アオイロ風景~ネモフィラの花絨毯~

    作者:西宮チヒロ

     アオイロ、お好きですか。

     午後の陽のまどろむ音楽室。
     伏せていた瞼をゆっくりと開けると、小桜・エマ(高校生エクスブレイン・dn0080)はそう尋ねながら、細く長い指先を紐に絡めてイヤフォンを外した。
     私、好きなんです。
     春の葉を溶かしたような翠の瞳を柔らに細めて、笑う。ミルクティ色の、今日は緩く結んだその長い髪が、声に合わせてふわりと弾んだ。
     掌の音楽プレーヤーの画面を流れる、『Blumenlied』の文字。
     その言葉でふと、浮かんだのだろう。音にした際の『ブルー』の意味は違うと、娘自身も知ってはいるけれど。──それでも。
     思い立ってしまったから。
     そしてそれが、楽しそうなことだから。

     それは、空が蕩けて溶けたかのような淡いブルー。
     素晴らしい青。そう呼ばれるネモフィラの花は、誰もいない野にどこまでも広がり、空へと続くのだとエマは言う。
     森を愛した花。
     森に愛されし花。
     花が冠する言葉のように、森に添い、森に抱かれて咲くその可憐な青は、誰にも知られず、ただひっそりとそこに在る。
     時折耳に届く、川の、鳥の音。
     陽のぬくもり。葉と、土の香り。
     そうしてふうわりと風が渡り、光と、青が揺れる。

     そんな景色──お好きですか。

     ならば一緒にゆきましょう。
     風渡るその先へ、インシグニスブルーの満ちる丘へ。
     花の歌を、たずさえながら。


    ■リプレイ

    ●あおぞら散歩
     青の世界の空気を、すぅっと一息。
    「お花で指輪つくりましょ!」
     誘ってみれば、もたもたながらも一生懸命ななでこに思わず千聖もほっぺたゆるり。互いに交わした指輪を、空に翳す。
     似合いますか? と向けられる笑顔。思った通り可愛くて、なでこはほわり笑って頭なでなで。
     あたたかい掌は、心地良くて幸せで。クラブの土産にと摘んだ花束挟んで、2人笑顔の花を咲かせる。
    「お前すごい目立つな!」
    「ミスマッチはお互い様だろーが」
     ピンク頭の葉をからかう鈴も、人の生み出す音がないここは独りのようで不安にも思う。
     けれど、どこか心和らぐ一面の『素晴らしい青』。
    「葉も色をなくしたときより、今のどぎつい色のほうがいいよ」
     そんな風に笑われて、反す表情に悩む葉のその髪へ、そっと添える一輪の青。――誕生日おめでとう。お互いに。
     まるで空と花のハーモニーだと目を見張る洵哉に、ラインが語るのはマクラタという別種の話。リボンと同じ青を食べようとしていたシャルを抱き直して、記憶に思いを馳せる。
    「花弁1枚に1つの斑点があって、それもとても、綺麗」
    「なら、一緒に探してみませんか?」
     そう言って触れた掌。頬赤らめ俯いた娘の手を引いて、洵哉は穏やかに歩き出す。
    「あの、こんにちは、なの」
    「こんにちは。フィーネちゃん……ですよね?」
     淡い青を愛でる娘は、まるで物語に出てくる人のようで。良かったら一緒に。そう思わず誘えば、ぜひぜひ、とエマもほわり笑顔。
     口ずさむのは花の歌。そうして、目と心に焼きつくほどに、空にとけそうな青をただ眺める。ゆっくり、ゆっくりと。
    「綺麗だな……」
    「ほんとうに」
     くるりと日傘。ふわりスカート揺らして、手を取り進む花絨毯。まるで2人の想いが果てまで続いているよう。
     ふんわり開く花弁を優しく撫でる羽衣を、宵帝はこっそりぱしゃり。大好きな花達に囲まれながらいっぱいの笑顔を向ければ、宵帝の口許も自然と綻ぶ。
     これからも、あなたと色々な景色を巡れますように。
     デートではなく、これはそうパトロール。
     駆け出す大文字を写メりつつ、独り立ち尽くすのは変な気分。けれど、花飾りを挿して貰い、確かな感触と笑顔にそれも吹き飛ぶ。
     『花色』とは、青の別名。似合わぬ名だと揶揄されもしたけれど。
    「じゃあ花色だらけだな! やったな!」
     その笑顔が嬉しくて、花色が彼の口許を飾る青にそっと口付ければ、その頬に一際真っ赤な花が咲いた。
    「カナさーん!」
    「ぃよっとお!」
     青の中に紅一点。抱きつかん勢いの紅緋を叶はひょいと躱す。
     木の上から撮影しては? との提案に、カメラ片手に木の上から仲間達をレンズに収めれば、
    「……紅緋」
    「撮影に夢中になってれば気づかれないかな、って……」
    「寄り添ってこられたらさすがに気づくわ!」
     思わずツッコミ。
    「私も撮って貰えません?」
    「お、恵理。いーぜ!」
     茶目っ気たっぷりのウィンクへと口端上げて、ひょいと降りると叶は森へゆくその背を、空溶ける青をそっと切り取った。
     燦めく青をくれた花へ、大地へ。喜びのお返しに祝福の呪文を紡ぎながら、エマの傍へ。ひとつ瞬く娘へと、ひらり掌、ふわり笑顔。旋律残して、魔女は空をゆく。
    「こんな花柄の着物欲しいなぁ」
    「私はワンピースにしてみたいわ」
    「チカはねぇ、靴や鞄やアクセー。傘もいいね」
     素敵な場所へ導く靴。入れれば何でも魔法にかける鞄。いつもより可愛くなるアクセ。そして傘は、2人の妖精が踊る青空をみせてくれるはず。
     みんなでかかるネモフィラの魔法。
     両手広げ丘渡る風を受ければ、澄む青に心が羽ばたくよう。
    「ホント、幸せの青い鳥になれちゃいそう」
    「茶子とチカが傍にいてくれたらね、ネモフィラ色の鳥がいつでも楽しい歌を歌ってくれる気がするわ!」
     オデットの笑顔の花も、ふわり咲く。
     尻尾ぱたぱた走り回っていた黒舞も、ひだまりで横になった郎のお腹へぽすん。
     ふわり青が揺れ、香る花。仰ぐ空との境はとうになくなって。先に夢へと遊びにいった黒舞をひとつ撫で、うつらうつらと郎も瞳を閉じた。
     少し離れた場所には、エマとユァトム。
    「こ、これ……摘んでもいいかな……?」
    「ふふ、大丈夫ですよ。可愛がってあげて下さいね」
     インシグニスブルー、マクラタ、ペニーブラック。秘密基地の花壇で花咲く彩に想い馳せ、ぱたぱた尻尾は嬉しそう。
     見知った顔もいるけれど、今日の桜子はぴー助と一緒にこっそりさん。
     後でみんなの話を聞けば、もっと愉しい思い出になる気がするから。兄貴分なぴー助のご機嫌な足取りに導かれ、青、白、紫、花を巡る。
     きれいねと囁いて、アディは傍らのビハインドの手を握った。微笑めば必ず返る笑顔。それが優しい安らぎをくれる。
     薄桃色のトイカメラで撮るのは、思い出の欠片たち。
    「……エイダも、写れば……いいのに」
    「撮ってやろうか?」
     青の海からひょっこり顔を覗かせ笑う叶に、アディもびっくり。詫びの後の写真講義を終えたら、最後にぱちり――花絨毯で寄り添う、母と娘の肖像。
     卵焼きにハンバーグ。タコさんウィンナーはナツマも食べたいよね、と微笑むひよりに、それオレのなんで! と春も笑顔。
    「2人とも、空の中にいるみたい!」
     そう勢いよく駆け出した紗奈と霊犬ナツマの弾ける声が空に溶ける。
    「あずまくんも行っておいで?」
    「へへ、そんじゃ行ってきます!」
     紗奈達に手を振るひより。2人の笑顔が何よりも幸せ。
     空飛んで、寝っ転がって、遊んで、うまいメシ食って。憧れを叶える為に、深呼吸して、飛び出して。ひよりの許に戻ったら、寝転がって写真を撮ろう。
     空と遊ぶ。空に溶ける。――さあ、よーいどん!

    ●幸せの青
     暑さから逃れて、2人と2匹。小川のせせらぎに、翠染むような木陰の空気はひんやりと心地良い。
     木々の葉に青空は隠れてしまうけれど、ひだまりに咲く青は空の欠片。
     なんて綺麗、と駆け寄り掬うイコを円蔵が手招く。ほんの少し小さなシートで、ほんの少し冷えた身を寄せ合って。
     花絨毯で遊ぶ白蛇達の、揺らす青は幸せの色。
     素敵な誘いに感謝を添えて、にあとエマは浅瀬にそっと足を浸す。
     空を溶かしたような水面を涼しげにゆく花びら。穏やかに語らいながら探すのは、葉陰から響く愉しげな囀りの主。
     ぱしゃり足に触れる水と大好きづくしのお弁当に、壱琉は大喜び。
    「……で、スキなヒトとは順調なの?」
     ぴたり止まる手、苦笑い。順調とは言えないけれど、そろそろ……。言いかけて恥ずかしさに手で顔を隠す壱琉を、嵐がふわり撫でる。
     耳許で煌めくピアスは、大事な物を忘れない為の印。
    「……言っとくがお前も含まれてるんだぞ」
     幸せでありますように。花伝う願いに、娘達は微笑み合う。
     穏やかな時間は良いものだ。
     久遠の声に、言葉は遠くの青の随に漂う千尋から視線を戻す。彼に撫でられている風雪が、少し羨ましい。
     この大事な想い出をいつか子供に語りたい。そう思うのはちょっと気が早いね、と言葉が頬赤らめ苦笑すれば、真摯に思案した久遠もまた同意して。
     ごろりと膝枕。微睡みに瞳を閉じて寝息を立て始めた久遠の髪を、言葉は愛おしげに撫でた。
     果てなく続く空色に、ただただ見入る都璃。その様子が可愛くて、エマはくすっと隣で微笑む。
     この景色に出逢えた感謝と共に、ひとつささやかな願い事。
    「エマと一緒に写真?」
    「あ、いや! 2人とも良ければ、だが!」
    「都璃は謙虚だなー。全然構わねーのに」
    「じゃあカナくん、お願いしまーす!」
     ふわり腕を組んだエマに、つられて都璃も眸を細む。
     この青がずっとここにあって。そうしてまた、見に来られますように。その願いごと切り取った刻を3人眺めていれば、広がる青を追いかけ走ってくる、白くて小さなマルチーズ。
     こんにちはです、と変身を解いた陽桜が、きらきら眸で声を弾ませる。
    「エマおねーちゃんのアオイロも幸せの青?」
    「うん。幸せの……思い出の、青」
     かの物語の青い鳥のように、きっとそれも優しい記憶。
    「叶ちゃんは、たくさん撮れた?」
    「おう、見てみるか?」
     並ぶ写真に陽桜もうずうず。後で撮った写真は、お留守番してる子への幸せのお裾分け。弾む会話にバスケットを携えた響斗も加われば、ちょっとしたお茶会の始まりだ。
     日々の労いにと持参したのは、響斗お手製のドーナツと実家の喫茶店謹製の珈琲。
    「響斗くんちの珈琲、一度飲んでみたかったの……!」
    「お口に合うと嬉しいんだけど、どうかなー?」
     こてり響斗が傾げてみれば、
    「良い香り……ん、美味しい。さすがの味ね」
    「ひひほ! ほーなつもっとふへ!」
    「ありがとー、エマちゃん。はいはーい、カナフくんもどんどん食べてー?」
     口一杯に頬張る叶が一段落した頃合いを見計らって、周とセレスも挨拶と誘いの礼。
     祖父が若い頃から大切にしていた、ネモフィラの花。
     赦しの花言葉をもつそれを愛しんだ祖父は、何かを赦したかったのかもしれない。そんな彼に恥じぬよう、頑張らねばとセレスも思う。
     想い馳せる友人に一つ笑んで、カメラ片手に周と叶は花探し。
    「周、なんか紫あるぞ!」
    「なんつーんだっけこれ?」
     向けられる視線に、ペニーブラックだなとセレスの答え。今だけの花の色。瞳に、心に、確りと焼きつける。
     青い海を渡る風の唄。
     柔らかに空をゆく雲の白を、流希は追う。
     どこに続いているのかも解らぬ青の中、たまにはこうして過ごすのもいい。
     ひだまりの中、澪と、膝に乗せたしろちゃんの視線の先には花を編む仙花の姿。
    「あ、やっぱり結構似合うですね。いつもの髪飾りもいいですけど、こっちもいいですよ?」
     一緒にいられるだけで幸せなのに、花冠を頭に乗せて彼女がそう笑うから。
    「仙花お姉ちゃん、大好きです~♪」
     溢れる幸せのまま、だきゅっ。花びらの海に包まれた。
     空中散歩よろしく、手繋ぎくるり。抱きかかえたままぽすんと深い空へ。
     青い鳥を探さずとも幸せはここに。指絡め頬に口づけた想希は、白や黒の花に気づく。
     青も白も想希の髪を飾る、青と白。
    「大空を照らす大きな輝き。希望の太陽や」
    「あ、阿呆……君のが、余程……」
     頬赤らめ胸に顔を埋めれば、近づく青花の香りに悟もぎゅっ。
     これも一つのサムシング・フォー。もっともっと、2人幸せに。
     木漏れ日の下。百花の膝枕。青に揺らぐ不思議な錯覚に包まれながら、愛しい人の笑顔とぬくもりに幸せだと改めて思う。
     空の青。蒼い花。そして世界中で一番好きなエアンの碧い双眸。
    「ももの大好きな……色」
    「大好きな色はもうひとつ」
     何よりも深い青。いつも見つめてくれる百花の瞳。そう頬に触れる指に娘は口付け、誘う。
     このアオに埋まろう。
     眠っても大丈夫。瞼にもう、焼き付いてるでしょ?
     2人揃いの色と世界で、指先を絡めた芥汰と夜深は木陰の大樹に寄りかかる。
     名を呼ぶ声。いつもの膝叩き呼ぶ仕草。互いのぬくもり伝わるここは、彼女の特等席。
     静かに愛の歌紡ぎながら、ふと見れば青花の指輪を手に眦緩める芥汰に、薬指につけてと夜深もはしゃぐ。
     そっと柔らかな指にリングを通し、手の甲に触れるだけの口づけ。
    「……大きくなったら、俺のお嫁サンになってね」
    「も、勿論……御嫁さン、しテ下さイ、な」
     火照る頬のまま、見つめる青。約束も、想い出も。枯れぬように押し花にして、宝物に。
     繋ぐ手を揺らして、青満ちる丘にごろりと2人。
     草いきれ、土の香り。鳥の囀りに、そして触れられる天上の青。寝転び移した視線の先、漣のように揺れる花一つ一つが違う彩を見せて、なんて綺麗。
    「一緒に空に包まれてるみたい」
     瞳と同じ色を映して微笑む彼がいる世界。その幸せに頬緩ませる依子と広がる青を見れば、欲なぞ吹き飛んでしまって。感謝と愛おしさを胸に、篠介は指を絡め直す。
    「大好きだよ」
     跳ねる鼓動。想い応えるように指に力をこめて、娘も花影に囁く。――私も、あなたが大好き。

    ●花添う想い
     目にする前から香っていた花の匂い。そう、忘れもしない。これは初めて外にでた時の、あの花と風と同じ。
     揺れる姿は小さくとも、確かに力強く生きている花たち。そよぐ風。大地に根を張り咲く青。きっと今の自分は歓び微笑んでいるのだろう。そう、リアンは思う。
     花には滅法疎いけれど、好きな色には目がない性分の成海。
    「眺めるだけでも十分なんです。――それに」
     その分愛でてくれるエマの、甘い桜色の指先は似合いだから。
     張り詰めた心を緩めてくれる、仄かにあたたかく穏やかな風。
    「……ありがとうございます」
    「お礼なら、私も」
     あなたと見つけた青に、このひと時に、感謝を。
     くるくると螺旋を描いて開く蕾はまるで星の形。姉さんがこの花好きだったの、と囁くアインホルンの横顔に、エマはただ静かに頷く。
    「エマ、花冠……作ったら、いる……?」
    「ありがとうございます。じゃあ私、アインホルンさんの作ります♪」
    「かなも、いるかな。男の子だから、いらない?」
    「むしろ男なら王冠だろ? ありがとな」
     にまり笑って、ぱしゃりと1枚。
     見渡すばかりの青は、まるで空と繋がっているよう。
     アスルを誘って、紅茶とクッキー、マドレーヌをお伴にのんびりスケッチ。
     パパとママが好きな青。だから好きなのだとふにゃり笑って、アスルも同じ問い掛け。
    「シノは好きな色、ある?」
    「アタシも青が好き、かな」
     だって、空の色だもの。
     答えるように空へと手を伸ばして、同じこころを抱いて2人、微笑み合う。
     一度見てみたい。そう言ったのを覚えていた事に驚く梛とクレイを横目に、運命的だとシグマも思う。
    「クレイくんの目の色みたい!」
    「俺!? むしろハルピーの色かと」
     はしゃぐ春陽に返すクレイ。ピクニックよろしく木陰に陣取るシグマと笑み合うと、梛はトランペットを手に取った。それは去年の暮に交わした約束。
     この先もずっとこうしているのだろう。そんなお人よし達へ感謝を込めて。
     青空を突き抜けるほどに澄んだ音に、花踏まぬように歩いていたクレイも顔を上げる。誰も名を知らぬ、どこか懐かしい曲。自然と集った3人組を、ぱしゃり。
    「カメラ貸して」
    「へ? わ、私は良いってば!」
     くるり、空色の髪を揺らして娘は願う。来年もその先も、変わらず居られますように。
     揺れる青につられて攫われた視線の先、優奈の背に隠れていた少女、零が金髪ふわりとお辞儀する。
     手の甲へ軽く唇落とし、紫の瞳を細める暁が案内するのは己に良く似た背格好の漣。名の通り漣のような仕草で一礼する様をただそっと眺める暁は、やっぱりよく似ていると優奈は思う。
     一輪だけ摘んだ、白に紫混じる花。差し出されたそれを受け取って、微笑む緋へはその侭の青を。
     アンタのね、その飾らない姿が好きなのよ。
     広がるアオ。一面に奏でる花。
     はしゃいで振り向いたまことの髪に、一輪。くすくす笑み声に涼風もつられる。
     空ばかり映した写真は、皆に見せる用。
    「こっちは俺とまこととの特別だから」
    「ふふ、特別」
     髪の青に触れる指先、声がなんだかくすぐったくて。そうだよね。形にせずとも、いつまでも覚えてる。
    「うん、ぜんぶ、ちゃんと覚えてて」
     綺麗なイロは決して褪せず、いつも心にあるから。遠い日の思いを、言葉に乗せた。
    「……あんね、きさ、大切にしたい人、達、ができて」
     大切で、でも置いていかれてしまうかと思うと言葉にするのも恐くて。誤魔化すようにマフィンを口にした希沙へと、藤乃の優しい声が降る。
     その方達も大事に。
     そしていつか紹介して欲しい。あなたの笑顔を素敵に染めたその方を。
     顔を赤らめながら頷く娘。己ではない、誰かへの想いで綺麗になった幼馴染み。
     それでも、藤乃は笑う。
     決めていた通りに。寂しさなど欠片も零さず、前へと歩いて行く彼女をただ、言祝ぐ為に。
     仄かな芳香、移りゆく雲と景色に、空に抱かれたまま蕩けてしまいそうで、かしこは誠士郎を、その何よりも鮮烈な青を見た。
    「……誠士郎先輩は、消えてしまわないよね?」
     不安げな声に、ただ笑って頭を撫でて。ネモフィラの祝福をと一輪耳許に花を添え合う。
     消えるにはあまりにも多い未練。その一つたる目の前の存在。
    「……先輩の心の片隅に私が居るのであれば、それだけで幸福だよ」
     そっと微笑む娘へ、花冠を。溢れんばかりの、祝福を。
     どうしてもこの青を手元に置いておきたくて。アンジュは一輪、一際鮮やかな彩を指先に絡める。
     もう少し、そのままで。
     そう掛けられた声。気づけば足許に豆柴のハチと、花海の向こうには紙面に鉛筆を走らせる直の姿。
     いつからだろう。青が、特別な色になったのは。
     無意識に零れた微笑み。煌めく陽光と金の髪。描かれた空色の花と金のひかりが、色を得てもう一度咲くのはもう少し先になるけれど。
     早く見たい。だって、その世界はとても優しい色をしていると、知っているから。
     長く見続けた夢に咲き誇っていた鮮やかな青。空に焦がれ咲く愛おしい花。
     だからこの足許に広がる青はあの夢に続いているのではないか。そう思う香乃果と心重ね、エマも静かに微笑を零す。
     佇む花の息づくこの青い世界。
     かつて居たあの夢の世界を懐かしく想うこともあるけれど、笑顔を交わす人が、大切なものが、此処にはあるから。

     今はこの世界が――好き。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月18日
    難度:簡単
    参加:66人
    結果:成功!
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