涙を浚う、風雨の化身

    作者:雪月花

    ●悪風荒水、哄笑う子鬼と抗う子犬
     ゆっくりと、夜の帳が辺りを包み始めている。
     その多目的ホールでは、今夜何がしかのライブがあるらしく、主に若い女性がチケットを手に並んでいるのが見えた。
    『ニィヒヒヒッ♪』
     藍の眼が三日月の形に歪む。
    「……?」
     闇の中に白くぼんやりと浮かぶ小さな姿に気付いたのは、ホールの入り口で睨みを利かせていた警備員だった。
     その人影は、明らかに子供と言っていい体格で。
     少女か少年か、愛らしくあどけない顔立ちの中に、言い知れない何かが漂っていた。
     纏っている白い水干のような服は、何故かボロボロだ。
     サラサラとした白い前髪を掻き分けるように生えた、黒い角らしきもの。
     凝視し、それをもっとよく確認しようとした警備員の頬をふわりと風が撫でる。
     自分より手前に並んでいた人々や、人員整理のスタッフがバタバタと崩れ落ちていくのを視界に留めながら、彼もまた意識を失った。
    「なぁんだ、やっぱりこんなもんなんだ」
     つまらなそうに少年――子鬼は呟いた。
    「ちょっと悪戯してみようかな」
     ほっそりした片腕が、急激に膨れ上がる。
    「ウゥゥ……!」
     子鬼の足許で、狼のような姿の霊犬が低く唸った。
     その顔や気配には、子鬼への敵意が満ち満ちている。
     この腕を振ろうものなら、霊犬は身を挺してでも人々を庇おうとするだろう。
     やれやれといった風に、子鬼は肩を竦める。
    「仕方ないなぁ☆ オマエの主人は、もうボクなのにね」
     そう言いつつも、声音は楽しげだ。
    「じゃあ、何して遊ぼっかな♪」
     眠っている人々をそのままに、ケラケラ笑いながら子鬼はホールの入り口を目指す。
     霊犬も、渋々その後に付いて歩き出した。

    『ニィヒヒヒッ♪』
     子鬼の笑い声が、夜闇に響く。
     その影で少年が流した涙は、誰知ることなく荒ぶる風が浚っていった。
     
    ●風の行方を辿って
    「闇堕ちしていた生徒が見付かったって……!?」
     一報を受け、灼滅者達と一緒に駆けつけた矢車・輝(スターサファイア・dn0126)の問いに静かに頷き、土津・剛(高校生エクスブレイン・dn0094)は彼らを教室に招き入れた。
    「報告や聞いていた特徴と一致する……恐らく、龍田・薫君で間違いないだろう。思ったより、闇堕ちした現場の駅から遠くへは行っていなかったようだ」
     薫の姿は、その額に生えた黒曜の角以外は殆ど変化がなく、彼が伴っていた霊犬のしっぺも一緒だという。
     服装も、姿を消したあの時のまま、変わっているのは中身だけ。
     剛の言葉に、教室内はなんとも言えない空気に包まれる。
     仲間、或いは親しい人の発見を、手放しに喜べる状況ではなく――彼らの心のさざめきに応えるように、剛は「まだ間に合う」と告げ、状況を説明し始めた。
    「彼は付近に潜伏し、戦いで負った傷が癒えた後動き出したようだな。近場の遊園地などに潜り込んでは、落書きや売店荒らしと悪戯三昧だったが、簡単すぎて退屈に感じ始めている、といったところか」
     薫の意識がまだ残っている為か、周囲の一般人を眠らせる風を起こしたり、しっぺが食い止めて人的被害は未然に防がれているようだが。
    「彼の内にいたダークネスは羅刹。奔放で傍若無人な性格で、自らが愉快に思うことなら何をしても良いと思っている、まさに『子鬼』だな。
     今以上に人を巻き込んでしまう所業を起こすのは、時間の問題だろう……その前に、迎えに行ってやって欲しい」

     サイキックアブソーバーから剛が受け取った予測によれば、子鬼の今夜のターゲットはそれまでの行動範囲にも近い、ある多目的ホールのようだ。
    「これまでのように潜り込んで悪戯するつもりのようだが、今夜は人気グループのライブがあって、子鬼は開場を待って並んでいる人々と出くわしてしまう。尤も、魂鎮めの風によって一般人は眠らされてしまうが……バベルの鎖に感知されずに接触するには、その時が一番良いタイミングだろう」
     しかし、子鬼は灼滅者達を見ると逃走を図り、街へ飛び出すという。
    「龍田の意識が完全に消えて、肉体を自由に出来るようになるまでは、顔を合わせたくないのだろうな。それも遊びのうちかも知れないが」
     ある程度『追いかけっこ』に付き合って逃がさずにいれば、子鬼もそのうち飽きてくるかも知れない。
    「なら、僕はみんなが説得や子鬼との戦いに力を注げるように、薫君の行方を追ったり回り込んで足止め出来ないか試してみるよ」
     薫と縁があり、思い入れの深い生徒もいるだろうと輝は灼滅者達に視線を巡らせた。
     それを見て剛も頷く。
    「子鬼は饒舌で、ともすれば龍田の真似をして、皆の反応を楽しむつもりのようだ。惑わされず、龍田の心を引き戻して欲しい」
     しっぺも子鬼の支配に逆らえず、戦闘ともなれば灼滅者達に向かってくるという。
    「羅刹から龍田を救い出せるのは今日しかない、一度きりのチャンスになるだろう。それが叶わなければ、灼滅せざるをえないが……お前達の想いが通じることを、彼が学園に戻って来てくれることを、願っている」
     剛は真摯な眼差しでそう告げ、準備を始める灼滅者達を見守るのだった。


    参加者
    羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097)
    玖珂・双葉(牙のある羊・d00845)
    東雲・由宇(神の僕・d01218)
    香祭・悠花(ファルセット・d01386)
    篠原・朱梨(闇華・d01868)
    日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)
    フーリエ・フォルゴーレ(讐雷乃戦乙女・d06767)
    三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)

    ■リプレイ

    ●子鬼との邂逅
     ホールを照らす灯りを前に、8人の灼滅者達は運命予測で綴られた通りの光景を見た。
     綻びた服装と額の黒い角以外は、それまでの龍田・薫と殆ど変わらぬ姿。
     霊犬のしっぺは、小さな羅刹を睨むように見上げている。
    (「人を殺めとらんのは、龍田さんの優しさ故か……」)
     寮長である日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)の側で、東雲・由宇(神の僕・d01218)は俄かに瞼を伏した。
    「最近見ないなぁと思ったら闇堕ちしてるとは……」
     香祭・悠花(ファルセット・d01386)も零す。
    (「目の前で仲間を失うことなど、二度と御免だ」)
     その手をすり抜けてしまった人物に想いを馳せ、三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)は強く思う。
     彼らは各々クラブで薫と交流があった。
    「あれが薫さん」
    「ええ。ですが、顔つきは別人です」
     眠り込む人々を観察する子鬼を見て呟く篠原・朱梨(闇華・d01868)に、薫と井の頭キャンパス6年百合組で共に学んでいるフーリエ・フォルゴーレ(讐雷乃戦乙女・d06767)が答える。
    (「私も、いつかあんな風になってしまうのかな……」)
     失われた筈の過去が黒髪を引くようで、朱梨の顔に怯えが浮かぶが、彼も戦っているのだと感じる。
     助けてあげたい、その為に自分はここへ来たのだ。

    「まったく、運動会をサボって何処へ行ったかと思えば……随分似合わぬ装飾ですね、薫」
     近付くフーリエの声に小鬼が振り返る。
     一行を値踏みし、彼は口を開いた。
    「……ああ、薫のトモダチ?」
    「遊びの時間は終わりだよ。さぁうちに帰る時間だ、みんな待ってんぜ?」
     玖珂・双葉(牙のある羊・d00845)がにっと笑ってみせる。
    「ここに来れたのは運命と思って、しっぺさん共々しっかり連れ戻します!
     お呼びじゃないってことですよ、闇(ダークネス)!」
     言い切る悠花に、小鬼は「ふぅん?」と嘲った。
    「あの時薫が呼んだのは、カミでもキミらでもなくボクだった。なのに用が済んだ途端、邪魔者扱い?」
     眉が下がり、寂しげな表情が浮かんだが。
     小鬼はぱっと身を翻し、脇の植え込みに駆け出した。
     羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097)は目を丸くするが、これも予測の範疇。
    「薫が消えたら遊ぼうねー!」
     一陣の風のように、通りと敷地を隔てるよう植えられた木々の間に走る子鬼とそれを追うしっぺ。
     街の明かりに照らされ、箒に乗って浮かび上がる人影が目に飛び込む。
     矢車・輝(スターサファイア・dn0126)を含め、距離を取って待機していた総勢19名の仲間達も動き出した――7人を振り返り、智恵美は真剣な顔で告げた。
    「それでは、手筈通りに」
     闇堕ちした者の救出に携わるのは初めてだけれど、救出への意気は充分だ。
     彼女とフーリエ、朱梨と双葉は追い込む予定の場所への先回りを。
     そして弦路とかなめ、悠花と由宇は子鬼の後を追跡する側として走り出す。
    「こっちは任せて下さい! It'sショータイム♪」
     頷いた悠花が取り出したスレイヤーカードから、殲術道具と共に飛び出した霊犬のコセイが伴走し始める。
    (「今度こそ完遂し……龍田、お前を救う。何をしてでもだ!」)
    「絶対に……絶対に寮に帰ってきて貰いますから!」
     弦路もかなめも、強い想いを胸に白い背を追った。

    ●超鬼ごっこ・都市大捜索網
     時折すれ違う人々を纏った風で眠らせ、小鬼は逃走という名の遊戯を続けていた。
     と、視界の端々に人影が映る。
     ダブルジャンプやエアライドで、建物や高いビルの上で見張っていた者達が飛来してきたのだ。
     小鬼は狭い路地へと身を躍らせる。
    「あーはははっ! ここまでおいで! あ、来たら困るか……」
     後先を考えない、子供らしい言葉が零れた。
     しっぺは不服顔のまま小鬼に付いてきている。
    「ああ、もう何だっていいや!! もっと遊ぼ!」
    「逃げるが望みであるのなら、何処までも追いかけるまで」
     ビルの谷間を翔け、フランキスカ達も追跡を続けた。

    「……見失ったわ」
     光渦巻く街の暗がりに飛び込まれ、上空から追うエレナの視界から小鬼の姿が消える。
    『だが位置情報のお陰で、途中までの捕捉は出来ている。見失う訳にはいかん』
     携帯電話からは、久遠の声。
    『路地裏に猫変身した新羅が行ってくれた。彼なら細い経路でも追い縋れるだろう』
     逐一入ってくる情報を耳に、8人は各々の道を駆けていた。
     誰かの携帯が拾ったか、オォンと短い遠吠えのような声が聞こえる。
    『見付かったぞ! 場所は――』
     見失った後の発見の報。だが、まだこれからだ。
     回り込み班の双葉が、携帯と地図を手に悩む。
    「そっちか……なら、待ち伏せ場所は候補Bに変更だ。こっから間に合うか?」
    「確かこっちだと、先回りが出来るはずですっ」
     地図を覗き込んだ智恵美が、地図と目の前の十字路を照らし合わせた。
     4人が急ぎ回り込んでいる間も、小鬼との追いかけっこは続く。
    「ふゥはははァ、イタズラッ子なところも実に『らぶりィ』じャねェの、ヴォーーータツタキューーーン!!」
     奇妙な顔と仕草で追って来る盾衛に、小鬼は「うわぁきもーい」とケタケタ笑う。
    「ニィヒヒッ♪ こんな楽しい事、薫に譲るなんてもったいない☆」
     だが首を正面に向ければ、見えてきた人影――心がバスターライフルを構えていた。
    「龍田さん、そろそろ帰ってきて下さい。私含め、多くの人があなたに戻ってきて欲しいと思ってます」
    「ちぇっ、通せんぼだ」
     舌打ちしつつも小鬼は楽しげに身を翻す、が。
     ガタガタと大きな音が脇から響く。
     朱里が傘でその辺のものを叩いていたのだ。
    「あっちはダメだね」
     小鬼は人気のない道を選ぶ。
    「よし、上手くいったな」
     頷き合う面々に見送られ、追撃班の4人は風の通った後を追った。

    ●終焉の舞台
    「こっちは通せんぼ!」
     三叉路の一方から朱梨達が飛び出す。
     小鬼の背後には追撃班が迫っているし、もう一方の道も助っ人達によって塞がれた。
     フーリエが放つ殺気のお陰で、人っ子ひとり近寄りもしない。
    「……あーあ、囲まれちゃった」
     肩を竦める小鬼。
     両者とも、余力はまだ充分だ。
    「さ、鬼ごっこは終わり。
     龍田さん返して貰うよ……皆待っとるけ連れ帰る、ふん縛ってでも!」
     それぞれ『Quo vadis』と名付けられたオーラと影を纏い、由宇の言葉に熱が篭る。
    「綺麗なお姉さん方が迎えに来てるぜ、羨ましい限りだな」
     緋色のオーラに身を包んだ双葉が、笑って前に出た。
     智恵美は悲しげな顔をする。
    「こんな悲しい鬼ごっこ、楽しくなんか無いですよ……。戻ってきて下さい、そしてもっと楽しい鬼ごっこしましょうよ」
    「龍田……そいつの中から見えているだろう?」
     羽織った女物の着物を棚引かせ、弦路は道の方々を塞ぐ者達に指先を差し向けていく。
    「これだけ大勢の者が、お前を取り戻す為に集ったんだ。此処へ来れなかった連中だって、お前の帰りを待ち望んでいる」
     その指先は、小鬼の側の霊犬へ。
    「そして、お前の大切な相棒もだ。早く望まぬ支配から解き放ち、抱き締めてやれ」
     彼の説得に流人も頷いた。
    「しっぺが戦うのは、主である龍田と共に歩む為に。皆が皆、龍田を……龍田・薫を必要としている者だ」
    「朱梨はあなたとは初めて会うけど、あなたの事を想ってる人達が此処にいるのを知ってる。こんなにいっぱいの人が、あなたを待ってる。
     とても素敵なことだよ……ね、だから戻ってきて?」
    「俺もお前とは直接の接点はねぇけどな、お前が帰ってこないと泣き兼ねねぇ奴がいるんだよ」
     朱梨が請うように告げ、双葉が繋ぐ。
     更に悠花が口を開いた。
    「爪紅庵のもふもふ成分が減ってもいいんですかー?
     コセイもしっぺさんと遊びたいって言ってます。こっち側に戻って来て下さい!
     皆二人を待ってますよ!」
     彼女の呼び掛けに呼応して、コセイが「わう!」と鳴く。
    「やだ」
     にんまり、小鬼は言った。
    「ボク、まだ遊び足りないんだ!」
     取り巻く空気が重く感じられたかと思うと、激しい息吹が吹き荒れ出した。
    「いきなりっ……」
    「滅茶苦茶だな!」
     彼を取り囲む前列の者達は暴風に打たれ、吹き飛ばされまいと堪える。
    「行きます! 一人の神薙使いとして遅れは取りませんっ!」
     凛とした眼差しで、智恵美は風を遮るように巨大化させた腕を翳した。
     開幕を告げる大技からの回復は、サポート陣の働きが大いに助けとなった。
     真夜のソーサルガーダーが、前衛陣に癒しと守りを与えていく。
    「薫、もう大丈夫ですよ。皆が迎えに来ましたから。だから、もう泣かないで。
     皆の声に耳を傾けて下さい。そして、その声に答えて下さい。
     そうしたら大丈夫ですから」
    「笑い方が歪んでるわよ、可愛い顔が台無しじゃない。君は可愛いけど、芯の強さは確かに男の子だったでしょ。
     そんな簡単にへし折れるんじゃないわよ。シャキっとなさい」
     優しい励ましの後、エレナの叱咤が飛ぶ。
    「逃げるな、龍田。オレ達から……何より自分自身から。お前はまだ抗えるはずだ、しっぺはおまえの心が具現したものだろ?」
     それは薫自身の心が折れていないからだと、八雲は言った。
    「帰って来い、龍田。誰かの為だけじゃない、まだ諦めてないお前の心の半分を宿してる、相棒の為に!」
     輝を加えた9人と激突を繰り返す小鬼――その奥にある筈の少年の意識に、次々と言葉が投げ掛けられる。
    (「伝える言葉がうまく纏まらないけど……」)
     それでも薫を助ける為にウェリーはここに来て、精一杯サポートしている。
     戦う者達に向け、エンジェリックボイスを響かせて。
    「詰まらない遊びはやめて、いい加減に戻ってこい」
    「薫ちゃんは一人じゃないよ。しっぺちゃんも頑張ってるし、ひお達も、皆も一緒だよ」
     続く言葉は宗嗣と陽桜のものだ。
    「だから戻ってきて! 薫ちゃんが手を伸ばしてくれたらみんなで一緒にひっぱるから!
     一緒に帰ろう。また一緒にお出かけして、笑って、楽しいことたくさんなの!」
     少女の訴えに、宗嗣の口許が緩んだ。
    「柄じゃあないが……戻ってきたら遊びにでも付き合ってやる。
     だから帰るぞ、お前の居場所へ」

     戻ってきて。帰ろう。
     幾度も繰り返されるうち、暴風が弱まった気がした。

    「オォンッ」
     小鬼はかぶりを振る。
    「言ったでしょ、オマエの主人はボクだって」
     凶悪な笑みに、しっぺの毛が逆立った。
     強いられた連携は、しかし双葉の龍砕斧の柄に弾かれる。
    「やらせねぇぜ? こっちを向いてな、なんてな」
    「キミと遊んでもつまんない。
     オレが話してて楽しいのは、もっと遊びたいのは龍田くんだ」
     追い討ちを掛けるような、勇介の言葉。
    「オレももっとクラスに顔出すから、もっといっしょに遊ぼう!」
    (「……勇介、感謝を」)
     フーリエは、薫を連れての帰還を待ち望んでいるクラスメイト達の顔を思い浮かべた。
    「約束は、守りますとも!」
     殴っても連れ帰る、それを体現するように天星弓に緋色のオーラを纏わせ、小鬼目掛けて振り抜く。
    「あぁまったく、楽しみにしていた運動会を放棄して、こんな所で死合いなど……」
     押し殺そうとした波が、声を震わせる。
    「似合わないですよ薫。その角も、貴方の態度も……だから、早く帰って来なさい!
     さも無くば、私がその角を圧し折りますよッ!」
     アスファルトに手を突き、俯いた小鬼の肩が震える。
    「ごめんなさい……」
     弱々しい声音は薫のようだった。
     けれど。
    「「……違う!」」
    「騙されません!」
    「そんなの、通じませんからね!」
     勇介が、夏槻が、朱里が。
     そしてかなめが声を上げ、片腕を巨大化させた。
    「これが! わたしの魂の拳(マブイクブシ)なのです!!」
     巫女姿の少女の凄まじい一撃が、小鬼を抉り上げるように吹っ飛ばす。
    「キャンッ」
    「わふっ」
     煽りを受けたしっぺをコセイが支えた。
    「しっぺさん! 一緒に薫さんを助けましょ!」
     一緒にしっぺを抑えていた悠花の呼び掛けに、澄んだ瞳が応える。
    「ありがとう、よう子鬼を抑えとってくれたね……!」
     由宇も彼に笑い掛けた。
    「もういきなり血を吸ったりしないから!
     いつもの、可愛いカオルに戻ってなのよーう!」
     ほぼ薫そのままの姿が傷付くのに、知子は叫ぶ。
     その肩にそっと手を置いて、夏槻は語り出す。
    「寮長が言ってたよ、優しくて一人の犠牲も許せない人程闇落ちしやすいって。自分が闇落ちして助けられるならって思ってしまうって」
     でも、闇堕ちしたままでは更に犠牲が増えてしまう。
     かなめは耳を傾け、深く頷いていた。
    「寮のマスコットな龍田さんがいないとさ、超寂しい訳。この前まで一緒にいたのにさ、急にいなくなられるのは辛いよ……しかもしっぺちゃんごとだし」
     由宇は仲間のダメージを癒しながら、1人と1匹分のぽっかり空いた空間の寂しさを話す。
    「皆待ってるしさ、帰ってきて……嫌とか言っても引きずって帰るけどね!」
     そして、かなめも。
    「寮の食堂で寮生の皆さんがご飯の時に、埋まってた筈の席がひとつ空いてるんですよ。
     龍田さん……あなたの場所なのです。
     このまま、ずっと空いてしまうなんて……絶対に嫌です!
     帰ってきて下さい、しっぺちゃんと一緒に!」

     よろりと立ち上がった小鬼の頬を、一筋の光が伝う。
     一瞬瞠目したものの、すぐに彼は哄笑った。
    「なんだよ薫、まだボクは遊んでたいんだ……」
     呟きながら細腕を巨大化させ、大きく息を吸い込み――
     皆が覚悟した大技は、的を大きく外れ余波が掠めていった。
    「「……しっぺ!」」
     見れば、しっぺが子鬼の裾を引っ張っていた。
    「お仕置きが必要だね」
     笑いながら巨大な腕を霊犬に向ける小鬼。
     だが、次の瞬間螺旋を描く『仕込槍【榧】』の穂先を向け、弦路が突撃していた。
    「……今です!」
     好機を察した智恵美の号。
     彼女が爆炎の弾丸の雨を降り注がせる中、双葉が、朱梨が疾風のように無数の拳を叩き付けて――
    「薫ッ!!」
     至近距離からフーリエが放った渾身の一矢が、小鬼の胴を射抜いた。
     糸が切れた人形のように、小鬼は仰向けに倒れていく。
    「ああ……楽しかった。また、あ……そぼ……ね」
     邪気の抜けた顔が、笑った。

    ●親しんだ風に
    (「……石英よ。これで、お前の首に少しは手が届くだろうか……」)
     仲間達が薫を見守る中、弦路は心でひとりごちた。
     その額にはもう角はなく、しっぺが静かに寄り添っている。
     意識を取り戻した薫の肩に、かなめは触れた。
    「……タッチ。鬼ごっこはこれでおしまいなのです。
     帰りましょうか。晩ご飯が……いえ、みんなが帰りを待ってるんです。ね、薫くん?」
     笑い掛けるかなめに、少年は目を丸くしてから「……はい」と頷いた。
     双葉がへへっと鼻を擦り、輝と少女達も笑みを交し合う。
     さあ、帰ろう。
     沢山のおかえりと、晩ご飯が待つ場所へ。

    作者:雪月花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 16/キャラが大事にされていた 4
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