悪夢の逆転推理劇

    作者:一縷野望


     集められた8人の精神は限界にまで来ていた。
     いや、正確には残った4人、か。

     ――とある劇場にて。
    「嗚呼、今度は窒息死か」
     部屋で首をつった死体を前に、青年は顔を覆い項垂れる。そろそろ暑いのにインバネスコートに鹿内帽を被っているのは『探偵役です』という記号表現のため。
     更に言うと首つり死体はどう考えても腹が裂かれている。死因はそれだろう。
    「どうしてだぁ、どうして……僕はまた間に合わなかったのかぁあ!」
     蹲り悔しげに床を叩く探偵に話しかける者はいない。
     ここから今すぐにでも去りたいという恐怖を貼り付けウンともスンとも言わない。
    『品川役、ここでテグスを隠す素振り』
     メイドが舞台裾から出すカンペに、1人の少女が震える手で糸を指に絡めようとして、
     からーん。
     落とした。
    「! この大根!」
     立ち上がった探偵役の表情が烈火の如く変った。演技じゃない、素だ。
    「もういい、脚本変更! お前が次の被害者!」
    「ご、ごめんなさいごめんなさい! やだやだやだやだ、死にたくないですっ」
     だが舞台裾にいたメイドが糸を伸ばし、あっさりと彼女の胴体をずんばらり。
     血。
     血。
     血。
     生々しく飛び散る血に、顔を背ける、へたり込む、涙を流す……三者三様の反応を示す役者達。
    「てか、お前の脚本が腐ってんだよ」
     探偵役の矛先は顔を背けていた若い男性に向いた。
    「す、すみま……せ……でも、まさかそんな――」
     
     本当に脚本通り人を殺すなんて、思ってもみなかったんですよ。

     そう口にした脚本家の首が何処までしゃべったのかはこの場の誰も把握できなかった……だって、探偵の影によりあっさりと躰からはがされ落とされていたから。
     

    「ん、誰だってそうだよね。まさか本当に死ぬなんて思ってないさ」
     灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)は、タブレットにアングラネットにあがった役者募集の広告を見せる。

    『役者デビューのチャンス!? あなたをプロデュース!』
    『収録された劇は数多くの有名芸能事務所へ!』
    『脚本家、推理作家志望さんも募集中!』

     広告主の「栄桂芸能プロダクション」の実態はソロモンの悪魔・アモンの配下であった強化一般人を頭とした組織である。
     で、アモンがいなくなったので好き勝手をはじめたわけだ。
    「若社長を名乗るのは栄田 桂、20代前半の青年だよ。彼は元々は売れない役者でモブ役ばっか、いつか探偵役を演じる事を夢見てた」
     それをこんな歪んだ形で叶えている。
     ちなみに超大根役者。
    「奴は8人の役者志望、脚本家志望を呼び込んで、探偵劇をやらせるつもりだよ。もちろん主役の探偵は自分」
     この劇の一番の問題点は「被害者が本当に殺される」ところだ。
     当たり前だが、一般人の役者達は桂やその配下の強化一般人(裏方)の攻撃であっさり、死ぬ。
    「だからね、キミ達8人が一般人役者に成り代わって、桂と配下を返り討ちにしてきて欲しいんだ」
     エクスブレイン標の予測により、応募者として成り代わり乗り込むのは問題無く行える。
     ただし乗り込んで即戦闘を仕掛けると彼らは逃走を図ってしまうだろう。
     最初はあくまで『応募してきた役者』ないしは『役者兼脚本家』として振舞わねばならない。
    「桂が想定している芝居の舞台はこんな感じだよ」
     一足早い夏を満喫する為、南にあるある孤島の洋館に集まった桂を含む9人の友人達。
     しかし『桂以外』の彼らの心中には愛憎が渦巻いており、これを機にと起る殺人事件。
     誰が犯人か?
     いや、
     誰が『犯人じゃない』のか?!
    「決ってるのはこれだけ。なにしろ脚本家を募集するぐらいだから筋書きの自由は効きやすいよ。あ、ただね」
     ――桂はスーパー格好いいパーフェクト探偵の役じゃないとダメだけどね。
    「最後のシーンは当然謎解き推理シーンがやりたいってさ」
     うわ、面倒くさい。
     灼滅者の誰かが言った。
     標は「そーだね」としれっと返す。
     敵は探偵役の桂と、メイド2人下男2人の配下。彼らは芝居の裏方も担当している。
     うん、裏方と称してひとりずつ被害者を呼び出して殺してるわけだけどね、彼らは。
     もちろんキミ達は灼滅者だから、強化一般人に攻撃されても死なないわけで。
    「ま、結局は芝居に乗じて探偵と配下を倒せばいいんだよ。だから戦闘を畳みかけるタイミングは任せる」
     芝居の中そういう流れに持っていって戦う、これが一番オーソドックスだろう。
     その場合は、桂と配下4人を相手することになる。
    「ちょっと変ったやり方だと……」
     強化一般人に呼び出された時は血糊で死んだふり。死体役は自由に動けるから、その後暗躍して強化一般人を始末して成り代わることも可能。
    「その気になれば、探偵が『さて』と推理シーン展開してる時に、実は全員が犯人でした――とかも再現出来るよ」
     つまり復活の被害者含む8人が、探偵ひとりを蛸殴り……なにその悪夢の推理小説。
    「そもそも探偵を殺す為にみんなは集まるわけだし、ね。料理の仕方は如何様にも」
     標は悪戯めいた笑みを浮かべると、ぱたりと文庫本を綴じて頭を下げるのであった。


    参加者
    杉下・彰(祈星・d00361)
    比嘉・アレクセイ(貴馬大公の九つの呪文・d00365)
    鏡水・織歌(エヴェイユの翅・d01662)
    メリーベル・ケルン(中学生魔法使い・d01925)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    草那岐・勇介(舞台風・d02601)
    日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)
    土方・士騎(隠斬り・d03473)

    ■リプレイ

    ●序幕
    「で、この脚本の解決編は?」
     栄田桂は軽く脚本を弾き試すように問う。
    「リアリティの為、探偵役の栄田さんにはまだお見せしません」
    「つまり全員で僕を騙すわけだ」
     揺さぶりに1人が挑戦的な笑みで答えた。
    「折角の推理物、仕掛けを入れたいじゃないですか」
    「配役と役者さんの見目がズレてるでしょう」
     ――だから全員じゃないんですよ?
    「今のヒントで判っちゃうかもしれませんね」
     クライマックスまでに説き明かせ、と?
    「その挑戦受けよう。舞台に案内するよ」
    「チェス、お好きですか?」
    「ああ」
     つまみ上げたのは敵を睨むように真正面を見据える黒のナイト。
    「是非お相手願いたい」
    「ならチェスのシーン追加しますね」

     社長室の扉を閉じた秘書ことメイドA、死の間際に語る。
    『この時既に我々は舞台にあげられていたのです。
     コントロール不可な惨劇の舞台に』

    ●登場人物
    『館主、余命僅かな少年:比嘉・アレクセイ(貴馬大公の九つの呪文・d00365)

     腹違いの姉:日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)
     従姉妹の令嬢:メリーベル・ケルン(中学生魔法使い・d01925)
     遠縁:草那岐・勇介(舞台風・d02601)
     勇介妹:鏡水・織歌(エヴェイユの翅・d01662)

     主治医:土方・士騎(隠斬り・d03473)
     謎の青年:紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
     桂の幼馴染み:杉下・彰(祈星・d00361)

     名探偵桂:栄田桂』

    ●亡者の島
     彼は願った。自分を庇い死した両親の元へ逝く前に親しき者に逢いたいと。
     ――ただそれだけなのに。

     この日、ヘリポートにけたたましい音を響かせて1機のヘリが舞い降りた。
    「お客様の出迎えを、失礼のないように」
     使用人に指示を出す沙希。
     一方、青年は目的の人物を認め包帯から覗く瞳を眇める。
    (「比嘉が来訪を望むのならば仕方がない、か」)
     本当は4人で静かに過ごす方がいいと思うのだけれど、ね。

    「比嘉様、お逢いできて嬉しゅうございますわ」
     純白サマードレスのメリーベルは上品な所作で主の元へ駆け込み、頭を垂れた。
    「お久しぶりです。勇介さんと織歌さんも」
     何故かメリーベルの荷物を持たされた勇介と、首元でヘッドフォンを揺らし不機嫌な織歌へも比嘉は嬉しげに手を振り出迎える。
     招いたのはこの3人、幼少時から仲良く過ごした縁者であり――相続権を持つ者達。
    「大学はどうですか?」
     知る事が叶わぬ世界への好奇心で口にしたら勇介の頬が引き攣る。
    「た、楽しいですよ」
     裏返る声にメリーベルはにんまり。
    (「お人が悪いですわ。裏口入学の件さっそく揺さぶりなんて」)
    「兄さん苛めるために呼んだのかよっ、このクソガキ」
     怒り露わな織歌が比嘉へ掴み掛かる刹那、
     さ。
     迷い知らぬ腕が伸びねじり上げた。
    「あら沙希様怖い。これだから流石生まれが卑しい方は……」
     大袈裟に眉を潜めるメリーベルへは『今すぐ帰れ』と隠しもしない冷めた瞳で対峙する。
     怖い癖に割り入ろうとする兄に微笑み織歌は沙希に体当たりを喰らわせた。
    「舐めンな、これぐれェでビビるかよ」
     姉と妹――立場は違えど血を分けた者を護る気概は変らない。
     そんな殺気立つ場を緩めたのは、

    「桂ちゃ~ん! 待ってってば~」
    「そんなに走ると転ぶぞ」
    「転ばな……わっぷ」

     見知らぬ彼らの間抜けな会話だった。

    「あの高名な桂探偵とお知り合いだなんて、土方先生はさすがです」
     無邪気にはしゃぎ比嘉は握手を求める。
    「桂様とお逢いできるだなんて、光栄ですわ」
     身を乗り出すメリーベルに満更でもないと桂はデレデレ、結果彰にお尻をつねられる羽目になる。
     歓談の合間、士騎はちらと紅茶を啜る謡に視線を送った。
    (「ボクは表舞台に出る気はないんだ」)
     桂を呼んだのは、謡。
    (「呼んだ判断は正しいようだね」)
     この館を覆う闇は深すぎる。

    ●裏取引
     夜。
    「呆れた。まだ決意ができてらっしゃらないの? 相続権の放棄」」
     ベッドに腰掛け底意地が悪い笑みでメリーベルは彼を見上げる。
    「比嘉様もご存じの様子。どの道あなたに選択権はありませんわよ」
     くすくす。
     わざと耳障りにメリーベルは笑声を響かせる。
     相続権を手放さなければ裏口入学を白日の下に晒す。
     放棄すれば大学へは通える。
     通えるの、か?
     比嘉が知っているのに……。
    「少し考えてきます」
    「お返事は今日中にお願いしますわ」

     こんこん。
    「勇介さん? あら貴女、なんの御用ですかしら?」
     金へ対する意地汚さ、その責句に令嬢は不遜な態度で唇を歪める。
    「継承権のない妾腹が何を」
     侮蔑。
     ああやはりこの肉を巡る血は汚らわしい。例えあの子が良しとしても赦されない。
     だから、
     隣に忍び寄りポケットから出した注射針を突き刺した。
     ぐるり。
     瞳が裏返り白目を剥いたかと思うと、みっともなく口から泡を吐いてメリーベルは仰向けに倒れる。
    「この館が血で汚れるのは好きじゃないの」
     ……全てはあの子の物だから。

    ●ひとりめ
    「桂ちゃんの番だよ」
     クッキーを囓る彰に促され桂はカードを引いた。
    「海鳴りが響くんだね」
     地獄に棲まう断罪者の叫び、そんなイメージが浮かぶが口にはしない。
    「初めて来る人だと気になるものなんですね」
    「あがりだ」
     ひらり。
     カードを晒す士騎に桂は悔しげに唇を突き出す。
    「先生は強いですから。チェスなんてプロ級ですよ」
    「それは是非お手合わせ願いたい」
     だが楽しい遊戯の時間は不意に終わりを告げる。
     叫びのような海鳴り――いや、それに交えて聞こえるは、悲鳴。

    「メリーベル、さん?」
     膝を震わせる比嘉を沙希がさりげなく支える。
    「僕じゃない、僕じゃない、僕じゃ……」
     変色した肌を晒すメリーベルの前で顔を覆う勇介。
    「アリバイとかならあるぜ? 二人でテラスで涼んでたんだ」
     兄を庇うように織歌は桂を睨み威嚇する。
    「でも、わたし聞いたんです」
     弟の背を撫でながら沙希は冷めた声で証言開始。
    「遺産放棄しろとか、そんな話」
    「アンタあの時いなかったじゃねェか」
    「つまり織歌さんはいたんですね?」
    「!」
     慌てて口を手で覆う妹を探偵は詰問する。
     検死をする士騎の傍ら、暖炉の中に落ちている紙を彰は見つけ桂をつついた。
    「桂ちゃん、あれ……」
     特徴的な形の紙垂。
    「比嘉君を休ませて」
     頷く沙希の髪飾りに結わえられていたそれは左側が1つ無くなっていた。

    ●舞台裏
     令嬢は糸に首を締められても変らず笑んだ。

    ●ふたりめ
     油断した。
     探偵が抑止力になると思っていた。
     ボク/わたしは、後悔する。この日の事を死ぬまで、いや、死んでも。

    「私は織歌さんを信じてるよ」
     見張りの名目で同室の彰は陽だまりのように、ほわり。
    「お兄さんの潔白を示そうとする優しい妹さんだもん、人殺しなんてしないよ」
    「アマちゃんだな」
     吐き捨てる妹の声を耳にこれはチャンスだと勇介は胸で拳を作った。
     何者かがメリーベルを殺した、だが勇介の疑いは謡の目撃証言で晴れた。逆に嘘をついた織歌が疑われている。
    (「つまり、今比嘉を殺せば――」)
     アリバイがある織歌の疑いはむしろ、晴れる。

     気がつけば、莫大な遺産を持ちかつ自分の秘密を握る少年の前に立っていた。

    「大丈夫ですよ」
     聡い少年はベッドから身を起こすと安心させるように優しい声を響かせる。
    「この事は僕の胸に仕舞っておきますから」
     だからそんな顔をしないで、昔みたいに僕はあなた達兄妹と楽しく過ごしたいだけなんです。

     けれど勇介は優しい想い出じゃなくて、ナイフを突き刺した。

    「そんな、どうして……! く……」
     ぶつり、と。
     穏やかに死にゆくはずだった少年の命は涙に濡れて無残に断ち切られた。

    ●辿り着いた先
    「比嘉、比嘉?!」
    「……そんな」
     泣き崩れる沙希と悔しげに枕を殴る謡の隣、士騎は深いため息を吐く。安寧なる終末を望んだ少年に映るは驚愕、真逆の旅立ちがやりきれない。

    「落ちない、落ちない」
     流しっぱなしの水道の前で勇介は何一つ汚れていない手を洗い続けていた。
    「兄さん」
     水を止めて妹は後ろから抱きしめる。兄の罪を悟りどう庇おうか頭を巡らせながら。

     後悔は連鎖する――次は士騎へ。
    「比嘉は無防備に前から刺されてる、顔見知りの犯行だ」
    「残念ながらそうだろうな」
     検死結果を一通り聞いた謡は、壁を殴り血が滲むほどに唇を噛んだ。
    「メリーベルさんは?」
    「毒針か注射器での毒殺だ」
     俯く謡は哀しげな瞳で小さく紅化粧の唇を震わせる。
    「メリーベルさんを殺した犯人は知ってるんだ」
     館の隠し通路を通れば『彼女』のアリバイは崩壊する。

     ――今思えば、此は謡の遺言だったのかも、しれない。

    「ボクは悲劇を止めたい、比嘉の楽園をこれ以上壊したくない」
     そのために向う先はまずは『彼女』の元だ。
    「比嘉を殺したのは『彼女』ではない気がするが」
     士騎の言葉に何故謡は首を振ったのだろうか、なにが士騎の判断を狂わせたのだろうか――気がつくのはいつも終ってから。
     それは、嫉妬。
     同じ姉なのに隣に立てなかった嫉妬、恐らくは。

    ●舞台裏
     猫が行く。にくきゅうについた血をぺろり舐めとり死体踏みしめ、猫が行く。

    ●さんにんめ
    「沙希さんが殺したのはわかってるよ」
     彼女の髪を飾る紙垂は未だ欠けたまま。
    「全てはあの子のため」
     唱える沙希の声は精彩を欠いていた。
     そう。
     もはや狂気が欠けていた。

     あの子はもう、いない。

    「比嘉の館をもう血で染めないで欲しい」
    「わたしは血で汚すようなやり方はしてないわ」
    「ねえ――」
     震える声は引き金を引く。
    「比嘉が殺してくれって言ったから、やったんだよね?」

     その誤った糾弾は、再び狂気を灯す。

     恐ろしい力で謡の頭を掴み引き寄せると、その柔らかな瞳に針を刺した。
     あの子の姉はわたしだけで、いい。

     ――。
     まるで翼のように解けた包帯が海風に煽られ舞った。
     謡が隠していた性別はあっさりと晒される事になる、彼女の死によって。
    「綺麗に見えるのが、ひどい……よ」
     朝日の中で蹲る彰を支えながら、桂は別の女の嗚咽を耳にする。
    「あの時止めていれば……」
     今まで平静を保ち検死していた士騎が崩れるように顔を覆い漏らすは悔悟。
     惨劇の犯人をつき止める、それが比嘉へ報いる唯一だと笑った謡。
    (「君は優しく、危うい」)
     何故止めなかった! 何故、何故!
    「謡が自殺をする訳がない」
    「僕もそう思います」
     桂は士騎の手を握り締めると視線をあわせ力づけるように続けた。
    「だからあなたの知っている事を聞かせてください。絶対に真相を解明してみせます」
     ――栄田桂の誉れにかけて!

    ●舞台裏
    「お疲れ様、配役交代、だよ」
    「たまには脇役もいいものですわね」
     倒れ伏す二人の使用人、これで全部。

    ●遊戯室
     黄昏。
     盤上から除かれた駒はまるで館から消えた死者のようと憂う桂の指で、右斜め向きの白ナイトが落とされた。
    「桂君」
     だが士騎の声は静逸なまま。

    「私が診た死体『役』だけどね――皆、本当に死んでいたんだ」

     糾弾する眼に桂は陰惨と悦楽を並列存在させた唇を歪める事で応える。
     震え。
     冷静を装う士騎が内心の恐慌を抑え込もうと身じろいだが故の。
     黒のルークをつまむ桂の腕にじわり漆黒が絡んだ。盤上に置かれると同時に尖り士騎の胸を刺し貫く。
     一瞬で。
    「残念だね。脚本通りなら君は最期まで生きていられたのに」
     鹿内帽をかぶり直し注ぐは憐憫。
    「桂ちゃん、いる?」
     彰のノックに邪悪な本性を巧みに隠すと桂は部屋を出た。

    「さて」
     士騎は起き上がると盤上真ん中に白黒ナイトを真正面向きに置いた。
     ――此で準備は整った。

    ●探偵の見た悪夢
    「桂ちゃん、先生の部屋をノックしても返事がないの」
     彰は不安げに瞳を揺らめかせる。
    「いいよ、彼女は犯人じゃないから――はじめよう」
     桂はソファから立ち上がると3人の容疑者をそれぞれじっと見据えた。
    「待てよッこの中に犯人がいるって言うのかよ! 兄さんは違うからなっ」
     もはや誰とも視線をあわせず繰り言を呟くだけの兄を背に庇い、噛みついたのは織歌。
     桂は肩を竦めると彰が見つけた紙垂を沙希の右側にあてて唇を持ち上げる。
    「ぴったりですね、沙希さん」
    「わたしにはアリバイがあるわ」
    「もう崩されていますよ」
     士騎が語った館の秘密通路、なんなら再現しましょうかと桂は嫌味たっぷりに笑う。
    「そう。もうあの子もいないし、意味もないわね」
     沙希は達観した笑みでポケットに手をつっこむと俯いた。
    「そのあの子を殺した方ですが……」
    「僕は悪くない!」
     指摘される前に勇介のメンタルは堪えきれずに自らの犯罪を暴露してしまった。
    「なんでみんな、ばらそうとするんだ!」
     頭を掻きむしり叫ぶ勇介の腕に、
     ふつり。
     針が刺さる。
    「草那岐、貴方だけは!」
     それは諦観とは真逆の血を吐くような、叫び。
    「か……はッ」
     だけど、
     その腕は男にしてはやけに華奢だった。
     断末魔は男にしてはやけに高かった。
    「……織、歌?」
     海老ぞり痙攣する妹を前にしてようやく兄は現実への帰還を果たす。
    「ふふふふふふ」
     あの子は、
     誉めて、
     くれ、る?
    「しまった?! 僕はやはり探偵としては駄目なんだ!」
     陶然とする沙希を前に桂は愕然となり床を叩く。
    「桂ちゃん、しっかりして」
     目の前で起きた惨劇を止められず焦る桂の腕を引き立たせたのは、何時だって支えてくれる幼馴染み。
    「桂ちゃんなら大丈夫」

     ――そう言って差し出したのは、解決編の脚本。

    「もう1つの殺人も説き明かしましょう?」
     とたんに棒読みになる桂の口調、いや、今までも割と棒読みだったけど、それはさておき。
    「士騎殺しの犯人は、栄田桂ですぅ?」
     足下に来た猫、使用人達は未だ舞台の袖。
    「ふざけるな、こんなの認めないぞ!」
     ビリビリ!
     無残に宙を舞う解決編。

    「士騎先生はダイイングメッセージを残してくれました。それはチェス盤のナイトです」

     破かれてもなんのその、暗記している彰は涼しげに謳う。
    「ナイトの置き方は人により癖がありますわ」
     その後を継いだのは死んだはずのメリーベル、場所は判らず、だがからかうような語りは続く。
    「士騎先生は斜め、桂様は真正面向きでしたわよね?」
     そう、社長室で見たから知っている。
    「くぅーー!」
     桂は熱くなった頭を覆う鹿内帽をかなぐり捨てた。
    「こんな舞台やってられるか、僕は帰らせてもらう! お前達片付けておけ!」
     インバネスコートも脱ぎ捨て舞台をおりようとする。
     だから、止めた。

    「待って、桂ちゃん」

     それがお仕舞いの合図。
    「!!!!」
     襲いかかるは灼滅者達の刃。探偵の味方は既にあの世、だから孤立無援絶対敗北さようなら。

     ――此にて、探偵栄田桂の最後の事件は幕引きで御座います。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 17/キャラが大事にされていた 5
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