砕け! 鎌倉仏像怪人の野望!

    作者:君島世界

    「ゴミ、ヒロエ……。ゴミ、ヒロエ……」
     目も虚ろな八人の男たちが、腰を屈めて鎌倉のとある商店街通りを南下していく。男たちは手に手に大きなずた袋を提げ、そこらにあるものを片っ端から手に取っては、袋の中に放り込んでいた。
     呟く言葉とは裏腹に、彼らはゴミ拾いを行っているというわけではない。商店が店頭に並べている『全ての物品』を、路上から排除しているのだ。
     その一行の後ろから音頭を取っていたのは、ご当地怪人『鎌倉仏像怪人』である。
    「よい調子にござる。さあさ皆の衆! 鎌倉の地を美しく風情溢るる景色に作り変え、広く世に知らしめましょうぞ!」
    「ゴミ、ヒロエ……。ゴミ、ヒロエ……。カマクラ、バンザイ……」
     と、怪人たちが狼藉を続ける中、たまらず老主人が飛び出してきた。
    「な、何するんだいあんたら! うちの商品だよ! ドロボー!」
     主人がぶんぶんと振り回す箒は、しかし怪人の手によって難なくいなされる。人のよさそうな笑顔を浮かべて、怪人は言った。
    「そなたの御喜捨に感謝いたしまする。これでこの地もより美しくなりましょう」
    「あんたは何を言ってるんだ! お坊さんの格好してからに、この、罰当たりめ!」
    「お年を召した方がそう興奮なされては危のうござるな。どれ、ここは一つ拙僧の秘術で」
     興奮した店主を、怪人は手の一振りで眠らせる。その間も八人の男たちは、怪人の手足となって『町の清掃活動』に従事していた。
    「ゴミ、ヒロエ……。ゴミ、ヒロエ……」
    「うむ、そうでござる皆の衆。拙僧の悲願も、これで新たな一歩を踏み出すことができようぞ! ――全ては偉大なるグローバルジャスティス様と、その御野望、世界征服の為に!」
     
    「ご当地怪人『鎌倉仏像怪人』が、鎌倉のある商店街通りで事件を起こすという未来を察知しました。怪人が起こす事件の詳細と、バベルの鎖による予知をかいくぐる為の作戦を、これから説明させていただきますね」
     と、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった灼滅者たちを見回す。
    「商店街通りに現れた鎌倉仏像怪人は、屋外に陳列されている品物や什器を、ゴミ拾いという名目で全て奪っていくという事件を起こします。実際の作業は力を与えて配下とした一般人に行わせており、怪人自体はほとんどの場合後ろから付いていくだけですが、障害の排除にサイキックを使うこともあるようですね。
     そんな彼らに接近する際には、屋内からの奇襲のみが有効です。手近なお店の中に集まり、通りがかったところを横から攻撃するというのが、一つのパターンでしょう。屋内からの奇襲以外の方法をとると、バベルの鎖に察知されて対策を練られてしまいますので、この点だけはご注意ください」
     戦闘になると、鎌倉仏像怪人は手下を戦闘員として総動員する。彼ら手下は灼滅者で言うところの『手加減攻撃』と『シャウト』に相当する攻撃しかできず、戦闘力も決して強くはないのだが、全員がディフェンダーとして動くことには注意したほうがいいだろう。また、手下はKOすることによって元の一般人へと戻すことができる。
     鎌倉仏像怪人は、キック・ビーム・ダイナミックの三種に加えて、『護符揃え』によく似たサイキックを使用してくる。戦闘力は非常に高く、1体1の戦いでは武蔵坂学園の灼滅者に勝機はない。敵の所在と能力を前もって知ることができ、さらに奇襲を掛けられるという利点をフル活用して事に当たるべきである。
     灼滅者がKOすることによって、鎌倉仏像怪人は即座に灼滅される。
    「観光地として有名な鎌倉ですが、今回はその風情を楽しむ余裕はほとんどないかと思います。強力なダークネスを前に、油断をなさらないよう注意をしてくださいね」


    参加者
    ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)
    叢雲・秋沙(ブレイブハート・d03580)
    狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)
    撫桐・娑婆蔵(鷹の眼を持つトンカラトン・d10859)
    不動峰・明(高校生極道・d11607)
    園観・遥香(デッドアイズ・d14061)
    三条院・榛(どんなに苦しくてもやり遂げる・d14583)
    蓬莱・金糸雀(陽だまりマジカル・d17806)

    ■リプレイ

    ●怪人、襲来す
     とある土産物屋の店内に、しゃらん、と涼しげな金属音が響く。
    「うむ、よい音色だ。やはり鎌倉といえば――」
     狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)は、手に入れたばかりのその品を満足げに眺めた。伏姫のご当地愛を刺激してならないその逸品とは、
    「――エクスカリバーであるな!」
     すなわち模造刀である。実際のところ、鎌倉はあまり関係ないのだが。
     自作の聖剣系ヒロインの衣装に身を包んだ伏姫に、エキサイトした外国人旅行者の一団がカメラを向けようとしてガイドさんに止められている……なんていう平和な光景からさほど離れていない所に、土産を物色する三条院・榛(どんなに苦しくてもやり遂げる・d14583)と、物陰に隠れている蓬莱・金糸雀(陽だまりマジカル・d17806)の姿があった。
     同じ店内にいる他の五名も含め、すぐに声と合図を掛けられる距離である。
    「僕がこうしてお土産見てるのは、一般客の中に紛れる為の工作なんやで……って、僕は誰に話してるんでしょうか」
    「私に聞こえてるけど。さて、今のところ外にそれらしい動きは……」
    「せやったら、その間にアイスクリームでも」
    「待って」
     小物を棚に戻した榛に、金糸雀の鋭い声が飛んだ。その短いやりとりの内に、ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)も近くに来て外を見やる。
    「いましたね。あれが件の怪人ですか」
     はたして『鎌倉仏像怪人』とその手下たちは、斜向かいの菓子屋に現れていた。彼らの蛮行を前に、ヴァンは眼鏡を外して呟く。
    「自分は手を汚さず、手下に窃盗を働かせるとは……見下げ果てた奴ですね」
     ふつふつと義憤が心に沸いてくるが、今はまだ攻撃のタイミングではない。怪人がこちらの正面に来るまでの時間を、灼滅者たちはじっと息を潜めて待った。
     すっかり品の無くなった菓子屋の店先を後にして、怪人が声を上げる。
    「さあ皆の衆! 次はあれなる店の前を『清掃』いたしましょうぞ!」
     怪人が指差す先、こちらの店のショーケースを迂回して、撫桐・娑婆蔵(鷹の眼を持つトンカラトン・d10859)が一気呵成の突撃を敢行した。
    「――と言え!」
     娑婆蔵が全身に巻いた包帯が風に流れる。どこかで見たような格好の娑婆蔵は大きく跳躍し、天空を背に見得を切った。
    「トンカラトンと言え!」
     それは娑婆蔵なりに大真面目な、奇襲の一番槍であった。
    「な……!」
     予期せぬ事態に、怪人の指示が途切れる。その隙に娑婆蔵が手下一人を叩きのめすと、残る灼滅者たちも続々と攻撃を加えていった。
    「ゴミ、ヒロエ……。ゴミ、ヒロエ……。ゴ」
     店の商品を掴んだ手下に、不動峰・明(高校生極道・d11607)の鋭い剣閃が掛かる。
    「堅気に迷惑を掛ける事は、私が許さん。特にこの鎌倉ではな」
     カン、という乾いた音を立てて刀身が白鞘に収まると、手下は糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。唐突に現れた戦闘に、周囲の反応は驚き半分、興奮半分といったところだ。
    「そ、そいつらだ! 俺の店を荒らしやがったのは! 待ってろ、今俺が加勢に――」
     と、被害を受けた店の主だろうか、見慣れぬ男性がこちらへ血相を変えて向かってくるのを、叢雲・秋沙(ブレイブハート・d03580)は急いで制止した。
    「待ちなさい! こいつらは私たちに任せて、あなたは離れていて! ……さあ!」
     王者の風を併用した遥香の説得に、男性は一歩を引く。それを追うような動きを見せる怪人に、園観・遥香(デッドアイズ・d14061)が制約の弾丸の叩き込んだ。
    「ダメだよ。仏像怪人さんは、園観ちゃんに足止めされてないと」
    「拙僧をご存知か」
     怪人が言葉を飛ばす。対する遥香は、首をかしげてこんなことを言った。
    「怪人さんは美男だと聞いてきたんですが……、んー、よくわかりませんね」

    ●不倶戴天の激突
    「なな、なんと!」
     どうやらアイデンティティ問題に引っかかったらしく、怪人がショックを受ける。
    「仏像様を模して整えたこの顔を、そこな女人は微妙と申されるか? まさかまさか、そんなことは……」
    「いやいや、僕はちょっと違う感想持っとるでー」
     指の骨を鳴らす榛の言葉に、怪人がつい視線を向けた。
    「おお、貴兄は物のわかる御仁と見える。して、如何?」
     パァン! と榛の拳が小気味良い音を立てて掌に打ち付けられる。よく見ると榛の足元には、頭に大きなタンコブをこさえた手下が転がっていて……。
    「大仏さんの頭ってのを、一辺ブン殴って砕いてみたかったんや!」
    「ひええ南無三!?」
     いろいろ理解して悲鳴を上げた怪人が、一気に三歩も後ずさった。そうなればさすがに現況は理解し始めるだろうと、ヴァンはここで殺界形成を発動する。
    「初手は上手くいきましたね。まずは大きく駒を進めることができたようで……失礼」
     言いながらも、ヴァンは襲い掛かってきた手下をなんなくかわし、槍の一打ちで昏倒させる。視線を上げると、残った数名の手下がそこに陣形を組み上げていた。
     そして聞こえてきたのは、でたらめな読経の大音声。両手を合わせ大声を上げる手下の傷が、次第に塞がっていく。
     威圧するような光景を前に、しかし秋沙をはじめとする灼滅者たちが怯むことはない。
    「それがシャウト相当のサイキックってわけね! させないよっ!」
     秋沙がガトリングガン『ドレッドノート』をフル回転させ、一気に手下たちをなぎ払った。炎弾乱れ降る弾幕の中へ、さらに金糸雀の放つサイキックが追撃を掛ける。
    「さあ、これでも喰らいなさいっ! 必殺、斬影刃!」
     気合一拍、影業の刃が放たれた。切っ先が土煙を裂き、殴りつけの弧を描いて着弾した先に、手下に隠れながら印を結ぶ怪人の姿が見える。
    「鎌倉大仏怪人! 大人しく正義の裁きを受けなさい!」
    「否! この鎌倉を愛す拙僧の下にこそ、正義はあらん!」
     ヒーローものの主人公めいた金糸雀の叫びに、カッ、と怪人の目が見開かれる。その周囲に、怪しく光る符が浮かび上がった。
    「ははは、これぞ拙僧の秘術! 小癪な待ち伏せにしてやられたが、この符にて汝らの狼藉を防いでみせようぞ!」
    「あの、そんなドヤ顔で自慢されても困りますので、園観ちゃんがブレイクしますね」
     次の瞬間、怪人の秘術はブレイク効果持ちのサイキックに呆気なく破られた。呆然とする怪人が見たのは、青金色のバトルオーラ『園観之理』を開放した遥香の姿。
    「さっきはああ言いましたが、その僧衣ならちょっと着てみたいかもです。あなたを倒したら、園観ちゃんが貰ってもいいですか?」
    「いやいや、あの程度ならば自作も一興であるぞ」
     衣装の話と聞いて、戦闘真っ最中の伏姫が即座に食いついた。言いながらも霊犬『八房』との連携で手下を蹴散らした伏姫は、サイキックソードを地に立てて戦場を眺め始める。
    「この装束も我の自作であるしな。とまあ、こうやって気楽にしていられるのも――」
    「――鎌倉仏像怪人もはや恐るるに足らず、ということだ」
     明がそう宣告した。言葉とは裏腹に気を緩めず、明は鋭い視線に力を集めていく。
    「見ての通り、手下の全てを私たちが倒させてもらった。さて怪人よ、いい機会だから一つ言わせてもらうが」
    「拙僧に物言いとな? 何ぞ」
     怪訝な表情を浮かべる怪人を前に、こほん、と明は咳払いをした。
    「符を使うのは僧ではなく陰陽師だぞ」
    「馬鹿な!」
     怪人が両手を地に突いた。……だが割と気持ちの切り替えは速いらしく、怪人は数秒で立ち直る。
    「ま、まあ、そのような戯言は、直に受けてからのたまうがよかろう! とあっ!」
     破られた守りの技ではなく、攻撃として符を飛ばす怪人。空を切って飛来する符が、身構えた明に激突する、その直前!
    「トンカラトン!」
     トンカラシリーズ装備に身を包んだ娑婆蔵が、間に割って入った。構えたWOKシールド『トンカラホイール』は、そしてトンカラトンと音を立て、車輪型の光盾を展開させる。
    「ええい先ほどから面妖な、何奴ぞ!」
    「トンカラトンと言え!」
     怪人とトンカラトン、その間にコミュニケーションは成立しえなかったのであった。

    ●正面決戦
     娑婆蔵と怪人、にらみ合う両者の緊張が否応無しに高まっていく――という所で唐突に現れた遥香の気楽な声が、気配をフラットな雰囲気で塗りつぶした。
    「あ、トンカラさんトンカラさん。あれでも一応サイキックですし、園観ちゃんが手当てしておきますね」
     闇の契約を娑婆蔵に発動させる遥香。怪人がなぜか苦い顔をしているが、常時マイペースの遥香はそれに気づくことはなかった。
    「いい判断です、園観さん。あの技、おそらくは催眠効果のあったもの……。放っておけば被害が拡大するところでした」
     ヴァンは言いつつも、構えた槍を手繰り周囲を旋回させ続けている。穂先が裂く空気の間隙を埋めるようにして、大量の氷弾が形成された。
    「では、そろそろ終わりにしましょうか!」
     号令と共に、それらは横殴りの氷雨となって怪人に襲い掛かる。
    「すわ、鎌倉愛ガード!」
     両腕をクロスして防御の構えを取った怪人。身を硬くして耐え切った怪人の目が、怪しく光る。
    「こうなれば拙僧も本来の力を出すまで! いざ必殺、鎌倉仏像ビーム!」
     技名の通りに仏像のような姿勢をとった怪人が、掌から怪光線を発射した。避けきれず被弾してしまったヴァンの元へ、金糸雀の霊犬『サニー』が即座に駆け寄る。
     サニーにそのままバックアップを指示し、金糸雀はビシッと怪人に指を突きつけた。
    「志は立派かもしれないけど、それで町を荒らして回るなんて、それは正義なんかじゃないんだから!
     喰らって反省なさい……! 奥義、マジックミサイル!」
    「おおおおおお!?」
     連打されるミサイルを、やはり両腕のクロスで防御しようとする怪人。その体勢はしかし、二度も見た秋沙にとっては絶好のチャンスに他ならない。
     魔弾に紛れ、秋沙の腕が伸びる。
    「ついに捕まえたわよ、窃盗の現行犯!」
     掴むと同時に怪人の肩を極め、動きを封じた。間髪いれず崩し、高速一本背負いの要領で地面へと鋭角に叩き付ける!
    「鎌倉の土に還れー!」
     怪人が路上に沈む。その瞬間強引に腕を外し、怪人は横転してその場を離れるが、その行動は明の予測したとおりのものだった。
     顔を上げた怪人の視線が、明のマジックミサイルの射線と真正面から衝突する。
    「これが私の惜しみない全力だ。鎌倉土産に、遠慮せず貰っていくといい」
     額から全身を弾き飛ばされ、怪人はしかし体勢を立て直した。ふらつく膝をなんとか掌で支え、南へ向かう路上を見据える。
     そこに、後光放つ何者か――娑婆蔵の立姿があった。南中の太陽を背に、娑婆蔵は紫電纏う拳を振りかぶり、突撃する。
    「トンカラトンとイエーイ!」
     手応えは会心、テンションの上がった娑婆蔵が若干キャラを崩したところで、伏姫たちが怪人へと駆け上がっていった。
    「その妄念、我が聖剣エクスカリバーにて打ち滅ぼしてくれん!」
    「ひ、悲願成就するその日まで、拙僧倒れることまかりならん!」
     一瞬の交差。伏姫のサイキック斬りは必死の迎撃に逸らされたものの、怪人の胸には八房の斬魔刀が深い傷跡を残していた。
    「な、なんと……」
    「油断したな。我のエクスカリバーは……二枚刃よ」
     力を失って倒れかけた怪人の肩を、そして榛が鷲掴みに引き上げる。
    「さて、お待ちかねやな。ほんならまあ……」
    「まま、待ちたまえ! 拙僧これでも生身ゆえに、こうスプラッタな絵面になると無辜の市民に悪い影響を……」
    「周りには誰もおらへんで、殺界形成のおかげでな。それじゃここらで、往生せい!」
     榛が怪人の肩を放した直後に繰り出した閃光百裂拳は、文字通り全弾が怪人の顔面にクリーンヒットした。

    ●守れたもの、守ったもの
    「ふ、ふふ……見事なり。よくもこの拙僧を、こうも追い詰めたものよ……ガハッ!」
     もはや虫の息となった怪人が、かろうじて声を絞り出す。まだ余力が、と構える灼滅者たちだったが、怪人は残された全力を、その口上に費やした。
     張りのある声が響く。
    「しかしよく覚えませい! 拙僧はこの場にて果てるとも、次なる大仏怪人にきっと悲願の受け継がれることを!
     そしてグローバルジャスティス様よ、御身に永く栄えあれ! じょおうぶつううう!」
     天を仰いだ怪人が、掛け声と共に爆炎に包まれた。そして立ち上る火柱の中には、既に怪人のシルエットすら残っていない。
    「ああ、これで灼滅依頼は完了ですね。……はっ、あの僧衣!?」
     気づいた遥香が向かうも、しかし掻いた手は空しく火の粉を掴むのみ。
    「あ、ああ、服も一緒に消えちゃいました。まさに諸行無常です……」
    「……逝ったか。奴の悲願もわからんではないが、暴挙が暴挙だけにな」
     伏姫は静かに目を閉じた。伏姫にとって鎌倉は第二のご当地、最近の話題も網羅している彼女には、思うところもあるのだろう。
    「さ、ここからは怪人退治の後始末と参りましょう。立つ鳥跡を濁さずってね」
     眼鏡を掛けなおしたヴァンが、軽く手を叩いて皆に言った。殺界形成も解除しており、戻ってきた商店街の皆さんを手伝おうという心持だ。
     皆が一斉に片づけを始めてしばらくすると、元手下たちも続々と目を覚まし始める。
    「お、俺は……?」
    「気を確かに。必要とはいえ刃を向けてしまったこと、申し訳なく思う」
     介抱する明の丁寧な謝罪に、目を覚ました男が逆に恐縮してしまうのも、一つの光景だ。
    「僕が殴った奴も、ピンピンしとるようでよかったよかった……て、なんか今日殴ることしかやってへん気もするなあ」
     少しずつ元通りになる鎌倉を見ながら、榛は感慨深げに呟いた。と、未だにトンカラトンの格好をした娑婆蔵がその脇を過ぎていく。
    「トンカラトンと言え」
    「ああ、そろそろ現地解散の時間やしお帰りですか。へえ、その自転車で、東京まで?」
    「トンカラトン」
    「はいなお達者で。またどっかでなー」
     ――という謎のコミュニケーションを、秋沙は目撃していた。
    「成り立つんだね、会話……」
     颯爽とあのカッコのままで去る娑婆蔵の後姿を、冷や汗をかきながら祈るように見送る。
    「へ、平気だよね……というか、がんばれバベルの鎖の情報伝播させない効果。ホントに」
    「そこまで心配することはないわよ。あたしたちだって、冷静に見れば結構なトンデモなんだから」
     戦闘を終えた金糸雀は、いつもどおりのクールな佇まいに戻っていた。彼女の冷めた瞳が、それ故にはっきりと、この鎌倉の町が取り戻した温かさを知覚する。
    「ともあれこれで、一件落着ね」
     通り過ぎる全ての場所に、圧倒するような笑顔の群れがあった。一時のこととはいえ、怪人にお仕着せられた怒りや嘆きは、もうここにはない。
     金糸雀は息を抜いて、改めてこの事件が終了したことを実感したのであった。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 12
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