モフモフ着ぐるみ闇夜を駆ける

    作者:刀道信三

    ●小学校の通学路
    「美菜ちゃん、今日は羊さんなんだね」
    「へへ、パパが新しく買ってきてくれたのでごぜーますよ」
     美菜と呼ばれた少女はその場でクルっと回って見せた。
     通学路を歩く児童が多い時間帯ではあるが、羊の着ぐるみ姿の美菜は一目でわかるほど目立っている。
    「美菜ちゃんはキグルミが大好きだね」
    「はい、キグルミが一番です。でも美菜のパパはまた仕事で海外に行きやがったので、美菜はさびしいのでごぜーます……」
    「美菜ちゃんのパパはいつも忙しそうだもんねぇ」
     美菜はそう言うとしょんぼりして、とぼとぼと歩みにもその気持ちが滲み出る。
    「薫ちゃん、話は変わるですが、最近美菜は毎晩お外を走り回る夢を見やがるですよ」
    「へえ、夜のお外をお散歩する夢?」
    「はい、夢なのでごぜーますが、なぜか朝起きるとパジャマにしているキグルミの手足が汚れてやがるので、ママに叱られてしまうのでごぜーます……」
    「夢なのにキグルミが汚れてるなんて不思議だねぇ」
     そう言って歩き去って行く少女達を、偶々通りすがっていた鯉幟・あゆ(高校生ファイアブラッド・d16604)が見ていた。

    ●姫子さんの未来予測教室
    「鯉幟さんの依頼を受けて調査をしてみたところ、闇堕ちしそうになっている女の子がいることがわかりました」
     あゆは先日事件を解決した帰りに偶然聞いた小学生達の会話が気になり、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)に調査を依頼したところ、その少女がダークネスに闇堕ちしかけているということが判明した。
    「女の子の名前は原市・美菜(はらいち・みな)ちゃん、小学4年生で趣味は着ぐるみ集め、キグルミを私服にしていることは少し変わっていますが、それを除けば可愛らしい普通の女の子です」
     お父さんっ子で寂しがりな性格であり、大好きなお父さんが仕事で海外を飛び回っていて家を空けがちなため、寂しさがストレスとなって闇堕ちしかけている。
    「彼女はまだ人間の意識を残していますが、夜になると野性に駆られて街を走り回っているようです」
     まだイフリートの姿にまではなっておらず、遅い時間帯のために人とも遭遇していないため、今のところ被害者は出ていない。
     しかしこのままダークネス化が進めば、遠からず彼女の手によって事件が起きてしまうのは必然であろう。
    「美菜ちゃんが通るであろう場所は未来予測でわかっています。皆さんはそこで美菜ちゃんを待ち伏せて下さい。ちなみに未来予測では美菜ちゃんは狼のキグルミを着ていましたよ」
     そう言って姫子は場所と時刻の書かれた地図を灼滅者達に配った。
     夜も遅く未来予測でしばらく一般人が近づかないこともわかっている。
     また街灯があるため戦闘中の視界も問題ないであろう。
    「彼女は夢だと思っていますが、まだ人間の姿を保っていますので会話をすることは可能です。人間としての彼女の心に呼びかけることができれば、ダークネスとしての力を弱めることもできるでしょう」
     多少危険ではあるが寂しがり屋の美菜に対しては、言葉だけではなく撫でたり抱きしめたりするのが有効かもしれない。
    「彼女が完全に闇堕ちしてしまえば、彼女の手で被害が出てしまいますし、灼滅しなければいけなくなってしまいます。そうなってしまう前に救出してあげて下さいね」
     そう言って姫子は灼滅者達を教室から送り出した。


    参加者
    巽・空(白き龍・d00219)
    東雲・凪月(赤より紅い月光蝶・d00566)
    垰田・毬衣(人畜無害系イフリート・d02897)
    天雲・戒(紅の守護者・d04253)
    フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)
    雨ヶ屋・刻(蜃気楼・d12178)
    綺堂・妖(小学生妖術使い・d15424)
    鯉幟・あゆ(高校生ファイアブラッド・d16604)

    ■リプレイ

    ●闇夜の狼
     日が落ちてから随分と時間が経った。
     周辺の店も閉まり、民家からも明かりが消え、人通りは途絶え、道路には車も通らない。
     街灯と月明かりしかない静まり返った夜の中で、灼滅者達は一人の少女を待っていた。
    「闇堕ちしきっちゃう前に気付けてよかった」
     今回の事件は鯉幟・あゆ(高校生ファイアブラッド・d16604)がエクスブレインに調査を依頼したことで発覚したものである。
     あゆは同じようにダークネスに闇堕ちしかけていた一般人を救出した帰りに、原市・美菜の会話を耳にしたので、印象に残っていたのだ。
    「ふむ、キグルミを着た幼子が闇堕ちか。一番愛情が必要な時期に親と一緒に居れないのは寂しかろうに。どれ、手遅れになる前にこの老骨が一肌脱いでやるとしようかの」
     綺堂・妖(小学生妖術使い・d15424)は扇子を開きながらカラカラと笑う。
    「同じファイアブラッドになれる可能性を持つ子……僕に救えるかわからないけど、頑張ろう」
     雨ヶ屋・刻(蜃気楼・d12178)にとっては武蔵坂学園の灼滅者として初めて受けた事件の依頼、闇堕ちから救う以上戦闘は避けられない。
     刻は少し気負いながらも、周りにそうと気取られないように気を張った。
    「一緒にキグルミ着て、お菓子を食べられたらいいな」
     東雲・凪月(赤より紅い月光蝶・d00566)は殲術道具の上から猫のもこもこしたキグルミを着て待機している。
    「着ぐるみ好きで、普段から着ぐるみで、年も近くて……ものすごーく親近感が湧くんだよ。着ぐるみ同志の救出のために、全力を尽くすんだよー」
    「着ぐるみ好きで寂しがり屋……何だか他人とは思えないのですっ!」
     イフリートの着ぐるみ姿の垰田・毬衣(人畜無害系イフリート・d02897)と日頃愛用の着ぐるみを持っている巽・空(白き龍・d00219)は美菜に強い親近感を覚えていた。
    「幼子が父恋しさの余り獣に身を堕とすなど、決してあってはならぬ事、何としても止めなくては……ところでこの様な着ぐるみは、その、どこで売っているものでしょうか……ふ、触れても良いものですか?」
     毅然とした態度で道路の先を見据えていたフランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)だが、ファンシーグッズ等の可愛い物が好きらしく、そわそわと着ぐるみ姿の毬衣が気になって手を伸ばしそうになる。
    「アタシは大体自分で作ってるかな。買うこともあるから、今度お店に案内するよー」
     着ぐるみに興味を持ってもらえたのが嬉しくて、毬衣もフランキスカの方にとてとてと近づいた。
    「がおおおおおーーっ!」
     そこへ遠吠えというには高くて可愛らしい少女の声が響く。
     現れた美菜の纏う熱気に街灯に照らされた道路の先の風景が、ゆらゆらと揺らめいていた。

    ●心を焦がす孤独
     四本足の獣のように、手で地を掴み、脚で蹴るようにして、夜の広い道路を少女は疾走する。
    「こんばんは、キミが美菜ちゃんだね? 狼のキグルミを着ているからすぐに分かったよ。今はキミは夢の中かな? でもね、キミは夢を見ているんじゃないんだよ」
     天雲・戒(紅の守護者・d04253)が美菜の進行方向に立ち塞がって声をかけた。
    「何を言ってやがるですか。美菜は無性に走りてーから走ってるのでごぜーますよ。邪魔をしやがるなら……」
     イフリートの野性が美菜の意識を夢現と思わせるほど胡乱なものとしていた。
     ただ自分の前に立つということだけで、八人の灼滅者達に対する破壊衝動が、美菜の精神を侵す。
    「お父さんが買ってくれた着ぐるみ、このままじゃボロボロになっちゃう。美菜ちゃんの為に買ってくれた大切なものでしょ?」
     戒を狙って美菜の炎を宿した腕が襲い掛かるが、美菜の腕が戒を捉える直前で、あゆが美菜の手首を掴んで止めた。
    「その服は、お父上が貴女を大切に思う気持ちの顕れ。身は離れていても、お父上の心はいつも貴女と共にあるのです。貴女が遠くへ駆けて行ってしまったら、お父上が悲しまれるでしょう」
     フランキスカのバスターライフルの一撃が、美菜の炎があゆの手を焼き尽くしてしまう前に、あゆから美菜を引き離す。
    「着ぐるみって、着てると自分も周りの人も温かい気持ちになれるよね。でもこのまま闇堕ちしたら、大好きな着ぐるみが着れなくなっちゃうよ」
     着地したところを狙って毬衣のイフリート着ぐるみに内臓された縛霊手が展開し、霊力の網が美菜を捕らえようと放射状に放たれた。
    「キグルミ、着れなくなる……?」
     野性的な反射神経で霊力の網を潜り抜けるように距離を取ると、美菜は毬衣の言葉に興味を示したかのように、灼滅者達の方に視線を向ける。
    「美菜ちゃん、僕も着ぐるみ着たいな! 見てるだけで癒されるし、着心地良さそうだし! お父さんが頑張ってるの、そんな美菜ちゃんが見たいからだよ!」
     刻は未だ炎に苛まれているあゆの手に防護符を飛ばしながら美菜に呼びかけた。
    「でもパパは仕事ばかりで、美菜と一緒にいてくれねーのです……!」
     思いを吐き出すような叫びと同時に炎の奔流が放たれ、夜の闇をかき消すように照らす。
    「その寂しさ……ボクが受け止めるっ! 自分に負けちゃだめだよ! またお父さんと会う為にも!」
     炎を突っ切るように美菜に肉迫した空の抗雷撃が、咄嗟にキグルミの腕でそれを防いだ美菜をそのまま宙に打ち上げた。
    「俺もさ、父さんが仕事忙しくてなかなか会えなかったからさ、寂しい気持ち……わかるよ。だから君を傷つけたくはない。だけど俺も、全力でぶつかって美菜を助ける……!」
     凪月は美菜を追うようにマテリアルロッドを使って跳躍する。
     自分と似た境遇の美菜に同情する凪月であったが、ダークネスの力に目覚めつつある美菜のことを一度打ち倒さなければならない。
     凪月は美菜の高度を越えると、上から螺穿槍を放って美菜を撃ち落した。
    「のぅ、お主このままじゃと 『大好きな父親』とも逢えなくなるし、『大切な着ぐるみ』も着れなくなってしまうぞ? そんなのは嫌じゃろ? 無論、わしだってそんな未来望んでなどおらん」
     地面に激突する前に猫のように体勢を立て直して着地した美菜に対して、妖は美菜の動きを囲うようにマジックミサイルを撃つ。
    「美菜はなにもしてねーのです。なのにキグルミは着れなくなるし、パパには会えなくなるのでごぜーますか……?」
    「このまま居れば、美菜ちゃんの大切な人との思い出がなくなっちゃうんだよ。それはイヤだよね? ボクは助かる方法を知っているよ」
     戒は妖のマジックミサイルで退路の限られた美菜に接近すると、日本刀で放ったレーヴァテインを美菜に手で防がせるように打ち込みながら、至近距離でそう語って聞かせた。

    ●約束
    「夜にお散歩することが、そんなに悪いことでごぜーますか? パパと会えなくなるくらいに!」
     癇癪を起こしたように叫ぶと、美菜は戒の日本刀を掴んでいるのとは反対の腕を炎に包ませて戒に殴りかかる。
    「パパと会えなくて寂しいんだよね。その寂しい思いを、アタシ達にぶつけてもいいんだよ!」
     攻撃を受け止めるように、毬衣は美菜をぎゅっと抱きしめた。
     勢い余った美菜の腕が毬衣の背を打つが、毬衣はそれに耐えて美菜を放さない。
    「『次、会う時の為に、今日を頑張ろう!』って考えるのはどうかな? それでも挫けそうな時は、お父さんの代わりにはなれなくても、ボク達が一緒にキグルミを着て遊ぶことはできるよ!」
     空は脅かさないようにゆっくりと二人に近づくと、美菜の後ろから、小柄なキグルミを着た二人をまとめて抱きしめた。
    「寂しいなら、その思い僕らにぶつけなよ。終ったらお父さんに電話して、もっと会いたい! って言ったら、きっとスッキリするよ!」
     美菜の意識は出会った時に比べればしっかりしており、ダークネスの力も弱まってきている。
     刻は直接手で毬衣の背に防護符を張って消火すると、毬衣と空に挟まれている美菜の頭を撫でた。
    「俺も美菜の力になりたい。美菜が寂しい時は一緒にきぐるみ着て遊びたいな。終わったら一緒におやつにしよう?」
     凪月のモフモフした猫のキグルミの手も、美菜のモフモフとした手触りの狼の帽子の上に乗せられる。
    「寂しいって気持ち、我慢しなくていいよ。良く頑張ったね」
     あゆも近寄って美菜の頭を撫でるが、三人で撫でているので、小さな美菜の頭に撫でられていないところがないのではないかというくらい隙間がない。
    「がおーっ!」
     一声鳴くと、美菜は揉みくちゃな状態からバッと抜け出してから、数メートル後方に跳躍した。
     その際灼滅者達を乱暴に払い除けるわけでもなく、表情には人間らしい感情が戻り、どちらかというと構われ過ぎて気恥ずかしいという様子である。
    「それでも一度その闇を祓わなければなりません。……祓魔の騎士ハルベルトの名に於いて、汝をモフモ……か、解放する! 目醒めよ!!」
     格好良くキメようとしている最中で、少し本音が漏れていたが、フランキスカは両手で持つ大剣のようなサイズまでサイキックソードのブレードを伸長させると、美菜の闇を討ち払うべくレーヴァテインを振るった。

    ●モフモフ着ぐるみ少女と武蔵坂学園
    「どうじゃ、気分は。少しはスッキリしたかの? 今すぐとは言わんが、落ち着いたら学園へ遊びに来るとよい」
     美菜が目を覚ますのを待って、灼滅者達は美菜に灼滅者と武蔵坂学園についての説明を行った。
     妖は機嫌が良さそうに美菜の頭を撫でる。
    「うちの学園なら日頃からキグルミ着てても、誰にも変な目で見られたりしないよ! だってアタシが変な目で見られたりしてないし!」
    「おお、毬衣おねーさんも毎日キグルミを着てやがるでごぜーますか!」
    「俺たちの学校、いろんな奴がいるし美菜が寂しがる暇もないと思うよ。勿論、俺や皆もいるしね?」
     猫のキグルミ姿の凪月がみんなにお菓子を配った。
     妖を含めると物凄いモフモフ率である。
    「美菜ちゃんは他にどんな着ぐるみ持ってるの? ちなみにボクは、龍さんとウナギさんの着ぐるみを持ってるよ♪」
    「いっぱいでごぜーますよ! ウサギ、ドラゴン、ヒツジ、オオカミ、パンダ、ペンギン……でも美菜は成長期なので、もっと新しいキグルミが必要になりやがりますよ」
    「この子達みたいに着ぐるみ好きもいるみたいだし、どうかな。武蔵坂学園に来てみるのは?」
     美菜が空達と着ぐるみ談議で盛り上がっているところで、あゆは美菜を学園に誘ってみた。
    「今の学校の友達と離れるのは少し寂しいでごぜーますが、武蔵坂には着ぐるみ仲間がいっぱいいやがるみてーですし、灼滅者は武蔵坂にいないと危ないのでごぜーますか?」
     美菜は飲み込みがいい方なのか、あゆの誘いに対して好感触な反応を返す。
    「あ、あの……少しモフモフさせていただいても……?」
    「ちょっとだけでごぜーますよ?」
     今まで自制心と戦っていたフランキスカだったが、我慢できなくなり美菜に抱きつきながらキグルミに顔を埋めた。
    「美菜ちゃんは、お兄ちゃんは欲しくないかな?」
     戒の問いかけに美菜は灼滅者達の顔をぐるりと一周見回す。
    「お兄ちゃんとお姉ちゃんがイッパイ増えた~♪」
     そう言って満面の笑みを浮かべるのだった。

    作者:刀道信三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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