【時狂いの洋館】ビアンカネーヴェの迷宮

    作者:志稲愛海

     ――休みなく廻る針は、いつから時を歪ませたのだろうか。
     ボーンボーンと、狂った古い柱時計が無意味な刻を知らせて。
     薄汚れてはいるが上質そうなカーテンが、装飾の凝ったガラスのない窓枠とともに風に揺れている。
     そんな蔦が絡んだ大きなお屋敷の内部――螺旋階段を下りた地下。
     そこは、迷宮と化していた。
     赤の絨毯が敷かれ、ウォールランプの灯火がちらちら揺れる中。
     飾られた宝石は、思わず食べたくなるような、真っ赤な林檎色。
     そして伸びる廊下の先、辿り着いた扉の傍にある、開けっぱなしの宝箱。
     宝の鍵で扉を開けることができば、鏡の世界で自分の姿とご対面。
     その大きな鏡がある部屋の奥には、さらにふたつの扉が。
     そんな大きなこのお屋敷に住むのは……働き者の小人さん?
     いいえ――刹那飛び散ったどす黒い赤は、林檎にしては熟れすぎた色。
     ナイフでネズミを串刺しにしたのは、熱を帯びたチョコの如く溶けかけた、ゾンビ。
     そして迷い込んだ輩を排除したゾンビは、迷宮の廊下を、またぐるぐると徘徊する。
     

    「迷宮って聞くと、なんかわくわくドキドキなカンジするけどさー。ゾンビはやだよねー」
     飛鳥井・遥河(中学生エクスブレイン・dn0040)は、そうひとつ溜め息をついた後。いつものようにへらりと笑んで、集まってくれてありがとーと、灼滅者達に察知した未来予測を告げる。
    「コルベインの水晶城に居たノーライフキングの一部がさ、動き出したようなんだ。コルベインのアンデッドの一部を利用して、迷宮を作り始めているみたい」
     記憶に新しい、『不死王戦争』。
     その際、水晶城にいた成長途中のノーライフキング達が迷宮作成を進めている事が分かったという。
     ノーライフキングの迷宮は、時間が経つほど強力なものとなっていく。
     特に水晶城のノーライフキング達は、コルベインの遺産であるアンデッドを使用できるようなので、このまま放置すれば第二第三のコルベインとなるかもしれない。
     そうなる前に、早急な対応が必要というわけだ。
     
    「それでね、今回見つけた迷宮だけど。山奥にある大きな廃墟の洋館から繋がったダンジョンだよ」
     ただ、まだ主であるノーライフキングが初心者な為か。
     ダンジョン自体は、迷宮と呼ぶには単純すぎる構造だという。
    「この迷宮はね、分かれ道のない長い廊下が伸びてる地下だよ。洋館から地下へと続く螺旋階段を下りて道なりに進めば、ノーライフキングの潜む場所に辿り着けるよー」
     だが勿論、侵入者を排除する為のアンデッドや罠が存在するという。
    「まず、地下に降りて長い廊下を行くと、最初の突き当たりに林檎のように赤く光る宝玉があるんだ。そして傍の壁には、こんな張り紙がしてあるよ――『これはどくりんごだよ』って」
     恐らくこの張り紙は、迷宮の創造主のノーライフキングが書いたと思われるが。
     こうしたものが、この迷宮にはいくつか存在するらしい。
     だがこれは、侵入者を撹乱させ罠に掛ける為というよりは。
     迷宮作り初心者なこのノーライフキングが、どんな罠を仕掛けたか、覚え書きのような感覚で張っているもののようだという。
     そして宝玉がある突き当たりの廊下を曲がると、再び廊下が伸びているというが。
    「しばらく進んだ廊下の次の突き当たりには、扉があるよ。その扉のすぐ傍には蓋の開いた宝箱があって、中にはいろんな色の石がひとつずつついた鍵がいっぱい入ってるんだ。それで扉にはこんな張り紙がしてあるよ――『きらきらひかる、あか・あお・みどり、まぜたいろのかぎ』って」
     そして無事その扉を開けることができれば、広い部屋に辿り着くというが。
    「扉の向こうは大きな鏡がある部屋みたいなんだけど、その部屋の奥に、さらにふたつの扉があるよ。そのどちらかが、ノーライフキングの居場所になるんだけど……ふたつの扉にはそれぞれ、こんな張り紙がしてあるんだ」
     ひとつめの扉の張り紙は、『ぞんび(おひめさまのへいたい)』。
     もうひとつの扉の張り紙は、『おひめさまのおへや』。
    「まぁ、どっちがノーライフキングのいる部屋かは張り紙で一目瞭然で、嘘はないみたいだけど……奥にいるのは、強力なダークネスのノーライフキング。迷宮内にはゾンビが3体ずつ群れを作って迷宮を徘徊してるし、分かりやすい張り紙がしてあるとはいえ罠も仕掛けてあるようだから。ノーライフキングの居場所に踏み込むかどうかの判断は、慎重にね」
     迷宮を突破したらノーライフキングと対決する事になるが、まずは迷宮攻略が先決。
     そして遥河の言うように相手は強力なダークネス、消耗が激しい場合は無理せず帰還して欲しい。
     それから遥河は一通り説明を終えた後。
    「迷わない迷宮だけど、迷宮の主は強力なダークネス・屍王だからさ……くれぐれも、気をつけてね」
     そう迷宮に挑む灼滅者達を見送るのだった。


    参加者
    白・彰二(目隠しの安常処順・d00942)
    伐龍院・黎嚇(龍殺し・d01695)
    オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)
    リュシアン・ヴォーコルベイユ(橄欖のリュンヌ・d02752)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    皇・なのは(へっぽこ・d03947)
    鈴虫・伊万里(黒豹・d12923)

    ■リプレイ

    ●白雪の迷宮、毒林檎の宝玉
     ぐるぐると、まるで狂った時計の針の様に。地下へと続く、洋館の螺旋階段。
     そして下り立ったそこは――屍王が作り上げたという、ラビリンス。
     創造主がまだ見習いの為か、眼前に伸びる廊下は、迷宮というには単純すぎる一本道ではあるものの。
     真っ赤な絨毯に、薄暗い地下をゆらり照らすウォールランプの灯火は、迷宮らしい雰囲気を十分に醸し出している。
    「迷宮攻略ってワクワクするよな!」
    「迷宮! なんだかわくわくしてきますねっ!」
     白・彰二(目隠しの安常処順・d00942)は何処にいるか分からない敵に悟られぬよう静かに歩きながらも、楽しげに皆の先陣を切って。
     鈴虫・伊万里(黒豹・d12923)も不謹慎とは思いつつ。こういうとこに忍び込むのは忍者のロマンです! と、わくわくそわそわ。
     でも勿論、忘れていません。
    (「不死王戦争みたいなこと、もう起こさせはしません!」)
     目的は、迷宮の最奥に潜むという迷宮の主・ノーライフキングを倒すこと。
     ノーライフキングはダークネスの中でも特に強大な力を持つという種族であるが。
    (「遂に強敵と相対する機会を得た。そうだ、屍王ほどの敵こそ僕の力を試す絶好の相手」)
     だからこそ、倒し甲斐のある宿敵。
     伐龍院・黎嚇(龍殺し・d01695)は、強敵と対峙できるこの機会に胸滾らせつつも。
     まずはこの迷宮を無事に攻略しなければと、背後や音に気を配りつつも仲間達と迷宮の奥へと進んでいく。
     洋館から続く地下迷宮の内部は、繋がった洋館の内装と同じような、アンティークでメルヘン調な雰囲気。
     ちょっぴりだけ、童話の世界に入れたような気分に浸りながらも。
    (「それなら、なおのこと、ハッピーエンドを迎えませんと」)
     狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)は、童話のような迷宮の物語の最終ページがハッピーエンドとなるよう、歩みを進める。
     皇・なのは(へっぽこ・d03947)も、侵入を果たした迷宮をぐるりと見回して。
    「モチーフは可愛いよね、敵も可愛くしてくれればなー」
     思わずそう呟かずにはいられない。
     この迷宮を歩き回っているのは、7人の小人でも、森の動物さんでもなく。
     可愛さの欠片もない、ゾンビなのだから。
     そして。
    「この迷宮を作ったノーライフキングは白雪姫になりたいのかしらね? 意地悪なお妃さまの方がイメージだけど」
     ところどころに垣間見えるモチーフは、オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)の言うように、ビアンカネーヴェ――白雪姫。
     それは、幼少時代に誰もが一度は聞いたことがあるだろう児童向けの童話であるが。
    (「童話って、今でこそ子供向けってことになってるけど、話が作られた当初は結構グロかったんだよな……。白雪姫だって、毒りんごの前には頭に櫛がぶっささって死にかけたりしてるし。意地悪なお妃さまは焼けた靴履かされて死ぬまで踊らされたんだっけか」)
     ……くわばらくわばらだぜ、と。
     レイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861)はそっと肩を竦めて。オデットも、呪いが解けないまま残っていそうな洋館ね、と。童話の原文と同じような、メルヘンな雰囲気に孕む不気味さを感じ取る。
     そして、そんな迷宮を作り出したノーライフキングが、どのような屍王かはまだ分からないが。
    (「こんな所に迷宮なんか作り出して、一体何を企んでるんだか」)
     リュシアン・ヴォーコルベイユ(橄欖のリュンヌ・d02752)は、廊下の先に見え始めた赤き宝玉の輝きをそのペリドットの瞳で捉えながら、紡ぐ。
     悪いけど、引きずり出させて貰うよ――白雪姫、と。

     長い廊下を進んだ突き当たりに堂々と飾られているのは、真っ赤な宝玉。
     そして傍には、『これはどくりんごだよ』という張り紙。
    「見た目綺麗だけど、毒リンゴっつーと途端に不気味に見えてくるよな」
    「本当に真実だけを書いているのか、それともこの全てが罠なのか」
    「確かにこれ、毒リンゴっぽいね、綺麗だなー、危なくないなら一個貰ってみたいよ」
     思い思いに、林檎のような赤い石を眺める灼滅者達。
     まるで白雪姫に出てくる毒林檎のように、その色は瑞々しく美しいが。
    「何もないなら、肩すかしをくらうだけで済むが、果たして……」
     最奥で控えているのは、強敵との戦い。
     慎重にいかなければと、黎嚇は妖しい輝きを見遣って。
    「アダムとイブが食べた罪の果実……この宝玉は誰にとっての毒なのかしら?」
     ふと、そんな疑問を口にするオデット。
     自分たちは、白雪姫を助ける王子様じゃないけれども。 
    「この迷宮の主が白雪姫を自称するなら、このりんごは私たちの役に立ってくれるかもしれないのね」
     白雪姫を殺すべく継母が食べさせた『毒りんご』は、罠ではなく強敵との戦いを有利にするアイテムかもしれない。
     そして、お婆さんの振りしたら食べてくれたりしないかしら? と。
     そんな事を思った……その時だった。
    「!」
     ハッと全員が顔を上げ、表情を変える。
     そこには――3体のゾンビの姿が。
     侵入者を排除すべくナイフを振り翳す、アンデッド。
     だがすぐさま、他のゾンビに気取られぬようにと、黎嚇とリュシアンがサウンドシャッターを展開して。
    「貴方の魂に優しき眠りの旅を……」
     解除コードを紡ぎ、力を解放する翡翠。
     そして一気に攻めるべく、剣を高速で振り回すと同時に威力を上げた彰二の炎が燃え盛って。
    「ゾンビもノーライフキングもぶっ潰す!」
    「森の動物たちの代わりに、お友達がゾンビっていうのはちょっと残念ね!」
     オデットの魔力宿りし一撃となのはの螺旋を描く鋭撃が順に、メルヘンの世界に相応しくない輩へと叩きつけられる。
     そして、同時に動いたレイシーと伊万里の、防御すら切り裂く斬撃と頭から地に落とす強烈な投げ技がゾンビを打ち倒して。
     翡翠が全力で振るう無敵斬艦刀がさらにもう1体、腐れた身体をぶった斬れば。
     最後の1体も、黎嚇の裁きの光条とリュシアンの緋き逆さ十字の衝撃を受け、耐えられず崩れ落ちたのだった。
     ゾンビの出現に充分なほど警戒していて。
     さらなる敵を呼び寄せぬ為の対策も万全、攻勢に動いたのが功を奏して。
     癒せぬ傷もそれほど蓄積せずに、3体のゾンビを打ち倒すことが出来た灼滅者達。
     そして改めて、林檎色の宝玉を観察してみる。
    「射程ギリギリまで離れて影業で触ってみるか」
    「なんだか雰囲気出てるよねー、面白いかも」
     翡翠が引き続きゾンビを警戒する中、影業で試しに触れてみようとするレイシーや黎嚇。
     なのはやオデットは、その様をドキドキしながらも見守るも。
    「待った、そこ触るな……ッ!」
     ふいに嫌な予感がした彰二がそう制し、宝玉を見つめていた伊万里も続く。
    「これ、触れば発動するセンサーの一種のみたいですから、触らない方がいいですねっ」
     よくよく見るとこれは、赤い宝石の動きを感知した瞬間発動する単純な罠であると分かったのだった。
     そして張り紙の言う通り、『毒りんご』であった赤い輝きをそのままに。
     灼滅者達は、さらに先へと進む。

    ●きらきら、光の鍵
     赤い宝玉をスルーし、曲がり角に差し掛かって。
    「お、脅かさないでよ、バカ……!」
     急に現われたゾンビの群れに、思わずどっきりとするリュシアン。
     そして一瞬、前を歩く仲間の背中に隠れるも。
     怖いのかと聞かれ、すぐに大きく首を振る。
    「そんなワケないでしょ!」
     何気にホラーは苦手だけど。出てきてしまえば、もう怖くないから。
     だが、突然のゾンビの出現にちょっぴり驚いたものの。
     角を曲がる際や音に警戒していた黎嚇や彰二がすぐに皆に知らせ、ゾンビ達の奇襲を受けることなく、容易に敵を退けた灼滅者達。
     それから、角を曲がった先にあったのは――大きな扉と、口を開けた宝箱。
     それに、『きらきらひかる、あか・あお・みどり、まぜたいろのかぎ』と書かれた張り紙。
    「わぁっ、とても綺麗ね!」
    「この鍵も綺麗だねー」
     宝箱の中には、彩とりどりの宝石がついた可愛いアンティーク調の鍵が沢山。
     御伽噺にでてくるような可愛い鍵に瞳を輝かせるオデットの隣で、なのはも頷きつつ改めて張り紙に目を向けて。
    「えーと、謎かけはこれだから、んーと」
    「まぜたいろのかぎを選択すればいいようだが」
     黎嚇も、無数の鍵に視線を向ける。
     では――その『まぜたいろ』とは、一体何色……?
     張り紙を頼りに思考を巡らせる灼滅者達。
    「光の三原色で、白か透明の鍵でしょうかっ」
    「そうだな、赤・青・緑……光の三原色のことだろうな。てことは透明か白、どっちかだろ」
     そう推理するのは、伊万里とレイシー。
    「白雪姫さんか、ガラスの棺か……どちらでしょうね」
     翡翠も頷きつつ、白雪姫の童話になぞらえて考えてみて。
    「『光る赤と緑と青』なら混ぜれば白だけど、『赤と緑と青を混ぜた色の、光る鍵』なら黒なんだよね」
     多分白でいいと思うけど、と呟きつつも。
     リュシアンは他の色の可能性も頭の隅に置いておく。
     白か透明か、それとも黒か。
     とりあえず宝箱の中から慎重に、候補に出た色の鍵を探してみて。
    「見て、この鍵の石、雪のように真っ白だわ!」
    「まさにスノーホワイトか。試してみるか」
    「この鍵であくかな? みんな気を付けてね」
     なのはは、見つけた白雪色の宝石の鍵を手に、皆にそう声を掛けた後。
     大きな扉に鍵を差し込んで、くるりと回してみる。
     そして。
    「!」
     カチリ、と――そう、音を立てて。
     白雪の鍵が見事、大きな扉を開錠したのだった。
     灼滅者達の推理通り、『光る』赤・青・緑とはまさに、光の三原則。
     それらの色の光を混ぜれば、『白』となるのだ。
    「アレキサンドライトの石のことかと思ってたわ、みんなすごい!」
    「へー、赤・青・緑全部混ぜたら白になんのか。……何で?」
     仲間達の名推理に手を叩き感心するオデットの隣で、きょとりと首を傾げる彰二。
     ひとつ、お勉強になりました??

    ●ふたつの扉
     無事に正しい鍵を見つけた灼滅者達は。
     今度は何が出るのか……そう、注意深く扉を開けてみて。
    「!」
     目に飛び込んできた部屋の中へと視線を向け、思わず大きく瞳を見開く。
     部屋の最奥に見える、ふたつ並んだ扉と。
     部屋にいる――無数のゾンビ!?
     そんな数え切れないほどの大量のゾンビの姿に、一瞬驚くも。
    「なんだ、合わせ鏡か……!」
     それは実は、合わせ鏡に映ったゾンビの姿。
     目の前にある鏡はかなり大きく立派なものであったが。
     例の覚書の張り紙もないし、鏡自体は、どうやら罠ではないようだ。
     ノーライフキングが潜む部屋まで、あともう一歩。
     灼滅者達は扉の向こうの部屋へと足を踏み入れて。3体のゾンビを倒すべく、素早く陣形を成す。
     さすが屍王の部屋に近い場所にいるゾンビだけあり、これまでのゾンビに比べ、若干この部屋の敵は精鋭ゾンビのようではあったが。
    「うし、めらっと燃やす! とにかく燃やす!」
     でも目の前の敵は、3体。この倍以上いたら、少しは苦戦したかもしれないが。
     サウンドシャッターで戦闘音を消した効果で、援軍も来る気配もない。
     ゾンビの持つ閃くナイフが、前衛で壁になる灼滅者達へと次々と斬撃を放ってくるも。
     彰二の身体から噴出した炎が、腐ったゾンビの全身を焦がすように駆け巡って。
     続いたオデットの魔力を帯びた一撃や魔法の矢が、容赦なくゾンビへと見舞われる。
    「なんだかゾンビだけ異質な感じ。もっと可愛いのにしようよ」
     アンティークメルヘンな白雪姫の迷宮に、不似合いなゾンビ達。
     小人さんや動物さんならば、少しは可愛げがあるかもしれないが。逆に考えれば、可愛くないゾンビならば遠慮なく倒せる。
     なのはの繰り出した螺旋の軌跡が敵の身を穿ち貫いて。
     レイシーの操るまるで鴉の如き得物が、死角からの斬撃や螺旋の一撃でゾンビ1体を討ち取れば。
     自称忍者なだけあり、素早い動きから相手を巧くひきつけた伊万里が腕関節を決めた刹那、地面へとゾンビを頭から投げ落として。
     足元が覚束なくなった敵を、豪快にぶん回された翡翠の無敵戦艦刀が両断した。
     そして、残り1体となったゾンビも最後まで見苦しく足掻くも。
     赫奕たる円環から放たれる黎嚇の癒しの光や、翡翠の振るう無敵戦艦刀が起こす風が、鮮血はしる仲間の傷を塞いで。
    「お疲れ様。もう悪い夢を見ないように、ね」
     リュシアンの赤き逆さ十字が、最後のゾンビの身体を引き裂いたのだった。

     鏡の部屋のゾンビを殲滅させた後。
     灼滅者達は改めて、最奥にあるふたつの扉へと視線を向ける。
     ひとつは『ぞんび(おひめさまのへいたい)』、もうひとつは『おひめさまのおへや』。
     レイシーとオデットは、もしかして中にいるかもしれないゾンビが部屋から出てこないよう、怪力無双を駆使し、『ぞんび』の張り紙の部屋を封鎖して。
     もうひとつの部屋――『おひめさまのおへや』へと乗り込む、その前に。
    「傷は癒して万全でいこうねー」
     それぞれ、サイキックを破壊し、思い思いに心霊手術を施しておく。
     それからオデットは、装飾の凝った大きな鏡に視線を向けて。
    「立派な姿見ね、ほんとに鏡の精がいそうよ」
    「この鏡にどちらに進むべきか、教えてもらえると良いのですけど」
     鏡の向こうの世界の自分たちを見つめる翡翠。
     レイシーは、罠などない普通の鏡であることを確認しながら。
    「鏡よ鏡、鏡さん。世界で一番美しいのは俺かしら~」
     なんてな、と。自分の柄ではないと思いつつも、そう鏡へと問いかけてみる。
     ふたつの扉の向こうにそれぞれ潜むモノや、世界で一番美しい人が誰であるかを、大きな鏡は答えてはくれなかったが。
     でも――この先にいるのが一体何者か、想像に難くはない。
     そう、迷宮の創造主・ノーライフキング。
    「あんなこと、もう起こしちゃだめですから……」
     翡翠が思い出すのは、被害を受けた人が出てしまった不死王戦争。
     もう、あの時のような事が起きぬよう……未然に防ぐという決意を、改めて胸に抱いて。
     またどっきり驚かないように、そっと仲間の背後から『おひめさまのおへや』の扉が開かれるのを見守るリュシアン。
     そして先頭に立つ彰二やレイシーが迷宮最後の扉へと手を掛ける様を、なのはやオデットはドキドキと見守る。
    「さてはて、どんなお姫様がくるのかな、楽しみかも」
     この先に何が待つか――突破してきた迷宮のゴールに、ちょっぴりわくわくしながら。
     そして、ギィィ……と軋むような重い音が鏡の部屋に響き始める中。
     龍殺しの伐龍院、その名と力を知らしめる為に、必ずや屍王の首を取り声明を得る、と。
    「屍王、待っていろよ」
     黎嚇は仲間と共に、開いていく扉のその先を見据え、そして足を踏み入れたのだった。

     童話の如き迷宮の最奥――屍王の待つ、『おひめさまのへや』へと。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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