【幻想ボンボネーラ】モノクロセカイのおもちゃ箱

    作者:西宮チヒロ

    ●revez doucement
     青に、朱が侵食してゆく。

     知らぬ間に落としてしまった何かのように、それは忘れ去られた遊園地だった。
     人もない。音もない。色褪せた果てに残された唯一の黒が、観覧車を闇色に塗りつぶし、メリーゴーランドに双子の影をつくる。
     その影道の終わる場所、朽ちた扉のその向こうにあるのは、絵画に胸像、時計に人形。歪んで混ぜて、ひっくり返した色鮮やかなおもちゃ箱。
     無限チェス盤よろしく続く、市松廊下に影ふたつ。
    「リナリア様ハ、カワイイのがオ好キ」
     ウサギの着ぐるみとドレスの少女。その手の中には、尻尾を捕まれた哀れな鼠。
    「カワイクナイノ、イラナイ」
     互いに見合ったふたつの影に、ちいさな赤い花が咲いた。
     
    ●tempo rubato
    「可愛いの、お好きですか?」
     白い指先に紐を絡めてイヤフォンを外すと、小桜・エマ(中学生エクスブレイン・dn0080)は唐突に尋ねた。外へと零れたのは、金管楽器の弾むような音色。名の知れた舞台舞踊の1曲。桜色のネイルが静かに動き、音楽プレーヤーの停止ボタンを押す。
     コルベインの水晶城にいた、『成長途中の』ノーライフキングたち。
     水晶城の崩壊に巻き込まれた際、現実世界と重なり合ったあちらこちらの場所に転移してしまったらしい彼らの一部が、コルベインのアンデッドの一部を使って迷宮を作り始めているのだと、エマは言う。
     未熟とは言え、屍王側の教育を受けていた彼らは、ノーライフキングとしての正しい振る舞いを見につけていた。つまり早計に事件を起こすのではなく、まずは自身の身を護るための迷宮を作り始めたのだ。
    「ノーライフキングの迷宮は、時間が経てば経つほど強く、手強くなっていきます」
     特に、水晶城にいた者たちはコルベインの遺産であるアンデッドを使うことができるらしく、このまま放っておけば、第二、第三のコルベインになるやもしれない。
    「ですから、皆さんには迷宮の探索と……アンデッドやノーライフキングの討伐を、お願いしたいんです」
     
    「迷宮内にいるのは、動物の着ぐるみや人形といった、どれも可愛らしいアンデッドたちです」
     とは言え、アンデッドなので腐っていたり血がついていたり。手にはチェーンソー剣や解体ナイフを持っていたり、そんな感じですが。
     そう、いつもと変わらぬ調子で添えると、少女は続ける。
    「数は全部で10体。迷宮内を巡回しているようですが……どこにいるかまでは解らなかったので、物影とか扉の向こうとか、周囲には十分気をつけて下さいね」
     市松柄の廊下には至る所に扉や窓があるが、無論外に繋がっているものはない。そればかりか何らかのトラップが仕掛けられている可能性もある。
    「アンデッドを避けつつの探索もできますが、残しておくとノーライフキングとの戦いのときに合流されかねませんし……できる限り先に討伐しておくと良いかもです」
     あ、と何かを思い立った様子で、エマは指先を立てた。
    「可愛いのがお好きなようですから、可愛い格好をしてみるとかどうでしょう?」
     フリルとか、レースとか、リボンとか。ふわふわもこもことか。
     もしかしたら、向こうから見つけてくれて──無闇に体力を消耗せず、事が運べるかもしれない。
    「まぁ、ともかく。迷宮の奥にある玉座にノーライフキングとの対決が最終目的ではありますが、まずは迷宮突破が第一です。
     ……とは言え、突破した段階でかなり疲弊していた場合は、無理しないで帰ってきて下さいね?」
     リナリアと呼ばれたノーライフキングの正体は解らないが、強力なダークネスであることは確か。機を見誤れば、相応の結果を呼び起こしてしまうだろう。
    「じゃあ……どうかお気をつけて。戻られたら是非、お話聞かせて下さい」
     エマはそう添えると、ミルクティ色の髪をふわりと揺らして微笑んだ。


    参加者
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)
    ジュラル・ニート(マグマダイバー・d02576)
    更科・由良(深淵を歩む者・d03007)
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    如月・春香(クラッキングレッドムーン・d09535)
    塚原・芽衣(中学生ダンピール・d14987)
    内山・弥太郎(覇山への道・d15775)

    ■リプレイ


     図らずとも、頃は日暮れであった。
     朽ちた門を前に立ち止まる。どこまでも色褪せた場所に佇む遊具は、ただ影に塗りつぶされていた。空を染めあげる茜すら滲むことの許されない、それは拒絶のように見えて、けれど悲嘆やもしれぬと思い直す。どれほど彩りを欲しても、未だ得ることのできぬ我が身を嘆いているのだと。
    「かつてはあの観覧車も賑わったのでしょうね」
     奥に見えたそれに対し、塚原・芽衣(中学生ダンピール・d14987)が誰ともなしに零す。
     切り抜かれた影絵のように静止したままの観覧車は、まるで巨大な墓標に見えた。内山・弥太郎(覇山への道・d15775)が、入口を華やかに飾っていたであろうアーチを見上げる。その名があったであろう場所には、最早なにもない。
    「行きましょう」
     言いながら、如月・春香(クラッキングレッドムーン・d09535)が一歩、踏み出した。
     可愛い格好をすればアンデッドが寄ってくるかもしれない。
     そう聞いてはいたが、春香はいつもと変わらぬ服のまま、ビハインドの千秋を伴い、メリーゴーランドの生み出す影の先へと歩いていく。歪んだ夢の世界においても尚『現実』を貫く娘の、その迷いのない足取りは心強く、仲間たちも後に続く。
    「この扉の先でしょうか」
    「多分な」
     尋ねた龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)に、ジュラル・ニート(マグマダイバー・d02576)が短く返す。
     影道の終点。
     そこにあった蝶番のひとつが外れた扉は、風が吹くたびに軋み啼いていた。仲間へと視線を一巡し、ドアノブに手を掛ける。ひんやりとした鉄の感触を感じながら、柊夜はゆっくりと扉を開けた。


     地下へと続く階段を降りきると、伝え聞いた通り、白と黒の市松廊下が広がっていた。
     まさしく無限チェス盤と呼ぶに相応しい景色には、豪華なドレスを纏った西洋人形、ふわふわとしたクマのぬいぐるみ、精巧なアンティークカーに、紐解かれた大きなプレゼントボックス──鮮やかな色たちが、無雑作に散らばっている。
    「ちと、この趣味は理解に苦しむのう……」
     自身を含め、可愛いよりも格好良いものを好む更科・由良(深淵を歩む者・d03007)の言葉に、睦月・恵理(北の魔女・d00531)が瞳を細める。
    「そう言えば、更科さんは格好良い方がお好きでしたね」
    「うむ。今回であれば、柊夜の服の方が趣味じゃな」
    「え? 私ですか?」
     高校生という年相応の見目の柊夜にとって、可愛い服というのも無理があろう。目立たず、そして浮かぬ格好をと彼が選んだのは、黒のスーツだった。薄いグレーのシャツに、銀灰と黒の市松模様のタイが良く似合っている。
    「……とは言え、郷に入ればじゃからな」
     ココは可愛いモノに沿おうではないか、と由良が用意したのは修道女服だ。白や赤、橙、桃色、季節の花で作られた花冠が、質素な服に華やかさを添える。
     そんな姿に、可愛らしいですよ、と返す恵理は騎士の姿だ。魔石の槍を手に、全身に鎧を纏ったその頭にはウサギのぬいぐるみ。揃えたわけではないのにまるで対のようだと、肩に掛けたポシェットから除くクマのぬいぐるみの頭を撫でながら、室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)も柔らかに笑う。
     可愛いものを愛しむ香乃果は、囮としての状況もまた、密かに楽しみにしていた。白と青を基調としたスカートを彩る、溢れるばかりのフリルやレース。薄藤がかった白い髪には、服に合わせたリボンと、そして数輪の花。可愛らしい服は、自然と心をも弾ませる。
     傍らの芽衣も、ふんわりとしたパニエのシルエットが愛らしい白レースのワンピースに、猫の耳を模したヘッドドレス。首元の大きなリボンも相まって、まさに可愛らしい白猫だ。
     方や、弥太郎は恵理の勧めで、髪を梳いて整え、白い学生服を纏っていた。その様相は、お伽噺の王子に見たてるには十分なものであったが、
    「……この格好、大丈夫なんでしょうか……」
    「あら内山さん、ちょっと胸にお花でも飾ってみたらどうでしょう?」
     そう楽しげに恵理が微笑めば、
    「良ければ、私のお花、使って下さい」
    「儂のもやろう」
    「あ、ありがとうございます」
     香乃果から青の、由良から橙の花を貰うと、弥太郎は礼と微笑みを返し、胸に飾る。
     やっぱりああいう格好は、私なんかじゃなくて似合う人がやるべきよね。
     可愛いなぁ、と無表情ながらも仲間たちを眺めていた春香の隣で、少年の声。
    「かわいいものより金目のものの方が好きなんだがな」
    「……あら。ジュラルくんも十分、可愛いわよ?」
     頭ひとつ分視線を下げた先には、彼の好きなトマトを思わせる赤いリボン。何故か家にあった、と言っていたそれを見つめ、無意識に春香の眦がちいさく緩む。
    「それにしても、可愛いがいっぱいで夢の国みたい……」
    「本当、まさしくおもちゃ箱ですね」
     思わず何度も視線を巡らせる香乃果に、恵理も首肯する。
     可愛いもの、不思議なものは、娘が一等好きなもの。自宅の自室も、ぬいぐるみや綺麗な石、アンティークもので溢れている──だからこそ、思う。
     集めたきりもう広がることのない、此処は、死せる夢と物語の世界。
    「この迷宮の主は、本当に今のおもちゃ箱でわくわく出来てるのかしら?」
    「どうでしょうね……。おもちゃ箱には夢がいっぱい詰まっている、というなら、ここはまさしく夢がこぼれ落ちた場所……ですが」
     一度区切ると、弥太郎は眼前に広がる歪んだ世界へと視線を向ける。

     箱の中に残っているものは──おそらくは、もう。


    「これも、カワイイの仲間入りさせてね」
     そう言って、今出てきたばかりの扉に貼り付けた付箋に、香乃果がデコ文字で手早く通し番号を印す。
     ペンキのような無機質なものを目印に使っては、余計敵を煽ってしまうかもしれない。ならばと用意した付箋はどれも、可愛らしい動物や花のものだった。相応の数を持ってきていたそれも、曲がり角や扉ごとに使っていた今、半数近く減りつつある。
    「大丈夫でしょうか……」
    「あ、さっきドアノブを下ろした時のですか?」
    「はい。槍で傷つけてないかと……あ、大丈夫みたいです」
     銃身につけたフラッシュライトで灯りを添える芽衣に返しながら、凝視していた取っ手から視線を外して弥太郎は胸を撫で下ろした。
     下手に迷宮内の物を傷つけて、リナリアと呼ばれた屍王の機嫌を損ねでもすれば、後の戦闘にも響くやもしれぬ。さりとて慎重さを蔑ろにするわけにもいかず、彼等は、手持ちの長物を使ってドアノブを下ろす方法を取っていた。傷などつけまいと思い、そうして確かに傷などつけてはいなくとも、自然と目で確認してしまう。
     まるで此処は、主のたくさんの想い出を詰め込んだ墓であった。
     リナリアと呼ばれた屍王が、どのような生を受け、そして生きていたのか。それを識る術は芽衣にはなかったが、どこまでも歪んだ残酷さと狂気は、最奥に控える屍姫の内外を想像するには十分すぎるほどだった。
    「やっぱり、金目のものはないか……」
     迷宮探索の基本は、罠と、そして宝を見落とさぬこと。
     とは言え、後者に関してはジュラルも期待していなかったし、実際めぼしいものは見つかってはいない。それでも、まあ一応探すだけはと、仲間とはぐれぬためにも熱中せぬよう気をつけながら、注意深く探索する。
     長い棒で廊下の市松模様や壁を突いていた柊夜が顔を上げた。仲間を安堵させるかのように、柔らに笑う。
    「ここ一帯は大丈夫そうです」
    「良かった……さっきは本当に酷かったしね」
     柊夜の微笑に、春香の片割れの千秋が頷き、彼女もまた短く息を吐く。
     廊下の奥から無数の飛び矢、四方から幾つもの槍、パネルを踏むと爆発。
     回避できた罠もあれば、間に合わず傷を負ってしまったものもあった。そうでなくても、愛らしい格好につられて敵の方から集ってくるのだ。ひとつひとつの傷はさほどでもないとは言え、屍人との戦闘に加えてこうも度重なれば、否が応にも緊張は高まり、精神的な疲弊は募る。何気なく落ちていたぬいぐるみにまで罠が仕掛けられていた時などは、咄嗟に由良が声を掛けねば、今以上に傷を重ねていただろう。
     だが、それも初めに比べれば徐々に減ってきている。
     この迷宮は、屍王の身を護るためのもの。
     つまり序盤に多く罠を仕掛けることにより攻略の厳しさを知らしめ、早々に侵入者を退散、もしくは倒すことに主眼を置いたものであると、今の彼等は誰しも確信していた。故に、罠の数が減りつつあるということは、迷宮の最奥──屍王リナリアの居る玉座に近づいていることを意味することも。
    「My true love gave to me──よし、出来ました♪」
     ちいさく口ずさんでいた遊び歌──前の戦闘では、この『可愛らしい』歌に惹かれて屍人が現れたりもした──が途切れ、走らせていたペンが止まった。恵理が新たに情報を書き加えたばかりの地図を広げれば、今居る位置に、ESPで生み出された矢印が灯る。
    「室本さんも、手伝って下さってありがとうございました」
    「いえ、お力になれたのなら何よりです。……敵は、残り2体ですね」
     これまでに対峙した屍人の数は7体。総じて10体いるという話であれば、考えるまでもない。
    「あと行ってないのは、このあたりかのう? まずは行ってみて──」

    『カワイイノ、ミーツケタ!』

    「更科さん!」
    「後ろです!!」
     由良の背後、小部屋の窓越しに影を見留めた春香と弥太郎の、その声が重なった。


     硝子の向こうには、瞳孔が開ききったウサギの着ぐるみと、切り刻まれたドレスを纏った異国風の少女。
     娘は恍惚とした微笑を浮かべると、張り付かんばかりに近づいていた窓から一度離れた。触れていた箇所に血塗れの手形が残されたかと思うと、直ぐさま弾けんばかりの勢いで扉が開かれる。
     すかさず芽衣が場の音を封じる中、先陣を切ったのは恵理であった。身を屈め、白きマントを靡かせて、騎士さながらに戦場を駆る。たちまちウサギの懐に入ると、鋭く繰り出した魔石槍でその胸を深く穿つ。
    「わざわざ出向いてくれるとは……ここの敵はご丁寧なことだな」
     言い切ると同時に、ジュラルのライフルが鋭く吼えた。攻撃の間など与えはせんと、間髪入れずに放たれた無数の炎弾が瞬く間に屍人を包み込む。赤字にならないように無駄弾は撃たないようにしないとなぁ。そう独りごちるも、此処までにおいて、ジュラルの放った弾が敵を捉えなかったことはない。
    「なんでしょう……。キモカワイイとかそういう風にいっていいんでしょうかね、これ?」
    『カワイクナイノ、イラナイカラ殺ス!』
    『カワイイノハ、殺シテリナリア様ニ、アゲル!』
    「──結局、どちらも殺すんじゃないですか」
     瞬時に回り込んだ柊夜の黒刃が、着ぐるみごと火種となったウサギの背を切り裂いた。布がずれ落ち、僅かに見えた本体の身体は、既に原形を留めていないほどの朽ちようだった。大きく揺れて傾いた頭の被り物を直すと、腐った血の匂いを撒き散らしながら、ウサギは大きな反動をつけて身体を起こした。
    『カカ、カカカ、カワイイノ、チョウダイ!』
     正しくウサギのように瞬発的に間合いを詰めた着ぐるみは、そのままの勢いで芽衣へと肉薄する。咄嗟に構えるも、異音と鋭い歯を巡らせながら突き出されたチェーンソー剣が、芽衣の横腹を抉り取った。
     激痛が固まりとなって四肢を襲う。けれど娘は膝をつくことはなかった。護りに主眼を置いた動きの前では、無策な剣の軌道は致命打には成り得ない。
     血染めの屍人を一瞥し、その視線を血の滲む己の服へと落とす。
     せめてもの手向けにと、穢したくはなかったその雪のように真白なワンピースの裾が揺れる。
    「……これでも、可愛いの範囲に含まれるのでしょうか」
     こんな状況でなければ、こうした格好も楽しかったかもしれない。頭の片隅でそんなことを思いながら、娘は十字架の名を持つ銃を抜き放ち、哀れな屍人を地へと縛る。
     双子もまた、呼気を合せるように動いた。
     杖のように細いネック。そこに渡る弦を春香が細くしなやかな指で爪弾けば、弾み重なる音は幾重もの光となってたちまち芽衣の傷を癒してゆく。その射線を封じるかのように立ちふさがった千秋は、春香へと届くはずであった異国少女の刃を代わりに受けると、逆に霊気を帯びた一撃で少女の獲物を封じ込む。
    『カワイイ、カワイイ、王子様ハ、リナリア様ニ!』
    「すみませんが、遠慮します!」
     寄ってこなければこないで構わなかったのだが、どうやら王子様風のアレンジは可愛い部類に入るらしい。この格好で溶けこむのはどうなんだろう、と思いながらも、弥太郎は振り上げた槍の反動を利用して、逆の手に持った魔杖をウサギの身体へと振り下ろした。
    「中身がなんであれ、これなら同じはず!!」
     どうと注がれた魔力は忽ち奔流となり、綿と、布と、屍人の血肉を撒き散らしながら盛大に爆ぜた。ただの無機物と成り果てたウサギの頭が、ごろりと床へ転がり落ちる。
     異国の少女が再び笑う。
     その姿も、この迷宮も、可愛らしいと思う反面、えも言われぬ恐怖もあった。
     それはきっと、此処には命の温かさが無いから。
     愛おしい体温が、感じられないから。
     香乃果は今一度唇を引くと、獲物を構えて地を蹴った。リナリア様はどんな人なんだろう。寂しい気持ちを抱えているような、そんな予想が香乃果を一層掻き立てる。
     会いにいかなくてはならない。そのためにまずは討つのだと、一閃を伴って放たれた一打。それに続き、由良の輩たる影がひとつの大きな影を成した。
    『カワイクナイ、カワイクナイ……!!』
    「──これで仕舞いじゃ」
     聖女然とした服の裾が、柔らに広がる。
     現れた二枚の刃が、異国の娘の前で口を開き──屍人の娘は、為す術もなく巨大な影へと飲まれて、消えた。


     誰もいなくなった市松廊下の、その片隅。
     互いに心霊手術を施しあった末、完治を見てとった柊夜が立ち上がる。
    「さて、そろそろ行きましょうか」
    「ああ。どうせならボスまで倒して完全クリアーと行きたいところだけど、はてさて……」
     愛飲しているトマトジュースを飲みほすと、廊下の先を見遣り、ジュラルが零す。ゴシック調の一際重厚な扉。恐らくその向こうに、屍王の玉座はある。
     同じく扉を見つめていた視線を戻すと、恵理は再び手製の地図を広げた。出入口への最短経路を指でなぞり、仲間へと視線を巡らせる。
    「確り覚えて下さいね……もしもの時に、迷わず逃げ切れる様に」
    「儂のアリアドネの糸もある。万が一の時は、皆の一助になるじゃろう」
     そう口端を上げる由良の隣で、芽衣もまた、意を決する。
    「死してなお見る夢には、終わりがありません。だからこそ、私達が」

     ──その夢に、終止符を。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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