【迷宮校舎探検記】不死王の特別授業

    作者:J九郎

    ●玉座の間にて
     迷宮校舎の最深部。校長室を模したその部屋で、この迷宮の創造主である屍王イクスァードは、水晶球に映る迷宮内の光景を凝視していた。そこに映るのは、迷宮に侵入した8人の若者の姿。
    「ほう、彼らは私の迷宮を攻略しようというのか。ふむ……なかなかに的確な動きをする。65点、といったところか」
     しかし彼の余裕も、侵入者達が次々と階層を攻略するにつれ徐々に失われていった。
    「ええい、理科室をスルーするのはやめなさい! せっかく人体模型に擬態させて配置したゾンビが無駄になるではないか! む、そこだ! 保健室に入りなさい! 私の思惑通りに動きなさーい!」
     だが、侵入者達は見事にイクスァードの思惑を無視していく。
     かろうじてトイレに潜ませていたアンデッド達が奇襲に成功したものの、それ以外の罠や待ち伏せはことごとく見破られるか、スルーされてしまう。
    「フ、フフフ。人間にしてはよくやる者達だ。……そうだ、彼らを私の生徒にしてあげよう。私の元で学べば、彼らも一流のダークネスに育つことだろう。そしてゆくゆくは、私がコルベイン様の後を継ぎ、私の教え子達と共に世界の在り方を管理してゆくのだ!」
     自らの理想とする世界を思い浮かべ、屍王は低く笑った。
     
    ●決戦前
     灼滅者達は今、体育館のステージの奥に設置された豪奢な扉の前にいた。
    「この先に、この迷宮の主がいるんですね」
     高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)が自分に言い聞かせるように呟く。
    「ノーライフキング……略してノウキンですか。脳筋って書くとイメージが変わりますね」
     リリー・スノウドロップ(ほわいとわふー・d00661)が皆の緊張を解くように冗談を口にし。
    「筋肉ムキムキな不死王とか、やだなー」
     葛木・一(適応概念・d01791)が笑みを浮かべる。
    「まあ、こんな迷宮は、古くなって雰囲気が出てくる前に破壊してしまうに限りますね」
     川原・咲夜(不響す運命の輪音・d04950)が言うと、
    「確かに、こういう薄気味悪いところは勘弁してもらいたいよなあ」
     松下・秀憲(午前三時・d05749)が無表情のまま頷く。
    「でも、なんだかんだいって冒険みたいで面白かったけどね」
     九重・木葉(楽しく徒然・d10342)が緊張感のないことを口にすると、
    「なんでもかまいません。アンデッドの親玉というなら、殲滅あるのみですわ!」
     アンデッド恐怖症の攻之宮・楓(攻激手・d14169)が、グッと拳を握りしめた。
    「皆、覚悟はいいか? いくぞ」
     天地・玲仁(哀歌奏でし・d13424)が確認するように全員を見回すと、皆覚悟を固めたというように頷いた。
     決戦の時は、目前だった。


    参加者
    リリー・スノウドロップ(ほわいとわふー・d00661)
    葛木・一(適応概念・d01791)
    高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)
    川原・咲夜(不響す運命の輪音・d04950)
    松下・秀憲(午前三時・d05749)
    九重・木葉(矛盾享受・d10342)
    天地・玲仁(哀歌奏でし・d13424)
    攻之宮・楓(攻激手・d14169)

    ■リプレイ

    ●イクスァードの特別授業
    「じゃ、入ろっか」
     松下・秀憲(午前三時・d05749)が、律儀に2回ノックしてからドアを開く。
     校長室は、予想外に大きかった。多分、通常の教室ぐらいはあるだろう。内装や調度はシックだが洗練された高級感のあるもので統一されており、趣味の良さを感じさせた。だが、壁に飾られている“蒼の王コルベイン”の肖像画が、部屋の雰囲気を台無しにしている。
    「しつれいしまーすっ!」
     一応罠を警戒しながら、葛木・一(適応概念・d01791)が室内に足を踏み入れ、残る7人もそれに続いた。
    「ようこそ、灼滅者の諸君。よくぞここまで辿り着いた」
     この部屋の――いや、このダンジョンの主である屍王イクスァードは、木製の執務机の奥に腰掛けていた。まだ完全に非肉化しておらず、一見すると青白い顔をした20代半ばくらいの青年に見える。だが異様に落ち窪んだ眼窩や酷くやせこけた頬から、彼が人間でないのは明らかだった。
    「え……、イメージと全然違いますの……。まさかノーキンさんじゃなくてアンデッドじゃないですわよね?」
     ノーキンという響きから、ジャージ姿にサンダルで竹刀を持った姿を想像していた攻之宮・楓(攻激手・d14169)がガタガタ震えながら小声で呟く。
    「立ったまま話というのも無粋だろう。さあ、遠慮せずに座りなさい」
     イクスァードが筋肉のそげ落ちた指で指し示したのは、部屋の中央にある応接セット。そこには、4人同時に腰掛けられる革製のソファーが二つ、テーブルを挟んで向かい合わせに置かれていた。
    「では、お言葉に甘えて失礼します」
     川原・咲夜(不響す運命の輪音・d04950)が慇懃(無礼)に挨拶を返し、ソファーに腰を下ろす。
    「大丈夫かな? 語りとか入らないかな? 俺、難しい話と無駄に話長い先生って苦手なんだ」
     九重・木葉(矛盾享受・d10342)が不安そうに咲夜の隣に座り、
    「もしかして、講義とかあったりするのかな」
     リリー・スノウドロップ(ほわいとわふー・d00661)もちょこんとソファに腰掛けた。残る5人も、警戒しながらもソファに腰を落ち着けていく。
     全員がソファに着いたのを見ると、イクスァードはおもむろに口を開いた。
    「喜びなさい。私は君達の教師になると決めた。私の下で学び鍛え、ゆくゆくは立派なダークネスとなりなさい」
     自分の言葉に酔ったように語るイクスァード。
    「ずいぶんと一方的且つ身勝手な物言いだな。脳まで水晶化しているのか?」
     眉をひそめる天地・玲仁(哀歌奏でし・d13424)を、高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)がそっと制する。
    「まあまあ。不死王様直々の特別授業、どんな感じになるかちょっと様子を見てみましょう。質疑には期待してませんけど、面白い話が伺えれば儲け物です」
     二人がひそひそ話している横で、さっそく一が元気よく手を挙げていた。
    「はーい、せんせー! 彼女とか居るんですかー? せんせーが一番警戒してるダークネスってどんな奴? この迷宮って移動したりできるの? あと、マル秘お宝情報とかないの?」
    「いきなり質問攻めにするのはやめなさい! 質問するならまずは頭をクリアにし、一つずつ質問しなさい。それから、指される前にいきなり質問を始めるのはやめなさい!」
     そして、さっそく怒らせてしまったようだった。
    「先生、あのっ!」
     今度はリリーが挙手をする。イクスァードはようやく落ち着きを取り戻し、手振りでリリーに発言を促した。
    「王の後を狙うならやはりサイキックハーツもねらったりするんでしょうか。というか、結局サイキックハーツって何なのでしょう?」
    「なかなかにいい質問だ。だが、今はまだそれを語るべき時ではない。君達がもっと精進し、晴れてダークネスとして覚醒したならば教えてあげよう」
    「……とか言って、ほんとはノーキン先生も知らないだけだったりしてな」
     秀憲が小声で呟くが、幸いイクスァードの耳には届かなかったようだ。
    「先生、一流のダークネスはどんな美学を持ってらっしゃるものなんでしょう」
     今度は薙が質問する。
    「素晴らしい質問だ。いいかね、私は常にダークネスたるもの、完璧な存在でなければならないと考え……」
     以下、イクスァードは延々と自らの美学を語り始めたのだった。
     
    ●戦闘実習
    「あー……。ごめん無理だった。忍耐力とかないんだった、俺」
     最初に痺れを切らせたのは、木葉だった。おもむろに立ち上がると、躊躇なくバスターライフルを構え、問答無用で発射する。
    「ぬおっ!?」
     突然のことに対処しきれず直撃を受けるイクスァード。
    「なんという乱暴な生徒だ! 人の話は最後まで……」
    「私、先生のあだ名考えましたー。ノーキンとかどうですかー?」
     次に動いたのは、咲夜だった。立ち上がりざま、一気に執務机を飛び越え、螺旋のごとき回転を加えた槍を突き出す。
    「学校の主は校長先生とか……。校舎は出来立ての癖に考え方はお古いんですから全く……。別に賭けを外された事の八つ当たりとかしてネーデスヨ?」
     多分に私的な恨みを込めて放たれた槍は痩せこけた不死王の胸を抉るが、既に死んでいるイクスァードにとっては致命的なダメージとはならなかったようだ。
    「むう、人の話を聞かない子供たちには、少々お仕置きが必要なようだ!」
     次の瞬間、イクスァードの瞳から怪光線が迸り、目の前の咲夜を射抜いていた。
    「教師のくせに生徒に手を上げるなど言語道断だな。学校は安全な場所であるべきだし、教え諭すと書いて教諭だろうに」
     玲仁がリングスラッシャーから光の円盤を飛ばし、咲夜のガードを固める。
    「やっぱ校長ってのはどこの学校でも長い話やんだな」
     秀憲も咲夜に続き、妖の槍による強烈な突きを放つ。秀憲の突きはイクスァードの肩を抉るが、それでも不死王は動じず、秀憲の胸に捻くれた杖を突きつけた。
    「私を怒らせるのはやめなさい!」
     杖の先端から不死王の魔力が秀憲の体内に直接流し込まれる。秀憲は苦鳴を上げ、素早く飛び退った。
    「つ、ついに本性を表しましたわね! そもそも、アンデッドじゃないのにアンデッドみたいな姿して、紛らわしい真似をしないでくださいましっ!」
     半分逆ギレ気味な楓が手をかざすと、聖なる光が秀憲に降り注ぎ、見る見る傷を塞いでいく。
    「もーちょっと面白い話聞けると思ってたんだけどなー」
     その隙に一が、机を飛び越えてイクスァードにWOKシールドで殴りかかる。
    「ワンパターンな突撃はやめなさい!」
     イクスァードは席を立ち、その攻撃をかわそうとするが、
    「まあまあ、先生はそのままお座りになっていてくださいね」
     いつの間にか、リリーから伸びた影がイクスァードを捕らえ、椅子に縛り付けていた。動きを封じられ、不死王はまともに一のシールドバッシュを受けてしまう。
    「おのれ少年! そこに直りなさい!」
     イクスァードが怒りの視線を一に向けるが、
    「先生、注意力が少し散漫なのでは?」
     一とはちょうど逆方向から飛来した魔法弾が、イクスァードの後頭部に突き刺さった。薙の放った制約の弾丸が命中したのだ。
     
    ●さよなら不死王先生
    「ぐぬぬぬっ! 温厚な私をここまで怒らせるとは……。お前たち、その命、闇に返しなさい!」
     イクスァードが、手に持つ杖を高々と掲げると、イクスァードを中心とした突風が発生し、校長室内を荒れ狂った。風圧で、書物やペンなどが舞い上がり、部屋中を乱舞する。
    「くうっ! 負けません!」
     リリーと一がそれぞれWOKシールドを展開し、皆をかばうように立ちはだかる。飛び交う書物や文具などを、二人の霊犬、ストレルカと鉄が弾いていく。それでも突風の猛威を防ぎ切ることができず、比較的後方に位置していた薙、玲仁、楓以外の5人に浅からぬ傷をつけていた。
    「怒りに任せて暴力とはな。近頃は体罰に関しては特に厳しいからな。PTAがきっと騒ぐぞ」
     イクスァードの荒れ狂う風とは対照的な、爽やかな清めの風で仲間たちの傷を癒しながら、玲仁がイクスァードを睨む。
    「体罰? そういう呼び方は好きではない。愛のムチと言いなさい」
    「同じことだと思うけど。けど、俺は熱血系学園ドラマとかっぽく、拳で語り合う方が好きだな」
     軽口を叩きながらも、木葉は高速演算モードを発動し、素早く次の一手を計算していた。
    「まったく。こんなことでコルベインの後を継ぐつもりなのでしょうか。そもそも、どうなったら後を継いだと言えるのか分かりませんけれども」
     楓は、仲間の傷を癒しながらイクスァードに視線を向ける。
    「やめなさい。あのお方の名は、お前たち人間風情が軽々しく口にしていいものではない」
     イクスァードは再び杖を高々と掲げていた。すると、七つの逆さ十字が中空に現れ、室内を飛び交いながら真紅の光線で灼滅者達を狙い撃ち始める。
    「カッキーン!」
     一がWOKシールドでビームを弾くが、7つの逆さ十字は移動砲台のごとく宙を自在に駆け回り、様々な方位から光線を発射し、少しずつ灼滅者に傷を与えていく。
    「生徒と親睦深めるなら、こんな小細工じゃなく体当たりでぶつかった方がいいじゃないかな」
     木葉が高速演算モードで逆さ十字の軌道を読み、左手に構えた日本刀で飛び交う逆さ十字を二つ、連続で切り伏せた。さらに、
    「まあ、健全な学生は校長先生の話なんて聞かない物ですからね」
     薙が放った制約の弾丸が、逆さ十字を一つ一つ撃ち落としていく。
    「この逆さ十字もコルベインの遺産なんでしょうか? ノーキン先生―! 先生が使えるコルベイン様の遺産ってまだあるんですかー?」
     咲夜が質問しつつ妖の槍を振るうと、槍の先端からつららが放たれ、イクスァードの腹部を貫いた。たちまち貫いた部分を中心として、その痩せこけた体が凍り付いていく。
    「ぐぬぬ……。だが、こんなもので私の体を封じたつもりとは、やはりまだまだ未熟な……」
    「いや、一瞬でも動き止めててくれれば充分なんですよ、センセー」
     半分以上凍てついたイクスァードに、接近していた秀憲が連続で拳を叩き込む。凍り付いた不死王の肉体は、その攻撃に耐えきれず、氷と共に砕けていく。
    「バカな!? 私の不死の肉体が砕けるなど!」
    「迷宮が思ったより面倒くさかったし、早く帰りたいんですよ、俺」
     とどめとばかりに、秀憲が鬼神と化した腕を振り下そうとする。だが、
    「こんな運命は間違っている! 私は完璧な存在になるのだ!」
     その攻撃が命中するよりも早く、イクスァードの目から放たれた怪光線が秀憲を吹き飛ばしていた。そんな秀憲にすかさず薙の霊犬であるシフォンが駆け寄り、傷を癒す。
    「そうだ……、私は完璧なのだ。私が負けることなど、あるはずがない……」
     イクスァードは虚ろな表情で呟きつつ、まだ砕けずに残っていた左腕で杖を高々とかざした。
    「いけない! またあの突風がきますわ!」
     楓が警告を発し、
    「やらせません!」
     リリーが咄嗟に契約の指輪をイクスァードにかざす。すると、指輪から迸った魔力が、イクスァードの左腕を杖ごと石に変えていった。
    「ま、まだだ、まだ終わりではない!」
     それでも、イクスァードの瞳は爛々と輝き、灼滅者達を睨み付けていた。
    「さすが不死王というだけあって、本当にしぶといですね。その力、吸わせてもらいます!」
     そんなイクスァードの額に、薙が妖の槍を突きつける。すると槍が赤い輝きを放ち、イクスァードに残された最後の魔力を奪い取っていった。
    「バカな……、この私が! 不死王たる私が負けるなんて! 嘘だぁぁあっ!!」
     魂を震わせるような絶叫を最期に、とうとう不死王の瞳の光が、消えた。
     
    ●さらば、校舎迷宮
    「おわったーっ!」
     ソファに身を沈ませた一が大きく伸びをする。
    「結局ここのノーキ……不死王は、教師か何かだったのだろうか」
     玲仁は朽ち果てたイクスァードの亡骸に目をやった。
    「どうでもいいよ。そんなことより、美味しいご飯食べて帰りたい」
     木葉は早くも買える気満々で。
    「ノーキン先生の居場所の賭けに負けたし、帰ったら葛木と高瀬にジュースおごらんとなあ~」
     賭けに負けた秀憲はあまり表情を変えずに嘆息していた。
    「さんざんベタ尽くして最後は校長室にご在住とか……。おかげ様でお昼ご飯奢る事になっちゃったじゃないですか全くっ」
     同じく賭けに負けた咲夜はひとしきり愚痴った後、
    「でも、これだけ先輩がいらっしゃるなら少しはカンパして貰えますよね?」
     瞳をキラキラさせて一同を見回した。
    「あー、川原もジュース一本ぐらいおごってやるよ」
     さすがにかわいそうに思ったのか、同じ負け組のよしみなのか、秀憲が咲夜の肩をポンと叩く。
    「しかし、主が消えたらこの校舎迷宮はどうなるんでしょうね? 夢の跡、でも残るんでしょうか。あと残してきた人体模型がちょっと気になりますね」
     薙がそう言ったとき、迷宮全体が細かい振動を始めた。
    「戦闘修了(誤字)は学級崩壊のお知らせってことでしょうか。……これは物騒かしら」
     リリーの言葉通り、校舎迷宮が徐々に崩壊を始めたようだった。
    「すぐには崩れないだろうが、急いで脱出した方がよさそうだな」
     玲仁の言葉に皆頷き、来た道を辿って校舎迷宮を脱出する。
     数十分後、灼滅者達は無事、昇降口から校舎の外へと抜け出していた。
    「何とかなりましたか、これで一安心ですわね」
     最後尾を歩いていた楓が足を止め胸をなで下ろす。と、そんな楓にドンッと背後からなにかがぶつかってきた。
    「あら? 私の後ろにどなたかおりましたっけ……」
     恐る恐る振り向いた楓の目に飛び込んできたのは、妙にリアルな等身大の人体模型。
    「ギャーッ!」
     月明かりに照らされた校舎に、楓の絶叫が響き渡った。
     
     ……ちなみに人体模型は、この後灼滅者達になんなく灼滅されましたとさ。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 9
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