正義を信ずる少女の受難

    作者:飛翔優

    ●少女は正義の心がまま
     ――奈央さんこいつです。
     ――はいはいまたやったのね。
     ――奈央ー、こいつお願い。
     ――まーた悪さしたのね。それじゃ、覚悟は良い?
     ――奈央ー……。
    「……はぁ」
     放課後の教室で一人きり。中学二年生女子、立花奈央は思いふける。
     正義感と腕力を買われて、度々変態行為に及ぼうとする男子生徒を懲らしめてきた。嫌なわけではないけれど、頼りにされている事を嬉しくも思うけど、流石に数が多くなってきた。
     何度も繰り返す輩もいる。
     概ねネタなのだろうけど、だからこそ応えるべきとの思いもある。
     けれど……いい加減、もう少し自重というものを覚えてもいいのではなかろうか?
     ――ならば、植えつけてしまえば良い。お前が思い抱くまま。まずはお前を頼る人間から操れば、いずれ……。
    「……」
     ネガティブな方向へ思考を傾ける度浮かんでくる、闇への誘惑。振り切るように首を振り、奈央は立ち上がる。
    「考えてても仕方ないっか」
     静かなため息をはき出しながら、カバンを片手に歩き出す。
     いつまで、この声に抗えるのかはわからない、
     一線を越えた時、取り返しの付かないことが起きてしまうことは分かっている。
     それでも……彼女は――。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちを前にして、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は語りはじめた。
    「一人の女の子が闇堕ちし、ダークネス・ソロモンの悪魔と化そうとしています」
     本来、闇堕ちしたならばすぐにダークネスとしての意識を持ち、人間としての意識はかき消える。しかし、彼女は人間としての意識を持ち、ダークネスの力を持ちながらもなりきっていない状態だ。
    「ですので、もし彼女が灼滅者の素養を持つのであれば闇堕ちから救い出してきて下さい。しかし、完全なダークネスとなってしまうようであれば……」
     そうなる前に、灼滅を。
    「それでは、具体的な説明に移りますね。まずはダークネスと化そうとしている女の子……立花奈央さんについてのはなしになります」
     立花奈央。中学二年生。正義感が強く武道も嗜んでいる少女で、面倒見もいい性格から周囲の評判も良い。度々悪さをする男の子を懲らしめる事があるのだが、どうもあまり反感は買っていない様子である。
    「と言うより、一部の男子生徒は彼女に懲らしめられることを目的に悪さをしてますね」
     ともあれ、日々増加していく懲らしめていく回数を前に、彼女は心に闇を抱いた。ソロモンの悪魔の力を宿した。
     己を頼る人間を操り、悪さを封じてしまえと……。
    「今は、持ち前の心で抑えています。しかしいつ、何が切っ掛けで弾けてしまうかわかりません。ですので、どうか接触し、説得を行なって下さい」
     一度言葉を切った後、葉月は地図を広げていく。
    「奈央さんの通学路はこの道。この道の途中、公園のあたりで声をかければ、その後の誘導も上手くいくでしょう」
     その後は説得を。
     そして、成功するかしないかにかかわらず、戦いとなる。
    「戦力は奈央さんの他、彼女が無意識に配下と……強化一般人としてしまった女子生徒が三人戦列に加わってきます」
     奈央のソロモンの悪魔としての力量は、配下が居ない状態ならば、八人ならば十分に倒せる程度。
     得物は手錠。妨害能力に優れており、手錠投げによる足止め、ヘッドロックによる武器封じ、パンチによって加護を砕く、と言ったそこそこの威力がある攻撃を使い分けてくる。
     一方、強化一般人たる女子生徒の力量は低い。
     しかし、治療能力に特化しており、声援によって傷を癒し悪しき力を浄化するという。
    「以上で説明を終了します」
     地図など必要な物を手渡すと共に、葉月は説明を締めくくる。
    「本来なら正義感にあふれる、快活な女の子。そんな彼女が闇にとらわれてしまう前に、どうか救い出してきて下さい。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    因幡・雪之丞(青春ニトロ・d00328)
    夜月・深玖(孤剣・d00901)
    金井・修李(無差別改造魔・d03041)
    詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)
    清浄院・謳歌(アストライア・d07892)
    銭形・平和(投げ銭ガール・d15005)
    ステラ・バールフリット(氷と炎の魔女・d16005)
    祈風・海(帰国子女デモノイドウィッチ・d17123)

    ■リプレイ

    ●少女の憂鬱
     穏やかな雲が彼方へと流れていく昼下がり。放課後を迎えて少し経った時間帯の公園に、灼滅者たちはやって来た。
     仲間を残して道へと出て、銭形・平和(投げ銭ガール・d15005)たちは立花奈央の通学路となっている道路へと向かっていく。さり気なく周囲を見回して、奈央の到来を待ち侘びる。
     暫しの後、奈央は一人やって来た。
     微かに頭を抑えながらやって来た。
     気を引くため、平和が先だって声をかけていく。
    「立花奈央さん、だよね?」
    「……そうだけど、あなた達は?」
    「ええと、ちょっと話があるの、公園で話さない?」
     素性などはそちらで話すと、努めて穏やかに平和は誘った。
     警戒心は拭えぬか、返事はない。
     断られてしまわぬよう、詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)が続けて頭を下げる。
    「どうしても聞いて欲しい話があるんです。此処ではちょっと話せないことなので……公園まで、お願い出来ませんか?」
     此処では話せないと言う単語に、偽りはない。
     ただ、匂わせている感情に嘘が含まれている程度。
     それでも了承の言葉は聞こえない。奈央は警戒したまま、沙月たちを眺めている。
    「ええとね、此処では言えないけど……本当に、お話したいことがあるんだ。だから……お願い! 一緒に来て!」
     だから清浄院・謳歌(アストライア・d07892)も言葉を重ね、沙月に合わせて頭を下げる。公園へと来てもらえるよう、ただただ返事を待ち望む。
     心が動かされなかったわけではないだろう。
     聞いてあげたいという感情が浮かばなかったわけでもないだろう。
     しかし……やはり、突然のこと。
     名を知らぬ相手についていくハードルは高く、踏み出すことができていない。これ以上の言葉も、謳歌たちの側は持ちあわせてはいない。
     故に、素早く携帯を操作して公園に待機する仲間たちへと連絡する。
     程なくして、男連中が諍い合う音が聞こえてきた。
    「……これは」
    「大変大変!」
     奈央が公園へと意識を向けた時、金井・修李(無差別改造魔・d03041)が慌てた様子でやって来た。
     顔を上げる平和たちにも見守られながら、肩で息をしながら修李は奈央に声をかける。
    「あ、あの……! ちょっと助けて! ボクの友達が公園で揉め事に巻き込まれちゃって……! 頼りになる人呼んでもらえませんか!?」
     無論、演技。
     されど乱れたい吐息に偽りはなく、深く疑われる理由もない。
    「分かったわ、案内してもらえるかしら」
    「あ、えっと……うん!」
     乗り気になった奈央に元気な声で返答し、修李は案内を開始する。
     沙月たちも後を追い、何も起きていない公園の中へと突入した。

    ●正義の心
     奈央が案内されてきた公園に、諍いはない。
     何度も塗り直されてきたジャングルジムに、改修を重ねてきた滑り台。真新しい色合いを持つベンチに腰掛けた灼滅者たちに出迎えられ、己を案内した修李へと視線を向けていく。
     修李と同じ場所に立つ沙月が頭を下げると共に、総員謝罪のために一礼した。
    「ごめんなさい、どんな理由があるにせよ、結果的に騙す形になってしまいました」
    「……どういうことなのか、説明してもらえるわよね。返答次第じゃ……」
    「はい。まずは……そうですね、状況から説明いたしましょう」
     顔を上げ、沙月が説明を開始する。
     闇堕ちのこと、ダークネスのこと。灼滅者のこと、己らの立場のこと……。
    「あなたは強くて、そして優しい人です。だから、あなたを助けるお手伝いをさせてください」
     全ては奈央を救うため。
     奈央が、奈央を取り巻く人々が幸せであるように。
    「……騙された私が、そうそう簡単に信用できると思う?」
    「それに関して、本当に済まないと思っている。言い訳するつもりもない」
     疑念を含んだ返答に、夜月・深玖(孤剣・d00901)は再び頭を下げる。
     静かに息を呑む音が聞こえた後、顔を上げて細められた瞳を見据えていく。
    「俺達は、君を救いに来た。そのことにも違いはない」
     決して視線は逸らさずに、心の奥まで届くよう。
    「頼られ続けていては滅入るのも仕方ない。だが、君が頼られるように君も誰かを頼って良いんだ。友人達を巻き込むのも、望みではないのだろう?」
     奈央も視線を逸らしはしない。否定もせず、ただ静かに深玖の言葉を聞いていた。
    「正義を全て一人で背負う事はない。君には友人も、俺達もいる。独りじゃないのを忘れないで」
    「それとさ……」
     言葉の終わりに、因幡・雪之丞(青春ニトロ・d00328)が切り込んだ。
     意識を向けられるとともに頭を下げ、言葉を紡ぎ続けていく。
    「ごめんな。俺も、男連中の立場ならきっと一緒になって奈央ちゃんに仕置かれたかった」
    「どういう意味?」
    「あいつらも、奈央ちゃんに甘えてることもわかってるんだ。キミに自分の方を向いてほしくてさ。それが暗黙のお約束みたいになって、無理させちゃって。……代弁させてくれ。馬鹿でごめん!」
     調子に乗って、女子に仕置かれて、でもそれが嬉しくて……。他人の気がしないからこそ、男子たちに変わって謝罪する。
     男は馬鹿な生き物だと、許してくれとは言わないけれど、助けさせて欲しいと伝えていく。
    「無茶を承知で、頼みがある。その力を、なんとか制御して俺たちに力を貸してほしい。今度は、一人きりで抱えさせたりはしないから」
    「……」
     心に響いたか、呆気にとられたか……いずれにせよ、敵意も、殺気も和らいだ。
     故に祈風・海(帰国子女デモノイドウィッチ・d17123)は別の方角から、静かに問いかけていく。
    「そろそろ限界じゃない?」
    「……何が」
    「一人で無理をしないで」
     言葉を遮るのは、否定を紡がせぬため。
     今は聞く時間だと、奈央に伝えるため。
    「わたしね、昔、一人で正義を貫こうとして、無理しすぎて、結局、悪魔のような力で友達を……」
     無理すれば、いずれ自分のようになってしまうと。
     それだけは、なんとしても避けなければならないと!
    「立花さん、お願い! あなたにわたしと同じ間違いをしてほしくはないのよ。あなたがあなた自身を救うこと。それが私の頼み事よ」
     祈りにも似た願いが紡がれ尽くした時、静かな沈黙が訪れる。
     奈央は瞳を細めたまま、静かに俯き拳を握り……。

    「一つ、訪ねたいことがある」
     沈黙を打ち破り、平和が静かに問いかけた。
    「奈央は他人の為、誰かの為に動いてさぁ。そこには自分の意思があるのか?」
    「……どういう意味?」
    「ないならやめな! ってことさ。そしたら、今悩んでる事がなくなるよ!」
     誰がために正義を行うのか、何のために正義を行うのか。誰の意思で正義を行なってきたのか
     人のため? 自分のため?
     返答はなく、故に平和は続けていく。
    「もし、それでもまだ誰かを助けたいなら、今よりも強く自分の意思を持ちなさい! 助ける理由も求めず、自分の意志で助けなさい! でも、きっと一人では、大変だと思う。だから私が助けてあげる。私の意思で助けてあげる。此れが私の正義で、私が奈央に示せる一つの道だから」
    「……」
     やはり、返答はない。
     悩んでいるのか、静かに瞳を細めたまま俯くだけ。
     だから、ステラ・バールフリット(氷と炎の魔女・d16005)が一歩踏み出した。優しい声音で語りかけた。
    「あなたの心に芽生えた、悪魔の力。けど、そんな悪魔の力を借りなくても、貴女にはみんなを惹きつける力があります。変態行為を繰り返す男子生徒は貴女に構って欲しいから繰り返すのですから」
     女子に頼られ、男子に甘えられていた奈央。過程がどうであれ、彼女が惹きつけていたことには違いはない。
     ちらりと雪之丞へと視線を送り、苦笑という反応を得た後に、ステラは更に続けていく。
    「だから、今度は彼らにこう呼びかけて下さい。私と一緒に悪を懲らしめて、と」
    「……え」
    「全員が喜んで貴女と一緒に正義の戦いに加わるでしょう」
     示したのは、歩くべき道。
     具体的な、未来へと進むための方向だ。
     顔を上げた奈央を見つめ返し、ステラは説得を締めくくる。
    「なので貴女も私たちの行う正義の戦いに加わってください」
    「わたしたちは、奈央ちゃんを助けに来たんだよ」
     言葉を引き継ぎ、謳歌が改めて想いをぶつけていく。
    「このままじゃいけないってことは、奈央ちゃんも判ってるはず。奈央ちゃんが悪魔の誘惑に負けてしまえば、今まで抱いてきた想い、信頼してくれた人の気持ち、その全てを失っちゃうと思うから」
     謳歌は正義の味方。
     奈央の背信じた正義を守るため、仲間と共に此処に立っているのだから。
    「わたしたちと一緒に戦って! 心の中の悪魔と!」
     手を伸ばし、力強い眼差しを送っていく。
    「私は……」
     震えながらも差し出された手は、とても暖かな熱を伝えてきて……。
    「っ!」
     振りほどかれ、謳歌は素早く身構えた。
    「来て、ルナルティン!」
     スレイヤーカードを取り出し武装して、変化していく奈央を見つめていく。
    「そう、一人で全部背負わなくてもいいんだよ? 奈央ちゃんの周りにいるのは他人ばかりじゃなくて、相談できる友達も居るはずなんだから!」
    「……うんっ」
     最後に残された一欠片の理性で返答してくれた奈央に対し、修李は力強く頷き返す。
     顕現したソロモンの悪魔を睨みつけ、雪之丞もまたスレイヤーカードを抜いていく。
    「鳴り響け、俺のハートッ!!」
    「あなたの闇がうずくなら、わたしがそれを打ち砕きましょう」
     海もまた武装して、ソロモンの悪魔と対峙する。
     言葉を紡ぐことなく、頭を抑えながら身を起こしたソロモンの悪魔は片手を上げ、公園の影に隠れていた三人の少女たちを呼び寄せた。
     彼女たちが集った時、戦いのゴングが鳴り響く。
     救うための戦いが、さわやかな風とともに開幕した!

    ●強い心で封じ込め
     女子生徒たちの内側へと入り込み、海は斧を振り回す。
    「遠慮しなくていいのよ。全力で戦っていいのよ」
     意識を己へと向けさせて、仲間たちへの被害を減じていく。
     対処は海に任せたと、謳歌は奈央に飛びかかった。
    「一気に決めるよ! 奈央ちゃんのためにも!」
     魔力を込めた杖を叩きつけ、二度、三度と魔力を爆発させていく。
     ふらつきながらも放たれた手錠は、軽い跳躍とともに回避した。
     抑えこんでくれているからだろう、ソロモンの悪魔の動きは鈍い。
     悟っているのだろう。女子生徒たちは、ソロモンの悪魔へと声援を送り少しでも支えんと動いている。
    「貴女に声援を送ってくれる人がいます。悪魔になんて負けないで」
     それすらもプラスの方向になると語りかけ、ステラはギターを叩きつけた。
     何度も、何度も攻撃を重ね、反撃を受け止めたなら、治療を受け付けない状況へと追い込むことに成功する!
    「俺の正義は、ただひとつ。俺の仲間を守ることだ」
     静かな言葉を足元の覚束ないソロモンの悪魔に、抵抗を続ける奈央へと伝え、深玖は鋭い拳を放っていく。
     一発、二発三発と、殴るたびに救済の想いを込めて。
     心の中で、謝罪の言葉を紡ぎつつ……。
    「大丈夫! 急所は狙わないよ!」
     連打に後ずさったソロモンの悪魔を、修李のビームが撃ち抜いた。
     尻餅をついていく様を確認し、声を高らかに張り上げる。
    「今だよ! 一気に……!」
    「悪い、ちょっと寝てて」
     女の子に手荒なことはしたくないと呟いていた雪之丞が、ナイフを振るい、ソロモンの悪魔を押さえつける。
     ろくに動けぬソロモンの悪魔の背後へと回りこみ、平和はおもいっきり蹴りあげた。
    「投げ銭キッーク!」
    「っ!」
     静かな瞳が見据える中、ソロモンの悪魔は一言も紡ぐことなく存在を消していく。
     後に残ったのは一人の少女。眠りこける奈央だけで……。

     事後処理を終えた灼滅者たちは、奈央たちをベンチへと寝かしつけて覚醒を待った。
     目覚めた後、謝罪と感謝を告げてきた彼女に対し、深玖も頭を下げていく。
    「手荒なことをして済まなかった」
    「あ、いいのよ。私だって……ほら」
     非があるのは自分の側。だから謝る必要などどこにもない。
     照れ笑いを浮かべながら手を振る彼女を、ステラがそっと抱きしめた。
    「え……」
    「改めてになりますが……おかえりなさい」
    「……うん」
     闇の誘惑をはねのけ、奈央は戻ってきた。
     だから、感謝を。
     精一杯の言葉を、互いに送り合って笑うのだ。
    「ほんとう、今までよく頑張りましたね」
     既に言いたいことは告げてある。
     だから沙月は称えるに止め、優しく頭を撫でていく。
     新たな風が、公園の中を吹き抜けた。
     新たな灼滅者の誕生を祝福するかのように、木々もざわめいている。
     晴れやかな空から降り注ぐ日差しを浴びて……こうして、また一つ新たな未来が始まったのだ。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 4
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