夢見る黒兎

    作者:海あゆめ

    「ねぇねぇ、うさぎの無人島って知ってる?」
    「あ、何か聞いた事ある! うさぎがいっぱいいるんだよね?」
    「そうそう。それじゃさ、この噂も知ってる……?」
     それはまるで夢のような話。

     ある日、たくさんのうさぎが暮らす無人島を訪れた小さな女の子がいた。
     女の子は、お父さんとお母さんと、そして、可愛がっていたペットのうさぎ、クロと一緒だった。
     長い耳とフカフカな黒い毛がかわいいクロはいつも女の子と一緒だった。
     けれど、その日を境に、女の子とクロは離れ離れになってしまった。
     お母さんは言った。仕方ないの。次に引っ越すマンションでは、クロとは一緒に暮らせないの。
     お父さんも言う。ここにはクロのお友達がたくさんいるよ。だから、大丈夫。
     女の子は泣きながらクロとお別れをした。
     自分を置き去りにして去っていく女の子とお父さん、お母さんの背中を見つめていたクロも、心の中で泣いていた。
     おいていかないで。ひとりにしないで。しらないばしょにおいてかないで。おねがい。おねがい。こわいよ、こわい……。
     その日から、クロは毎日のように夢を見た。女の子と一緒だった、幸せだった日々の夢……けれど、目が覚めると、女の子はいなくて。
     そうして、クロの想いは次第に憎しみへと変わっていく。
     どうしてぼくをひとりにしたの。どうしてぼくをおいていったの。どうして、どうして、どうして……!
     募る憎しみは消えることなく、クロは程なくして死んでしまった。

    「でね……そのクロの怨念が、今でもその女の子を探してさまよってるんだって……!」
    「えぇ~、なにそれ。またアンタはそういう胡散臭い話好きだね」
    「や! 今回のは結構本気だって! そのうさぎの無人島でね、クロ、って名前呼んだらクロの怨念が襲ってくるんだって!」
    「ああ、もう、はいはい」
    「あ~信じてないな~!? ホントだってば~!」
     そう、これは、少女達の戯れの中で語られた、夢のような話……。
     

    「と、まぁ、それが都市伝説にまで発展しちゃったワケなんだけどね」
     少し困ったような表情で、斑目・スイ子(高校生エクスブレイン・dn0062)は灼滅者達に笑ってみせる。
     観光地としても人気の、うさぎがたくさん暮らす無人島、広島県は大久野島。ここに、家族に捨てられたクロという黒いうさぎの都市伝説が現れてしまった。
    「この島でね、クロ、って呼びかけると、死んじゃったはずのクロが出てくるんだって」
     都市伝説と化してしまったクロは人間に強い憎しみを抱いていて、人を見ると襲い掛かってくるという。
    「クロは、噛みついたり突進してきたりするだけで、それほど強い力を持ってるわけじゃないけど……でも、一般人に被害が出ないとも言い切れないから……」
     その前に、灼滅者達に何とかしてほしいのだと言って、スイ子はぺこりと頭を下げた。
    「被害が出る前に、っていうのもそうだけど、こんな悲しい存在、早く断ち切ってあげないと……都市伝説とはいえ、ね」
     スイ子は呟くように言って視線を落としていたが、そのうちいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべて灼滅者達に向き直る。
    「ま、あんまり危険はないと思うからさっ、終わったらついでに観光しておいでよ。大久野島ってね、ホントにウサギちゃんがいっぱいいるんだって! にひっ♪ いいなぁ、あたしもいつか行ってみたいかも」


    参加者
    神宮寺・三義(路地裏の古書童・d02679)
    九条・雪菜(あおいくんといっしょ・d06256)
    亜麻宮・花火(平和の戦士・d12462)
    穗積・稲葉(しっぽハーメルン・d14271)
    真咲・りね(小学生神薙使い・d14861)
    崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)
    峰月・織音(紅茶狂いの眠りネズミ・d17754)
    朝川・穂純(小学生神薙使い・d17898)

    ■リプレイ


     広島県、大久野島。ここは多くのウサギ達が暮らす島。島を歩けば、ウサギ達がいたるところで自由に動き回っているのが目に入る。
     まさにウサギの楽園という名に相応しいのどかな光景ではあるが、皮肉にもこの場所で、捨てられたウサギの都市伝説が生まれてしまったのだという。
    「でも実際、そんな噂になるくらいウサギが捨てられているということだよね」
    「うん、無責任な飼い主が飼っている兎を大久野島に捨てる事があるって話は聞いた事が有ったけど……」
     ぽつりと、神宮寺・三義(路地裏の古書童・d02679)が呟いた言葉に、崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)は苦い表情で頷いて唇を噛みしめた。
     大好きだった家族に捨てられ、そしていつしか人間を憎むようになってしまった黒兎の都市伝説。灼滅者達はその悲しみを断ち切るため、今日この場所にやってきた。
     人気のない砂浜まで足を伸ばして、力を解放する。
    「他のうさぎさんもいないし、ここなら大丈夫そうだね」
     辺りを見回して言った、九条・雪菜(あおいくんといっしょ・d06256)に、穗積・稲葉(しっぽハーメルン・d14271)が、真剣な顔つきで頷いてみせた。
    「……クロ、おいで」
     そうして、聞かされていた通りに呼びかける。
     風が、動いた。
     纏わりつくような重たい風が渦のように集まって、何かを形作っていく。
     長い耳。黒くてふわふわな毛のウサギ。灼滅者達を見据えるその眼差しが、憎しみの色に満ちている。
    「灼滅する事でしか救えないって哀しい……でも、救う為にもちゃんと灼滅しなくちゃ……!」
    「穂純おねえさん、皆が一緒だから、怖くないです。頑張りましょう」
     緊張気味に、震える手で傍らの霊犬を撫でる、朝川・穂純(小学生神薙使い・d17898)の背中に、真咲・りね(小学生神薙使い・d14861)はそっと手を当てた。
     共に戦う仲間達は、悲しみを分け合う仲間達でもある。
    「ちゃんと、終わらせてあげないとね」
    「うん、行こ。倒しに、じゃなくて助けに、ねー?」
     前に出た、亜麻宮・花火(平和の戦士・d12462)が武器を構えたその後ろで、峰月・織音(紅茶狂いの眠りネズミ・d17754)は、ふにゃり、と眠たそうに笑ってみせた。
     家族に捨てられてしまった悲しいウサギのクロ。そうだ、倒すわけじゃない。生まれてしまったこの悲しい存在を救うそのために、灼滅者達は戦うのだ。


     フー、フー、と荒い息を繰り返し、クロはこちらを睨みつけてくる。
    「狂ったお茶会へ」
     その視線をしっかりと受け止めて、織音は力を解放させて構えた。
     このまま、クロを灼滅してしまうことは、灼滅者達にとっては造作もないことだった。けれど、皆、クロの気持ちを受け止めたかった。今、目の前に現れたこの小さなウサギはただの都市伝説なのだけれど、それでも、灼滅者達はその想いを受け止めたいと願った。
    「おいで。そんなに憎いならぶつけてくればいい」
     そっと、三義が呼びかける。
     クロの体のわりに大きな後ろ脚が、強く地面を蹴った。
    「……っ! 大丈夫、怖くない……怖くない」
     高く跳び上がり、鋭い牙で腕に噛みついてくる黒を、稲葉はそっと抱きしめてやる。
    「クロ! 忘れてしまったワケじゃないんだろ? 確かにお前は愛されてたこと!」
     パタパタと、地面に落ちる血もそのままに叫ぶ。そんな稲葉の姿に、花火も堪えきれずに叫んだ。
    「思い出して、クロ! キミはちゃんと愛されていたんだよ! 元の飼い主さんだって、キミと別れたくて別れた訳じゃないんだよ!」
     想いをぶつけるような叫び。けれど、見開かれたクロの瞳は怒りと憎しみに染まったまま。
     通じないのだ。何を言っても。人間を憎み、怒れる黒兎の都市伝説。覆ることはない、悲しい、悲しい都市伝説。
    「分かります……私だって、どこか知らないところに置いていかれたら……」
     溢れそうになる涙を、りねは必死に堪えた。
    「でも、ずっとここにいても幸せにはなれないです……から……!」
     必死に堪えて、堪えて、歯を食いしばって鬼と化した腕を振り上げる。と同時に、威嚇するように上がった、高い鳴き声。それは、この島に捨てられ、適応できずに死んでいったウサギ達の心の叫びのようにも聞こえて。
    「もう、終りにしよう……だから、キミを止めるよ!」
     來鯉もクロに向かって叫び、鋭く影を伸ばした。
    「痛いのは嫌だよね、ごめんね……」
     謝りながら、花火は低く構えた拳に力を込める。
    「お願い、みんなを守ってね」
     霊犬を前へと向かわせた穂純の癒しの術が、後ろからしっかりと仲間達の背中を支える。
    「……行っておいで」
     そっと、傍にいたナノナノをクロの元へと行かせて、雪菜はリングスラッシャーを両手に構えた。
     憎しみを抱いたままのクロが、せめて、苦しまないように。
    「お前は一人ぼっちじゃないよ……だって、ここに居るみんな、お前のことを思って来てくれたんだから!!」
     叫び、稲葉が仰いだ空の向こうから、眩い光が射してきて。
    「そうだよー、オレ達が一緒に遊んであげる。もうヒトリじゃないよ、皆いるよぉ?」
     後を追うように、織音が放った光が、辺りを優しく包み込む。
     見知らぬ島に捨てられてしまった黒兎を模っていたそれは、風に攫われていく霧のように、消えていった。
     まるで一緒に遊ぶように側へと寄り添っていたナノナノや霊犬達が、寂しげな声を漏らす。
    「クロもこうして、遊んでくれる人がいればよかったのかもね」
     そんな相棒達に、三義は少し悲しく苦笑してみせた。
     飼いウサギは環境の変化に弱い。それに、ウサギはもともと非常に縄張り意識の強い生き物だ。たくさんのウサギがいるからといって、島に捨てられたウサギ達のすべてが幸せに暮らしていける訳ではない。
    「クロみたいに、本当に捨てられて死んでいった兎達もいると思う……辛かったろうなぁ」
    「そう、だね。どうしようもない事情もあるだろうけど、他の手段はなかったのかな……」
     クロの消えていった場所をぼんやりと眺めながら言った來鯉に小さく頷いて、雪菜も悲しげに視線を落とした。
     動物を愛し、家族として大切にする人間がいる一方で、無責任な理由で動物を捨ててしまう人間が後を絶たないのもまた事実。
    「助けてあげられなくてごめんね……でもきっと、飼い主さんはクロのことずっと覚えてると思うよ……私も、忘れないから……」
     そっと手を合わせた穂純の瞳から、涙の粒がひとつ落ちた。
     愛する家族を憎んでしまった悲しい黒兎の物語に、無事、ピリオドは打たれたのだった。


     島を出る定期船を待つ間、灼滅者達は辺りを少し歩いてみることにした。
    「わー、どこを見てもうさぎさんがいっぱいいますね」
    「わあわあ! りねちゃん、見て見て、すごいよ!」
     りねが辺りをきょろきょろと見渡すその足元で、ウサギ用のペレットを手に屈んだ穂純の周りに、たくさんのウサギが集まってくる。
     大九野島で暮らしているウサギ達は、野生化したウサギ達ではあるものの、とても人馴れしている。人間の姿を見ただけで、エサをくれるものだと思い、近寄ってくるのだ。
    「すごい……私があげても食べてくれるでしょうか」
     恐る恐る、りねも真似してペレットを手に載せて差し出してみる。我先にと走り寄ってきたウサギが、手の中のペレットをカリ、コリ、と美味しそうに食べ始めた。
    「ふふっ、ふわふわもこもこ、みんな可愛いな。一緒に遊ぼうね」
     集まってくるウサギ達の一匹一匹に、穂純は優しく声を掛ける。もしかしたら、このウサギ達の中にも、クロのように寂しい想いを抱いているウサギがいるかもしれない。少しでも寂しい気持ちがなくなりますようにと願いつつ……。
     そんな気持ちを知ってか知らずか、近寄ってくるウサギ達は好奇心も食欲もとっても旺盛。
    「こわくないですよー、おいでおいでー!」
     雪菜がキャベツの切れ端をひらひらさせると、またもやどこからともなくウサギ達が出てきて駆け寄ってくる。
     若干、奪い取るようにキャベツの葉っぱを咥え、パリパリ、モリモリ、とモフモフなお口を忙しなく動かすウサギ達。
    「美味しそうに食べるねー、オレも後でちょっと食べちゃおーかなぁ」
     あまりの食べっぷりのよさに、織音もついつい、そんなことを言って笑顔になってしまう。
     そんな楽しそうな仲間達の中で、しゃがみ込んだままぼんやり宙を見つめている稲葉がいた。それに気がついた花火が、彼の肩をポン、と軽く叩く。
    「稲葉先輩、お疲れさま。怪我は大丈夫?」
    「え、あ……う、うん! 大丈夫だよ! 全然、大丈夫!!」
     はっと、我に返ったように。何かを誤魔化すように。慌てて言って、へら、と笑った稲葉の横に、來鯉が同じようにしてしゃがみ込む。
    「ここで捨てられた兎がどんな目にあうか……これまで、どんな子がいたのか……ボク、後で施設の人に聞いてみようと思う」
    「え……?」
    「学校に帰ったらみんなにもその話、聞いてほしいなあ……忘れられるのは、悲しいからね」
    「うん……そうだね」
     そう、少しだけしんみりと、稲葉と來鯉が小さく笑い合ったその時だった。
    「あっ、こら、ダメだよ。太郎丸の分はないからね……って、うわぁっ!?」
     近寄ってくるウサギにエサをあげていた三義。それにヤキモチを妬いた霊犬が、渾身のタックルを決めた。
     宙を舞う、キャベツの葉っぱ。
     地面にばら撒かれた、ペレット。
     興奮したウサギ達が、押し寄せてくる!
    「……って、多すぎ!? あわわ……!」
     すっかり油断していた稲葉が、あっという間にウサギの波に飲まれていく。
    「ちょっと、重い~っ!? まさか人間へのウサギの逆襲!?」
     倒れた三義の背中に、霊犬とウサギ達の群れの重みが容赦なくのし掛かる。
    「ウワーイ! 可愛いウサギがいっぱいだよ!」
    「オレもー……眠いぃ……お休みー……」
     もうどうにでもなれ! と、手の中に余っていたキャベツの切れ端をばら撒く花火の近くで、織音はウサギ達にモフモフ埋もれつつ、意識を手放し始めた。
    「か、可愛い……! 写真撮って帰ってもいいかな……」
     ぎゅうぎゅうに集まるモフモフに向けて、雪菜はカメラのシャッターを切った。
     撮れた絵は、今日一番のウサギの群れと、それに埋もれる灼滅者達……である。
     

     海の向こうから、近づいてくる船が見えてくる。そろそろ、この島ともお別れだ。小さく白波の立つ海を見つめながら、穂純がそっと口を開く。
    「あのね、ここには300羽も兎がいるんだって」
    「300羽? あ、きっと耳が羽根みたいだから……うさぎさんは鳥さんの仲間ですね」
     無邪気に笑顔を返す、りね。穂純も釣られて、ふと笑みを零した。
     果たして、クロは救われただろうか。そうであって欲しい、と、灼滅者達は想う。
    「クロ、安らかに眠ってね」
     クロのいた砂浜に、花火が石をひとつ。
    「さよなら、忘れないよ。お前のこと」
     その上に、稲葉がもうひとつ。
    「お休み」
     さらに上に、織音が小さな石をひとつ。
    「辛かったね」
     積み重なった石の前に、來鯉が牧草でできたボールと齧り木を添えた。
     きっと、クロという存在は、実在したわけではない。けれど、クロのような想いをしたウサギ達はたくさんいるだろう。
     辛い想いをした魂が、少しでも慰められるように、灼滅者達は皆それぞれの形で祈りを込めた。
    「……いつかまた会って、仲直りして、一緒に遊べるといいね」
     ふと顔を上げ、雪菜は島の方を振り返る。元気に走り回るウサギ達の群れが、遠くに見えた。
    「ウサギの楽園……みんな幸せそうだね」
     三義は少し眩しそうに目を細めた。

     大久野島に生きるウサギ達。今日という日まで強く生き抜いた彼らは、この楽園でのびのびと自由に暮らしている……。

    作者:海あゆめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 6
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ