
「ふぁんふぉうひ?」
観澄・りんね(中学生サウンドソルジャー・dn0007)は口の中に広がるほどよい甘みがなんとも美味な卵焼きを堪能しながら小首を傾げた。
目の前の友人の「そろそろでしょ」という言葉に目を瞬かせる。
「んー……」
咀嚼を終えたりんねは小さめの弁当箱の上に箸を置くと携帯電話を取り出した。
何度か操作し、カレンダー画面を呼び出す。
今月の、つまり5月の28日と表示された枠の中には誕生日を示すアイコンが控えめに主張している。
「そっか、私の誕生日ってもう目の前だった!」
午前中の授業から開放された喜びに満ちる武蔵坂学園の昼休み。
大抵りんねはこうして誰かと教室で昼食をとる事が多い。
そんな何気ない日常のヒトコマの最中の出来事だった。
「すっかりうっかりしてたなー。これでも記憶力はいい方なんだけどねっ!」
外しようのないツッコミどころである。
そういえば聞いたことがある。殲滅者は誕生日には人を招き、大々的にパーティーを行ったりする習わしがあると。
そんな事を考えながら談笑していると、昼休みはあっという間に終わりを告げる。
りんねは気まぐれに買ってみたパック入りの豆乳をそれは微妙な顔しながら飲み干すと、急いで午後の授業の準備を始めた。
自分の席について教科書やノートの取り出しながら考える。
(「色んな人を呼ぶんだったら、みんなも私も楽しい方がいいよね。うーん」)
思考時間は僅か3秒だった。
(「そっか、それならアレしかないよね!」)
自分が好きなもの、つまり音楽を楽しむ誕生日にしたい。そんな思いがだんだんと膨らんできた。
(「たくさんの人と色々な楽器で一緒に演奏してみたいなぁ。あ、楽器が苦手っていう人も楽しめちゃうようなのがいいよね」)
そのためには音楽室や体育館を借りればいいだろうか。
りんねはどうすれば借りる事ができるのか知らなかったが、まあ何とかなるだろう。
世の中何とかならないのはテストの点数だけでいい。
(「あとはやっぱり食べ物に飲み物も欠かせないのかな。これもどうにかなるよねっ」)
やりたい事は決まった。とすれば、後は協力してくれる人を探すのみ。
これは足で稼ぐしかないだろう。
「そうと決まれば!」
りんねは思い切り立ち上がった。
奇しくもそれは授業開始のチャイムが鳴り、教師が入ってきた瞬間だった。
窓際一番先頭の席からの突然の大声に、教師は何が決まったのかと尋ねる。
「私の、やりたい事です!」
呆気にとられる教師に、
「そして宿題忘れましたっ!」
りんねは追い打ちをかけた。
●ごった煮の音楽会
その日の音楽室。
りんねは一同の前で深々と頭を下げた。
「集まってくれてありがとう! 今日は音楽を楽しんでいってほしいなっ」
自分も定位置に着くと、ドラム担当のアリスエンドがスティックを掲げる。
とはいえ彼女の目の前にあるのは2つのバスドラム、ツーバスのみ。
スティックを数度打ち鳴らし、
「うおりゃあぁぁあぁぁあぁああ!」
それを投げ捨てるとペダルを高速で踏みまくり、500BPMもかくやという超連打が生み出す重低音の濁流が音楽室を満たす。
「おお、初っ端からその場のノリ全開って感じっすね。それならおまかせっす!」
実在する奏法は知識だけで実践した事はないレミもアリスエンドのドラム捌きを見て一安心。
レミが持ってもやや小振りに見えるエレキギターをかき鳴らし、ドラムの振動に電子的な音色を重ねていく。
「弾けるかなあ……と思ったけど、体が覚えてる感じなのかな」
エレクトーンを優美に奏でるのは在雛。
演奏前までは久しぶりにエレクトーンを弾くとあり心配で眉根を寄せていた在雛だが、それも霧消したように危なげなく鍵盤を軽いタッチで叩いていく。
「祝い事に音楽は付き物ですがねぇ……」
ハイテンションの中で心落ち着く旋律を爪弾くのは流希。
普段マイペースな流希をそのまま体現したようなメロディはウクレレが生み出していた。
「ウクレレって陽気な音楽しか出来ないと思っている人って結構いるんですよねぇ……」
「半分我流やけん。吹くと歌えんけん、雰囲気だけ味わって欲しいわ」
そう言う神楽が手にするのはオカリナ。
別府のご当地ヒーローである神楽は別府の夏祭りを想起させるような、どこか郷愁にかられる音色を響かせる。
所々にスタッカートを効かせ、篠笛風の祭り囃子も披露。
伝統音楽といえば、ライラの楽器もだろう。
「変わった楽器だねー」
「……これはカマンチェ。昔、中東で暮らしていた時に時々弾いていた楽器よ」
カマンチェとは主にイランに伝わり、小さな太鼓のような胴、そこから伸びるギターのネックにも似た棹に数本の弦が張られた弓奏楽器である。
その音色は砂漠を舞台にした幻想物語を思い起こす者も多いだろう。
「みんなで盛り上がっていくよぉー!」
曲調は一転、千巻のアルトリコーダーがノリノリで吹き鳴らされる。
リコーダーは単純な楽器ではあるが、それこそ身近でかつ奏者の要望をいくらでも実現してくれる万能さを兼ね揃えている。
「テンション上がるの、ひとつよろしくぅ!!」
「わかりました」
ブレスの間に千巻は背後にいた朱里に何かを促す。
朱里はエレクトリック・アップライト・ベース、通称EUBと呼ばれる大型の弦楽器を構える。
千巻の高音に合わせるように朱里はピチカート、弦を弓ではなく指をはじく奏法で跳ねるようなベースラインを爪弾き、リコーダーに深みを付加していく。
「ユーロビートとギターって相性実はいいんだよ!」
シンセサイザーを中心としてミュージックシーケンサーやアナログシンセベースなど、電子楽器に囲まれた寛子はりんねに笑いかける。
「お、いいね。ユーロビートってわくわくするよねっ!」
高音の流れに乗せ、ギターを鳴らすりんね。
機械的な音階を巧みに、まるで踊っているように操る寛子。
りんねの曲調に応じてシーケンサーでリズムを取り、シンセでアドリブを挟んで曲としてまとめ上げる。
「演奏は苦手ですけど、これなら負けません!」
悠花はマイクを手に取り口のギリギリの所まで近付け、破裂音を発声する。
ボイスパーカッションは相応の技量を必要とするが、悠花の場合普段から歌っている分とても安定しているようだ。
悠花の霊犬であるコセイもリズムに合わせ、ウェルシュコーギーのような体に沿うように垂れたしっぽをふりふり。
「よし、俺たちもやってやろうぜ、三味線屋。ロックンロール!」
「まあ、『三味線ロック』なるカテゴリもある事だしな……何とかなるだろう」
悠と弦路は千巻や朱里、悠花らに協調、あるいは対抗するように弦を爪弾く。
その曲調は明らかにロックだが、音の雰囲気がどうにも和風。それもそのはず、2人が弾いているのは三味線だ。
「わわ、三味線って思ってたより速いテンポで弾けるんだね。すごい!」
同じ弦楽器でも全く異なる音のコラボを楽しむ奏者たち。
それに影響されたか否か。
ギターで甘くポップなサウンドを演じていた新乃だったが、突然眼前にギターを持ち上げると。
「ヒャッハー!」
歯で弦を齧りつくようにはじき立て、ギャリギャリと激しい音を炸裂させる。
まさかの『歯ギター』に周囲が息を呑む様子に気付いたのか、咄嗟にギターを下ろす新乃。
「あぅぅ……デモノイド寄生体の衝動なのかなぁこれ……」
「食べちゃいたくなるくらいギターが好きってことだよねっ」
りんねが笑顔で新乃の肩を叩くが、それはどうだろう。
「歯ギター使いが現れるとはな。だが、アタシの情熱もそれに劣るものではない!」
りんねのピックが速く動くにつれ、周もまたフラメンコギターを捌く手を速めていく。
ラスゲアード、またをフラメンコ奏法と呼ぶ周の弾き方で炎が音になってぶつかってくるような激しい波動を爆発させている。
「私も段々楽しくなってきました」
序盤は抑えめにマラカスを振っていた翡翠も、曲も折り返しを迎えた頃から体全体をシェイクしてリズム感を楽しんでいるようだ。
「こっちも変わった楽器……って、えっ!?」
「はい、銀のボウルと泡立て器が私の楽器です!」
リュシールは驚くりんねに腕に抱えたものを見せた。
確かに調理器具に他ならない。勿論、ボウルの中では生クリームが滑らかに泡立っている。
「料理もリズムが大切ですからね♪」
リュシールは一礼し、軽快な音を立てながら踊り、そして歌う。
「折角だから一緒に演奏してみる?」
「いいよ。通販で買ったハンドベル、存分に使ってあげなきゃ!」
アリス・バークリーと蛍はたまたま同じ楽器、ハンドベルを持っていた事から音を合わせてみる事にしたようだ。
お互い2つずつしか持っていなかったのでこれで4つの音を出せるようになった。
「りん、りん、りんねさん……みたいな」
ベルを鳴らす度に歌詞っぽく口ずさむ蛍。期せずその隣では、
「タータ、タンバリンdeルンバ~♪ りーり、りんねさんの転生日~♪」
八王子がタンバリンをぽこしゃら鳴らしながら歌い出した。
「2人とも、どうしたのその歌」
微妙に気の抜ける合唱に思わずアリスは柔らかく苦笑する。
「なんだか音楽性が合う気がする!」
「よろしくお願いするでち!」
しばしアリスを含めた3人はアンサンブルを楽しむのだった。
「稲葉さんの言った通りに引くと確かに曲っぽくなるよー!」
「随分慣れてきたみたいだな、蒼護!」
ギターを操る手にまだぎこちない所はあるものの、蒼護がその手を止めることはない。
同じクラブの稲葉から簡単な和音のコードなどを教えて貰っておりそれを稲葉の、そしてコントラバスでリズムラインを築く蒼慰と共に演奏すると立派な曲の完成だ。
「うむ、悪くないんじゃないか?」
キーボードを担当する直人も序盤は心配したものの、こうして形になっている事が杞憂であったと証明している。
「うんたん……うんたん……っ!」
アリス・アトウッドもカスタネットでぺちぺちカチカチと可愛らしく懸命にリズムを刻んでいる。
掛け声がアレだが、「リズムが取りやすい」と仕込んだのは稲葉である。
「アリスちゃんも良い感じだし……蒼慰ちゃん、もうちょっとテンポ上げても良さそうだぜ!」
稲葉か愛用するギターは赤色の一風変わった、具体的にはボディに空洞がなく全体的に平面な印象があり各スイッチの位置、ブリッジプレートが独特でチューニングや扱いが難しいとされるモデル。
その分あらゆる音を楽しむ事ができるのだ。
蒼慰は首肯すると、
「私も主旋律に乗り込もうかしら」
呟きながら運弓を変化させ、時には指で弾く。
「はわ、みなさんすごいですねっ。うんたん、うんたん!」
アリスは慌てるものの、しっかりとついてきているようだ。
蒼護がそんなアリスと視線を交わし、お互い自然と笑みが溢れる。
(「何を思っているのか、その顔を見れば一発でわかるな」)
自分にも向けられた笑顔に直人は無言で、いや、『音楽』で応えた。
幕引きを盛り上げる転調に稲葉と蒼護は背中を合わせ、お互いのギターを競い合わせるように掻き立てる。
テクや楽器がバラバラの音。だけどその音はこの場にいる全ての演者の気持ちがこもっていて不思議な一体感があった。
音楽室が無限に広がるような全ての重奏の中、曲は最高の盛り上がりをもって終演を迎えた。
●レッツパーリィ!
「ケーキ買ってきたよ! チョコプレートにちゃんとほら、名前を書いてあげたんだ!」
開幕早々新乃が広げたのは大きなケーキ。
「ありがとう、新乃さん! このプレート、食べていいんだよねっ!?」
切り分ける新乃の隣でちゃっかりプレートを確保し、目を輝かせるりんね。
「こっちにもケーキを用意したよ!」
北海道で有名な2層構造のチーズケーキに飾り付けをし、誕生日仕様として用意した寛子。
「これはおみやげ。残ったお湯で粉末スープを溶いて食べるんだよ!」
「北海道限定? わ、すごいお得感。こっちでも売ってくれないかなぁ」
ローカルといえばと八王子が取り出したのは、
「りんねさん、これは!」
「うますぎるね!」
埼玉のあの幔頭。かのフレーズは汎用性がありすぎるのだ。
「りんねさん!」
「今日は凄く楽しかったぜ、良かったらまたやろうな!」
「あっ、悠花さんに悠さん! 2人ともありがと!」
駆けつけてくれたクラスメイトに手を振る。
「コセイもよく来てくれたねー。いいこいいこ!」
「自分が楽しむ事、そして皆を楽しませる事! それが音楽ってものですよね!」
「その通り!」
悠花の言葉に力強く頷くりんね。
「そうだ、これ。プレゼントな!」
歯を見せて笑う悠が渡したのはピックと弦。
「いいの? 嬉しいなぁ、大切に使うね!」
「観澄、おめでとう。そして感謝する……」
「お誕生日おめでとうございます」
悠の傍に控えていた弦路と、それから奥からやって来た朱里がりんねを祝福する。
「これは主人……。お疲れ様、好い演奏会だったな」
「そうですね、弦路さん。一緒に演奏すると気持ちも通じるもので、楽しんでいたのが分かるようでした」
弦路は朱里にも頭を下げ、彼女もまた穏やかに微笑み返す。
「楽しい時間をありがとうございました。よろしければこれを」
「こちらこそありがとう! EUBの速弾き、後でじっくり見せてね!」
色とりどりの上生菓子を朱里から受け取り、ほくほく顔のりんね。
「改めまして観澄さん、初めまして。私リュシール・オーギュストって言います」
「うん、よろしくねっ!」
リュシールは祝辞を述べると、トレイの上に乗せた大量のクレープをひとつりんねに差し出す。
「少しコシがある生地に爽やかな酸味のチェリージャムを敷いて……」
「このクリームってもしかしてさっきの?」
「はい♪ 控え目位がジャムと会って丁度いいんですよ」
演奏時に強い印象が残った様子のりんねがクレープを一口。
「いい音だっただけじゃなくておいしい! 最高だね!」
「……おめでとう、りんね。既に甘い物は沢山あると思うけど、多すぎて困る事はないわね」
「うん、ありが……おおっ!」
ライラは大量のスイーツを投入した。
「いただきまーす。あ、これ私の差し入れの乾パンね」
にゅっと顔を出す蛍は場に出ている菓子を次々と手に、そして口へと運んでいく。
「りんねさんってチェーンソー剣で演奏できる? 電卓でもいいよ」
「えっと。ぱちぱち音が出るのならきっと!」
無茶振りだった。
「やあ、ジュース飲むか?」
そこへ周がコップを2つ持ってりんねの隣に落ち着いた。
「いやーやっぱり上手いな!」
「それほどでもないよー。周さんもナイスファイト!」
片方のコップを受け取ったりんねは満更でもなさそう。
「さぞ音楽の成績も良――!?」
周は笑ったまま目の光が失われているりんねを見た。
「今月テストだっけ。ワタルと勉強してたみたいだけど効果ありそー?」
体力を使い果たし、ゴロついていたアリスエンドが追撃。
「ソ、ソンナノアリエナイヨ?」
「ま、まあ技術と知識は一致しない事もよくある話だしな!」
「そうそれ!」
周のフォローで瞬時に復活した。
「ふーん。豆腐食べる?」
「突然だね!?」
アリスエンドの豆腐に躊躇するりんね。
「あら、豆腐は嫌い?」
アリスが残念そうに尋ねる。
「や、そんなことはな……」
言いかけてはたと気付く。
アリスの冷奴には薬味として生姜や小葱。マヨネーズもまだ分かるがホイップクリームがかけられたものまである。
「私はクリームで食べるけど――みんなどうかした?」
「わ、私は醤油がいいかなって!」
「絹ごしもいいものだよー」
「冷奴も、ね」
アリスエンドとアリスはがっちりと握手を交わした。
なにこの豆腐ミラクル。
「りんねちゃん、おめでと~」
「在雛さんも豆腐好きってことは」
「ん……?」
ウサギのぬいぐるみを在雛から受け取ったりんねは「何でもない」と首をふる。
そこへつげ細工の髪留めをプレゼントする神楽。
「今年一年が貴方にとって幸せでありますように。椿油でちゃんと手入れしてな」
「すごいすべすべ! ありがとう、早速つけてみるね!」
縁起物として重宝されてきたつげ細工。櫛や髪留めは髪を美しくする効果もあるとか。
「髪ピン以外のイメージは、なぁ……」
「似合うかな? あれ、どこ見てるの?」
「ああいや似合っちち!」
若干下を向いていた神楽はつい噛んでしまった。
「おめでたい時には、桜の花を……とは、日本人ならではではないでしょうかねぇ……」
流希は苺ジャムと桜の花ジャムをクラッカーに乗せ、りんねに差し出す。
「独特な香りだけど、こういうのもありだよね!」
「りんねさん、私のパイも良かったら……」
「あ、翡翠さん! じゃあ遠慮なく」
可愛らしい一口サイズのりんごとチョコのパイをぱくり。
翡翠はもぐもぐと咀嚼する様子を翡翠は固唾を呑むように見つめていたが、
「うん、甘くて爽やかでおいしいっ!」
不要な心配だったようだ。
「今度、好きなもの教えてくださいね。来年までに勉強しておきます」
「んー。チーズとかヨーグルトはよく食べるかなぁ?」
音楽以外は深く考えない性格なのだろうか。
ふと、千巻の「せぇの」と小さな声が聞こえたかと思うと。
「「「ハッピバースデー♪」」」
りんね以外の全員が誕生日を祝う歌を合唱し始めたではないか!
千巻が画策していたサプライズに、歌が終わる頃には。
「やっぱり私、音楽が好き。大好き!」
りんねはちょっと泣きそうになっていた。
「テスト以外!」
| 作者:黒柴好人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2013年6月11日
難度:簡単
参加:25人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 0
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