つぎはぎプリンセス

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     真っ赤なベルベットのソファ、金の薔薇の刺繍のカーテン。
     絢爛豪華な美術品とかぐわしい花の香りにつつまれて、夜は天蓋付きのベッドに横たわる。
     毎日食べきれない程のごちそうを食べ、飲み物は上等なミルクティーだけがいい。
     ベルを鳴らせば、いつでも頼れる召使いが傍に来てくれる。
     そんな甘い夢を見ていた。子供の頃から、ずっと。

    「え? 活動資金が無くなった? ……嘘でしょ?」
     純白のドレスに身を包み、銀のティアラを頭に乗せたけったいな女は、一枚の紙きれを見てわなわなと震えていた。
     痛み気味の茶髪をこれでもかと言うほど縦に巻いたその姿は、まさしく『姫』というほかなかったが、あえて問題を挙げるとするならば――女は年増であった。
    「で、ですがアンネローズ姫。近頃の豪遊ぶりは確かに目に余るものがありますぞ」
    「おだまりなさい、このぽんこつッ!」
     請求書を破り捨て、提言した大臣的な男をどしんと付き飛ばすと、アンネローズは勢いよくベルを鳴らした。近頃大福の皮のようにたるんだ二の腕が揺れるのは、見ないようにしている。
    「お金が無くなったら、またそのへんの民草を殴って巻き上げてくればいいでしょ。あ、ついでにいつもの化粧品の補充、ワインも買ってきてくれる? 一番高いやつね」
    「はっ、承知しました、我らが麗しのアンネローズ様!」
     駆けつけた兵士達に命令をすると、アンネローズはテーブルに並んだグラスへ高級ワインをだぼだぼ注ぎ始める。
     やがて集まってきたドレス姿の男女達と杯を交わし、上機嫌に笑いだした。
    「嗚呼、無駄遣いってなんて楽しいのかしら……! 私は姫よ! おーっほっほっほほ!!」
     
    ●warning
    「えー……ソロモンの悪魔・アモンの配下であった、強化一般人達が事件を起こしはじめた」
     その日の鷹神・豊(高校生エクスブレイン・dn0052)は、とてもとても頭の痛そうな顔をしていた。
    「鷹神さん、解説が棒読みですよ……どんな人たちなんですか? イヴ、怖い方々でも皆さんと一緒に頑張りますから!」
     宿敵の残党相手とあってやる気満々のイヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)に急かされ、鷹神は重々しくため息をつく。
    「元々は、怪しげな宗教や詐欺を主体に活動していた組織だったようだな。だが頭を失い、支配を逃れた事を察したリーダーの女が、強化一般人幹部の力を悪用し私利私欲のために迷惑行為を働いている」
    「まあ! それはだめですね! とっても悪い事を考えていそうです」
    「……奴……『姫』になりたかったようだ」
    「……姫?」
     
     ボスの名は、アンネローズ姫という。
    「ちなみに自称だ。本名はシマ子。42歳の未婚アラフォー女性。イタイタしいな」
    「いいじゃないですか。女の子はずっと夢見る少女なんです!」
    「君のそういうメルヘンな思考は、その、理解しかねる」
     容赦ない鷹神と庇うイヴ、どちらを支持していいものか微妙な問題だった。
     シマ子は部下や、金で雇った一般人に召使いや友達の役をさせ、組織のためこんだ資金を使って毎日遊び倒しているそうだ。
     当然資金は尽きかけているが、その都度配下に命じ、力づくで金を強奪している。
     拠点となる屋敷の前には、2人の見張りの兵がいる。
     倒して強行突破してもいいし、もしくはシマ子に気に入られるよう取り計らえば戦闘なしで突破できるかもしれない。
    「例えばそう、うーん……土産を贈る、とか……?」
    「はいはいっ、王子様や商人の格好をしていくとか!」
     夢のある話がどうしても苦手らしい鷹神に、イヴが助け船を出す。
     屋敷の中では、パーティが行われているようだ。
     そこに踏み込んで、戦闘を仕掛ける形になる。
     配下の強化一般人は、回復を担当する女中が2人に、姫を守る兵士が2人。妨害を担当する大臣の、全5名となっている。
     女中は護符揃え、兵士はWOKシールド、大臣は契約の指輪に似た技を使う。
     シマ子自身は攻撃を担当し、魔法使いの技と鞭を使用して戦う。鞭はウロボロスブレイドに相当するようだ。
     
    「強化されていない一般人もいる、彼らは上手く逃がしてやって欲しい。シマ子も積極的に一般人を狙ってはくるまい。何しろこう、聡い奴ではなかろう……」
     必要な事を話し終え、やけにぐったりしている鷹神に、イヴは言った。
    「しま子さん……悪魔になんか出会わなければ、お友達になれたかもしれませんのに」
    「ありえん。君は優しすぎる。邪悪は邪悪だ」
     その言葉を一蹴し、エクスブレインはそっぽを向く。
    「……複雑に感じることもあると思うが、君達は今できる最善を尽くせばいい。憤りや無念は、いつか悪魔本人にまとめて返してやる」
    「……そうですね。イヴ、皆さんのお手伝い頑張ってきます!」
     鷹神の言葉に強く頷き返すと、イヴは集まった皆を心強そうに見回した。


    参加者
    薫凪・燐音(涼影・d00343)
    一條・華丸(琴富伎屋・d02101)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    エデ・ルキエ(樹氷の魔女・d08814)
    樹・由乃(草思草愛・d12219)
    キング・ミゼリア(トノサマキングス・d14144)
    アリス・アトウッド(妖精の森のちいさな魔女・d14437)
    華表・穂乃佳(高校生神薙使い・d16958)

    ■リプレイ

    ●1
     アンネローズ邸では、その日も絢爛な宴が催されていた。入口に立つ兵士達は、退屈さに欠伸を噛み殺しながら、来もしない敵の侵入を阻むため門前を警備している。
    「な、何だあれは……?」
     兵士の一人が、遠くから歩みよる何者かを示し慄いた。
     その名状し難き気品溢るるオーラ――煌びやかな赤の装束に冠、豪華な装飾品の数々――いずれ劣らぬ貴族の品格を持つ家来を付き従えた姿、まさに王太子。
    「アタシはバカチン王国王太子キング・ミゼリア(トノサマキングス・d14144)。このお屋敷で見目麗しい姫がパーティを催していると聞いてやって来たわ」
    「はッ、ははぁっ!」
     ESP効果などと思ってはならぬし、その王国何さと言うのも無礼である。キングの輝かしい王族ぶりにいたく感動した兵士らは、本物の劇団を通した事も完全に忘れ、直ちに敬礼し道をあけた。
    「失礼致します」
     執事風改造制服で男装した薫凪・燐音(涼影・d00343)と、瀟洒な黒の執事服を纏う関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)が前に出て、入口の扉を左右から開いた。無駄の無い所作に見惚れる兵士達へ、眠りを誘う暖かな風が吹く。
     兵士が眠った事を確認すると、燐音は皆に目配せし頷いた。愛らしいメイドに扮した華表・穂乃佳(高校生神薙使い・d16958)とイヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)がキングのマントの端を持って進み、他の者達も続く。かくして、屋敷への潜入は穏便に完了した。

    ●2
     見目麗しい姫へ、どこぞの王子が求婚に来た。
     女中からその伝令を聞いた大臣は吹いた。そして、今広間で起きている茶番への笑いを堪えるのに必死であった。
    「嗚呼、このひと時をいつまでも……ヴァカチン王国王太子様」
    「ええ、心ゆくまで貴女と共に……姫様」
     見目麗しい姫とは誰だろう。王子のダンスの誘いを二つ返事で受け、どすどす跳ねている中年女ならいる。キングは荒ぶる中年姫を見事にリードしている。
     無茶しやがって――無論味方にも同様の印象を与え、峻など密かに目頭を押さえた。灼滅者たちの名演が実を結び、彼らにも普通に劇団員と思われているようだ。
    「……姫……さん……あのひと……? ……うゆ……むりが……あるの」
    「しっ、ですよ!」
    「42歳でお姫様……さすがに……つらいの……」
     穂乃佳がイヴにぽつっと手厳しい感想を漏らす。
    「むぃ……だいじょうぶ……かな……あんまり……ばれないように……なの……」
     穂乃佳は不安げに眉を寄せた。只でさえ実年齢より幼く見えがちな二人は気を遣って隅に控えていたが、合法ロリメイドええやんという事なのか、さほど怪しまれてもいなかった。
     一方離れたテーブルでは、ヴァカチン王国第二王子となった一條・華丸(琴富伎屋・d02101)が、女性客に囲まれ雑談に花を咲かせていた。流石と言うべきか、本物の歌舞伎役者でもある彼の立ち振る舞いは堂に入ったもの。刀は実は飾りだが、兄上に牙向く不届き者は斬るというわけだ。白スーツが似合いの雄姿は目をひく。
    「ど、どうでしょうお兄様。似合っているでしょうか……」
     そこに、同じくヴァカチン王国の姫になった樹・由乃(草思草愛・d12219)がおずおずと現れる。恥じらうように俯く彼女の頭上には銀のティアラ。淡いグリーンの甘いドレスの裾を持ち上げ、くるりと一回転。客達から口々に褒められた箱入り姫は、はにかんで兄の影に隠れた。
    「申し訳ない。妹は照れ屋でね」
     華丸は由乃の頭を撫でて笑う。何かを演じる事は日常だが、学園の仲間との共演は新鮮で楽しい。劇団では味わえぬ高揚は、彼を更に輝かせる。
     ――これも一興。そう思い、グラスに注いだシャンメリーを飲み下す。
    「本当に素敵なお屋敷ですよね。ほら、あの花瓶なんてすごくセンスが良くて」
    「分かってくれるかっ。あれは苦労して手に入れた品で……」
     涙ながらに語られる兵士の身の上を、エデ・ルキエ(樹氷の魔女・d08814)は熱心に聞いてあげていた。小柄な体躯にリボンとフリルの洒落たドレスであちこち歩き回り、客達の盛り上げ役を担う彼女はおしゃまな貴族の令嬢そのもの。
     同じく王子の友人を演じるアリス・アトウッド(妖精の森のちいさな魔女・d14437)が、その傍らで品良く微笑む。余計な口を挟まないのは日本語が拙いからだが、彼女は森の古城に住んでいた本物の『姫』だ。滲みだす品と、不思議な空気が少女をより神秘的に見せる。
    「ミゼリア王子も、楽しそうで良かったのです」
    「ええ、本当に」
     エデとアリスは微笑み合う。今日の二人は18歳、少し大人だ。仲よさげに振る舞う異国の少女らは、華やかで愛らしい。
     やがて音楽が止み、キングとシマ子のダンスが終わる。由乃はすかさず二人の傍へ行く。
    「お兄様、姫様。とても素敵に、ございました……!」
    「ほほほ。そこまででもなくってよ?」
     ますます有頂天なシマ子に、由乃は追撃を放つ。
    「あの、その。お、御姉様とお呼びしても宜しい、でしょうか。私、貴女様のような御姉様ができたら、そのう。嬉しゅう御座いますの……」
     憧れに瞳を輝かせるこの小さく可愛い姫、実はもう半年程でリアル18歳。教室で彼女の本性を見た幾人かは尚の事うわっあざとっっと思ったかもしれないが、自身の演技に一番鳥肌を立てているのは他でもない彼女だ。
    「んまあ、可愛い娘ねえ! 勿論よ。将来は本物の姉妹になるかもしれないし……ネ♪」
     化粧臭いシマ子にすり寄られ更に鳥肌が増したが、なんとか笑顔を保つ。
     灼滅者達の努力でパーティはいつになく盛り上がった。次々に空く料理の皿を、燐音と峻は様子を窺いつつ下げていく。頃合いを見て一般人を退散させる算段だ。
    「女性の姫願望か。ここに新たなるビジネスチャンスのヒントが隠されてる様な……」
    「……あの、もしもし。関島さん?」
     すらりとした執事服姿は格好良いが、やはり峻。独自の着眼点は通常運転である。隙の無い振る舞いが常の近寄り難さを倍増させ、今日も誰も話しかけてこない。彼の淋しげな微笑みは著しく乙女心を打つものの、何かこう、コレジャナイ。
     峻のマイペースな一面に面食らいつつ、男装の麗人となった燐音はてきぱきと食器を片づける。元よりじっとしていられない性分だ、この仕事も悪いものではない。
    (「……服装もしっくりくるし、ね」)
     何より感謝の言葉が嬉しく、客達の声に紳士の一礼で応じる。女中も彼女の手際に感嘆の息を吐き、憧れの目を向けた。
     仲間が強化一般人の注意をひいている事を確認し、峻は本物劇団員達へ嘘の伝言を伝えた。劇団の方から急遽戻るよう指示があったとの内容は、ESP効果及び、劇団関係者と納得させるに足る皆の演技で信用された。
     ぞろぞろと会場を後にする彼らには目もくれず、シマ子はすっかりキングや由乃へ夢中だ。峻の合図で、アリスはひそりと廊下に出た。初めての大役に緊張しながらも、すうと息を吸い、叫びながら広間に駆け込む。
    「きゃあっ! だ、誰か……!! 火事よ……!!」
     鬼気迫る絶叫。それと同時に、由乃がパニックテレパスを発動させた。
    「火事ですって!?」
     シマ子の驚愕の声が響く前に、銀の髪の紳士が近くに居た女性をお姫様抱っこし外へ連れ出す。廊下を見に行こうとする家来達をエデが遮る。執事の心得を持つ魔法使いが、避難に邪魔なテーブルを片づけたお陰でパニック状態の一般人らもスムーズに逃がせた。
    「避難完了しました」
     白の和服の令嬢が廊下から顔を出し、静かに告げる。彼女の報告を確認し、燐音は場に殺界を張った。
    「さあ、お楽しみくださいませ!」
     茶色い癖毛のクラシカルなメイド、実は誰かの戦友である。メイドが扉を塞ぐのを見るや、限界を超えキレ気味の由乃が、銀のティアラをシマ子の顔に叩きつけた。
    「窮屈な芝居は終わりです。ああ死ぬかと思った」
    「なっ……王子! 姫! 貴方達この私を騙したのね!」
     次々とカードの封印を解く灼滅者たちへ、シマ子はヒステリーな叫びをあげる。キングは彼女をどこか憐れむように見ると、改めて王の一礼を向けた。さあ、ここからが本番だ。
    「……姫様にとっての、ラスト・ダンスを、我らと」

    ●3
     姫に大臣、兵士に女中。滑稽な姿から、過去を思い描く事は難しい。灼滅者達はまず回復役の女中に狙いを定め、攻撃を当てていく。呆気ないものだ。体力で劣る彼女たちは、悪に染まった命をたちまち散らした。
    「その年で姫……痛……せめて女帝とかじゃ駄目なのか」
    「あァん? 坊や、そんなにアタシにお仕置きされたい?」
    「いや、何か鼻息荒くされても……面の皮も厚い様だが、脂肪も相当分厚そうだし。断る」
    「……クソガキがッ!!」
     挑発を浴びせる峻への怒りで鞭を振るうシマ子は、我を忘れ本性を現していた。それを遠目に見つつ、エデは獲物を構える。
    「女の子は誰もがお姫様なんですよ。でも、贅沢するのがお姫様の仕事じゃありません」
     可愛いものや、綺麗なものに心惹かれるエデもまた一人の姫。我儘ばかりの姫にはいずれ天罰がくだるものと知りながら、彼女が魔女狩りの矛を向ける先は大臣その人。腹を貫く槍を、覆いかぶさる少女を、男は呆けた顔で見る。
    「……貴方達の誰かがシマ子さんを止められていたら、こんな事にはならなかったかもしれないのに」
     怒りと、僅かなやるせなさの滲む声を出し、エデは矛を抜く。
    「……生意気だな」
     出来ればやっている。作り物のカイゼル髭を己の血で染めた男は、存外に若い声で悪態を吐いた。
     止めきれなかった彼。聞き入れなかった彼女。誰が、何が悪かった――だけど、一番の不幸はやはり。
    (「ソロモンの悪魔に会っちゃった事かな……」)
     アモンは既に討ち果たした。だが、今なお残り火は燻り続けている。
     由乃が無言でガンナイフを構え、大臣へ照準を定めた。射出された魔の矢を兵士が受け、もう一方の兵士が傷を癒す。
    「ぽむ……お願い……すこし痛いけど……前に……なの」
     そのまま由乃へ体当たりしてきた兵士の足元に、穂乃佳の霊犬ぽむが滑り込む。転んだ兵士の盾の下敷きとなって傷ついたぽむを見て、彼女は僅かに頬を膨らませる。
    「……むぃ……わるいこ……おしおき……なの」
     その隣でアリスも頷いた。初めての戦闘にやはり気負いもあったが、中衛のイヴが彼女を励ますように時折振り返る。信を置く者達が来ているせいか、今日は彼女も幾分余裕があった。
    「きっと、だいじょぶ……ですよね?」
    「はいっ。後ろはお任せします。前はどーんとお任せくださいね!」
    「はい。私、みなさまを支えますっ!」
     森の魔法を籠めた霊符がぽむの傷を癒し、加護を与える。穂乃佳もそれを見てほっとしたようだ。
     遮る兵士の頭上を跳び越え、燐音が大臣の元へと疾駆する。
     お姫様に憧れたのは小学校前までだった。待つ事は怠慢。護られる姫などより誰かを護る騎士に憧れ、実際度々誰かの為に傷を作る。だが後悔も、迷いも無い。道は自分で切り開かねば、儚く脆い。
     大臣が咄嗟に放った弾丸が燐音の胴を貫く。痺れる身体に構わず、変形した腕を脳天に叩きつけた。盾の加護が割れ、頭が割れる。それが男の最期となった。
     唯一判断力が残っていた大臣も散り、敵軍団の連携は精細を欠く。峻とキングの2人から攻撃を受ける姫を守ろうにも、他の者達に阻まれ兵士は身動きがとれない。欲に溺れた者の末路とは、こんなものだろうか。彼らは惨めだった。
    「んっ……大丈夫……いたいの……とんでって……なの……」
     穂乃佳の癒しの風が駆けぬけ、燐音の身体の痺れを祓った。やがて由乃の放つ氣の奔流が兵士の一人を倒す。弓を構え、彗星の矢で兵士のもう片方を射落とすと、華丸は呟いた。
    「……しかしアレだな」
     アレ、と傾げる後衛の娘達へ、首を振る。美しく着飾った住之江は暴れる『姫』を見ていた。そして、その前に立つ『王子』を。
    「畜生アンタ達さえ来なければ! アタシの夢は……」
     見苦しくわめくシマ子の鞭をキングは黙って受け、直後、オーラの拳で彼女の頬を張った。
    「シマ子ちゃん。アナタにはロイヤルが足りないわ」
     諭すような声音にシマ子が一瞬目をみはる。
    「高貴な存在は外見だけじゃなく、心も美しくしなきゃダメなの。それをアナタに教える機会が今になったのは残念」
    「王……子?」
     悪に染まったシマ子にすら、彼は常に王族の気品をもって接した。それは女への憐みである前に、彼自身の誇りと品格がそうさせたのだろう。かたや自分はどうだ。女の僅かな理性は己を省みる。
    「贅沢が悪いとは言わねぇが、身の程に合わねぇ贅沢は見苦しいぜ。他の人を巻き込んで迷惑かけてちゃ洒落にもならねぇな」
     斃れた人間の遺骸を見やり、華丸が言う。

     そうだ。雲の上の夢を我儘に求めるばかりで、気付けば、――。
     悪魔に蝕まれ孔だらけの女の頭では、その先の言葉が出てこない。

    「五月蠅い! ガキの分際で偉そうに!!」
     つぎはぎだらけの哀れな姫を、灼滅者達は各々の想いで見やる。
     何故だ何故この下賤の輩達は、高貴なる姫をこのような眼で。怒りの鞭と罵倒の矛先は峻へ向いたが、彼は一際ひどく悲しい眼をするだけでもう何も言い返さない。いつだって最後の情が捨てきれない。破れた夢の青灰色が絡む影が、剣となりドレスを裂く。
     お姫様。民草を忘れちゃダメです――アリスの悲しげな呟きが、虚しく響く。
    「誰かに縋る事、誰かを利用して虐げる事……負の連鎖でしょうに」
     燐音の神薙がその身を裂く。満身創痍で倒れる女の額に、由乃が銃を押し付けた。ひッと喉を震わすシマ子を、彼女は常の剣呑な眼差しで見やり、大仰なため息をつく。
    「嫌ですか? 穴開けたら夢やら寝言やらが見えるかと思ったのですが。仕方ないですね」
     銃をしまい、代わりに愛用の偽杖をあてがう。事の顛末に彼女が何を思ったかは不明だ。
    「では、頭ごと吹っ飛ばしてあげます」
     ただ、それはあらゆる意味で正しい選択だった。

     姫は死んだ。
     哀れな者に相応しい遺体だった。
     キングはそれでも彼女の両手を胸に置き、服に差していた薔薇を抜いて上へ添える。王子から姫へ、最初で最後の贈り物。イヴの友である和装のメイドが、彼女の好きだったケーキも脇に備えた。
    「このお姫様も、幸せになる結末だってあったはずなのですよ」
     皆の帰りを待っていた三白眼の貴公子が呟く。どんな未来だったろう。なぁ、努力は嘘を吐かねぇと、信じてみるのもいいもんなんだぜ――華丸の言葉が沈黙に溶ける。
    「……アンネローズちゃんの、バカ」
     もっと早く出会えていたなら。キングの小さな呟きを傍らで聞く峻は、彼と同様の答えに行き着いていた。
    「……がんぼう……ここまでひどいと……むぃ」
     穂乃佳には解らなかったそれ。
     夢を見るのは、何も悪くはない。
     ただ、現実を棄てた女の眼は、もう夢すら映さなくなった。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 12
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