「おいたわしやゲルマンシャーク様……!」
腰に白鳥の首と羽を生やした女が、感涙の涙を流して天を仰ぐ。
「お任せください、この白鳥台……否、シュヴァーン・ダイ・セバット! 必ずや使命を果たして見せましょう!」
スッ、と手を挙げるシュヴァーン・ダイ・セバット。その背後で、無数の影が蠢いた。
「お前たち!」
「グアッ!!」
立ち上がる黒タイツの集団。頭には全員揃いの鴨のぬいぐるみを括り付けている。
「手段は選ぶな! 邪魔するものは食いちぎれ! なんとしてでもゲルマンシャーク様を見つけ出すのだ! シュヴァーン・ダイ・セバットの名にかけて!」
「グアッ!!」
ざぶざぶと、大沼へ足を踏み入れる鴨戦闘員達。
湖面にたくさんの鴨のぬいぐるみの浮く姿。一見すればそれは鴨の群れが居るように見えるかもしれない。だが、本来ならば白鳥も鴨も、今の時期にはここに居ないはずなのだ。
故に、物珍しさに釣られた人間が集まってくるのは時間の問題だった。
「北海道、大沼公園にご当地怪人シュヴァーン・ダイ・セバットが現れたのだが……どうにも様子がおかしい」
科崎・リオン(高校生エクスブレイン・dn0075)が怪訝そうに眉をしかめた。
「現場となるのは大沼湖を主とした湖の並ぶ大沼国定公園。『沼』と名がついてはいるが、紛れもなく立派な湖だ。白鳥や鴨をはじめとした渡り鳥の休息地としても名高い」
この大沼公園に、突如現れた季節外れの白鳥型ご当地怪人。おかしな点はそれだけではない。
「本来であれば腐ってもご当地怪人。観光資源や観光客を故意に傷つけるようなことはしないはずだが……戦闘員を鴨と勘違いして餌を投げ込んだ観光客、小さなボート、果ては遊覧船。どういうわけか、この怪人達はそれらにさえも被害を与えている」
シュヴァーン・ダイ・セバット達は怪人自体も含めて大沼湖に片っ端から潜り、何かを探しているようだ。その際障害になったものに片っ端から襲い掛かっているようである。戦闘員達は作戦中湖面に散会しているが、こちらから適当にちょっかいを出してやればすぐにわらわらと集まってくるだろう。
「シュヴァーン・ダイ・セバットは腰生やした首や羽を使って巧みに風を操る。自重のためか、長時間飛翔することはできないようだが、それでも高い機動力が戦闘の際には脅威になるだろう」
鴨戦闘員達は全部で12体。高い潜水能力を誇るものの、高い戦闘能力は持っていない。しかしそれでも必殺「鴨パンチ」は一般人であれば一撃で命を奪いかねないほどの攻撃であるため、周囲への被害に注意する必要がある。
「シュヴァーン・ダイ・セバットは大沼湖を探索中『ゲルマンシャーク様ー!』と叫んでいた事もそうだが、気にかかるのは同様の事件が各地で同時に発生しているという事実だ」
第二回ご当地怪人選手権の際に行方不明になったゲルマンシャークの石像を捜索している、と考えるのが自然だろう。ただ、各地で捜索しているということは完全に居場所がわかっているわけではなさそうだが、万が一、ゲルマンシャークと対峙する事になる可能性もある。
「そうなった場合はこちらに勝ち目はないが……長時間の行動はできないはずだ。逃げに徹すれば無事に生還する事も不可能ではないだろう」
不確定の事項もあるが、この事件は一般人への被害がかなり大きくなる危険があり得る。
「未来予測の優位はあれど、相手はダークネスだ。何よりも全員が無事に戻ること、それが最優先事項だと言うことを、決して忘れてはいけない。諸君らの健闘を祈る」
参加者 | |
---|---|
黒山・明雄(狩人・d02111) |
月雲・悠一(ブレイズオブヴァンガード・d02499) |
ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954) |
識守・理央(マギカヒロイズム・d04029) |
流鏑馬・アカネ(紅蓮の解放者・d04328) |
カミーリア・リッパー(切り裂き中毒者・d11527) |
黎明寺・空凛(木花咲耶・d12208) |
ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114) |
●沼? いいえ湖です
1人の老人が湖面に目を凝らしていた。
「……鴨?」
小島の陰にちょこちょこと動く影。確かにその姿は鴨に違いないのだが、力無く揺れる様からは違和感しか感じ取れない。
さらに身を乗り出そうとした時、老人の肩にふと人の手が触れた。
「爺さん、ここいらは危険だ。すぐに近場の屋内へ」
「爆発するかもしれないんだ! 早く!」
張り巡らされたESPのためか、あるいは黒山・明雄(狩人・d02111)の真剣な眼差しのためか、老人はファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)の誘導にしたがって小走りで駆けてゆく。
「……状況は整ったようだな」
明雄の言葉にカミーリア・リッパー(切り裂き中毒者・d11527)が小さく頷き、彼方にびっしりと密集して浮かぶ鴨達を横目にスケッチブックを取り出した。
『人海戦術 まるで意味無い』
「そうだな。だが、こちらとしては作戦がやり易くなるだけだ」
老人を送り届けたファルケが、息を切らして2人の元へと駆け寄る。
「お待たせ! 準備オッケーだぜ!」
合流した明雄達はゆっくりと、鴨達へ向けて歩を進めた。
「お前達の探し物に、心当たりがあるんだけどなー!」
ファルケが鴨達へと向けて叫ぶ。
「グアッ……?」
鴨達が振り返り、水の中から頭を……いや、鴨のぬいぐるみをくくり付けた頭を持ち上げた。
「……お前たちの探している石像、とっくに俺達が見つけているぞ」
「ガアッ!?」「グエッ!?」「ガー!!」
明雄の声に驚いたように身を震わせた全身黒タイツの男達が、ばちゃばちゃと水面を揺らしてこちらへと近付いて来る。
スレイヤーカードを握り締め、解除の時を窺うファルケ達。肝心のご当地怪人シュヴァ―ン・ダイ・セバットの姿が見えないまま攻撃すべきか否か決断しあぐねている、その時だった。
舞い落ちる白い羽根。ファルケ達を大きな影が覆っている。
息を呑み空を見上げたそこには、太陽を背にした巨大な翼が白く輝いていた。
「――その話……このシュヴァ―ン・ダイ・セバットが詳しく伺わせていただこうか!!」
ばっさばっさと羽ばたくたびに舞い落ちる白い羽根。白鳥ヘッドのくちばしがキラリと輝く。
「……くしゅっ」
カミーリアが小さくくしゃみした。
●シュヴァーン? いいえセバットです
「いくらでも聞かせてやるぜ! 俺の歌を聴いてカンドーするといいさっ!」
「……呪え。狩人たる俺の目に捉えられた事を」
明雄がカードを掲げ、シュヴァ―ン・ダイ・セバットに鋭い視線を向けた。
「さあ、始めよう。……『狩りの時間』だ……!」
殲術道具を構えた明雄達を、シュヴァ―ン・ダイ・セバットはあざ笑うように見下ろし、スッと片手を挙げる。白タイツに包まれた少々大きめな胸が揺れた。
「お前達! 仕事だ! 殺さない程度にやっておしまいなさい!」
「ガァー!!」
鴨達……というか鴨のぬいぐるみを頭にくくり付けた黒タイツの屈強な男達が、ざばざばと大沼の水を掻き分けていたその時。突然、水面を這うように走る黒い霧が瞬く間に鴨達の姿を覆い尽くした。
「今だ!!」
霧の中から叫ぶ若い男の声が聞える。隙間から漏れ出る幾度かの閃光。そして鴨達の悲鳴。
「ガァッ!?」「ガッ!」「グエッ!?」
シュヴァ―ン・ダイ・セバットが、霧の中から聞こえる部下達の悲鳴に顔を歪める。
やがて黒い霧、塵殺領域の中から傷を負った鴨戦闘員達と、ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)達が姿を現した。
「貴様ら……伏兵だと!?」
怒りのままに声を荒げるシュヴァ―ン・ダイ・セバットの頬を1発の弾丸が掠めた。明雄の指で、髑髏の指輪がカタカタと、音を立てて笑うかのように震えている。
「……シュヴァーン。お前の相手は、俺達だ」
「そっちはやめろ! 略すならセバットのほうにしろ!!」
声を荒げ、激しく羽ばたくセバット。その下では、無駄に多い鴨戦闘員達が灼滅者にジリジリと間合いを詰められていた。
「容赦は致しません……湖を愛する人達、そして彼の誇りの為にも!!」
黎明寺・空凛(木花咲耶・d12208)が湖面へとフリージングデスを走らせ、鴨戦闘員達を襲う。
そしてその上を滑るように駆けるカミーリア。その手の中でシャキンと空気を裂くように、銀色の裁断鋏が大きく鳴く。
「今夜は鴨料理といこうじゃないか! わっふがる、材料調達頼んだよ!」
「わっふ!」
流鏑馬・アカネ(紅蓮の解放者・d04328)の霊犬、わっふがるが鴨の中へと飛び込み、それに続くように月雲・悠一(ブレイズオブヴァンガード・d02499)のウロボロスブレイドが斬り込んだ。
「ったく、様式美も守れない怪人とか、明らかに二流三流だよな」
そうぼやく悠一の声を、シュヴァ―ン・ダイ・セバットは耳ざとく捉え、ワナワナと怒りに震えていた。
「黙れ! ゲルマンシャーク様を拉致した非道の輩が何を言う!」
思わず手を止め、涙を流すシュヴァ―ン・ダイ・セバットを見上げる。
「信じたのかよさっきのアレ」
怒り故か、そう呟いたファルケの声は聞こえていないようであった。
●怪人? いいえ変人です
「お前達ッ! お子様方にトラウマ刻みつけるレベルでボッコボコにしておやり! よく言うだろ! 戦いは数だよ兄貴って!」
シュヴァ―ン・ダイ・セバットの起こした竜巻の如き突風に乗ってどこからともなく現れたパンくずが宙を舞い、そして鴨戦闘員がそれに飛びついてゆく。
「できるものなら、やってみればいい!」
識守・理央(マギカヒロイズム・d04029)が鴨戦闘員達へと放つフリージングデスの余波によって湖面に氷が張る。
「――グアッ!!」
悲鳴とも怒声ともつかぬ鴨の鳴き声と共に、1人の鴨戦闘員が氷の世界から飛び出した。
拳を握り直進する鴨戦闘員を、ローゼマリーは正面から待ち受ける。
「ガァッ!!」
黒タイツに包まれた拳が空を裂き、ローゼマリーの頬を打つ。
「――今度は、こちらの番デス!」
頬を拭い、拳を構えるローゼマリー。その拳に、徐々に光が込められてゆく。
「パンチパンチパンチィィ!!」
「グァッ!? ガッ! ガァッー!!?」
連撃の締めに強烈な正拳が顔面に叩き込まれ、鴨戦闘員は弧を描いて彼方へとすっ飛んだ。
手をはたくローゼマリーを、アカネのシールドリングが包み込む。
「大丈夫?」
「ハイ! アリガトウございマス!」
アカネは散々な目にあっている鴨戦闘員達へと呆れたような視線を向けた。
「しかし……怪人っていうより変人だね。戦闘員もなんで頭にぬいぐるみ乗せてんの」
「何を言う! 常識からすればお前達だってわりと変人の部類ではないかッ!」
「ガァッ!」「グアッ!」「ガァーッ!!」
シュヴァ―ン・ダイ・セバットの叫びに乗じ、鴨戦闘員達ががなり立てる。
「そうだお前達もっと言ってやれ……って、ちょっ、わーっ!?」
眼前に迫っていたデッドブラスターに、抗う術なく撃ち落されるシュヴァ―ン・ダイ・セバット。
湖面に高く水柱があがった。
「ピーチクパーチク……いい加減にしろ」
「さすがにご当地怪人……いや、ご当地変人と同列で語られるのは……」
理央が生真面目に頭を抱えていた。
鴨戦闘員達は湖で溺れるシュヴァ―ン・ダイ・セバットを救助すべくばちゃばちゃと水面を揺らしている。
「まあ、それはそれとして……一気に片付けるぞ! なんだか隙だらけだ!」
悠一が先頭を駆け、鴨戦闘員達の背後を突く。
閃光、水しぶき、そして爆炎。
白鳥台セバットは、再び戦火に包まれた。
●ドイツ語? いいえ大体日本語です
立ち昇る炎を背後に、シュヴァ―ン・ダイ・セバットが涙を流している。
腕の中には力を失った鴨戦闘員が、胸を押し付けられて幸せそうな顔でぐったりとしていた。
「貴様ら……! おのれ、ゲルマンシャーク様さえ人質に取られていなければ!」
湖面にはぷかぷかと、無数の鴨のぬいぐるみが浮いている。
「いや……そんな配慮はしていたようにはとても」
「そもそも人質なんて取ってないし。なんで信じるかな」
理央とアカネが顔を見合わせた。
「なっ!? まさか貴様ら……私を謀ったか!!」
「うん」
しれっと頷くファルケ。
シュヴァ―ン・ダイ・セバットがゆっくりと立ち上がる。しなやかな四肢が小刻みに揺れていた。
「なっ……なっ……なッ――」
「とりあえずセイヤァー!!」
「――ブッ!?」
ローゼマリーの拳がシュヴァ―ン・ダイ・セバットの顔面にめり込む。
普通にしてればおそらく美形な顔に流れる一筋の鼻血。彼女はそれを腕でぐいと拭い、空中へと退いた。
「許さない! 私を愚弄するだけに留まらず、ゲルマンシャーク様の名をも貶めた貴様らは!」
白い翼を大きく広げ、そしてクルクルと回転をはじめた。
「受けるがいい我が奥義! 白鳥台セバットの――」
シュヴァ―ン・ダイ・セバットが高らかに叫んでいたその最中、彼女の翼を1発のマジックミサイルが貫いた。
「――ぬわあーッ!?」
再び大沼に水柱が上がる。
「あの、つい撃っちゃったのですが……」
空凛が不安げに仲間達を振り返る。バスターライフルを構え、容赦なく追い討ちしながら明雄が頷いた。
「大丈夫だ、問題ない」
「よし、歌エネルギーチャージ完了! 直に感じさせてやるぜ、俺の魂のビート!」
ファルケが自称歌の力を込めに込めたマテリアルロッドを振り上げて、今やっと水面から飛び上がろうとするシュヴァ―ン・ダイ・セバットを捉える。
「食らいやがれ! これが……サウンドフォースブレイクだッ!」
「貴様ッ……!!」
吹き飛ばされ、陸地へと転がるシュヴァ―ン・ダイ・セバット。
「まだだ……まだ……ッ! 私は、負けられないッ! ゲルマンシャーク様のためにも、そして散っていった部下達のためにも……ッ!!」
叫びと共に力を振り絞り、シュヴァ―ン・ダイ・セバットが立ち上がる。
ふと、シャキンと乾いた音が聞こえ、彼女は視線をゆっくりと下へと向けた。
シュヴァ―ン・ダイ・セバットの股間にそそり立つ白鳥の首に、ゆっくりと近付く裁断鋏。
「――ホワッツ!!?」
じゃきっ。大沼に響く味気ない、こざっぱりとした音。
――ドォン!!
直後、弾け飛ぶシュヴァ―ン・ダイ・セバット。湖面に、大量の白い羽根が舞った。
「……なんで英語……」
「せめてそこはドイツ語だよね……って、わっふがる何咥えて……」
アカネが身をかがめ、わっふがると視線を合わせる。
「わっふ!!」
わっふがるの口に、鴨のぬいぐるみがぶら下がっていた。
作者:Nantetu |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年6月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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