
窓から吹き込む5月の爽やかな風が頬を撫でる。
授業も終わり帰宅しようと教室を出たところでふと思い出したことがあった。
――前から気になっていた場所へ、ちょっと寄り道してみようか。
だって、今日は……――。
下校する生徒達で賑わう昇降口で久椚・來未(中学生エクスブレイン・dn0054)はすれ違い様にぽつりと呟いた。
「お庭、見に行くけど、あなた、来る?」
來未のお目当ては小さなお寺のお庭だという。
路地裏の小道を抜けた先にある山門をくぐり、小さな石段を登ればそこが本堂。
境内からは美しい日本庭園を見ることができる。
鯉が泳ぐ小さな池や、紫陽花、紅葉等の四季を彩る草木に囲まれたその庭は自由に歩くことが出来る。今の季節ならば、ちょうどサツキが見頃を迎えていることだろう。
東屋のベンチに座ってお喋りをしながら綺麗な花を愛でたり、気に入った景色があれば、写真を撮るのも良いかもしれない。
また、庭に面した一室が解放されており縁側でお抹茶と和菓子をいただくこともできる。
美しい新緑のお庭を見ながら飲むお茶はまた格別に違いない。
ししおどしの音に耳を傾け、日ごろの疲れを癒すのも悪くはない。
――でも、なんで今日なの?
何気なく尋ねた質問に、來未はいつもと変わらぬ調子で答えた。
「今日は、私の誕生日、だから」
緑薫る庭で過ごす誕生日。
こんなのんびりとした誕生日もいいかもしれない――。
●初夏の入り口
山門をくぐり、本堂へと足を運べば目の前に広がる新緑の庭。
みずみずしい若葉に浮かぶ薄紅色のサツキが客人を出迎える。
ようこそ、春と夏の間のちいさな季節へ――。
初めての二人っきり。緊張するのも仕方がない、とミケ・ドールはこっそり息を吐く。
しかし、傍らを歩く少年――黒瀬・凌真はそんな様子を見せることなくにこりと笑顔で手を差し出した。
「エスコートさせてもらうね、お姫様」
「お姫様なんて……照れるから」
やめて、とミケは頬を染める。だが勇気を出して凌真の手に自分の手をそっと重ね。
そして二人は手を繋ぎゆっくりと五月の庭を歩きだした。
東屋のベンチにて。
静かに読書を楽しむのは夕月・輝と瑠雪・晃。
寄り添う二人の頭上で五月の風が優しく木々を揺らす。
コーン……。
一定のリズムを刻むししおどしの音を気にする様子もなく輝は一心不乱に古書のページをめくっていた。
だが、反対に晃のページをめくる手は止まったまま。ぴたりと身体をくっつけ読書に夢中になっている輝が気になり文章がさっぱり頭に入ってこない。先程から同じところばかり読んでいる気がする。
(「輝さん……」)
晃に寄りかかる輝の頭をそっと撫でている自分に気付き晃は慌てて手をひっこめた。
「晃さん? 何か御用ですかぁ?」
本から顔をあげ、にこっと笑顔を浮かべ輝は晃を見つめる。
しかし、晃は気持ちをぐっと抑え黙って静かに首を横に振った。
「……?」
不思議そうな表情で輝は晃を見つめていたが、すぐにまた本の世界へと帰って行く。
「(頭を撫でるしかできない、というのはヘタレなのだろうなぁ……)」
苦笑する晃の気持ちに輝が気づくはずもなく。
再び晃も本の世界へと戻る努力をするのだった。
「落ち着いてて、安らぐよな……」
散策の足を止め嵯峨根・亨が瞳に映る若葉を見上げれば、隣を歩く冴凪・勇騎も頷き木々を仰ぐ。
「俺も好きだぜ、こういう場所。誘ってくれてありがとな」
勇騎の言葉に亨は安堵の表情を見せた。勇騎の好みにも合っていたようで一安心。
風が葉を揺らす音が二人を包み込む。
青紅葉の下を歩きながら「なぁ」と亨は勇騎に話しかけた。
「改めて言うのも照れくさいんだが、俺と友達になってくれないか?」
まっすぐな亨の言葉に勇騎はどう言おうかと考えあぐねる。
そして勇騎の口から出た言葉は。
「……紅葉の花言葉、知ってるか?」
なぜか勇騎に問いかけられ、怪訝そうな顔をしつつも亨は「いいや」と首を横に振った。
勇騎は足元に落ちていた青紅葉を拾い上げ亨に告げる。
「紅葉の花言葉は『大切な思い出』なんだよ。……そのうち色づく季節になったら一緒に行こうぜ」
今日という日はもちろん、また一緒に思い出を作れたら。
大切な友人と共に季節を感じこれからも縁を繋げていけることを願う二人の上に。
――はらり。
青紅葉が一枚、落ちてきた。
●薄紅色の風
のんびり庭を歩く紅羽・流希は小さな池の畔にしゃがみ込む久椚・來未に気が付き声をかけた。
「ここは静かでいいですねぇ……」
ゆっくりと振り返り來未はこくんと静かに頷く。
そして緑生い茂る木々を眺めぽつりと答えた。
「こういうところ、好き」
慌ただしい日常から離れ憩の時が二人を包む。
先に歩き出したのは來未だった。
「わたし、そろそろ、行くから」
歩きだした來未を見送る流希は去りゆく背中に向かって呟く。
「……誕生日、おめでとうございますねぇ」
それは來未に届く予定のない祝いの言葉。だが。
振り返った來未の口が小さく動いた気がした。――ありがとう、と。
サツキに彩られた庭を青葉薫る風が吹き抜ける。
ミケが隣にいることの嬉しさを噛み締め、凌真はそっと彼女の耳元で囁いた。
「これからも、末永くよろしくね」
「……こちらこそ」
言葉少なに頷くミケの頬が赤いのは凌真の気のせいではないはず。
照れる彼女を正面から見つめ、凌真は素直に思ったことを告げる。
「咲いている花よりも綺麗だな」
「そんなこと言われたの初めて」
思いがけない言葉にミケも緊張から解放された。
「ねぇ、初デートの記念に写真、撮ってみようか」
ミケの提案を凌真が断るわけがなく。カメラのシャッター音が静かな庭に響いた。
いつもよりもゆっくりと時が流れる緑の世界。
コーン……。
ししおどしの乾いた音だけがリズムを刻む。
王莉・奈兎に手をひかれ、結月・仁奈は緑溢れる庭をゆっくりと歩いていた。
そして奈兎は一番見せたかったものの前へと仁奈を連れて行く。
「にーな、見て!」
「わ、綺麗……!」
緑色の葉に映る薄紅色の満開のサツキは今がちょうど見頃。
喜びの声をあげる仁奈を見て、奈兎の表情も綻んだ。
「花ってさ、其々贈る相手がちゃんと決まってるらしい」
知ってるか? と奈兎に問われ、花の香りを楽しんでいた仁奈は首を横に振る。
「サツキなら……迷わずオレはお前に贈るから」
奈兎の言葉に仁奈は一瞬だけ意外そうな表情を浮かべたが、すぐにふわりと笑みを浮かべる。
「わたしも、きっと、奈兎に一番に贈りたくなる」
どんな意味かはわからないけど、優しそうな奈兎の表情を見てればそんな気がしたから。
「ね、どういう意味か教えてくれないの?」
ねだる仁奈に奈兎はその意味を告げようとはせず。
返事のかわりに仁奈の長い髪を掬いそっと口づけた。
「いつか、きっと――な」
「いつか、ね」
――それは仁奈に新しい楽しみが増えた瞬間だった。
●甘い時間
サツキの葉と花の爽やかな色合いを目で楽しんだ後、縁側でゆるりと過ごす。
のどかな陽が差し込む縁側に二人並んで座り庭を眺めてお抹茶を一口。
隣に座る狗川・結理と自分の姿を大切な家族に重ね合わせ、万事・錠の心もほっこり温かくなった。
「ユウリ」
豆大福を皿に置き、錠は噛み締めるようにそっと大切な人の名前を呼ぶ。
名前を呼ばれ、はっと結理が顔を向けた。
「2日後ってお前誕生日っしょ。プレゼント、この後一緒に買いにいかねェか?」
「え、……覚えててくれたの? いいの? 本当に?」
思わず結理の口から洩れた言葉。これは今まで彼が誕生日の祝いと無縁に生きてきたことを意味している――。
そう、気づいた錠の胸がぎゅっと詰まり言葉に詰まった。
だから、そんな結理の過去を払拭するかのごとく錠は何度も大きく頷く。
「うん、いこう、ジョー。一緒に」
潤んだ目元をそっと拭い笑顔で頷く結理の耳元でそっと錠は囁いた。
「俺はお前と、家族になりてんだ」
「ジョー……!」
沢山の肯定を貰い、結理の顔が喜びに満ちる。
彼が錠の言葉の真意に気付くのは、多分、もう少し未来のお話。
そよそよと優しい風が吹き、青い空に浮かぶ雲がゆったりと流れ。木々が作り出す影が長くなりはじめた。
まったりとお茶を飲みながら美しい庭を眺めて話に興じる。たまにはこう言うのも悪くない、と朱鷺崎・有栖は独りごちた。
「こういう時は所謂ガールズトークというものをするのがいいのかしら?」
座卓に頬杖をついて有栖は美味しそうに豆大福を食べる星野・華月を見遣る。
「……がーるずとーく?」
「コイバナとかそう言うやつよ」
首を傾げる華月に説明をする有栖。
早速、有栖はコイバナの定番である好きな人について華月に尋ねる、が。
「……って、小2に聞いても仕方ないわね」
はぁ、と溜息をつく有栖に華月は無邪気に答えた。
「私、アリスさん好きですよ?」
「あら、私もカヅキのこと好きよ。なんだったら付き合ってみる?」
クスっと笑う有栖に何と返事をすればいいか。華月は考え込みつつお茶を飲む。
「そこはさらっと流していいところよ」
手をふりふり有栖は苦笑い。
「……やっぱり、まだまだ子供ね」
「ふえ?」
口の周りを粉だらけにしている華月の口元の粉を拭いつつ、有栖は小さく溜息をついた。
青い風が本堂を吹き吹ける。
風にあわせて木々が揺れれば太陽が創り出す庭の影もまたゆらりと姿を変えた。
「綺麗だな……」
「穏やかな気持ちになります」
縁側に二人並んで座り、ゆったりとした気分で庭を眺める石嶋・修斗と御剣・裕也。
こうやって二人で一緒にお茶とお菓子を楽しむのも良いものだ。
「ねぇ、修斗さん。一口貰っていい?」
豆大福を指差しねだる裕也に修斗はくすりと笑みを漏らす。
「同じものですよ?」
「修斗さんのが欲しいんだもん」
「しょうのない人ですね」
口調とは裏腹に優しく微笑みかけ修斗は自分の豆大福を切り分け差し出した。
「ありがとう。お返しに俺のもあげる!」
裕也も豆大福を切り分け、修斗にあーん、と差し出す。
分け合うこともいい心がけ。優しい子に育って嬉しい……。
裕也がくれた豆大福はさっきまで修斗が食べていたものより美味しく思えた。
●青葉の庭
眼前に広がる庭は派手すぎず落ち着いていて心が安らぐ気がする。
「ん、美味し♪」
仙道・司は満面の笑みを浮かべて豆大福を一口齧った。
花の彩と木々の緑と。
どちらも楽しめる初夏の庭は春の庭とはまた違う風情があって趣深い。
「いっぱい持ってきちゃいましたー」
皿いっぱいの豆大福を持って伊勢・雪緒が戻ってきた。
「あ、清十郎、豆大福どうぞーなのですよ」
「ありがとう、雪緒」
雪緒に勧められ、さっそく橘・清十郎が手を伸ばす。絶妙な塩加減が餡子の仄かな甘さを際立たせている。
「……只こうして座っているだけでも、心が穏やかになる様だね」
やっぱり、来てよかった。
しみじみと呟く影近・水希の手は休む間もなく豆大福の皿と口の間を行ったり来たり。
「こういうのもたまには良いよな!」
コーン……。
ししおどしの音に耳を傾けお抹茶を飲む清十郎は雪緒の声で現実に引き戻された。
「……!? 豆大福さん行方不明ですー!?」
慌てて清十郎も皿を見ると大量にあったはずの豆大福はぽつんと1つ残されているのみ。
「……まさか」
雪緒はじっと水希を見つめるが、彼は平然と首を横に振る。
「……え? 何、……ああ、橘さんだよ」
そして、何気ない所作でぱくりと最後の豆大福を口に運び。
「きっとそうに違いないよ」
水希はにこりと微笑みを浮かべ、しれっと嘘をついた。
「……犯人は清十郎なのです?」
雪緒に疑惑の視線を向けられた清十郎は慌てて顔の前で手を振る。
「いや待て、俺二個しか食べてないぞ?! 冤罪だ!」
だが、犯人である水希は涼しい顔でお抹茶をすすっていた。
窮地に追い込まれた清十郎。
誰か助けてくれそうな人はいないかと周囲を見回し目があったのは――庭の散策から戻ってきた來未。
「頼む! 俺の疑いを晴らしてくれ!!」
「ちょっと、待って」
再び出てきた來未は3つの豆大福を雪緒に向かって差し出した。
「これ、あげる」
……真実は水希のみが知ることになる。
木漏れ日の中をのんびりと歩けばいつもの慌ただしい日常のことなど忘れてしまいそう。
青紅葉とサツキを堪能した和服姿の三人が庭の散策を終えて戻ってきた。
縁側で一番陽の当たる場所に佇み庭を眺める桑子・千鶴に岡崎・多岐が声をかける。
「座布団借りてきたぞ」
一色・などかは座布団を受け取るとぽんぽんと三つ並べ、浴衣の裾を整えてゆっくりと腰を下ろした。
暖かな日差しの下、心地よい風を感じながら千鶴はお抹茶をすする。
コーン……。
風が木々を揺らす音に混じり、ししおどしの音が静かな庭に響き渡った。
「こういう時間が積み重なって、きっと歴史になるんですね」
縁側に座って眺める庭はまるで額に納められた絵のよう――。
しみじみとつぶやくなどかの言葉に「わかる」と多岐も頷く。
「たくさん何かがある訳じゃねぇが、こういう方が贅沢だな」
「このままずーっと、ここでぼんやりしていたいな……」
それは千鶴だけでなく、多岐もなどかも共通の想い。
心地よい風が三人の頬を撫でた。
●祝いの言葉
「あ、久椚さん!」
座布団を抱えた來未を見つけて千鶴が手招きをする。
何だろう、と怪訝そうな顔の來未が三人のところへ近づいてきた。
「お誕生日おめでとうございます」
笑顔の千鶴が差し出したものは牡丹花の練り切り。
「綺麗……」
じっと見つめる來未の手のひらに葵の花と菖蒲の練り切りも加わり彩りを添えた。
「良い場所を教えてくれた礼も兼ねてな」
心なしか多岐の声が弾んでいる気がする。
千鶴となどかは顔を見合わせ笑みを零せば。
「そこ、笑うんじゃねーよ」
そっぽを向く多岐に謝りつつ、などかは來未に座るよう促した。
そして、お抹茶を手に取りちょっとだけ器を掲げ。
「乾杯は心の中でね」
4人一緒にお抹茶を飲み干した。
太陽の光を受けてきらきらと輝く池に映る青紅葉はこの季節だけのもの。
【夜咄】の3人を見送り一人ぼんやりと庭を眺めていた來未に近衛・一樹は静かに声をかける。
「來未さん、お隣に座ってよろしいですか?」
名前を呼ばれた來未はゆっくりと振り返り、そしてこくりと頷いた。
「お庭のサツキはもうご覧になりましたか?」
「さっき、見た。すごく綺麗」
一樹が撮ったという写真を見ながら二人はひとしきり庭の話で盛り上がる。
会話が一区切りしたところで一樹は小さな箱を取り出した。中に入っていたのは芍薬を模した手作りの和菓子。
「お誕生日おめでとうございます。よかったら食べてみてください」
「……ありがとう。食べるの、勿体ない」
勧められるがままに來未はそっと和菓子を切り分け口に運ぶ。
「上品な、味」
美味しい、とぽつりと呟く來未を見つめ一樹はそっとシャッターを切った。
「あ! 來未さんいた!」
縁側の來未に気付いた司がとてとてと近づき隣にちょこんと正座する。
同じく、來未を探していた睦月・恵理もやってきた。
「今日はお誘いありがとうございました!」
ぺこっと司が頭を下れば來未もつられて軽く頭を下げる。
そして二人からも祝いの品だとハンカチと綺麗なガラスの小瓶が贈られた。
小瓶の中身は恵理が自信を持って推薦する選り抜きの紅茶葉。
「ありがとう」
大切そうにハンカチと小瓶を見つめ來未は小さな声で呟いた。
ところで、と恵理はにこやかな笑みを浮かべ來未に尋ねる。
「よろしければ、來未さんのご趣味、教えて貰えません?」
「趣味?」
贈り物を握りしめたまま、來未は黙り込んだ。
一人でふらりと出かけたり、何かを作ったりすることは好き。
最近、皆で出かけることも嫌いじゃないって知ったけど。
改めて問われると、何と答えればいいか……。
一樹と司も興味深そうに來未の返事を待っている。
迷った末、來未の答えは――。
「今度、会った時、教える」
「では、楽しみにしてますね」
ふわりと微笑む恵理の髪を五月の風がそっと揺らした。
瑞々しい若葉がゆっくりと夕暮れの色に染まる。
穏やかな時の流れに身を委ね、もう少しだけ、ここで――。
| 作者:春風わかな |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2013年5月28日
難度:簡単
参加:24人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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