【老兵は死なず】死せる館の主

     訪れる者を惑わすかのような、ロの字型の荒廃した廊下。窓は一切なく、壁にはいくつもの扉が待ち構えていた。
     そんな、朽ち果てた洋館の如き迷宮の中を、緩慢に徘徊する幾人もの骸たち。
     主の趣向によって一様に使用人風の格好をした彼らは、汚泥のように濁った目を揺らしながら、なんら意味をなさない呻きと共に、館内をさまよっていた。
     そしてアンデッドたちは今にも腐り落ちそうな腕で、廊下や部屋で掃除の真似事をしているのだ。
     ただゆらゆらと動かしているだけの箒は、決して塵を集めたりはしない。まるでありし日の、人であった頃を懐しんでいるようだった。
     そんな死せる館の使用人たちは、主の満たされぬ生への飢えを慰めるべく、今日も空虚に奉仕を続けるのだった。

    「コルベインの水晶城にいたノーライフキングの、新たな迷宮が見付かったぜ」
     教室へとやってきた神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、灼滅者たちへと告げる。
     既にいくつか報告されているが、先の不死王戦争の影響により、成長途中のノーライフキングたちが迷宮を築いているらしいのだ。
    「このノーライフキングも例の如く、コルベインが遺したアンデッドを配下にして、迷宮を強化しつつある」
     幸いにしてこの迷宮は、現状さほど強力ではない。だが時間が経てばいずれ、手がつけられなくなるだろう。
     そうなれば、このノーライフキングが新たなコルベインとなってしまうかもしれない。
    「そうなったら厄介だからな。敵がまだ弱いうちに、なんとか対処しておきたいところだぜ」
     ヤマトは地図にて場所を示しつつ、迷宮についての説明を始めた。
    「迷宮へ入るには、ここにある放置された洋館の、地下室への階段を下りるしかない」
     迷宮の内部へは、この地下室へ下りるための階段だけが繋がっている。つまり洋館の他の地点から、床を打ち抜いて侵入する――などということは不可能なようだ。
     そして迷宮の内部は、地上と同じく朽ち果てた洋館を模しているという。
    「迷宮の中では、使用人の格好をしたアンデッドが十数体徘徊してるようだぜ。連中は主を守るために、鋼糸だの斧だので武装してるから注意してくれ」
     だが、現在判明している情報はそれだけだった。
     主を発見するためには各部屋を探索せねばならず、そのどこに敵が潜んでいるのかは分かっていない。
     また探索の途中には不測の危険も待ち構えているだろう。
    「今回の目的はもちろんノーライフキングの灼滅だが、そのためにはまずその迷宮を突破しないとな。先走らず、目の前の敵に全力であたってくれよ!」
     また発展途上とはいえ、敵は強力なダークネスであるノーライフキングなのだ。無謀な行動を取れば、被害は甚大なものとなるだろう。
    「……無理だけはするなよ。勝機がなければ迷わず撤退してくれ、命あっての物種だからな」
     行動を開始する灼滅者たちの背へと、ヤマトはそんな言葉をかけるのだった。


    参加者
    護宮・マッキ(輝速・d00180)
    森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)
    結城・真宵(友達以上恋人未満・d03578)
    葉月・十三(高校生殺人鬼・d03857)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    戒道・蔵乃祐(酔生夢死・d06549)
    椿原・八尋(閑窗・d08141)
    汐崎・和泉(翡翠の焔・d09685)

    ■リプレイ


     エクスブレインによって示された洋館へとやってきた灼滅者たちは、迷宮への突入の前に洋館の方を探索することにした。
    「昔住んでた家もこんな廃墟になってるんだろうか。……まぁ覚えてる限りだと、形だけでも残ってればマシって感じだったけどな」
     かつての記憶を思い起こしつつ、森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)は言う。
    「見る限り普通の屋敷のようですね。迷宮の屍王との関係性が伺えるような物は特になし……と」
     注意深く周囲を見回りながら、迷宮踏破の手掛かりを探る戒道・蔵乃祐(酔生夢死・d06549)。だが、めぼしいものは見付からなかった。
    「とりあえず、扉のデザインとか間取りとかメモしとこっか。自分、迷路描くのは得意なんで!」
     ノートを手にそう言うのは、結城・真宵(友達以上恋人未満・d03578)。迷路部の部長である彼女は、迷宮探索に乗り気のようだった。
     少しでも地下の迷宮の参考になればと、地上の屋敷の構造や扉の意匠などを入念に書き記す真宵たち。

     ――そして深夜。アンデッドたちが休眠していることを微かに期待しつつ、灼滅者たちは地下への階段から迷宮へと突入する。
     階段を下りてみると、左右に伸びた長い廊下に出た。地上以上に朽ちてはいるが、その意匠はどことなく地上の館を思わせた。
    「うわ、こりゃお化け屋敷より嫌な雰囲気だね。そもそも洋館にうごめくリビングデッドなんて、あまり会いたくない相手だよな」
    「でも肝試しみたいじゃない? 僕はなんだかわくわくするなあ」
     護宮・マッキ(輝速・d00180)の言葉に笑顔で応じたのは、普段は弱気な椿原・八尋(閑窗・d08141)だった。朽ちた洋館というロケーションにテンションが上がっているようだ。
     そして彼らは敵の襲来に警戒しつつ、窓のない廊下を進む。廊下には申し訳程度だが明りが灯っていたので、なんとか進むことができた。
    「それにしても分かれ道のない迷宮か。迷路ではないにせよ、確かに相手がどこにいるのか分からないなら迷宮には違いないな」
     迷宮らしからぬ内部の様子に、思わず呟く煉夜。地上の屋敷では郷愁を感じていた彼だが、一度地下へと入ってしまえば、冷静に眼前の敵へと対処するのみだった。
    「満たされぬ生への飢えか……この迷宮の主はどんな人物なのだろうな。
     コルベイン一派の行動理念には謎も多いし、ダークネス教育も一体どんなものだったのか」
     迷宮の主に会えたら、色々と聞いてみたいものだ――文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)はそんなことを言う。口調はそっけないものの、しかし内心の関心を抑え切れなかった。
     そして灼滅者たちは扉の意匠を見ながら、主の潜んでいそうな部屋を探す。するとようやく、長い廊下の突き当たりに辿り着く。
     曲り角の先に敵がいないかを確認するべくマッキが手鏡で様子を窺うと、二体のアンデッドの姿が映った。こちらに気付いた様子はなく、虚ろな目で箒を動かしている。
    「う、うわあああ……」
     敵の姿に、思わず眼前のマッキに縋ろうとしてしまう八尋。やはり心根の臆病さは如何ともし難かった。
     そして敵が少ないうちに、速やかに殲滅してしまうことに決めた灼滅者たち。
     葉月・十三(高校生殺人鬼・d03857)は真っ先に、サウンドシャッターを展開しつつ敵へと向かう。
    「ノンライフ、ノンフューチャー! 殺ってみたいなノーライフキング!」
     音声が遮断されているのをいいことに、悪そうな笑顔で声をあげる十三。ロッドを手にした拳を振り抜き、敵の顔面へと叩き込む。敵の体内へと流れ込んだ膨大な魔力は、一撃のもとにその内部から粉砕せしめた。
     十三に続くべく飛び出す咲哉。愛刀『十六夜』を抜き放ち、仲間を撃破され呆然とする敵の背後に回り込む。そしてその死角から、痛烈な斬撃を見舞った。
     咲哉へと反撃すべく、振り返り拳を振り被るアンデッド。そんな両者の間に割って入ったのは、汐崎・和泉(翡翠の焔・d09685)だった。外国の硬貨を模した『晴嵐』のシールドを展開しつつ、敵の殴打を受け止める和泉。そのまま続け様に、オーラを込めた拳による連打を見舞う。
     二体のアンデッドを、灼滅者たちは速やかに撃破した。しばらく待っても援軍が出てこないことを確認し、探索を再開する。


     灼滅者たちはまず通路を回り、それぞれの扉の意匠を確認する。派手なものや、地味なもの。大きなものや小さなものなど色々であった。
     中がどんな部屋かは確定できないが、地上の洋館で作ったメモも参考にしつつ当たりを付けていく。
     そんな中でいくつかそれらしい部屋を選んだ彼らは、まず手始めに大きな両開きの扉へと入ってみることにした。
     恐らく大広間のような部屋なのだろう、配下も多いだろうが主が潜んでいる確率も高い。各自ポジションを確認しつつ、部屋へと突入する。
     入ってみると確かにそこは、本来住人が集まるための広間のようだった。だがそこに主の姿はなく、掃除の真似事をしているアンデッドが四体いるだけだった。
    「……外れか、仕方ねぇ。――いくぜ、ハル!」
     傍らの霊犬――チョコレート色をしたラブラドールレトリバーの『ハル』へと呼び掛ける和泉。相棒と共に、仲間を庇うべく前衛として飛び出す。自身は炎を帯びたオーラを、そしてハルは六文銭の掃射を敵へと見舞う。
    「さって、いっしょに踊ろうか!」
     和泉たちの攻撃で弱った敵へと、マッキの槍が穿たれる。自身の攻撃力を高めつつ、的確に敵に止めを刺した。
     突然の乱入者に対応が遅れるアンデッドだが、仲間が倒されたことで迎撃すべしと判断したらしい。壁に掛けられた斧や懐の得物を手に、灼滅者たちと対峙する。
     そんな敵の一体の斧を躱しつつ、煉夜は黄金のマンボウが飾られたロッド『The king of fishes』で魔力を叩き込む。
     そこへさらに、十三が抜き放った妖の槍『人間無骨』を見舞う。螺旋の一撃に穿たれ、敵は完全に沈黙した。
     だがそんな灼滅者たちへと反撃すべく、何本もの鋼糸を抜き放つ執事姿のアンデッド。呻き声と共に、鋼糸による結界を形成した。
    「――ッ! 俺たちの、邪魔をしないでくれるかなあ!」
     和泉やハルと共に仲間の盾となった八尋は、雷と化したオーラを込めた殴打を放つ。だが鋼糸の結界に阻まれ、痛打とはならない。
     そこへ敵に対抗するように、展開した縛霊手の霊子で結界を構築する蔵乃祐。さらに結界によって朦朧とする執事を仕留めるべく、素早く肉薄した咲哉が十六夜で斬り伏せた。
     そして残り一体となったアンデッドを、両手に収束させた真宵のオーラが撃ち抜くのだった。


     敵の数が少なかったこともあり、難なく撃破した灼滅者たち。
     だが他の部屋の探索を続けるも、主のいる部屋には中々辿り着かない。また部屋数の割に配下が少ないのか、しばらくはアンデッドの姿も見ていなかった。
    「うーん、ここもペケ印……と」
     ノート上の地図にペケ印を付け、確認したばかりの部屋を出る真宵たち。だがその瞬間、部屋の中から、つんざくような騒音が響き渡った。
     サイキックによるトラップを受け、負傷する灼滅者たち。だがダメージ以上に厄介なのは、その騒音が確実に、彼らの存在を報せてしまったことだ。
    「――え、何!? 自分のせいスカ!? ご、ごめんなさいデス!」
    「いや誰のせいでもないさ、恐らく部屋を出ると発動するトラップだったんだろうぜ。
     それより、敵が殺到してくる可能性があるな……」
     狼狽える真宵へと柔和な表情で応じつつも、和泉は思わず傍らのハルと共に身構える。そしてその言葉通り、灼滅者たちを包囲するように、すぐさま廊下の左右からアンデッドたちがやってきた。その数八体――恐らく迷宮に配されたアンデッドの全てだろう。
    「挟撃されるのはマズいぞ、一旦安全な部屋に逃げ込め!」
     このまま包囲されるわけにはいかない――そう冷静に判断した咲哉の呼び掛けに応じ、灼滅者たちは既に中を確認済みの部屋へと逃げ込んだ。
     素早く部屋へと滑り込んだ彼らは、扉が開かないよう家具でバリケードを作る。時間稼ぎにしかならないが、体勢を立て直すことはできるだろう。
    「袋の鼠って感じですが、それはこの迷宮ならどこでも同じですね。挟み撃ちを回避できて、敵の侵入路が限定されただけでも良しとしましょうか」
     言いつつ十三は、バベルの鎖を瞳に集中させて敵襲に備える。彼らしい刹那主義的な言葉だが、今はそれが仲間たちへの気休めとなった。
     同じくバベル鎖で集中力を高める煉夜。咲哉もまたスートの刻印と共に、内からダークネスの力を引き出した。
    「……敵の数が多いからな、頼むぜハル」
     和泉はそう言ってハルの頭を撫でると、手分けして仲間の傷を癒やす。
     そして彼らが戦闘に備えての行動を終えた頃、遂にバリケードを破ったアンデッドたちが部屋へと侵入した。
     先陣を切って飛び出したマッキが、先頭のアンデッドへと螺旋を描く槍を見舞った。
    「――っくそ、一発じゃあ倒せなかったか。後を頼むよ!」
    「了解だ、俺が吹っ飛ばしてやる!」
     ブラックフォームにより感情を昂らせた咲哉はマッキに応じると、瀕死の敵へと魔力を叩き込んで粉砕する。
     続くアンデッドが咲哉へと斧を振り被るが、立ち塞がったハルが庇う。敵の攻撃に怯むことなく、ハルは斬魔刀で斬り付けた。
    「――さぁ、オレと楽しいこと、しようぜ!」
     そして相棒に続くように、炎を纏うロッド『夢死』を振う和泉。その炎は、ハルの斬撃により弱った敵を焼き尽す。
     だが前に出ていたアンデッドが、鋼糸の網によって眼前の和泉を捕縛した。
     そこへ、蔵乃祐の縛霊手による光が放たれる。和泉の傷を癒しながら、さらに鋼糸による捕縛までもかき消した。
    「これ以上、他が集まって来ませんように……!!」
     真宵は言いつつ、さらに侵入してきた敵を巨大な影で飲み込む。そこへ『英毅大略』のオーラを纏った十三による乱打が叩き込まれ、敵を沈黙させる。
     さらに鋼糸を手にしたアンデッドが、十三を斬り付けるべく接近する。だが、八尋がシールドによる殴打で気を引きつつ、巧みに鋼糸を捌いて痛打を防いだ。
     そしてその隙に敵の背後へと回り込んでいた煉夜の槍が、一撃のもとに敵を斬り伏せる。


     こうして和泉と八尋が敵を引き付けているうちに、灼滅者たちはなんとか敵の半数を撃破する。だがさらに入口を広げたアンデッドたちは、一斉に前衛の仲間たちへと斬り掛かった。
    「敵はそんなに堅くないし、このまま一気に押し切ろう!」
     マッキは敵の斧をロッドで受け止めると、そのまま魔力の込もったロッドを叩き付けて瀕死に追い込む。
    「そうですね、回復はここを凌いでからにした方がよさそうだ」
     言いつつ蔵乃祐は、敵の群へとフリージングデスを放ち、その瀕死の敵を絶命させた。
     蔵乃祐の援護を受け、煉夜もまたマンボウのロッドで敵を殴り付ける。そして敵の内部で起きた極大の爆発がアンデッドを粉砕した。
     残る敵の死角へと回り込んだ咲哉は、背後から十六夜で斬り付け、その防御を崩す。そこへ続け様に、狙い澄ました十三のロッドが瞬く間に止めを刺す。
     残り一体となったアンデッド。だが意思を持たぬ敵は、決して臆することなく斧を振り被る。
    「しつけぇ……な!」
     手にしたロッドで敵の斧を弾き飛ばした和泉は、そのまま敵に魔力を流し込む。だが防御に注力している彼の一撃では、未だ絶命させるに至らない。
     そこへ、刃と化した真宵の影が放たれる。影により足を斬り付けられた敵は、大きくよろめき体勢を崩す。
    「――俺たちが望んでるのは、あんたらじゃないんだよ!」
     そしてシールドを展開した八尋が、よろめいた敵へと渾身の殴打を叩き込む。最後の一体のアンデッドは八尋のシールドバッシュを受け、朽ちた全身を崩壊させながら絶命した。

     最後の敵を倒した灼滅者たちはしばらく様子を窺うが、これ以上援軍が出てくる様子はない。どうやら、潜んでいる配下は全て撃破したらしい。
     そして灼滅者たちは、ひとまずその場で休息を取ることにした。負ったダメージが一際多い和泉と八尋へと、咲哉と煉夜が手分けして心霊手術を施す。
     傷が癒えると、彼らは再び迷宮の探索を再開する。配されたアンデッドのほぼ全てを撃破した今、あとは残った部屋を探ってみるだけであった。
     全員が連戦により消耗してはいたが、彼らの闘志までは折れてはいない。そして誰一人として、撤退という道を選ぶ者はいなかった。
     トラップを警戒しつつ、当たりを付けておいた部屋を確認していく灼滅者たち。
     ここまで来ればあとは、この迷宮のどこかに潜んでいるダークネスを灼滅するのみ――皆の胸には、そんな不退転の決意が抱かれていた。

    作者:AtuyaN 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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