禍鴉~片翼のヒュッケバイン~

    作者:那珂川未来

     小さな施設が建つ大きな敷地内の駐車場に、霊柩車が止まった。後続のバスから、喪服を着た人たちが次々と降りてくる。
     ここは地方の火葬場。稼働久しい本日。粛々と亡くなった方を送る火葬が執り行われるようだ。
    『……ああ、鴉が騒ぐから何かと思えば』
     ふらりと敷地内に入ってきた男は、どう見ても参列者ではなかった。
     漆黒の髪、感情そげ落ちた顔。まだ肌寒い季節でもあるというのに、ランニングという恰好も目を細めるところであるが、肌が病的なまでに白い。
    『ここ、火葬場だったんだ……』
     鴉が騒ぐのは、死体があるからだと納得した、どう見ても普通には見えない男は、ぞろぞろと降りてくる参列者と火葬施設を見つめながら、ふと思った。
     それは気まぐれに思いだした、流行のゲームだ。
    『……君に役目をあげよう』
     火葬することがこの建物の真の役目ならば。男は能面のような顔のまま、ふらりと参列者へと足を進める。すると、無造作に振り上げた左腕から、鳥の羽のような形をした刃が、13本。
    『そして、なりそこないにも新の役目を』
     まるで鳥のように軽やかに跳躍すると、その腕から生えた刃を振るい、人々を次々と切り裂いてゆく。
    『早くおいで、灼滅者……』
     
     
    「六六六人衆の一人が、またキミたちを狙ってきた」
     硬い表情で出迎えたのは仙景・沙汰(高校生エクスブレイン・dn0101)。
     キミたち、という言葉から、そこにいる灼滅者誰もが六六六人衆がまた闇堕ちゲームをはじめてきたのだとわかった。
    「相手は序列五〇八、『片翼のヒュッケバイン』という異名を持つラーベ・ブルーメという男だよ」
     序列通り、かなりの強敵である。灼滅することは、今の灼滅者では不可能だろう。
     しかし、相手が一般人を殺害しようとしていて、それを救えるチャンスがあるというならば、行かなければならない。
     それが、使命であるから。
    「ラーベは、地方の火葬場で事件を起こす。当日のちょうど正午に、火葬場の駐車場内に霊柩車と三十人ほど親族の乗ったバスが入る。親族たちが五人ほど降りてきた時、ラーベは殺戮を開始する。皆は、その五人目が降りたときに、割って入ればいい」
     待機場所は、その火葬場の風除室で、喪服を着て関係者っぽい感じで待っていれば大丈夫とのこと。風除室はガラス張りだから、周囲は見渡せる。風除室からバスと霊柩車のある場所までは、一息で行ける距離なので、十分阻止は可能。二十分も前から待機していればバベルの鎖に察知されることはない。全員で間に割って入れば、その時点で誰も殺されることはない。
    「どうにか初撃を受けとめたら、すぐに一般人を避難させて」
     霊柩車、バス、すぐに離脱させるものはある。
    「もたもたしていたら、乗り物ごとラーベは一般人を殺害する」
     速やかに撤退を促せれば、その危険はない。防具ESPを駆使し、上手く逃がしてほしい。
    「離脱してしまえば、当面の間は一般人の心配はないよ」
     そのかわり、キミたちに試練が降りかかるだろう。
     ラーベは、左腕から鳥の羽のような刃を生みだし攻撃してくる。ティアーズリッパー、鏖殺領域、シャウトのほか、妖冷弾と螺穿槍に似たサイキックを使ってくる。
    「ラーベは、冷徹だけれど、基本は冷淡な男」
     挑発には応じない。しかし、長時間戦うと――。
    「飽きてくるんだろうね。あんまり闇堕ちの気配が見当たらないと、戦いを中断して帰ってゆくよ。そのボーダーラインは、13分戦って、戦闘不能以上に陥らせた相手が三人以内……ってところだろうか」
     言うは簡単だが、そうするとなると……苦戦は強いられるだろう。
    「でも当然、闇堕ちの目が出ていれば、13分たとうとも撤退しない」
     つまりその時点で四人以上の戦闘不能者がいた場合だ。
    「最後の一人にまで追い詰めて、闇堕ちさせるだろう」
     それでも闇堕ちしなければ、火葬場に残っている一般人を殺すだろう。もちろん、先に火葬場職員の避難を促せば、察知される。解析に従う以外ない。

     この作戦は、あくまで一般人への殺戮を阻止することである。
     危険で、苦労を強いられる依頼だが、それでも沙汰は全員の帰りを祈りながら、灼滅者たちを送り出す。


    参加者
    両角・式夜(黒猫ラプソディ・d00319)
    古関・源氏星(オリオンの輝ける足・d01905)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    天埜・雪(リトルスノウ・d03567)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)
    阿・前(歴史に作られた殺人鬼・d11881)
    諫早・伊織(天偽狐水影・d13509)

    ■リプレイ

     火葬場の中はとても静かで、細長い煙突から、ゆるゆると陽炎が昇っている。
    「ったく、六六六人衆ってのはどいつもこいつも胸糞悪ィ連中だぜ……!」
     睨むように外を警戒しながら、柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)は吐き捨てる様に呟く。
     人の死に係わるこの厳粛な場所をゲームの場所として選ぶその趣味の悪さもさることながら、悲しみに暮れる人々を、自身の序列を上げるために利用するその腐った根性。
     諫早・伊織(天偽狐水影・d13509)も、その悪趣味なゲームに内心憤りを覚えつつも表面には出さず。ただ飄々とした雰囲気のまま壁に背を預け、扇を弄びながら敷地内を観察している。
     館内の時計を確かめたあと、天埜・雪(リトルスノウ・d03567)はビハインドの雫を見上げた。
    (「六六六人衆と闘うのは凄く怖いけど、パパがいれば大丈夫、頑張れる」)
     信頼の視線を交わし合う。
     程なくして、それらは到着する。霊柩車から職員と喪主が降り、バスの中を親族がぞろぞろと列を成している。一人降りる度に、灼滅者たちの緊張感も段々と増してゆく中。
    「来ました」
     固い面持ちで告げる阿・前(歴史に作られた殺人鬼・d11881)。
     生垣の向こうからバスを見ていた六六六人衆序列五〇八、ラーベ・ブルーメは、無造作に振り上げた左腕に鋭利な羽根の刃を形成し、跳ねる様に地を蹴った。
     加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)と霊犬さっちゃんで両開きの重いガラス製の開き扉を押し開け、全員で一斉に外へと。
    「逃げ出した殺人犯がいる!」
     霊犬お藤をラーベへとけしかけるようにしながら、バスの前へと走る両角・式夜(黒猫ラプソディ・d00319)。割りこみボイスが響き渡るのと同時に、血飛沫が飛んだ。
    『来たね、灼滅者』
     本当に来るもんだねとラーベは不思議そうに呟いて。
     槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)は影の波動纏う足を閃かせる。
    「役目は果たす、ぜってー守りきる!」
     ラーベは軽々と間合いを取りながら、飛ぶように横から突っ込んでくる、高明のライドキャリバー・ガゼルの突進をひらりとかわし、無言でバスの方角へとその手を掲げる。
     つららの様な冷気がバスへと。エンジンを狙う一撃を、お藤が身を呈して庇って。
     八枚のディフェンダーの壁、更に中衛後衛に陣取る五人灼滅者。さすがに序列高かろうがバスを打ち抜くのは困難だったらしい。
    「この服装、間違いなくニュースで言ってた殺人犯だぜ! 警察が来るまで俺らがなんとかしてやっから、逃げな!」
     一般人が混乱を余儀なくされる中、古関・源氏星(オリオンの輝ける足・d01905)が関係者を装い、霊柩車に喪主を押しこみながら、バスの運転手に車内へ乗客を引き上げるよう、声を張り上げる。
     式夜の第一声が全員に等しく届いたおかげで、混乱の最中であるが、源氏星の避難要請もスムーズだ。
    「はよ逃げぇ」
     伊織が声を荒げながら前と一緒に最後の親族をバスへと押し込んであげると、運転手に出発を促して。
     襲撃より二分、みるみる二台共遠のいてゆく。
    『上手くパニックさせずに逃がされちゃったな。路肩や電柱に突っ込んで全員お陀仏とか……面白そうでもあったけど』
     言いつつも、何の感情もなさそうにバスを見送るラーベと、一般人の退避を完全にこなし安堵する灼滅者。次いで襲う緊張。
     光沢の無い瞳がこちらへ向けられた時、ラーベは左腕に再び13枚の羽根を揃え、
    『ま、いいや。始めようか』
     吹き上がるのは、黒の殺意。
     主の無事と作戦成功を目指し、奮起するサーヴァントたち。どす黒い気を切り裂くように、源氏星のライドキャリバー・黒麒麟が駆け抜け、さっちゃんが彩雪を突き刺そうとした力をその身で阻む。
    「テメェらの目論見通りになってやるつもりは無ェよ。その気取った羽、毟り取ってやらぁ! なあガゼル!!」
     アスファルトに火花を散らし、突進を仕掛けるガゼル。身を捻った瞬間に狙い定め、高明が除霊結界を発動する。
     しかし難なくすり抜けるラーベ。お藤や雫の攻撃も危うげなく避けてゆく。翻った瞬間を狙い、彩雪がリングスラッシャーを投げつけて。
     追尾する光がラーベの肩にようやく当たり、朱が浮いた。
     一般人避難時に受けたダメージも先に癒さなければならない。攻防の要である彼らへ攻撃を促し、伊織と式夜はシールドリングを形成して傷の手当てを。近距離射程のソーサルガーターやワイドガードで、メディック専属の防御力上昇を狙う前。
    「受け取れ」
     自身の周りに展開する障壁を貰い、康也は式夜に礼を言って、
    「ぶっ飛ばす!」
    「覚悟しろや!」
     相手の隙を狙うには、間断ない連携は不可欠。その着地点を狙い、康也と源氏星が同時に仕掛けて。
     鋼鉄の如き一撃が、ラーベの二の腕へめり込む。源氏星の拳に消し飛んだジャマー効果。
    (「……さすが、と言うべきかね」)
     顔には微塵も出さないが、この手数で二撃と言う事実に、式夜は苦戦の予感を感じ取る。
     素の命中力だけでは当たりにくい。単発の攻撃は難なくかわしてしまうのは序列通りの強敵。連携やホーミングを駆使してようやくといったところ。
     雪は雫と連携して霊障波で牽制をお願いしながら、ラーベが放つ二度目の鏖殺領域に晒された者へと癒しを届けて。源氏星と康也、高明が同時に仕掛けてやっとの一撃。彩雪も、なんとかホーミングで被弾させるものの、三度目は続かない。
    「くっそ」
     なかなか当たらない事実と、捻る様な羽根の一撃にさっちゃんを落とされて、改めて感じる実力差に高明は歯噛みする。だが焦ってはいけないと自分を律しながら、なんとか隙を狙おうと、ガゼルと共に連携しながらラーベを狙う。
     前衛の苦戦を感じた前は、敵の単発の攻撃による回復対象の減少から攻撃に転じて前衛を補佐するか。それともそのまま補佐を続けるか――瞬間的な迷いが生じた。
     その刹那、ラーベの鋭利な羽根に煙るほどの冷気が吹き上がった。それは一段階威力の増したもの。
    『さよなら』
     それは確実に前の胸元を貫いた。
     相手は強敵。現時点ではまず灼滅不可能の序列を有する六六六人衆である。咄嗟な状況で行動の何を選ぶか、ざっくりした行動はいざという時瞬間的な間が出来ることもある。前は、それをラーベに突かれた。
     本格的な戦闘が始まって四分。血溜まりの中へと前が落ちる。
    「こんのヤロウ」
     源氏星は歯ぎしりした。戦闘不能者が一人出て、更にたった今、相棒である黒麒麟をクラッシュさせられたからだ。率先して身を呈していた黒麒麟。しかも康也を庇って倒れたとあれば誇れることとはいえ、その頑張りを無にする様な苛烈な攻撃に対処ままならない自分に苛立ちさえ感じて。
    「何とかしてでも当ててェ」
    「一斉に仕掛けるぜ」
     源氏星と連携を繰り出す康也の螺穿槍が、ラーベの体勢を大きく揺るがす。
    「うおおお!!」
     彼等の気迫めいた突撃を隠れ蓑に、高明は己が影を仕掛ける。
     大地より、檻のように吹き上がる漆黒。
    『くっ!?』
     ぎしりと絡みつく枷。先に受けたものと合わせ四つに重なった捕縛に、ラーベは眉を寄せる。
    「今のうちにその羽根切り落とさせてもらおうかね」
     この瞬間を逃す手は無い。式夜のティアーズリッパーを皮切りに、攻撃を重ねられるだけ重ねようと、一気に叩きこんだ。
     ラーベにシャウトを誘発する事に成功したものの、吹き飛ばされればまた一から。その一からが、ここまで時間が掛かっている以上、成果が大きいとは言えず。
     ラーベは積み重なった捕縛の大半を破壊して。それでも枷とも言うべき服破りと氷と捕縛の一つずつが残ったことは、希望でもあった。
    『鬱陶しいよ、君』
     源氏星の真横をあっさりとすり抜け、狙うは高明。
     かく乱を狙いながらも、警戒していたガゼルの動きは早かった。刃先が高明の心臓を貫く前に、その前を遮って。だが、防御力をアップしているものの、相手の破壊力も同じくアップしている。そしてその比率は同じでも、やはり能力が高い方が上回る。
    「ガゼル!」
     相棒を破壊され、高明は血が出そうなほど奥歯を噛んだ。
     だが、今は自分が倒れないこと。仲間たちが倒れないこと。例え、サーヴァントに負担を預けてしまったとしても。
    『二度目は無いよ?』
    「うるせェ!」
     頭ではわかっている。誰もが倒れられない戦いなのだ。だが、今咄嗟に、その時動ける人間が動かなければ何のためのディフェンダーなのか。
    「がっ、ふっ」
     彼を庇い、源氏星の胸に牡丹が咲いたかのように跳ねた血。そのままずるずると崩れて。
    『誰かそろそろ堕ちない?』
     誘うように視線を巡らせつつ、ラーベは高明へととどめを向けて。
    「この野郎!」
    「させるかっ」
     康也が咄嗟に動き、式夜がその攻撃を反らせようと影喰らいを打ち放つも、それは無情にも届かなくて。
    「すまねぇ……」
     胸元に朱の一文字を浮かべ、高明はそのまま後ろへと倒れ込む。
     なんとかして相手の動きを停滞させる一撃を送りこまねばと、式夜は癒しの矢を番えた時、嘲笑うように、煙るような冷気を纏う羽根の一つが打ち放たれる。
     お藤が受け持つも、すでに疲弊した体は耐えられず。そして返しの刃は、虚しくも前衛陣をすり抜け式夜へと。
     それでも式夜は膝さえ地に付かず、身を折りながらも闘志衰えさせず不敵に睨む。こんな奴は、どうにかしてでも灼滅したいと。これ以上の犠牲を抑えるため、何度か闇堕ちの引き金を引こうとしたが――だがそれは固く動かない。
     少なくても、ラーベを撤退させられる望みが僅かでもあるうちは。
    『……成程。一対一ならまだしも。君たちは、チームだもんね』
     闇堕ちの気配が今一つ表れない理由を知り、ラーベは吐息を漏らすと、
    『全員が全員、これは絶体絶命だと感じる状況に追い詰めないと駄目なわけだ』
     その言葉を聞いて、倒れた仲間への追撃を康也と伊織は怖れたが、ラーベにそんな気は無いらしい。それが闇堕ちを促す有利をわかっていながらも、単純に自分の興が冷めないうちは、殺戮を楽しみたいだけなのだ。
     つまり相手の興が乗ってしまえば、ここにいる全員の命を奪うだろう。勿論灼滅者も含めて。
     その時本当に、闇堕ちする以外手は無い。
     そう言う意味では、ラーベは六六六人衆の狡猾さより、残酷さが際立っている奴だと言えた。
     そろそろ仕舞にしようと、ラーベが凍てつく羽根を打ち出す。
     薄くなったディフェンダーを立て直すため、すでにポジションチェンジしていた伊織が式夜を庇う。
    『ふーん。機転利かせてきたか』
    「あんたらの思い通りになる、やなんてそんなこと――」
     冷やかにラーベを睨む伊織。絶対にさせたくない。待っていてくれる人、もう置いていかれる気持ちを誰にも味わわせたくないその一心で。
    (「倒れないでください!」)
     雪は泣きそうな顔で祈りながら、エンジェリックボイスを聞き取れないほどの声で囁いて。
     だが、傷は浅くない。
    『さて……今なら誰でも一撃で倒せそうなんだけど』
     ラーベは傷の具合と、自身が溜めこんだ力を見比べたあと、勢いよく左腕を翻した。
     雪以外の誰もが傷付き、そしてその無傷の雪ですら一撃に打ちのめされるのは見えていた。
     一度、捕縛によってその身軽さと鋭利な羽根の動きを封じることによって、それを嫌ったラーベが身を整える行動に走ったことからいっても、前衛で攻撃を分散しながらバッドステータスなどで一時的にその身軽さを封じる作戦自体は間違いではなかった。
     だが、詰めが甘かった。
     相手の序列の高さから言っても、悔しいが、間断ない連携や工夫なくして、単純に攻撃を当てることが難しい。
     狙いアップなどで命中率の底上げをする。もしくはスナイパーで一手一手確実に動きを縫い込み、ジャマーで一気に地面に縫いつける等――相手を捕縛するにも、攻撃をすればするほど上がってゆく相手の攻撃力をブレイクするにも、やはり当てなければ意味がない。
     その身体能力について行けなければ、こちらが落とされるのみ。
     再び氷の羽根が空を舞う。隼のように空を切り、燕のように翻りながら、それはとうとう式夜の脇腹を貫通した。
     残り一分を、耐える事はできなかった。
    『折角だから全員仲良く死体にでもなるかい?』
     13枚の羽根が揃う。ラーベは四人を仕留めた感触に興奮していた。
     もう闇堕ち以外、この男を撤退させる以外収める方法は無いと悟った時、動いたのは――。
     康也の鼻と口が前へと突き出し、額に聳える角、その身から炎が吹き上がる。過去に闇堕ちを経験したことがある康也の幻獣形態への変異は、異常なほど早く。
     イフリートと化した康也の牙が、ラーベへと襲いかかる。アスファルトを一瞬にして砕くその爪。
     そして――。
     悪魔の力に苛まれてゆく彩雪の振り落とす轟雷が地を揺るがした。
    『ねぇ、ちょっと聞きたいんだけどさ……』
     ラーベは康也の牙を羽根で受け止めながら、抑揚のない声で問う。
    『この骨と皮の持ち主だった奴はさ、車で崖から転落して……左腕挟まって動けない中、死んだ同乗者に蛆がわいて鴉に突かれている様を見て「こうはなりたくない」って思ったんだ。だから言ったよ。僕に代われって。そうしたらあんな無様な最後を遂げる人間なんてやめれるってね。君たちもそう思ったから、人間やめたんでしょ』
     倒れた灼滅者を一瞥し、薄い唇が三日月の様に弧を描いた。
    「な、かマヲ……にんげンヲ、ばカにすんじゃ――」
     康也の叫びはもう、獣の咆哮だった。
    「そのひとは、あなたの誘いに乗ったんじゃありません……! さゆは、あなたを、絶対に……!」
     死を前に恐怖しない方がおかしい。そしてその極限の中の心理を笑う目の前の男は、絶対に灼滅しなければならないと。
    『あと一人くらいって思ったけど。ま、今日は帰るよ』
     さすがに闇堕ちした二人をいつまでも相手にしている余裕はラーベにも無い。離脱を計るラーベを、康也は即座に追撃する。
     抑えきれない衝動に震える自分の手を見つめ、くしゃりと顔を歪ませる彩雪。
     自分だけじゃ済まなかった。康也まで堕ちた。
    (「駄目、今行っちゃ駄目……」)
     ここにいて。お願い。謝る彩雪へ雪が必死にそう目で訴えるけれど。
     緩く首を振り、彩雪は幻想の様な六花と共に風に舞う。せめて自分の意思があるうちに、康也だけでも取り戻さなければと願いながら。
    「ぐっ……この、逃げてんじゃねーぞッ!」
     あっという間に消えゆく彼等を、ただ見送るしかできない悔しさに源氏星は吠え、拳が割れそうなくらい地面を叩きつけた。

     一般人は誰ひとり亡くなる事はなかった。
     けれど、大事な戦友は――。

     まだ助けられる希望だけが、唯の心の支えだった。

    作者:那珂川未来 重傷:阿・前(歴史に作られた殺人鬼・d11881) 
    死亡:なし
    闇堕ち:槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877) 加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786) 
    種類:
    公開:2013年5月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 17/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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