自分の身は自分で

    作者:灰紫黄

     なくなった体操服がズタズタに切り裂かれて見つかった。
     財布が盗まれ、中身がごっそりなくなっていた。
     朝学校に来ると、机にひどい落書きがされていた。

     例を挙げればきりがない。いつからか、高校ではそんな事件が頻発するようになっていた。被害者は無差別で、いつ自分が被害に遭うか分からない。その恐怖がみんなを支配していた。
     一人の少女が言った。
    「自分の身は自分で守らなくちゃ。他人はあてにならないよ」
     周りの人間は、その言葉に頷いた。その通りだと思ったから。
     その日から高校はお互いを監視し合う監獄のような世界になった。
     それを見て、少女はこっそり笑う。紅き瞳の、ヴァンパイア。

     教室に入って、まず驚いた。黒板におびただしい落書きがあったからだ。それらは全て口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)を傷付けるものだった。
    「あ、これ? 口で話すより見てもらった方が早いと思って」
     灼滅者の視線に気付いて、目は苦笑した。自分で書いたものだ、と彼女は付け加える。灼滅者が何か言おうとするのを、視線で制して言葉を継ぐ。
    「聞いてる人もいると思う。ヴァンパイア……朱雀門が動きを見せたわ」
     朱雀門の生徒が全国各地の高校に転入し、その高校を支配しようとしている。目的ははっきりしないが、おそらく生徒達を追い詰めることで闇堕ちを促すつもりだろう。
     彼らの活動を看過することはできないが、かといって真正面から対立するのも今の武蔵坂学園の力を考えれば得策ではない。できるだけ戦わないように、企みを阻止してほしい。
    「今回ヴァンパイアが現れたのは、教学の公立校よ。いわゆる普通の学校。そしてヴァンパイアの名前は早乙女・遠紗。長い黒髪をポニーテールにしてるのが特徴ね」
     遠紗は放課後、闇纏いを使用して大小さまざまな悪事を行っている。目が黒板に書いて見せたのはその一例だ。それらによって生徒を傷付けるだけでなく、お互いに疑いを持たせる魂胆らしい。
    「ヴァンパイアは灼滅しないで。あくまで目的は退かせることよ。みんなを退けても作戦の続行ができないように仕向けるか、戦闘で倒されるかもしれないと思わせるか……どちらにせよ、ある程度の戦闘は避けられないと思う」
     戦闘になれば遠紗はダンピールとガンナイフのサイキックを使い、さらに、ヘビ型の眷属を二体呼び出す。この眷属は契約の指輪のサイキックを備えている。
     黒板を軽く叩いて、目はもう一度苦笑い。
    「こういうのってなんでもないことに見えるけど、けっこう効くのよね。……ヴァンパイアのせいでみんなが疑心暗鬼に陥ってる。早く楽にしてあげて」
     目の言葉に頷いて、灼滅者達は教室を後にする。気付けば西日が窓から差し込んでいた。


    参加者
    紫・アンジェリア(魂裂・d03048)
    月見里・无凱(深淵に舞う銀翼・d03837)
    クリムヒルト・ドロッセル(蒼にして森緑・d03858)
    高槻・祈梨(戦闘メイド・d07918)
    椎名・亮(イノセントフレイム・d08779)
    眞扉・日有(北の闇風と南の光風の混わる所・d13373)
    宮屋・熾苑(高校生ファイアブラッド・d13528)
    三和・悠仁(影紡ぎ・d17133)

    ■リプレイ

    ●索敵
     放課後、高校に潜入した灼滅者達は分かれて行動を開始した。
    (「見える景色がいつもと違うょ」)
     エイティーンを発動したクリムヒルト・ドロッセル(蒼にして森緑・d03858)は一般の生徒に紛れて遠紗を探す。まずは遠紗のクラスを探す。まずは遠紗の所在を掴まなくてはならない。
     辺りを、無表情に見渡す。異様な光景だった。武蔵坂学園が特殊すぎるため単純な比較はできないが、この高校は決定的に何かが違っていた。行き交う生徒達の顔に明るい色はなく、およそ会話というものがなかった。代わりにお互いを監視するような刺々しい視線があるだけだ。遠紗は学校全体で悪事を働いているようだった。
     遠紗のクラスを発見したのは紫・アンジェリア(魂裂・d03048)だった。容姿はエクスブレインからの情報通りだ。教科書を鞄に入れ、帰宅しようとしているように見えた。けれど、これから悪事に繰り出すのだと、その笑みが物語っていた。教室を出た途端、生徒達の視線が遠紗へ向くことはなかった。アンジェリアの目には分からないが、闇纏いを使ったようだ。
    「早乙女を発見、と」
     尾行して気取られてもかなわない。アンジェリアは仲間にメールし、監視を交代した。
     監視を引き継いだ高槻・祈梨(戦闘メイド・d07918)は、一定の距離を保ちながら、遠紗の後ろをついていく。仲間が遠紗の机に細工している間、時間を稼がねばならない。身長のせいで、高校生に見えないかと心配したが、一般の生徒は気にする様子はない。用意しておいた保険証は無駄になりそうだ。まぁ、他人と関わりたくないというのが本当だろうが。
     遠紗が女子トイレに入った。嫌な予感がして祈梨が様子を伺うと、人の入っている個室に、モップでつっかえ棒をしていた。当然だが、これでは出られない。
    「低レベルな……」
     呆れて呟く。遠紗がトイレを出るのを待って、祈梨はつっかえ棒を外してやった。
     三和・悠仁(影紡ぎ・d17133)も遠紗を監視するメンバーの一人だ。人的被害が出ていないので、遠紗にはあまり敵意は抱いていない。人間同士でも、よくあることだから。
    「……はい、分かりました。それではのちほど」
     仲間から準備完了の報せを受けた悠仁は、人目を気にしながら電話を切った。準備が終わるまでは遠紗を教室から遠ざける必要があったが、今度は教室に誘き寄せる必要がある。
     悠仁は見えないふりをして、姿を消した遠紗の行く手を遮った。遠紗はそれをかわす。すれ違いざま、わざと聞こえるように言った。
    「……であんなことが起きるなんて…………」
     悠仁が口にしたのは、遠紗の教室だった。それを聞いた遠紗は怪訝そうな表情をして、踵を返した。

    ●会敵
     教室に戻っても、特に変わった様子はないようだった。見覚えのない生徒が何人かいるが、それ以外は特に何もない。強いて挙げれば、女子の数が妙に多いくらいだ。
     そう、妙だ。何が、とは言えないが違和感が拭えない。その正体を探るため、遠紗は敢えて闇纏いを解除し、自分の席に座った。そのとき、机に足が当たった拍子に、棚から何かが落ちた。拾ってみると、自分のものではない財布だった。
    「私の財布ですわ! なぜ早乙女さんが!?」
     財布を指差して、見慣れない生徒の一人が叫んだ。この高校の生徒に扮した眞扉・日有(北の闇風と南の光風の混わる所・d13373)だった。
     途端、生徒達の目が遠紗へと向く。放課後だというのに女子が多いのは、目撃者を増やすために无凱がラブフェロモンで集めたからだ。
    「どうしたんだい? 何かあったの?」
     異変には気付かないふりをして、無関係を装う月見里・无凱(深淵に舞う銀翼・d03837)。まるで王子様のようにのほほんとした様子である。今は眼鏡はもなく、髪もそれらしく染めている。
     また教室の一方では、宮屋・熾苑(高校生ファイアブラッド・d13528)が大きな体を活かして遠紗を威嚇していた。まるで、お前が犯人か、と言わんばかりに。
    「早乙女がやったのか? ……もしかして、今までのことも?」
     この高校の生徒を装った椎名・亮(イノセントフレイム・d08779)が問うた。闇纏いを用いて日有の財布を仕込んだのは彼だ。
     亮の問いで、生徒達に動揺が広がる。これまで自分達を苦しめていた悪意の正体が明らかになったのだ。生徒達はそう思ったし、事実そうだった。
    「本当なの、早乙女さん」
     灼滅者でない、一般の生徒が口を開いた。言葉こそ確認のそれだが、責めるような色があった。遠紗は返事はしなかった。代わりに不敵な笑みを浮かべ、それを答えにした。ついでに財布から中身を抜き取り、これ見よがしにポケットに突っ込む。
     生徒達の表情が、動揺から怒りへと変わる。それは遠紗の作戦の終わりを意味していた。
    「……屋上に、行きましょう。お話があります」
    「いいよ」
     日有の提案はあっさりと受け入れられた。
     
     教室にいた四人以外の灼滅者も、屋上にすでに集まっていた。殺気を放つことで人払いも済ませていた。悠仁の顔を見て、遠紗も状況を理解する。
    「私をハメて何がしたいの? あ、ハメるってやらしい意味じゃないからね」
     けらけら笑う遠紗の足元には、いつの間にか二匹のヘビが現れていた。手には銀色のガンナイフが握られている。
    「あなた達による学園の支配の阻止、ですよ。荒事は避けたいので、退いてもらえると助かるのですが」
     いつも通り眼鏡をかけた无凱が、淡々と答えた。
    「ふぅん。一応聞くけど、何者?」
    「答える義理はないな」
     遠紗の問いを、亮は反射的に一刀両断した。遠紗も答えが帰ってくるとは思っていなかったようで、気にした様子はない。
    「ダークネスが灼滅者を子飼にするっていうのもあり得るよね?」
     鎌をかけたつもりだろうか。どちらにせよ、灼滅者達は答えない。それが分かると遠紗はにっと笑って、ガンナイフを構えた。
    「私の邪魔したからには、タダじゃすまないからね?」

    ●会戦
     熾苑は集中力を高めるためのイヤホンを外し、ポケットに入れた。聞いていたのはお気に入りのロックだ。入れ替わりに、手にはスレイヤーカード。静かに、けれど確かに歌う。
    「Let's show time.」
     足元から、赤い炎と黒い影が立ち上った。赤と黒は混じり合って、一瞬、恐竜のような形になった。彼の気性の表れだったのだろう。咆哮し、鬼の腕をヘビの眷属に叩きつける。
    「あてに、頼りに、仲間はするものよ? それに、あなただってヘビをあてにしてるじゃない♪」
     アンジェリアを白金のオーラが包んだ。年齢に似合わないほど妖艶に笑い、ガトリングを構える。火の渦が遠紗に向けて放たれるが、ヘビが間に入り、攻撃を受け止めた。
    「眷属は道具だし。あなた、ぬいぐるみに話しかけるクチ?」
     遠紗はくすりと嘲笑する。赤い逆十字をアンジェリアのいる座標に召喚。危険を察知した熾苑が彼女を突き飛ばし、攻撃を引き受けた。
    「せっかく可愛らしい容姿をしているのだから、男女の修羅場とか作ったほうが早かったような……」
     何とも言えない表情で、悠仁槍を高速回転。ヘビ二匹の間に突撃する。動物が好きなので心が痛んだが、相手は眷属。死骸を利用して造られた存在だ。倒してやるのが手向けだろう。
    「まずは縛り上げて、その次は……」
     无凱の口角がわずかに上がった。それに合わせて鞭剣がしなり、ヘビの眷属を締め上げた。終いには耐えきれなくなり、バラバラに切り刻まれる。
    「やっふるー」
    「……え?」
    「いえ、なんとなく」
     目の合ったクリムヒルトは本当に、他意なく、なんとなく挨拶してしまった。遠紗には通じなかったようだが、その隙に影で制服を切り裂いた。
    「邪魔なんだよ、どけぇッ!!」
     亮のガトリングが轟音とともに炎の雨を吐き出す。もう一体のヘビが炎に包まれ、苦しそうな呻き声を上げた。けれど、それも長くは続かない。
    「貴女の企みはもう終わりです。帰られてはいかがですか?」
     祈梨はヘビに視線も向けず、大鎌を薙いだ。ヘビは二つに分かたれて、次の瞬間には跡形もなく霧散した。
     二体の眷属を倒し、残るは遠紗だけとなった。しかし彼女の表情はまだまだ余裕があることを示している。
    「てめぇやり方が陰湿なんだよ……人の絆を弄びやがって!」
     日有の怒りが、爆発した。彼女の言葉はほとんど仲間を代表したものだっただろう。普段のお嬢様然とした雰囲気は弾け、感情をむき出しにして遠紗に迫る。けれど、日有の斧は遠紗に触れる直前でガンナイフの刃に受け止められていた。
    「絆? 今キミ絆って言った? 信じられない! あはははははは!!」
     戦闘中だというのに、全くはばからず、遠紗は爆笑した。そして、灼滅者や人間達を嘲って言った。
    「絆なんてものが本当にあるなら、私のイタズラくらいでどうにかなるワケないじゃない」
     お返しとばかりに、遠紗は日有の腹部にガンナイフをねじ込んで発砲した。スイッチを切ったように、日有の意識は断絶した。

    ●悪戦
     気を失った日有をフェンスに投げつけ、遠紗はなおも笑う。
    「家族だ友達だって言うヤツラが明日敵にならない保証はないじゃない? でしょ?」
    「もう喋る必要はないです……消えなさい」
     ヴァンパイアの邪悪な笑みを遮ったのは祈梨だった。静かな怒りを込め、大鎌を振り下ろす。遠紗はそれを一歩引くだけで避ける。けれど大鎌はフェイクだった。袖から伸びた鋼糸が遠紗の制服を切り裂いた。白い、血色のない肌がわずかに露わになる。
    「あんま調子のんなよ」
    「どっちが?」
     その頭上から、熾苑。拳にオーラを集め、一気に繰り出す。百を数えそうな連打は、同じ数の弾丸で相殺された。
    「ねぇ、早乙女。いつか生徒達は、気づいたわよ? 自分だけじゃ足りないってね」
     アンジェリアは姿勢を低くとり、遠紗の背後をとる。そして次の瞬間には浮き上がるように斬撃を見舞う。遠紗は振り向かずに、ガンナイフだけでそれを処理。
    「このッ!」
     ガトリングが当たらないと判断した亮は影で遠紗の動きを縛ろうとする。しかしその瞬間には遠紗は彼の真横まで迫っていた。ガンナイフの刃が赤いオーラを帯びて輝く。瞬間、悠仁が間に入った。刃が深く食い込み、返り血が遠紗の白い顔を赤く染めた。
    「……私達を倒しても、得られるものはありません。退いてはどうですか」
     荒い息をつきながらも、悠仁は言う。彼の言うことは至極もっともだった。だから遠紗も一度は頷いた。だが、それだけだった。
    「でも、もう少し遊んでからね?」
     微笑み、遠紗はクリムヒルトに発砲、続けてアンジェリアに向けて引き金を引いた。二人の腹からたっぷりと血が吹き出た。その赤を眺めて、遠紗はますます笑みを深めた。
     戦局は劣勢だった。灼滅者達の攻撃は有効打にならず、逆に遠紗の攻撃は強力。時間を重ねるほど追い詰められ、立っている者は数を減らしていく。
    「あんた、ウザいよ」
     アンジェリアの背後から、遠紗の笑い声が聞こえた。ダン、と鈍い銃声。刹那、熾苑がその身で庇う。胸を弾丸が貫き、血がそのあとを追いかける。そのまま倒れるかと思われた。しかし、意識が沈む一瞬、心の奥底の、一番熱い部分が、倒れるなと叫んだ。目を開けると、まだ立っていた。
    「なんで、まだ立ってるの!?」
     遠紗は素直に、露骨に驚いた。その隙を无凱は見逃さなかった。鞭剣がヴァンパイアの動きを抑え込んだ。
    「今です!!」
     无凱の号令に合わせ、まだ立っている灼滅者は持てる力の全てを攻撃に込めてぶつけた。衣服は引き裂かれ、白い肌は血と火傷で汚れ、それでも遠紗は悠々と立っていた。赤い瞳は、怒りで燃えていた。
     そこに、クリムヒルトが進み出る。暗い眼が、再び遠紗の目と合う。
    「まだやりますか? ボク達はあなたより弱いですが、だからこそ全力で、戦いますょ」
    「っ、この……」
    「ボク達を侮ったから、そんな酷い目に遭っているのでは? ……遊びは終わりです」
     彼女の言う通り、遠紗の怒りは自身の慢心が招いたことだった。そして暗い瞳からのぞく決意が、何よりの警告となった。
    「なんかムカつく」
     それだけ言い残し、むくれた遠紗は屋上から校庭に飛びだした。闇纏いを使っているらしく、一般生徒がそれについて気付いた様子はない。
     遠紗の背中を見届け、灼滅者達はお互いの無事を確認し、深い息をついた。厳しい戦いを伴ったが、ヴァンパイアによる学園支配を阻止することができた。これは氷山の一角でしかない。それでも、意味があると信じて。灼滅者達は少しの休息に身を預けた。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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