修学旅行~紅型体験であなた色の1枚を

    作者:柚井しい奈

    ●修学旅行のお知らせ
     武蔵坂学園の修学旅行は、毎年6月に行われます。
     今年の修学旅行は、6月18日から6月21日までの4日間。
     この日程で、小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達が、一斉に旅立つのです。

     今年の修学旅行は、南国沖縄旅行です。
     沖縄そばを食べたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡りなど、沖縄ならではの楽しみが満載です。
     さあ、あなたも、修学旅行で楽しい思い出を作りましょう!
     
    ●紅型体験のご案内
     修学旅行最終日の午前中は自由行動。おきなわワールドにある紅型(びんがた)工房で自分だけの紅型を染めてみませんか?
     紅型は沖縄を代表する伝統的な染色技法のひとつです。
     赤、青、黄、緑、ピンクに紫。
     目が覚めるような色彩が特徴で、「紅」は色全般を、「型」は様々な模様を指すと言われています。鮮やかに描かれた草花や蝶、魚などのモチーフはきっとあなたの心を華やがせてくれるでしょう。
     職人が丁寧に教えてくれるので初めてでも不器用でも大丈夫。

     生成りのコースターやバンダナ、手提げ鞄にはあらかじめ防染糊で型が作られています。好きな模様を選んで色を差していきましょう。布にすりこむように筆を動かし、むらにならないよう均一に。
     色をつけたらさらにその上から濃い色でぼかしを入れます。これは隈取りといって柄を引き締め、また遠近感や質感をもたらす、紅型の大きな特徴なのです。
     同じ柄でもどんな色にするかでイメージはまるで違います。あなただけの1枚を作ってくださいね。
     色をつけて乾かしたら最後の仕上げは旅行の後のお楽しみ。
     おうちに帰ってから水洗いして糊を落としてください。綺麗な図案が浮かび上がるはずです。
     また、型を使わず自由に絵や文字を手描き染めできるエコバッグ、Tシャツ、手ぬぐいのコースもあります。自由なデザインを楽しみたい方はこちらをどうぞ。

     琉球王朝時代の雰囲気を残す赤い瓦ぶきの建物で、かつては王族・士族のために染められたという技法を体験してみましょう。
     
    「最終日の予定はもうお決まりになりましたか?」
     修学旅行のしおりと沖縄のガイドブックを手にして、隣・小夜彦(高校生エクスブレイン・dn0086)はやわらかな笑みを浮かべた。
    「1時間ほどでできるとのことですし、俺は紅型体験に参加してみようかと」
     開いたページの写真にはトートバッグに大きく描かれたジンベエザメ。
     他にもツバメや蝶、シーサー、ハイビスカスなど様々な柄があるようだ。
    「予定がまだ決まってないようでしたら、あなたもどうですか?」
     自分用でも、誰かへのお土産でも。
     友達と一緒に参加してお揃いの柄を染めてみるのもいいかもしれない。
    「手作りのお土産というのも素敵ですよ」
     小夜彦は口元に拳を当ててゆるく笑んだ。
    「せっかくの修学旅行です。楽しい思い出にしたいですね」


    ■リプレイ

    ●赤瓦の下で
     くっきりとした蒼穹の下に落ち着いた赤い瓦屋根が浮かび上がる。
     開放的な木造家屋の軒先に掲げられた『紅型体験』の文字。サンプルとして鮮やかに染め抜かれた布が生徒達を出迎えた。
    「うわあ、綺麗だねぇ……」
    「色鮮やかで素敵ですの……」
     初めて見る紅型に目移りしてしまう。
     どれにしよう。指さしながら相談するうち、月夜の瞳が輝いた。海の色をしたきらめきに雪龍の穏やかな笑みが映る。
    「よければコースターを作りません?」
     これをお土産にクラブの皆とお茶をしたらきっと楽しい。
    「雪龍様も見知った顔ばかりなのですし、一緒にどうでしょう」
    「じゃあ、お土産もってお邪魔しようかな?」
     何から話すか悩む程の土産話の一端に、選んだコースターに筆を運ぼう。沖縄に来てから見た景色の鮮やかさを写しとるように色を選んで。
    「うちンとこも歴史ある都やけど、こっちも負けじといろいろな文化がありはるんやなァ」
    「沖縄は本当に独自の文化が発展してるから楽しいモンが沢山あるんやねぇ」
     綱姫の感嘆に頷いたのは小町。
     奔放な色使いが異国情緒を感じさせる紅型も本州、中国、東南アジア、さまざまな文化の影響を受けて生まれたものだ。
    「どうせ挑戦するのであれば難しいものにチャレンジしたくなるのは何故かしら?」
     国際通りで見た紅型を思い出して、日有は何を描こうかと頭を悩ませる。
    「僕はトートバッグにイルカと花を描こうかなって思ってるよ」
    「あたいは蝶の絵を描くとするわ」
     カーティスと小町がそれぞれ生成りのバッグを手にして頬を緩めた。職人にコツを聞く小町の背を見て、日有はよしと頷く。
    「何事もチャレンジですわね」
     沖縄らしくシーサーを。腰を落ち着けた後ろでは、えりながエプロンをかけて気合を入れている。
     修学旅行も今日で最後。お土産に素敵なものを作って帰りたい。うまく出来るかはちょっと不安だけど。
    「風を切って軽やかに飛ぶツバメって、かっこいいですよね!」
    「あ、型に合わせれば大丈夫なんですね」
     高らかな敬厳の声に振りかえり、ほっと手提げ鞄に手を伸ばした。
    「リボンとか作れないかな?」
     きょろきょろと左右を見渡す紫苑。紅型なんて聞くのも初めて。自由にデザインできるって、楽しそうだけど難しくはないだろうか。不安になる一方で、ピンクの音符をちりばめたら可愛いだろうと頬が緩む。
    「可愛いリボンができたらいいなー」
    「小夜彦君はどんなのを作るの?」
    「旅行前に見たジンベエザメが気になったのでそれを」
    「お互いうまくできるといいね」
     にっこり笑ってカーティスはテーブルの上にバッグを広げた。
    「クラブでよくお茶を飲むからコースターがいいかしら」
    「普段使いできるお土産はいいですね」
     友人と自分用に揃いの土産を作りたい。オデットの選択に相談を受けた小夜彦も頷く。
     モチーフはシーサー。色を乗せながら相手の顔を思い浮かべれば寂しかった旅行の終わりも帰る楽しみに変わりゆく。
    「ジンベエザメ……も、マンタも、魅力的です。でも、うーん…」
     小ぶりの手提げ鞄を選んだ摩耶は、ちらりと天野・昴の手元に視線を滑らせた。お土産を渡す予定の相手は彼を気にしている少女。ささやかなエールを送りたい。
    「此れにする」
     顔を上げた昴は猫の型を指で示し、飄々とした顔立ちに喜色が浮かべた。
     猫が好きなのだろうか。同じ柄を選んで摩耶は唇をほころばせた。
     赤、黄、橙。筆先をこすりつけるように色をつける。
     昴の手は不慣れと興奮から力が入って腕まで赤く染まる。鮮やかな彩りで浮かび上がる猫の顔に、何処か自慢げな笑みが浮かんだ。
     るりかに腕を引かれて板の間に上がった峻はコースターを前に筆をとる。愛敬のあるシーサーにさて何色を置こう。
    「るりかは何を作るんだ?」
    「んーと、ボクはティーマットにしようかと思ってるんだ」
     虹を描いたティーマットに美味しい紅茶とたくさんのケーキを並べて食べるのだ。背なの髪を揺らせば峻の目元が和んだ。
    「食べ物に結び付く所がるりからしいな」
     教えられたことを意識して筆先を動かせば、シーサーが、虹が、みるみる鮮やかに色づいていく。
    「帰ったら家庭科室でアイロン借りるか」
    「ボクも一緒にかけるー」
     2人の表情もまた、鮮やかに。
     一方、クアドラは無表情の中にも落胆をにじませた。肩をすくめる弓弦。焼きそば柄が見つからないのは仕方ない。
     でも山吹色を塗り込むうちに筆を動かす手は軽くなる。隈取りを入れれば琥珀のように色は深みを増して。
    「ふむ、コレは中々味わいのアル色合いデス。結構面白いデスね弓弦」
    「そうだな。最終日のイベントには十分すぎるくらい――」
     頬を汗が伝う。扇風機の風さえ生ぬるい。弓弦はふいに手を止めて外を見た。
     空が青い。圧倒的に鮮やかで色濃く、いっそ怖いくらいに。
    「そっか、もう、終わっちゃうんだよな」
     かすかな呟きは扇風機の音にかき消えた。

    ●お好きな色は
    「く、黒がないやと……!?」
    「さて、色はどうしましょう……」
     黒咲が崩れ落ちる傍らで、深雪は妹へのお土産の配色に悩んでいた。
    「私共は普段派手な色は用いないのですよね」
    「せや!」
     自分用の黒ウサギが作れないなら彼女へのプレゼントを作ればいい。
     顔を輝かせる黒咲に桜の唇から笑みがこぼれる。
    「いいですね。私は自分用のエコバックです」
     名前にちなんで桜をメインに。赤、ピンク、白。可愛らしい仕上がりを想像して筆に手を伸ばした。
    「私は折角なのでオリジナルのものを作ってみましょうか」
     一樹の指先が大輪の蓮を描いていく。時折遠くから見てはバランスを確かめ、色を足す。
     職人と相談していた深雪も色が決まって頬を緩めた。
    「皆様、進んでいます?」
    「初めてですし、こんなものでしょうか。深雪さんの方はどうですか?」
    「蝶を蒼にしてみました。如何でしょう」
     互いの作品を見せ合う中、突如黒咲が頭を抱えた。
    「こんなんじゃあかーん!!」
     こだわるあまりに手が止まってしまったらしい。
     片隅にウサギを描いてもらおうか、なんて桜は思っていたのだがそれどころではないようだ。
    「何かお手伝いしましょうか?」
    「大丈夫ですか? 黒さん」
     励まされ、筆を動かすTシャツの出来はさて。
     テーブルを囲んで弾む声が開放的な家屋の外まで響き渡る。
    「沖縄の歴史を知りながら手芸部の活動もできるなんてためになるね☆」
    「私、丁度鞄が欲しかったんです!」
     コースターを選んだかの子の横で小夜子が声を弾ませる。
     いつかやってみたいと思ってた、とは如一。
     ひとつのテーブルを囲み、職人の説明を聞きながら色をつけていくことしばし。
    「二人はどうなったんだ?」
     極彩色の鳥が現れた手ぬぐいを前に一息ついて、如一は2人を見回した。
    「色を入れるだけなのになんでこうなっちゃうの!?」
     かの子の手がわたわた動く。染料が滴るまま筆を置くものだからハイビスカスは茎までピンク色。
    「色ムラはグラデーションです! 大丈夫、ね、ゆき兄!」
    「……うん。任せた!」
     拳を握って励ます小夜子がきっとフォローしてくれる。如一はひとつ頷いて投げ出した。間に合えば2人にも揃いの手ぬぐいを作ろう。
     さくさく進める如一の向かいに響く、かの子と小夜子のにぎやかな声。
    「くまどりってなんでしたっけ?」
    「熊みたいに力強く塗ればいいのよ」
    「もう、沙紀さんたら、またそんなことを教えて……」
     説明を途中から聞き流していたなこたの問いに沙紀が適当なことを吹き込み、藍が苦笑する。なこたは疑う様子もなく筆をとるものだから、横から小夜彦が説明書きを差し出した。
    「どうぞ」
    「小夜彦さんは何をお作りになられるんです?」
    「俺はジンベイザメ柄のバッグを」
     会話を挟みつつ作業を進め、それぞれ選んだ柄を塗っていく。
    「藍さんのは綺麗ね~」
    「沙紀さんのも素敵ですよ」
    「できたです!」
     顔を上げたなこたに集まる視線。
    「コレ、何に見えるです?」
     掲げたバンダナには濃淡で球体を思わせる赤い丸がみっちりたくさん。
    「なんだろう~? ちょっと分からないかも」
    「……金魚でしょうか?」
    「赤が綺麗ですね。なんでしょう」
    「答えはイクラです~」
     本人は嬉しそうなので、3人も唇に笑みを乗せた。
     これだけの人数がいれば独特のセンスを発揮する者は何人かいるわけで。
     独特の色使いで筆を走らせるのは黒郎だ。
     紫をメインに染めるTシャツは彼曰くROCKなデザイン。シックな色合いに対してところどころかすれた塗りはひとつの味わいか。
    「ぶっ……! なにそれ……!」
     たまたま隣に座った人間の前衛芸術に目に留めて、義治は身を乗り出した。
     Tシャツに筆を滑らせていた千太郞が顔を上げて瞬く。
    「……『先輩と太陽とにゃんこ』だけど」
     言われても義治の目にはどれが何やら。先輩だと指さされたものは人間に見えないし、太陽は斬新な形だし。笑いすぎてツッコミが追いつかない。
    「結構、可愛く描けたと、思うんだ。……自信作」
    「自信作か、そうかー」
     本人いわくの猫を見て腹を押さえる義治。楽しそう。千太郞の唇にも笑みが乗る。
     思いもよらぬ出会いと笑いに、思い出がまた1ページ。

    ●思い出を色に
     からからと扇風機の回る音。染料が入った容器に筆が当たる音。
     ゆったり過ぎる時間の中である者はこの数日を振り返り、ある者は明日からの日常に想いを馳せる。
     あるいは今この瞬間にさらなる思い出を積み重ねて。
    「麻琴さんはこういった色もお似合いですよね」
     鮮やかな色合いに慣れなくて、つい落ち着いた色を選んでしまう。綺葉は紫の染料に浸した筆を取ろうとして指を引っ込めた。
    「もっと華やかな感じにしたいんですけど……どうすれば良いでしょう?」
    「確かに綺葉ちゃんは寒色系とか淡い色が似合う感じ」
     麻琴が頷くとポニーテールが元気に揺れる。熱帯魚をオレンジに塗っていた筆を戻し、明るい青を指さした。
    「この色とかどう? これにちょっと目元を濃い青にしてみたら、それだけでも鮮やかじゃないかしら」
     完成したら見せっこしよう。約束と共に笑いあう。
     那波は紅と藤を基調に、響は青と黒を基調に。アクセントは反対に。
     2人のイメージカラーで染められていくエコバッグと手ぬぐい。浮かび上がるは七宝の花々。
     互いへのプレゼントとして作っているから、真剣に、丁寧に。言葉もなく手を動かしていたのだけど、先に作業を終えた響は悪戯心が湧き上がる。
     髪をかきあげて背中に払うと、音を立てぬようじりじりと距離をつめ。
    「な~なみ~?」
    「響!? にゃわ~!?」
     那波の肩が跳ねる。けれど叫びはすぐさま笑い声に。悪戯はされるがまま。
     いっぱい2人で過ごせたね。頬を緩めて視線を交わした。
     ひのとが選んだのは流水に花の散る図案。鮮やかな中にもしっとりとした雰囲気になるよう、色を選ぶ指先が筆の前で彷徨う。
     完成したら交換しようと約束したから精一杯頑張らなくては。
     視線を滑らせた先では誠が型を使わず細やかに筆を動かしている。大勢を占める藍の両脇に黄緑と朱が鮮やかに浮かぶ。
    「南十字周辺だからここはやはり蝿も……いや、いくら何でもあんまりだろう」
    「何を描かれているのですか?」
     首を傾げるひのとに向けて、人差し指を立てて微笑んだ。
    「洗うまでが染物です、というやつだ」
    「水洗いするのが待ち遠しいですね」
    「やァ、ちょお、あああー!」
     Tシャツに牡丹の絵柄を選んだ綱姫は染色に苦戦。小夜彦がおずおず覗きこんだ。
    「お手伝いできることはありますか?」
    「細かいとこは苦手やわ……」
    「色数を減らすのも手ではないでしょうか」
    「わあ」
     ツバメを自分の瞳と同じオレンジで染め上げた敬厳がひょっこりと覗きこむ。
    「もうできたん?」
    「はいっ。みなさんの見学もさせてもらっていいですか!」
    「もちろんですよ」
     同じ型を使っても、色によって印象はかわるもの。藍川・昴も勉強になるなあと周囲を見渡す。牡丹と葉のデザインに乗せた色は明るい青と赤紫。葉の部分は黄緑から濃い緑へのグラデーションを。
    「染物体験って一度やってみたかったんだ」
     あとは帰ってのお楽しみ。綺麗に出来てますように。
     乱れなく動く筆を動かすのは忍。愛おしい華やかな赤を布へと移せば、沖縄の地で感じた、あったかも知れぬ光景が胸によぎる。それは痛みでも不幸でもなく。つ、と筆先でなぞるは穏やかな幸せ。
    「……出来ました」
     そっと筆を置いて目を細める。心映した紅は華やかに艶やかに。
    「……なんとか形になったかしら」
     いつの間にか熱中していた華月の手元には赤や橙の花咲くコースター。
     面倒だと思っていた行事も振り返れば意外と悪くなかった。暑いのだけはいただけないが。
     扇風機のぬるい風を頬に受けて、華月は紅玉の瞳を伏せて口をほころばせた。

     熱を孕んだ空気に染料の匂いがまざって、ここは旅先なのだと感じさせる。同時に、もうすぐ旅の終わりなのだとも。
     布に描いた思いが美しく鮮やかな顔を見せるのは東京に帰ってから。それまではあと少し、旅の余韻を楽しんで。
     あなたの思い出はどんな色――?

    作者:柚井しい奈 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月21日
    難度:簡単
    参加:39人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 4
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