噂の『序列19位』は――ラグナロク!

    作者:旅望かなた

    「っでえええええええ!」
     年頃の少女にあるまじき声を上げて、夜の街を駆け抜けるのは年頃の少女。
     彼女の走る速度は、決して常人の域を出ない。16歳――それが、彼女の年齢である――の女性として見るならば、速い方。それ以上では決してない。
     だからその後をバイクで追走する男は、完璧に遊んでいた。
     全速力で走る少女を追いつくか追いつかぬかの速度で追い回し、時に距離を離し、時に距離を詰め、その度にげらげらと下品な笑い声を零す。
    「ぐっへへへ! 序列19番の、名前何ちゃんだっけ……とにかく! この序列348番、浪速の最凶殺戮ライダー倍久手・逝是と遊ぼうぜぇ! そして俺の序列上げるのに貢献しようぜええええええ!」
    「できるかあああ! てめぇらはバケモノで、あたしは……」
     叫びに少女の息が乱れ、足がもつれそうになる。
    「……人間だ!」
     それでも絞り出した渾身の叫びに、バイクの男は一際大きな笑い声を上げた。
    「ギャハハハハ、ギャァッハハハハハ! ヒャァ面白い冗談聞いたぜ序列19番ちゃん気に入った! でも、人間なら……」
     ギュイィィィィン、と不快な音を立てて、再びバイクが少女に迫る。
     男が少女の耳元で、ニィと笑って囁く。
    「さっさとこの俺に殺サレロって感じぃ?」
    「うっせぇぇぇぇ! 死んでたまるかぁぁぁぁ!」
     少女が震える脚を必死に早め、バイクから距離を取る。男は、速度を上げなかった。
     己より上の立場でありながら、いくらでもいたぶれるせっかくの獲物。もう少々遊んでから殺しても悪くねぇな、と一人ごち、電信柱に手を引っ掛けて90度の方向転換をして狭い路地へと駆け込んだ少女を、アクセルを吹かし轟音を立てて追いかける。角を曲がるのにスピードなど落とさず――、
     ――その、一瞬後。
     男の首から血が噴き出す。下品な笑みを浮かべたままの顔が、蛇行運転するバイクに合わせてゆらゆら揺れ――壁にバイクが激突すると同時に、どさ、と落ちた。
     後に残ったのは、返り血を浴びながら路地の壁に背を付け、それを見守っていた少女。
     良く見ればごくごく細く、透明に近い銀色のワイヤーが、電信柱から解け少女の手の中に納まる。それが、今一人の男――否、『六六六人衆の序列348位』を葬った凶器。
     まだ、その息は酷く荒い。生死の境を駆け抜けていた故に耐え抜いていた体が、危機から脱した瞬間に限界を超えた酷使に抗議するように痛みを伝える。
     バイクを見つめ、男の体を見つめ、虚ろとなった男の瞳を見つめ――己の血に濡れた手を見つめて、少女は呟く。
    「――生きてやる。絶対に」
     彼女の名は――鋼乃・鋭利(こうの・えり)。
     
     それから、幾日かの時を経た――また、夜であった。
    「響宴。それに、舞刺もね。こう言えばわかるでしょう――『序列19位』」
     一人の女が、そう紅茶のカップから口を離して言った瞬間。
     響宴と呼ばれた女の周りを浮遊する無数の楽器が、一斉に一つの不協和音を書き鳴らした。
     舞刺と呼ばれた少女の持つ蝶の羽が激しくばたつき、轟風を巻き起こした。
     そして――口を開いた女は、ドレスの裾を風になびかせながら、ゆっくりと紅茶のカップを置いた。
    「既に彼女の手に掛かった六六六人衆は13人。今も、序列の大幅な上昇を狙って殺人領域を作り出す者が随分いる様子だから、まだ、増えるでしょうね」
     そう、序列19位と呼ばれた少女こそ、鋼乃・鋭利。
     六六六人衆達の格好の標的にして、一般人とほとんど同じ身体能力しか持たぬ少女にして、闇堕ちすらせぬ身で六六六人衆の序列19位にして――『ラグナロク』。
     それが、鋼乃・鋭利である。 
     
     六六六人衆。
     彼らはその殺人技術によって、完全なる序列化が為されている。当然上位の者を下位の者が殺せば序列に変動が発生し、だからこそ彼らは下位の者の襲撃を警戒し、同時にできうる限り上位の六六六人衆を殺すべく、それぞれの趣味を詰め込んだ殺戮技法で一般人を殺戮してその殺人技術を磨く。
     その厳正なる序列に、突如飛び込んだ序列19位の少女。
     六六六人衆ではない。ダークネスですらない。それどころかダークネスの意思を抑えてその力だけを引き出すことに成功した『灼滅者』ですらない。
     一応、膨大なサイキックエナジーをその体に溜め込んだ『ラグナロク』であるが、六六六人衆達にはそのような事は関係ない。ただ、一般人と同じ身体能力しか持たず、何でも斬れるワイヤーという『イケてない』武器しか持たない少女――鋼乃・鋭利は、序列を上げたいと考える六六六人衆全てにとって、格好の標的に見えた。
    「しかし、何故?」
     再び奏でられる旋律。己もヴァイオリンに弓を置きながら、響宴は尋ねる。
    「身体能力は一般人と同じ。如何なる物でも斬ることができるといえど、それを使いこなし戦うだけの――ましてやダークネスと戦うだけの技量が、あるはずがないのに」
    「だから、と言うしかないわね」
    「どゆこと? 舞刺にはちょっち難しすぎるし?」
     首を傾げる二人の義妹に、静かに女は目を細めた。
    「油断と、機転、よ」
     油断。六六六人衆達は一般人並みの身体能力しか持たない鋼乃・鋭利を完全に侮っていた。
     機転。鋼乃・鋭利は、無数の戦いを強いられる中で、着実に己の力だけで戦う方法を学んでいた。
     皮肉ね、と女は笑う。
     舞刺の羽根が不快そうに揺れ、微風を起こす。響宴のオーケストラが、徐々に曲調を強めていく。
    「――でも、要は油断しなきゃ殺せるってことっしょ、お義姉様?」
    「故に、私達にそれを伝えたのでしょう、お義姉様」
     次々に口を開く義妹達に、女はくすと微笑んで。
    「そう、言うと思ったわ。もちろん彼女との戦いを避けるという安全策を取るとしても、私は一向に構わないのだけれど」
    「まさか。ちょっと斬れる武器持ってるだけのパンピー如きに負ける舞刺じゃないってーの」
     ばさり、と蝶の羽を勢いよく動かす舞刺。風が、自信に満ちた表情を彩る長い蒼色の髪を揺らす。
    「お義姉様が、貴重な情報を下さったのですから。これで殺人領域を作らぬわけにはいかないでしょう」
     荘厳なる旋律に乗せ、第一ヴァイオリンのソロを弾きながら響宴は瞳に剣呑な光を宿す。
    「――ええ」
     そして女は、ゆっくりと頷く。その頬に、微笑みを浮かべたまま。
    「いってらっしゃい、私の愛する義妹達」
    「「はい、絲蠱お義姉様」」
     ――二人の姿が消え、静けさが戻ってくる中、最後の紅茶を飲み干して、絲蠱と呼ばれた女はほうと溜息を吐いた。
    「さて。鋭利ちゃん……貴女はあの二人を殺せるかしら」
     来られるだろうか。
     己の、元まで。
     
     ――同刻。
     路地裏に座り込み、3個で98円の特売のパンを喰らいながら、鋭利は苦い勝利の味を噛み締める。
    「負けない、あんなバケモノ達に負けない……! 生きて……やる!」
     今日も、一人殺した。
     一昨日も、一人殺した。
     明日か明後日には、また一人殺すだろう。
     それでも、少女の瞳から闘志が消えることはない。
     貪欲に生を求める心が、揺らぐことは……まだ、ない。
     今は。
     
     そして同刻。
     灼滅者達の集う学校である武蔵坂学園の講堂には、夜であるにも関わらず生徒達――即ち、ダークネスと戦う力を持つ灼滅者達がひしめいていた。
    「殺されかけている『ラグナロク』を、救出してもらいたい」
     エクスブレインの神崎・ヤマトの言葉に、講堂に集まった灼滅者達の間から驚きの声が上がる。闇堕ちではないのか、と尋ねた灼滅者の一人に、ヤマトははっきりと頷いた。
    「鋼乃・鋭利。彼女の死をサイキックアブソーバーは感知した。鋼乃・鋭利は闇堕ちした場合六六六人衆となるラグナロクであり、彼女を殺すのも六六六人衆だ」
     生まれながらにして膨大なサイキックエナジーを体内で生成し、蓄積し続ける特殊肉体者『ラグナロク』。
     他のダークネスであれば強大な力を持つ『ラグナロクダークネス』へと闇堕ちさせて自分達の元に迎え入れるだろう。
     だが、六六六人衆にとってはラグナロクすら、標的に過ぎぬ。
    「鋼乃・鋭利は闇堕ち前にして既に六六六人衆の序列19位に格付けされている。しかし、彼女の持つ能力は『掌から彼女の望むものを何でも斬ることが出来るワイヤーをいくらでも生み出す事が出来る』――以上だ」
     彼女の身体能力は、16歳の高校2年生としては高い。しかし、それだけだ。
     灼滅者達が振るう鋼糸のように、自由自在にワイヤーを振るって戦うような身体能力はない。
     けれど――彼女は生き延びてきた。
    「所詮は一般人相手だという、六六六人衆の油断。それと、彼女自身がそのワイヤーを己の身体能力で用いて如何にして敵を殺すかという機転。それだけで、彼女は生き延びている」
     今の所襲ってきた六六六人衆全員に打ち勝っていると、ヤマトは告げた。
     けれど、彼女の死をサイキックアブソーバーは予知したという。
     
    「予知されたのは、3つの彼女の死だ。この全てを防がなければ、彼女は必ず命を落とす」
     ならば鋼乃・鋭利に接触するのか。そう尋ねた灼滅者に、ヤマトは首を振った。
     次々上がる疑問の声に、ヤマトは答えを返す。
    「実は現在の鋼乃・鋭利への襲撃は、彼女がその六六六人衆の『殺人領域(テリトリー)』に入ることによって発動していた。つまり直接彼女と接触するまで、六六六人衆は彼女の居場所を知ることが出来ていない」
     けれど灼滅者が彼女に接触した地点で、彼女の存在地点が多数の六六六人衆へと知れ渡ってしまう。そうなれば灼滅者が何人いたとしても――彼女の暗殺を止める事は出来ない。
     彼女に接触できるタイミングは、ただ一つ。ならばそれ以外の彼女の死を、どう食い止めればいいのか。
    「武蔵坂学園の人海戦術で、先に『鋼乃・鋭利が命を落とす殺人領域』を展開する六六六人衆を灼滅する。至難の業だ。そして、それを三人分、やらなけりゃいけない。――それでも」
     ラグナロクを――もしくは一人の女の子を、救いたいと思うなら。
    「俺からも頼ませてもらう。どうか、彼女を救ってほしい」
     ヤマトはそう言って、灼滅者達をじっと見つめる。
     
     1つ目の殺人領域を作り出すのは、蟲姫・響宴(むしひめ・きょうえん)、序列364位。
     響宴の周りに浮かんだ無数の楽器は、聞いた者の生命力を無差別に奪い取る。響宴はコンサートマスターとして第一ヴァイオリンを担当する――彼女の他に、楽器の弾き手は存在しないけれど。
     
     2つ目の殺人領域を作り出すのは、蟲姫・舞刺(むしひめ・まいし)、序列314位。
     蝶の羽根を持つ彼女は、羽ばたきで自由に風を作り出すことができる。暴風の中身動きできぬ相手に近付き、驚異的な格闘技術で瞬時に止めを刺すのが舞刺の戦い方だ。多人数相手でも彼女は戦い方を変えず、空間を飛び回り次々に相手を殺戮していく。
     
     3つ目の殺人領域には――既に鋭利が入り込んでしまった状態から、作戦を開始しなければいけない。六六六人衆の撃破に加え、鋭利の救出が必要になるということだ。
     3つ目の殺人領域の主は、蟲姫・絲蠱(むしひめ・いとこ)。序列は――264位。
     殺人領域の遥か上空に足場を作り、絲蠱はそこから無数の蜘蛛をけしかける。それは幻覚性の毒を持ち、噛まれた者に幸せな夢を見せる。
     それは、現実にあれば決して叶わぬ夢。
     その夢を永遠に見ていたいと願えば、それは叶う。緩慢なる死の中で。そして鋭利は――それを、願ってしまう。
     
     その瞬間が、灼滅者達の介入できる唯一のタイミング。
    「このタイミングならまだ鋭利が生きているうちに、彼女を守って戦うことができる」
     そして――鋭利と、『契約』を結ぶことで、彼女を戦いから解放することができる。
    「彼女には、体のどこかに『契約の刻印』が刻まれている。日々膨れ上がる膨大なサイキックエナジーに対して、彼女は己の行動や精神までも縛る強い抑制心を抱いている」
     契約の刻印は、即ち彼女自身の心の壁。
    「彼女が自ら、誰かへの信頼や愛情によって心の壁を破壊することが出来れば、膨大なサイキックエナジーは契約の刻印を通して外部へと放出される。――隠し扉が開かれた扉になるには、開くきっかけが……鍵が必要だってことだ」
     そこまで言葉を紡いだヤマトは、灼滅者達に向き直って笑みを浮かべる。
     困難な任務に向かう灼滅者達に、信頼の笑みを。
    「六六六人衆の野望を挫き、鋼乃・鋭利とその心を生かすために。どうか、頼んだぜ」


    ●このシナリオは『ドラゴンマガジン』連動シナリオです
     このシナリオは、5月20日に富士見書房から発売された『ドラゴンマガジン7月号』との連動シナリオです。
     このオープニング内容は、断片的なものになっています。
     鋼乃・鋭利に迫っている死の運命を断ち切り、彼女を本当の意味で救うには一体どうしたらいいのか……。その鍵は、ドラゴンマガジン7月号にあります。そちらをあわせてお読みください。
     ドラゴンマガジンは、全国の書店やインターネット通販サイト等で購入できます。
     また、このシナリオのリプレイは、7月19日に発売される『ドラゴンマガジン9月号』に掲載され、全国書店で販売されます(PBWでの公開は、9月号の発売日以降になります)。

     また、この結果は富士見書房から刊行されている「サイキックハーツRPG」の今後の展開にも、影響を与えます。

    ●このシナリオは『参加無料』です
     みなさん気軽に右下の『参加する』をクリックし、参加してください。
     参加者は必ずリプレイで描写される訳ではありませんが、冒険の過程や結果には反映されます。今回のシナリオでは、プレイングの内容によって十数人程度を選抜し、描写する予定ですが、それ以外の人のプレイングも、作戦の成否に大きく影響を与えます。

     まだキャラクターを作成していない方は、ここから作成してください。
     キャラクター作成も無料です。
     https://secure.tw4.jp/admission/


    ■リプレイ

    『新たに発見されたラグナロクは六六六人衆の序列19位だった!』
     エクスブレインから予知を告げられた灼滅者達は武器を手に立ち上がる。ラグナロクである一人の少女――鋼乃・鋭利を死の運命から救うため。高位の六六六人衆を灼滅する絶好の機会を逃さぬため。そして六六六人衆を殺しながら逃げ続ける鋼乃・鋭利の心を救うため。
    『六六六人衆の序列19位は、「イケてない」武器しか持たない一般人同然のラグナロク!』
     純然たる序列の一員にして、己以外の全てを殺戮対象とする六六六人衆は立ち上がる。ラグナロクである一人の少女――鋼乃・鋭利を己の手で殺し、序列を大幅に上げるため。
     鋼乃・鋭利が命を落とすと予知された3つの戦場に挑んだ灼滅者達は3264人。迎え撃つは3人の六六六人衆、守るべき命は1人の少女。
     ここに記述するのは3268の命がぶつかり合った強大なる戦いの中の、いくつかの側面を描き出したものにすぎない。けれど、どの一人が欠けていても、何かが違う結末になっただろう。
     ――少なくともこの戦いに参加したことは、あなたの心に何かを刻んだはずだから。

    「……今宵は随分豪勢なコンサートとなりそうですね」
     そう顔を上げた六六六人衆序列364位、響宴に横合いから振りかかった啖呵。
    「ぎこぎこぎこぎこうるさいヤツね、アンタ!」
     響宴の眉が顰められ、僅かに和音が乱れる。入江・永思(高校生殺人鬼・d16674)は足音一つ立てず、駆けながら糸を展開する。
    「馬鹿みたいな騒音立てるヤツに、ワタシのこと、殺せるわけありませんですよ!」
     掛かってラッシャイ、と叫んだ言葉は、無数の灼滅者を迎え撃つ響宴にこそ相応しいように聞こえるけれど。
     実力差に呑まれる気は、ない。
    「ドーモ、コンサートの主殿。このけったくそ悪い演奏会を、中止にして貰いに来たでゴザルよ」
     天鈴・ウルスラ(たった一つの想い・d00165)が笑みを浮かべ、捨身の勢いで攻勢をかける。刃を届かせる前に傷つき、倒れかけながら、それでも守りに回った友と共にあれば――そして似たような身の上の鋭利を思えば、臆する暇も道理もない!
     そして音楽を愛する者達にとっては――別の意味でも許せない敵。
    「……音楽すら殺人の業にするのか、お前達は」
    「楽器を悪い事に使っちゃ駄目だよ!」
     怒りを孕んだ呟きに、宮尾・友博(もっふりさんと一緒・d07299)が霊犬のもっふりさんと一緒にぎゅっと拳を握って。力は小さくともできることはあるからと、片っ端から防護符を、浄霊眼を飛ばす。
    「大変趣味のいいコンサート中に悪いけど、打ち壊させてもらうね」
     高まり行く和音の中、イーニアス・レイド(翠の幸福・d16652)は【チームはじめ】の仲間を守りながら、無敵斬艦刀をかざし飛び出す。「ラウンド1! 戦いのゴングを鳴らしマショウ!」と共に戦うローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)が地面にロケットハンマーを叩き付け、音響とは異なる破壊の振動で楽器を揺らす。
    「音楽を愛している人なら賞賛できるさ。音楽を愛することに罪はないから」
     コンサートマスターという響宴のポジションに、風羽・空舞(五月雨と踊れ・d15526)は拍手を贈る。けれど目だけは、全く笑っていない。
    「ただ……その音楽で殺人を行うなら、話は別だよぉ。音を物理的に閉ざすことは、何物にも構わないから」
     すっと目を細めた空舞は、空間や音に影響を与えるサイキックを選び、圧倒的な音楽に対して応戦する。
    「直哉くん、背中は頼んだよ!」
     相棒に守りを任せ、黒木・唄音(歌わないサウンドソルジャー・d16136)は素早く飛び出す。人の命を無差別に奪う演奏は、サウンドソルジャーとして許せないから。
    「だからボクは、灼滅者として、サウンドソルジャーとして、キミを殺すよ。蟲姫・響宴」
     伸ばした影は、音の壁に弾かれた。それでも手を伸ばす。刀を伸ばす。血を吐き、倒れそうになりながら、けれど届けとばかりに。
    「私は、音楽が好き」
     同じサウンドソルジャーである契葉・刹那(響震者・d15537)も、そう言って声を張り上げる。
    「歌うことが好き、大好き。それを皆を傷つけることに使うなんて……悲しくて、見ていられません」
     だから死のオーケストラに負けず、刹那は歌声で伝えようとする。自分達は負けないという強い意志を。
     音楽は誰かを幸せにするためにあるという信念を。
    「打ち勝ってみせます。ここで負けたら、私の音も、否定されてしまうから」
     僅かに聞こえたその言葉に、刻野・晶(高校生サウンドソルジャー・d02884)はそっと微笑んで。
    「音が得意というのなら、しのぎあいと行くとしよう」
     サウンドソルジャーたる仲間達の歌声に、晶は歌声を合わせる。仲間を、鋭利を助けるための歌を。仮面と名付けたビハインドが声による指示なくとも頷き、響宴の動きを阻害しに動く。
    「私の音楽を汚さないで……おやめなさいッ!」
     灼滅者達の歌に、攻撃に対しひたすらに響宴は、己のオーケストラの音量を上げていく。耳を押さえ倒れ伏す、あるいは耐えたとしても崩れ落ちかける灼滅者達が続出する中、竹下・淳(見習い灼滅者・d16094)は一度倒れながらも魂を奮わせ立ち上がり、「俺は! 何が有っても……逃げない!」と叫ぶ。【鉄鴉】の仲間と共に、無敵斬艦刀を掴み駆け抜ける。
    「一旦下がって、仙花。ここはお姉ちゃんに預けなさい」
     深手を負った妹にそう声をかけ、浦波・梗香(フクロウの目を持つ女・d00839はディフェンダーへと移動する。【まんぷく食堂】に所属する友と視線を交わし、敵の足を止めるべく刃を振るう。
    「ボクには、貴方と戦うだけの力は無いのかもしれません。けれどだからって、見過ごすわけにはいかないんです」
     ミカゲ・ユズリハ(剱閃レゾンテェトル・d08629)の傍らには、彼女を護るようにビハインドの姫様の姿がある。
    「行きますよ、姫様! 制圧、しますっ!」
     槍が鋭く近くの楽器を打ち壊し、姫様の身の丈ほどもある大剣が主を護りながらそれに重なる。
    「序列19位の鋼乃ちゃんを影から救うなんて俺たちってホントイケメン!」
     そう言いながら野神・友馬(双連武極・d05641)が狙うのは――響宴の……まぁ、その、うん。
    「彼女の魅惑的かつ煽情的な肉体を見てこの野神友馬は興奮を抑えずにはいられん! そして閃光百裂拳は素手技だから胸が狙える!」
     まぁそういうことである。
     残念ながら魂が肉体を凌駕しまくった末、あと12センチでついにオーケストラに撃墜される友馬であった。

    「護られてばかりよりも共に戦いたいのですから」
     月雲家の一同でこの戦いへと挑んだ月雲・彩歌(月閃・d02980)は、そっと頬を緩めて、けれど拳に宿すオーラは緩めずに。
    「私もまた、お兄様やお姉様を護りたいと思っているのですから」
     護っていただけるのは嬉しいのですけれど――共に戦えるならば、もっと嬉しい。
    「こんな僕でも、力になれるのなら――」
     そう水牢・悠里(止まない涙雨・d04784)は表情を引き締め、前に立つ。輝く蝶の形となった力場の盾が、仲間達の身に宿る。
    「矛盾を抱えながらも、癒しましょう。僕が信じる道を、実現させる為に」
     鋭利の力になりたいと思う、その一念で。
     どんな不利になっても絶対に諦めないと、ピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427)は唇を引き締める。
    「だって鋭利おねーちゃんは諦めてないし、絶対に助けたいの。ピアもダークネスに追われたことあるからその辛さわかるの」
     バベルの鎖が瞳に宿る。予知能力を一気に上げて、ピアットのマジックミサイルが雨賀・ノエリア(闇疾・d04539)の槍の軌道と交錯する――響宴を中心に!
    「一人で生き抜く為に戦い続けるって……想像しただけでも、とても辛いよ」
     でも、その強さがあるなら、きっと生き残れるよね、と。
     願うと同時にノエリアは、ライドキャリバーのロディオンと共に特攻をかける。
    「私も頑張って、力になりたい!」
     強敵に必死に喰らいつこうとするその姿に頷き、月詠・志貴(高校生シャドウハンター・d06824)達山吹荘のメンバーは素早く癒しを、支援を送る。全員がディフェンダーとして守りを、そして回復を担当し、刃となる灼滅者達を一人でも倒れさせぬため。
    「けが、治って! 倒れないで、くださいっ!」
     笹谷・美月(魅月・d06595)が必死に清めの風を吹かせ、弓を引く。番えるのは癒し、感覚を研ぎ澄まさせる矢。
     彼女とて、激しい音の嵐に身をさらし、体力を削られ続けている。けれど――直接鋭利と顔を合わせることはなくとも、苦しくても敵が強くても歯を食いしばって。
    「絶対に負けません。殺させないの! 学園の仲間も倒させないの!」
     いわれなく人が殺されるのは嫌い、そう美月は叫ぶ。
    「……鋭利さんは、殺させない!」
     高位の六六六人衆が三人。物凄く怖いけれど――それでも鋭利さんが人として生きることを望むなら。そう、幸宮・新(弱く強く・d17469)はその腕を鬼神に変える。
    「鋭利さんにも、もう誰も殺させない! ……鋭利さんは僕のことなんか知らないだろうけど、それでも僕がここで逃げ出すなんて、それこそ死んでも御免だよ!」
    「愚かし……!?」
     口を開きかけた響宴が、回避する暇もなく。
     一筋の閃光。
     その瞬間、ヴァイオリンを大きく弾いたのは一振りの日本刀。
     そして閃光ともつかぬ僅かな光。
     愛用の鋼糸の端を噛んで軽く引き伸ばし、御影・弓弦(羽無し八咫烏・d10547)の斬弦糸が絡め捕ったのは弓を持つ右手であった。
    (「この斬弦糸が決定打にならなくても、いい。文字通りの『糸口』となってくれれば」)
     戦場に流れる空気と溶け合うほどに身を潜めていた弓弦は、姿を現し「少しは『イケてた』かな?」と笑ってみせる。
     弦と弓が離れたその瞬間が、隙となった。
    「生憎だが、僕は誰のためとかそんなつもりでここにいるんじゃない。ダークネスは灼滅する――貴様とて、そのほうがわかりやすいだろう?」
     クラリス・ブランシュフォール(青騎士・d11726)が無敵斬艦刀を振りかざし、「心に響かぬ虚ろな宴、我が剣にて断ち切る!」と特攻をかける。
    「ラウンド2! アナタに敗北の3カウントをお聞かせシマス!」
     最初から最前線にいながらまだ何とか立っていたローゼマリーがニィと笑って拳を握る。
     そして、その後方では。
    「けっして私が近距離で戦うのが怖いわけではないぞ! 私が遠距離戦が得意なだけだぞ! 本当だぞ!」
     バスタービームとマジックミサイルを交互に乱射する須野元・参三(戦場の女王・d13687)の言葉に、思わず幾人かの膝が砕けかけた。どこか和やかになった空気が、明るさを残したまま引き締まる。
     ヴィクトル・ヴォルフ(鉄のデモノイド・d17909)がガトリングガンの引き金を引き、弾丸が楽器を弾き飛ばしながら響宴へと迫る。己の演奏によってそれを何とか弾いた彼女の背後から、イレーナ・カフカ(中学生ストリートファイター・d18112)が拳を叩きつける。
    「人を殺せば辛いって感情は、おかしいものなのかな」
     雨来・迅(見定められた雷の宮護・d11078)の縛霊手と共に、叫びが叩きつけられる。
    「君たちの方がおかしいって気付かないの?」
    「おかしい?」
     響宴の音楽に迅が叩き伏せられる。「私達から見れば、貴方達灼滅者の方がよほどおかしな存在ですけれど」と吊り上げた口の端に、手の中に符を準備しながら迅はぎゅっと眉を寄せた。
    「そもそも誰かを助けるということが不思議でなりませんけれど、助ける相手からの感謝も受けられないかもしれないのに、死地に赴くなんて」
    「縁の下の力仕事、良いじゃありませんか。最高です」
     ご当地ヒーローたる寿・叶恵(鉄鋼戦士キュポライオン・d13874)はそう言って笑う。ヒーローは、誰かに認められたくて戦うのではありませんから、と。
    「ヒーローは、誰に言われずとも、己の意志と、力と、覚悟で困難に立ち向かうのですよ。それに……私一人では間違いなく力不足ですが、此処には志を共にする……大勢の『ヒーロー』が居るんです」
     その言葉が聞こえた灼滅者達は頷く。叶恵はそれに励まされるように笑う。
    「序列316位、貴女は……そんな一人ぼっちの力で、この絆を引き裂けると思いますか?」
     今までの響宴であれば――叶恵の言葉を、即座に否定できただろう。
     できなかった。
     いくら倒したと思っても灼滅者達は肉体の傷を凌駕した魂の力で、あるいは倒れた仲間を避難させたその足で、響宴を倒さんと、会ったこともない鋭利を救わんと迫るのだ。
    「レクイエムを奏でるにはまだ早いですよ、響宴さん」
     はっと振り向けば、レイ・エトワブラン(太陽を愛でる病みし月・d11227)の放った真紅の逆十字が眼前に迫る。
    「僕が直々にヴァイオリンで奏でて差し上げますから、しばしお待ちください?」
     勿論、貴女のために奏でる鎮魂歌ですよ――普段なら笑い飛ばせるその言葉が、現実となりつつあるのを理解したか、響宴の顔がはっきりと引きつる。
     逃げ場をなくし、息を呑んだ響宴の耳に、ライドキャリバーの稼働音が響く。
    「なァ、六六六人衆にもトラウマってェのはあんのか?」
     愛機サラマンダーに跨った九条・風(紅風・d00691)はニィと笑みを浮かべ拳を握る。己よりもずっと実力的には劣る相手に、けれど数とチームワークで攻め寄せる灼滅者達に、響宴の顔が歪む。
    「結構興味あんだよなァ、ダークネスのトラウマ」
    「っ!」
    「ちょっと殴られてくれよ。そんでどんなトラウマ見たか感想よろしくゥ」
    「いっ……」
     横っ面を張り飛ばすと同時に響宴の前に現れたのが一体何なのかは、彼女自身にしかわからない。
     もしかしたら――それは今現実に迫るのと同じ、灼滅者達の一団であったかもしれない。
    「残念だったね。再び人間として出会えたのなら、こんどはデートでもいかがかな?」
     天津水・このは(童話を巡るラピズラズリ・d17139)がロッドを手に微笑む。口説くような言葉は、けれど決して彼女の存在を許す気はないと物語る。
    「さようなら、美しい殺人鬼」
     死ぬ。
     そう思った瞬間、響宴が発したのは――、
    「きぃやぁぁあああああああああ!」
     優雅なる音楽ではなく、断末魔の叫びであった。
     オーケストラが不協和音を奏でながら、崩壊していく。
    「あの子もきっと、独りで、終わりの見えない不協和音の中を歩み続けているんですよね……絶対に、救ってあげなきゃ」
     皆さん、頼みますよ――そう呟いてユズリハは、灼滅者達は次の戦場へと思いを馳せる。
     六六六人衆314位、蟲姫・舞刺との死闘へと。

    「業が臭う。……酷い臭いですね」
     新井・萌子(中学生デモノイドヒューマン・d18237)が呟いた次の瞬間、轟風がその足元を攫った。
     急いでビハインドのカルラと共に、縛霊手で地面を掴んだ三蔵・渚緒(天つ凪風・d17115)が飛ばされないよう萌子の体を掴む。「かーくん、その手離したら駄目だよー?」と声をかける渚緒は神薙使い――己も操る風を殺戮に使うのは、あまり見てられないよね、と呟いて。
    「あっははははははは! 待ってたよ灼滅者! 響宴を殺してくれちゃったんだってね!」
     風を纏う羽ばたきと共にそう言って笑う舞刺の頬には、義妹が殺されたという悲痛など全くない――それが、六六六人衆ではあるけれど。
    「舞刺、あなたは鋼乃先輩を殺す為だけに来たの? ……お義姉さんの仇じゃなくって」
    「当たり前じゃん。なんで力不足で死んだ奴の仇をあたしがとってやんなきゃいけないの?」
     当然のように答える舞刺に、兄と共に戦いに挑む片坂・汐舟(モビィディック・d17476)は理解できないと首を振る。叩きつけたご当地ビームはかわされ、逆に爪先を顎に叩きこまれても、鋭利を理不尽な理由で殺させたりなんてしないと必死に立ち上がって。
    「あの子が頑張れる理由ってなんなのかな」
     ふと、水瀬・裕也(中学生ファイアブラッド・d17184)が口を開く。大きくWOKシールドを広げ、灼滅者達を優しく包みながら。
    「もし日常に戻りたいって思ってるなら、壊れててもなくなったわけじゃないからまだ間に合うよね」
     恐いけど、だいじょぶだよ。よろしくね、にーちゃん、と裕也は己のビハインドに声をかけ、ウロボロスシールドを展開する。
     けれど舞刺が一つ大きく羽ばたけば、灼滅者達の体が風に持ち上げられあちこちに散る。それを追った舞刺の容赦ない連撃が、次々に灼滅者達を撃墜していく。
    「蝶の翅……羨ましいわ!」
     吹き飛ばされながらきいぃとハンカチを噛んだ樋泉・那智(迷宮の王女黒薔薇を持つ悪女・d05341)に、思わず【Fair】の仲間達が振り向いた。
    「と、冗談はさておいて」
     思わず安堵の溜息が零れる。
    「貴様如きに、ラグナロクを殺らせるわけにはいかない。ここで朽ちるがいい!」
     指輪を嵌めた手を高々と突き上げ、反対の手に構えたWOKシールドを那智は一気に広げて仲間達を守る。
    「突風が何アルか。御先祖様が立ち向かった逆境に比べれば造作もないアル!」
     諸葛・明(天文台連合の壊し屋・d12722)が風の中を無理矢理動き、舞刺に近付こうとする――次の瞬間、追い求めたその顔が目の前にあった。
    「あはっ、こっちに来ようとしてるみたいだからわざわざ来てあげたよ!」
     首筋を掴まれ、鳩尾に膝を叩きこまれる。一撃で体力を持って行かれ、魂の力で肉体の傷を凌駕することで何とか立ち直った明が叩きつけた拳は、確かに入ったはずなのに舞刺の笑顔は変わらない。
    【Aile parisible】の仲間と共に戦場に立つミツキ・シャノワ(月に愛された魔法使い・d04055)はマジックミサイルを解き放つ。すいと羽ばたいて冷笑と共にかわしたところに、風に乗り突っ込むのはミツキの義弟たる海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)。
    「私の実力ではこれが精一杯……しかし、無駄ではない筈です!」
     眞白の一撃を受け苛立ったように蹴りを放とうとする、その脚の軌跡にミツキはギリギリで飛び込んだ。一撃で意識を吹き飛ばされかけながら、「後は頼みましたよ」と義弟に言い残して。
    「何その兄弟愛みたいな? 見せつけ?」
     倒れた体になおも蹴りを入れようとするところに、突き刺さる『必殺! お鷹の道ビーム』――朝比奈・夏蓮(朝日な可憐・d02410)が「呼ばれてとびでて大登場!」とポーズを決める。
    「ここは正義の魔法少女夏蓮ちゃんにまっかせなさーい☆」
     フルヒットしたご当地ビームに怒りを掻き立てられた舞刺に向かい、さらに夏蓮はオーラキャノンを解き放つ。
    「蝶か蜂か知らへんけど……うちが相手になったるわ~!」
     他の戦場へと向かった姉へと思いを馳せて。泉明寺・綾(特攻系釘バットバスター・d17420)が掴んだ釘バットが羽をかすめ、舞刺はきっと向きを変えて怒りに燃える視線を叩きつける――次の瞬間、鳩尾に膝が思いっきり埋まってぐっと綾はえずきをこらえる。そのまま全く躊躇せず二撃目――が入る前に、悠木・隼(スペースファルコン・d11865)と【S.E.G.A.チーム】の仲間達が共に割り込んで。
    「まあ、塵も積もればーじゃないけど、武蔵坂魂舐めンなーって感じでいこー!」
     体にめり込まんとばかりに放たれた一撃に、けれど隼は頓着せずに笑顔を見せる。六六六人衆のほぼ真ん中たる強敵との戦いに大変とこぼしながらも、仲間を、鋭利を守ることに疑問などない。
    「ゆみかはご当地ヒーロー、ご当地の愛を胸に戦う存在なのですぅ!」
    【ダンス・カテドラル】の仲間達と共に、夢野・ゆみか(サッポロリータ・d13385)が「北海道札幌市の力、受けてみるですぅ!」とライドキャリバーから全力のキックを放つ。
    「鋭利さんにも、きっと故郷があって、ご当地があったはずなのですぅ……どこなのですぅ? それを追い回して奪ったあなたたちは許せないのですぅ!」
     近くにいたご当地ヒーロー達がその言葉を受け、頷く。地元への強い愛を持つ彼らだからこそ、その場所から鋭利を引き離した殺戮者達は許せない、と。
     ご当地愛があるなら、戦友達との友情も存在する。
    【百花王】の仲間達を見渡しながら、阿桜・朱里(朱桜のタランテラ・d16625)は思う。人が命を落とすかもしれないという大事だけれど、そんな中にも縁があって――この縁を大事にしたいと微笑んで、朱里は静かに舞刺に向き直る。
     轟風は吹き続ける。けれどそれに対抗する案を、灼滅者達は編み出しつつある。
    「めにはめぐすり、かぜには……かぜぐすり、だぜ! はでにいくぜぇ!」
     間にヴォルテックスの暴風を挟み、舞刺の飛行ルートを塞ぐように弾丸や影の刃が叩きこまれる。舌打ちして睨み付ける舞刺に、「うみのおんなが、かぜをよみちがえるわけにゃいかねーしな!」とシャルロッテ・クラウン(残念な海賊きゃぷてんくらうん・d12345)はにやりと笑って。
    「風、風、かぁぜ。利用できるのがあなただけとは思わないことよ?」
    【Four Seasons】の仲間と共に戦場に飛び込んだフローレンツィア・アステローペ(紅月の魔・d07153)は、糸を舞わせる。己が動けなくても、「レンの糸はあなたを追いかけ、待ち受けるわ」と。
    「誘導性のある点と面攻撃で空間諸共蹂躙してあげましょう」
    【吉2-8】の仲間達と息を合わせながら、霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)は点を穿つオーラキャノンと広く面を灼くバニシングフレアを使い分けて舞刺を追い詰めていく。さらに【戦戦研】の灼滅者達が、囮誘導や狙撃によって舞刺の降下を狙う。
    「今を変え、未来を拓くのは戦う覚悟です」
     鋼屋・雪奈(進撃の巨乳・d05266)が【シャッフル】や他のチームのメンバーと連携し、足止め牽制と着実な攻撃を繰り返す。仲間達の負傷には、時折清めの風を吹かせて。
    「序列の事はよく知りませんが、貴方々の普通に、彼女の日常が付き合わなければいけない理由なんて無いはずですよ」
    「だったら序列を恨むんだね、あたしじゃなくて!」
     灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)の言葉と弾丸に、舞刺がひらりとかわしながら応えて。けれどその飛行範囲は、確実に狭められている。
     風を起こしその中で己も飛び回るのは至難、ならば流れがあるのだろうと、早田・篠生(ポジキャン・d09543)は瞳を凝らす。己に迫った舞刺がスピードを僅かに緩めたその瞬間!
    「ひゃぁっ!?」
     沼を模した影業に、舞刺の体が引きずり込まれる。
     そこから舞刺が再び飛び出すまでは、一瞬。けれどその一瞬の間に灼滅者達の攻撃が殺到し、舞刺に幾多の傷を与える。一つ一つは小さくとも、集まれば確かに深手となる。
     そして怒りのままに殴りかかる舞刺の拳を受けながら、「わたくしの役目はこれにて御終い、部下のサポートも、上司の役目でございます」と篠生は笑う。
    「灼滅者とは貴女方ダークネスを利用する存在、何にでも成れるわたくし達に、四方や勝てるとお思いでしたか? ……さぁ、皆様存分に」
    「応!」
     同じ【死の生】所属、同じ篠生の名を持つ亜綾田・篠生(ピーキー・d09666)が飛び出し、「フハハ! 光栄に思え! これが私のフォースブレイクだ!」とマテリアルロッドを叩きつける。己の『客』となる人間を殺す六六六人衆に、営業妨害で訴える代わりに地面を舐めさせてやろうとの心意気にて。
     風に囚われたまま、結城・時継(限られた時に運命を賭す者・d00492)は符を展開する。相手の動きを止め自分は素早く動き、自分で接近して止めを刺しにくるのなら――、
    「それなら……無闇に動かず、こうして近づいてくるのを待てばいい」
    「きゃっ!?」
     殴りかかった拳ごと体を掴まれ、舞刺が悲鳴を上げる。さらに叩きこまれた渾身のフォースブレイク!
    「そしたら案の定……この通り、Jackpot、大当たりだ」
    「はっ! 大当たりでもこっちのミスショットより弱いくせに!」
     思いっきり蹴り飛ばされながらも、時継の頬から笑みは消えない。――舞刺が戦い方を変えない以上、同じ隙が出来る事は明らかなのだから。
    「蝶というには華がない。蛾の方がまだらしいね」
    「はぁっ!?」
     紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)の挑発に、舞刺が眉をひそめ急激に方向を変えた。ごっ、と音を立てて叩きこまれた膝に、けれど謡は不敵に笑って。
    「ほら、誘蛾灯にまた一匹」
     鬼神変の大腕で抱きこむように、思いっきり殴りつける。
    「落ちてこい落ちてこい! 飛んで火にいる夏の虫!」
     精一杯バベルの鎖を瞳に集めた深水・嘉元(眼鏡イケメン・d03615)が、ホーミングバレットで舞刺を狙い撃つ。上手い具合に風が向き、近付いた舞刺に「やっぱり夏の虫は炎でいぶすに限るよね」とガンナイフの刃に炎を纏わせて。
    「しかし、君らみたいに姉妹の真似事してる奴らもいるんだねぇ。で、今回は何? 捨て駒ごっこ?」
    「ハッ、そっちは何? 正義の味方ごっこ?」
     つまらなさそうに舞刺が吐き捨て、羽を燃え上がらせたまま嘉元を蹴り上げる。そのまま近くにいた茂多・静穂(ペインカウンター・d17863)を殴り落とそうとすれば、ウロボロスブレイドがそれを必死に食い止めた。
     返す刀の蛇咬斬で捉えたのは――舞刺の羽。羽ばたきを完全に食い止めるには至らずとも、幾分その動きが鈍る。
    「止まろうものなら羽を蜂の巣みたいにしてやるわ!」
     花野・壬咲(愛のけだもの・d17668)のガトリング連射の一発が、羽の生え際をかすめる。けれど次の瞬間、静穂をウロボロスブレイドごと引きずったまま舞刺が苛立ちに頬を染め、壬咲の頬を蹴り飛ばす。
     けれどカウンターするかのように、壬咲の燃える無敵斬艦刀が舞刺の胸に傷を刻んでいた。
    「強いひとと戦うのは好きよ。でも、動き回るのはわたしの得意技」
     蟲なら蟲らしく、獣の私に燃やし尽くされなさい、と気迫を込めて睨まれ、舞刺が一瞬怯えたような顔をする――けれどすぐにそれは、怒りへと変わって。
     故に、見えなかったのか。
     上から炎に染めた拳が降ってくる。岡本・拓海(火群・d13730)が自分ごと舞刺を地面に叩き付け、そのまま連撃を決める。
    「良いぜ! 良いぜ楽しいぜェ! こんなに楽しい殴り合いは久々だァ! 真上に逃げんじゃねぇよ蝶野郎!」
    「うっせー逃げるに決まってるし!」
     拳を逃れざまに一蹴り。それで沈めた筈――なのに、起き上がって拓海は笑うのだ。
    「お前等の考えはシンプルで個人的には好みだぜ? だがな、やり方が気に食わねぇ」
     お前等が何を言おうとあの人は人間だ、と拓海は言い放つ。
    「その反吐が出るやり方でまだあの人を殺そうとするってんなら……来いよ、その戯言ごと叩き潰してやる」
    「戯言も叩きつぶされるのもあんたの方だから!」
     ち、と舌打ち、そのまま頭を掴み、顔に膝蹴りを叩きこむ。それで、完全に倒したと、思った。
     なのに意識を失うその直前に――「俺等を舐めるなよ?」と言われた瞳が己の目に焼き付いて離れないのは何故なのか。
     そして次の瞬間、羽に走った痛み。
    「一人の女の子をもとの世界に帰すためにも、あなたはここで討たせてもらうよ」
     雨宮・悠(夜の風・d07038)の影が刃と化し、死角からその羽を切り裂く。その後は一転して目立つように動き回る悠を、舞刺が怒りもあらわに追い、殴りつける。けれど、さらにそこに重なる羽への一撃。
    「ちょこまか飛ばれちゃかなわねぇから、悪いけど、その翅燃やさねーとなぁ……めっちゃ邪魔しに来たんだ、ひとつよろしく?」
     鷹栖・吟也(月夜の唄・d08320)のチェーンソーが炎に燃えて羽を切り裂く。くるりと身を翻してその首筋に手刀を叩きこめば、一気に削られた体力をその相手から奪わんとばかりに吟也の紅蓮斬が、そしてその仇を取らんとばかりに【花ごよみ】の仲間達が一気に押し寄せる。
    「希望? だの何だの難しいことはお任せするよ。俺そーいうのわかんないし、六六六と戦えるの楽しみってだけだから」
     ナディア・ローレン(殺人鬼・d09015)はそうけろりと言って、「あたし、殴るのは好きだけど、殴られるのは大っっっ嫌い!」と叫ぶ舞刺の死角から糸を張る。
    「俺もクソ虫大ッ嫌いだし相思相愛じゃん?」
     舌打ちと同時に強烈な回し蹴りでナディアの体が吹き飛ぶ。けれどそれによって引かれた糸が、舞刺の体に浅くはない傷を刻み込む。
    「チッ! ナンバー持ちでもない六六六人衆のなりそこないのくせして!」
    「なり損ないをなめないでくださいね」
     既に傷は深く、これ以上殴られたら立ち上がれない。
     その状況に追い込まれてもなお、萌子はウロボロスブレイドを振る。灼滅者達は風を読み、風に抗い、必死に押し寄せる。
    「馬鹿じゃないの!? パンピー一人助けるのに、どんだけ必死になれるの!?」
     灼滅者全員に恐怖の眼差しと共に向けられた問いに、峰・清香(中学生ファイアブラッド・d01705)は。
    「簡単なこと……私は闘争を望んで、お前たちのやることは認めるくらいなら死んだ方がマシなほど気に食わない。だから戦う。正義なんてわたあめみたいなものでも、善悪なんてくるくる回る役立たずのコンパスのようなものでもなく、だ」
     静かにウロボロスブレイドを操り、それに炎を纏わせて。
     気に食わないから戦うと言い放つと同時に、逃げ道を塞ぎながら斬りつける。
     体勢を立て直そうと風に乗って下がった舞刺を待っていたのは――無敵斬艦刀の、一刀両断。悲鳴すら上げることを許されず、序列314位の少女は消えて行く。
    「やったな! ここにおるみんな最高のヒーローや!」
     綾の言葉を切欠に、わっと歓声が起こる。そして、最後の――序列264番との戦いにして、鋼乃・鋭利の救出に向かった仲間に向けて。
    「最終戦や、みんな、頑張れ~!」
     遠く離れていても心は届けと、呼びかける。

     灼滅者達が到着した時、蟲姫・絲蠱は摩天楼の間に張ったレース編みの如き蜘蛛糸の屋上に立ち、その真下で鋼乃・鋭利は蜘蛛に覆われ倒れ伏していた。
     荒い呼吸に合わせて上下していた鋭利の胸の動きが、次第に穏やかになっていく――丁度、その時。
    「うちの義妹(予定)に、なにやってくれてるんです?」
     ウロボロスブレイドを構え蜘蛛を薙ぎ払いながら、ハルトヴィヒ・バウムガルテン(聖征の鎗・d04843)が絲蠱を睨み付ける。ちなみに括弧まで全部口に出しているのでそう読んでほしい。
    【総武チーム】の仲間達が息を合わせて攻撃を加えながら、ちょっとだけ微妙な顔をした。
    「まだ予定ですが……お義兄ちゃんは、義妹の前で負けれないんですよ! 貴女だってそうでしょう! ――ダークネス!」
    「そうね、負けてしまったら殺されちゃうわ」
     ハルトヴィヒのその言葉に答えたのか、絲蠱はそう呟いて肩を竦め、彼に向けて蜘蛛を落とす。貴方も夢の中に来ればいい、とばかりに。
    「よし、行くぞ! 外道!」
     けれど【DoHighGo!】の仲間達を率いて不渡平・あると(父への恨み節・d16338)が、そして灼滅者達が往くのは夢の中ではない。あるいは鋭利を救いに、あるいは必死に数百メートルの距離を登り、絲蠱に刃を届かせに。
     相方の「そっちから蜘蛛が!」との注意に、「ん」と御影・雪乃(ブラッディドール・d00473)は応えて素早く糸を張り巡らせる。切り裂かれた蜘蛛の残骸が落ちながら消えて行く中、すっと雪乃は次の足場に乗り移りながら、(「私は、今のために戦う」)と心の中で呟いた。
     この出会いも、大事な今。悲しい事も楽しい事も、全部の『今』をなかったことにしたくない……無駄にしたくない、と。
     鋭利と無理に仲良くなるつもりも無い、彼女らしくして、ダークネスに負けなければいい――手伝うのは、利害の一致と雪乃は考える。
    「二百、番台の、六六六人衆……ころせる、ころせる……ああ、斬りたい、斬りたいっ!」
     殺人鬼達が集まる【猟奇倶楽部】の一員である小谷・リン(ユエちゃんファンクラブ会員・d04621)も勿論殺人鬼、そして今は殺戮衝動を解放し、ぶつける相手がいる。ダブルジャンプを駆使し、蜘蛛を槍で払いながら、リンは凄まじい速さで壁を登り絲蠱へと迫る。それでも迫る蜘蛛に――漆黒の思念の弾丸が迫り、弾き飛ばす!
    「大丈夫ですか!?」
     そう地上から声をかけたのは、【月詠】の一員である紺野・瑞季(中学生シャドウハンター・d17945)。素早く繰り出したリングスラッシャーが、さらに隣の蜘蛛を吹き飛ばす。
    「邪魔だから、とっとと撃ち落とすね!」
     登り行く灼滅者達の一撃。地上からの砲撃。次々に蹴散らされる蜘蛛に、次々に迫り来る灼滅者達に、そしてかけられる言葉に、絲蠱は思わず下を向き、不快そうに眉を吊り上げる。
     同じ【月詠】に所属する天城・翡桜(碧色奇術・d15645)は、炎を放ち仲間達と共に蜘蛛を蹴散らさんと動く。際限なく落ちてくる蜘蛛は、さらに際限なく攻撃を仕掛ける灼滅者達によって、僅かずつ、僅かずつ数を減らしていく。
    (「ラグナロクがどう、とか、序列がどう、とか、私には良くわからない、けど」)
     一人の少女を脅かす、そんな世界は許されてはいけないという思いは自分の中で燃えているから。伊崎・唯奈(蒼き魔性のアルテミス・d13361)は思いを胸に槍を振りかざし、拳を握り、魔力を練り上げ蜘蛛の群れへと立ち向かう。
     心の救いは誰かに任せ、守りの戦いを片付ける、と。
     必死の戦いの中、鋭利に近づいた翡桜は、彼女に向けてテレパスを飛ばす。
    「ソウルアクセスは出来ませんが……私達灼滅者なら鋼乃さんを救い出すことが出来るはず。だからお願いします」
     幸せな夢なら見ていたいという気持ちは分かりますが、私達を信じて夢を打ち破って出てきてください、と。
     意識を鋭利の夢の中へと飛ばした仲間達の体は、鳩間・嘩乃子(ロイヤルブルー・d18152)が、そして現実に残った【八花蓮】のメンバーが、【銀月】の灼滅者達が守り抜く。「みんな、頑張って! 鋭利さんを助けて!」と飛鳥来・葉月(中学生サウンドソルジャー・d15108)が癒しを必死に飛ばしながら呼びかける。
    「鋼乃は、こんなにたくさん、人に大事に思われてる。きっと、わたしの思いも、届くよね……ソウルアクセス、上手くいくと、いいな」
     嘩乃子が呟く。迎え入れる準備は、万端なのだから――!

     夢の中へと飛び込んだ数人の灼滅者達の体を守り、戦う為に残った灼滅者達は懸命に鋭利に言葉をかけ続ける。
    「鋭利ちゃん、目を覚まして! それは本当じゃないんだよ!」
     全部が元通りにはならないかもしれないけれど、死んじゃったらそれでおしまいだから――久志木・夏穂(純情メランコリー・d06715)は必死に呼びかける。
    「大人に言われなかったのですか? ……いつまでも、夢見てるんじゃないと。いつまでも、子供じゃいられないんだから……過去を振り返るのは、お止めなさい」
     御門・美心(高校生エクソシスト・d17347)がかけるのは、厳しい言葉。けれど、内包するのは優しい言葉。
    「貴女がその手で変えられるのは、未来だけですわよ。今を精一杯生きて、貴女が望む未来を作りなさい?」
     私達は貴女を助けに来たのです……だから、さっさとケリつけてお戻りなさい、と。
     帰る場所が、あるのだから。
    「夢の中だけじゃなくて、現実にしよう? 私たちが一緒に鋭利ちゃんの夢、叶えるから!」
     姉の龍宮・神奈(闘天緑龍・d00101)と共に戦いに臨む龍宮・巫女(貫天緑龍・d01423)が頷く。既にその手は、絲蠱までの距離をかなり詰めつつある。神奈が炎を纏いながら妹を、仲間を護り、巫女が鬼神化した大腕にて、絲蠱が焦ったように降り注がせる蜘蛛を次々に振り払いながら徐々に、徐々に登っていく。
    「いくら幸せだからって……幻覚や夢なんかに堕ちてしまえばそれは偽りになってしまうのよ!」
     そしてその遥か上空から――巫女は、声を張り上げる。
    「私達は生きて幸せを掴む! だから、貴女もこんなところで負けないで、生きて! 生き抜いて幸せになるの!」
     それに深く、深く神奈は頷いて。
    「負けねぇよ……! 俺達は、お前らが放つ偽りの夢なんかには負けねぇ! 俺達はこの二本の脚で、しっかり立って生きる!」
     その脚で、しっかりとビルの窓枠を蹴って絲蠱に迫る。不死鳥の翼が大きく広がり、仲間達の傷を癒す。
     そんな力強き姉妹の様子に、図南・雛(銀の檻と炎の心臓・d15421)はふ、と息を吐き、夢の誘惑を追い払った。現実にてやり残した事――闇堕ちした妹と決着をつけるという目的を思う。妹を放って自分だけ幸せな夢に浸れるわけがない、と。
    「現実は辛いことだらけだって、鋭利さんが一番わかってるんじゃないですか? 私はあなた程強くもないし、皆がいないと何も出来ません……」
     でも、と西院條・琉麗(迷走中・d17697)は言葉を紡ぐ。「それでも生きて、港笑いあいたい!」と。
     苦難を乗り越えた先にある、本当の幸せを、一緒に探しに行きませんか、と琉麗は呼び掛ける。鋭利が自分の意思で生を望んでくれるように、と。
    「僕にとって一番の幸せは、今ここでみんなと一緒にいる事だから!」
     そして彼女達の眼下では、綿貫・砌(強く優しいあの人たちのように・d13758)が仲間達と鋭利を守りながらはっきりと叫ぶ。偽りの幸せではない、戦いの中にある本当の幸せを掴み取る。
    「つらい事があっても、逃げないで、立ち向かって、自分の力で乗り越えていく事だから! だから、僕はこんな夢なんかに負けない!」
     砌の言葉に、雛は静かに唇を引き締める。
     自分達は戦う定めを追った灼滅者。けれど。
    「あなたは殺さなくても、殺されなくてもいいんです」
     普通の少女がそんな状況に、そんなことに慣れて必死になるのはとても悲しいことだと雛は思う。
    「だからそれを約束します。もう殺さなくて良くて、殺されなくてもよくなることを。だから、絶対にそうするから……! だから私を信じて下さい!」
     生きていたら絶対いいことがあるなんて言えない。けれど、生きていないと絶対にいいことはない。
     だから。
    「鋭利さんは強い人だ。わけわかんない奴らに襲われても、自分だけで何とかしてきた。それってすごい、誰にも真似できない」
     でも、誰もそんな生活望まないよな。
     そう、明日・八雲(十六番茶・d08290)は鋭利へと語りかけながら、必死に上へ、上へと這い上がる。ビルの窓枠を、パイプを伝って。
    「あと少しだから、こいつをなんとかしたらもう戦わなくても、逃げなくても良くなるから。普通に笑って泣いてそんな生活に戻れるから」
     あと少し、強い鋭利さんでいて。
     夢に呑まれないで。
    「もう、殺さなくていいんさよ。怖かったんさね。一人でよく頑張ったさよ」
     ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559)が鋭利に這い寄る蜘蛛にキックを入れながら、静かに、けれど力強く言葉をかける。
    「この戦いが終われば鋭利は普通の女の子に戻れるさね! アイツを倒せば鋭利は自由さね!」
     哀れみではなく、鋭利を守りたい、立ち直らせたい、その一心で言葉を重ねる。
    「私にも、戻れたらいいなって思う過去があるの。決してやり直すことの出来ない過去……」
     そう、九条・千早(春風の少女・d00148)は寂しげに呟く。でもね、貴方はまだ戻れる、と励ますように鋭利の手を取って。
    「私が力になってあげる。きっと楽しい毎日を送れるようになるから。もう誰も殺す必要なんてないの。みんなと同じ様に平凡で平穏な日々を送れるようになるよ。貴方に寂しい思いはさせないから」
     必死の言葉は、彼女がその手を握り返してくれる時を願って。
     友達となれる時を願って。
    「非情な現実に抗ってきたあなたが、夢なんかに惑わされちゃうの? 作られた幸せな夢なんて、ワイヤーで断ち切っちゃいなよ」
     己をも苛む蜘蛛の毒に、幸せな夢に、麻宮・ゆりあ(プラチナビート・d16636)は抗いながら言葉を紡ぐ。その間にも天使の歌声が、復活のメロディが仲間達を慰撫し、鼓舞して。
     さらにそれに【星空芸能館】の仲間達と共に戦い、灼滅者達を癒す星野・えりな(スターライトエンジェル・d02158)の歌声が重なる。
    「貴女は私たちと同じ人の事を想う人間です。今、皆が貴女を助けようとしてるのも人間だから」
     父と呼ぶビハインドに守りを頼み、鋭利の心まで癒せればとえりなは歌う。
    「皆と一緒に人として笑ってあるべき場所に帰りましょう♪」
     仲間と瞳を見交わして、この歌は届くと信じる気持ちを交わして。
    「人は弱いケド、それは弱いから人なんじゃないんだよ。非情な現実の中支え合うのが人間らしさなんだよ」
     自分達なら、あなたを支えられる、と。
    「それに、そんな嘘の幸せに浸ってしまったら、鋭利はバケモノなんかじゃないってこと、人間なんだってことを皆に伝えられないままだ!」
    「だから一緒に帰ろう、人の世界に。私達は人間なんだから♪」
     襲い掛かる蜘蛛を拳で弾き飛ばし続ける丹波・亮(風ト共ニ・d16315)と、【One For Class】の仲間と共に、ゆりあは手を伸ばして。未だ目を覚まさぬ鋭利の、心にまで届けと。
    「今まで一人でがんばってきて辛かったよね。苦しかったよね。でももう大丈夫、あなたにはこれから私たちが一緒にいてあげる」
     尚も落とされる蜘蛛の群れを薙ぎ払いながら、斑鳩・夏枝(紅演武・d00713)は静かに語りかける。
    「私だけでは無理かもしれない。でも助け合う仲間がいる」
     折原・神音(鬼神演舞・d09287)の言葉が、絲蠱へと迫ろうとする地上数百メートルから降り注ぐ。
    「辛い事だってあるでしょう。私だってある。でも楽しく生きています」
     ――私たちが貴方の居場所になる。そう神音は言って、さらに上の足場に手をかけ、足をかける。
    「『幸せ』だけど教授すればいい夢の世界……でもそれは『幸せ』じゃない」
     大切な【卓上競技部】の友と一緒に、篠原・朱梨(闇華・d01868)が声を届かせる。
    「本当の幸せはね、誰かに与えられるものじゃない、自分の手で掴むものなの。だから、ねえ、目を覚まして、そんな偽りの幸せなんかに負けないで」
     どんなに辛くて苦しくても自分達が支えるから。
    「ひとりじゃない、朱梨たちが、絶対にあなたを守るから!」
     彼女の元にはひとつも攻撃は通さないと、朱梨はぎゅっとロッドを握って。
    「勝てないって誰が決めた? 届かないって何故思う?」
     水城・恭太朗(みずしろきょうたろう・d13442)の言葉に、僅かに鋭利が身じろいだ。影業を展開しながら、恭太朗はさらに言葉を重ねて。
    「境界線を作るのは全部自分だ。手を伸ばさない奴に救いはない。立ち上がりたいなら……甘い夢と決別し、現実に還ってこい」
     影業の範疇に絲蠱を捉えんと駆け出しながら、恭太朗は叫ぶ。
    「そのワイヤーは境界線じゃない! 俺たちとの絆だ!」
     灼滅者達の懸命な思いに――ぎゅ、と鋭利の眉が動く。見開かれた瞳が、血塗れの戦場を見つめる。毒に抗い、仲間を守り、鋭利を守り、力尽きて倒れ伏した灼滅者達を見つめる。鋭利を守り、その心を支えようとし、今彼女が目を覚ました事に安堵を、笑みを満面に浮かべる灼滅者達を見つめる。上へ、上へ、絲蠱を灼滅すべく長き垂直の道を登り続ける灼滅者達を見つめる。
    「……御免ね、幸せな夢から目を覚ましてしまって」
     ゆっくりと目を開けた鋭利に、最上川・耕平(若き昇竜・d00987)は彼女を守りながら呼びかける。
    「でも、悲しむことは無いよ。だってその夢は、そう遠くない内に現実となるから」
     僕達、武蔵坂学園の皆と共にいればきっと叶う、あなたが見たのは、そんな夢だ、と。まるで夢の中を見透かしたような耕平の言葉に、鋭利は瞳を瞬かせて。
    「そしてもう、殺人鬼達の襲撃に怯えることもない。たった今から、全力であなたを護ってみせるから。だから、共に行こう」
     皆で、普通の幸せな日常を過ごすために――!
    「この惨劇、ここで終わらせる!」
     そう叫んで耕平は絲蠱を屠らんと飛び出して行く。
    「鋭利もどうか俺たちを信じて前を向いてくれ。無事終わったら美味いパン、奢ってやるから」
     八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)がさらにそう言い残して駆け出し、先に登った数多の仲間達によって半ば道と化した壁に取り付く。え、あ、と驚いたように呟いた鋭利の、「えっと、じゃあセール品じゃないやつで」という言葉に思わず笑みを浮かべて。
    「夢なんかじゃねえ本当の幸せを見せてやる」
     ナノナノの九紡が、ふわりと十織を先導するように駆け上がる。途中途中で蜘蛛に噛まれ毒に苦しむ仲間達を癒しながら。
    「あ、ねえよかったら一緒に……」
     そう声をかけたキリク・シノミヤ(花咲けるもの・d18191)に、思わず十織の膝が砕ける。何か下手なナンパみたい、と頬を掻いたキリクに十織は笑って、行こうぜ、と親指を立てた。
    (「誰かを守る力になれるなら、格好悪くたってなんだっていい。俺は俺に出来ることを精一杯やる。それだけだよ」)
     そう考えたキリクは、癒しの光を輝かせながらでも、と小さく呟いて。
    「やっぱ少し位格好つけたいかな……男としてはさ」
     強くなりたいな。……いや、ならなきゃね。そう心に決めて、キリクは戦場の中心へと十織と共に、その肩に防護符を貼り付けながら駆け抜ける。
    「オレ難しーことは分かんねーけど、一人で抱え込むなって昔言われたし、その通りだと思うー」
     体術、槍術、棒術を使い分けて鋭利を守りながら、海藤・俊輔(べひもす・d07111)はにかと笑って。
    「ほら、オレらみたいに巻き込まれたいって思ってる人達もこんなに一杯いるんだしー。そのかわりなんかあった時は頼らせてねー?」
     涙を堪えるように上を向いてから、鋭利は深く頷いて。
     そして一つの人影を見つけた彼女は、俊敏に立ち上がり駆け出していた。

     ――そして、遥か上空。
     ついに灼滅者達の刃は、絲蠱を捉えようとしていた。
    「お前を、殺せば、わたしは、まだ強くなれる。きっと、そうだ」
     己に届きかけたリンの刃に、絲蠱は冷や汗を流す。ある意味でリンの言葉は、六六六人衆のメンタルに近い。それなのに。
    「灼滅、灼滅……っ!」
     瞳に宿る光と口にする言葉は、明らかに灼滅者のもの。
     絲蠱自身の、そしてほとんどのダークネスにとっては――灼滅者『如き』の。
    「持ちこたえれば、必ず勝利は見えて来ます」
     そう言って背中に不死鳥の翼を呼んだのは二階堂・雅臣(小学生魔法使い・d17491)。マテリアルロッドを構え、雅臣は静かに目を細める。
    「被害は出来るだけ小さくしたい。だから、後々の為にここで灼滅します」
     既に彼の周りの蜘蛛達は焼き払われ、アスファルトに焼跡を残すのみ。そしてそのロッドに輝く轟雷は、はっきりと絲蠱を狙う。
    「集団戦闘はウチのお家芸ってな! おぅヤローども、やっちまえ!」
     影道・惡人(シャドウアクト・d00898)がチーム【PKN】を率い、ニィと笑って波状攻撃をかける。突出したチームには声をかけ、ライドキャリバーのザウエルに跨り先頭に立って刃を振るう。
    「加勢しますよ……!」
     さらにチーム【ゆじげん】の先頭に立って譽・唯(狂喜の暗殺者だった者・d13114)が飛び込んで。
    「……半端者……上等じゃないですか……後悔……させてあげますよ? 半端者を怒らせたら……怖いって事を……!」
     絶対凌ぎましょう、と唯は絲蠱の一撃を無敵斬艦刀とウロボロスブレイドをクロスさせて受け止め、そのまま影を伸ばす。
    「人を殺すだけの鬼が、本場の鬼に勝てると思わないことです」
     鬼神と化した神音の腕が、ぶんと音を立てて絲蠱の胸をかすめる――否。
     その胸に、爪痕を刻む。
    「普通じゃ勝てない相手だし、誰かが鋼乃さんと契約してくれるまでは持たせないとね」
     赤秀・空(アルファルド・d09729)がにかっと笑って、その神音の死角を狙った絲蠱の一撃を受け止める。崩れ落ちかけた体は精神力だけで立ち上がらせ、WOKシールドを輝かせて。
    「彼女は素晴らしい魂の持ち主だと思う。今度こそ守ってみせないとね」
     ――そう、空が口元の血を拭いながら言った瞬間。
     涼やかな光が、灼滅者達を照らす。
    「契約……!」
     そう、初めてラグナロク事件に介入する灼滅者達にすらわかる、銀の光の爆発。閃光。そして、一筋の燦然と輝くワイヤーが、鋭利の手の中に現れる。
    「殺せ、なかった……? いえ、まだ……」
     そう呟いた絲蠱の、そして灼滅者達の足元が、ぐらりと傾いだ。
    「ヒャッハー! 降りてこいよ御山の大将。それとも登ったはいいが怖くて降りられなくなっちまったかぁ!?」
     神楽・三成(新世紀焼却者・d01741)のガトリングガンの連射が、足場を繋ぐ糸を編んだ『紐』の一本を崩壊させる。明らかに焦りを浮かべた絲蠱の頬に、拳が叩きこまれる。
    「お前の様な存在でも悪夢は見るのか、蟲姫絲蠱」
     それとも人間を捨てた時に、何を恐れていたのかすらも忘れちまったかよ――そう言って、板尾・宗汰(ナーガ幼体・d00195)は不快そうに眉をひそめる。
     彼女の瞳にのみ映るトラウマは、一体何だっただろう。
     その瞬間絲蠱の顔が恐怖に歪んだことは事実。けれどさらなる足場の崩壊故か、トラウマ故か――それは、彼女のみが知っている。
     いや。
     いた、と言うべきだろう。
     数多の攻撃に晒された足場の崩壊に、体勢を崩したままだった絲蠱は――素早く体勢を立て直して上空から、遥か先の地上から、無数の灼滅者達が放つ、無数の渾身の一撃に貫かれて。
     一人の少年と僅かな言葉を交わす暇しか与えられず、そのまま消滅――『灼滅』されたのだから。

     3つの戦場に渡る戦いが終わり、灼滅者達の歓声が摩天楼を揺るがしてからしばらく後のことである。
    「ふー、終わった終わった」
     清々しく汗を拭ったあるとは、「あんた……鋭利っていったっけ。今まで大変だったね」と笑顔を向ける。
    「あたしも以前、ダークネスの手に落ちかけて、この学園の人達に助けてもらったんだ。だから、鋭利もうちの学園に来ないか?」
     笑いと安全は保障するから、さ。
     その言葉に鋭利は「ありがとう」と笑う――少なくとも笑いの方は、もう保証済みということだ。
     それに。
    「家族は絶対心配してるし悲しんでるよ。家族とは……一緒に居たいもんね」
     だから一緒に武蔵坂に来て欲しい、と如月・花鶏(フラッパー・d13611)は鋭利の瞳を見つめて。
    「勿論、貴女の家族も一緒に。貴女の願いを、夢を、私達に守らせて」
     独りで居た頃の私が出来なかった夢を、叶えさせて欲しいだけかもしれないけれど、ね、と花鶏の言葉に、少しの間押し黙った鋭利は「ありがとう」と微笑んで。
    「これから先の相手は、もう油断がないと思う……でも、今みたいに僕らといれば、安心」
     振り向いた鋭利にぺこりと頭を下げ、浅儀・射緒(射貫く双星・d06839)がそう声をかける。
    「武蔵坂には僕達みたいな異能も、それに……君と同じ境遇の人もいる……でも、皆、友達になれる……君も」
     握手を求められた鋭利はそっと血に染まった手を見つめてから、こくりと頷いてその手を握り返す。
    「ともだち、なら、なれるさ」
     新沢・冬舞(夢綴・d12822)が声をかける。「助けに来ただとかそんな偉そうな御託も大義名分もない、ただ、ひとりでいるのが、気になったから会いに来てみた」と戦いの中で告げた冬舞は、「一緒に学園に来るか?」とぶっきらぼうな様子を崩さず、けれど優しい瞳で尋ねて。
    「ありがとう。でもって……よろしく頼むな!」
     それに明るく鋭利は笑って、頷く。心の抑圧が取り除かれ、終わりなき戦いから解放された鋭利の顔は、清々しさと新生活への期待に満ちて。
     ――いっしょに、帰ろう。
    『3265人』で、日常に。そして――武蔵坂学園に!

    !重要連絡!
     このリプレイは、PBW参加者の為の書き下ろしです。
     このリプレイの元となる物語は、ドラゴンマガジン2013年9月号にて掲載されていますので、是非、ご覧下さい

    作者:旅望かなた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月20日
    難度:難しい
    参加:3264人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 141/感動した 6/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 23
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ