【Deadly dungeon】地下の鴎

    作者:天風あきら

    ●鴎の動揺
     ノーライフキング、メーヴェ。二十代後半程の長い黒髪を靡かせる彼女は、内心で歯噛みしていた。
    「まさかこんなに早く、攻略者が現れるなんて……それも灼滅者?」
     正直、ものすごく慌てている。しかしそれを誰かに悟られるような言動は、屍王として慎むべきだ。
     迷宮内のアンデッドの巡回、報告によって侵入者の早期発見は出来た。上の広間の、扉の罠で時間稼ぎも出来るだろう。後はその対処だったが……アンデッドの不甲斐無さに憤慨する。
    「私はただ、海と空を制したかっただけなのに」
     いきなりとんでもないことを言い出すメーヴェ。
    「海辺を飛ぶカモメのように、飛びたい……アンデッドを送り込んで邪魔な飛行機や船などさっさと廃して、私だけのセスナで悠然と空へ……」
     陶酔していたメーヴェ……だがその瞳が、険しさを増す。
    「それが何!? こんな日の光も見えない地下で私は何をやっているの!? まだ迷宮が完成していないとは言え……これじゃ眠ってた時と変わらないじゃない!」
     非肉化した拳を壁に叩きつける。拳の跡が、壁に残った。
    「とにかく、早く始末してやるわ……!」
     ぱらぱらと拳からコンクリートの欠片を落とすメーヴェは、正に鬼の形相だった。
     
    ●玉座の間へ
    「この先にノーライフキングが……あー、ドキドキする!」
     武野・織姫(桃色織女星・d02912)が、室武士・鋼人(ハンマーアスリート・d03524)の袖を引っ張って背後に隠れながら、階段を下る。
    「武野さん、今から隠れずとも大丈夫ですよ。いざ戦いとなれば、僕が守りますから」
     きらりと光る歯が、笑顔に輝きを添える。
    「頼もしい~!」
    「よろしくお願いしますぜ室武士さん! もちろん、俺も頑張るっすけど」
     手を組んで感激する白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)と、親指を立てる長久手・蛇目(地平のギーク・d00465)。
    「それにしても、どこまで続くんでしょう? この階段」
     もうかなり深いところまで下ったはずだ、と、クラーラ・ローン(小夜啼鳥・d12662)が首を傾げる。
    「……あれか?」
     迷宮内と同様、戦闘を歩んでいた霧凪・玖韻(刻異・d05318)が階段の終わりを見つけた。どうやら踊り場ではない。一歩一歩進んで行けば、両開きの大きな扉が見えた。
    「おお、いよいよか」
     最後尾からも見えるようになってから、天方・矜人(疾走する魂・d01499)もマスクでくぐもった声を上げる。
     全員が安定した足場についてから、彼らは再び扉を調べた。出入りの痕跡はどうか、罠はないか。
     安全を確認した後、森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)が一息ついて心を落ち着ける。
    「さて──行きましょうか」
     それに頷いて、玖韻と蛇目が扉を開ける。
     一つの教室がすっぽり収まりそうな、障害物も何もない部屋の、一番奥に玉座だけが据えられている。そしてそこに、両手両足が非肉化した黒髪の美女……ノーライフキング、メーヴェがいた。


    参加者
    長久手・蛇目(地平のギーク・d00465)
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    武野・織姫(桃色織女星・d02912)
    室武士・鋼人(ハンマーアスリート・d03524)
    霧凪・玖韻(刻異・d05318)
    森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)
    白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)
    クラーラ・ローン(小夜啼鳥・d12662)

    ■リプレイ

    ●屍王の間
     屍王の座する間の扉が、厳かに開かれた。しかしその主たる女、メーヴェは玉座を立ち、壁際に立っていた。その傍らの壁には、窪んだ跡が刻まれている。
    「よう、屍王の姉ちゃん」
     前に立ち、彼女に声をかける天方・矜人(疾走する魂・d01499)。ゆらり、と黒髪と共に視線を動かすメーヴェの持つ雰囲気は、どこか不気味ですらあった。ノーライフキングがそのような空気を纏う意味を、何人が理解しただろうか。即ち──敵対者への危険信号。
    「手土産も無く不調法ですが、土足で勝手におじゃましますね」
    「本当に、ね……」
     続いてうそぶくのは、室武士・鋼人(ハンマーアスリート・d03524)。メーヴェは俯いたままだ。
    「個人的には髑髏面の屍王になる事をオススメしたいんだが、残念ながら今からアンタのエンディングの時間だぜ?」
     内容はふざけているようだが、油断は決してしていない矜人の声音。
    「よくこんな地下深くに潜り込んだものですね。そんなに地面の下が好きなら、二度と太陽の下に出られない様ここを貴女専用の地下墓地にしてあげます」
     ぴくり。
     クラーラ・ローン(小夜啼鳥・d12662)の冷徹な言葉に、静かな反応を見せるメーヴェ。
    「何ですって……?」
    「空も、海も、誰のものでもありません。ただ私たちはその恩恵を受けているだけです! それを独り占めにしようというあなたのジコチューな考え、私たちが正してあげましょう!」
    「……何故、私の望みを知っているのか……聞くだけ無駄でしょうね。そもそも、ここへ辿り着けただけでも称賛に値するわ」
    「希望の戦士ピュア・ホワイト、愛ある限り戦います!」
     啖呵を切った白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)。それを聞いて、メーヴェはゆっくりと顔を上げた。非肉化していないはずの表情が、水晶のように冷たい。並みの一般人なら、その視線だけで射殺せるのではないかと思わせるくらいだ。
    「ここも案外楽しい迷宮でしたよ?」
    「そう、喜んでくれたのね……嬉しいわ。なら……楽しいまま、ここで終わりとしましょう!」
     長久手・蛇目(地平のギーク・d00465)の軽い笑顔に対し、メーヴェの視線は怒りを纏うようになっていた。
    「さあ、ヒーロータイムだ!」
    「マジピュア・ウェイクアップ!」
     矜人が、ジュンが決め台詞を吐くと同時に、メーヴェが全身から黒い光を漂わせるようになったのは錯覚だろうか。
     そして最後の戦端が開かれる。
     
     最初に動いたのは、メーヴェだった。どす黒く輝くオーラを、まだ部屋へ足を踏み入れていない灼滅者達へと放つ。それは傷を与えると同時に、灼滅者達の武器へと纏わりついた。
    「ふっ……」
     身体を走る痛みを、笑って堪える鋼人。
     ──これで皆が安心できるなら僕はどんな時でも笑って行きます。
     そう、内心で誓いながら笑顔を絶やさない。
     バチィッ!
    「ぐっ……!」
     続いて動いた森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)は床から受けた雷の衝撃に、バランスを崩した。まさか部屋へ一歩入った瞬間に罠を受けるとは──いや、今までの罠の傾向やメーヴェの性格などを考慮すると、当然警戒してしかるべきだったかもしれない。しかし、この部屋で罠にかかることは、灼滅者達もあらかじめ覚悟はしていたことだった。
    「う、ぉおお……っ!」
     心太は耐え、敢えて一直線に、メーヴェへと走る。バチ、バチと更に二ヶ所ほど罠を喰らうが、お構いなしだった。もちろん、罠の場所は覚えておく。靴の焼けた黒い焦げ跡が残り、かすかに煙を上げていた。
    「なっ……!?」
     流石にこの行動には驚いたらしく、メーヴェがたじろぐ。
     そしてメーヴェへと肉薄せんとした時、四つ目の罠が発動する。メーヴェの周囲が罠で固められているのではないかという予測も灼滅者達はしていたが、いつか誰かが確認しなければいけないことだった。
    「……っ!」
    「ふ、……ほほほほ……どう、この罠の威力は!」
    「負け、ねぇべさ!」
    「何っ!? ──かはぁっ……」
     決して浅くない傷だったが、心太は更に耐えた。そして手の甲に展開した防壁で、メーヴェの腹部に一撃を叩き込む。
    「……」
     続いて、心太が踏んだ罠を飛び越え、仲間達が部屋へ入る。ある程度メーヴェまでの距離を詰め、霧凪・玖韻(刻異・d05318)はサイキックソードの光刃を放った。前衛全員で接近した時の回避困難を防ぐためと、罠を踏む危険性を最小限に抑えるという意味で、玖韻はそのような戦法をとる。
    「……!」
     メーヴェの脇腹に、焦げた跡が付く。しかしその成果にも、あくまでもクールに反応を見せない玖韻。
    「ぐぁっ……」
     矜人もまた、心太と同じようにメーヴェへと一直線に進んだが、心太が踏んだ罠を飛び越えた先で別の罠が発動してしまう。
    「こ、の!」
     しかし驚いたことに、矜人は踏んだ足を床板から離さず更に踏み込んで、床板自体を破壊した。これで誰かがこの床板を踏むことはもうない。
     そして矜人もまた、一気にメーヴェへ接近する。マテリアルロッドを棍のように、円を描くように自在に操り、メーヴェが見せた隙に突き上げる。
    「うっ……」
    「アンタの野望がどうであれ、こっちも引いてられねえのさ!」
     その瞬間、矜人の背後へとメーヴェのサイキックエナジーがじわじわと流れていく。
    「ホーリーフィールド!」
     ジュンが展開した、霊的因子を強制停止させる能力──ジュンによってオリジナルに名付けられた除霊結界が発動したのだ。その技の恐ろしいところは威力そのものではなく、彼が配置したポジション効果によってエフェクトが多く付与されることだった。
     しかしこれで敵も味方も傷だらけ。そこへ動いたのは、それまで鋼人の後ろに隠れていた武野・織姫(桃色織女星・d02912)。
    (「──室武士さんの爽やかSmileに隠れてれば、何にも怖くない! 気がする!」)
    「でもそれだけじゃ、駄目だよね!」
     と、クラーラに癒しを加速させる光を放つ。
    「ねえねえ、お姉さんは何歳ですか!?」
     と、メーヴェに尋ねる織姫。突然の問いに、首を傾げるメーヴェ。
    「……さぁ? 幾つかしらね」
     外見年齢を超越するダークネスに対し、この問いは無意味だったかもしれない。特に外見が年を取りすぎているとか、そういった問題は関係ないのだ。
    「今のうちに……」
     そんな敵の油断の間に、クラーラは癒しの歌声を最前線の心太へと届ける。罠に一番かかった心太は、ありがたい、とばかりに彼女に一瞬振り向き笑顔を見せた。
    「ありがとうございます!」
    「……どういたしまして」
     短いやり取りに、信頼感が垣間見える。
     続けて鋼人が、織姫の前から離れる。仲間達が辿った道を頼りに、メーヴェの下へと一直線。敵の斜め右に飛び、着地前にダブルジャンプを使用してメーヴェに接近する。
    「おおぉぉぉっ!」
     勇ましい雄叫びと同時にハンマーを大振りする鋼人。そのハンマーは炎を纏い、メーヴェを打ちのめす。
    「きゃああっ」
     甲高い悲鳴と共に、膝を折るメーヴェ。しかしまだ、膝を付く前に踏みとどまる。
    「チャンスっす!」
     鋼人と同じルートを通ってメーヴェに近づく蛇目だったが、既にメーヴェの周囲は仲間か罠の床板で目一杯。
    「あー、もうトラップは勘弁なんすけどね……」
     そのために一歩引いた場所に留まり、指輪から弾丸を撃ち込む。
    「うっ……」
    「てな訳でボスはボスらしく倒されてくださいっと!」
     にかっと笑顔を見せる蛇目。
    「おのれ……」
     灼滅者達の猛攻を受け、美しい顔を歪めるメーヴェ。非肉化した右手で顔面を掴み、指の間から見開いた目をぎょろりと剥く。
     戦いは始まったばかりだが、灼滅者達の大胆かつ確実な戦法に、既に方角は見えてきていた。
     
    ●鴎の最期
    「輝く蹄鉄は護りの証……皆を守って!」
    「天上より降臨せし歌声よ……彼の者を癒せ」
     幾度目かの織姫が放つ輝く光輪が、そしてクラーラの響き渡る歌声が、前衛を張る仲間達を癒していく。相手の列攻撃を警戒して中衛に下がった玖韻と、ディフェンダーとして身体を張る蛇目がメーヴェから目を逸らさぬまま頷いて見せた。
    「……」
    「ありがとうっす!」
     玖韻はあくまで物静かに、蛇目は明るく礼を述べる。
    「忌々しい小娘達め……」
    「おっと、貴女のお相手はこちらですよ」
     呪いの言葉を吐きながらずるりと立ち上がるメーヴェに対し、立ちはだかる鋼人。紳士的ながら、その巨大なハンマーを振り回す威圧感は半端ではなかった。
    「はぁっ!」
     回転殴打、と見せかけてハンマーからロケット噴射……と思わせ、更にそのロケット噴射ではなく噴いた爆炎がハンマーを覆う。炎を伴った打撃はメーヴェをよろめかせた。そう、ちょうど蛇目の方へ。
    「ぐぅっ」
    「まだっすよ!」
     影で生み出された触手で、メーヴェを絡め取る蛇目。きつく縛り上げる影が、メーヴェを苛む。
    「あぁぁ……灼滅者ごときが……」
     もう満身創痍と言っていい状態のメーヴェだったが、激しいまでのその憎悪はどんな心の淵から生まれてくるのか。
    「まだよ、まだ私は……」
    「おっと、ここは通しませんぜ!」
     黒い輝きが後衛の女子に及びそうになると、その前に立ち塞がったのが蛇目と鋼人だった。それぞれに傷を受け、それでも踏み止まる二人。
    「僕は人を守る間は倒れないんですよ」
     歯を輝かせて微笑む鋼人。その輝きは、メーヴェを更に苛立たせた。
    「おのれおのれ……!! 私は、まだ飛んでいないというのに!」
    「飛ぶのが好きなら、好きなだけ宙を舞ってください!」
     言い放った心太。下方からの打ち上げる拳、それによってメーヴェは身体を浮かせられる。更に心太は自分自身跳んで彼女を追い越し、宙に展開した障壁に着地、更に跳んでの連撃を繰り返して二発。
    「ああぁっ!」
     とうとう膝をつくメーヴェ。そして。
    「名前の通り、空を目指せば何か変わったのかもしんねーが、まあ今更か。じゃあな、屍王」
    「まだよ、まだ私は」
     ゴッ!
     その頭上から振り下ろされた一撃、そして流し込まれる魔力。
     矜人の一撃は、メーヴェを体内から爆破、その身体を四散させた。
     
    ●終局の間にて
     メーヴェが倒されても、迷宮が今すぐ崩壊するような兆しは見えなかった。だがいずれ、崩れて無くなってしまうだろう。
    「キレイに何もない部屋だな。『満たされてない』って心境の表れか?」
     部屋を見回して呟く矜人。いくら未完成とはいえ、玉座の間がこれだけ殺風景だというのも……彼の言は、あながち間違ってはいないのかもしれない。
     ジュンやクラーラは部屋を探索しようと考えていたが、どこに罠があるかわからない以上、戦いで傷ついた身体を抱えての調査は控えた方が良いとの結論に達した。
     代わりに安全が確認されている玉座周辺に絞って調べてみたが、特にこれと言った情報は得られなかった。
    「まぁ、ノーライフキングを撃破できただけでも僥倖、といったところでしょうね」
    「そうね……」
     溜息をつくクラーラ。
    「色々と聞きたいこともあったのですが……終わってみれば、そんな余裕もなかったですね」
     同じように溜息をついた心太。特に罠の威力は、ダークネスと対峙しながらでは危険極まりないものだった。
    「そうですね。でも皆さん無事で良かったと思います!」
     織姫が、天真爛漫な笑顔で言う。その明るさは、不自然な灯りしかないこの地下迷宮で、救いにも見えた。
     激しい戦いを乗り越えた皆がそれぞれに頷き交わす。
     そして灼滅者達は、迷宮を立ち去るのだった。明るい日の光の射す、地上へと。

    作者:天風あきら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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