ、どの競技に出たいか明日までに考えてくるんだぞ!」
     帰りの学級会を終え、教師が教室から立ち去る。
     井の頭キャンパスの生徒達は、運動会の競技説明のプリントを読みながら友人たちと話し合っていた。
    「イヴ、運動はちょっと苦手なのです。でも武蔵坂学園には、おもしろい競争がたくさんあるのですね。とっても楽しみです!」
     数ある奇妙な競技名の連なりをうきうきと辿りながら、イヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)はひとつの馴染み深い競技に目をとめ、きょとんとした顔をする。
    「きたれ、武蔵坂最速学級。クラス対抗800mリレー、ですか……?」

     所変わって、武蔵境キャンパスの鷹神・豊(高校生エクスブレイン・dn0052)曰く。
    「やはり運動会といえばリレーだ……!」
     800mリレー。
     200mトラック×1人1周で、4人がバトンを繋ぎながら計800mを走りぬく競技。
     世の学校では終盤に行われ、逆転を賭けた熱い戦いが繰り広げられる事が多い。
    「ふむ……リレーは、武蔵坂でもクラス対抗競技になっているようだな」
     男女混合で4人1組のチームを作り、ゴールタイムを競うことで勝敗を決めるようだ。
     1回のレースに出場できるチームは最大8チーム。
     全出場チームが走り終えるまでレースは行われ、最速に輝いたチームが武蔵坂最強の栄冠を手に出来るという。
    「最強か。そりゃイイけど、結構キツそうだよな。どうやったら勝てるのか予知してくれよー」
     男子灼滅者の無茶振りに対し、鷹神は少し考えて、言った。
    「……リレーでは、個々の力は勿論、それ以上にチームワークが大切だ。スムーズなバトンタッチが出来るよう、普段から練習しておくといい」
     一説には、バトンの受け渡しが勝敗の分かれ目だとも言われている。
     彼は更に黒板に書きつけた。
    「本番での敵チームとの駆け引きも熱いぞ。相手の走りにペースを乱されれば終盤で息切れしたり、足がもつれて転んだりする。特にコーナーは危険だが、かといって失速しすぎても拙い。隣の走者と実力が伯仲していれば良い勝負が出来るし、逆に差がありすぎると思うように力が出せん」
     スタート、直線、コーナリング、バトンタッチ、何に力を入れるか。
     誰を何番目に走らせ、どこで勝負をかけるか。
     仲間からの応援も力になる。
    「運、実力、心構え。全ての要素が絡み合い、本番では波乱が起きるのが常。そう、リレーとはいわば戦争!」
    「……妙に詳しいな」
    「…………。と、ともあれ、折角の機会だ。君達、参加しないのか?」
     同じクラスという縁で繋がった仲間と共に、スポーツでの真剣勝負を楽しむ。
     参加するだけでも思い出になるだろう。
    「あいつらが武蔵坂最強クラスか、なんて言われたら、気持ち良いだろ」
     俺はピストル撃ちたいから出ないが、などと言い、鷹神はプリントを畳んだ。
     それに、戦いへ向かう君達を送り出すのが好きだ。と、彼は微かに笑う。
     
     プリントの内容をまじまじと読み、イヴは興味深げに頷いた。
    「武蔵坂最強……ですか。なんだか、とってもやり甲斐がありそうですね」
     争い事は苦手な彼女だが、仲良く競い合う運動会は楽しいかもしれない。そう思ったのだろう、期待に胸をふくらませているようだ。
     信じるのは己の足と、仲間たちの力のみ。
     運動会ならではの熱い勝負で、共に王者を目指してみてはどうだろうか。


    ■リプレイ

    ●第1レース
    『これより、クラス対抗800mリレーを開始いたします! 【桜堤高1-1】【吉祥寺キャンパス中学3年F組】【井の頭キャンパス高校1-7】【井の頭小6蓮組】【吉中3H】【天文台通り3年9組】、前へ!』
     今回の参加チームは23クラス。厳正な組み合わせ抽選の元、全4レースで雌雄が決する。幕開け前の緊張が場を支配する中、名を呼ばれたチームがスタートにつく。
     スターターピストルの高い音と共に第一走者が一斉に走り出した。頭一つ抜け先頭を行く黒の影、井の頭1-7の奏。
    「……負けたくありません」
     静かに渦巻く闘志でインコースを駆ける彼を吉中3Hの光明と井の頭6蓮の月夜が追いかける。
     光明はコーナーで勝負をかけた。体を内に傾け、踵を内側に向け着地し、遠心力を使った高度な走りを展開。転びそうな程足を回し上級生へ食らいついていた月夜に一歩差をつけた。
     4位、天文台3-9のミキが外周から追走してくる。敵の減速を待ち、斜めに差し込む形で二人を抜き去るのが狙いだ。頑張らない、の信条に反し真剣そのもので走る。
     先頭の奏は、早くも第二走者の南守へ交代しようとしている。
    「お前の全力疾走しかと見た! あとは任せろっ」
     全力に応えるのは全力の助走。トップスピードのままバトンを渡し終えた奏を、純也は最後尾から見やる。入念な予習を行ったが今一つ調子が出ない。リレーは戦争。何が起こるかわからない。
    「先行を許した時は、食らいつくまで!」
    「……何も恐れない、何も考えない。……突き抜けてみせる」
     前を行く吉祥寺3-Fの白夜は序盤の加速で疲れが見えていた。最後の直線で温存していた力を出し、桜堤1-1が5番手に浮上する。
    「アレクセイ君、渡すですよ!」
     月夜からバトンを受け継いだアレクセイ。何位だろうと全員抜く気でいく――そう決めた彼の走りは背水の陣。ともすれば倒れそうな程に前傾した疾走は開いた差を詰め、暫定2位の千尋を捉えた。アクセル全開で走り続ける千尋に集まる、舐めるような眼差し。それは主に揺れる豊満な胸に注がれる。……気が散る。
     ここで井の頭6蓮が2位に浮上。5E蓮連合の歓声の中、南守は振り返らず駆ける。仲間の足を引っ張ってたまるか、その想いでトップを守りきり鏡花へ繋ぐ。
    「まさか俺よか遅いなんてねーよなっ」
    「みんなの想いが込められたバトン……!」
    「ご褒美をあげたんだ、後は全力で繋げッ!」
     井の頭1-7、井の頭6蓮、吉中3Hと続々と走者が交代する中、依然4位の天文台3-9。第二走者の辰人はミキの作ったペースを維持し落ち着いて走っていた。
    (「渡し手は相手の手に差し込むように……散々練習したんだ」)
     速度を緩めず八九三へバトンを繋ぐ。5位は桜堤1-1の允、人手が足りない吉祥寺3-Fは飛び入りの走者が走る。追う立場と覚悟していた鏡花を、後続からのプレッシャーが襲う。
    「……ま、たまにはこういうのも悪くないかしら」
     ペース配分の練習を思い出し、冷静沈着に走り抜く。混戦の2位争い、千尋の捨て身の疾走に感動した吉中3Hゲイルがじわじわ距離を詰めていた。不純? いいじゃないですか、それで頑張れるなら。
    (「特別運動が得意な訳でも無い、ですが私も魔法使いです」)
     体格の不利は頭脳で補えばいい。リーチが短い分バトンパスは最短で、コーナーは最適な入射角を計算し突っ走る。咲夜はゲイルの追走を退け、井の頭6蓮の2位を死守。だが、4位の八九三が驚異的追い上げを見せた。
    「散々練習してんだ、ここで一気に抜いてみせる!」
     コーナーに合わせ、競る二人の外周へ出る。焦りが見えた所で加速し、斜めに差し込むように前へ出てインコースを取った。一気に順位が入れ替わり、今度は9I薔薇連合が沸く。
     やや遅れた桜堤1-1の第三走者は哀歌だ。だが、前に『獲物』が居た方が力を発揮できる。2位グループの走るリズムを己の脚に写し取り、ただ一心に、駆ける。
    「私は狩人。それでいい」
     今大会1だったこの追い上げは皆の感動を呼び、会場を熱狂させた。先頭の井の頭1-7はいよいよアンカーの壱が登場だ。
    「バッチリ決めるから、ゴールで待ってて!」
     奏の、南守の、鏡花の――クラスの意思を繋いだバトンを左手に握りしめ、最後まで全力全速で走る。持ち替えのロスを無くす秘策も皆で考えたものだ。
    「アンカー、後は任せたぜ……」
     激走を見せた八九三はマラソン大会2012の覇者、淼に希望を託し力尽きた。応援席を見ると腕をぶんぶん振り上げている音音、それを静かに見守る弟の空音が目に入る。
    「キャ~!! ハルちゃーんv」
    「あのアマ……まあいい。今度こそ……短距離だ!」
    「クオンも素敵だしぃ、今日はハッピーなんだよっ♪」
    「はいはい」
     ハイテンションの音音はぎゅっと空音に抱きつく。男子体操服がむず痒いが、姉が嬉しそうだしいいか、と思った。二人とも運動は苦手だが、この熱狂は、悪くない。
     長身をフルに活かしたストライド走法で加速する。極めて高い技術を持つ淼の走りは、王者の貫録で壱を追い詰めていた。狙いのコーナー出口で遂にトップを奪い取る。
     巧みな戦略を見せた天文台3-9が見事に第1レースを制した。クラスの団結が勝ち取った2着、井の頭1-7も大健闘だ。入念なストレッチで解した筋力を爆発させ、3位を奪い返した吉中3Hのライラが胸を張ってゴールする。井の頭6蓮のアンカー、健は野球で鍛えた俊足を発揮するも4着に留まった。だが激戦区となった第1レース、それでも平均以上のタイム。細かなバトンパスの指示が実を結んだと、確かな手応えを感じた。
     もはやペース配分は無意味と悟り、ふっきれた走りで観客を楽しませた桜堤1-1のフェルトが笑顔でゴールテープを切る。一人でも戦う気概を見せた白夜の吉祥寺3-Fが6着でゴールし、彼らの走りに惜しみない拍手が送られた。

    ●第2レース
    『続いて第2レースです。【吉祥寺キャンパス高校2年5組】【韋駄天】【吉祥寺キャンパス高校2年8組】【井の頭キャンパス2年A組】【武蔵境39】【井の頭キャンパス小学2年桃組】、集まって下さい!』
     吉祥寺2-5はトラブルで選手が一人足りず、たまたま同組連合だった鷹神が代走になった。彼から適当にピストルを渡された生徒が、恐る恐る引き金をひく。
     この命尽きる瞬間まで――速度を一切落とさず、走り抜く。
     その異様な気迫をもって、吉祥寺2-8の鉄子が超全力のロケットスタートを切った。追い縋るのは吉祥寺2-5の供助、同校舎同学年対決だ。重心を強く意識し、内傾の体勢でコーナーの遠心力をものともせず走る鉄子。彼女の背を追い供助もスピードに乗る。ぐんぐん流れる景色に、走る事の喜びを感じて思い切り駆ける。
     3位の井の頭2-A、担任が元陸上選手とあっては負けられない。一番手結衣奈が力強い走りを見せる。後ろのチーム韋駄天こと、吉祥寺2-Cの千夏は最初から飛ばし余裕がないように見えたが。
    「と見せかけて……本命はこっちだぜ!」
     余力を残していた千夏はコーナーで一気にペースを上げてくる。結衣奈は乱されず自分の走りに徹し、確りフォームを守って3位を譲らない。
    「わたしの役割は少しでも前で正確にバトンをつなぐ事!」
    「っし、悠埜! 次は任せた!」
     吉祥寺2-8、吉祥寺2-5、井の頭2-A、韋駄天と続々とバトンが渡る。担任の名にちなんだ揃いの赤いハチマキをなびかせ、武蔵境39の宵帝が5位で入ってきた。3年9組の39だ。やはり気負ってしまったか、華麗なスタートはしそびれた。
    「柏葉っ!!」
    「お任せ下さい! あの日の夕日に向かって飛翔ですよ!」
     だが彼ら、実に楽しそうだ。最後尾、運動が苦手な井の頭2桃のアプリコットも緊張が解れ懸命にスピードを上げる。
    「アプリコットちゃん! ここだよ!」
     彼女を勇気づけるように手を伸ばす第二走者の真白。その手に、確りとバトンを渡し。
    「はいっ! ひゃ、ひゃう…っ」
     勢い余って倒れ込み、慌てて立ち上がる。最年少参加チームの友情と力走に学園中の声援が送られた。
     正しいフォームを身につけ、ストレートでの加速力を強化してきた韋駄天のるりか。序盤ペースを落とし気味に走っていた吉祥寺2-5の悠埜は3位に転落するが、段々とペースを上げていき、2チームは競い合う形でトップを走る樹との距離を詰める。
    (「振り向かない……わたしが見るのは前だけ」)
     イメージ通りの走りを。後続のプレッシャーを受けながら、樹は雑念を払うように軽く首を振る。だが、終盤そんな3チームを追いぬきトップを奪ったのはギィだった。
    「思えば、血と汗と涙無しでは語れない特訓だったっす。でも、それを乗り越えて、今がある!」
     一体何があったというのか。ほぼ同時に突っこんでくる四人。他チームに走り出すタイミングを乱され、吉祥寺2-5の嘉市がやや出遅れる。
    「村雨……! 負けるな!」
     1位井の頭2-A、2位吉祥寺2-8、3位韋駄天。時を駆ける俺こと宗佑は、長い手足を活かした走りを見せるも後続の5位で十織へ。
    「アンカー日和さんに野郎三人の思いよ届け……!」
    「ああ。授業中のイメトレで鍛えまくった華麗なコーナリングを見せてやる!」
     最下位でも、真白は自分と皆の力を信じ軽やかに駆ける。何より初めての運動会が楽しくて、嬉しくて。お母さんにも見てもらいたかった――思い出すと胸にこみ上げるものがあった。
    「見てろよ、オレのど根性。こっから全抜きだぜ!」
     その言葉は嘘ではない。真白から継いだバトンを手に、一はペースを無視した無茶苦茶な走りで前へ進む。慎重にコーナーを走っていた十織へ肉薄、身長差70cmの決死の攻防戦、各組連合を大いに盛り上げる。
     大混戦のトップ争いの中、リードを広げる役割を意識し、1位をキープしていた井の頭2-A雲龍。辛かったけど自信もつけさせてもらった。やるからには勝ちにいく――その想いで走るが、吉祥寺2-8が誇るアスリートのサラブレッド、大帝都草野球クラブ部長鋼人が徐々に迫ってきた。遂に最終コーナーで外周から雲龍を抜き、1位は再び吉祥寺2-8。
    「ゴー!」
    「ハイ!」
     アンカー武道へのバトンパスも完璧だ。スポーツドリンクを用意し、チームの体調管理係として影でも活躍していた韋駄天の光が3位で続く。スタートにこそ失敗したものの、準備運動で暖まった体で全力の走りを見せた吉祥寺2-5嘉市は4位を守って逃げ切る。そして、ここで韋駄天は最終兵器を投入してきた。
    「KST634、吉祥・天女、クラスのために頑張りまーす♪」
    「嗚呼、あめ、今日も最高に輝いているよ! 愛する吉祥寺の街をどんなに綺麗に掃除しても、あめの美しさには適わないよ!」
    「天女ちゃんの、努力と魅力と歌唱力を魅せつけてやるっすー!」
     自分が頑張る姿で、皆に元気と癒しを届けたい。いじらしい想いで走る天女へ、実の兄で熱狂的妹愛者の時雨と、灼滅アイドル集団『KST634』の熱狂的ファン武蔵が熱烈な応援を送る。天女ちゃん痛車と化した武蔵のキャリバーが応援席から放つ視覚的インパクトが凄まじい。トップの隙をつくつもりでペース配分を計っていた井の頭2-Aアンカー、陵華も応援に調子を乱され、2位を明け渡してしまう。
    「な、何だあれ……だが、最後まで全力で走り抜けるぞ!」
    「柔能く剛を制すか。譲らん。ゴールでぶっ倒れても構わねえ!」
     そんな中、武道は柔道で培った下半身の強さを活かして疾走を続け、吉祥寺2-8の1着を守ってゴールテープを切った。2位の韋駄天・天女も笑顔でゴール。井の頭2-Aが3着で続く。
     吉祥寺2-5の4着を死守した鷹神は後ろを振り返る。再下位でも熾烈な女の戦いが続いていた。
    「皆が頑張ってくれたんだもの、ここで頑張らないと『おんながすたる』のっ!」
    「お、お、おやつを見付けた霊犬の如き全力疾走を……!!」
     表彰台は逃したが、それでも目の前の日和だけは抜きたい。緊張でガチガチの日和の赤ハチマキを蓮花は懸命に追い続け、遂に井の頭2桃は逆転5着を勝ち取った。レースを最高に楽しんでゴールした武蔵境39の面々は、皆の暖かい拍手へ隠れたチーム名の由来を返す。
    「せーの……武蔵坂、サンキュー!!」

    ●第3レース
    『間もなく第3レースです。【武蔵境中3A】【井の頭キャンパス2年G組】【玉川上水キャンパス2-9】【天文台高2の2】【井-3】【井の頭キャンパス六年百合組】、前へ』
    「我の作戦は……最初から全力なのだ!」
     3回目のピストルが鋭く天にこだます音と共に、脱兎の如く駆けたのは井の頭2-Gの楼沙だ。スタートで一気に引き離し、逃げ切る作戦に全てを賭ける。
    「ふれーっ、ふれーっ、3組ーっ!」
     井-3こと、井の頭3年3組の応援団である由生が気合の学ラン姿で大きなふくろうの絵の旗を振り翳す。その後押しを受け、後続集団の中から鐐が飛び出した。
    「本格的にやってる連中には及ばないとしても……!」
     スプリントを夢見た頃を思い出しながら、初速を保ったまま3位以下を大きく引き離す。続くのは井の頭6百合のメイ、束ねた髪を軽やかに弾ませ軽快に走る。 その後ろで玉川上水2-9稲葉と、武蔵境3Aの華丸が4位争いをしていた。
    (「トップでインコーナーに入りたかったけど……」)
     稲葉はコーナーで無理に抜く事はせず、スピードを安定させ直線で一気にリードを奪う。
     慎重に走り、一歩出遅れた天文台2-2の鈴。前だけ見るべし、横は見ない――そんな鈴に運が向いた。加速しすぎた楼沙がコーナーで転んだのだ。
    「フーリエ君っ!」
     その隙に井の頭2-Gを抜いた井-3が1位、井の頭6百合が2位でバトンを渡す。
    「切丸……っ! 任せた!!」
     続く玉川上水2-9。華丸もすぐ後からそれを追う。好きな仲間と共にこの大舞台を走れる喜びが、血を沸き立たせ体を熱くする。
     ――勝ちてぇよな?
     第二走者の千早が助走を始める寸前目配せする。勝っても負けても仲間と分かち合える、が――千早がふっと笑った気がした。
    「さあこい鈴!」
    「前向け、前ー! そぉい!!」
     鈴からマキナへ、激しくも柔らかく愛のバトンが渡る。最下位となった井の頭2-Gのアリスティアは、開いた差にも焦りを見せずペースを保って堅実な走りを見せる。そんな中、8H百合連合の応援が盛り上がってきた。
    「勝利の二文字の為、己が全霊を尽くし貢献するまでです!」
     2位の井の頭6百合フーリエが凄い追い上げを見せていたのだが、1位との差は中々縮まらない。
    「地獄合宿と比べたら、これくらい!」
     先日の東名高速を思い出し、アクセル全開のギリギリで雪花はひた走る。1位2位にやや差はつけられたが、コーナー手前で千早が切丸を抜き武蔵境3Aが3位を奪った。抜き返されないよう、外側にやや膨らんでインコースを走る。切丸も日頃山道を走り込んで培った足腰の強さで、力強い走りをキープし後を追う。
    「射緒、頼んだ……っ」
    「雨霧、頼む!」
     4位の玉川上水2-9までが三週目に入った。終盤温存していた力を出し、5位で上がってきたのは井の頭2-Gだ。
    「想いを……繋いで下さいませ……!」
     走るリズムを合わせバトンタッチ、風花は良いスタートを切る。
    「くっ、キャリバーで飛ばせばあっという間なのに……」
     体力には自信なしのマキナ、200m間でほぼ力尽きながらも目は死んでいない。無事昂修に交代し、達成感を感じつつへたり込んだ。
    「このリレーは、4人全員が頑張らなきゃ成功しねぇんだからな」
     のんびりしている場合ではない。ペース配分は捨て、鈴とマキナの本気を少しでも前へと繋ぐため昂修も全力疾走する。
     その頃、暫定1位の井-3の縁は井の頭6百合の第三走者、銀子の大胆な追走から逃げていた。コーナーで転びそうになりながらも限界まで加速し、銀子はとにかく攻める。
    「オラァ! 勝つとしたらバクチに出るしかねーんだ!」
     そんな中、井-3応援団の詩月が蜂蜜レモンのドリンクを持って手を振っているのが見えた。
    「縁くん、かっこいいよー! 勝ったら今日は奢っちゃいましょうっ」
    (「しづきちが走者を変わってくれたんだ。オレはオレの役割をするだけだ!」)
     彼女の声援で縁の集中力が研ぎ澄まされ、ぎりぎりで銀子を巻く。依然3位につける武蔵境3Aの射緒は、開いた差を埋めようと激しい前傾姿勢をとり、捨て身の走法で弾丸のようにカーブを駆けた。
    「トップで戻ってこれたらあまーいのあげちゃいますよーっ、はむっ♪」
     応援席では、ミニスカ猫耳猫尻尾で可愛く決めたひらりが、直人に見せびらかすようにドーナツをぱくり。
    「そう思えばっ、力も入るというものだ……!」
     かなりの食いしん坊である彼へのご褒美作戦は効果てきめん、鋭く射緒を追い走り続ける。後方では5位の井の頭2-Gに6位の天文台2-2が食らいついていた。
     行事やイベントの度に一緒に遊ぶ大切な友人達。皆の力走を無駄にすまいと、風花は怯まず冷静なコーナリングで5位を守る。
     いよいよアンカーにバトンが渡り始めた。1位井-3、2位井の頭6百合、3位武蔵境3A。4位に玉川上水2-9。1位2位はほぼ横並びで、3C桜連合と8H百合連合が大いに盛り上がる。
    「ボクの脚線美が伊達じゃないことを証明するのだ!」
    (「皆が繋げてくれた大事なバトン。キツイ? 疲れた? そんなもの、終った後で思えば良い!」)
     凪と光滋が最後の直線を駆ける。差をつけたのは長ランに鉢巻き姿の同じ3C桜連合、紅鳥による応援だった。
    「いっけーいけいけいけいけ凪!!」
     大いに盛り上がった3C桜連合の声援を受け、1着は凪が奪取。大健闘の井の頭6百合が2着となった。
    「次こそは雪辱を晴らしてやるのじゃ!」
     2位との間は最後まで縮まらなかったが、武蔵境3Aのアンカー・アルカンシェルは最後まで全力で腕を振る。最終ラップ序盤は大人しかった玉川上水2-9の澪が気付けば後ろに迫っていた。
    「よし、あとは気合いだ……!」
     だがゴール寸前、アルカンシェルがまさかのヘッドスライディング。3着は武蔵境3Aが根性でもぎ取った。
    「おりゃーーー!!」
     走る、走る、走る、明日の事なんて気にせず走る。熱い走りで凄い追い上げを見せた葵が天文台2-2を逆転5着に押し上げゴールする。
    「新くん、男子の意地見せてよね!」
    (「そうとまでいわれちゃ、中途半端なことは出来ない!」)
     勝負運に恵まれなかった井の頭2-Gだが、アンカーの新は最後まで全力で走った。とにかく、一歩でも早く。ゴールの向こうでチームメイト達が手を振っていた。

    ●第4レース
    『次が最終レースです。【武蔵境高3-2女子】【井の頭キャンパス中学2年D組】【井の頭キャンパス3年G組】【Roses in May】【桜堤キャンパス中学2年F組】、前へ!』
     そして遂に、残り5チームによる最終レースが始まる。4度目の号砲が校庭に響いた。
     頭一つ飛び出したのは桜堤2-Fの賢汰、そして井の頭4年薔薇組ことRoses in Mayの織姫。
    「オレは風になる!!」
     足の回転に意識を集中し、緊張も風で吹き飛ばす。言葉通りの疾走で賢汰が1位に立った。
    「逃げこそロマン。5月の薔薇の栄冠、獲っちゃうよ!」
     チーム名は織姫の命名だ。鍛えた勘で得たリードを守り、隙あらばインコースに盗み入ろうと賢汰のすぐ後ろにつく。後続の3組は横一線。リーチで一歩優る井の頭3-G亜理栖が、大股の足運びを意識し前に出た。
    (「これが限界って思っちゃいけない。僕に限界なんてない」)
     全力で走る亜理栖を、井の頭2-D茉莉花は落ち着いて追う。日頃の交流で培った連携力、皆となら見せられるはず。失敗せず希望を前へ繋ぐ事、それが何より大切だ。すぐ後を追う武蔵境3-2女子、梓はふと応援席に目をやる。クラスの応援団に渡した手作り弁当の事が気になっていた。
    「柳兄さん。梓が友達作って元気にやってるよ。どうか力になって」
    「って、兄さんの遺影を持ってくるな馬鹿っ!!」
     神燐は唐揚げをつまみつつ笑って手を振っている。
    「賢汰さん、あと少し。……よし、行ってくるね」
     続々とバトンは第二走者へ。トップの桜堤2-F、咲耶は少々ぎこちない手つきながらもバトンを確り握りしめた。2位、Roses in Mayのイーニアスがバトンパスの瞬間に僅かな差を詰め、逆転する。
    「神様、どうか見守っていて下さいね……!」
     インコースを取りコーナーを駆けるイーニアス。順位を上げてきた井の頭3-G・なをが、外周から攻めてきた。戦局を見極めた冷静な走りで消耗を抑え、後半トップに立ったのは井の頭3-G。
    「アナちゃん! はいっ!」
     茉莉花のバトンを4位で受けたアナスタシア、最初の100mで飛ばす作戦だ。対して5位の朝乃はペースを守り直線で抜くのが狙い。駆け引きに差をつけたのは応援団だ。
    「もし1位だったら何か奢るぜー!」
    「本当? もりもり食べちゃうよ?」
     揃いのハチマキをつけた空牙や春仁の激励に応え、朝乃は開いた距離を後半で巻き返し井の頭2-Dを抜く。アナスタシアも疲れる後半に合わせて走法を変え、加速を始めた龍夜に望みを繋いだ。
    「龍夜、後はお願い!」
    「井の頭中2年D組がんばれ~!」
     勝負が三週目に入る中、クラスメイトの力走へイヴも声援を送る。隣で負けじと井の頭3-Gを応援していたアンカーがふっと笑った。
    「リレーはいいよね。『みんなで』頑張るところが」
    「はい!」
    「高校生活最後の記念。リレー、勝つぞ」
     弁当の検閲という仕事もある、早くゴールしたい。摩耶はコーナリングを武器に、3位を争うRoses in Mayと桜堤2-Fを外周から抜こうと試みる。
    「あたし、こうみえても体育は得意なのっ♪」
     一見小柄な少女ながら、Roses in Mayの杏子は粘り強くインをキープする走りで前を譲らない。桜堤2-F深月紅も女同士の戦いに静かな闘志を燃やす。
    (「絶対に、勝ちたい」)
     皆にも秘密で個人練習を積んできた。速度を落とさず、全力でカーブを駆けきる。1位を守ろうと走る井の頭3-G裕也を遂に混戦へ巻き込んだ。
     後方から迫る影には誰も気づかない。ラスト50mに勝負をかけた井の頭2-D龍夜の読みが当たり、混戦による皆の疲労を見逃さず喰らいつく。
    「後は任せた!」
     井の頭3-Gがやや遅れたが、他のバトンタッチはほぼ同時。どこが勝ってもおかしくない状況に、各組連合の熱気も絶頂だ。
     皆で繋いだバトンを、一番でゴールに。姿勢を意識する武蔵境高3-2女子のエース・朱花が最初の直線で頭一つ抜けたかに思われたが、桜堤2-Fあさひと井の頭2-D裕士が怒涛の追い上げを見せる。
    「とりゃあああああっ!」
     白いテープを切る、その気合が裕士を動かす。皆の諦めない走りを引き継ぎ、一時最下位だった井の頭2-Dがトップを奪った。
     だが、最終コーナー後であさひが前に出る。通学路で人ごみを真っ直ぐ抜ける一風変わった練習が、3位以下の混戦から脱するルートを導き出した――あさひと裕士が同時にゴールテープを切る。判定は、映像待ち。
     3着でゴールした朱花を、武蔵境高3-2女子応援団と仲間達が暖かく迎える。Roses in Mayのアンカー・マシューもラストスパートでの追い上げを頑張ったが一歩及ばず4着となった。
    「ふぅ。優勝はできなかったけど、みんなと走れてよかったよ」
    「見ろ、これが、一年でオレが一番輝く瞬間だ!」
     遅れが響き5着が決まった井の頭3-Gの琥太郎だが、ペース配分をやめ猛ダッシュで走る。彼が輝かしい疾走でゴールを決めた後、判定が出た。
     1位、桜堤2-F。2位、井の頭2-D。
    「これが、ボク達の努力の結果なんだ!」
     嵐のような6F菊連合の歓声の中、あさひは最高の笑顔でVサインを作った。

    ●栄冠
     そして、レースの総合結果が発表される。全走者と応援席の生徒が固唾を呑んでその瞬間を待っていた。
    「優勝は……第1レース【天文台通り3年9組】! 君達こそ武蔵坂最強だッ!」
     読み上げられたその名に、9I薔薇連合がどっと沸き立つ。
     タイム順での2位は【井の頭キャンパス高校1-7】、3位【吉祥寺キャンパス高校2年8組】となった。他の組もその健闘ぶりを讃え、表彰台へ上がる3チームに力一杯の拍手を送る。MVPには4位からの追い上げと、運動会を盛り上げる熱血パフォーマンスを評価された八九三が選ばれた。
     勝った者も負けた者も、未だ冷めやらぬ興奮に包まれる中リレーは閉幕した。
     今日の思い出を胸に刻み、数多の灼滅者たちは明日も死地を駆けるだろう。
     繋ぎたい未来がある限り。仲間と繋がる絆がある限り。未だ見果てぬ終点を目指し、彼らはまた走り出す。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月26日
    難度:簡単
    参加:100人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 15/感動した 5/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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