五月病愛好会

    作者:一縷野望


     あんなに苦労して苦労して入った大学の薬学部。
     夢とラブあるモッテモテの日々だと思いきや!
     ……なんかさ、俺よりちょっとデキル奴がいてさー、女の子みーんなそっちばっかなんスよ。
     地元ではクラス一の秀才だったのに、周りが同レベルだからそれも自慢にならないし。
    「なーんか、ゴールデンウィークで実家帰ったら、高校の友達とか親とかの期待と自分のギャップにぐったりしちゃって……」
    「わかりますわかります」
     穏やかな音楽の流れるマンションの一室にて、諏訪ミレイはそのメロディに相応しい優しい微笑みで眼鏡青年の手を取った。
    (「やわらけぇ」)
     青年のときめきもわかった上で知らない振り、ミレイは笑顔を崩さぬままで続ける。
    「五月病ですね」
     きっぱり。
     言いきられてしまったら、ちょっと不安定な心はさっくりそうだと認識してしまう。
    「でも、安心して下さい。私の元にはそういう方が沢山集っていて、みんなで心を支え合ってるんですよ。実はこのマンション全部、我が『五月病愛好会』のモノなんです」
    「ええ?! 本当ですかー?!」
    「はい」
     にっこり。
     ますます笑みを深くすると、ミレイはなんだかややこしい書類を差し出した。
     わかりやすく言うと「私は『五月病愛好会』のセミナーに参加して、滞在費としてど偉い額のお金を払います、ローンで頑張る!」ってことである。
     型に嵌めてこれでまた人生崩壊、不幸な人をご案内である。
     色々うるさかったソロモンの悪魔ももういないし、これからは好き勝手にお金を集めて人の転落を垣間見ようと、思う。
     

     この時期、新しい環境に適応出来ない人が『なんだかやる気がでないなー』とかって感じになるのを五月病と称することもある。はい、ざっくり解説終わり。
    「五月病を愛好してるのは絶対ミレイだと思うんだよね」
    「だよなー」
     灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)の隣で、手に入れてきた『五月病愛好会』のチラシを掲げるのは陽瀬・瑛多(中学生ファイアブラッド・d00760)。
    『病院に行く前にまずはお気軽に相談してくださいね♪』
     にこにこと柔和に微笑む女性を中心に、心のケアがうんたらなどのそれっぽいキーワードが散りばめてある、オレンジを基調にしたチラシ。
     ココに行けばなんだか救われそう、そんな甘い罠。
     で、実際にココに行くとどうなるのかというと……。
    「すごい大金を払わされた後に、マンションに軟禁状態。ひどいよなー!」
    「で『カウンセリング』と称しては、ミレイは言葉巧みに不安を増幅して『遊んでる』よ」
     みみっちいと言えばそれまでだが、この『愛好会』に入ってくる人は日々増加の一途を辿っている。
     中には有名な大企業の新入社員もいたりして、立ち直った振りで復帰した彼らはもうミレイの駒。なにをしでかすか。
     更にはこのような不安定な状態に置かれ、彼らや関係者の内なるダークネスが目覚めてしまうやもしれない。
    「ミレイは『どうなろうと楽しければいい』スタンスだから志向性はないけど、逆に言うと悪くなる可能性はいくらでもあるんだよね」
     考え無しだからこそタチが悪い。
    「このチラシもらった時は、まさかそんなえげつないことやってるとは思わなかったなー」
     むーっと唇を曲げる瑛多は思わずチラシぐしゃりと握り締める。
    「それ、大事な資料」
    「あ、つい。でももう1枚あるよ」
     それなら安心だね!
    「まぁこんな風に一般にひらかれてる『五月病愛好会』だから、相談者として少人数が潜入するのは難しくはないよ」
     相談者は年齢が高い方がよりリアリティがあるが、今どき小学生だって五月病。しっかりと設定を作り込みもっともらしいく悩みを口にすれば大丈夫だろう。
     重要なのは『設定』と『リアリティ』
    「で、相談が佳境になったところで、残りの面々は家族や友達のフリして『探したんだぞ』『こんないかがわしい所に来るなんてとんでもない!』って乗り込めばOK」
     ミレイはそういう時の修羅場も大好物としているので乱入歓迎。
     仲裁する振りで言葉巧みに不安を煽り、乱入者を含めて『五月病愛好会』へのお持ち帰りを狙うぞ!

    「で、ミレイの能力だけど」
     ミレイは強化一般人。
     影業の『影喰らい』と『影縛り』後は護符揃えの『導眠符』と『防護符』を使用してくる。
     また戦闘となると配下の強化一般人が4名が現われる。彼らはWOKシールドのサイキックを使用してくる。
    「配下は壁役として立ち回る。キミ達灼滅者がミレイの討伐が目的と悟ったら、速やかに彼女を逃がそうとするだろうね」
     残念ながらマンションの構造はミレイの方が把握しているため、真っ当な手段での逃走拒否は困難を極める。
    「けどね、ミレイの性格を利用すれば、逃走はあっさり防げる」
     即ち。
     戦いながらエンドレス修羅場。
    「設定に沿った演技を延々延々続けながら戦えば、ミレイはその場から離れられない。でもって指示もできないから配下の足並みも乱れる……いいことづくしだね!」
     標はイイ笑顔……と言っても口元をいつもよりちょっとしっかり持ち上げる程度だけど、まあそんな表情で爽やかに言い切った。
    「あとは、相談者役はミレイへ相談したコトで盲信状態……のふりは重要だね」
    「え、攻撃できないんじゃ……」
    「その辺りは上手く工夫して」
     瑛多のツッコミに対して、エクスブレインは対応策を丸投げした!
     とにかくミレイを惹きつけるためには、8人がガチで設定を組み上げてそれに沿った演技が要求される。
     ――とてもハイレベルですね。でもみんなならやれるとしんじてる!
     
    「ミレイと4人は残念だけどもう救えないよ」
     でも彼らを倒すコトで、拐かされた被害者達は日常生活に復帰できる。
    「頑張りたいところだよなー」
     チラシを握りこみガッツポーズを取る瑛多の隣、標は黒髪揺らしこくりと頷いた。


    参加者
    黒瀬・夏樹(錆色逃避の影紡ぎ・d00334)
    陽瀬・瑛多(中学生ファイアブラッド・d00760)
    草那岐・勇介(舞台風・d02601)
    藤森・柳(アステリズムフォーチュン・d03435)
    柊・志帆(無常の伏流・d03776)
    楪・奎悟(不死の炎・d09165)
    城戸崎・葵(素馨の奏・d11355)

    ■リプレイ

    ●思春期の憂い
     オルゴールアレンジのクラッシックがさりげなく響くマンションの応接間で、ライムグリーンの柔らかなソファに腰掛けるのは3人の中学生である。
    (「ふふ、未来ある若者が3人もドロップアウトだなんて贅沢なご馳走です♪」)
     そんな悪趣味な内心はおくびにも出さず、諏訪ミレイは穏やかな話調で名乗り一礼、真向かいに腰掛けた。
    「よろしければどうぞ」
     ハーブティが注がれたタイミングで、黒瀬・夏樹(錆色逃避の影紡ぎ・d00334)と陽瀬・瑛多(中学生ファイアブラッド・d00760)は顔をあげた。
    「転校で寮生活になっ……」
    「中三で最高学年になるわけで……」
     かぶった。
    「ご、ごめんなさい。遮ってしまってごめんなさい」
     切り揃えた前髪と細く束ねた後ろ髪がひょこひょこ、全力で頭を下げる夏樹は非常に庇護心をそそる。
    「そんな謝んなくてもいいけど」
    「僕なんかがでしゃばりすぎて、ごめんなさい」
    (「加害妄想君と割と普通系男子、ですね」)
     と、キャラを掴みつつ、視線は困惑と焦りを浮かべる柊・志帆(無常の伏流・d03776)へ。少女は促されるように口火を切った。
     ――友達は犬の事しか話してくれない。私を見てくれない。
    「おまけに犬臭いって……でも、同じような空気持った子に会ったんだ」
    「共感してくれるお友達は宝物ですね」
    「俺……」
     こっちだってと身を乗り出す瑛多にも等しく微笑みを。
    「レギュラー取れるかと思っても取れないし」
    「周りの期待重い、ですか?」
    「はい、親とOBがプレッシャーで」
     ミレイお姉さんにドギマギしつつ、瑛多はひとさし指をつんつんあわせ頬を染める。
    「全然身長伸びないしー、正直行き詰ま……」
     !
    『身長』が夏樹のトラウマにヒットしました。
    「いいじゃないですか、僕より高いですし。それに男の娘扱いされないんでしょ」
    「お、おう」
     豹変する夏樹に瑛多は呑まれた。
    「私の方が深刻なんだから」
     同じ空気を持ってるかに見えた彼、話を聞いてあげたらいつでも気配を感じるようになった――所謂ストーカーである。
     おかしいな、ここには黙って来たはずなのに、今も気配を感じてる。
    「志帆さん、僕がいるのになぜ!」
     いた。
     やっぱ、いた。
     扉をあけ現われたストー……草那岐・勇介(舞台風・d02601)に、志帆は助けを求めるようにミレイを見た。

    ●親切押し売り!
    「そこまでです! そんな怪しげセールスに騙されてはいけません!」
     颯爽と愛犬プチミント現われた彼、藤森・柳(アステリズムフォーチュン・d03435)もまた中学3年生、身長160cm未満。
    「「「せーるす?」」」
     相談者達が固まったぞ、まだローンの話をしてないからね!
    「……と、プチミントが言ってます」
     あ、なすりつけた。困ったようにきゅーんと俯くわんこの仕草に志帆もコペルをさりげなく呼びだしなでなで。
    「君達が何やら危なさそうな場所入るの見かけてね……」
     黒縁眼鏡の奧の思慮深い瞳を、城戸崎・葵(素馨の奏・d11355)は若人達に向ける。
    「デート中だったけどどうしても心配になって来たんだ」
     恋人ジョルジュの腰を抱き寄せてリア充は言いやがった。ふわり漂う茉莉花の香り――ちくしょう現状に満足しやがって、五月病が入り込む隙ないじゃないですかー!
    「瑛多、夏樹……俺という友人がいながら……」
     後ろのドアが開き秘書っぽいのが4人入ってきたのを把握しつつ、楪・奎悟(不死の炎・d09165)もまた部屋に踏み込む。
    「なんでこんな所で相談するんだ?」
     俺達の友情はそんな薄っぺらいものだったのかと吼える奎悟さんの身長は180cmを軽く越え。
    「「「背が高い奴に何がわかる(わかりますか)!」」」
     くわっ!
     思春期君の悲痛な叫びがハモった。あれ? なんで柳が混ざってるの? ハッと我に返ると柳は淀んだ瞳の彼らに改めて「しっかりしてください!」と呼びかける。
    「持っている方は自覚がないから、無意識に人を傷つけるのですよ」
     もっともらしく言葉を添えるミレイだが冷たい気配に口を閉ざした。
    「あなたの言葉は信憑性がありません」
     聞こえるか聞こえないかのか細い声は、感情という綾を一切連れずにばっさり。
     ヒルデガルド・ケッセルリング(Orcinus Orca・d03531)の落ち着きはこの狂乱の場に馴染まない。
     ひそひそ。
     怪訝に感じたミレイの秘書Aがなにやら耳打ちしてる間に、
    「背が低いとか、周りがとか、犬がとか……言い訳など言わず現実を見てください」
     ざくざくざく。
     ヒルデガルドは相談者達も素気なく斬って捨てる。
    「お前、警察か?」
    「いえ」
     秘書Bの問いも斬って捨てる。なんか一瞬シャチが出て秘書が血ィ吹いてるけど、多分気のせい。
    「ツンデレです」
     予想外の返しにこの場の全員がざわついた。
    「デレはあるんですか?」
     柳の素朴な疑問にはヒルデガルドの無情の面差しが縦に揺れる、あるらしい。
     ……で、誰にデレるんだ?
    「僕には彼女の不器用な想いがわかります」
    「だったらそっちに行ってよ」
    「信じられる人がいなくなると感情を表にするのが怖くなるんですよね」
     両親の離婚、祖父母に引き取られ愛情に飢えた日々……勇介は自分可哀想劇場の幕を上げる。
    「あなたのそれも五月病ですね」
     と、ミレイが伸ばす誘惑の手を、
    「でもっ!」
     ぺしっと振り払う勇介、足は真っ直ぐに志帆へ。
    「僕は志帆さんがいれば大丈夫です。志帆さんが話を聞いてくれます」
     ――駄目だ、今日も勇介とは会話が成立しない。
    「どうしてここにいるってわかったの?」
    「窓からお部屋に入ったら、チラシがあって」
     さらりと不法侵入ゲロった、お巡りさんこいつです。
    「いや、ストーカーは重過ぎるでしょ」
     素に戻る瑛多を置いて、ミレイは不安げな志帆へと近づいた。
    「五月病愛好会に入会すれば24時間しっかり見張ってあげられますよ?」
    「ミレイ様にずっと見てもらえるんですか?」
     ときめき一杯、瑛多が食いついたぞ。
    「ええ。全て見守って差し上げます」
     各部屋監視カメラと盗聴器完備、強請れる弱味は逃しません!
    「お前らは騙されてるんだ!」
     素敵笑顔で契約書を差し出すミレイの手を鬼の形相で振り払うは奎悟。
    「その通り」
     葵も真剣な顔で大仰に頷く、背中で秘書をちゃっかり殴ったジョルジュを庇いつつ。
    「君達みたいに『小さくて可愛らしい子』がこんな書類にサインしたら何されるか解ったものじゃない」
    「「「!!!」」」
     あ、怒りで震える少年達の指が契約書を引き寄せたぞー。
    「待て。落ち着け!」
     実力行使、奎悟は契約書を燃やす素振りで秘書を燃やす。
    「『身長なんて』放っておいても案外伸びるモンだぞ?」
     少年達を宥めるつもりで華麗に地雷を踏み抜いた。
    「悪かったですね……小さくて、可愛くて!」
     怒り任せの夏樹が腕を振り上げた拍子に漆黒の蛇腹が秘書の足を薙ぎ払う。
    「うっせうっせ、背の高い奴に俺の悩みはわかんねーよ」
     葵に殴りかかる素振りで瑛多は秘書の右頬をぶん殴った。ザ★八つ当たり。
    「皆、落ち着いて、とりあえず僕の歌でも聞くんだッ!」
     主犯その1がなにか言ってる、いや謳ってる。葵のギターにあわせ彼女がリズムを取るように躰を揺らした。
    「ミ、ミレイ様……」
     場に混乱がまき散らされる。流石に異変に気付いた秘書が注意を喚起した。それを見て取り柳はすかさず声をはりあげる。
    「いいじゃないですか、僕なんか扱いがひょろめがねですよ!」
     相談者を宥めるつもで引っかき回しミレイを惹きつける作戦だ。
    「人外です、よ……?」
     そんな柳さん、セルフサービスで鬱突入です。
    「…………死にたいですよ」
     どんより。
     沈む瞳で指輪を撫でればとても冷たかった。
    「ああ、やる気ないやる気ない」
     どんよりどよどよ。
     ミレイじゃなくて闇と契約しちゃうぞー。

    ●サインするだけですよー
    「あなたもお友達と一緒に入りましょう」
     柳に寄り添ってミレイは肩に指を触れた。
     ミイラ取りがミイラ――連れ戻しに来た人が逆にハマると、元凶の人が正気に戻っても後ろめたくて抜けられない。だからミイラ取りをハメるが定石。
    「ミレイ様」
    「お黙りなさい、今良いところなんですから」
     秘書達の混乱が上昇した。
    「もう鬱だ、やる気しない」
     ふっ。
     三角座りな主に、もふもふプチミントが頭にのり癒そうとし……あ、噛んでる。
    「痛ッ」
     これも愛、わんこの愛。
     ふかーく理解を示しながら、志帆は健気に六文銭をしゃーっとばら撒くコペルに内心で「ごめんね」と手をあわせた。
    「志帆さん(2人だけの世界に)帰りましょう」
     勇介の声なんて、ましてや()内の本音なんて聞こえなーい。
    「どいてください、警察を呼びます」
     こんな場所でもヒルデガルドは冷静だった。
     携帯電話を耳に当てるふりで同士討ちを仕掛けない秘書をしっかりと選別、シャチを向わせる。容赦というものが欠片もない。
    「帰りましょう、家族が心配していますよ」
     トラウマにのたうつ秘書を前に、稀く儚い声でヒルデガルドは囁いた。
    「背が低いなどというあなた達の悩みは些細なことです」
     ――なぁ、ヒルデガルドさんや、言葉の鞭って知ってるかい?
    「うっせ俺はミレイ様のもとでレギュラーになるんだー」
     そんな瑛多の瞳は涙目だ。
    「そうそう、少しくらい小柄な方がかわいげがあって良いじゃねぇか」
     でもヒルデガルドの説得(?)を拾い、奎悟は中学生ズに琥珀をあわせ親身に説得開始。
    「まだ中一だろ?」
    「中三だー」
     それだけ背が低く見えるって事かこの野郎!
     奎悟に殴りかかる振りで秘書を殴る瑛多を横目に、葵は覇気のない夏樹を気遣い語りかけた。
    「君は伸びなくたって、このままの方が可愛いよ」
     真顔。
    「だから可愛いって言わないで下さい」
     マジ怒。
    「なぁ、ジョルジュもそう思うだろ? ……やっぱりそうか、うんうん」
     聞いてない。
    「小さくて愛らしい方が女心をそそるって」
     でもジョルジュは僕とラブラブだけどねー。
     こういうのなんて言うか知ってる――火に油。
    「な? こんなとこで悪い大人に誑かされてるんじゃねぇよ。柳……は、大丈夫か」
     プチミントの愛の齧り付きが効いているようで奎悟お兄さん安心♪
    「さぁ、帰るぞ」
    「ええ、帰りましょう」
     奎悟と葵は優しい眼差しを注いだ、20cm上からな。
    「見下ろしてくんじゃねー!」
    「こんなに心配してるのに、何で分かってくれないんだ!?」
     頭を抱える奎悟。
    「力づくで証明します。僕が男だってことを!」
     秘書が夏樹の漆黒蛇腹に巻かれていても気にしなーい。
    「後輩の成長についていけないあなたも、五月病なんですよ」
     ――この場にいる8人をお持ち帰りがゴールとか、えらい高い目標を立てたモンだな、ミレイ。
     もう秘書の制止なんて聞いてない。
     ヒルデガルドのシャチが1人を噛み倒したけど、もはやミレイさんの目には入っていないのだ!

    ●騙し騙され
    「志帆さん怖かったでしょう?」
     先程闇と契約した(自己回復した)勇介の笑みは何処までも深く病んでいる。傍らに来られるだけでぞわってくるとか、勇介の演技力は相当なものだと思うんですよ、ええ。
    「私はあんたが一番怖い」
     ですよね。
     家庭崩壊は勇介の視野狭窄……わかりやすく言うとヤンデレストーカー気質が起因だとしか思えない。
    「僕が助けに来たから安心してください、逃げましょう」
    「私は自分の意思でミレイさんに相談に来たのっ」
    「なっ?! さっそくマインドコントロールなんて……非道い!」
     さあ逃げましょうはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく!
    「うっさぁぁぁぁいっ!」
     ぶちん!
    「ミレイさんはやっと出会えた相談できる人なの!」
     くわっと勇介を見下ろしながら、掲げた鬼吼。ドス黒い風にはそのミレイさんも巻き込まれてるわけですが。
    「ミレイさんは犬臭いとか言わないし!」
    「アニマルセラピーとかいいよね。プチミントと一緒に引き籠も……」
     あぎあぎ。
     この牙が癒し。癒し道は斯くも難しいとめがねに滴る血も気にせずに、柳は呟き続ける。
    「やる気ないミサイルー」
     でもミサイルはめちゃくちゃやる気で最後の秘書に追撃追撃!
    「ッ……きゃっ?!」
    「ほら、ちょこまか避けたら危ないじゃないですか!」
     さも「狙ったのは葵なのに」的なことを言いながら、夏樹はミレイに黒を伸ばす。
    「俺の中の五月病が疼いてミレイさまを攻撃してしまうー」
     超棒読みだ!
    「疼く五月病?! 詳しく聞かせてください」
     だがしかし、両手を広げ瑛多のマテリアルロッドに横殴りにされるミレイ。いっそあっぱれかもしれない、どれだけ五月病が好きなんだ。
    「可愛い後輩達が話を聞いてくれないのは環境の変化。でもあなたはついていけてないの」
     それどころかまだめげないで奎悟を口説くぞ!
    「お前が誑かしたのか!?」
     そうなんだなと奎悟は彼女へ炎を放つ。
    「熱ッ」
     涼しげに見えて苛烈に、ミレイはその命の殆どを灼かれてしまった。
    「背が低くたって良いじゃない、君には君の良さがあるのだからさ」
     葵、まだ地雷を踏むのを止めないのか。
    「私はストーカーに悩んでるのっ」
    「愛だよ」
     即答。
     ジョルジュさんと見つめ合う葵さんはお互いに愛が成立してるからいいんですけどねー。
    「貴方達が白日夢を見るのは勝手ですが……」
     ビルデガルドのそれは誰に向けられた台詞だろうか――きっとこの場の全員に向けてだ、含む自分。
    「何時まで夢の中に居るつもりですか」
     ヒルデガルドが指さすのは、ミレイ。
     体から生まれ出たようなシャチは漆黒の海を飛び立つと自称カウンセラーを軸に螺旋のように天井へ踊る。
    「……ッ……あ」
     膝を折るミレイは、それでも血塗れの指で契約書を悩める子羊へ差し出した。
    「茶番劇もこれでおしまいです」
     悩みは本気じゃないと夏樹はそっぽを向く。
    「犬臭いいわれた程度で傷ついてたら犬好きやってらんないし」
     しれっと返す志帆。その顔には「どうなろうと楽しければいい」と描いてある。
    「あなた達を、スカウトしたかった……です」
     ――彼らの瞳に自分そっくりの「嘘」を見出し、ミレイは何処かやりきった顔で自分の命を手放すのであった。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 13
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ