欲望の果て

    作者:天木一

     日は既に落ち、暗闇に閉ざされた静かな工場の一室に明かりが灯り、男達の言い争う声が響く。
    「なあ、俺はさ、貸したものを返して欲しいって、そう言ってるだけなんだ。分かるだろ?」
    「は、はい……ですから、もう少し待っていただけないかと……」
     工場の事務所。そこでブランドスーツで着飾った男が、作業着を着たみすぼらしい中年男に詰め寄っていた。
    「だからもうマテねーって行ってんだろコラ!」
     恫喝するのはスーツの男の部下達。強面の男が4名ほど中年男を取り囲んでいる。
    「ですが、もう本当にお金がないんです! 工場を手放しても……」
     うなだれる中年男。その男の肩にスーツの男が優しく手を置く。
    「菊池さん。確か大学生の娘さんがいたね?」
    「ま、待ってください! 娘は関係ありません! あの子は妻が残してくれたたった一つの宝物なんです! 私がなんとかしますから!」
     慌てて中年男は、スーツの男にすがりつくように懇願する。
    「どうしようもねえからこうやって取立てにキテんだろがぁ!」
     スーツの男は怒鳴りたてる手下を制す。
    「ねえ菊池さん。俺と契約した時、保険に入りましたよね?」
    「え、ええ……ま、まさか……」
     何を言われたのか理解してしまった中年男の声が震える。
    「誰かが責任を取らなくっちゃーいけない。そうだろ? だったら誰が取るんだ? なあ菊池さん」
    「あ、ああ……」
     絶望に中年男の顔が真っ青になる。その両脇から手下の男達が逃げられないよう腕を抱えた。
    「待ってくれ、頼む、頼みますから!」
    「可哀想に、あんたは誰も居ない工場で、操作を誤って事故にあってしまうんだ」
     中年男の上半身が金属を加工するプレス機に突き出される。スーツの男が機械を作動させた。
    「ま、やめ、やめろ! この人殺しぃぎぃっ!」
     ぐちゃりと、上から圧し掛かった金属塊に圧縮され、果実のように潰されると、内臓と血が飛び散る。
    「ボス、娘の方は?」
    「大学生か、いつも通り店に出せ」
     頷くと手下が後始末に動き出す。
    「世の中金だ……金があれば何でも出来る。命令ばかりする小煩い上の奴らが居なくなったんだ。俺は俺の好きなようにやってやる!」
     男は大きく口を開いて嘲笑する。それはまるで悪魔の哂い声のようだった。
     
    「やあ、みんな。集まってくれてありがとう」
     能登・誠一郎(高校生エクスブレイン・dn0103)が灼滅者達を出迎える。その横には貴堂・イルマ(小学生殺人鬼・dn0093)も居た。
    「今回事件を起こすのは強化された一般人なんだ。不死王戦争で灼滅されたソロモンの悪魔アモン、その配下だった者なんだよ」
     アモンの配下が全て戦争に参加していたわけではない。特に強化一般人ともなれば尚更だ。
    「末端の配下の強化一般人は何が起きたのかも分からないで、命令も無いから今まで動きを控えていたみたいなんだ」
     だが音信不通が続き、主のソロモンの悪魔が居なくなったと判断した。
    「動きだした強化一般人はただ自分の欲求の為に行動を始めたみたいでね」
     そう言って誠一郎は資料を出す。
    「敵の名は浦部久志。闇金融に関わる人物で、借金の取立てに保険金殺人を行なっているみたいなんだよ」
     元々そういう仕事をしていた人物をソロモンの悪魔が配下にしたようだ。
    「強化された人間を普通の一般人が捕らえる事は出来ないんだ。だから、敵の灼滅をみんなに頼みたいんだ」
     それまで無言だったイルマが口を開く。
    「続きはわたしが説明しよう。敵は強化一般人でダークネスより戦闘力は劣る。だが窮地に追い込まれれば逃亡するかもしれない、逃がさないように注意する必要がある」
     戦いの場所となるのは夜の工場。中の事務所以外は最低限の明かりしか灯っていないので薄暗い。
    「作戦開始時の配置は、工場の入り口前に見張りが2名、事務所に敵リーダーと配下4名となっている。敵の近くにいる一般人を何とか巻き込まないように助けたい」
     下手をすれば敵に人質として扱われる可能性もあるだろう。
    「敵は今までにも同じような被害者を出しているようだ。そのような非道の輩を許すわけにはいかない」
     イルマは憤り、ぐっと拳を握る。
    「微力ながらわたしも手伝わせてもらう、よろしく頼む」
     誠一郎が出発する皆に声をかける。
    「強化一般人とはいっても、その所業はダークネスみたいなものだよね。だからこれは必要な事で、みんなにしか出来ないことなんだ、お願いするよ」


    参加者
    漣波・煉(片足は墓穴にありて我は立つ・d00991)
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)
    クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)
    ヴァイオラ・グリッデン(有刺鉄線の茨姫・d08130)
    マキシミン・リフクネ(龍泉の福の神・d15501)
    燎・イナリ(於佐賀部狐・d15724)
    片倉・純也(ソウク・d16862)

    ■リプレイ

    ●夜の工場
     人気の無くなった工場。僅かに漏れる明かりだけが、まだ中に人が居る事を示していた。
     暗闇の中、2台の車のライトが工場の前で止まった。中から現われたのは堅気には見えない男達が7名。
     工場の中から中年男が出迎え、中へと入っていく。その内運転手だった2人が入り口で立ち止まり。見張り役となる。
     そんな様子を灼滅者達は隠れて窺っていた。
    「来たみたいだな」
     漣波・煉(片足は墓穴にありて我は立つ・d00991)は声を潜め、やってきた連中の確認をする。
    「あれか、いかにもな風体だな」
     横から同じように敵を覗く片倉・純也(ソウク・d16862)が呟いた。
    「確かに彼らはダークネスでないのかも知れない。されど、得た力に酔い、そしてそれによる理不尽を振りまく者と戦う事、全くもってみども達の使命だ」
     覚悟を決めたように、クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)が強い意思を持って語る。
    「人助けに興味持つなんて、珍しいわね」
     ヴァイオラ・グリッデン(有刺鉄線の茨姫・d08130)はビハインドのエルウッドに語りかける。
    「ふふっ、『半端物が気に食わない』? そんなことだろうと思ってたわ」
     そう言ってヴァイオラは笑みを浮べた。
    「そろそろ行きましょうか?」
     タイミングを見計らい、マキシミン・リフクネ(龍泉の福の神・d15501)が仲間を見た。
    「そうだな、もう事務所に着いた頃だろう」
     燎・イナリ(於佐賀部狐・d15724)がその意見に賛同して頷く。
    「灼滅者として、そして人間として。浦部久志の行為は許せるものじゃない」
     絶対に止めてみせると、紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)は憤る。
    「ああ、何としても止めよう、これ以上の悲劇を生み出さないためにも」
     貴堂・イルマ(小学生殺人鬼・dn0093)は頷き、覚悟を決める。
    「うん、そうだよね。絶対に止めよう! それじゃあ行くよ?」
     皆に確認を取ると、皆が頷く。守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)は行動を開始する。

    ●襲撃
     突然、電子音が2人の見張りのポケットから流れ出す。
    「ん、何だ?」
    「……電話か?」
     2人は同時に掛かって来た電話に驚きながら見る、非通知の電話を訝しみながらも出た。意識が電話に向いたその瞬間だった、物陰に隠れていた灼滅者達が一斉に襲い掛かる。
    「何者だ!」
    「誰だ貴様らは!?」
     見張り二人が驚き叫ぶ。だがその声は工場の中へは届かない。
    「呼んでも無駄だよ!」
     見張りの居る場所へ結衣奈が結界を張っていた。それは音を外に漏らすことの無い空間。
    「今だ!」
     イナリの影が伸びる。それは触手となって男を縛り付けた。
    「こいつら?!」
    「黙ってな」
     煉が構えた槍を突く。見張りの肩に穂先が喰い込む。螺旋に捻り、貫いた。血が流れ落ちる。
    「ぎゃあああ!」
     悲鳴を上げる男にクラリーベルが低い姿勢で駆け寄り、青薔薇の装飾が施された細剣を振るう。男の胸が真横に赤く染まり、崩れ落ちた。
    「まずは1人……」
     もう1人の男は腰から銃を引き抜くと発砲する。
    「死ね!」
    「お前がな」
     純也がエネルギーの盾でその銃弾を弾くと、そのまま盾を叩き付ける。
    「動きを止めます」
     マキシミンが剣を振る。刀身がうねるように伸び、敵の体に巻きつき動きを封じる。
    「これで終りよ」
     ヴァイオラの指輪から放たれた魔弾が胸を貫いた。
     男達にESPを用いて、電話で注意を引き付けたイルマと殊亜が遅れて駆けつける。
    「上手くいったようだな」
    「そうだね、さあ、菊池さんを助けに行こう――」
     その時、倒れていた見張りの男達が、薄っすらと透き通り消えていく。暫くするとそこには何も残っていなかった。
    「配下もすでに獣と化していたか」
     それを見てクラリーベルが呟く。
     強化一般人ならば倒せば元に戻せる可能性があったのだが、どうやら既に戻れぬところまで進んでしまっていたようだった。
    「何であれ、逃がす事無く灼滅しきる。それだけだ」
     純也は強い意思を見せ歩みだすと、入り口から建物の内部を覗く。
     中は薄暗く、何とか歩ける程度の電灯がついている。奥の部屋から漏れる明かりだけが一際明るい。
     耳を澄ませば、そこから男達の言い争う声が響いていた。
    「この出入り口は私達に任せて」
    「1人も逃がさないぜ」
     支援に集まった綾鳶、静樹、太一郎がこの場所の封鎖を担当してくれる。
    「みども達は先に行くぞ」
     そう言うとクラリーベル、ヴァイオラ、マキシミン、イナリは蛇に変身すると、するりと奥の事務所へと向かう。
    「私達も行きましょう」
     結衣奈の言葉に残った仲間が頷いた。

    「ま、待ってください! 娘は関係ありません! あの子は妻が残してくれたたった一つの宝物なんです! 私がなんとかしますから!」
    「どうしようもねえからこうやって取立てにキテんだろがぁ!」
     言い争いが起こっている事務所のドアが開かれる。
    「邪魔するぞ浦部久志。そのままでいい」
     純也が見下すような高慢な態度でドアを潜る。
    「ああ? 誰でテメェ!」
     睨みつける部下の男を前に、煉は堂々と見返すと口を開いた。
    「新しい悪魔からの指令だ、黙って俺たちの指示下に入れ」
    「あ、悪魔だと……」
    「まさか嘘だろ?」
     動揺する部下達はボスである浦部久志の指示を伺う。
    「お前たちのようなガキが、悪魔の使いだと? ふざけるなよ、どこでその言葉を知ったのかしらんが、俺の前でその言葉を口に出した事を後悔させてやる」
     浦部がそう言うと、一斉に部下達が銃やナイフを構える。
    「これでも信じないの?」
     煉の後ろから結衣奈が現われ、掌を浦部に向ける。宙に魔法陣が描かれ、魔法の矢が飛び出す。それは高速で飛翔し浦部の足元に突き刺さった。
    「魔法……だと」
     それを見た浦部と部下の動きが止まる。
    「信じる気になった?」
    「ああ、信じよう。お前達も俺達と同じだとな……だか、お前らは俺の主じゃない。なら俺には関係ないってことだ、そうだろ? もう命令なんて糞喰らえなんだよ!」
     獲物を見つけた獣のように哂う。
    「ぶっ殺せ」
     部下達が一斉に襲い来る。浦部は侵入者に注目するあまり気づいていなかった。牙持つ蛇が隙間から忍び込んでいたことに。
     工場長の菊池は白い蛇が足元に居る事に驚く。慌てている内にいつの間にか4人の少女が現われていた。
    「邪魔よ」
     ヴァイオラが近くにいた敵を魔弾で吹き飛ばす。
    「もう大丈夫ですよ」
     菊池をマキシミンが守るように腕を引き事務所の外へと誘導する。
    「怪我はないね、邪魔だから離れてな」
     イナリがその背を守るように敵を警戒する。
    「貴堂、後は任せる」
    「分かりました、必ず無事に連れ出します」
     クラリーベルの言葉にイルマは頷き、菊池を連れ工場の入り口に向かう。
    「何なんだテメェらは!」
     部下の1人が銃をイルマと菊池に向ける。弾丸が撃ち出されるよりも速く、真紅の軌跡が奔った。
    「ぐぇっ」
     部下は壁まで吹き飛ばされ叩きつけられる。それはライドキャリバーのディープファイアに騎乗した殊亜の突撃だった。
    「イルマさんこっちは任せて!」
     イルマは頷き、暗がりへ消える。

    ●罪人
    「ぞろぞろと……全員殺っちまえ!」
     浦部の視界に入る全てが熱を奪われる。僅かに動きが止められた隙に、部下達が銃撃を撃ち込んだ。
     その銃撃を前に出た純也がエネルギーの障壁張り弾く。銃弾は事務所の薄い壁をぶち抜き、穴を開ける。
    「死ね!」
     ナイフを手にした男が煉に襲い掛かる。煉は槍を捻るようにナイフを弾くと、そのまま刃を男の腹に突き刺した。
    「死ぬのは君の方だったな」
     その横から銃を手にした男が煉を狙う。だがその体は吹き飛ばされる。見れば結衣奈が腕を異形化させて殴りつけていた。
    「人数的に厳しかったかも……。焦り過ぎた?」
     結衣奈が弱気な台詞を吐く。それは相手を逃がさない為の演技だった。
     1人の男が銃弾をばら撒く。その射線上にはクラリーベルが居た。
    「それで攻撃のつもりか」
     クラリーベルは円を描くように細剣を振るうと、飛んで来た弾丸を斬り払った。そして半身で踏み込むと、刺突が敵の胴を貫く。
    「いでぇええ!」
     腹から血を流した男は逃げようとする。
    「どこに行くつもり?」
     ヴァイオラとエルウッドが攻撃を仕掛ける。ヴァイオラの影が触手となって男を縛り付けると、エルウッドの一撃が男の腕を砕いた。
    「アタイの狐火に焼かれて灼滅しな!」
     イナリが弓を引き絞る。放たれた矢は炎を帯びて腕を砕かれた男の胸に当たった。
    「げはッ」
     男は血を吐きながら仰向けに倒れると、燃え尽きた。
    「うぅあああああ!」
     仲間の死に部下が逃げ出す。出入り口を塞がれている為、事務所の壁を吹き飛ばす。
     そうして逃げようとした所を、マキシミンの剣が伸びて絡み捕らえる。
    「力づくとは野蛮でいけませんね?」
    「ひっ助けてくれお願いだ! 俺はただ命令されただけなんだよ!」
     動けなくなった男が必死に懇願する。
    「ソロモンの悪魔の配下だった者を逃すつもりは、ない」
     純也が上から盾を叩き付ける。頭が砕け、血を飛び散らしながら男は絶命した。
    「ガキども相手に何をしてる! お前らしっかり戦え!」
     浦部の放つ魔法の矢を、殊亜がディープファイアをウィリーさせて前輪で受け止める。そして前輪を下ろすと機銃を撃ち込んだ。
    「おい……こいつらやべぇよ」
    「やってられるか!」
     部下達は浦部が押されている姿を見て、顔を見合わせ一斉に逃亡を始める。
    「一人足りともここから逃がさないよ」
     イナリの足元から影が伸びると、逃げる一人の男の足を絡め取った。
    「うわぁ! 畜生! 離せ!」
     ナイフを振り回し威嚇する男に、死角からマキシミンの影の刃が襲い掛かる。袈裟斬りに血が流れた。
     そこに煉が拳を叩き込んだ。顔、胸、腹と連続で撃ち込み、肉を潰し骨を砕く。
    「終りだ」
     男の口、耳、目から血が流れ落ちる。最後の一撃が心臓を破裂させた。
     クラリーベルが逃げた敵を追う。
    「来るな、来るな!」
     男は銃を乱射しながら逃げる。その銃弾を細剣で弾きながら距離を詰める。
    「逃がさないわよ」
     そこにエルウッドが波動を飛ばし、ヴァイオラも魔弾を撃つ。衝撃に男の動きが鈍った。
    「そこまでだ!」
     クラリーベルが鋭く踏み込む。その剣先は正確に男の心臓を捉えた。
     咳き込むように口から血を吐き、男は倒れ伏す。
    「くっそ、何だよあいつらっ!」
     息を切らして逃げる男、もうすぐ入り口へと到着しようという時、足が何かに絡め取られ転倒する。
    「な、なんだ!?」
     見れば黒い影がまとわりついていた。それは影の獣の尾。
    「悪行の報いは受けてもらおう」
     入り口で待機していた太一郎が攻撃を仕掛け、綾鳶、静樹もそれに続く。
    「罪を犯したならば、報いを受けなくてはならない……」
     イルマの豹の形をした影が、男の首筋に喰らいついた。

    ●欲望の果て
    「役立たずどもが!」
     部下に悪態を吐く。浦部は殊亜と結衣奈に挟まれた状況を打破しようと、さり気なく周囲に目をやる。
    「金出せば見逃してやってもいいけど?」
     その様子を見て殊亜が提案する。
    「ほ、本当……か、幾らだ、幾ら出せば見逃してくれるんだ」
    「もういいわ全部置いていきなさい、それで見逃してあげる」
     ヴァイオラは軽蔑するように見下す。
     男は部下が持っていたアタッシェケースを置く。そこには今日回収した金が詰まっていた。
    「こ、これで……いいんだな。あんたらにやるよ。は、ははっ、やっぱり世の中金だよな」
     そう言ってじりじりと後ろに下がり、ゆっくりと間合いを開ける。だがその時どんと背中が何かにぶつかった。
     振り返るとエルウッドが立っていた。飛び退き逃げようとする浦部。だがその足に影が巻きついていた。
    「足元がお留守だよ……逃がさないって言っただろ」
     イナリが影を引き寄せる。今のやり取りの間に、仲間達が浦部を包囲し逃げ道を塞いでいた。
    「嘘を吐いたのかこの嘘吐き! 騙したのか!」
     必死に叫び影から逃れようともがく。
    「うん嘘だよ。女性を大切にしない奴は見逃せないからね」
     殊亜が騎乗したまま浦部の横を走り抜ける。その瞬間、手にした光り輝く剣に炎を纏わせ振り抜いた。刃が右腕を斬り落とす。
    「あああああ! 腕が、俺の腕が!」
    「今までいっぱい酷い事してきたんでしょ? だったら自分もやられる覚悟をしてたよね」
     結衣奈の拳が腹に埋まる。前屈みに浦部が崩れ落ちる。口からは血が流れ出た。
    「げふっ……俺が何をしたっていうんだ! この人でなし! 鬼! 悪魔めぇ!」
     傷を塞ぎながら浦部は片腕で這って逃げる。
    「俺が悪魔だというなら、お前も悪魔だという事だ」
     近づく純也に浦部は影の刃を振るう。純也はそれを盾で捌くと、そのまま浦部の足に叩きつけた。鈍く骨の砕ける音。
    「ぎああああ!」
     錯乱したように浦部は魔法の矢を放つ。それを煉とマキシミンが斬り払う。そしてクラリーベルが飛び込む。
    「欲望のままに振舞うのなら、それは獣だ。討つしかあるまい」
     吸い込まれるように剣先が浦部の胸に届く。咄嗟に伸ばした手がアタッシェケースに当たり、盾とする。だが刃は紙のようにするりと貫き、心臓を串刺しにする。
    「金、俺の金が……」
     ケースから零れ落ちた金を拾おうと手を伸ばし、浦部は息絶えた。

    「みなさんご無事でしたか」
     イルマが外で皆を向かえる。傍には脅えた一般人の菊池が居た。
    「ひっ……人殺し」
     菊池は出てきた灼滅者達を見て脅える。
    「あー……一般人から見ればそう見えるか」
     煉は状況を考えて溜息を吐いた。
    「お願いです助けてください!」
     命乞いをする菊池を前に灼滅者達は戸惑う。
    「俺達は別にあなたを殺すつもりは……」
     マキシミンが何と諭そうかと言葉を選んでいると、ヴァイオラが一歩前に出た。
    「いいわ助けてあげる。その代わり今日の事は口外無用よ」
     その言葉に勢い良く菊池が頷く。
    「喋ればどうなるか分かっているな?」
    「は、はい。誰にも喋りません」
     ヴァイオラに合わせて純也が言葉を継ぐと、2つ返事で菊池が何度も頷く。
    「ならいい、ここにはもう用はない。行くぞ」
     クラリーベルが先頭に立ってこの場を去る。
    「白蛇は神様の使い、白蛇が住み着いた家は栄えるっていうから、この工場も栄えると思うよ」
     最後にイナリがそう呟き会釈して仲間を追う。
    「最後にあんな風になっちゃったけど、皆お疲れ様!」
     工場から離れた場所で、重くなった空気を吹き飛ばすように結衣奈は笑顔を見せる。
    「悲劇が防げたのだ、なら誤解されようと構わない」
     イルマは強がるようにそう言い切る。
    「そうだね、失うはずの命を助けられたんだ、それでいいんじゃないかな」
     殊亜も力強く頷き、仲間を見た。
     誰も見ていなくても、感謝される事がなくとも、灼滅者は戦う。その手で誰かが救えると信じて、戦い続ける。
     月も見ていない夜の帳に、灼滅者達は消えていった。

    作者:天木一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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