【憧れの不死王】線路迷宮の非常扉

    作者:一兎

    ●鉄の道
     薄暗く、通気性の悪さからか、ジメジメとした腐臭の漂う通路を、スーツを着たアンデッドたちは歩き続けている。
     ただ、スーツと言っても至る所に穴が空いており、アンデッドの腐った体に見合うように汚れも目立つボロボロのもので。元はそれなりの物だったのだろうが、今は見る影もない。
     非常口の存在を知らせる緑色の明かりは、アンデッドと共に、その足元にあるレールも照らす。
     生命無きアンデッドは、そのまま歩き続け、明かりの届かない暗がりの奥へと消えていった。
     コツッ、コツッ、コツッ……。
     スーツに合わせたような硬い足音は、闇の中に静かに響き続ける。
     電車のやって来ない線路の上を、どこまでも、どこからも。

    ●進め、線路の先へ
    「要するに迷宮ってこった。今ん所、引き篭もってるだけで被害は出てねぇが」
     腕を組み、悩むようにして鎧・万里(高校生エクスブレイン・dn0087)は説明を続けていく。
    「敵は、あの水晶城に居たノーライフキングの一人に間違いねぇだろうな。戦いの後でどっかに消えてから、やっと動き出したわけだ」
     どういうわけか、未熟なノーライフキングは、コルベインの所持していたアンデッドの一部を扱う事が出来る。
     そして、時間を掛けて迷宮を強固にするほど、力を蓄えるのがノーライフキングである。
    「そんまま強くなりゃあ、次のコルベインになるかもしれねぇ。それだけは避けたいのが本音だ。……迷宮の奥にいるから一筋縄じゃいかねぇだろうが、出来れば灼滅してきて欲しい」
     謎の多い迷宮の探索から始める今回の依頼は、どうするかをその場の判断に任せるかもしれない。
     そうならないために未来予測があるのだが、予想外の事が起こる可能性がゼロだとも言い切れない。
    「当たり前だが、迷宮にはアンデッドどもがウロついてやがる。よっぽど運が良くない限り、戦闘は避けられねぇだろうな」
     アンデッドは二種類、一定のルートを徘徊するものと、じっとその場で待機しているものがいる。
     どちらも、灼滅者たちを見つけた時点で、役割を果たすために動きだすだろう。
     即ち、迷宮に迷い込んだ侵入者の排除。
    「最初は良い、まだ余裕もある。そんでも、何度も相手にしてりゃあ限界は来る」
     そうなれば、迷宮突破後に待ち受けるノーライフキングとの戦いは厳しいものとなるだろう。
     最悪、撤退という選択も有り得る。
    「別に全部と戦る必要はねぇんだ。ノーライフキングさえ抑えれば、迷宮は消えるんだからな。まずは迷宮を抜ける事に集中してくれ」
     ただし、今の目的はあくまで玉座の間に辿り着く事だ。アンデッドは放置しておいても良い。
     そこまで言って、万里は組んでいた腕を放し、固めた拳を突き出す。
    「……まぁ、細かい事は苦手なんで最後にズバリ言っとくが、迷ったんならいっそ迷いまくれりゃいい。そうすりゃ絶対、ゴールに着くもんだ!」
     迷宮探索に必要なものは二つ、危険を察知する慎重さ、そして諦めない根性。
     それが万里の持論である。


    参加者
    藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)
    赤鋼・まるみ(笑顔の突撃少女・d02755)
    藤木・宗佑(ラズワルドの鎖・d04664)
    黛・藍花(小学生エクソシスト・d04699)
    天城・迅(グラーフ・d06326)
    禰宜・剣(銀雷閃・d09551)
    東堂・秋五(君と見た夕焼け・d10836)
    ネアル・ミューデルタ(スノーフレーク・d13184)

    ■リプレイ

    ●慎重さ
     迷宮などの未開の地を探索する際、人はだいたいの場合、その慎重さに助けられる。
     事前にどれだけの備えをしているか一つで、次に起こる危険への対処が可能となる。
     そういう点で、猫変身のESPでは視力が変わらない事や、変身にある程度の時間が必要になることを、事前に確かめておいたのは正解だったと言える。
     実際に迷宮へ踏み込んでみれば、線路の敷き詰められた通路には、微かな明かりが点々と灯っており、お互いの姿が、かろうじて見える程度。
     アンデッドの目に見つかった際の、逃走の難しさも予想できる。
    (「猫変身では難しい、か……順調に行けるといいんだが」)
     線路を辿る様に前へと進む8人の先頭で、天城・迅(グラーフ・d06326)は思考しながらも、それに気づき、足を止めた。
    『分かれ道だ』
     迅の後ろに続き、マッピングをしている禰宜・剣(銀雷閃・d09551)と藤木・宗佑(ラズワルドの鎖・d04664)の二人に触れて、声を出さずに言葉を伝える。
     ESPの接触テレパスの力であり、他の仲間へも順に伝え終わると、今度は耳を澄ます。
     右と左、今、灼滅者たちのいる道と丁度、Tの字の形をした分かれ道。
     明かりはまだ点けない、もし曲がり角の向こうに徘徊しているアンデッドがいるとすれば、足音が聞こえるはずだからだ。わざわざ、こちらの位置を知らせるような真似はしなくていい。
     ……コッ、……コッ、……コッ。
     果たして、アンデッドの足音は両方から聞こえた。
    「…………」
     次に、曲がり角の先を実際に覗き込んで確認する。藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)が気配を殺して慎重に、もう一つの曲がり角もネアル・ミューデルタ(スノーフレーク・d13184)が同じように。残りはいつでも動けるように備える。
    「近くにはいないようだな。恐らく、反響した音だろう」
     そこまでをこなして、やっと安全が確かめられる。
    「左、音の数……多い。けど、右の音、大きい」
     ただし、徘徊型がどう動いているかわからないので、自然と小声での会話となるのだが。
    「なら、左ですね! 大きいって事は近いって事ですし!」
     元気に満ちた赤鋼・まるみ(笑顔の突撃少女・d02755)でさえも、小声である。
     ただ、どちらに進んでもリスクがある事は間違いなく。まるみの意見に反対という者はいなかった。
    「では印をつけておく。各自、確認しておいてくれ」
     道が決まると徹也が通路の端に屈み、手にした白いチョークで簡素な矢印を描く。
     それを黛・藍花(小学生エクソシスト・d04699)がライトで照らし、全員が確認を終えた所で、灼滅者たちは再度の行進を始めた。
     まだ、最初の分かれ道なのだ。

    ●すれ違い
     確認の度に立ち止まり、確認を終え、再び歩き始めれば、全員が口を閉ざす。
     次の安全が確保されるまでは、口を開かない。それまでは身振り、もしくは接触テレパスによって意思を伝えるようにしてあった。
     ただし、暗さから、接触テレパスの方が、確実に伝えやすく。
     ……コツッ。……コツッ。コツッ。
    『アンデッドが近づいてきました!』
     二度目の、そして一度目とは違う言葉が伝わったのは、次の分かれ道に差し掛かった時である。
     まるみの言葉を受け取るまでもなく、その硬質な足音は通路の先から、聞こえてきた。
    『後ろには異常なしっと。迷宮って、言う割にじめっぽくて嫌なもんだなぁ』
     殿を務める東堂・秋五(君と見た夕焼け・d10836)の余分な言葉の混じった報告があって、灼滅者たちは動く。
     打ち合わせしていた通りに、一度退がると、通路の脇に身を潜めて、アンデッドたちが通り過ぎるのを待つ。この間に後ろからやってきたアンデッドに襲われる可能性もあるため、秋五の報告は重要なものだった。
    (「……1……2……3」)
     隠れている間、宗佑はアンデッドの数を、足音から数える。これも後で、地図に書き込む事になるので、必要なものだ。
    (「実際に見ないとわからないけど。3体くらいかな」)
     それから数十秒、もしかすれば1分ほどでやっと、アンデッドの足音は遠のいていった。
     途中で音が変わったことから、どこかで曲がったのだとも予想できる。
    「右から来て、左に行ったってとこかしら」
     それから戻ってくる様子もなく、剣は一息つくと、作りかけの地図に、アンデッドを示す矢印と数。
    「また、T字路ですか。……どうして、こんな迷宮を作るのでしょう」
     そしてT字型の通路を書き込む。傍にいた藍花は、描かれていく地図を覗き込み、ウンザリといった具合で呟いた。
     最初を含め、今までに通った道は全て、T字型をしているのだから、それも仕方ない事だろう。
     ともあれ、次に進むべき方向は、半ば決まっている。
    「右ですね! 行きましょう!」
     敵は左へ行ったのだから、わざわざそちらに行く事もない。単純な理由だ。
     もう一つ、理由を足すとすれば。
    「音……。右、遠のいて……いる」
     ネアルが最初の分かれ道で言った、多くある足音の数の一つだろう。先ほど通り過ぎたアンデッドとは別の足音も、遠のいていた。
     つまり、今ならば徘徊型のアンデッドと遭遇する事はない。
     右へ行かない理由の方が、少ないのだ。
    「こんなとこに引きこもるって、どんなノーライフキングなんだろう……?」
     まるみの声に従い、再び歩き始める仲間たちに背を向ける形で、後ろを見張っていた秋五は、そこでふと違和感を感じる。
     何かが動いたような、そんな気がしたのだ。薄っすらと白い何かが。
     アンデッドだったなら、革靴の硬質な音が聞こえるはずだが、そうではない。
    『後ろ、元来た道の方に何かがいる気がしたんだ。早く動いたほうが良いかもしれない』
     警戒しながらも、接触テレパスでそれを前へと伝えた。
     あいまいな報告だが、予測のつかない迷宮の中である、動くには十分な理由だろう。
     かといって、走るわけにもいかず、灼滅者たちは静かに動ける中での素早さの限界に挑戦するように動く事になった。
     その後も念を入れ、警戒を続けた灼滅者たちだが、白いものが追いかけて来ることはなかった。

    ●アンデッドの守る道
     探索は順調に進んだ。根気と忍耐、全員の意思がまとまっていたから出来た、徘徊するアンデッドをやり過ごす方法は、多少、危機を感じる場面もあったが、上手くいったと言える。
     そして、探索が進めば当然、迷宮の構造も把握できてくる。アンデッドの配置も含めてだ。
     灼滅者たちは、迂回できる道があるだろうと、このアンデッドでも、その場を動かない待機型のいる道を避けていたのだが。
     ただ実際に迂回路となりそうな道は見つからず。代わりに、この道だけが他と繋がらない一本道である事がわかった。
    「タダで通すつもりは……ないだろうな。出来れば、避けたかったが、仕方ないか」
     ノーライフキングがいるのは恐らくこの道の先だろう。皆で出した結論を胸の内で反芻しながら、迅は斬艦刀を叩きつける。
     目前に迫るボロボロのアンデッドを肩先から、捻じ伏せるように、力強く。
     骨か何かを叩き折る音に続いて、鉄塊が鉄のレールにぶつかる金属音が響く。
    「半身になっても、動くあたりは、さすがアンデッドかしら」
     抉れた腹から零れ落ちる内臓を見て言うと、剣はその場で跳躍。
     遅れて闇の中から突き出てきた二体目のアンデッドの腕に目掛けて、天井を蹴り、刀を振り下ろす。
    「トドメは任せるわね」
     着地と同時に血を払い。
     剣の声に頷いて、徹也は素早く両腕を失くしたアンデッドの背後に回りこむと、手刀を繰り出した。
     手刀はスーツの生地ごと喉を首の裏から貫き、引き抜く。
    「灼滅確認、残数……」
     冷静に告げる徹也は、そこで言葉を止めた。必要ないという事に気づいたからだ。
    「……わっ」
     ネアルの首を締め上げようと迫った、アンデッドとの間に、宗佑は割り込んだ。
    「ちょっと攻撃の邪魔だから」
     割り込むと同時に、WOKシールドを展開。障壁に当たったアンデッドの指先が歪に曲がる。
    「……素直、じゃ……ない」
    「こんな迷宮に引きこもってる偏屈者よりはマシだよ」
     背に庇うネアルに言われた一言に、宗佑は逃げるように言い返すと、自身の影を伸ばしてアンデッドの体を縛っていく。
    「話、逸らしてる……」
     ミシミシと、何かが軋むような音を鳴らす影の塊、そこにネアルは燃え盛るロケットハンマーのフルスイングを決めた。
     硬い手応え。
    「こいつら、元はどんな人生送ってたのかな。……なんて、な」
     秋五が杖先を戻し、アンデッドから距離を取ろうとする間、思わず考えた事が口に出た。
    「それを言えば、ダークネスだって、元は人ですよ」
     感傷的な呟きは、思ったよりも大きいもので。藍花から返ってきた言葉に、秋五は冗談だと苦笑いでごまかす。
    「何より。皆、心の内にダークネスを飼っているのですから。感傷的に考え過ぎるのも、危険です」
     言うや、藍花は光を生み出す。正しきを救い、悪を滅する光を秋五の肩の喰らいつこうとするアンデッドへと。
    「なぁ」
     光を浴びて、全身が焼けていくアンデッドの姿を見て秋五は新たに言葉を発する。
    「そんな所にいると危険が危ないですよ! その敵、しつこく立ち上がってきますから! チェストォォ!!」
     瞬間、まるみの元気ボイスが、秋五の言葉をかき消し、ついでにすれ違い様、豪快な斬艦刀の一撃をお見舞いする。
     通路の壁に叩きつけられて、アンデッドは無残にも砕け散る。
    「……考え過ぎないのも、どうなんだ?」
    「知りません」
     二人はしばらく、無言でまるみを見続けた。

    ●緑の明かり
     結果から言えば、予想は当たった。
     アンデッドたちを蹴散らし、無事、通路の先へと進んだ灼滅者たちを待っていたのは、とっくに見飽きたT字路であり。
     T字路を右に曲がった通路の間に、その緑色の輝きは見つかった。
     念のため、反対の道も調べて回ったが、やはり非常扉らしき場所はここだけである。
     実際、緑色に光る表示には、走るポーズで静止した人型もあった。
    「ここからが本番ですね。……わざわざ目印があるのが意味不明ですが」
    「ゲームなら、ボスの部屋の前にセーブポイントとか、あるんだけどな」
     藍花の言葉に対する宗佑の軽い冗談さえも、逆に緊張を高めるように感じた。
     現実にセーブやリセットはない。全てが一回きりである。その相手は、ダークネスの中でも強敵とされるノーライフキング。
     未熟な固体とはいえ、油断は出来ない。
    「では、開ける。準備はいいか」
     徹也がドアの脇に立ち、一人ずつ順に、視線で確認を取っていく。
     開けたところを攻撃されては適わないと、あらゆる状況を想定していた。
     ただ、それでも予想外のことは起きる。
     ドアが向こう側から開けられたのだ。
    「待て、危害を加えるつもりはない」
     そう言って、出てきた少年の姿に、誰かが思わず名を口にしていた。
     紫堂・恭也。
    「あぁ、えっと、もしかして、途中で後ろにいたのって……?」
     秋五の恐る恐るといった確認に、恭也は俺だと、肯定を返す。
     灼滅者たちにウロボロスブレイドを託した後、再び行方をくらました少年は今、灼滅者たちの前に、それもノーライフキングのいる玉座の間から現れた。
    「なぜ、お前がここに?」
     そうなれば、今、恭也は敵であるかもしれない。元々ノーライフキングであるコルベインの傘下(正確には眷属の鍵島の下)にいたのだから。
     灼滅者たちは、先ほどまでの緊張を増すかのように、恭也に対して警戒を強める。
     それでも恭也は、表情も態度も改めず。
    「頼む。こいつを、このノーライフキングを見逃してやってほしい」
     一方的に言い切ると、頭を下げた。

    作者:一兎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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