他人の不幸は蜜芋の味!? 鹿児島紅あずま怪人の巻

     ――ザックザック、ザックザック。
     巨大なくわが、広大な畑に突き立てられていく。だが決して耕しているのではない、真実はその逆であった。
     くすんだサツマ芋色の上下ジャージ姿で、頭には巨大な芋の被り物をした奇妙な男は、この畑で育てられている作物を荒らしているのだった。
    「最近の連中は、種子島の『安納芋』ばかり有り難がりやがって……。
     鹿児島のサツマ芋といえばこの、焼いてよし、揚げてよし、加工してよしの『紅あずま』だろうが!」
     言いつつ芋男は、すくすくと育ちつつある安納芋の苗を、無残にもくわで切り刻んでいく。
    「なにが蜜芋だ、芋と言えばホクホクとした食べ応えがあってこそだろうが! 紅あずまの良さを忘れた人間どもに、本当のサツマ芋を今一度思い出させてやる!!」
     そしてゆくゆくは世界中を紅あずまで支配してやる――そう高らかに宣言し、芋男はくわを動かす手を早めるのだった。

    「……なんでこう、ご当地怪人のやることってのは気が抜けるんだろうな」
     げんなりした様子でぼやきつつ、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は事件の概要を説明する。
    「今回俺の全能計算域が導いたのは、鹿児島県の名産であるサツマ芋、『紅あずま』を愛するご当地怪人だぜ」
     このダークネス――『あずまさん』は、同じ鹿児島県産であるサツマ芋『安納芋』のあまりの人気に対抗意識を燃やすあまり、その畑を荒らして回っているらしい。
    「自分の愛する名産品の良さを広めるのはいいけどよ、そのために競合する相手を蹴落とす、ってのはさすがに良くないわな」
     現在はまだ、人死にが出るような事件には発展していない。だが敵は間違いなくダークネスなのだ。
     全国で需要がある安納芋を守るためにも、なんとしてもこの敵は灼滅せねばならない。
     そしてヤマトは、地図にて敵との遭遇地点を示しつつ、具体的な作戦の内容を話し始めた。
    「敵は真っ昼間から種子島のサツマ芋畑を荒らそうとしてるはずだから、そこへ出向いて灼滅してきてくれ」
     周囲は広大な畑のようで、戦闘をするのに支障はないだろう。
     だが時刻が昼間ということもあり、一般人が農作業をしていることも考えられる。彼らを戦闘に巻き込まないための工夫が必要になるだろう。
    「それと敵の能力だが、基本的には無手が主体のようだぜ。ご当地ヒーローのサイキックがメインになるだろうな」
     だが敵が畑を荒らすのに使用しているくわも、どうやらダークネスの身体の一部であるらしい、とヤマトは続ける。
     そしてそのくわを用いて、『咎人の大鎌』のサイキックを使用してくることも予測されていた。
    「行動はマヌケでも敵はダークネスだからな。バッドステータスなんてつけられたら厄介だぜ、警戒してくれよ」
     そして早速行動を開始する灼滅者たちの背へと、ヤマトは激励の言葉を投げかけた。
    「ダークネスだけあって強敵だぜ。だが他者を蹴落とすしかできない奴に、お前らが負けるわけがない。気張ってこいよ!」


    参加者
    古海・真琴(占術魔少女・d00740)
    立湧・辰一(カピタノイーハトーブ・d02312)
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    城橋・予記(お茶と神社愛好小学生・d05478)
    華槻・灯倭(紡ぎ・d06983)
    名桐・ななみ(ドーナツ大好き系女子・d08222)
    ファティマ・ブッチャー(黒い魔術師・d13000)
    火伏・狩羅(蛍火・d17424)

    ■リプレイ


     ――快晴の空の下。広大な芋畑の合間を進む、四人のジャージ姿の少女たち。
     年齢層が近いため、一見すると農業を体験しにやってきた中高生のようだ。
     しかしそれはあくまで偽装。彼女たちの目的は、この地で悪事を働くダークネスを倒すことなのである。
    「お芋、お芋かぁ。今回のダークネス、行為はともかく好きな物を広めたいって気持ちはわかるなぁ」
     そう言うのは、今回最年長の火伏・狩羅(蛍火・d17424)。狩人らしい鋭い眼光の彼女だが、口を開けば存外親しみやすいノリをしている。
    「確かにさつま芋、美味しいよね。りんご煮とか、スイートポテトとか。お腹空いてきちゃう……」
     華槻・灯倭(紡ぎ・d06983)はそんなことを考えつつ、しかし周囲への警戒は怠らない。ダークネスの姿を探しつつ、見掛けた一般人をESPでそれとなく遠ざけていた。
    「でも安納芋は確かに甘いですけど、上手く調理できなければただの美味しくないさつま芋です。紅あずまだって、卑下する必要なんかないのに……」
     灯倭の言葉に応じるのは、古海・真琴(占術魔少女・d00740)だった。
    「とにかく! 農家の人が一生懸命育ててるお芋に、酷いことさせられないからね。早く見付けないと!」
     ヒーローの一人として正義感に燃える名桐・ななみ(ドーナツ大好き系女子・d08222)は、頬を膨らませつつ言う。
     そんな彼女たちの携帯に、突如着信が入る。彼女らとは別行動をしている仲間たちからだった。

     敵の姿を発見したもう一方の班は、敵から距離を取って様子を窺いつつ、ななみらの班と連絡を取っていた。
     彼らの視線の先には、芋ジャージ姿で畑を荒らすさつま芋頭のご当地怪人――『あずまさん』がいた。
     そして仲間が到着するまで時間を稼ぐべく、灼滅者たちは敵に接触する。
    「よぉ、精が出るねー」
    「おい、そこのリアル熊襲。馬鹿なことはやめろ」
     若干皮肉めいた声音で言うファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)、さらに立湧・辰一(カピタノイーハトーブ・d02312)も続いた。
    「あ? なんだ小僧共、俺は今気が立ってんだ、消えろ」
     くわを振るう手を止めたあずまさんは、間抜けな格好に似合わぬ射抜くような眼光で灼滅者たちを見据える。
    「そういうわけにはいかないよ。そのお芋……育てた農家の人の苦労がキミに分かる?」
     だがそんなあずまさんへと、城橋・予記(お茶と神社愛好小学生・d05478)は臆することなく告げる。
    「はっ! こんな芋を育てる連中のことなど知るか!」
    「お前、紅あずま怪人なんだろう? 気持ちもわからんではないが、すべての芋は等しく芋なのだ」
    「つーか随分と紅あずまを押しているが、安納芋にも良さはあるんだぜ。食ったことあるのか?」
     毅然と語るファティマ・ブッチャー(黒い魔術師・d13000)に、ファルケも続く。
     ダークネスを相手にこの人数で戦う危険を熟知している灼滅者たちは、時間を稼ぐべく問答を続けるのだった。
    「ちっ、鬱陶しい小僧共め。どうやら俺のことも知っているようだが、邪魔するなら貴様らも排除するのみだ!!」
     ――が、敵は灼滅者たちの予想以上に短気だった。仲間たちが駆けつける前に、戦端が開かれることとなってしまった。
    「たった四人だが、やるしかないか。いいだろう、安納芋も捨てたもんじゃないことを教えてやる。この、俺の歌でっ!」
     ジャージの上から特攻服を纏い、ギターを構えるファルケ。
    「――我 草卒ならず成すべきを成さん。カピタノ・イーハトーブ!鹿児島に見参だ!」
     辰一もまた一般人を寄せ付けないよう殺気を放ちつつ、眼鏡を外し起動のための言霊を紡ぐ。



    「喰らえ、スイートポテトビーム!」
     敵の構えた腕から、くすんだ紫のビームが放たれる。それを、前衛の辰一が立ちはだかり防いだ。
    「――っく! やってくれたな、お返しだ!」
     さらに返礼とばかりに、自身もご当地の力を込めた金色堂ビームを見舞う辰一。
     そこへ、ギターをかき鳴らすファルケが歌声で敵の精神を攻め立てる。
    「紅あずまも安納芋も、それぞれのよさがあるだろうに。それを理解できないとは憐れなヤツめ」
     そんな気持ちを込めて歌い上げるファルケ。とんでもない音痴だが、その歌は着実に敵の行動を妨害していた。
    「食べ物を粗末にする人が、食べ物の魅力を説く資格はないよ!」
     言いつつ、纏うオーラを蒼炎と化し敵へと叩き込む予記。
    「今日の私はヒールではない。一人の農学生として戦うぞ!」
     指先に収束させた霊力で、辰一の傷を癒しつつファティマは言う。しかし彼女の背後に出現した太めのビハインドが、どこから取り出したのか勝手にゴングを鳴らすのだった。
    「こら! 今回はプロレスじゃない!」

     それから灼滅者たちは、苦しい防戦を強いられることになる。四人ではそもそも、敵の戦力の半分にも満たないのだ。
     辰一と予記、そしてファティマのビハインドが前衛となり敵の攻撃を引き受ける。また後方では、ファティマとファルケが回復に専念するが、それでも追い付かず次第にダメージが蓄積していく。
     そしていよいよ辰一たちの負傷が限界に達しようとした頃――上空から降り注いだ光がその傷を癒した。箒に乗っていち早く駆けつけた、真琴による支援だった。
    「遅くなってすみません、あとは私たちに任せて、一度後退して下さい!」
     真琴が言うや否や、辰一たちを守護するように二体の霊犬――倶利伽羅と一惺が飛び出した。
     そして、残りの灼滅者たちも遂に戦場へと集合するのだった。
    「あの、あずまさん……。その被り物、重くないの? 昼間からそんな格好で畑を荒らすなんて、結構肝が据わってるよね」
     言いつつ、灯倭の黄金の指輪『環』による呪いが敵を蝕む。同時に彼女の霊犬、一惺が斬魔刀で敵を牽制する。
    「くそ、雑魚がワラワラと湧いてきやがって。あとそこの小娘! この頭は俺の体の一部、故に重くなどない!」
     そんなことを宣言するあずまさんの後頭部に、燃え盛るガトリングガンが叩き込まれた。
    「本当ですね! なんかこんがりといい匂いがしてきました!」
     かなり際どい不意打ちを食らわせた狩羅だが、妙に楽しげだった。そして主に呼応するように、倶利伽羅が六文銭射撃で追撃をかける。
    「あずまさん! 自分の好きなのがみんなに受け入れられないからって、自分勝手はだめだよ!」
     ななみは言いつつ、高密度に収束した『ななみオーラEX』を放出する。射ち出されたオーラキャノンが狙い過たず敵へと命中する。


     仲間が全員揃ったことで、灼滅者たちは一気に攻勢へと転じるのだった。
     後衛が増えたことで攻撃に専念できるようになったファルケは、影を放って敵の脚を止めにかかる。
    「安納芋は確かに甘くて美味しいけど、私は紅あずま……好き、だよ? なんてね?」
     あずまさんをちらりと見つつ言う灯倭もまた、淡く光る鞭剣『惺絃』を伸ばし敵へと放つ。
    「でもさ、ん、と……。ライバルを潰してしまうのは、自分の価値を下げてしまうと思うから、勿体ないと思うんだよ」
     ファルケと灯倭に執拗にかけられる捕縛が、あずまさんの動きを強烈に制限する。
    「やかましい、本当のさつま芋の味を知らん人間どもめ! 安納芋の何がいいというのだ!!」
     あずまさんは怒声をあげながら、振り被ったくわによる斬撃を放つ。見た目はただの農具でも、ダークネスの力を帯びたそれは強力な死の呪いが込められていた。
     その斬撃の前へと、傷が癒え戦線に復帰した辰一が飛び出した。
    「今の俺は、いわば一の関。そう簡単には通さないぞ」
     ウロボロスシールドを展開してくわを受け止めつつ、辰一は不敵に言うのだった。
    「――指し示せ、真琴の誠!!」
     そこへ、解き放たれた真琴の護符が見舞われる。
    「さつま芋は品種ではないです。上手く焼けた芋と、そうで無い芋しかありません!」
    「それに、これは好き・あれは嫌いって排他的な選択じゃだめなんだ。これも好き・あれも好きって、皆が幸せになる選択じゃないと……」
     呟きと共に、予記のオーラを纏った連打が叩き込まれる。ご当地のお茶とそうでないお茶との間で葛藤していた、そんな過去が脳裏に蘇っていた。
    「平等に芋を愛さずして芋を語るなかれ――だ。紅あずまも安納芋も、どちらもお前のご当地、鹿児島のさつま芋だろうのに」
     敵へと語りかけつつ、振り被った無敵斬艦刀による渾身の斬撃を見舞うファティマ。
    「――っぐ!? こ、この俺がこんな小娘共に押されているだと!!」
     ファティマによる痛烈な圧力を受け、思わず数歩たたらを踏むダークネス。
    「甘い蜜のような安納芋も素敵ですけど、紅あずまのホクホクした素朴な味も好きなんですよねー」
     言いつつ狩羅によって、炎を纏った弾丸が怯む敵へと見舞われる。
    「好きな物を広めるのもいいですけど、どっちが上――なんて決めきれないですよ」
     炎弾の掃射を受け、あずまさんに致命的な隙が生じる。それを好機と見たななみは、高く飛び上がっての蹴りを叩き込んだ。
    「天罰覿面! ななみキ――ック!!」
    「――ガァ!! ま、まだだ。全世界の芋を紅あずまに替えるまで、俺は負けるわけにはいかん……」
     敵の防御の隙を突いて叩き込まれたななみキック。それを受け敵は瀕死の傷を負うが、止めには至らずよろめきながらも自らの脚で立っていた。
    「――歌エネルギー、チャージ完了」
     そんな満身創痍のあずまさんへと、何かを振り被ったファルケが肉薄する。
    「だったらこれでも食らいやがれ。サウンド……じゃなく焼き芋フォースブレイクだっ。
     お前が非難してた安納芋、とくと味わえっ!」
     言いつつファルケはその手の中の――予め入手しておいた安納芋の焼き芋を、あずまさんの口へと捻じ込んだ。魔力入りの芋を食らい、あずまさんの内部で強烈な爆発が起きる。
    「――っくしょう、美味ぇじゃねぇか。だが忘れるな、紅あずまがこの世にある限り、紅あずま怪人もまた永遠なのだ――!」
     断末魔の叫びだけを遺し、紅あずま怪人あずまさんは霧散した。


    「これにて成敗! ボクは止めをさせなかったけど、ななみキックも決まったし大満足だよ!」
     あずまさんが完全に灼滅されたのを確認し、ななみは戦闘直後だというのに元気そうに宣言する。ヒーローモノが好きな彼女らしい派手な締めだった。
    「……ああ、なんとか終わったな。それでどうだろう、畑を修復できる所はしたいんだが」
     仲間を庇いつづけたため最も負傷度の高い辰一だが、外していた眼鏡をかけ直しつつそんなことを言う。
    「そうだな、このままでは農家の皆さんが困ってしまう」
    「んじゃ、そうするか。ま、農業実習で耕すと思えばいいだろう」
     修復作業に乗り気なファティマに、体力自慢のファルケも応じる。皆農作業に丁度良い格好ということもあり、灼滅者たちは農家の修復を手伝うことにした。

     そして復旧作業後、真琴は持参していた紅あずまの大学芋を仲間たちに振る舞った。
    「皆さんお疲れ様です! さつま芋の美味しいレシピを本で調べて作ってみたので、是非食べてください」
    「やったー、ありがとうございます! お芋好きだから嬉しいな!」
     真琴の大学芋に、ノリのいい狩羅は真っ先に食いつく。
    「ありがと、真琴ちゃん。私も今日はずっとさつま芋のこと考えてて、お腹減っちゃってたんだよね」
     そう言う灯倭に続くように、疲れ果て空腹の仲間たちは、一人また一人と手をつけ始めた。
    「……お、美味しい。じゃあ今度お礼に、僕のご当地佐賀県の嬉野茶をご馳走するよ、古海先輩」
     普段はツンツン気味の予記もまた、若干どもりつつも真琴の腕前を評する。
     こうして無事あずまさんを倒し、畑の復旧にも貢献した灼滅者たち。最後は皆で、紅あずまに舌鼓を打つのだった。

    作者:AtuyaN 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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