修学旅行〜生命溢るるやんばるの森へ

    作者:笠原獏

     武蔵坂学園の修学旅行は、毎年6月に行われます。
     今年の修学旅行は、6月18日から6月21日までの4日間。
     この日程で、小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達が、一斉に旅立つのです。

     今年の修学旅行は、南国沖縄旅行です。
     沖縄そばを食べたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡りなど、沖縄ならではの楽しみが満載です。
     さあ、あなたも、修学旅行で楽しい思い出を作りましょう!
     
    ●雄大な自然の中へ
     やんばるの森とは、沖縄本島で最も標高が高い与那覇岳を中心とした亜熱帯照葉樹林の森の事だ。森の6割を占めるイタジイと呼ばれるブナ科の植物により生み出された景観はまるでブロッコリーを敷き詰めたようにモコモコとした特徴的なもので、更に世界中でここにしかいない、希少な動植物が数多く棲息している。
    「……比地大滝?」
     教室でガイドブックを開いていた少年がぽつりと声を漏らした。顔を上げた甲斐・鋭刃(中学生殺人鬼・dn0016)は短く思考した後で再びガイドブックに目を落とす。
     比地大滝(ひじおおたき)――約26mという、沖縄本島では最大の大きさを持つ滝の事だ。その比地大滝まではキャンプ場を併設する管理棟から続く遊歩道が設置されていて、初心者でも気軽にトレッキングを楽しむ事が出来る。
     滝に辿り着くまでは約1.5km、時間にして片道約40分。大自然の景観を損なわぬように造られた遊歩道を進み、川遊びも出来るエリアを超えて、雄大な景色を一望出来る吊り橋を渡り、点在する屋根付きの東屋で休憩し、豪快に流れる滝を目の前に臨みマイナスイオンを全身に浴びる。
     その道のりの中で目にするのは希少な植物、森に生きる生き物達。警戒すると腕立て伏せのような動きで相手を威嚇するキノボリトカゲをはじめ、様々なトンボや蝶々、イモリ達を見る機会は多い。水辺では日本で確認されるうちの25%が棲息しているというカエル達の他にサワガニや、昆虫や植物の芽などを餌とするリュウキュウヤマガメにも出会う事が出来る。やんばるの森の中でも際立って美しい鳴き声が聞こえたらそれはやんばるにのみ生息する固有種・ホントウアカヒゲのさえずりだろう。
     今ならばツバキの仲間であるイジュの花が咲いている。イタジイの他ヒカゲヘゴ、シダ、イルカンダなど亜熱帯特有の植物群で造られた緑のトンネルを見上げれば優しい光が差し込んで、足元を見れば様々なキノコ達が顔を覗かせる。
     数えきれない生命を抱いた森でそれらを見付け、見て触れて感じる事。それがやんばるの森トレッキング。
    「このトレッキング、というものを体験するんだな。気を付ける事はあるのか?」
     再度顔を上げた鋭刃が問えば周囲から声が返った。歩きやすい靴を履く事、けれど川遊びエリアで遊ぶならビーチサンダルもあると良い事。虫も多いので虫除けスプレーを持参したうえで長袖長ズボンという服装にするのが良いという事、タオルや水分も持参するようにという事、帽子もあると更に良いかもしれないという事。
     貴重な自然の中に足を踏み入れるのだから、動植物へむやみにストレスを与える事――必要以上に触れたり持ち帰ったりする事は避ける事。
     ありがとう、と短く礼を告げた鋭刃はガイドのページを更に繰った。
    「ヤンバルクイナも……見られるだろうか」
     ヤンバルクイナの観察ツアーはあれど夜や早朝に開催されている。やんばるの森にしか生息していない幻の飛べない鳥、けれどそれに会えずともやんばるの森には希少な野鳥――アカショウビン、カラスバト、特別天然記念物のノグチゲラなど――がまだまだ存在しているのだから、時間の限りそれらを探してみよう。
     そうして約2時間弱のトレッキングを楽しんだ後は、入口にあるカフェで一休み。テラス席も備えたナチュラル&オーガニックなカフェで冷たい飲み物やケーキ、かき氷などを楽しむ事が出来る。
     木陰にハンモックを吊って休む事も出来るから、緑に囲まれながら自分の好きなようにのんびりと過ごそう。
    「……楽しみだな」
     ガイドブックを閉じた鋭刃は窓の外に目を向けた。まだ見た事の無い自然の姿、生命力に満ちた森を想像し、いつもより少しだけ年相応な表情を浮かべている事に気付かぬまま。


    ■リプレイ

    ●やんばるの森へ
     どこまでも深い緑が、どこまでも広がっていた。
     初めて見るやんばるの森に篠介は逸る気持ちを抑え皆へ振り向く。
    「行こうか、見惚れて逸れん様にな!」
     自然に溶け込む遊歩道、見慣れぬ木々が作るトンネル、可愛らしいイジュの花、土と水と生命達が作り出す香りと森の声。
    「あ! あれキノボリトカゲだよな?」
     鮮やかな緑を示す篠介の顔は誰が見ても普段より輝いていた。その指先を追って身を屈めた依子がひょろりと長いトカゲの姿を認めて笑う。
    「……ふふ、動きが可愛い。こっちは……リュウキュウアオヘビ」
     依子の足元を横切るより明るい黄緑色。顔を上げた依子が、そわりとした様子で派手な蛙を見ていたサズヤの背に声を掛けた。
    「これはこれで綺麗と思いません?」
    「ん……この緑も、綺麗」
    「あ、蛇とか千珠ちゃんは大丈夫かな」
    「あれっす! 噛まれなければ大丈夫っす!」
     皆が示すもの達をキョロキョロと見回していた千珠が、逃げ腰ながら元気に答えた。
    「……蝶」
     蛇を見送り千珠の手に飴を落としていたサズヤがふとアイナーの背後を示す。思わず振り向けば白黒のまだら模様を持つ蝶と出会った。
    「雨谷は、あの蝶の名前、知ってる?」
    「多分オオゴマダラかと。南国の貴婦人の別称もあるそうですよ」
     来る前に色々調べて来ましたという渓の言葉が印象深く、アイナーは名残惜しげに蝶の姿を追った。それが森の奥へと消えた直後、響いたさえずりに六人が顔を上げる。
    「これが……アカヒゲ?」
     しん、と。ただただ歌う声を聴いた。ここはなんて暖かくて静かな世界なんだろう。綺麗に溢れた眩しい場所なんだろう。
     自分もあんな声で唄えたら──思わず零れた篠介の呟きが森の中へとゆるり、溶けた。
    「皆さん、どうでしょう?」
     何時だってお洒落は楽しみたい。白の長袖ワンピースにタイツ、編み上げブーツ姿のえりなにレオは似合うよと笑う。皆を悪い虫から守るべくハリーが繰り出したのはニンポー・虫除けの術という名の防虫スプレーだ。
     クラスの皆でのトレッキングは千尋の「準備万端?」という言葉でスタート。始めはなだらかな道を歩き始め、程無く拾った木の枝を手に皆を先導するレオの気分は探検隊、ちょっとの疲れも楽しむように、けれどペース配分に気遣いながらどんどん進む。勿論、皆との会話も絶やさずに。
    「編み物のデザインのネタも探したいんだけど、ヤンバルクイナも見れるかなぁ?」
    「出来る限り探してみるでござるよ!」
     飛べない鳥なら上より地面だろうか。足元に集中しながら進む千尋と四方を注視するハリー、出てこーいとデジカメのシャッターを切り続けるレオ。そんな皆の姿を眺めるえりなは疲れ以上の心地良さを感じて自然と笑みを深めた。
     やがて聞こえてくるのは水の音か鳥の鳴き声か。何であれ、皆で楽しめる事が一番だけど。
     のんびり処というクラブの名の下に、同じように楽しみましょうと笑ったなぎさは木々を仰ぎ眩しげに目を細めた。
    「おお、森です! もっこもこですみゃッ!」
     その隣では北国育ちのこすずが双眼鏡を手に目を輝かせていて、真紀がしきりにシャッターを切っている。勿論自然は傷付けないように、動物達は脅かさないように。
    「あ……綺麗な鳥……」
     そんな彼女達の向こうに見知らぬ姿を認め、なぎさは持参した生き物図鑑を取り出した。ページを繰るなぎさのそれを覗き混みながら真紀が鳥の声に耳を傾けると「やんばるくいなー、でておいでー!」の声。見れば歌留多がさかさかとそこら中を巡る姿があった。彼女の鞄の中には自慢の──小学生とは思えないレパートリーの──お弁当が沢山入っている筈で、それでも元気なその姿はとても和ましい。
     所々で記念撮影をしましょうというなぎさの提案に反対する子はいない。初めて見る世界や生命に触れて、感じて、思い出を沢山作って、疲れたなら皆でのんびり休もう。
    「俺さー、実はヤンバルクイナとキウイが頭の中でごっちゃになってたんだ」
    「そりゃあお前キウイはマタタビの仲間だからな」
     忙しなく視線を動かす周と手頃な木の棒を揺らす徹太もまた、のんびり遊歩道を進んでいる。けれど『その音色』が響くと同時、徹太の肩が強く叩かれ時春の興奮した声を聞いた。
    「いたいた! いたっすよあれ!」
    「えっえっ、ホントウアカヒゲさんどこ──ギャーマジだ可愛い!」
    「ちょ、しぃっ、鳥が吃驚するだろ」
     瞬間一気に沸き立った周の声が響く。まんまるのフォルム、愛くるしい姿、それを見て可愛いを連呼する二名と慌てる徹太。
    「あと俺キノボリトカゲさんに威嚇されたくて」
    「やっべガラス越しじゃない爬虫類とか興奮してきた」
    「あ、てったくんカメいたカメ!」
     男子高校生三名、元気で賑やかなトレッキングは続く。
    「ほら、早く行くよ、祇弦!」
     あまり乗り気じゃない相棒を、シアンは強く促し歩き出す。森へ入れば最初のやる気の無さはどこへやら、目を輝かせ写真を撮り始めた祇弦にシアンは予想通りと思わず苦笑した。
     シアンが最初とは別の呆れ顔をしている気がする……けど気にせずいれば子どものようにはしゃぐ姿に変わる。
    「ね、祇弦、あの鳥名前知ってる?」
    「……ヤンバルクイナじゃないか? シアンが見たいって言ってた」
     あ、覚えてたんだ。頭の隅で考えながら、シアンは祇弦に撮ってと声を弾ませた。
     面白いものを見つけるなら自分より色の好奇心センサーの方が優秀だろうか──緑に囲まれせわしなく視線を動かす姿に丹は思い、笑う。
    「なんかやんばるって響きが、こう……すごくやんばる」
     当の色は自分でも何を言っているか分からない程にこの森を楽しんでいた。けれど、その色以上に興奮をしている男子が一名。
    「ココにしかいないトカゲとか蛙とかがいっぱいいるんだぜ!」
     沖縄と聞いた時から絶対ここに来ようと決めていた──実は爬虫類が大好き慧樹が木の幹に目を留めた瞬間身を乗り出す。
    「あ! いた! アソコ!」
    「でかした。で、どこ?」
     ひょいと便乗した丹が見ればそこには威嚇姿勢を取るキノボリトカゲ。目を輝かせる男子達、新たな一面に嬉しくなりながらホナミが解説を頼めば慧樹先生が興奮そのままに語り出す。聞き逃したくない解説の間微動だにせずトカゲを見つめる色の姿も見ていて飽きなくて、けれど程々にしないと進めないと思った丹が適当な所を指差して。
    「あ、あれ何だろ」
    「別の爬虫類いた!?」
     大丈夫、この森ではどこを示しても見所が在る。

     霊犬・詠の事を思い悠沙はぽつり悪いなと零した。仕方ないなと歩き出せば久しぶりの森は悠沙を優しく受け入れる。
    「懐かしい風を感じる……」
     人里に出てからはもう縁が無いと思っていた森だ。けれどここにはまだ見た事の無い動物達が生きている。
     休日に静かな場所を求め、更に昼寝をする為に山を登る事はあった。けれど本当の自然はこんなにも騒がしいものだったんだなと沙月は改めて耳を澄ます。息を潜めながらも力強く『生きている』森の姿。それは意外にも沙月の頭に痛みを生む事が無い。
     予習も準備もバッチリだと、ジェイドは望遠機能付きカメラを手にやんばるを進む。クラブの皆に見せる為の写真を撮り続けながら森を満喫するジェイドのお目当ては、ヤンバルクイナと日本の蛙の中で最も美しいと言われるイシカワガエル。
    「いやはや、こういった大自然に抱かれる機会など、そうありませんからねぇ……」
     次々と出会う様々な生物を眺める流希の表情と声は穏やかで、楽しげだ。
    「へぇ、本土とは違った動物もいるな」
     学園に来て間も無い修学旅行は楽しいけれど何だか変な感じだ──見た事の無い動物を見つめながら瞬は思う。それでも見上げた森の姿は自分の家を思い出させ、懐かしさを胸中に落とした。
     今まで本でしか見なかった動物に出会いたい。紅葉は好奇心を抑えられぬまま遠眼鏡を手に大好きな森を歩いた。何かを見つけたらそっと近づいて、声を抑えて、そっとデジカメで捉えて。
    「あ、きのこはっけーん♪」
     植物にも興味津々の少女に笑みを零しながら誠士郎は木々を見上げた。自分も東北にある独特な木は知っている。けれど、ここで見る木は無縁だったものばかりでただただ圧倒された。
     東北、東京、沖縄。同じ日本だというのにこんなにも違う。ならば今度は北へと──そんな事を考えながら誠士郎もまたシャッターを押した。

     三鷹北キャンパス2年6組、皆と出掛けるのは初めてだ。緊張と期待を胸にノエルが周囲を見回せば、見た事の無い景色と楽しげな級友達。
    「さー! 楽しむでー!」
     先頭は龍二がカメラを手にひょいひょいと歩いていて、その後ろには自称森ガール百花が続く。
    「はわ……初めて会う植物さんに動物さんがいっぱい!」
     遊歩道から身を乗り出し、出会ったそれらを雅や百花がじっと見つめれば日傘の下で笑んだ空凛がカメラのシャッターを切ってくれた。自分も色々な写真を撮ろうと優太朗が意気込むも、何故か珍しいものは全て彼の背後に現れる。
    「ゆーた後ろ後ろ! ……えと、ガンバッテクイナ! ……あれ違う?」
     スケッチブック片手に桃が声援を送り、空凛は何故そうなるのか小首を傾げ。みんな恥ずかしがりナノ? という桃の問いに優太朗は不幸体質のせいかと……とどこか遠い目で苦笑した。
    「皆、そんなカメラに集中しとったら危ないでー?」
     思わず深隼が声を投げた直後、皆の耳を柔らかな水音が撫でる。視界に川遊びエリアを認めた途端、真っ先にそこへ突入した龍二が真っ先に──こけた。
    「言うとう側からなにやっとん」
    「やってもーたわぁ、でもこれめっちゃ涼しい!」
     けらけらと笑い飛ばす深隼に対しあまり気にした様子の無い龍二。歩み寄った深隼は確かに気持ちいいなと零しながら、掬った水を近くにいたノエルへと。
    「うわ!?」
    「暑いから気持ちいいやろー?」
    「そうだけど、でも仕返しだ」
     そうして始まった水の掛け合いを、カメラのレンズ越しに見つめるレイの姿があった。皆がはしゃぐ様子を残すべく回されるカメラに収まる姿、レイの口から思わず零れた「楽しそうですね」という言葉。
     このように楽しいと思えたのは久しぶりかも──そう考える視界の端に優太朗を捉えてカメラを動かした直後、優太朗が足を滑らせた。当然のように空凛が手を差し伸べようとしたところで水掛け組からの被弾を受けて水音が響く。
    「うっかりさーん、大丈夫ー?」
    「タオルあるからね、風邪ひかないようにね!」
     一部始終を見てしまった雅と百花はすっかり安全地帯からの見守り体勢を取っていて。
     この先へと進むのは、もう少し後の事になりそうだ。

     優雨は靴を脱いで、さらさらと流れる川に足を差し入れる。大きな岩を見つけ座ると彩香の楽しげな、けれど小さく抑えた声が聞こえた。
    「あ、ほら。あそこにいるの」
     双眼鏡から目を離した彩香がレスティールを手招いている。鳥さんをいっぱい見たいと暢気に笑っていたレスティールが示されたそれに魅入っていた。
     川の音、鳥の声、和やかな友人達。歌えば小鳥が寄ってくるかしら──すぅ、と空気を吸い込んだ所でレスティールが勢い良く後退してきて腰を抜かした。
    「はな、離して。近づけるなですぅぅ」
    「え、かわいいのにー」
     見れば彩香の手には蛙。レスティールの反応に唇を尖らせながらもそれを撫で、そして優雨の方を見た。
    「かわいいよね?」
     ここは、驚いてみるべきところ?
    「関島さんこっちこっちーっ」
     遊歩道の段差も何のその、難なく駆け上がりながら峻を呼んだるりかがはたと足を止めた。急ぎ足で通り過ぎてしまったら勿体無いと歩調を緩めた後輩に峻は内心で安堵する。
     東京では見た事の無い奴らだらけ。後で名前を調べようとあちこちの動植物をカメラに収めながら顔を上げればまるで自然に包まれているような感覚を覚えた。自然はきっと色々な事を教えてくれてる──ふと零れたるりかの言葉がするりと胸に落ちたような気がして、峻は穏やかに目を細めた。
    「高良君高良君高良君! 見てくださいあの謎の生き物」
    「本当だ、何あの謎の生き物。見た事ない」
     緑溢れる森の中で素早く走り回る謎の生物を見た──テンション高く自分を呼ぶ司に釣られ楽しくなってきた美樹は、怪しい茸を美樹に食べさせたいという司の第二目標をまだ知らない。けれどひとたび珍しい植物を見つければ、司は一転真面目な顔でそれを携帯カメラに収め始めた。
     友人の見せた新たな一面、それでもきっと、あと少し進んだ頃に再びいつもの調子で絡まれるのだろう。
     森も花も虫も鳥も、触れずにただひたすら心へ焼き付けて、やがて比地川と無数の息吹が潜む森を一望出来る赤く大きな吊り橋に差し掛かる。欄干を駈けるキノボリトカゲを見送ったイコが鋭刃の方を向くとその顔に戸惑いが生まれていて、そして自身が泣いているからだという事に気が付いた。
    「……大丈夫、か。嶌森」
     身を屈め、目線の高さを同じくして問うた鋭刃にイコはただ零す。すごいね、と。ただ一言。

    ●比地大滝へ
     橋を超えればなだらかな道が一転、急な登り階段が暫く続く。
     その道中に点在する東屋のひとつに、誰にも──動物にすら気付かれる事無く集う四人の姿があった。
    「こうしてあるがままの生命を直に感じる事こそが、我々に最も必要な事なのです!」
    「しかし虫だけは寄ってくるのだな! ええい! 虫除けは誰が持っている!」
    「はい私が! こちらの帽子、更にはお座りになる為の布と共にどうぞお使いください!」
    「朝早起きして作っちゃった! 冷たい紅茶もどうぞ?」
     虫除けを後ろ手に笑顔を浮かべる男子A、腕を振り回しながら声高に虫除けを求める男子B、恍惚とした表情で一式を差し出す紅一点、その傍らでお弁当と紅茶を用意する男子C。感嘆符が多い会話だというのにやはり東屋の近くを通る者達はそれに気付かない。
     癒される景色と野趣溢れる茶会、返上されるは『どう考えてもインドア派』という汚名。生きているという事は、そして同じ『篠生』の名を持つ同志達はこんなにも楽しく素晴らしく輝かしい。
    「もう……脱いじゃいたいくらいッ!」
     篠生がコートに手を掛け篠生が笑顔のまま傍観し、篠生が一喝し篠生が感動する。それが【死の生】による篠生会議。

     比地大滝が見たい──同じ目的を胸に進む四人の足取りは勾配が急になる岩場エリアでも軽い。陽光を浴びた緑が揺れる度に心桜は懐かしき実家を思い出して立ち止まった。
    「ていうか、これが太古の姿なんかな」
     空へ一直線に伸びるヒカゲヘゴを中心とした群落を見上げ明莉がぽつり零す。聞こえた鳥のさえずりに視線を落とせば木々の陰にあの鳥の姿、ユリアに頼めば快く撮影をしてくれた。
    「んー……ちょっと貸してみ」
     ユリアが皆を撮ってばかりというのはフェアじゃない──ひょいとカメラを強奪したナディアが手早く彼女を撮れば、ユリアが途端に慌て出す。そうこうしているうちに聞こえてきたのは今までよりも大きな水の音、豪快に流れる滝の音。
    「着いたのじゃ!」
     開けた視界とひんやりした空気、肌に感じる自然のミスト。目の前の比地大滝に心桜は深く息を吸い込んだ。数え切れない程の色や音や匂いが全身に染み込んでくるようで、見入っていたナディアが無意識で呟く。
    「……なんつーか、すごいね、沖縄」
     ただ素直に、真っ直ぐに。その言葉が全てのようで。
     思えば一緒の遠出は初めてだ──互いに楽しみにしていたと言い合う流と冬崖の付き合いは決して長くない。だからこそこの機会にお互いの事を知りたい、話がしたい。
     比地大滝を真上に仰ぎ穏やかな表情を浮かべた流の姿を写真に収めた冬崖が、記念だからと流と肩を組む。改めて自分自身に向けたカメラのレンズ、いいだろ? という冬崖に流は零した。
    「……後で俺にも送ってくれ」
     こうして落ち着いた気分に浸れるのは冬崖のお陰。流と遊びに来るというのは冬崖にとって大事な事。
     ラルフは咲紀とのんびり歩きながら、綺麗な花や変わったキノコ、珍しい動植物達を探す。心地良い疲労感を覚えた頃に滝を臨んだへはしゃぎながら駆け寄った咲紀の背に、ラルフが気取った声を掛けた。
    「咲紀嬢、コチラを向いてください」
    「はいっ」
     その満面の笑顔は絶好のシャッターチャンス。満足げにカメラを下ろしたラルフへと、咲紀が右手を差し出して。
    「じゃあ霧渡さん、場所交代してくださいねー」
     撮られっぱなしでは悪いから。咲紀の言葉に、ラルフは笑顔で応える事にした。
     やんばるの森トレッキング、楽しみはまだ他にも存在している。

    ●ひとやすみ
     再び遊歩道を歩き入口へと戻ればカフェに寄る者の姿、頃合いの木陰を探す者の姿がちらほらと。
     カフェのテラス席では、錠がデジカメに収めたやんばるの森を再生する画面を鋭刃が共に見つめていた。傍らに置かれたかき氷は錠が奢ってくれたものだ。
     トレッキング後でも涼しい表情で同席を望んだモアは自身の感想を唄うように述べる。外の世界、自然の理に触れる事、同じ地球に生きているという事実。鋭刃にも感想を問うてみれば暫く悩んだ後で一言。
    「……言葉を選ぶのが、難しい」
    「弟らに話して聞かせられるように頑張れよ」
     らしいけどさ、と錠が笑った。
     やがて、ふらふらとテラスに吸い寄せられた少女が鋭刃を見つけ、少し戸惑い、控えめに声を掛けた。少女──雛菊の姿を認めた鋭刃は「来ていたのか」と零す。
    「あのね……甲斐くんたちが助けてくれたから、私、今日ここに来られたよ」
     そして忘れられない思い出が増えた。嬉しい、とはにかんだ雛菊は告げる。
    「私……頑張るから、ね」
     小さな声でも、こころから。
    「いや〜、楽しかったよね。シズク、蛙に驚いてキャッなんて言ったりしてさ」
    「ばかっ。それ以上言ったら口聞かないからね」
     シズクのケーキを味見させて貰おうとしながら笑ったアカネに、シズクは思わずひょいとお皿を取り上げる。アカネとはそこまで仲が良い訳じゃなかった。けれど、終始明るいアカネと沖縄の森を一緒に歩いたら少し、こんなやり取りが出来るくらいには、親しくなれたような気がする。
    「……ありがと」
     聞こえない位の声で紡がれた言葉、聞こえていなくとも構わない。
     ファーストフード店へ行くのは容易なのに、ここまで小太郎を連れて来る事は異様に難易度が高かった──テーブルに突っ伏し溶ける友達の姿に木鳥は思う。
     そんな小太郎を店員さん来たよと叩けばのろりと起きあがった小太郎がケーキとジュースを一口、体に染みる美味しさにより復活。心中に落ちた感情を隠したまま周囲を見回した木鳥から、その言葉はするりと落ちた。
    「また来たいなあ」
    「……大人になったらまた来ようよ。……一緒にさ」
     はにかむような呟きに視線を戻したら、ケーキが減っていたのは気のせいか。

     ゆらゆらと、木陰に吊されたハンモックが揺れている。
    「先輩、どこかでゆらゆら、しません?」
     それを見てそわそわ問うた華凜に、夜月は面白そうだからと同意した。
     さあ憧れのハンモック──意気込み乗ろうとするも鈍い落下音が響く。何度かの挑戦の後で肩を落とした華凜の体が直後ふわりと浮き上がった。
    「え? わ!」
    「暴れんとはよ乗り」
     まるで高い高いをするように。初めは狼狽えていた華凜も、我に返れば感謝とばかりに笑みを深めた。
     ──その後、夜月もまた乗れずに落下したのは、別の話。
     木陰に吊されたハンモックはそこで眠る者達を安らぎへ誘う。動植物を収めたカメラを手の中に包んだまま、一蜃もまた微睡んでいた。
    (「さくら、お前は……一緒に来てるのか……?」)
     目を閉じれば直接響く虫の声、鳥の声──堕ちる前を思い出す懐かしい音。
     ここは数多の声を抱く森、数多の物語を紡ぐ森、数多の想いを抱き留める森。
     生命(いのち)溢れる、優しい森。

    作者:笠原獏 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月19日
    難度:簡単
    参加:70人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 17
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