花菖蒲は雨に濡れる

    作者:立川司郎

     雨が降っていた。
     かつて武家屋敷であった邸宅に向かう道には石畳が敷かれ、石灯籠がぽつんと道を照らし出している。
     古い立派な門構えは、奥へと来客を誘う。
     入り口に立つと、鮮やかな色の華が目についた。しとしと、雨は降り続き……相良・隼人は玄関に身を落ち着けると、傘を畳んだ。
     紅色の和傘には一つ、長剣梅鉢の家紋が付いている。ちらりと顔をあげると、隼人は傘をかざした。
    「ああ、これか? あの相良家の家紋だって言うが、ウチの家系がお殿様とかそんな事ある訳ネェだろ。でも何故かしらないが、これがうちの家紋。どうでもいいこった」
     しれっとそう言うのが、隼人らしい。
     屋敷はきちんと片付けられているが、そこかしこに古い小物や家具が置かれている。そのいずれも、長らくこの屋敷で使われてきたものなのであろう。
     こぢんまりとした邸宅を歩き、縁側に抜けると隼人がため息をふうっとついた。
     古い屋敷の臭いに混じり、かすかに花の香りが漂っている。
     最初に目についたのは、灯りであった。
     ゆらりと水面に映ってたゆたう石灯籠の明かり。
     煌々と照らす水面の火は、ぱしゃんと跳ねた鯉によってかき消されてしまった。そっと隼人はしゃがみ込み、側にあった灯籠に火をいれる。
     ぼんやりとした灯りは、この古い屋敷によく似合う。
    「これを見せたかったんだ」
     映し出された庭園に咲いていたのは、満開の花菖蒲であった。池の周囲をぐるりと囲むようにして、美しく花菖蒲が咲き誇っていた。
    「主に江戸花菖蒲だな。ここの屋敷は俺の親族が持っていた家なんだが、まあ今は住む人間が居なくてな。……誰かがこうして庭を見に来てくれると、有り難い」
     そう言うと、隼人は奥へと引っ込んでいった。

     もし貴方が屋敷にやってきてぽつんと縁側に腰を下ろすと、隼人がそっと現れて団子と茶を差し出して去って行くだろう。
     もし庭園を散策したいと願うなら、提灯を差し出そう。
     言葉なく庭を眺め、そして一句詠みたいというなら隼人もきっとつきあってくれる。
     ただお忘れ無く。
    「この花菖蒲は、今この時期だけのものだ。……だから、この花の事は見逃してくれるなよ?」
     風と月光の元咲き誇る花菖蒲は、来客を待っている。


    ■リプレイ

     ふらりと屋敷に立ち寄ると、そこに隼人がいた。
     雨が肩を叩き、无凱はふと鼻を啜る。
     雨の匂いと、そして華の香。
    「傘…貸して頂けませんか?」

     しとしと雨がしたたる庭を眺め、縁側にぽつんと腰掛ける。
     黒は黒地、心葉は濃紫色の着物で花菖蒲を愛でていた。
    「ボクは雨は嫌いじゃないぞ」
     そう言う心葉の横顔に少し顔を赤らめ、黒は団子を心葉に勧めた。
     花より団子より、心葉。
     その一言が微かに聞こえ、心葉はぱくりと団子に口をつける。
     雨音聞きながら庭に降りた煌介は、璃乃の灯りを頼りに傘を差す。
    「花菖蒲とあやめはね、花基の模様が少し違うんよ」
     花を見つめて語る璃乃は、ふわりと笑う。
     ふと肩が濡れているのに気付き、煌介は傘と身を寄せた。
    「璃乃って儚げに見えてさ…この花、だと思う」
     雨の下、凜と咲いている。
     初めての和傘にはしゃいだ優希那は、手にした提灯を水面に写す。
     ゆらり輝く灯りと、花菖蒲。
    「これで蛍も居たら満点の星空みたいにもっと綺麗でしたかねぇ」
     楽しそうに、優希那はマッキに話す。
     蛍袋に夏椿を眺める静寂の一時、苦手なそれもマッキは優希那と二人なら心地よい。
     声を落とすと、雨音が。
    「雨の音が好き」
     闇の中、かごめの声が響く。
     雨音と薄明かりと花菖蒲と、かごめを美しく彩る。八尋が思わず傘で顔を隠すと、かごめは傘を畳んだ。
     ほんのり、頬が赤らんでいる。
    「かごめ…此処に来られて…」
    「…また、一緒にデート、してもらってもいい?」
     八尋の言葉を、かごめが継いだ。

     微かな灯りの元、藤恵はしゃがんで提灯を花菖蒲にかざす。
    「蛇原さんは、花は好きですか?」
     藤恵は、雨の中咲く花も月下に咲く花も好きだという。
     そうして見つめる藤恵の視線の先を、銀嶺も追う。改めて、藤恵を通して見つめる景色がそこに在る。
     ふと、藤恵が銀嶺を見上げた。
     花言葉、ご存じですか?
     
     雨に濡れる花菖蒲の形をじっと見つめ、和泉が聞く。
    「あなたを信じています、だってさ」
     突然花言葉なんて柄じゃ無いと照れる和泉の手を、貴明はそっと取る。
     今この時にしか見られない花菖蒲、和泉が見に来ようと思った気持ちを貴明は察している事だろう。
     だから、来年もまた二人で。
     千李に傘を差しだしながら、蓮は初めての散策に笑顔を浮かべる。
    「こういった静かな時間はいいよな」
     千李の言葉に、蓮が頷く。
     雨と静寂が全てを流し、記憶も感情も全て。思い切って蓮は傘を千李に預けると、雨の中に身を躍らせた。
     願わくば一輪、部屋に咲かせる事が出来れば。
     千李は花言葉を思う。

     華丸が差してくれた傘すら忘れてしまう程に。
     茶子は、その「青」に目を奪われていた。
    「花言葉は、心意気、優しさ、だったか」
     千早が呟く。
     この光景を見ては、一句詠まねば。
    「雨はじく、闇に勝負の匂い立つ」
     千早の声が凜と耳に入ると、はっと茶子が身をすくませた。
     -燎原の 蒼き灯に見ゆ 花菖蒲-
     茶子が見たのは、雨にも消えぬ青い蝋燭の光。
     青は鮮やかに華丸の目にも焼き付く。
    「露落ちる 知らぬ心の あやめ草」
     空の青、海の青、そして青白い炎。
     無意識に涙する、華丸もそんな恋をするのだろうか。

     しとしと濡れる花菖蒲が、そんな言葉を持っていたとは。
     隼人は縁側から花菖蒲を見つめ、ふと笑った。
    「傘は要らないのか?」
     声を掛けられ、華月は首を振った。
     雨に濡れながら、ひっそりと庭に立つ。
    「それでいい…」
     一つ、たった一つ在れば良い。
     自分に言い聞かせるように呟く。
     降り続く雨は猫の姿の夕霧にも伝い落ち。
     菖蒲を見つめる猫の瞳には、菖蒲か綾目か、何れが映る…?見上げる夕霧の目から、雨がぽたり。
     雫を弾いて傘をくるりと回す、千冬は散策。実家の庭を思わせるそこに立ち、そっと花に近寄った。
    「難しいわね」
     ぽつりと千冬が呟く。
     一つ、また一つと落ちる花雫を、モーガンは指で受けた。
     雨に濡れ、憂うのではなく凜と咲く華にモーガンは目を細める。

     ひっそりと過ぎていく人々を、花はただ見送る。

     同じ傘の下、傍に感じる蓮二の温もり。それはとても新鮮で、鵺白はそわそわと雨の下に濡れ、菖蒲を見下ろす。
     心音すら聞こえそうな静寂。
     ふと鵺白の額に温もりが触れた。
    「好きだよ」
    「ふふ、知ってる」
     ひた、と蓮次の頬に触れ鵺白は笑顔を浮かべた。
     身を寄せると、一層雨音近く感じた。
     雨の下待ち合わせ、由衛は夕晴はそれぞれ白狐と黒猫の面で現れる。蝋燭の火と闇と青白い花は、幽玄の狭間へと導く。
     雨と夜、月と花、贅沢に楽しもうと夕晴。
    「それらは美しい、或いははかなさを感じさせるから、好き」
     むろんそれは、一人より二人の方がずっと強く感じる。

     こういう場所が好きだとは意外だった。
     春陽は笑いながら月人に言う。
    「せっかくだから、お庭を見て回りましょ」
     月人が傘を差しだすと、春陽はカメラを手に花菖蒲を眺める。向けられたレンズに驚きつつ、月人はその笑顔を撮ってみたいと思った。
     花菖蒲の中、咲く笑顔を。
     花から花へとふわり、歩く依子の後ろを気遣いつつ篠介は庭に足を踏み入れる。雨降り注ぐ白や紫の花色と香りに、依子は笑みを零した。
    「綺麗だな…」
     思わず呟いた篠介を、依子は見上げ。
     ふ、と微笑んだ。
     言葉は要らず、ただ雨に濡れる花を見つめる二人の意識は同じ刻に在り。
     この時期に咲く華は、ちゃんとが似合うように咲かせているんじゃないかな。そう言ったマキナの言葉に、秀憲は少し驚いた。
     傘の内から花を見ていたマキナが、ふと秀憲の傘を持つ手に触れる。秀憲が手を重ねると、ふとマキナが身を寄せた。
     少し不安げな、マキナの表情。
     ちゃんと、俺はここに居るから。

     花菖蒲を照らす灯の、その影は暗く深く。
     立ち尽くす沫の表情は、ひき込まれそうに虚ろ。ぐいと識が腕を引くと、沫は意識を識へと戻した。
     傘を叩く雨音を聞きながら、沫は識に身を寄せる。
    「昏い所は…苦手です」
     それでも傍に、識が居てくれるから。
     その言葉に、識は優しく笑みを返した。

     雨が跳ねる池の畔、詠は水面をじっと見つめる。
     花菖蒲の姿も、後ろから見守る聡士の姿すらも波紋が揺らす。
    「聡士は知ってる?」
     夜の水面は暗くて冷たくて。でも静かで、危険が無い所。
     水面に手を伸ばした詠の手が水面に触れるより先に、聡士はそっと傍に越しを下ろした。
    「いくら夜が長くても、朝は訪れるものだよ」

     広がる花景色に、燈は思わず見入っていた。
     二人で入った傘の片割れを置いて行く程に。
     頬膨らませた翡翠に気づき、燈は引き返す。
    「雨に濡れる姿も、なかなか綺麗と思わん?」
     次の曲が浮かびそうと燈。
    「じゃあ、曲が出来たら聞かせてください」
     そうしたら、さっきの事は忘れてあげます。


     揺籠を伴い訪れた庭で、彼女の視線を惹きつけた花菖蒲。
     花に寄り添う雨雫に、烏芥も手を伸ばす。
    「これが…気に入ったのか」
     大輪咲かせた花菖蒲が、そこに揺れる。
     少し雨脚が緩んだかと傘掲げ、静樹は深呼吸一つ。提灯の明かりに照らされた花菖蒲を見つめ、思いにふける。
     静寂は心の緊張を解きほぐすよう。
    「この庭園で過ごす時間は、本当に癒やしになります」
     航は隼人に話しつつ、白い花菖蒲に視線をやる。
     一句口ずさみ、そこに強い生命力を感じた。

     ぽつんと縁側に腰掛け、しんとした庭を有斗は眺めた。
     たまには一人で、のんびりするのも悪くない。ぱくりと口に団子を頬張ると、甘い味が広がった。
     浴衣の裾濡らす雨も、花菖蒲を彩る色の一つ。
    「池映る 月の明かりは煙れども 誇る花園 露に輝く」
     明は呟くと、満足そうに微笑した。
     滑り落ちる雨は、鹿威しを傾け音を響かせる。
     透流はすうっと視線を花菖蒲に移し、しゃがみ込んだ。
    「花、綺麗…」
     目を細め、花を眺める。
     雨の中でも花菖蒲は美しく咲き誇る。
     柚羽は雨音と湿った匂いを感じつつ、庭を歩いた。
     この静寂が、柚羽は心地よい。

     友と歩く雨夜。
     和やかな時が過ぎる。

     ピー助を抱いた桜子に、奏恵が傘をひょいと差した。両手の塞がった桜子は、それがありがたい。
    「和傘って始めて使うよ!」
     奏恵も、傘を使う機会が少ない桜子も二人はしゃぐ様子に、エアンも心和む。
     奏恵が花菖蒲の立ち姿にうっとりすると、桜子は葉を指す。どうやら、葉菖蒲にアロマ効果があるようだ。
    「あ、後で皆でお団子食べようよ」
    「奏恵は花より団子?」
    「花もお団子も、だよ!」
     からかうエアンに、奏恵が言葉返した。

     くるりと回し石灯籠の間を歩く紡の傘が、憂花を捕らえる。
     雨に濡れる彼女と二人、傘の雨音を聞きつつ花菖蒲を見下ろす。
    「日本庭園はうかちゃんには宝の山ね」
    「つむぎ、おじゃまします」
     身を寄せ、憂花は紡と歩き出す。
     颯人も詳しくはないが、こうして皆で同じものを見ているだけで嬉しい。夜露に濡れて咲く華の、心を携えたその色は紡の瞳に見えた。
     顔を赤くした紡と颯人を振り返り、憂花は笑顔。
     きっと憂花は、雨がもっと好きになった事だろう。

     揃って和装で庭園散策に繰り出した花遙の四名。
     着物を気遣う秋空と夜鈴、仲良く一つ傘で陣地を分け合い身を寄せる。提灯の灯は心細く、夜鈴は皆の笑い声すら遠く感じ。
    「鈴さん、一句詠む流れみたいよ?」
     秋空に声掛けられ、思案。
     秋空の視線は、しとしと滴る雨に惹きつけられている。
     一方見る物全て物珍しいイレーナは、傘を差した御伽を振り回し気味である。ちょんとしゃがみ込み、頬に手を当て花菖蒲に見惚れた。
    「きれいですね…」
     見惚れるは 雨の夜に浮く 花菖蒲。
     ぽつりと御伽は、一句呟く。
     きょとんと振り返ったイレーナに、気恥ずかしく顔を背けた。

     雨音たてる和傘を、中からロズウェルはじっと見上げる。
     パタリと乾いた傘の音、触れてみるとそれは紙のようだ。
    「花溢れる武家屋敷を拝見出来るなんて」
     と嬉しそうに声をたてていたドナは、花菖蒲に傘の雫が落ちるとほろりと瞳からから雫を零した。ふと触れた寅綺の手に気づき、はたと振り返る。
    「だ、大丈夫です」
     並び、花を見つめる寅綺にもドナの気持ちは分かる。
     こんなに素敵な経験を、仲間と共有出来るなんて。
     にこやかに傘を差しロズウェルと隼人に話しかける裕也は、提灯を手に皆を先導。幽玄の刻へと誘う、船頭。
    「綺麗ですね」
     仄かな光の下、花菖蒲は青白く輝く。

     くるりと回すと、螺旋の巻く薄紫の傘も回る。
     傘の中にしっかりアスルを守って樒深は手を握るが、傘も花菖蒲も物珍しいアスルはちょんと傍に座り込み、手を伸ばす。
    「シキミ、お花、綺麗。ね」
     笑うアスルの髪に手をやり、雫を払う樒深。
     風邪ひかぬよう、傘の内に守る。

     二人並ぶとファッション談義。
     お互い興味津々だったけど、話は尽きず雨の中でもはしゃぐ声響く。
     ふと鶴一が花菖蒲に顔を寄せると、七が頷いた。
    「紫、似合うわね」
    「ホント?ウレシーかも、それ」
     じゃあ、次は七とショッピングにいこう。
     雨の中の、約束。

     朧雲が浮かぶ傘を差し、歩夢は桜柄の傘を追う。
     傘も提灯も、和紙で出来たそれらが珍しく、エミーリアは感嘆の声を上げる。
    「ぼくが好きなのは藤」
     歩夢は、それから薊、ラベンダーと名を挙げる。
    「わたしは向日葵が好きです」
     明るい向日葵は、エミーリアにとても似合う。

     雨模様は叡智の心も現していた。
     晴れない心を気遣い、雪緒は傘を叡智に差してやった。
    「ほらえーちゃん、綺麗っすよ」
     俯き加減の叡智の頭をそっと撫でると、叡智はキッと見返した。
    「子供扱いしないで」
     そっと袖を掴んだまま、叡智は傘に収まったまま。
     小さく、ありがとうと呟く。

     灯を手にした錠の後を、ゆるりと眼目が歩く。
     ぼうと浮かぶ彼の姿は、和の庭に降りた精霊のようだった。
     錠とつかず離れず眼目は言葉なく、滴る雨の匂いに小さく息を吐いた。
     拗ねた顔をしてみせる錠に、しった事ではないと眼目は花を睨み付けた。
     さて、鬼ごっこはどっち?

     縁側の向こうに、雨音が響く。
     九紡は葉の膝の上で、団子をもぐもぐ。ただ時が過ぎる中、葉が何を考えているのか十織には分からない。
     そのレンズが何を捕らえているのかも。
     ただ…。
    「ああ、そうだ」
     顔を挙げて葉が口を開いた。
     ただいま、と。
     小さく息をつき、十織は葉の頭に手を乗せた。

     縁側から、さあさあと雨音を聞く。
     紺色の浴衣の一都、途流は藍色の甚平姿。狭霧は水色の浴衣と、三人とも装いを揃えて庭を眺める。
     天霧の向こうの花菖蒲は、石灯籠に照らされ鈍く輝く。
    「あー!もう我慢出来ない!」
     雨の中、途流は裸足で飛び出した。
     跳ねる途流に続き、傘を手にして降りた一都は狭霧を傘に入れる。
    「雨、そんなに好きなんすねー」
     唖然としつつ、狭霧はふと笑って肩を揺らした。
     こうして見ると、いいものだ。
     一都は雨の匂いに、眼を細める。

    「傘はちゃんと二本借りるのよ」
     姉の言葉にぶつぶつ言い返し、瑛浬は傘を開いた。
     ひょいと入ったさくらえに驚き、慎重を合わせようと瑛浬が背伸び。涼子はそんな弟に笑いを堪えながら、さくらえに声をかけた。
    「やっぱり和傘、似合うわね」
     さくらえは傘を持とうとして、そっと身を寄せた。
     おろおろする瑛浬の肩に手を置くと、少しだけ屈む。
    「うん、綺麗だね」
     花菖蒲を見つめるさくらえの横顔を、瑛浬もちらりと眺めた。

     雨音がしとしと、耳に届く。
     流希は静かにその中に身を浸していたが、雨音が弱まって眼を開いた。
    「雲間が…」
     月が少し、顔を覗かせる。
     そっとお茶を寄せ、縁側から千巻は空を見上げた。雨露にちらりと月明かりが光り、千巻の興味を引く。
    「花菖蒲は、魔除けとしても使われたりするよね」
     神楽にとってその花は特別。楽しげに隼人へ、名の由来である神楽女湖の話を続ける。湖に咲いた、美しい花菖蒲。
    「ボクにとって、故郷はモチベーションやけん」
     さくりと庭に降り、スタンは小豆色の傘を開く。
     遠くで声を聞きながら、そっと眼を閉じた。
     雨の音、花菖蒲の匂い、傘に雨雫、人の声。
     こんな雨の中は、嫌いじゃ無い。
    「雨、冷たくないだろうかな」
     花菖蒲の傍にしゃがみ、琴也は傘を差しだした。
     滴った雨雫を花菖蒲は、それを琴也の鼻先に跳ねる。まるで、花菖蒲に叱られているみたいである。
     ふと笑い、琴也は立ち上がる。
     水面下の根と、水上の花と。
     宗汰はその二面に、ヒトとダークネスを見ていた。もし、それが逆であるなら…そう考え、首を振る。
    「…バカバカしい」
     振り返ると、多岐がカメラを構えていた。
     そっと宗汰が去ると、多岐は声をあげる。
    「何で菖蒲が植わってんだ?」
     背後の隼人に、聞く。
     さあな、と短く答えた隼人にそれ以上問わない。
     ああ、綺麗だ。
     カメラを持ち、多岐は庭に降りた。

     少し顔を覗かせた月明かりが、雨露を光らせるうちに。
     写し取ろう。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月13日
    難度:簡単
    参加:85人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 19/キャラが大事にされていた 4
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