運動会~運命の借り物カード!

    作者:邦見健吾

     運動会。
     それは小中学校や高等学校を代表するイベントの一つだ。秋に行う学校が多いが、春のところも少なくない。かくいうこの武蔵坂学園でも、運動会は5月の恒例行事だ。
     勝ちにこだわる人、負けると悔しい人、楽しくやりたい人。考えていることはいろいろ。運動会は毎年ある。けれど、同じ運動会は二度とない。
     熱い青春が、もうすぐ幕を開ける。

     冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)は担任教諭の話を聞きながら、運動会の競技種目について説明されたプリントに目を通す。定番の種目もあれば、武蔵坂らしい独創的なものもある。中でも目に留まったのは、借り物競走の項。
     各選手はコースを走り、途中に置かれたカードに書かれたものを借りてきてゴールし、順位を競う。いたってスタンダードなルールだ。
     だが、ここは武蔵坂学園。何を借りさせられるかは分からない。どこにでもあるものかもしれないし、武蔵坂にしかないものかもしれない。物じゃなくて人かもしれないし、もしかして物でも人でもないものだってあるかもしれない。
     単純な走る速さよりも、運と機転が勝負を分けるだろう。なお、借りるものは必ず校内にあるものなので、校外に探しに行く必要はない。
     また、今回は選手だけでなく、借りられる側も募集する。例えば、カードに書かれそうなものをあらかじめ用意して貸してあげたり、カードに書かれていたのが『メガネをかけた人』だった場合にゴールまでついていってあげる係だ。運次第ではあるが、うまく同じチームの人をサポートできれば、得点に貢献することができるだろう。
     当然のことながら、競技は借り物競走一つではない。しかし一つ一つの競技で得点を積み重ねることが、勝利を呼び込むのだ。
    「鬼が出るか蛇が出るか……。灼滅者なら大丈夫ですよね?」
     生徒たちがカードに書かれたものを探して奔走する様を一人思い浮かべ、蕗子は密かにほくそ笑んだ。


    ■リプレイ

    ●運命は紙のみぞ知る
     借り物競走第一レース、走者が一斉に出揃った。お決まりのピストルを合図に……よーい、ドン!
     同じクラスでタッグを組んだ宗汰と壱。宗汰がめくったカードに書かれていたものは――『好きな子』。普通なら固まってしまうお題だが、事前にタッグを組むだけあって、宗汰達にとってこういった事態は想定内だ。
    「それじゃよろしくな」
    「うん、よろしくね!」
     打ち合わせ通り、宗汰は『好きな子』として壱を選んだ。恋人という指定じゃないので多分大丈夫(今後そうなる可能性もあるが)。ちなみに壱がめくったのは『傘』。今日は晴天だが、職員室なら忘れ物の傘が一本二本どころかたくさんあるだろう。
     華月はカードのところまでたどり着くと、きちっと止まってカードをめくる。書かれていたのは『水筒』。運動会なら多くの人が持ってきているアイテムだ。
    「水筒、もってらっしゃる方はいませんか!」
     自分と同じ組連合のところへ駆けながら、華月は一生懸命声を張り上げた。
    「はいはーい、借り物競走の人? ここにあるのなら好きに……って一緒に来てほしい?」
     借り物カードを持ってきた生徒が探しているのは『サバサバした人』。借りられる側で参加した雷は快く応じる。
    「それじゃ、さっさとゴールしますか!」
     そう言うと、雷は借りに来た生徒を置いていきそうな勢いで走り出す。
    「ど・れ・に・し・よ・う・か・なっと」
     千雅が選んだカードには『赤縁の眼鏡』と書いてあった。眼鏡だと簡単だから赤緑を付け足したのが見え見えのお題だった。クラスメイトの煉と幸に聞いたが、心当たりはないそうだ。自分のクラス連合を見渡すと、視界の隅にちらりと見えた。
    「あ、あの……眼鏡かしてもらえますか……」
     勇気を出して声をかけてみた。
    「ねえ、悪いけど来てくれない?」
     煉はカードを持って、同じクラスの幸のところにやってきた。幸はなぜか鞄から大量の胸当てを取り出して頭を抱えているところだった。
    「ううん、悪くなんて……」
     幸が煉のカードを見てみると、誰が決めたのか、『貧乳かつアホの子』の八文字が。
    「貧乳かつアホ、確かにぼくにぴったり……ってひどくない!?」
     ともあれ、クラス最下位の幸はお題にうってつけ。おかげで順位はまずまずだった。
    「助かったよ、ありがとう」
    「どういたしまして……ガクッ」
     煉の言葉が、幸のせめてもの慰めだった。
    『ツインテールの人』
     袖羽のカードにはそう書いてあった。同じレースに出た未羽をちらりと見れば、今カードをめくったところのようで、目があった。一応今はライバルなのだが、放っておけなくて声をかける。
    「どうしたの?」
    「しゅっせきぼってどこにあるの?」
     未羽のカードには『出席簿』とあった。担任なら貸してくれるだろう。
    「じゃあ、一緒に借りに行こう? だから未羽は俺に借りられて?」
    「うん!」
     未羽一人で行かせるのは心配なので付いていくことにした。担任がなかなか見つからなくて結局遅くなってしまったけど、二人手を繋いで笑顔でゴールした。順位は良くなかったけど、楽しかった。二人一緒だから。
     最後にカードのところまで来た陵華。おそるおそるカードをめくる。
    「えーなになに……」
     書かれていたのは『地球儀』。普通の学校にあるものでちょっとほっとする。クラスの担任がちょうど地理の教師、聞けば場所が分かるはずだ。
    「残りものには福がある、かな?」
     ちょっと時間がかかってしまったけど無事ゴール。比較的無難な感じで、借り物競走の幕が上がった。

    ●紙の采配
     第二レース、走者が一斉に走り出す。
     最初にカードにたどり着いたのは乙女だ。乙女のカードで指定されたのは、なんと『人妻』。
    「人妻とはお嫁さんなのですよね?……部長様が該当者だわ! 水無月婦人様~!」
    「本気か…!? これどうやって証明するんだ。指輪くらいしかないぞっ!?」
     顔を真っ赤にしてうろたえる弥咲。なお、別の連合だということは気付いていない。教師を当たれとも言わない。
    「人妻感、人妻オーラが出ているので完璧なのですよ!」
    「人妻感……? お、おぃ、私は別にそういうエロスは出してないはず!」
     ついつい大声でしゃべるものだから衆目を浴びてしまう弥咲。そんなやり取りを繰り返しているうちに、他の走者に先を越されていくのだった。
    「きゅうりちゃン、下駄って持ってる~?」
     真魔は木の上で寝そべる九里に声をかける。
    「持っていますよ。どうぞ、頑張ってください」
     九里から下駄と応援を受け取り、真魔は張り切って駆け出して行った。その背中に、九里が小さく手を振って見送った。
     凪が引いたのは『うちわ』。5月とはいえそれなりに暑く、持ってきている人は少なくない。このレース、無事ゴールできそうだ。
    「ウロボロスブレイド、誰か持ってないっすか~?」
     カードを片手に、鉱は殲術道具を探す。やっていることは普通の借り物競走だが、殲術道具という超常の代物を指定するのは武蔵坂ぐらいのもの。新し物好きな灼滅者もいるので、借りるのは難しくないだろう。
    「いやはや、借り物競争というぐらいですから、これぐらいは予想していましたがねぇ……」
     琉希のめくったカードには、『猫変身した女の子』と書いてあった。ピンポイントな指定に苦笑いしながら猫変身してくれる女子を探した。ちゃんとゴールできたらいいな、と少し思った。
     『虫』。カードに書かれたあまりに潔い一文字に、イチは思わず目をぱちくりさせて固まった。借り物じゃないと思ったが、すぐに意識を切り替えて走る。校庭なら虫の一匹や二匹いるはずだ。
     嘉哉は借りられる側での参加だ。すぐに貸せるよう殲術道具を用意して待つ。
    「誕生日が30日の人いませんかー?」
    「あ、オレだ」
     借り物はルーツ関係か殲術道具かと思っていたが、予想が外れてしまった。それでも運よく条件は満たしているので、借りに来た生徒と一緒にゴールに走る。
     尋がカードを見てみると、『髪飾りをした女性』と書いてある。急いで幼馴染の姿を探す。
    「守貴、お前借りられろ! 来い!」
    「得点の為だからな……仕方ない。借りられてやる。って、おい!」
     手を引っ張って駆け出す尋。引っ張られながら、うつむきがちに付いていく守貴。手を繋いでいたせいで抜かれてしまったが、無事にゴールできた。恥ずかしくなって手を離す。
    「守貴……サンキューな。お陰でゴール出来た」
    「ふん……勝つ為だからな、当然だ」
     顔を赤くしながら、お互い笑いあった。

    ●捨てる紙あれば……?
     第三レーススタート。ななみが一気に前に出て、一番にカードを手にした。
    「カードとるのも借りるのもゴールするのも一番なら一番だよね! ふんふふーん、何を借りればいいのかなっと」
     カードを読むななみは上機嫌。ななみの頭の中では、ななみにしか分からない完璧な計画が実行中なのだ。
    「なっ!? 速攻で数を当たるしかないか?」
     雅也のめくったカードには『ライドキャリバー×5』と書いてある。レース前に客席をチェックしたりしていたのだが、こうなっては足で何とかするしかない。ライドキャリバー5体(台?)を引き連れてゴールする自分を想像して、げんなりする雅也だった。
     同じ連合の雅也が奔走する様子を眺めながら、諒は日陰で待機。借りられる側で参加したものの、今のところ出番はないようだ。借りる側じゃなくてよかったと思いながら、心の中で雅也を応援するのだった。
     なぜか紺のブルマー着用で参加したレオナ。カードに書かれた『百万』の二文字が頭を悩ませる。
    「さっぱり判らない、だが祖国ドイツの誇りの為!」
     その時、レオナの頭に電流が走った。あるかも分からないドイツのハイパーインフレ時代の100万マルク札を借りるため、校舎へと走る。1メートルで100万マイクロメートルとか、とんち勝負のお題である。
    「何でだよおおおおおおおお!?」
     友人にはめられ、央はラブリンスターのコスプレでコースを走る。こうなったら、さっさと借りる物を借りてゴールするしかない。めくったカードに書かれていたのは――『手裏剣甲』。
    「何でだよおおおおおおおおおお!!」
     一番引いてはいけないものを引いてしまった央だった。
     夕月が引いたのは『蛇』。予想が正しければ、本物の蛇じゃなくて蛇変身した灼滅者でもいいはずだ。どうせなら猫や犬が良かったなと思ったのは秘密。人見知りな夕月だが、勇気を出して声をかけてみる。
    「す、すみません、蛇変身できますか?」
    「いえ、申し訳ないですが、私はできません」
     応じたのは同じ連合の臣。残念ながら、今装備している殲術道具では変身することはできない。
    「私も手伝います。」
    「ありがとうございます」
     借り物探しを手伝うのもサポートの務めと手伝いを申し出る臣に、夕月は丁寧に頭を下げ、二人はそれぞれ蛇変身できる人を探しに行った。
     競技中にもかかわらず、直人は弁当をもぐもぐ食べていた。しかし、からあげに手を付けようとしたところで声をかけられる。直人のところにやってきた生徒は『食べかけの弁当』と書いてあるカードを見せた。後で返すように強く念を押して、直人は弁当を貸すのだった。
     『鉢巻きをしている人』と書かれたカードを持って走る遥斗に、磯良が声をかける。
    「何か入用かい?」
    「ええと、鉢巻きありますか? 鉢巻きをしている人を探しているんです」
    「悪いけど、鉢巻きはないねぇ。でも、あっちの方で見たよ」
    「ありがとうございます」
     遥斗は磯良に一言礼を言うと、磯良が指す方向へ駆けていった。
    「はぁ……はぁ……」
     央が衆目を浴びながら最後にゴールして、第三レースは幕を閉じた。

    ●困ったときの紙頼み
     今年の借り物競走最後のレースがスタートした。
    「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
     最初にカードを手にしたのは3C桜連合の菫。カードのお題は『HENNTAI』。
    「……」
     予想とかけ離れたお題に、菫は思わず無言になってしまう。鬼の方がマシだった気がする。ダメ元で自分の連合に視線を向けると、白いスクール水着を着て奇怪な踊りをしている少女が見えた。その様はまさしく変態である。
    「さあさあ! 捕まえられるもんなら捕まえてみろっす!」
     よく分からないことを言い出す絹代を、菫はビハインドのリーアとともに追い立てた。
     リンは同じ連合の生徒の後ろについて走る。しかしリンは走っているつもりなのだが、ぽてぽてとマイペースなので周りからは歩いているようにしか見えない。それでもリンは、いつもとは違う疲労感とちょっとした満足を感じていた。
     クリミネルはカードに細工を……しようにも、当然ながら不可能だった。恋人の紅鳥がリア充なカードを引いてくれるよう祈る。
    「『恋人』だって。ゴメン、ネル! 借りるよ!」
    「紅鳥ハ〜ン!? こっちやぁ〜」
     想いは届いたようだ。紅鳥が優しく手を引いてお姫様抱っこすると、クリミネルは顔を真っ赤にしながら首に手を回す。そのままゴールしようとした紅鳥だが、カードのお題が『変人』だったことに気付く。
    「紅鳥ハン、どうしたん?」
     言い出すことができず、恥ずかしい恰好で観衆から冷やかされながら立ち往生する紅鳥だった。
    「借り物カーーード!!!!!!!!! な、『少女』……だと?」
     声を張り上げながら、不志彦は運命のカードを引いた。そのカードには『少女』の二文字。同じ連合の瑞央のところに猛ダッシュ。
    「借りていいか!?」
    「あ、えっと……背負っていただけます……か?」
     抱えてダッシュはできなかったものの、借りる合意はとれた。あとはゴール目指して駆けるのみ! ……性別の確認を忘れてはいけない、これは武蔵坂の鉄則である。
    「これだ! ……!?」
     残り物には福が、ということで最後にカードをとったひかるだが、問題が起きた。漢字が、読めないのだ。
    「……ええい! ワカラン! 誰か、コレ持ってる人いないか! もしくはこの字の正しい読み方を知ってる人、教えて!」
     果たして、ひかるはちゃんとゴールできるのだろうか。
    「ありがとう!」
    「……どういたしまして、です」
     同じ連合の生徒に、インスタントカメラを貸してやるユキト。初対面の相手に人見知りを発揮しつつも、何とか返事できた。
     この陽気の中、炬燵はこたつに半纏の真冬スタイルで校庭に佇んでいた。いくらこたつの電源がないとはいえ、普通の人間なら熱中症一直線である。そこにラインが現れ、『炬燵』と書かれたカードを見せる。
    「私と一緒に来てくれませんか」
    「はい?」
     疑問の声を上げつつも、炬燵はラインが差し出した手をとった。そのまま二人でゴール。する。
    「あなたのおかげでゴールすることができました。ありがとう」
    「はぁ」
     ラインと握手してからも、自分が連れて行かれた理由が分からない様子の炬燵だった。
     最後にべっ甲飴を持ったヒカルがゴールし、今年の借り物競走は終了した。
     順調に借りることができて無事にゴールできた者、難題に悩まされて順位を落としてしまった者、結果はそれぞれだ。だがこうやって競い合ったことは等しく思い出になる……かもしれない。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月26日
    難度:簡単
    参加:42人
    結果:成功!
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