5月26日は武蔵坂学園の運動会だ。生徒達は組連合ごとに分かれ、総合得点によって優勝を目指す。熱きハートアンドフィジカル大決戦ある。
「自分の組連合が分からない人はこれで確認して」
そう言って口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)は自作のプリントを配った。組連合は不死王戦争の時と同じものだ。戦友と親睦を再び深めるのもいいだろう。
具体的には、
1A梅連合。
2B桃連合。
3C桜連合。
4D椿連合。
5E蓮連合。
6F菊連合。
7G蘭連合。
8H百合連合。
9I薔薇連合。
となる。
「前の日に怪我したり、風邪ひいたりしないようにね」
お約束ではあるが、灼滅者各人は健康に気を付けよう。
さて、競技も数ある運動会だが、これから始まるのは大玉ころがしの説明だ。
各連合、一人から三人でひと組となって直径1.5メートルの大玉を転がし、コースを一周する。
最初の直線はレーンが仕切ってあるが、カーブに入るとレーンはなくなる。まっすぐ大玉を転がすのはもちろんだが、いかにインコースをとるか、どこで抜くかなど駆け引きも重要になってくる。なお、直前のレースの順序の逆順でレーンの内側に配置は変動するので、どの連合が有利ということはない。
また、最も観客に感動を与えるような活躍をした人にはMVPの称号が与えられ、所属連合に特別得点が与えられることになっている。
「要はがーーっと行ってずばーっと突っ込めば、なんとかなるわ。とにかく気合で負けなければ大丈夫よ!」
がーっと拳で身ぶり手ぶり。からからと珍しく明るく笑って、目は選手達に檄を飛ばした。
5月26日。武蔵坂学園の運動会である。グラウンドには多くの生徒が集まり、歓声を上げている。普段命懸けの戦いを繰り広げている灼滅者達も、ひとたび戦場を離れれば普通の少年少女でしかないのだ(たぶん)。
いやしかし、友情であったり恋愛であったり、その他のよく分からないものだったりするかもしれないけれど、日常も立派な戦いだ。そう、青春は戦いだ!
大玉ころがし、レディイ、ゴォー!!
●記憶に残る戦い
武蔵坂に赤い伝説が刻まれようとしていた。自分の身長とほぼ同じ径の大玉を猛スピードで転がす少女がいた。幸だ。
「ぬはははっ。ついにこの時が来たよ!この、『二中の赤いフ○コロガシ』と呼ばれた、ぼくの出番が!!」
自称魔法少女プアハッピー。他の生徒の三倍の速度で直線を駆け抜け、先頭に躍り出る。
「二中ってどこの中学だよ」
「その呼び名かっこ悪いだろ」
観客席からツッコミが聞こえるが、気にはしない。赤くて三倍な人とはそういうものだ。
「この学園でも、赤いフンコ○ガシ伝説が幕を開けるのさ! ふははははふあ!?」
猛スピードのままカーブに突入した幸は回転に巻き込まれ、地獄車状態に。当然コントロール不能となり、曲がり切れず壁に激突した。これが漫画ならぺらぺらになって風に飛ばされてしまうところだろう。全身が擦り傷と打ち身で真っ赤になっていた。これが赤いフンコロガ○の真髄なのだろう、きっと。
「これがぼくの生き様さ……ガクッ」
ぐってりした彼女は彼女のサーヴァントによって保健室に運ばれた。お疲れ様です。
ファルケは同じ連合の生徒と組み、大玉ころがしへ出場する。
「よし、頑張ろうぜ! 目指せMVPだ!」
チームを組む生徒も力強く頷く。そしてピストルが鳴った瞬間、スタートダッシュをかける。滑り出しは上々だ。ここが勝利の鍵だ、とカーブで外側のファルケは力いっぱい大玉を押しまくる。それにより、大玉はねじり込むようにインコースに入った。
「いい感じだな。歌いながら転がそうぜ!」
イイ笑顔で、ファルケが言った。チームを組む生徒の顔に『?』が浮かび、次の瞬間には『!!』になる。
「ぐわあっ!」
「やめて、もうライフはゼロよ!」
ファルケの歌を聴いた生徒や他の参加者、観客までもが苦しみ出す。そう、ファルケは音痴なのだ! それも生半可じゃない! ゾウだって倒せる(かも)!
「え、あれ?」
いつの間にかチームメイトが倒れ伏し、一人でゴールしていたファルケだった。
長い三つ編みをいじりながら、ジュンは溜め息をつく。ちなみにこれでも男の子である。こんなに可愛いのに女の子のはずがない!
「ああ、なんでもいいから適当に参加割り振っといてなんて言わなきゃよかった……」
急に大玉ころがしへの参加が決まったジュンは、チームを組む相手を見つけられなかったようだ。必然的に一人での参加になる。
「でも、やるからには勝たなくちゃ」
ぎゅっと拳を硬く握り、勝利を誓う。直線までは調子がよかったのだが、コーナーで大きく脱線してしまった。
「うぎゃー、と、とまれー! ってうわあああ!」
修正しようとしたところ、今度は力を入れ過ぎて暴走。あれやこれやで大玉の上に乗ってしまっていた。もうやぶれかぶれ、全力で(後ろ向きに)走り、トップを抜き去る。しかし、自力で止まれるはずもなく。
「と、止まれって!」
「うわあぁっ!」
ゴールテープを持った生徒と激突、ジュンは空高く吹き飛ばされた。
一方、夕月は変わった方法で大玉ころがしを攻略しようとしていた。大玉で前が見えないので、霊犬のティンを大玉の上に乗せ、ナビゲートしてもらうのだ。ちょっとサーカスっぽい気がしないでもない。
「ティン君。右? 左?」
「わん!」
「……あれ?」
なんだろう、コミニュケーションが成立していないような……。霊犬にナビしてもらうのは難しかったのだろうか。
しかし、
「あ、あれカワイイ!」
「いいなー、俺も霊犬ほしい。改竄はやく来ないかな」
と、観客からは好評を得られたようである。気分をよくした夕月はティンを落とさないように慎重に進んだ。ゴールした時にはビリだったけれど、温かい拍手で迎えられた。
「ティンくん、お疲れさま。んふ、もふもふもふ……」
「わん!?」
ティンを大玉から降ろし、疲れた体をもふもふで癒す夕月であった。
●ライバルと競え
夏奈とちからは中のいい友達同士。けれど今は勝利を奪い合う敵同士である。
「今日はライバルだから負けないよー!」
「ふふふ、負けないのですよー?」
この勝負には巨大パフェがかかっている。お小遣い的にも女の子的にも負けられない。甘いものは正義だ!
「がーっといってどーんと突っ込むっ!!」
「って、前見ろー!?」
先にリードをとったのはちからだった。持ち前の突撃力を活かし、トップに出る。だが、勢い余って観客席に突貫してしまった。ちなみに大玉が大きすぎて前は見えていません。
「ちからちゃん、おさきー」
その間に夏奈は器用にカーブを曲がる。スピードを緩めながら、少しずつ内側に体重をかけていく。前が見えなくてもコースの線に沿って走れば脱線もしない。
「負けるかー、すー、ぱー、だあぁっしゅ!!」
ちからは力尽くで進路変更、ゴールまで一直線。夏奈との距離を縮める。
「ボクだって、負けない!」
夏奈も負けじと爆走。二人の頭には巨大パフェのことしかない。ゴールテープにパフェが重なって見えた。
「ゴール! 一着は夏奈選手! ってだから前見ろ!」
係の生徒が勝者の名を呼んだ。しかし、二人は止まり切れず観客席にあぼーん。
「ふふふ、なかなか……いい勝負だったのですよー」
「うん、またやろうね」
お互いの健闘をたたえ、仲良くハイタッチ。周りには吹っ飛ばされた観客が倒れていたが、楽しければノープロブレム!
なぜかピエロメイクをした男がいた。首にはたなびく深紅のマフラー、腕を組んで仁王立ちするのは紅鳥だ。
(「独りでも勝ってみせる!」)
別にさみしくなんかないんだからね!
そしてレース開始。紅鳥はなんとジャンプして大玉に飛び乗り、玉乗りの要領で走った。そのためのピエロメイクだったようだ。
「サーカスの映像見て特訓した甲斐があったぜ!!」
とドヤ顔。しかし、同じことを考えていた人間が他にもいた。黒い忍装束をまとった弘務だ。
「主殿ー、見ておられらますかー!」
どこへともなく手を振る弘務。ぱしり、もとい奉公で鍛えた脚力を遺憾なく発揮する。ESPのような特殊な手段を用いなくてもそれが可能なほど、ぱし……奉公は彼の心身を鍛えていた。
紅鳥と弘務は激しく火花を散らす。だって目立ちたいじゃないですか。
忍者対ピエロの戦いは弘務がわずかにリード。そして最終コーナーに差しかかったところで事件は起きた。弘務がわずかにバランスを崩し、外側に膨らんだのだ。すぐ傍には汗でメイクが滲んだ紅鳥がいた。結果、両者は思いっきり激突してしまった。
「ちょ、まっ」
「あーれー、でござ」
る、と言い切る前に観客席に突き刺さる紅鳥と弘務であった。
●真剣勝負
もちろん、普通に大玉を転がす人だっていた。というかその方が多いよ。
悟もその一人だ。
「5E蓮必勝っ! 派ぁ手に行くで! おー!」
「おー!」
同じ連合の仲間と円陣を組み、士気を高める。ここ武蔵坂学園ではお馴染みの光景に安心感さえ覚える。運動会ってこうだよね。
「3、2、1。ヨーイ、ドンッ!」
息の合った様子で三人が飛び出す。中心は悟だ。カーブに入ると、あらかじめ打ち合わせてあった通りに動き、綺麗に曲がる。悟がやや外側に回り、右側の生徒がほぼ横から大玉を押した。
「よっしゃ、あとはストレートや!」
最終コーナーを抜け、三人は火の玉と化す。怒涛の勢いで直線を駆け抜け、一位をもぎ取った。一位のフラッグをもらった悟は満足そうに飴玉を頬張った。
熱さなら太一も負けてはいない。一人での参加となったが、気合は十二分だ。
「やるからには勝ちに行くぜ!」
ごう、と瞳に炎が宿る。そのまま大玉に引火しそうな勢いである。
スタートダッシュで出遅れた太一はカーブで巻き返しを図る。インコースが混雑すると読んで、あえてアウトコースをとった。作戦は的中し、前のチームが絡み合って転倒。そのまま追い抜かす。
「押せ押せ押せ押せー!!」
最終ストレート、目の前には三チーム。最初のストレートで要領を得た太一は気合で二チームを抜き、最後のチームと競り合う。
「うおおおっ、負けるか!!」
「俺達だって!」
ゴールしたのはほぼ同時。けれどタッチの差で二位だった。拳を突き上げれば、歓声が上がり、彼の奮闘をたたえた。
参加者の中で縁樹もまた、大玉の大きさに苦労させられていた。大玉は1.5メートル。明らかに縁樹より大きい。それでも彼女は一生懸命大玉を押した。前が見えない分、左右を確かめ、確実に進む。
「あうっ……」
けれど、カーブの出口で他の参加者にぶつかってしまった。その拍子にこけてしまう。その間に抜かされても、縁樹はめげなかった。すりむいた膝の痛みを我慢して立ち上がる。
「がーっと行ってずばーっと突っ込めば何とかなる、ですよね!」
最後の直線、縁樹は誰かの台詞を思い出してラストスパートをかけた。大逆転とまでは行かなかったものの、順位を大きく上げた縁樹にはいっぱいの拍手が送られた。
あと、すりむいた膝はちゃんと手当てしてもらいました!
あさひは両腕をいっぱいに広げ、体全体で大玉をホールドした。大玉にへばりついているといっても差し支えない。たとえ不格好でも、一歩ずつ。それがあさひのやり方だった。
(「腕とか胸とかすれてすごい痛いけど、頑張る!」)
自然と観客の視線はトップ争いをしているチームへと向いた。注目されることがなくても、あさひは進み続ける。他の参加者との激突は避け、アウトコースをとった。しかしそれが仇となって、他チームの膨らんだカーブに巻き込まれてしまう。結果、大玉は大きくコースを外れていった。その間に他のチームはゴール。最後にあさひだけが残された。
それでもあさひは進んだ。こけて、倒れて、勢い余って回転に巻き込まれて赤いなんとかの再来になっても、進み続けた。もはや自分との戦いだった。
観客みんな黙ってその様子を見守った。学園そのものが一体になって、彼女の一歩を待っていた。
やがて、
「ゴール!」
と彼女は声を上げ、諸手を上げた。同時に歓声が湧きあがる。奇しくも、今回の大玉ころがし最後のゴールとなった。
●競技終了
MVPはあさひに贈られることとなった。進み続けることを体現し、運動会を盛り上げてくれたから。
かくして、大玉ころがしは終わった。強烈なインパクトを残した者、熾烈な戦いを繰り広げた者、真摯に競技に取り組んだ者。その全てが熱い魂を見せてくれた。灼滅者達はこの戦いを忘れないだろう(きっと)。そしてこう言うのだ。
『大玉ころがしは戦いだ』と。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年5月26日
難度:簡単
参加:12人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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