創られし賊は省みず

    作者:君島世界

     深夜ともなれば、高速道路の風景はより単純に、殺風景になる。どこまでいっても形の変わらない防音壁と、等間隔に並ぶ照明灯は、全く見るに値しないものだ。
     だからこそ、聞きなれたDJの喋るラジオ放送と、数キロ先にあるサービスエリアでの休憩時間とは、長距離トラックの運転手にとっては貴重なお楽しみと言える。近頃の事情もあって、スピードよりも安全運転をと、余裕を持ったスケジュールを設定してくれる先方もありがたい。
    「~~♪」
     上機嫌にハンドルを回しつつ、未だ見えないサービスエリアに視線を飛ばす。――と、その先に、本来ありえないはずの物を彼は見つけた。
    「おいおい! 高速道路で逆走かよっ!」
     同じ車線上を、こちらに走ってくる車両のヘッドライトだ。慌ててブレーキを踏み、路肩へと車体を寄せる。
     しかし、そこで速度を落としたことが、結果的に運転手に悲惨な運命をもたらすことになった。対向車は一切スピードを落とさず、こちらを向いてさらに加速してきたのだ。
    「な、ふざけ、突っ込んで……ッ!」
     衝突の直前に、それがワンボックスカーであることは知れた。しかしそれっきり、運転手は何も考えられなくなった。
     考えるための命を失ったのだから。
     ぐしゃぐしゃになったワンボックスカーを文字通りぶち抜いて、男たちが現れてくる。あれほどの事故にもかかわらず、ワンボックスカーの男たちはほぼ完全に無傷であった。
    「……ハハハ、すげェな! この速度でぶち当たっても、死ぬどころか怪我一つしてねェじゃないか!」
    「バベルの鎖とサイキック様々だな! マジでやりたい放題だぜ!」
     ゲラゲラと下卑た笑いを浮かべる男たちに、リーダーと思わしき金髪の男が手を叩いて注目を集める。
    「おーら、駄弁ってないで仕事仕事。荷台漁って金目のものは全部取ってこい!」
    「うーす」
     男たちは気のない形式だけの返答をして、しかし一斉にトラックの荷台に上がる。
    「あ、リーダー! これパソコンっすよ! 全然重くないけど持って帰るのめんどくないですか?」
    「バーカ、車積めば一緒だろそんなもん」
    「で、でも、リーダー、俺たちの車、ぶっ壊れてますし……」
    「車ァ?」
     リーダーと呼ばれた男は、すると追い越し車線へと躍り出た。不運にも通りがかった小型車の横から、リーダーはタイミングを合わせて前蹴りを繰り出す。
     轟音。
    「その辺いくらでも走ってんだろうが、バーカ」
     踵と路側帯とに挟まれ、車体をめちゃくちゃに歪ませた小型車は、その場に強制停車させられる。……そちらの運転手も、おそらく。
     
    「今回皆さんに担当していただく事件は、ダークネスではなく強化一般人が起こしたものの内の一つとなります。不死王戦争で灼滅されたソロモンの悪魔・アモンの配下であった彼らは、戦争直後こそおとなしくしていたものの、主の消失に感づいたのか、好き勝手に悪事を働きだしたようです」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)の説明に、灼滅者たちは注目を集める。
    「要注意人物として、『森長・克昌(もりなが・かつまさ)』というリーダー格の強化一般人がいます。見た目は三十歳前後の男性で、がっしりとした体格に金髪、白スーツといった目立つ格好をしています。
     彼は5人程度の手下を連れ、強盗や暴力事件といった犯罪を繰り返しています。バベルの鎖の効果により、事件は決して大きな騒ぎにならず、またサイキックをも扱う彼らに対して、一般の人は対抗する手段を持ちません。
     灼滅者でなければ、彼らの凶行を止めることはできないのです」
     
     克昌とその手下は、とある港の埠頭にある倉庫の一つを不法占拠し、日中はそこに潜んでいる。自らの力を過信しているらしく、見張りの一人も立てていないので、接近と侵入は容易だろう。
     倉庫の内部は体育館程度の広さがある平らな空間となっており、彼らが移動に使う盗難車と山積みになった盗品とが、出入り口となるシャッターの近くに置かれている。それら以外に遮蔽物はないので、発見されれば即座に敵全員との戦闘になる可能性が高い。
     リーダーである克昌は、バトルオーラによく似たサイキックに加え、ソロモンの悪魔のサイキックを扱うこともできる。手下はロケットハンマー相当のサイキックを使い、力任せの攻撃を繰り出してくるだろう。
     ダークネスと比べれば、直接の戦闘能力はかなり劣る。弱った敵を叩くという原則を除いては、連携らしい連携も行ってこないので、油断さえしなければ大した脅威とはならないだろう。
     
    「ソロモンの悪魔に改造されたという点では、彼らもまた被害者なのですが、……欲望のままに暴れる彼らを、救う手段はありません。速やかな対処をお願いします。
     ……負けないでくださいね、皆さん」
     姫子は一礼すると、灼滅者たちを励ますように微笑んだ。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    篁・凜(紅き煉獄の刃・d00970)
    久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)
    神代・紫(宵猫メランコリー・d01774)
    君津・シズク(積木崩し・d11222)
    小鳥遊・亜樹(幼き魔女・d11768)
    安綱・切丸(天下五剣・d14173)
    観屋・晴臣(守る為の牙・d14716)

    ■リプレイ

    ●強襲実行中
    「――ぼくの『サウンドシャッター』はちゃんと広がったよ。音はもうこれで大丈夫」
     短い瞑想を終えて、小鳥遊・亜樹(幼き魔女・d11768)は言う。眺めるのは賊の根城、横浜港のとある倉庫だ。
     悪と断言できる者たちが、そこに潜んでいる。
    「放っておけないよね。人死にも出すみたいだし」
     亜樹の言葉に、観屋・晴臣(守る為の牙・d14716)は曖昧な頷きを返した。
    「……ええ。……俺の方で『殺界形成』はしておきますんで、準備を」
     今回の相手は、強化一般人たちだ。しかし悪事を重ねすぎた彼らに、もはや救いはない。
    「……さっさと終わらせてしまいましょう、皆さん」
     晴臣の促しに、集まった灼滅者たちは一斉に駆け出す。
     見張りのいない警戒線を軽々と踏み越え、正面玄関を蹴破った。一瞬にして、倉庫内の圧が急上昇する。
    「!? な、なんだ、お前ら!」
     ありきたりな賊の怒号に、篁・凜(紅き煉獄の刃・d00970)はしかし答えない。
    「さて、まずは景気づけに派手に行こう。で、車は……」
    「こちらだ、篁」
     安綱・切丸(天下五剣・d14173)の日本刀『夜乃殿』が、音を立てて空を走った。ひゅう、という余韻の後に、正面にあった車のタイヤが二つ、一斉に粉々となる。
    「包囲は――ああ、さすがに手際がいいな。ただの一人とて、こいつらは逃がすなよ」
     同時に、凜の放った炎波が反対側のタイヤを焼いた。炎はそれ以上の破壊をもたらさず、しかし煌々と燃え続ける。
    「……過去がどうであれ、今の彼らを野放しにするわけにはいかないからな」
     抜刀した凜を、朱の光が彩った。と、その火影から、流水のように舞い出でる姿がある。
     姿……久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)は、袖からスレイヤーカードを取り出し、口づけた。
    「さぁ、狩の時間ですよ。――『殺戮・兵装(ゲート・オープン)』!」
     妖の槍を手にした撫子は、瞬く間に敵の死角を走り抜け、賊の一人を斬り捨てる。その男は悲鳴を上げるが、いたずらに振り回す鈍器も返り血でさえも、撫子には届かなかった。
    「なんだこの傷……い、痛ぇ! どういうことだよぉ! お、俺たちは無敵の力を――」
    「ピーピー騒ぐなバーカ。見ろ、あっちの姉ちゃんらのほうがよっぽど堂々としてるぞ」
     鉄火場の癖によ、と濁った視線を向けてくるのが、リーダー格の森長・克昌なのだろう。指差された君津・シズク(積木崩し・d11222)は、克昌を無視し憮然とした態度で男に問う。
    「なに、痛いのがそんなに珍しいの? ……って、ああ、バベルの鎖ね」
     首を振ったシズクの気配が、一段階重くなった。
    「そんなもので防げるほどヤワな攻撃じゃないのよ。残念だったわね」
     これは、無敵の力なんてものではない。そんなことも知らず、好き勝手に暴れていたとは――。
    「アモンの奴も、迷惑な置き土産を残してくれたものだわ。改造と教育が甘いんじゃないかしら?」
     ゆっくりと歩むアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)は、見透かすような視線を全域にくまなく注いでいる。
    「活きはいいようだけど、まあどうとでもなる相手ね」
    「と、そーこーしている間に最後の仕上げ完了っと。裏口も用意してないなんて、やっぱり油断してたんだね」
     言いながら敵の包囲を完成させたのは、神代・紫(宵猫メランコリー・d01774)だ。賊を前に、紫は己自身を戦闘モードへと切り替えていく。
    「悔い改めるつもりもないようだしね、……相応の償いを、して頂きましょう」

    ●処刑遂行中
    「さて、事ここに至りましては慈悲もなく、只管に確実な死を与えましょう――」
     とん、と撫子の爪先が軽いステップを踏んだ。その音と同じくらい呆気なく、十字槍が賊の胸を薙ぐ。
     横一線に炎の花弁が咲いた。
    「ひ、ヒイィ!」
    「おやおや、いつもの威勢とやらは如何しましたか?」
     一瞬で怖気づいた別の賊に、微笑む撫子が穂先を向けた。気を取られている賊の足元から、その隙を逃さず白い冷気が立ち登っていく。
    「『氷界碑文に記されし、彼岸の冷気よ。その冷たき眼差しで世界を包め』……!」
    「なん、だ、……アァア!」
     気づいた時には既に手遅れ。アリスがその指を握り込むと同時に、魔力が収束し賊の全身を氷結させた。
     凍傷に喘ぐ賊の喉を、切丸が片手で吊り上げる。
    「お前らは、その下種な楽しみにどれだけ他人を巻き込んだ? ……いや、どうせ数えてもいないんだろうな」
    「グガ、グ……」
    「そんな連中にかける情けはねエんだよ。――全員ここで死ね」
     必死に振りほどこうと暴れる賊の腹に、切丸の強烈なボディーブローが突き刺さった。うめき声一つ上げず、賊は絶命する。
     と、どこからか巨大なスレッジハンマーを持ち出した禿頭の賊が、デモンストレーションのように近くの盗品を砕いてみせた。
    「テメエら、よくもやりやがったなァ! 今から順番に叩き潰してやるからな……あ……!?」
     虚勢も長くは続かなかった。一切の動揺を見せず、大太刀『斬魔・緋焔』を構える凜が、集中を切っ先に乗せていく。
    「我は刃! 闇を払い、悪を滅する、一振りの剣なり!」
     言霊を重ねるたびに、火に煽られた外套が広がっていった。気圧された賊は、しかし破れかぶれの突撃を繰り出してくる。
    「うっだらあああァァァ!」
     その進路上に、ロケットハンマー『積木崩し』を携えたシズクが立ち塞がった。
    「――せいっ!」
     ゴガァン! という鉄塊同士を打ち付けあった音が響く。その衝撃をグリップから直に味わった賊を、シズクが軽い柄打ちで崩した。
    「ただの力任せか……駄目ね、全然駄目。これが、本当のロケットスマッシュよッ!」
     噛み砕くようなシズクのアッパースイングに、さらに凜の鋭い一刀が加えられる。
    「ぜぇぇぇあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
     一閃。スレッジハンマーが左右に分かたれると同時に、賊も縦一文字に分断された。その賊の死体を、克昌が足蹴にする。
    「バカが。俺がイワすまで手ー出すなっつったろうが」
     裾が血に汚れるのも構わずに、克昌はそれを蹴り転がした。ポケットに入れられていた右手が、唐突に飛び出す。
    「つーわけで、落とし前とれや姉ちゃん。……オラァッ!」
     刺さるような殺気のこもった拳はしかし、
    「久遠、行くよ!」
    「オンッ!」
     横から飛び出してきた紫の霊犬 『久遠』に妨害された。克昌の注意が向いた瞬間に、紫がサイドから強烈な一撃を加える。
    「こ……クソウゼェ……!」
    「ふふ、お生憎様ね。その程度で通るとでも思ったの?」
     久遠と合流した紫は、零下の視線を遠慮なく克昌にぶつけた。久遠の呼吸はさすがに常時より速くなっていたが、即座に亜樹が癒しの矢を放ってくれる。
    「よく頑張ったね、久遠くん。回復はぼくに任せておいて!」
     久遠の傷が塞がると、亜樹はすぐに姿勢を低くして後退した。戦場を駆け回り、一段高くなった場所に陣取る。
    「あの場所からだと、みんながよく見えないから――よしっ!」
    「……なら、こっち側は俺に任せて下さい」
     亜樹が動き回るその対角を、晴臣が隙を作らないように埋めた。晴臣はその場から、戦場の中心、紫とのせめぎあいを見せる克昌へ影縛りを飛ばす。
     具現化された影のトラバサミが、克昌の足首に噛み付いた。
    「痛ッ! てめえ、いい趣味してんじゃねえか……!」
     挑発するように睨め上げてくる克昌に、晴臣は縛霊手を装備して問う。
    「……あんたに、皆さんに聞きたいことがあります」

    ●問答不要の悪人
    「人を傷つけて楽しいか、だと? ンなもん『決まってる』だろ、バーカ」
     トラバサミを蹴り砕いた克昌が、手下と共に嫌らしく笑った。そして克昌たちは、晴臣の問いを積極的に肯定する。
    「正義の味方ごっこなんかやめてヨ、お前も素質があるんなら、俺たちと一緒に『もっと楽しく』――」
    「……お前たちなんかと一緒にするな!」
     怒号と共に踏み込んだ晴臣が、賊の首魁を殴り飛ばした。壁への激突を待たず、霊力の網が克昌をがんじがらめに捕らえる。
    「……来い、ベレト! ……あの胸糞悪い野郎どもに、今まで壊された車の恨みってやつを思い知らせてやれ!」
    「――!」
     ライドキャリバー『ベレト』の悲鳴のようなスキール音が、賊を踏みつけにしていく。轢かれた克昌の注意が逸れたのを確認して、紫は手下の掃討に加わった。
     リーダーが止めていると認識していた敵から襲撃され、一人がクリーンヒットを受ける。
    「私の番ですね……。少しは後悔して頂きましょうか」
    「お……、か、身体が!」
     マテリアルロッドが反動で跳ね返るほどの魔力を注ぎ込まれ、男は耐え切れず後ろに倒れた。男が硬いコンクリートの床に落ちると、間髪を置かず放たれる亜樹のオーラキャノンに全身を挟み撃ちにされ、ついに動かなくなった。
    「同情はしてるよ、ソロモンの悪魔に捕まって、強化一般人にされたことには。……でも」
     放出されなかった亜樹の余剰魔力が、渦を巻いて持ち主の表情を隠す。
    「そうしない選択肢が、きっと君たちにもあったはずなんだって……」
     これで、四人の賊が灼滅された。残る一人の手下が、これ以上ないほどの狼狽を見せる。
    「り、リーダー、まずいっすよ! いいい今からでも遅くないっす、逃げ」
    「バカのお前にひとつ命令をやる。やんなきゃ殺す。いいか、今すぐ敵の包囲を崩せ」
    「な……あ……!」
     それは、どう考えても実行不可能な命令だった。錯乱状態となった手下が見当違いの方向へ逃げ出す所を、凜があっけなく回り込む。
    「そこからどけええぇぇッ!」
     男のやぶれかぶれの攻撃は、隙なく構える凜に通用するわけはなかった。一刀のもとに武器を弾かれ、返す刀で袈裟懸けに斬られる。
    「――笑止!」
     一拍を置いて、紅の刀傷が開いた。致命には至らなかったものの、男はその場で戦意喪失し、ひれ伏して頭の上で両手を組む。
    「たた、助けてくれ……助けてくれ……ッ!」
    「顔を上げな、オッサン」
     切丸が言った。無我夢中で顔を上げた男が見たものは、己を取り囲む呪符の結界。
    「二度は言わねえ。必要ないからな」
     恐怖に引きつった笑いを浮かべる男を、結界を発動した切丸の符が生命ごと閉鎖する。これで、残るは――。
    「残るはあなただけよ。さて、どこかで聞いたことのあるような名前だったけど、なんだったかしら」
     アリスは首をかしげながら、周囲に白の魔弾を生成していく。対する克昌は、その時にはもう黒の魔弾を発射していた。
    「テメエの事情なんざ知るかよッ!」
    「――ふふ」
     殺到する黒を、しかし冷たい白が全て迎撃する。技を破られ、それでも剣呑な仏頂面を保っている克昌に、シズクがハンマーを突きつけて言った。
    「ねえ、貴方たちの事、何ていうか知ってる? ……強化一般人、っていうのよ」
    「改造人間じゃねえのかい、姉ちゃん」
    「そう思いたければご自由にどうぞ。でも、調子に乗りすぎた代償は、ここできっちり支払ってもらうわ」
     シズクがハンマーを揺らす……それが撫子への合図だった。
    「――おお」
     さくりと踊り出た死の斬撃に、克昌は思わず目を見張る。
    「幕引きです。現実はそうそう簡単には行かないのだと、冥土の土産に思い知りなさい」
    「あ……?」
     心臓を貫いた槍を、克昌は不思議に思いながらも引き抜こうとした。指先が柄に掛かる直前に、その動きは停止する。

    ●賊の結末
     狩りは終わった。欲望のままに多くの非道な事件を起こした強化一般人たちは、灼滅という相応の最期を迎えたのだ。
     盗品の山の中で、賊たちは無様な亡骸を晒している。灼滅されたそれらは、時とともに跡形もなく消失するのだろう――この瞬間でさえ、肉体の端からボロボロと粉のように崩れ始めていたのだから。
    「一応ここも探りを入れてみたが、アモンの残党に繋がるような手がかりは何もないようだな……残念だ」
     言いながら、切丸が盗難車の中から出てきた。その手にはいくつかの札束が握られていたが、興味なさそうにその辺りへ放り投げる。
    「どうせこれも真っ当な金じゃないだろう。悪銭身につかず……結局はその通りになったってことだな」
    「悪魔に魂を売った愚か者の末路ね。ゴミ掃除をさせられた気分で、私としては少々不愉快なのだけど」
     近くにあったクレートを椅子代わりに、アリスは足下の賊を一瞥もせず言う。組んだ脚に頬杖を付いて、しかし飽きたとばかりに席を立った。
    「だから遠からず、あなたたちのことは忘れてあげるわ。記録される価値など、ありはしないのだから」
     歩き出すアリスを追わず、凜は懐から薔薇を一輪取り出す。凜はその芳香を楽しみ、棘のある茎を手慰みに遊んで、手向けとばかりに投げ放した。
    「君達の最期に、花を。せめて、安らかに眠るがいい」
     悪人を飾る紅の華は、一枚また一枚と、その花弁を散らしていく。その柔らかな感触でさえ、賊の亡骸を崩し切るには十分だった……。
    「……この歳で人殺しか、私」
     その光景の近くにしゃがみこんでいたシズクは、戦いの感触が残る掌を見つめた。感慨がいまいち薄弱なのは、こういう事に慣れてきているからだろうか。
     そんなヤツにまともな死に方はできないだろうなと、シズクは苦笑する。
    「シーユーヘル。……地獄で会いましょう」
     と、立ち上がったシズクの手を引く者がいた。メディックの亜樹だ。
    「シズクちゃん、お疲れですか?」
    「え……っと、大丈夫大丈夫。心配かけちゃった?」
     ごまかすようなシズクの微笑みに、そうですか、と亜樹は答える。そして現れた僅かな沈黙を気にもせず、亜樹は言葉を続けた。
    「こういう事件をなくすためにも、ソロモンの悪魔をなんとかしないといけないね」
     その言葉に釣られてか、表れた紫が亜樹の頭にぽんと手を置く。
    「ソロモンの悪魔もいいけど、六六六人衆もね……って、あーいや、全部、全部だね」
     戦闘を終えた紫は、いつも通りののんびり屋に戻っていた。霊犬の久遠は少々疲れたのか、主の足元で脚を畳んだリラックス状態だ。
    「それじゃ、そろそろ帰ろーか。久遠もほら、起きろー」
    「アウ」
     久遠を抱く紫が歩き出すのにあわせ、皆も踵を返し倉庫を後にする。出口を出て潮風に当たり、棚引く髪を手で抑える撫子が、ふとこれからのことを考えついた。
     付近の地理を思い出しつつ、撫子は言う。
    「このまま帰るのも何ですから、折角ですし途中で御飯でも食べて行きませんか?」
     撫子が下調べの為に携帯電話を取り出すと、その時、ブォンという盛大なエンジン音が後ろから聞こえてきた。
     ゴーグルを上げた晴臣が、ベレトに騎乗している。晴臣は戦いの最中からイラつきを隠さず、今もその表情は変わらないように見える、が。
    「……行きましょうか」
     晴臣はベレトを降りた。コロコロとタイヤを転がす愛機と共に行く晴臣は、もう倉庫を振り返らない。
     腹に何か収めて人心地つけば、今よりはマシな気分で走ることができるだろう――。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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